人間は正統とされる生き方、考え方以外を「異端」と呼ぶ。
しかし、ハイエテアではもっと限定された意味でこの言葉を用いる。
魔導国家ハイエテア―多くの魔導学校、研究機関が集積された学園国家。
名だたる魔法使いも、今では日常で使われているような魔法の多くはこの国で輩出されてきた。
魔法使いの学生が集う学生の国。
赤毛の青年オズワルドもそんな国の学生の1人だった。
教室には4人の生徒がいる、
教壇には自分で用意したパイプ椅子に腰かけた白髪交じりの男が暇そうに時計を眺めている。
男の後ろの黒板にはでかでかと『追試テスト』と書かれていた。
4人の生徒は追試対象者だった。その中の1人、オズワルドは最後の問題の正式名称が思い浮かばずにいる。部屋の温度を最適にする魔法を発明したのは誰だったか、どうにも思い浮かばない。結局、パッと思いついた『モースリー』と記入して残り時間を見直しに当てることにした。
時計のアラームが鳴り、追試終了の時間を告げると教師は待ってましたと言わんばかりにさっと立ち上がり答案を集め、それが終わると解散を告げ颯爽と教室を出ていった。
4人の内、3人が残ってテストの問3は何と書いたかなどと楽しそうに話し合っているのを背にオズワルドは教室を出る。
廊下の窓から見える景色には多くの学生たちが制服のローブを夕焼けで染めて帰宅しているのが見える、この国の住人ほぼすべてが見慣れた光景だ。
オズワルドはテストの度にほぼ全てと言っていい教科の追試を受ける。純粋に勉強が苦手なだけでなく勉強をする目的もなくモチベーションも沸かない。かといって部活もやってないし何か打ち込んでいる趣味があるわけでもない。
教科書全てが入ったずっしりとした鞄を背負いなおしてオズワルドは廊下を歩く。
校門が見えるころになるとその傍らで少女が佇んでいるのが見えた。
ひと際目立つ白いローブはこの学校の物ではない、名門とよばれる「ライストー学園」のものに違いなかった。
少女はオズワルドに気づくとオズワルドの元に駆けよった。
「遅いよオズ」
アッシュグリーンの髪を揺らしてオズワルドの隣を歩く少女は疲れたように言った。
「クレア、もしかしてずっと待ってたのか?」
「駄目だった?」
そう言われると駄目だとはオズワルドはとても言えなかった。
しかし、オズワルドはこの少女に自分を待っているのを辞めて欲しかった、そしてきっとそれはクレアも知っているはずだった。
それでもクレアは毎日のようにオズワルドのことを待っている。
「ねぇなんで今日はこんな遅かったの?」
「……追試」
「あー、もうそんな時期かぁ」
なんでもないように答えるクレアがその胸の内で何を考えたのかオズワルドは知っている。
彼女は前に一度オズワルドに勉強を教えようとしたことがある。しかし、名門校とオズワルドの通う学校では授業スピードも内容もまるで違って、もはや嫌味にすらならないほど二人の差が浮き彫りになったことを気にしているのだ。
クレアは自分と差が出来るのを恐れているのだろうとオズワルドは思っている。
二人は幼馴染だった。
特殊な事情はあったけど確かに自分たちはあの時はずっと一緒に居た。クレアは幼い時のことをまだ引きずっている。
クレアは昔のように自分と接しようとしてくれるがそれが難しいことは今の二人が如実に物語っていた。
一方が他方にずっと気を使い続ける関係が子供の頃のような健全な関係なわけがなかった。
すくなくとも自分たちはそうではなかったはずだった。
どこか空回りする二人の帰り道に後ろから声がとんできた。
「クレア=エレノワールさん、人付き合いは考えた方がいいという忠告はいつになったら聞いてもらえるのかな?」
振り向けばオズワルドとは似ているようで違うショッキングピンクの髪の少女が居た。
彼女の白いローブは隣にいるクレアと同じ「ライストー学園」の物に違いなかった。
「私が誰と居ようと私の勝手だと思うけど?」
「いいや、君の行動がボクたちまでそうだと思われたらたまったもんじゃないからね」
「そうみられるってどういう事かな?アリア=レッドストーンさん?」
「君がそこの『異端』にするみたいにボクたちまで甘い対応をすると思われたらたまらないってことさ」
アリアと呼ばれた少女はオズワルドを睨むように見た。
「魔法が使えない出来損ないなんか甘やかしたって何の得もないよ、こいつら異端者は犯罪者予備軍でしかないんだから変に優しくしてもつけあがるだけだ」
アリアが言う通りだった、オズワルドは『異端』だ。
生まれつき魔法が使えない障碍者、どれだけ本を読んだって杖を振ったって目に見える何かが起きたことなんて一度もなかった。
それに犯罪者予備軍と言うのも間違っていなかった。魔法が使えない『異端』者たちにとってこの世界は驚くほど厳しい。
まず基本的に魔法使いにとって『異端』者は使えない存在だ。例えば魔法使いには杖を一振りすれば一瞬で動かせるような大岩でも『異端』の人間にはどうやったって動かせない。逆は存在しない。
魔法使いに出来ることで『異端』に出来ないことはあっても『異端』に出来ることで魔法使いに出来ないことなどない。
そんな世界で異端たちがまともな仕事にありつけるのは奇跡だ、ほとんどの異端たちが人生を捨てるような仕事に着いているのをオズワルドは知っていた。
そうなった人間の行く末なんて大方決まっている、アリアが言ったことは客観的にみても真実なのだ。
やはりクレアのような人間の方が稀有なのだ。
クレアから魔力が練りあがるのを感じる。
怒っている、いや、怒ってくれているのだとオズワルドは思った。
アリアが言ったことに起こるべきは当事者である自分自身のはずだった。
でも、今更そんなことで傷つくような心をオズワルドは持っていない、むしろクレアが自分の為に起こってくれているのだとおもうと自分が情けなかった。
アリアの蔑む言葉よりもクレアの優しさの方がオズワルドは自分が惨めに感じさせるのだ。