モラトリアム期間に戻りたいぜ……。
連日続く暑さの中、遂に新学期が始まろうとしていた。4月からあらゆる事柄が怒涛のように押し寄せてきていたが、どうにかそれらにも慣れていた。
周りで見かける結ヶ丘の生徒は、初の2学期に胸を躍らせている様子。かくいう始も新学期に何が起こるのか楽しみにしているのだが、どうにも心に体がついてこない。
「新学期早々、なんだかお疲れだね」
「最後に追い込みかけたからな」
「あ~、ストレイジの訓練?」
「そう……まだあの時の疲れが残ってる感じ……」
夏休みが残り少しとなった頃、始はストレイジに入隊することとなった。理由は多々あるが詳しいことは話しておらず、企業体験みたいなものだと周りには説明している。しかし仮にも防衛隊。体力トレーニングや通信機器の扱い方などの基礎的な訓練受けるため、残り少ない休みはストレイジへの活動に充てていたのだった。
「因みにどのような訓練を受けていたのデスカ?」
「私も気になる!」
可可とかのんは始へ尋ねる。確かに防衛隊の訓練内容なんて普通は知ることができない。自分が経験するほかに、入隊している身内や親戚から聞くことしかできない。興味が湧くのも当然と言えた。
「聞きたい?」
「「聞きたい!」」
「そうだな……」
見上げて考える始と、食いつくように視線を離さない2人。数秒の後、彼はふっと笑う。
「なんてな。言えるか」
「えぇ、あそこまで勿体ぶっといて!?」
「それなデス! だったら焦らすな、デス!」
随分と楽しみにしていたようで、2人から発される語調はやや強く感じた。それにジト目で見つめられている。彼的には予想外の結果であり、故にやや戸惑いの表情をみせていた。
「んなこと言われたって言えないものは言えないんだよ……」
「じゃあ「聞きたい?」なんて言わないでよ」
「声真似すんな」
「……「聞きたい?」」
「クゥクゥもかよ!?」
機密の保持。これは正太から散々釘を刺されたものだ。防衛隊のあれこれは機密事項に関るとされ、あまり口外しないようにとのこと。「どこで何が聞いているかわからない」と正太は話していたし、情報をリークしようとする悪徳ジャーナリストなんかも後を絶たないらしい。下手なことを口走って処分を受けるのは迷惑がかかるし避けたい。その為、訓練内容であっても話さないようにしたのだ。
(つっても訓練くらいなら言っても大丈夫そうな気がするけど……ってか登校中にストレイジ云々の話するのもマズいか?)
「あれこれ言えないってのも大変だね」
「そうなんだよ……って千砂都か。おはよう」
「おはよう、始くん」
ちょうど千砂都も合流してきたようだ。普段と変わらない挨拶ながら、始はちょっとした違和感を覚えていた。声の聞こえ方とかではなく、目から入ってくる情報に……だ。
「ん……?」
「どうしたの? そんなに見つめて」
「なんか前と違う気がして」
「そっか。始くんはまだ知らなかったんだっけ?」
「そうデシタ。丁度始が練習来られなくなった時と被ったんデシタ」
「さあ、どこが変わっているのでしょーか!」
どうやらかのんと可可は知っているらしい。彼女たちの声を聞きつつ、引き続き千砂都を見つめる。だがあまり見つめすぎると社会的制裁が加えられかねないので迅速に。
「あ……制服が違うんだ」
千砂都が着ているのは白いベストではなく、灰色のジャンパースカートになっていたのだ。それが意味すのはつまり……。
「千砂都……もしかして普通科に?」
「そう! 改めて、これからよろしく!!」
ダンス大会を優勝した彼女は、かのん達と同じ目標を見るために転科したのだとか。本来は一度退学して普通科を受け直す気だったらしいが。その話を聞き、彼女の覚悟というか逞しさというか……躊躇いのなさに尊敬を覚えている始であった。
「知ってるのは私たちだけだから、クラスのみんなには今日紹介するんだ」
「千砂都が普通科にだなんて、みんな驚くだろうな。俺は別クラスだから見れないけど」
「そっか~残念だね」
「ほんとだよ」
「あれ、何やらみんな集まってマスね……」
音楽科の生徒が普通科に。しかもダンス大会で優勝し、神津島でスクールアイドルとしてライブをこなした千砂都だ。友好的な性格もあり、さらに今日の全校集会で表彰もされるだろう。彼女の名を知らぬものはいないと言ってもいい。そんな彼女が普通科へ転科したとなれば大騒ぎになるのは間違いない。その様を見てみたいが生憎別クラスの始。長居できないため見ることは叶わないと残念そうに話している。
しかしその話もすぐに終わりを迎えた。何故なら可可が人だかりを見つけただからだ。なにやら皆、掲示板を見たいがために集まっているらしい。
「どうしたんだ?」
「おお、始見てくれよこれ!」
「かのんちゃんこれ見て」
各クラスメイトが腕を引っ張り、掲示板に貼られた一枚の紙を見せてくれた。
「「生徒会……?」」
生徒会発足の知らせのようだ。諸事情で延期になっていた初年度の生徒会、まずは生徒会長を決めるらしい。
「立候補で複数人いる場合は選挙になるんだって」
「俺たち普通科の誰かが立候補しても、当選するとは思えねえけどな」
「消極的すぎないか?」
「だってよ~音楽科がメインの学校だぜ? 普通科の生徒なんてお呼びじゃないだろ。なんだ始、立候補するのか?」
「そういう訳じゃないけど……ってあれ?」
隣で話していた筈の生徒が既にいない。視線をずらせば、千砂都のもとへ向かっていた。確かに生徒会発足の知らせと同等くらいに、彼女の転科も衝撃的だろう。
「ち、千砂都さん!? どうして普通科へ!?」
「な、なにがあったんですか! 詳しく聞かせてくださいよ!!」
「わかるけどさ……単純かよ……」
*****
『始はあの生……なんたらには立候補しないんでございますか?』
「ゼットもかよ……俺はやらない。トップに立つってのも大変だろうし」
『あ~、そう言われればゾフィー隊長や大隊長も随分と大変そうでございましたな……』
「だ、大隊長……? ゾフィー隊長?」
休み時間、他の生徒に見られないよう口元を隠しゼットとの会話を楽しんでいた始。するとゼットから聞き慣れない言葉が飛び交ってきた。そのまま言葉を返してしまったが、何となく推測はできる。おそらく彼の所属する宇宙警備隊のトップだろう。けれども親切なゼットはそのトップについて熱く語り始めていた。
『宇宙警備隊の大隊長を務めていてな、その偉大さや人柄から実の父親のように慕われてましてな……ウルトラの父と呼ばれている理由になっておるんでございますよ。そしてゾフィー隊長は、栄えあるウルトラ兄弟の1人で、怪獣軍団との戦いによる武勲で勲章を頂いていたりと、こちらもウルトラ凄いお方なんだよな。けど最近はゼットンを操る宇宙人に似たような名前のヤツが出てきてな……風評被害もいいところですよホント……』
自分の上司にあたるウルトラマンをしっかりと把握しているようだ。それに声だけでも彼がどれだけ尊敬しているのか伝わってくる。
けれど、その話もすべて聞くことは叶わなかった。理由は視線に入ったかのんが原因だ。なにやら慌てた様子で廊下を走り去っていった。さらに数秒して可可の姿が。非情に既視感のある光景だ。前回は関係ないとそのまま見送ったが、今回はそうもいかない。ゼットとの会話を切り上げ、可可を追うことにした。
「開けてくだサイ!」
「嫌だ絶対に出ない……!!」
「かのんちゃん、聞くだけ聞いてみない?」
「聞いたら確実に立候補させるでしょ……! って待って、ちいちゃんも賛成なの?」
「………は?」
可可を追ってきてみれば、まったくもって理解不能な状況が目の前で展開されていた。部室に籠るかのん。こじ開けようとする可可。かのんへ話しかける千砂都。因みに彼女の手には「しぶやかのん」と書かれた襷が。
「始、いいとことに来マシタ! かのんを引っ張り出すのを手伝ってくだサイ!」
「始くんも賛成派!?」
「いやいや、なんで? どういう状況か俺わかってないんだけど!?」
「生徒会長の選挙にかのんちゃん立候補するんだって」
「マジで!」
「言ってない! ちぃちゃん私そんなこと言ってない!!」
千砂都とかのんのやり取りで薄っすらだが見えてきた。どうやらかのんを生徒会長にさせたいらしい。当の本人が否定しているところを見ると、可可あたりが提案したのだろう。
「スクールアイドルの為デス! 今立候補しているのは恋だけデス。あの人が生徒会長になったらスクールアイドルは色々マズいデス!!」
「それに普通科の生徒が生徒会長をやった方がいいって声もあるんだよ?」
「だったらちぃちゃんか可可ちゃんがやればいいでしょ!」
「大変だな……お前も……」
「始くんだっているし!」
「はぁ!? 俺はやらねぇよ! お前がやれお前が!!」
言い合いを続けながらも、かのんを引きずり出そうと可可が扉を開けんと力を込めている。始はただ見ているだけだ。
すると背後のから聞き覚えのある声が。そう言えば彼女はこの場に居なかったなと思い出す。
「しょうがないったらしょうがないわね~。ショウビジネスの世界に生きてきた私がその力を発揮して……」
けれどすみれの声に耳を傾ける者は誰もいなかった。
「スクールアイドルを続ける身としてこの平安名すみれが……」
「かの~ん!」
「こっち見なさい!」
「どちら様デスカ?」
「知らないとは言わせないわよ!」
「え~と……す、す……何とかさん」
詰め寄ったすみれに対し、まるで他人のように振舞う可可。千砂都もノリに便乗。すると彼女は掛けられた襷を指さして今一度、自身の名を言った。ある意味すみれもノリに便乗しているような気がする。
「すみれよ! す・み・れ! メンバーの名前忘れてどうすんのよ!」
「すみません。新入りなもので~」
「次からは覚えます」
「なんでアンタも忘れてんのよ! 私が入った時に居たでしょ!」
始へツッコミを入れ、取り敢えずひと段落したところですみれは胸を張って話を進める。
「まあいいわ。生徒会長選挙と聞いて、正直気は進まないけれど────」
「ならいいデス。間に合ってマス。一昨日きやがれ、身の程をわきまえろデス」
息をするほど自然に、それでいて戸惑いのない拒否。すみれはお呼びじゃないと、可可は即座に話を切り上げて扉に向かう。
「なにさらっと酷いこと────」
「すみれちゃん!!」
一瞬の間に部室から飛び出たかのんはすみれの手を握る。よほど生徒会長に立候補する彼女の存在が救いになったのだろう。感謝の表情で瞳を震わせ見上げていたのだから。一方すみれは自分を応援してくれるかのんの言葉に感激し、目を輝かせている。そして他2人の反応はというと……。
「「えぇ~……」」
かのんではないことが不満なようだ。
「え~って言うな!」
「そこまで無理強いって訳にもいかないからな」
「ってことは当然、私を応援するわよね? ね?」
「あ、ああ……勿論」
急に圧を掛けてきたすみれ。屈した始は素直に首を縦に振る選択肢しか残されていない。別に圧を掛けなくても彼女を応援するつもりでいたのだが。
「そうと決まれば!」
「「決まれば……?」」
すみれは選挙に向けて何かを計画している様子。思わず始とかのんが聞き返せば、彼女は笑みを浮かべてスマホを取り出した。
「動画、撮らないとね!」
二学期早々始まった生徒会長選。ここから先、始はとある出会いと真実を知ることになるのだが、この時の彼はまだ何も知らないのであった。
恋ちゃん編のスタートです。
おそらく第2章の山場です。