「それじゃ、まずはステップから!」
すみれを加え、本格的に練習をスタートさせた一同。
練習場所の屋上は広く、4人では勿体ないくらいのスペースだった。太陽の光が少し暑い。夏が近くなってきたからだろうか。
「できる?」
千砂都はすみれに向かって手本を見せた。素早い脚の動きだったので、始はよくわかってない。しかしすみれは別だった。ステップを見ただけでそっくりそのままやってのけた。基礎は出来ているらしい。さらに段階を上げたものですら、彼女は顔色一つ変えずにこなしていた。
「これが即戦力……というやつですか?」
「だな。もしかしてダンスの経験があるとか?」
始の質問にすみれは首を横に振った。しかし彼女はだけど、と言葉を繋ぐ。
「ショウビジネスの世界にね。昔……」
「ショウビジネス……!?」
その言葉の意味は演劇や映画、音楽といった娯楽興行の総称だ。つまり彼女は芸能界にいたということ。
「テレビとかに……?」
「何回かね」
目を見開いたのはすみれ以外の全員。この学校で芸能人に出会ってしまったという衝撃や歓喜は計り知れない。彼女がかのん達に加われば、知名度や人気も一気に上がるというもの。これは最早運命ではと可可は訴えていた。
「確かに優勝チームの動画も見たけど、これなら勝てるかもって」
「ホントに!? 私なんて絶対ムリ~って思ったのに」
「すげぇ……これがショウビジネスを生きてきた人物の貫禄……」
ショウビジネスはスクールアイドルよりも厳しい世界なのだ。誰もが売れようと、日の目を浴びようと必死に藻掻いている。そんな激しい生存競争ともいえる場所を知っている彼女からしたら、勝てるという自信があるのも納得のいく話だ。いや、むしろ心強い。
「それで! センターなのだけれど?」
すみれは机に身を乗り出して聞いてきた。
「センター?」
「ええ。グループなのだから、センターがいる訳でしょ?」
「そっか。この前まで2人だったから考えてなかった」
「3人になれば決める必要がありマスね」
グループで踊る際、一番目立つ場所だ。センターに立つ人物によってライブの色が変化していく。これからの事も見越して考えていかなければいけない。
「そうねやっぱり……一番ダンスや歌が上手い人が担当するのがいいわよね」
すみれの言葉に耳を傾ける。確かにそうだ。グループの花ともいえる存在、その人でグループの見方が決定すると言ってもいい。では現状歌が上手く、ダンスもこなせる人物。それは────
「かのんだろ」
「かのんがいいデス」
「私もかのんちゃんがいいと思う」
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」
室内に声が反響する。同時にすみれが机に上半身を滑らせて聞いてきたのはそんな即決でいいのかということ。
「どういうこと?」
「後とか先とか関係なく、実力がある人が中心に立つ。それが当然じゃないのってこと」
すみれに同意するかのんとは対照的に、可可は食い下がる。スクールアイドルを良く知っているからこそ、そのセンターの存在についても考えがあるからだ。
「実力だけではありマセン。センターには見えない力……カリスマ性が必要なんデス」
「た、確かにそうかもしれないけど、そんなものどうやって諮るの?」
「ならここは昔からある神聖な方法でやろうじゃないか」
「し、神聖……?」
困惑の表情を見せたのはかのん。千砂都も苦笑いだったが、彼は気にせず話を続けた。
「グループの中心に立つ者のカリスマ性。確かにそれは形として捉えきれるものじゃない。だから人々は昔から、最も魅力を感じた人は誰なのかを……それで決めてきた。センターに立つもの即ち、多くの人を魅了した者!」
「だから何よ!?」
話が長くなりそうだと察し、堪え切れなくなったすみれは声を大にして問う。
「要は────」
「ただ今スクールアイドル同好会では、センターを誰にするか選挙を行ってまーす!」
「誰が結ヶ丘スクールアイドルのセンターに相応しいか、是非是非投票を!」
普通科の教室。黒板に書かれ、さらに千砂都がアナウンスした通りだ。誰がセンターに相応しいのか、他の生徒からの投票で決める。昔から続く確実な方法である。千砂都と始は黒板にイラスト描き、3人を並ばせて選挙を行う旨を伝えている。千砂都はこういった盛り上げを担うことが多く違和感はないが、始も便乗して盛り上げている姿に困り果てるかのん。
「恥ずかしいよ……ってかなんで始くんまでノリノリなの……!」
「いいじゃないデスカ。それよりも、スクールアイドルたるもの恥ずかしいと言っていてはいけまセンヨ!」
かのんも可可も、そしてすみれも手を振る。
オーディションやスカウトとは違う。アマチュア、それも同級生。彼女たちに勝てばセンターは自分のもの。人気は約束されている。自信と安心に包まれていたのがすみれの胸中であった。
しかし、現実とは非道なもの。神がいたのなら、面白半分で弄繰り回しているだろうという程に思った通りには行かない。
「やっぱりかのんちゃんだ!」
「可可もそう思ったのデス!」
ホワイトボードに書かれた投票数の結果。センターはかのんだと証明されてしまった。
「……納得できないったらできないわ!!」
わなわなと体を震わせたすみれは不服だと声を上げる。確かにすみれのダンスや歌唱力はかのんに負けていない。まだまだ伸びる可能性だって秘めている。
「アピールタイムでみんなに見て貰って決めたんだ。それらを含めてな」
見てもらい、総合して考えた生徒たちによる投票。それに伴う結果だ。
「おそらくオーラや花とか、かのんの方が可可やあなたよりセンターっぽいのデスヨ」
普段と変わらぬ声音で発した言葉が、すみれの心に致命的な一撃を加えてしまった。胸を抑えてよろめいた後、しばらく黙り込む。
流石ショウビジネスの世界にいた人。迫真の演技だ……なんて感心することじゃなかったことは全員が一致していた。心配になって堪らず声を掛けたのは始。
「大丈夫……?」
「……やめる」
「え!?」
小さく溢したそれにかのんは聞き返す。聞き取れなかったからじゃない。聞こえてきた言葉が聞き間違いじゃなかったのかを確かめたかったからだ。
「センターになれないならこんなところいる意味がないもの!!」
自分の鞄を乱暴に取ってたちまち部室から出ていってしまった。
「え、おい待てって────」
「すみれちゃん────」
「「だあっ!?」」
閉められたドアに頭をぶつけた始と、そんな彼の背中に頭をぶつけたかのん。普段の彼女からは想像できない濁った悲鳴が聞こえる。しかし気にすることなく追跡するためにドアを開けるが、既に金色の髪を揺らした少女の姿は見当たらない。今から追いかけてももう遅いだろう。
「どうしたんだよ……まったく」
「すみれちゃん……」
即戦力でおまけにショウビジネスに触れていた人物。期待の生徒が入ってきたと思ったのに、すぐさま退部宣言。先程までの雰囲気とは一転し、どうにも重たい雰囲気が支配する。そんな複雑な心境を表すかのように、薄暗い空から降り始めるのは冷たい雨。
「……この調子だと練習も無理そうだね」
「帰りまショウ」
今の雰囲気で練習を始めるも気が進まなかったし、雨が降ってくれたのは幸いだったか。今日の活動はここまでのようだ。
「ちぃちゃんいつもごめんね」
ダンスのコーチとして千砂都には助けてもらっている。なのに今日は雨で出来ない。彼女にだってやることがある筈なのに、毎日の様に来てくれる。そう思うと心苦しくなってしまう。
「私が力になりたいからやってるだけだよ。気にしないで」
そう言われると少し救われる。
千砂都はそのまま音楽科のある校舎へと向かっていくのだった。
*****
「センターを任せる?」
「うん。そう言えば、すみれちゃん辞めないんだよ? なら任せよう?」
かのんからの提案だった。センターになれないのであれば
けれどかのんから出された提案に、両者は首を振らない。始に至っては黙り込んでいる。
「センターはスクールアイドルの憧れなのデスヨ? かのんはもっと誇りに思うべきデス」
「そうなのかな……始くんはどう思う?」
黙り込んでいる少年が気になったのか、かのんは並んで歩く始に声をかけた。
「俺の意見って必要か?」
「必要だよ。同好会の一員なんだよ?」
「そうデス。始の意見も重要なんデスヨ!」
2人に説得された始は溜息を吐くと、その口を動かしポツリポツリと話始めた。
「俺は……センターを任せるって選択はしたくないな」
「どうして?」
尋ねるかのんの声音からは不満だからとか、納得いかないからとかいう気持ちは感じられなかった。ただそこには純粋な疑問があるだけ。
「どっちも納得いかないと思うから。センターは一番輝く場所。それをさ、辞めないから譲るとか……そんなことしちゃダメだと思うんだ。それに譲られた相手だっていい気はしないと思う」
センターに立つ人はみんなが決めてくれたことだ。それを簡単に譲ることは、その人たちを裏切ることになる。センターが軽いものになる。互いに競って結果のもの。譲られた方は屈辱に感じてしまうだろう。
「そっか……」
「ごめん。俺もすみれには同好会に居てほしいって思うんだけど」
雨の中であるからか、妙に気分が落ち込んでいく気がする。そして少しの沈黙の後、かのんが再び口を開く。
「でもなんでセンターにこだわるんだろう……すみれちゃん」
疑問というのもあって口に出したのだろう。でもそれだけじゃない。彼女は本気で心配している目をしていたのだ。
「センターで目立ちたいとか、脚光を浴びたいってのはみんな抱くと思うけど?」
「そうデス。何度も言いますが、センターは全スクールアイドルの憧れなんデス。憧れて、無念にも散っていった人物がどれだけの数いたコトカ……」
「私は例外だけどね」
とはいっても推測では明確な答えなど出る筈もない。すみれ本人に問わなければいけないが、彼女が正直に話してくれるものだろうか。
「……悪い」
ポケットに入れた携帯から通知が。メッセージアプリを開くと相手は母である早紀。内容は「洗剤を買ってきて」というもの。
「洗剤買って帰るから今日はここで」
「うん。じゃあね!」
「また明日!」
話の途中だが今日はここまでのようだ。考えるにしろ聞くにしろ、全ては明日だ。
かのん、可可と別れて始は店へ直行する。
「まったく……いつもの店に置いてないとは思わなかった」
『こんな雨の日に災難だな』
「確かに……」
洗剤を買えたには買えた。しかしいつも向かう店には在庫がなかった。となれば別の店で購入することになるのは当たり前。だがその分時間を奪われてしまったが。
「……別の道から帰るか」
何を考えたのか、いつも通る道とは別の道から帰ることを選択する始。”いつもと違う道”への好奇心というのは幼少期の頃から消えることはない。無論、雨が降っていてもだ。
「神社か……」
しばらく歩いていると神社が見えてきた。母親もまだ帰らないから大丈夫だし、何よりいい機会だ。お賽銭を納めようと境内に入っていく。段々と近付く境内社の隣にはお守りをいただく授与所がある。見たところ電気がついているし、人がいるのだろう。別に悪いことをするわけでもないので、いたとしても何か問題があるわけではないが。
「あんた……! はあ……かのんならもう帰したわよ?」
始が振り返るとそこにいたのはすみれ。驚きと呆れが混じった表情をしているがどうしてかはわからない。先の言葉の意味も同じくだ。
「かのん? 何のことだ?」
「あんた、かのんを捜し来たわけじゃないの? なら私の勘違いね」
聞けばかのんはすみれを尾行していたらしいのだが、見つかって監禁されていたらしい。
「何やってるんだよ……」
「し、仕方ないでしょ。突然の事だったんだから」
すみれが訳もなく人を監禁するような人物じゃないのは、今日一日を見ていたでもわかる。だからこそ深くは聞かなかった。
賽銭箱に十円玉を投げ拝むと、すみれに作法を直された。
「……」
「……」
拝む間、雨粒が地面を叩く音のみが響く。
「……よし、じゃあ俺帰るわ」
「ま、待って!」
参拝も終わり、ここではもうやることはない。始は早々に踵を返したが、すみれに呼び止められる。正直意外であった。すみれは終始、始に対して接し辛そうにしていると思っていたからだ。だからこそ、すみれと会った始は早々に立ち去ろうとした。
「あんたってさ……運命とか信じる?」
「運命?」
一体何のことやら。唐突……それでいて超越的な力について問いかけてくる様を前にしても、始は別に笑い飛ばすことはしなかった。聞き返し、すみれの言葉に耳を傾ける。
「そう。どんなに頑張っても、私は真ん中で輝けない。それが運命として定められている……なんてね。あんたはどう?」
えらく具体的だった。
すみれの言葉は、今日の出来事だけを言っている訳じゃないとすぐにわかった。おそらく、今までの事を総括しての問いかけだ。
「俺か……」
「ええ。どう?」
雨粒が止め止めなく降り注ぐ空を見上げるすみれ。その横顔から伺える表情は諦めなのか、悲しみなのか。
暫く考えた後、始は口を開く。
「……あるかも。俺は……色々あって憧れてた夢を諦めた時に、俺ってこういう運命なんだろうなって思った」
すみれと同じくして空を仰ぐ。
かのんのことや父親のこともあるが、その後中学に入って起きた出来事のよって、始の心はポッキリと折れてしまった。
「でもさ……高校に入って、意外な出会いで変わるもんだと思うようになった」
今のような生き方でいいと肯定してくれる人がいた。尊敬してくれる人がいた。そしてゼットとの出会いがあった。完全とは言えないが、今も昔のような夢を掲げられている。
「……そう」
すみれの沈んだ声。
いつか君にもあるよ、なんて簡単な言葉は言えない。そんな不確定な未来など、期待させる程来なかった時に絶望する。もっとも、すみれの言い方的に信じる気はないだろう。
「ごめん。力になれなくて」
「いいの。私が聞いてみたかっただけだから。それと今日言った通り同好会は辞めるわ。理由はかのんから聞いて」
雨の中悪いわね、と缶コーヒーを渡して去っていく。
『いいのか? 始』
(いいんだよ。俺じゃすみれを助けることはできない。俺よりももっと身近な人が、より近い経験をした人の言葉が必要だ)
彼ではすみれを助けることはできない。事例が特殊すぎるというのもあるし、もっと彼女に近い立場の人間が伝えてあげる必要があるからだ。彼女と同じく、挫折を経験し続けた人物の言葉が。
ウルトラのクロスなのにゼットの出番がほぼないという……