「そんなことが……」
朝、かのんから呼び出された同好会メンバーと千砂都。内容は昨日すみれから聞いた通り、同好会を辞めるという報告。そして彼女の過去。幾度となく真ん中で輝くことのできなかった、平安名すみれの過去。宛がわれるのはいつも脇役。だからこそ、スクールアイドルなら輝けるのではないかと彼女は踏んだ。
「そっか……だからあの時……」
脳裏を過るのは空を見るすみれの横顔。あれは諦めだったのだろう。望みをかけて入ったスクールアイドル。そこでもセンターは自分ではなくかのん。これはそのような運命なのだと、理解させられるには十分だったという訳だ。
「始くん、何か言った?」
「え? いや、別に。けど、残念だな……」
千砂都に聞かれ、咄嗟に誤魔化してしまった。別に隠すようなことでもないのに。
「はい。残念デス」
隣で頷く可可。しかし、語調やその他諸々の動きから残念の意味が違って聞こえてくる。
恐る恐る横を向いてみると、彼女はプルプルと震えていた。聞かなくても可可が怒っているとわかった。
「真剣なのかと思っていたノニ……ホントッ残念デス! 騙されマシタ!!」
「ま、まあ……すみれちゃんも謝ってたし……」
「許せまセン! 彼女の姿勢はスクールアイドルに対する侮辱……冒涜!! 可可が厳罰に処してやりマス!!!」
などと言いながらも内容は背中に氷を入れたり、くすぐりの刑だったりと随分可愛いものだったが。
「始も協力してくだサイ!」
「え、俺────「協力してくれマスカ。ありがとうございマス!!」
いつの間にか始も協力することになっていた。同意も拒否もしていないのに。さて次はすみれを捜しに行こう、という話になっている最中、本人が階段を上ってきた。もう関係ないと言わんばかりにスルーするすみれの前へ、可可は立ち塞がる。
「何? かのんから聞いたでしょ。私はもうスクールアイドルを────「今日の放課後、屋上に来やがれ、デス!」
要件だけ伝え、可可はその場を後にしてしまった。すみれはYesともNoとも言っていないのだが。
「どうするの?」
千砂都の言葉に答える者は、この場にはいなかった。
*****
放課後。どんよりとした雲の下、可可は相手を待っていた。自分の好きなスクールアイドルをセンターで輝くために利用された。所詮”その程度の存在”だと見られていたことに彼女は憤りを感じているのだ。
怒りで熱くなる体を、吹き抜ける風が冷ましてくれた。いったん頭が冷静になった瞬間、すみれが屋上へと出てくる。
「話ってなに?」
「アナタの行動はスクールアイドルに対する侮辱デス! だから可可が、全スクールアイドルに代わって罰を与えマス!!」
来て早々、罰を与えると宣言されたすみれ。申し訳なさを感じていたのは事実だが、それとは別に困惑の表情を浮かべる。
「スクールアイドルがどれだけ真剣にステージと向き合ってると思っているんデスカ! それをアナタは……なんとかなるナドト!」
一方、かのん達は扉の外から現場を覗き込んでいる。可可のスクールアイドルに対する愛の深さを知っている彼女らは、何が起こるのか心配だったからだ。
「大丈夫かな……?」
「こうなった以上、無理に止めない方がいいよ」
「……」
始は黙って2人を見守る。すると、すみれはダンスの一部分を披露した。可可が苦労して覚えた振りだ。しかしそれを彼女はいとも簡単にコピー。
「ショウビジネスの世界を甘く見ないで。これくらいはできるの……でも、私にはスポットは当たらない」
即興でステップを見て真似る程度に彼女は呑み込みが早い。さらに振りだって完璧だった。しかし……しかしそれでも光が当たることはない。ただ無常で、ほんの一握りの場所。それがショウビジネスの世界。彼女はそんな世界で生きてきたのだ。だから
「っ!? また……」
彼女の心情を空が投影したか。それともすみれは
すみれが帰った後、どうにか練習ができないかと待った。しかし、天は練習することを許可してくれないのか、雨が弱まることはなかった。
「結局止まないか」
「で、どうするの?」
何がとは言わない。言わなくてもわかるからだ。
動くならここしかない。そう踏んだ始は口を開いた。
「どうするもこうするも、あれが答えなんじゃないのか」
「え?」
困惑するかのん達に構わず、壁に体重を預けて始は言葉を紡ぐ。
「スクールアイドルは辞めるって本人が言ってたんだ。なら、無理にすみれを誘う必要もないんじゃないか?」
「始くん……どうしたの? いつもならそんなこと言わないで、助けようと動くはずでしょ?」
これまでの夏空始を見ていたかのんだからこそ言えること。彼は困っている人物を放ってはおけない。それこそ真っ先に飛び込んでいくタイプだ。けど、今目の前に映る彼は違った。もうこの件の話はお終いだと、早々に切り上げたいように思える。今迄見せたことのない顔だ。
「高校入学もいい機会だし、ちょっと切り替えてみたんだよ。それに、俺は見てて思ったんだ。もうあいつは何言っても聞かない。そんな人に時間を割くより、別の誰かを引き入れるべきなんじゃないかってな」
「始くん……いくらなんでもそれはないんじゃない?」
低く、圧のある声が雨粒と交ざって響いた。例え幼馴染だとしても、すみれの事情を知ってその結論に達するのは酷すぎるのではないかと。
「なんで? すみれはスクールアイドルを利用したんだ。それ相応の────「すみれちゃんは苦しんでるんだよ!? 自分は真ん中では輝けない運命なんだって……そんな人を始くんは見捨てるの?」
肩を揺さぶられる始。しかし彼の答えは変わらない。
「ショウビジネスについてはからっきしだからな」
「違うよ。そこじゃない……すみれちゃんに……伝えてあげないと」
口角が上がりそうなのを堪えながら、始は冷たい目を維持しつつ尋ねる。
「伝える? なんて? 君は輝けない運命なんかじゃないって?」
「そうだよ。だって……私もそうだった。ずっと歌えなかった……そういう運命だって思ってた……だけど違った。変われたんだよ。始くんだって知ってるでしょ?」
「……」
思い立ったかのんは自分の荷物を持ち、すぐさますみれを追いかけていくのであった。
まさに一触即発の雰囲気だった。かのんがすみれを捜しに行った後、しばしの沈黙が場を支配した。そしてそれを破ったのは千砂都。
「まったく、あんな言い方しなくてもいいんじゃないの?」
「それはどういう……」
どうやら千砂都には見透かされていたみたいだ。溜息交じりに話しかける彼女の横で、可可は不安げに訪ねた。
「始くんはね、かのんちゃんに動いてほしくてわざとあんな言い方をした。かのんちゃんを刺激して、すみれちゃんに何をすべきなのかを自分で気付かせたかった。そうでしょ?」
「…………当たりだよ。なんでわかるんだか」
「わかるよ。だって全然言い慣れてないんだもん。始くん、役者は向いてないね~」
そう。千砂都の指摘通りだ。
始はわざと悪役に徹してかのんを煽った。そしてすみれに何ができるのか、彼女自身に気付かせたかった。千砂都の言うように、演技はボロボロだったが目論みは達成できたのだからそれでいいだろう。
「始、どうしてそんなコトヲ?」
「そこはクゥクゥちゃんに同意かな。別にかのんちゃんを怒らせる必要はなかったんじゃない?」
確かに彼女を怒らせずとも、もっと穏便な方法で気付かせることだってできた筈だ。しかし、何故今回ばかりはこの方法で行ったのか。フリとは言え、一歩間違えば仲違いの危険性もあったのだ。そしてこの場の雰囲気を悪くしてしまった。怒られて当然だろう。
「方法は多分あったんだと思う。けど、こういうのは自分で気付けなきゃ相手に伝えられないんじゃないかって思って。一番すみれを理解してあげられるかのん自身が。そうなったらこれが一番手っ取り早いんだよ」
「私は嫌だったけど?」
下を向く始の前に入り込み、見上げるようにして彼を睨んだ千砂都。やはり怒っている。
「だって、このままじゃかのんちゃんと始くんの仲が悪くなっちゃうでしょ? そんなの見てられないよ」
「それでも、やるしかなかった」
「すみれちゃんのため?」
首を縦に振る。自分ではすみれに手を差し伸べることはできない。だからこそ、同じ苦しみを知っているかのんが必要だった。彼女なら、すみれの痛みがわかるから。そしてすみれが一歩を踏み出し、スクールアイドルになるのなら、自分はどれほど汚れたって構わない。
「君が悪者にならなくても良かったんじゃない?」
「……汚れ仕事もできない奴が、誰かを助けるなんてできるかよ」
「まったく始の行動にはヒヤヒヤしまシタ」
「ごめん」
ばつの悪そうな顔で謝罪する始。あとでかのんにも謝っておかなきゃ、と呟く。すると待ってましたと言わんばかりに千砂都が笑みを浮かべる。さらに可可にも内緒話かのように何かを伝え、始を見て笑う。
「な、なんだよ……」
「実はね……」
千砂都は悪戯っぽく笑いながら、手に持った携帯を見せる。そこには着信中の画面が。そして通話相手は……
「げえっ、かのん!?」
「ずっと汚れ役のままじゃ可可ちゃんやすみれちゃん……なによりかのんちゃんが可哀想だからね」
「ここで謝罪デスヨ。始!」
どうやら会話の内容を通話越しでかのんに聞かせていたらしい。さらに千砂都が携帯を差し出している。電話に出ろと言うことらしい。あれだけ言い合っておきながら嘘ですとなれば、尚更通話に出るのが怖い。しかし千砂都の笑顔的に拒否権は無いらしい。
「も、もしもし……代わりました……ごめんなさい……」
『後で色々聞かせてもらうから』
「……わかった」
やはり怒っていた。先もなんとかかのんと話していたが、内心では怖くてボロが出ないように気を配っていたほどだ。
『でも安心した。始くんもすみれちゃんのこと考えていたんだなってわかって』
「そりゃあね。けど、彼女に声を伝えるのは俺じゃない。お前なんだ」
『わかってる。でも、みんなも来てほしいんだ』
「場所はわかるのか?」
『予想はついてる』
それから、かのんは何処へ向かうのかをみんなに伝えた。
*****
雨の日は気分が落ち込む。太陽が出てなくて薄暗いというのもあるが、外に出ている人も少なくてあまり賑わっていないというのもある。
通りを歩くが、彼女に声を掛ける人はいない。彼女は最近この通りを行ったり来たりしている。ここでスカウトを受けるためだ。しかし現実は甘くない。声を掛けてくれたと思ったらエキストラのスカウトであったり、駅に向かう道を尋ねてきたり……。後者は何も悪くなく、強い口調で言ってしまったことに申し訳なさを感じてしまうが、こちらの求めている者とは違うのだから多少は大目に見てほしい。
「流石に雨が降ってちゃね……」
ともかく、今日も誰かに声を掛けられるのではないかと小さな望みを胸にすみれは通りを歩くのだ。
「……」
スピーカー越しの声に釣られ、すみれは目を向ける。一角のモニターに映されていたのは先日のライブ。星の様に輝いているクーカーの姿だった。
おもむろに彼女たちにステップを真似てみる。一通りはできる。しかしそれでも、人々を引き付ける魅力というものにはどこか敵わないんじゃないかとどこかで思ってしまう。
「やっぱり私じゃ────「見ぃ~ちゃった!」
背後から掛けられる声。背筋が無意識に伸びる。振り返ってみれば声の主がわかった。
「ここにいると思ったんだ」
「なに? 話はもう済んだでしょ?」
「ううん、まだ済んでない」
脅かしのつもりで声を発したのだが、かのんの様子は変わらない。あの明るく綺麗な声で話してくる。
話だけは聞いてやろう。そしてまた断ればいいだ。すみれはかのんを見る。
「平安名すみれさん、わたくしこういう者です」
両手で出されたのは丁寧な字で書かれた名刺。ふざけているのか。
「どういう意味?」
「あなたをスカウトしに来ました」
「……!?」
「私たちは、スクールアイドルとして結果を出さなければいけません。ショウビジネスの世界で生きてきたあなたの知識と技術が必要なんです」
かのんの後ろには他の同好会メンバーも顔を見せている。彼らの表情から、かのんの言っていることは嘘ではないとわかる。
こんな誘われ方は初めてだ。それに、そこまで自分の力を必要としてくれたことは素直に嬉しい。だが、だが自分が欲しいのは……。
「センターが欲しいなら……奪いに来てよ!」
「え?」
「すみれちゃんを見て思ったんだ。センターやってみようって。だから奪いに来てよ。競い合えばグループもきっと良くなると思うから」
明け渡すのではなく、奪いに来てと。彼女は勝負を仕掛けてきたのだ。そのポジションに甘んじるのではなく。
「バカにしないで。これでもショウビジネスの世界に居たの。アマチュアに負ける訳が────「じゃあ、試してみてよ」
すみれの勝負心を刺激するかのんの一言。彼女の心に火が付く気配が見える。でもまだも一押し足りない。
「……幾ら?」
「……?」
「幾ら出すったら出すのよ? スカウトって言うなら契約金は必要よ」
「なんでそんなコトヲ!」
「可可、抑えてくれ」
困った表情を一瞬見せるものの、かのんはポケットからある物を取り出した。
「これでどうかな?」
手にあったのはお守りだ。それも自分の神社の。
「これ、あまり効かないわよ?」
「どうして?」
すみれの目線が訴える。彼女も同じお守りを付けていたからだ。
「でも、まだわからないよ」
かのんは始を一瞥した。
「ある人が言ってたんだ。前向きに考えないと出来ることも出来なくなる。どうなるかわからないのなら、まずは信じてやっていくだけ」
それは始が以前話した内容だった。これから先どうなるかわからない。思い描いていたものとは全然違うかもしれない。しかし、信じてやっていくことはタダなんだ。まずは我武者羅にやってみるだけと。
「諦めない限り、夢が待っているのは……ずっと先かもしれないんだから」
天を仰ぐ。すると先程まで降っていた雨は止み、青空が、太陽が顔を覗かせていた。夢への一歩を踏み出した少女たちを祝福しているかのように。
雨雲まみれだった日々とはおさらばし、眩い太陽の元練習を行っている。そこにはかのんと可可、そしてダンスコーチの千砂都や、体力トレーニングを担当する始。そしてもう1人。
「流石すみれ。入部したてだってのに追いついてるな」
「当たり前じゃない。私はショウビジネスの世界に居たの。これくらい出来て当然よ!」
「頼もしい限りだよ」
平安名すみれが加入した。
声が高らかに響く。彼女の名前を彼方此方で目にすることになるのは、まだまだ先の話なのか。それはまだわからない。けれど確実なのは、彼女がセンターを手にするのはそう遠くないということだけである。
多くの異星人が闊歩する。ここは地球のどこかに設けられた異星人のための街。数あるうちの1つだ。
そしてある店のカウンターに座るのは緑の肌に紫の髪を持つ者と、1つの目玉が特徴的で触手のような器官を頭に持つ者。どちらも地球に観光目的来たわけではない。
『一体いつまで待たせる気なんだ』
「時が来ればどれも一緒だ。征服とは長い時間を掛けて完遂される」
グラスに注がれた液体を飲み干した途端、タイミングを見計らったかのように通信端末に連絡が入る。
「来たぞ」
『ようやくか。楽しみだな合体魔王獣の力』
手に持った3枚のメダルは不気味に光っていた。
すみれ周りは取り敢えず一件落着……ですが異星人が本格的に動き出しそうな予感!?