とある男が神津島で羽を伸ばしていた。
「
彼はビートル隊本部に属する事務次長。今は休暇で日本に来ている。働き詰めだった彼にとって、このような場所で体を休めることは滅多にできない。だからこそ誰にも邪魔されないように、ただ1人でこの島まで来たのである。怪獣災害が数多く報告されている地域だが、人々も土地もそれを感じさせず、尚且つ知り合いと簡単に会わないというのも理由らしい。
景色を写真に収め、別の場所に移動しようとした途端、獣の咆哮が彼の耳にも届いた。
「
心休まるバケーションの筈が、すぐさま地獄の日常へと逆戻り。
無論休暇の為銃器の類は持っていない。不用心だと言われれば返す言葉もないが、何度も繰り返すが休暇である。持ってたら休まらないだろう。備えあれば云々というやつか、などと自分の用心のなさを責め、彼は島民や他の観光客と共に避難所へ走っていく。
《セブンガー、着陸します。ご注意ください》
すると空から鉄人が降下。土煙を上げて怪獣の前に立ちはだかる。
「
間近に見た対怪獣ロボット兵器。それは彼が子どもの頃に見たSF映画を思い起こさせるものであった。事務次長は童心に帰った気持ちで特空機を見上げる。
ある男の……それも事務次長の興奮など露知らず、セブンガーは戦いを開始する。
島を踏み荒らし、建物を滅茶苦茶に荒らす怪物へセブンガーの鉄拳が炸裂している。
そのすぐ近くでは結衣や正太がビートル隊の調査班や怪研の職員たち、さらに島民たちを避難させていた。
「バイタル反応に波はあれど穏やかだった……けどこんなにも急速に活性化するなんて……」
「あのゴモラには何らかの要因……ってやつがありそうだな」
「けど伝説の怪物の正体が実は怪獣……だなんてすっごいロマンがありますね……!」
「切り替え早っ……ってそうじゃない! 非常事態にロマンだ何だって言うな!!」
怪物の魂を封じ込めた呉毛羅岩。その正体はジョンスン島にて初めて骨格が確認された1億5千万年前の古代生物ゴモラザウルスの生き残り。【
変なところでスイッチの入ってしまう彼女を避難の傍ら叱責する正太。だがどこまで聞き入れてくれているかは不明である。
「けどゴモラ……なんか動きが変なんですよね」
「それは思ったさ。本能……じゃないな。もっと恐ろしいものの力を感じる」
血の滴るような赤い眼であばれ狂うゴモラの姿は、怪獣本来の暴れ方にしては凶暴すぎると結衣も正太も考えていた。奴らが暴れる理由。それは自分たちの住処を荒らされたり、眠りを妨げられたりした故の防衛、または怒りからくるものだ。けど今のゴモラは違う。ただ暴れる。いや、暴力というものに快感を覚えていると感じる。まさに島の人々を襲った怪物伝説の再現である。しかし今は頼もしい味方がいる。人々を守る自分たちがいる。これ以上の被害も犠牲も増やすわけにはいかない。
今も尚攻防を繰り広げるセブンガーへ、正太は指示を飛ばす。
「晶子、ゴモラを食い止めろ! 避難は引き続き俺たちがやっておく!」
『了解!』
独特の機械音を轟かせ屈強な体にラリアット。敵と認識したか、突進してくるヤツを受け止め、頭頂部に拳をめり込ませた。地面へ倒れこむゴモラを視界に固定したまま、さらなる追撃を食らわせんと攻め込む。しかしそれが迂闊だった。死角から迫る尻尾が片足に絡みつく。
「ちょ、それは反則……!」
バランスを崩して倒れそうになるが、どうにかして堪えんと制御。堪えた為に片足飛びで徐々にゴモラとの距離を詰め、ヤツの胸部に飛び込んだ。まるでボディープレスだ。しかし戦いを見ていたこの男は違う。
「
何を勘違いしたのか知らないが、事務次長は独自の必殺技だと思っているらしい。
「いい加減に……止まれって!」
両者は起き上がり再度攻防を繰り広げるものの、尻尾の一撃が機体から火花を散らせた。
セブンガーは吹き飛んでいく一瞬間、硬芯鉄拳弾を発射。ロックオンをしていないため十分な威力とは言えないが、それでも手痛い一撃になった筈である。
《セブンガー、実用行動時間終了》
大地に倒れたセブンガーはここで役目を終える。
その様子を目にした正太はゴモラの下へと走り、光弾を放って抵抗を試みる。
「また眠らせてやるから、大人しくしてろ!」
鬱陶しいのか、叫びを上げて距離を縮めてくる。しかし彼は臆することのないまま、レーザー小銃をぶっ放した。
*****
特空機の活躍に興奮する事務次長。そして人々を守るために奮闘するストレイジ。その一方、逃げ惑う人々とは逆方向に走っていくのが始である。
最後の抵抗と共に地面に倒れ込んだセブンガーを捉えたら、走るスピードを更に上げる。そして人気のない場所まで向かえば、彼は即座にゼットライザーを取り出した。
「こっからは俺とゼットで……!」
眩しい光が一気にはじけ飛び、オレンジ色の空へと飛び立っていく。
《ULTRAMAN Z ALPHA EDGE》
死角からの一撃。燃える右足が大きくゴモラを吹き飛ばすと同時にゼットが神津島の地面に降り立った。
『この怪獣も厄介そうだな』
「なんだっけ? 攻撃を避けて、隙に一撃一撃を加える……だっけ?」
『ああそうだ始。ウルトラ気合入れて行くぞ!』
眼前で吠える古代怪獣を睨み、構えをとって数秒後の攻めに備える。
巨人を地面に伏せさせんと振るわれる両腕を回避。逆に腹部へ蹴りを何発か入れる。けれどもそれほどのダメージにもなってないらしい。怯む様子もなく進撃を続けてくる。
「マジか……コイツほんとに生物かよ?」
『デビルスプリンターの影響かもな。凶暴化してるせいで余計に手がつけられねぇ!』
デビルスプリンターは未だに謎の多い物体である。しかし一度怪獣が取り込んでしまえば、凶暴化し普段以上の力を発揮させてしまうことは確かだ。例に漏れず目の前のゴモラも見境なく暴れ、先ほどはセブンガーを、そして今はゼットを追い詰める。
ゴモラは大地を揺るがし闘牛の如く突進。回避して街に被害が及ぶことを懸念し、抑え込むため手足に力を込めた。けれども力の差は歴然か。ジリジリとゼットが押され、押し負けて上半身が反れていく。
「まだ……だ!」
額の部ビームランプから光線を発射。ゼロ距離で放たれたそれはゴモラの頭部を焼き焦がした。悶えるこの間がチャンスだと、二振りのゼットスラッガーを連結させた”アルファチェインブレード”で苛烈に攻め立てていく。
「よし、このまま……」
『ってオイッ!?』
一気に体力を削っていく筈だったが、ゴモラは意外にも立ち直りが早かった模様。反撃と同時に手持ち武器を彼方の方向へ投げ飛ばされてしまった。さらに尻尾の足払いで転倒。鞭の如く何度も叩かれ、ゼット自身を軽々と投げ飛ばした。
それは不幸にも、避難所へ向かうかのん達の近くだった。
「ウルトラマンがこっちに飛んでくる!?」
「クゥクゥ! 急ぐったら急ぐわよ!!」
「そんなに強く引っ張らないでクダサイ!?」
徐々に近付いてくる赤と青の巨人。その巨体故か、浮いている姿がとてもゆっくりに見えた。
「うわぁぁぁぁ!?」
ゼットは数秒間宙を舞って落下。巨大な揺れが周りにいる人々を倒れさせる。いくつもの怪獣災害に立ち向かったストレイジでさえ、踏ん張るのが厳しいくらいだ。
『クソッ、ウルトラ強ぇぇ……ん?』
そんな中、尻餅をついてしまった千砂都からはとある物が落ちた。コロコロと地面を転がっていく様を偶然目にしたゼット。彼が人間と同じような眼球の構造をしていたなら、彼の目玉は飛び出していただろう。すぐさま始に語り掛ける。
『ッ……は、始! あの子、メダルを持っていたぞ!!』
「え、誰が……?」
『あの子だよあの子! 始のご学友だ!!』
「マ、え? 千砂都が!?」
始もゼットの視線を通して千砂都の方を見る。確かに、赤いメダルが転がっているではないか。
『あれはウルトラマンのメダルだ』
「ウルトラマン……? そりゃそうだろ。どのメダルもウルトラマンの力を秘めているって」
どうやら始はウルトラマンという名前は全体を含めた呼称であると勘違いしているらしい。しかし実は違うようで、ゼットが訂正を入れる。
『違う違う。ウルトラマンっていう俺たちみんなの兄さんみたいな、ウルトラ凄い人のメダルなんだよ!』
「ああ、個人名か。なんだよ……ややこしい……」
『と・に・か・く、あれがあればゴモラの馬鹿力に対抗できるはずでございますよ!!』
「おお! ってどうすれば……?」
始が疑問に思うのも無理なかった。メダルがゼットの所有物であるとどうやって説明すればいい。加えてゴモラが待ってくれる筈もない。ましてや言葉が伝わるのだろうか。
千砂都の下へ向かいたい気持ちと、ゴモラから目を離せないもどかしさに奥歯を噛んでいたその時、小さな光弾がゴモラへと撃たれた。
「隊長、これでいいんですか?」
「ああ。少しくらいなら距離と時間を稼げる」
レーザー小銃を構えて発砲するのは正太と晶子。正太と目線が合えば、首の動きで行けと意思を伝えてくれた。
「それでゼット、どうやって貰うんだ?」
『こういうのはボディランゲージだ!』
「マジかよ……」
「え、なになに!?」
突然巨人が目の前に来たら驚かない方がおかしい。さらに掛け声とジェスチャーだけで意思を伝えてこようとしているのだから。
千砂都へ奇妙な動きを送る姿はかのん達から見ても理解不能の光景であり、3人の微妙な表情がそれを物語っている。
「通じてないだろこれ!」
『気合が足りてないんだ。始、もっと気合入れろ!!』
「……千砂都! そのメダル。メダル寄越して!! メダル!!!」
根性論かよ、と言いたくなったが現状これしか手がないので一生懸命伝えようとしている。両手で丸を作ってみるも、イマイチ伝わってないような気がする。
「……? っ! まる!!」
「いや、丸なんだけど! 丸なんだけども!!」
やけくそ気味に指をさしてみる。すると彼女は辺りを捜し、なんとメダルを拾ってくれた。
「もしかして……これのこと?」
『「そう! それ!』」
ゼットは激しく首を縦に振る。
「わかった! ……ッ!!」
千砂都の投げたメダルはゼットの手の中へと吸い込まれ、インナースペースにいる始のもとに届く。
「よっしゃ! ありがとう千砂都!!」
『ウルトラフュージョンだ。マン兄さん、エース兄さん、タロウ兄さんのメダルで”真っ赤に燃える勇気の力”手に入れるぞ!!』
「ああ!!」
新たな力でゴモラに挑むため、始は先ほどのメダルの他に、ゲネガーグとの戦いで入手していた2枚のメダルを取り出した。
「真っ赤に燃える、勇気の力!」
多くの怪獣たちと戦い、怪獣退治の専門家と呼ばれてきた銀色の巨人。幅広い技を持ち、異次元人の送り込んできた生体兵器である超獣と戦った戦士。宇宙警備隊大隊長、銀十字軍隊長を親に持つウルトラ兄弟6番目の弟。彼ら兄弟の力が込められたメダルをセット。
《
『ご唱和ください我の名を! ウルトラマンゼェェェット!!』
「ウルトラマン……ゼェェェット!!」
ゼットの声を背に受け、始はゼットライザーを天高く掲げた。
赤と銀の光がゼットに流れ込み、太く屈強な体を形成していくのだった。
《ULTRAMAN Z BETA SMASH》
赤い体が空を舞う。怪獣の咆哮を差し置いて、その場に響いたのは入場のアナウンスか。幾度の捻りを加え、威力を増したドロップキックが入場と同時にゴモラの頭部に炸裂した。
「なに……!?」
「自分から名乗ってマシタ」
「うん、私もそう聞こえた」
両者の上げた土煙と凄まじい着地音のあと、辺りを静寂が支配する。
そこに立つのは筋肉の塊。光に照らされ、躍動するそれは眩しく反射する。目を引くのは赤く筋肉質な体だけではない。目の周りを覆うマスクもだ。この姿を覆面レスラーと形容せずなんと言えよう。
「うわ、すごい筋肉」
「成程……あいつはそういうのなんだ」
ゼットの新しい姿に、人々は様々な感想を抱いていた。
ゴモラとゼット。仕切り直しによって生じた沈黙の中、両者は見合う。目線が火花を散らし、勝負をかけるべく深く腰を落としてその時を待つ。
途端、近くの看板からハンマーが落下。セブンガーを叩き甲高い金属音が響いた。
「『ッ!!」』
第2ラウンド開始とでもいうのか。大地を蹴って衝突。両者とも退くことのない取っ組み合いが始まった。互いに退くという選択肢は無い。相手を打ち負かさんと四肢に力を込める。その影響で地面が陥没し土が飛び散る。
「これなら……!」
先程まで感じていた筈の抗いようもない馬鹿力。しかしこの形態になった途端、猛烈な勢いが和らいだのを感じた。恐らく、こちらもゴモラに対抗できるだけの力を発揮しているからだろう。故に始は確信した。これならいけると。
ゼットの怪力はゴモラとも渡り合えるどころか、簡単に投げ飛ばした。姿勢を崩したゴモラにすかさず手刀を食らわせる。1撃、2撃。そして戦車の如くタックルがゴモラを後方へと追いやる。
『おお、この力! いけますぞ!!』
叫びを上げるゴモラは周囲の鉄塔を引き抜いて反撃。一方ゼットは防ぐどころか、胸筋と腹筋で受け止める。膨張した筋肉はまさに鋼の鎧。全てを受け止め、ダメージを消し去っていた。
「いつもと戦い方が違う」
「あの戦い方……プロレスね」
これまでと違う姿、そして戦い方に周囲は困惑、または推測していた。彼女たちが見守る中、赤い闘士と古代怪獣の戦いはいよいよ終盤へと突入していく。
隙を見つけたゼットは駆け寄りながら狙いを定め腕を振るった。首元を貫通したのかと思わせるほどの衝撃。脳が揺れ、意識が混濁する。フィニッシュへ向け、グロッキーになったゴモラを持ち上げ空へと投げ飛ばす。
『拳に力を集めるんだ!』
「オッケー! こいつでノックアウトだ!!」
空の彼方へ追行する体に光が灯った。光は全身を介し一点に集中。滾った力が最高潮に達した時、拳は真っ赤に燃え盛る。
『ゼスティウムアッパァァァァ!!』
いつもより野太い声が周囲に伝達。打ち込まれた拳によってゴモラは全身にヒビを入れながらさらに高く飛んでいく。直後に大爆発。強力なアッパーカットはゴモラという生物の肉体を粉々に四散させた。
神津島というリングで戦いを制した勝者は人々を見下ろす。全ての人、或いは特定の誰かに向かって頷き、空の彼方へと消えていくのだった。
*****
呉毛羅……ゴモラの一連の騒ぎにより、事後処理やら何やらで一時はライブの開催も危ぶまれた。しかし翌日の午後には開催ができるとの報告があり、無事開催出来ることはスクールアイドルのみならず、観光客や島民からの喜びの声が溢れていた。
また観光名所の1つであった呉毛羅岩。伝説のように魂を閉じ込めただけではなく、実際に怪獣が丸まって眠ていたものだったため、その場には殆ど何も残っていない。しかし「古代怪獣の眠り場」として新たに観光名所にしていくとの話だ。転びはしたがただでは起き上がらない……ということのようだ。
さて、翌日の午後から開催されることになったライブ。今注目のスクールアイドル、Sunny Passionにより既に会場のボルテージは最高潮に達していた。曲が終われば嵐のような拍手が会場を支配する。無論始だって見惚れて手を叩いている状況だ。
「ではここで本日のゲスト!」
「今私たちが一番注目しているスクールアイドル」
2人の声を聞き、始の鼓動も早くなる。自分が躍る訳じゃないのに……妙な感覚だ。けど彼は知っている。この日為に出来る限りのことをやったと。それに新しいメンバーだって加入している。始はステージを見据えその時を待った。
讃頌の声は期待のざわめきへと変わる。そして幕が開き、新たな衣装に袖を通した
────常夏☆サンシャイン────
オレンジや緑、そして半分を青に染めた衣装はまるでこの島を表しているかのようだった。眩しく光る太陽と育まれた緑。暑さを癒し、すべてを包む海。この島でライブを行う所以を聞いた彼女が尊敬を込め、尚且つ歌詞の意味を汲み取って製作したのだろう。
彼女たちを指す光は何もスポットライトだけではない。その歌に呼応するように夕焼けがやさしく照らし、同じく照らされた水しぶきはまるで火花のように拡散する。色とりどりの光が交わり、様々な場所に動いていく様は溢れ出して止まらない気持ちや、このグループの在り方のようだ。
そばにいた人が勇気をくれるから自分も頑張れる。距離なんか関係ないと。そして何よりもその出会いに祝福を。
信頼や絆を思い起こさせる詞に人々は聴き入ると同時にリズムの波に乗る。ボルテージは限界を突き抜け、会場はさらに激しく揺れた。彼女たちの乱舞が終わった後も、彼女たちを称える声や音が鎮まることはなかった。
「……っ!!」
4人の力を目の前にした始は瞳にその姿を焼き付けていた。叩いた手からは数多の感情が零れ落ちる。感謝や感動、激励や決意。送った拍手は賛辞であると同時に彼自身の決意表明でもあった。これからも彼女たちを支えていきたいと。
神津島のステージ上で抱き合い、その後4人は手を振った。見てくれた全ての人、もしくは……いやこれは無粋か。ともかく見てくれたことに最大限のありがとうを伝え、ステージから去っていくのだった。
「お疲れ!」
ライブ後、控室に来てくれとの報告を受けた始は観客たちに見られないように向かって行った。何も知らぬ人が控室に入る彼を見ようものならお縄であることは確定。同時に変な噂が立つかもしれない。結局、彼の警戒行動が良かったのか、誰にも見られず辿り着くことに成功したわけだが。
「始、見てくれマシタカ! 可可のこだわり尽くしたステージヲ!」
「見た見た! 目が幾つあっても足りないくらいだよ! それに衣装だって曲にもステージにも……神津島にも似合ってるし!!」
「やっぱり始は見る目がアリマス!」
入ると同時に可可がキラキラして目で尋ねてきた。おそらくそれはSunny Passionと同じステージでライブが行えた興奮故だろう。今も始の前で一緒に歌えたことが夢のようだ、と呟いている。
「すみれも初ライブお疲れさん」
「ええ。ま、ショウビジネスに生きてきた私からしたら、こんなの序の口だけどね」
「グソクムシデスカ~?」
「こんっの!」
などと言ってはいるが、全体練習とは別に自主練をしていたことを実は知っている。過度なやりすぎは良くないのだが、すみれは自分の体のことは知り尽くしている。その為オーバーワークにならないくらいでやめているから注意はしない。加えて、自主練のことを言えば怒られる気がする。彼女はそう言った面は知られたくないだろうし。
「始くん!」
「かのん、それに千砂都も……ライブお疲れ。俺見入っちゃったよ」
「本当に! ありがとう!!」
ライブを見た側、やった側の感想を互いに話していると、ふいに千砂都が2人の手を握る。
「私ね、ずっと夢見てたんだと思う。こういう日が来ること」
出来ないことをできるようになって、並び立って一緒に何かを行う日。千砂都はずっとどこかでその日を待ちわびていたのだろう。途中で気持ちが沈みかけ、再度実現は遠くなりそうだったのだが、かのんと始の言葉によって、ようやくその日を迎えられた。だから今、彼女は嬉しさに頬を緩ませているのだ。
「私に勇気を……力をくれたのは2人。だから……本当にありがとね」
千砂都への返事は言葉ではなく表情だった。かのんと始は優しく微笑む。3人が互いに支え合っていたのは事実。けど最初の……最初のきっかけは2人の行動から勇気を貰ったことだ。自分にしか出来ないことをやろうと、踏み出す勇気を貰ったこと。
3人は笑い合う。互いが支え合うのはこれからも同じ。だけど今度はみんなで並んで、新しいスタートラインを越えよう。そんな想いが溢れていた。