ダンス大会当日。だというのに、窓から見える空は分厚い雲に覆われていた。故にどこかどんよりした空気が漂っている。
見ていると気分までも同じになりそうだと、外の景色ではなく携帯に目を移したのは大会に出場する結ヶ丘の代表、嵐千砂都だった。
「……」
控室では他校の生徒たちが綿密にアップをしている。普段であれば本番が近付くにつれ燃えてくるところの彼女であるが、今は違った。これまでと違い、この会場にいるのが1人だからだ。
「やっぱライブの練習で忙しいのかな……」
もうすぐ本番だと別の場所で頑張っている2人にメッセージを送ったのだが、未だに返信してくれない。普段であればすぐ返ってくるのに。
彼女たちが頑張っているのは素直に嬉しい。また以前のように自分の好きを存分に発揮しているのは本当に嬉しいことだ。でも、だからこそこの場に居ないことが────
(弱気になっちゃダメ……今日ここでやらなくちゃ! かのんちゃんと始くんがいなくても……1人で出来るって自信をつけるためにここに来たんでしょ?)
自分に言い聞かせる。
2人が出来ないことを出来るようにする。そうしてようやく、2人の横に並べるんだ。弱い自分から脱却するために出場するダンス大会。ここで結果が振るわなかったら、退学し海外でダンスを学ぶ。それ程の覚悟で臨んでいるのだ。なのに、今更弱気になるなるなんて自分を許せなくなる。そう自分の心に聞かせる。
「あ……」
すると、通知を知らせる音が。携帯に目を通せば2人から返信が来ていた。内容は気が付かなくてごめん、という謝罪。
しかしそれが”メッセージに気が付かなくて”という意味じゃないとわかったのは、すぐ後。会場を走り、自分の下に向かってくるかのんと始の姿を捉えてからだった。
「かのんちゃん!? 始くん!?」
「よ~し……間に合った……」
「だから大丈夫だって言ったでしょ……? 始くん心配性だよ……」
「かのんだって電車の中で焦ってたろ……! 見逃してないぞ……」
肩で息をする両者。練習でそれなりに体力をつけている2人が途切れ途切れで話しているのだ。相当急いできたのだろう。
「な、なんで……!?」
「えへへ……電話で話してた時、変だなって思って」
「何か悩んでるかもなって。まあ、それを抜きにしても? 直接話すべきかなって思ってさ」
距離が近くなる3人。そしてかのんは続ける。
「私が……ううん、私と始くんが言いたいのはいつもちぃちゃんのことを尊敬してるってこと。いつも真面目に頑張ってて、ダメだったとしても落ち込んだりしない。だから────」
全部を聞くことなく、千砂都はかのんの手から離れ背を向けた。
「やっぱり私ダメだな……」
ダメ……一体何がダメなのか。言葉の意味を訪ねようとした時、彼女から自発的に語ってくれた。
「自分に自信が持てるまで1人で頑張ろうってここまで来たのに、2人が来てくれて……顔見たら……やっぱりホッとしちゃった……」
彼女の答えに戸惑っていると、千砂都のフォローが返ってくる。「悪いのは私」だと。2人の出来ないことを出来るようになるためにここまでやってきた筈なのに、結局は2人がいないと不安でたまらなかった自分が悪いのだと。
「それにこう見えて私……負けず嫌いだからさ……」
自虐的にも見えた千砂都の笑顔。その目に涙が溜まっても流すのを拒むのは、先ほどの負けず嫌いと彼女の意地故なのだろうか。
彼女の姿を無言でただ見つめていた。すると始が口を開いた。
「俺は……今の千砂都が弱いとは思わないよ」
しかし投げかけられた本人は信じられないとでも言うように顔を引き攣らせ、小さく笑う。
「そんなことないよ。でも、やっぱり君は優しいね」
「優しさとか同情でこんなこと言わねぇよ」
真っ直ぐな瞳で見つめる彼に千砂都は目を見開く。そして彼から続くようにかのんが千砂都へと語り掛ける。
「私ね、いっつもちぃちゃんに助けてもらってばかりだって思ってたんだ」
幼馴染からの告白に驚くばかり。
「失敗した時、それこそ歌えなかった時……いつもちぃちゃんが助けてくれた」
「それはかのんちゃんがいたからだよ……」
「なら、3人とも一緒だね! お互いがお互いを見て、大切に思って……これまで頑張ってきた」
かのんが歌を好きで、それで頑張っている姿。始の多くの人を助けたいと動いている姿。そして千砂都が並び立たんとダンスを努力する姿。互いが互いの姿から勇気を貰っていた。努力を続けていた。時に投げ出し、諦めたくなる時があっても、隣や、見えないところで励んでいる幼馴染を想う。するとどうだろう。またやってみようと、まだ終わらせたくないと、踏みとどまることができた。葛藤で苦しんだ日も時にはあるが、それでもよかったと言えるのは即ち────
「あの時ちぃちゃんが言ってくれたからなんだよ。全身が震えたんだ。なんてカッコイイんだろう、私もマネできないくらい歌えるようにならなきゃって!」
自分が追い付こうと、彼女たちの横に立てていないとしていたのは……勝手な思い込みだった。2人の間では既に、自分は大きな存在として……逆に追いつくべき目標として見られていたんだ。そのことがとても嬉しかった。
止めどなく溢れる涙をどうにかしようとした時、タオルを差し出された。その相手は始。
「悪い、これしか持ってない。けどまだ使ってないから大丈夫」
「ありがとう……でもなんで?」
「え? だってそりゃ────」
彼が笑顔を見せながら言った言葉。それは彼と初めて会った時と同じものであった。
気が付けば日が傾き、空がオレンジ色に染まっていた。そこにいたのは横になる始。そしてかのんと千砂都だけだった。
結果から言うと、彼はボコボコだった。体格差が大きく、何度も何度もやられてしまった。しかし少年は地面に倒れたのと同じくらいガキ大将に向かって行った。幾度となく向かうものだから、優勢だったガキ大将は疲れ果てて帰ってしまった。同じタイミングで女子3人組も消えていた。
────「いててて……」
「だ、大丈夫……?」
起き上がった少年の服は泥だらけ。そして体にも傷があちこちに出来ていた。それを改めて見た千砂都はまた泣き出してしまう。
「なんで泣くの?」
「だって……わたしのせいで……」
自分が動ければ、こんなことにはならなかった。自分だけで解決していれば、もしくは彼に加勢してさえいれば、結果はまた違ったものになったのではないだろうか。彼女の中にある後悔が溢れ出る。
「いいのいいの! ぼくがやりたかったんだから。それにぼくが勝ったんだし」
「……え?」
「だってぼくはずっとアイツと戦ってた。けどアイツは途中で帰っちゃったでしょ? だからぼくは負けてない。むしろ途中で帰ったアイツの方が負け。だからぼくの勝ち」
唖然とする千砂都。始の語るそれは暴論だった。屁理屈だった。でも、確かに彼はガキ大将に果敢に向かって行った。幾度となく向かって行く光景が脳裏を過る。始という少年は一度も諦めてはいなかった。
再び目を向けると、傷だらけの彼は嬉しそうに笑っていた。
「どうしてそこまで……?」
そして彼は笑顔を見せて言うのだった。
「泣いてる君をほうっておけないから!」
「「……ありがとう。あの言葉があったから、今こうしていられる」」
千砂都へ向かい、2人はピースマークを作ってみせた。それが何を示すのか、知らない彼女ではなかった。ピースマークを3人は合わせ、いつものように声を響かせた。
「「ういっす!」」
「ういっす!」
「「「ういーっす!!」」」
言い終わると同時に、かのんと始へ抱き着く。
「ちぃちゃん……!?」
「ちょちょ……千砂都?」
「かのんちゃん、始くん……待っててね!!」
走り出していく千砂都。そんな彼女の心を表すと同時に祝福するかのように、太陽が照らし続けていた。
*****
「にしても始くん、本当にいいの!?」
「いいんだよ。なんでもお願いしてって言われたんだ。だったらお願いさせてもらうさ!」
「けどさ、私たちだけいいのかな? だってこれ……」
千砂都を連れ、再度港へと向かった始たち。
しかし昨夜聞かされたように行きで乗ってきた船はない。今現在は別の用事で使われていることだろう。ならばどうするのか。答えは目の前にある黒塗りの船である。そこにはご丁寧に「STORAGE」と文字が。そう。結衣からもらった名刺もどきで連絡し、東京から神津島まで運んでもらうよう頼んだのである。
「千砂都はこれからちょっと忙しくなるからな。時間は欲しいんだから問題ないよ」
「パートも振り分けないとだし」
「フォーメーションも見直さなきゃだもんね」
「そういうこと」
千砂都は見事ダンス大会優勝。圧巻のパフォーマンスを観客、審査員に見せつけたのだった。
そして彼女が優勝を果たした後、とあることを決めていたという。その目的のためにはまず神津島へと向かう必要があるのだ。
「全く、結衣の奴……」
3人を乗せるため船の扉が開く。中から文句を居ながら顔を覗かせたのは青影正太。どうやら隊長と舵手だけらしい。
「す、すみません……」
「別にいいさ。これで断ったら信用問題になり兼ねん」
「始く……彼から聞いているとは思いますが、私たちを神津島まで乗せてください! よろしくお願いします!!」
「勿論さ。こっちも島に用があるからな。さ、早く乗ってくれ。いつもより飛ばしてやる」
彼の声に従い、素早く乗船していったかのんと千砂都。そして始が乗り込んだ時、正太が話しかけてくる。
「いいのか?」
彼が言いたいのは、ストレイジに対するお願いをこれで使って良かったのかということだ。結衣の衝動的なお礼だはあったが、頼まれれば出来る限りのことはやるつもりだった。しかし始は自分ではなく、友人のために使用した。それを悔いていないのかを聞いているのだ。
「ええ。アイツの笑顔見たらやってよかったって思えますから」
「成程。やっぱり、力を持つ者は似るのかね~」
言っている意味が分からず聞き返してみたのだが、こっちの話とはぐらかされてしまった。
「引き留めて悪かった。ほら、お前も席に座れ」
「はい! ありがとうございます。青影隊長!!」
席につき、談笑する彼らを見て、少し懐かし気な表情を作っていた。
「隊長も座ってください。転びますよ」
「あ、すまん」
「もう、遅いったら遅いわよ!」
「悪い悪い。けどこれでも急いだ方なんだぜ?」
ストレイジの協力によって島に着くことができた。客船や高速ジェット船よりも早く着いたのは、正太たちが尽力してくれたお陰だろう。彼らは調査があるらしく何度も例を言って別れた後、バスに揺られてすみれや可可たちと合流する。
聞くところによると彼女たちは練習の傍ら、悠奈や摩央と共に明日使うステージの設営も行っていたらしい。
「始もステージを見たら驚きマスヨ!」
「クゥクゥが張り切って色々追加したのよ?」
「なんでグソクムシが自慢げに言うのデスカ!」
「グソクムシ言うなっ!!」
「そんなに!? クッッソ、見に行きてぇ……」
「私だってそうしたいよ。けど今は練習でしょ?」
かのんの言うように、今は練習に集中しなければならない。
「そうだった。じゃあダンスレッスンの方は千砂都に任せてもいいか?」
「昨日まで始くんがやってたんだし、そのままやりなよ~」
「やってたって言っても、千砂都がメニュー考えてくれたお陰なんだが……」
「もぉ~つべこべ言わない!」
ダンス大会を終えたからか、いつものようなやり取りを行う始と千砂都。しかしその間には、これまで以上の強い絆のようなものが育まれているのような気がした。それは恐らく、始とかのんで千砂都に想いを伝えたからだろう。
半ば押し切られる形で任されてしまった始の姿が面白く、笑い声が零れた。
気持ちを一新し、練習着へ着替えてこようと一旦その場を後にしようとしたその矢先、地鳴りが彼らを襲う。突然のそれに倒れた者を起こしていると、山の方から土が舞い上がるのが見えた。さらに数秒後、獣の如く咆哮が島中に伝播する。
「か、怪獣!?」
「ここにも怪獣ガ!?」
「取り敢えず避難だ。行くぞ!!」
その場に踏みとどまっていては怪獣被害の餌食だ。そう判断した始たちは避難所のある方向へと一目散に逃げていくのであった。
「大丈夫デスカ!」
「立てますか!」
「君、大丈夫!?」
「ちぃちゃん、これ持てる!」
「任せて!」
逃げるのは彼女たちだけではない。島の人たちもパニックに陥りながら避難所を目指し走っている。避難しつつもかのん達は途中で転んでしまった者たちを助けながら道を進んでいく。
「あれ、見てくだサイ!」
「特空機ね!」
「来てくれたんだ!」
逃げ惑う人々の頭上をセブンガーが通る。そしていつものAIアナウンスが響き渡り着陸。怪獣を止めるべく勇敢に立ち向かうのであった。
「おっと、大丈夫ですか!」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
特空機の活躍を横目に、始は自分より何歳か年上と思しき人物を支えた。すると彼は妙なことを言い出したのである。
「やっぱりアレ……呉毛羅か……?」
「ごも……ら……? それって呉毛羅岩の!?」
「君も知ってるのか。そうだあれは島で暴れまわった怪物……呉毛羅に違いない!」
「けど魂を岩に封じ込めたって話じゃ……」
太平風土記にはそう書かれている。魂だけ、肉体はすでに滅びているはずだ。すると男は怯えた目を向けて言い放った。
「けれど実際問題、ああして動いているじゃないか! それが紛れもない証拠だろ! それに見ろあの赤い目! あれは遥か昔からの怨念だ!!!」
男はそのまま避難所へと走って行ってしまった。地響きの方に目を向ければ、呉毛羅が狂ったように暴れまわりセブンガーと交戦している。
「先に逃げててくれ!」
「始くん、どこ行くの!」
呼び止められた彼は振り向いて一言だけ残して去っていく。
「決まってるだろ? 人助けだ」
小さくなっていくその頼もしく大きな背中を千砂都たちは見送る。そして見送ると同時に思う。彼は昔から変わっていないのだと。ガキ大将に向かって行ったあの頃と何ら。だから彼なら大丈夫だと……そう強く思えるのだった。
「始くん……! 早く、私たちも逃げよう!!」