Superstar-Z   作:星宇海

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ごめんなさい。


第33話 それはあまりにも……

 葉月恋の発した方針。それは学園祭を音楽科主体で行うというもの。当然、普通科の生徒は納得できるものではない。彼女の掲げていた公約を彼女自身が違反する……。葉月恋という生徒の行動に理解できず、生徒会長を辞任させろという声が挙がるのも道理であった。

 が、一方で彼女の方針に賛成の声をあげている者達も。消沈と混乱が渦巻く普通科とは反対に、音楽科は着々と学園祭への準備を進めているのだった。

 

「普通科と一緒とか、ペース崩れそうで嫌だったんだよね〜」

「確かに確かに! 葉月さんわかってるって感じ」

「こっちが普通科に合わせなきゃいけないってのは意味がわからないしな」

 

 時々聞こえてくる一部の耳障りな声。無意識なのかわざとなのかは知らないが、もう少し配慮というものがある筈だ。しかしそんな事情など知る由もなく、無遠慮に声を響かせる一部の学生たち。始たち普通科の生徒達には、今の結ヶ丘は非常に居心地が悪かった。

 

「まったく、言わせとけばよ……殴り込むか?」

「やめとけって。そんなことしたらより悪化するだろ」

「けどよ始、このまま黙ってるなんて我慢できないぜ」

「そうだよ。第一、葉月さんがあんなこと言わなきゃさ……」

 

 クラスメイトの不満に彼は表情を曇らす。全生徒で一丸となって準備を行うはずだったのが、現在はまさに一触即発の雰囲気。学校自体がいつ爆発してもおかしくない爆弾そのものであった。しかしこんな光景を見たいが為に、彼女はあんな事を言ったのだろうか。こうして溝を作ってまで、彼女は一体何を目指しているのだろうか。考えれば考えるほど、思考の渦に飲み込まれていく。

 

「いたいた!」

「どうしたの?」

「お、一緒に殴り込みに行きたいのか?」

「だからやめろって」

「あははは……私たち、普通科の生徒から署名を集めてるんだよ」

「しょ、署名……?」

 

 生徒会長を辞任させろと言う声が挙がっているのは知っている。が、どうやら署名を集めて選挙をやり直そうとしているらしい。リコール……と言うやつだ。それは普通科がどれほど現状に不満に思っているか……その証明である。目を通せば、既に幾人かの名前が記入されている。

 

「それで、リコールが認められたら誰が立候補するとか決まってんのか?」

「もちろん。私のクラスにいるすみれちゃんとかのんちゃんだよ」

「マジかよ……」

 

 そこまで決まっているのか。すみれは兎も角、かのんは乗り気ではないだろう。大方、可可が再度名前を挙げたのだろう。困っている彼女の状況を考えると笑みが溢れてしまいそうだったが、状況が状況なのでグッと堪えることにした。

 始がしょうもないことを考え、そして笑みを堪えている中、隣のクラスメイトはペンを持っていた。

 

「俺も書くよ!」

「私も」

 

 ペンを走らせていく2人の背を見ながら、始は複雑な心境に眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「それで、始くんは署名したの?」

「いや、適当にやり過ごして保留にしてる」

 

 同好会の部室では、やはりリコールについて持ちきりだった。因みに始は署名することはなく、何かと理由をつけてはぐらかしているに留まっているのだった。

 

「保留にしてどうするのよ、このままで良いなんて始も思ってないでしょ?」

「それはわかってるけど……」

「公約を破るくらいデス。このままではスクールアイドル禁止と言ってくるに違いありまセン!」

 

 あの状況を見ると可可の被害妄想も現実味を帯びてくる。彼女が個人的な感情一つで、同好会(ここ)を潰しに来ることだってあり得るかもしれない。正直、そこまで考えたくはないが。

 

「にしても何か理由があると思うんだけどな~」

「けど聞いても答えてくれなかったんでしょ?」

「うっ……」

 

 かのんも恋の行動には理由があるのではと推測するものの、千砂都の言う通りである。彼女に掛け合ってみたのだが「理由などない」と一蹴されているのである。

 

「どうするったらどうするの? このままじゃ何も決まらないじゃない」

「……こうなったら、1つだけ案がある。本当にこれだけは嫌だけど」

「始、この際デス。勿体ぶらずに行ってくだサイ!」

 

 葛藤し、眉間に皴が寄った状態の始は頭を抱えつつ、浮かんだアイデアを共有した。

 

「……でも、可可ちゃんが言った通りこの際だし……それで行こっか」

「そうだね。音楽科の子たちも葉月さんのことほとんどわからないって言ってたし」

「え、マジでこいつで進める感じ?」

「始、やるなら徹底的に……デス!」

 

 すんなり……と採用されてしまったことに彼は再度頭を抱えた。

 かのんたちがいるとはいえ、男子学生がこんなことをするのは正直犯罪一歩手前……否、犯罪である。けれど彼女の行動の理由を知りたいのであれば、今とれるのはこの方法しかない。仕方ないとはわかりつつも、自分が言い出した案とは言いつつも、始は気が引ける。彼が話した苦肉の策とは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 下校中の恋。彼女は不意に背後へ気配を感じた。いつもであれば後ろを誰が歩いていようが気になどならない。しかし今は違った。自分に何らかの意思が向けられているような、そんな不思議な感覚があったのだから。それが第六感……というものであれば、彼女は非常に鋭いのだろう。もしくは、()()()()()()()()()がバレバレなのか。

 

「あっっぶな……」

「流石葉月さん。学校でも周りに注意を払ってるから……」

「つける距離が近すぎなだけだろこれ。もう少し離れて歩こう」

 

 彼が提案したのは尾行である。彼女の後をつければ何かしら情報を得ることができるだろうと踏んだのだ。本当にこの方法でよかったのかと自問自答を繰り返していたのはこの無謀で無計画な作戦を始める直前まで。進んでしまえば、本質を見失ってはいなくともそのスリルと興奮に突き動かされる少年の姿が顕在化していたのだった。彼もまだ16歳。子どもであることに変わりなかったのだ。

 頭や手に小さな草を着けた可可を先頭に、姿勢を低くしてなるべく足音を立てないようにと尾行を続けている。けれど気配を感じているのか、何度もこちらを振り返っているのだ。彼女の察知能力が異常に高いのか、それともこちらが下手なのか……前者のほうが幾分か精神的ダメージは少ない気もするが、今はそれを確かめている余裕はない。

 

「そしたらすぐ見失っちゃうよ!」

「声が大きいわよ! もう、これじゃすぐバレるわ」

「じゃあ……すみれ、プランBだ!」

「Aもなかったでしょ!! って何これ?」

 

 始はすみれへ紙袋を渡した。中に入っているのは何かの衣装と被り物だった。

 

「それ着けてくれ。頼む。俺の我儘だ」

「だから、それをこんなところで使うんじゃないわよ!」

 

 自分で彼に言ったものの、使いどころが微妙に違う気がする。だが頼まれて悪い気はしない。すみれは笑みを見せると、紙袋から衣装と被り物を取り出した。

 

「任せなさいったら任せなさい!」

 

 そうしてすれは衣装に身を包む。

 

 

 

 

 

「ぎゃら……?」

 

 身を包むそれは制服を覆い隠し、結ヶ丘の生徒だということはわからない。加えてピンクのハット帽とサングラスで顔を見えない。バレずに済むという意味ではうってつけである。しかし、ピンクと白で彩られたそれはあまりにも目立つ代物だった。尾行向きではない。

 

「始くん何あれ!?」

「いや、演劇部から使えるやつないかって聞いたら渡されたんだよ!」

「だとしてもあれは断ろうよ……!」

「……ごめん」

 

 ソフトクリーム屋の役か何かで使われるものなのだろうが、小学生目にはそうは見えなかったらしく不名誉な表現が飛んでくる。だがそこを堪え、すみれは恋を追うべくを歩を進める。

 だが、その小学生とのやり取りがまずかったか。恋は後ろを振り返ったのだ。隠れる場所も暇もなく、目の前で鉢合わせることとなってしまった。絶望的なその状況に、すみれはか細い声を上げるだけで硬直。恋は何も発することなく凝視。そのあまりにも無意味な時間が幾ばくか過ぎた後、彼女は横断歩道を渡っていくのであった。

 

「許された……」

「流石すみれちゃん!」

「全っ然気付かれなかったね!」

「やめて、傷付くから」

 

 褒められても嬉しくないとはこのことか。すみれは複雑な心境とともに、2人の言葉を受け止める。

 

「ごめんな、すみれ」

「この怒りはあんたと演劇部、どっちに向ければいいかわからないわ……」

 

 引き続き、恋の後を追っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 彼女の背を追いかけて数分。尾行と恋の動きにも慣れてきたか、危ない場面はそこから先で直面することはなかった。

 そしてかのんたちは気が付けば賑やかな街中から閑静な住宅街へとその身を移していた。

 

「あそこに入っていったけど……」

「ってことはあそこが葉月さんの……家?」

「だな。行ってみよう」

 

 彼女が入っていった場所。おそらく自宅だろう。見上げるほど大きな門の横には表札があり、それが彼女の自宅であることを何よりも証明していた。

 

「デッカァ……」

「ウルトラデカいな……」

「お金持ちだろうとは思っていたけど……これは想像の銀河上ね……ウ、ウルトラ?」

 

 自分たちが住む家とは桁違いの敷地と建物にただただ圧巻してしまう。己が考えている以上に大きなものを見たとき、人は思考が停止するようだ。数秒ほどフリーズした5人で一番早かったのは、可可だった。

 

「とりあえず呼び出しまショウ!」

「ま、待って!」

「待ってどうするノデスカ?」

「もう少し探りを入れてからでも遅くないんじゃないかな?」

 

 いったい何をしにここまで来たのだと可可は抗議する。ここで無駄に時間を浪費するよりも、さっさと入って直接訪ねたほうが良いと主張している。何よりここへ来たのは、彼女のことが知りたいからだ。

 

「じゃあ俺が─────『どちら様ですか?』

 

 始がインターホンを鳴らそうとした瞬間、スピーカー越しに聞こえてくる女性の声。飛び上がりそうな気持をどうにか堪え、汗の滲む顔でかのんたちの方へ目を向ける。しかし彼女たちは無言で頭を横に振った。

 

(え、俺がやるの!?)

(つい数秒前までその気だったでしょ!)

(いやでも心の準備が……)

 

「私たちは結ヶ丘女子の生徒なのデスガ……」

「恋さんとお話ししに来ました」

 

 咄嗟に対応してくれたのは可可とすみれであった。そして目の前の門がガチャっと音を立てて開錠した。どうやら声の主は、こちらの訪問を許可してくれたようである。

 

「助かったよ。可可、すみれ」

「まったく……根性なしデスカ、始は」

「ここまで来たんだから、かのんも千砂都も覚悟を決めなさい」

 

 先導する可可とすみれ。2人の背中はとても頼もしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます……」

「只今お嬢様を呼んでまいりますので。ごゆっくりお寛ぎください」

「はい! ありがとうございます!!」

 

 家へ上がり、そのまま応接間へと通される。広い家、そしてメイド。まるで映画や小説のようなシチュエーションに、普通だったらテンションが上がるだろう。しかし今はすんなりと通されてしまった現状へ、いかにして対処留守のか……それだけが脳内を駆け巡っていた。とは言っても、何も解決策など出るわけがないのだが。

 メイドの女性は紅茶を出してくれて、しばし待つようにと部屋を後にする。

 

 しばらくの沈黙。茶葉の良い香りが鼻孔を擽る……が、そちらに意識を傾ける暇はない。

 

「どうしよう!? 約束も何もしてないよ!!」

「尾行してきましたカラ」

「そうだけど、こっからなんて切り出すんだよ!!」

「切り出すも何も、開口一番に「話すことはありません」って怒られるだけじゃないかしら」

 

 約束のない突撃訪問。加えて彼女とは今対立しているといっても言い状態。何をどう考えても恋の眉間に皺が寄ることになるのは不可避であるといえよう。かのんは力なく、ソファーにおいてあるボールを見つめる。

 

「随分と柔らかいボールだな。何だそれ?」

「さあ? もしかして、葉月さんが小さいときに遊んでたものとか?」

「いやいや、なんでそれがここに置いてあるんだよ」

「なんでもいいよ。この綺麗なマルを見れるなら!」

「いいのかよ!」

 

 可可はあたりを見回す。外見に劣らず、内装も立派だったからだ。

 飾ってあるトロフィーの文字や彫ってある形から、フィギュアスケートやバレエの大会のものであるとわかる。それにいかにもな絵画。そして……。

 

「見てくだサイ! 大きいぬいぐるみデス!!」

「ぬいぐるみ? 剥製じゃないの?」

 

 白い大きな犬の、ぬいぐるみ若しくは剥製が置かれていた。首に巻かれているスカーフは空のように澄んだ青。

 

「こんな大きな犬がいるわけ無いじゃないデスカ。……あたたか~い」

「あ、あたたかい……? ほんとだ~! それになんだかドクンドクンって聞こえるんだけど~」

「何言ってるデスカ~。そんな勝手なことばかり言ッテ~」

 

 ぬいぐるみの暖かさを堪能している2人の耳に、何ともリアルな鳴き声が聞こえてきた。

 一瞬空耳かとも思ったが、あまりにもはっきりしすぎていた。恐る恐る見上げると、そのぬいぐるみは舌を出し、呼吸をしているではないか。

 

「そいつ……動くぞ!」

 

 そして、5人は勢いよく応接間を飛び出した。だが走るわけにもいかないから早歩きで。

 

「なんなのよあの出鱈目な犬は!?」

「知らないよぉ~!?」

「遺伝子組み換エ、もしくは怪獣かもしれマセン!」

「あんな怪獣いるなんて結衣さんからも聞いてないだけど!?」

「あった。本当にいる犬だって」

 

 早歩きをしながらも、千砂都はスマホで調べてくれたようだ。どうやら子犬の時までは小型犬くらいの大きさらしいのだが、成長期になると一気に大きくなるらしい。

 

「あんなに大きいのが!?」

「怪獣に比べたらまあ……許せるぐらいだろ!」

 

 この世界には50m級の生物が闊歩しているのだ。人に迫る程の犬がいたって不思議じゃない。

 

「んな呑気なこと言ってないで、とりあえず誰かに助けを!」

 

 屋敷を回り、この状況を打開できる人がいないか探すこととなった。……犬から逃げながら。

 扉を開け、扉を開け、そして扉を開ける。しかし開けども……恐ろしいほど誰もいない。それどころか長年使われていないのか、どの部屋も家具に埃除けが掛けられている。

 

「なんで……誰も……いないの……?」

「どうなってるの?」

「こんなに広いのに……」

 

 そろそろ体力が尽きたのか、可可の足が遅くなっていく。

 

「もう、ダメ……デス……」

「可可ちゃん!?」

「可可のことはどうか……先に行ってくだサイ……」

「そんな可可ちゃんをここで置いてなんていけないよ!」

「やっとる場合かー!」

 

 寸劇を続ける可可と千砂都へすみれの声が飛ぶ。けれど可可の体力が限界なのは事実だ。

 

「ここで可可を見捨てるわけには……そうだ。かのん、そのボール投げろ!」

「え? ……そっか!」

「始も乗るなっー!」

 

 かのんは手に持ったボールを後方へと投げた。床や壁をバウンドして飛んでいくボールが目に入った途端、犬も方向転換し一目散に追っていく。

 

「よかった……もしかして、そのボール目当てだったとかじゃない……よな?」

「どうだろう……」

「なんでもいいわ。今のうちにこの中に!」

 

 取り合えず避難。するとそれまでの疲れが一同を襲い、どっと体が重くなった。可可に至っては上半身を手すりに預けている状態だ。息を整えつつ改めて辺りを見回す。どのように来たのかはもうわからないが、大きな階段が目立つ吹き抜けのエリアに着いていたみたいである。

 

「何なのよ、ここは?」

「誰もいないし、使ってない部屋も多いみたいだし」

 

 未使用の部屋、人の気配のない屋内。

 どういう事なのか考え込むより先に、始はかのんの元へ向かう。

 

「なんだ、それ?」

「アルバム……かな?」

 

 埃除けで白一色となった机。その上では非常に目立つ紫色の表紙。何かのアルバムらしきものが、それまた不自然に、無造作に置かれていた。

 

「見る?」

「ここまで来て見ない選択肢も無いだろ。かのんもそのつもりだろうし?」

「バレた?」

 

 溜息を吐きつつ、始は表紙を捲る。

 そこに収められていたのは、生徒の写真だ。日常の一部を切り取ったもの。レンズに向かい、笑顔を見せているもの。色褪せることのない、数多の学生生活がそこには収められていた。だが始とかのんが言葉を発しなかったのは、写真に写る背景、そして青いブレザーに灰色のズボンやスカート、赤のリボンとネクタイ……。それらが彼らにとって、とても見覚えのあるものであったからだ。

 

「これって……」

 

 すると2人を呼ぶ声が。千砂都達3人の元へ向かうとそこには卒業写真が飾られていた。

 

「この写真って……」

「結ヶ丘っぽいですケド……」

「それにしては、随分古くない?」

 

 すみれの言う通り、その写真は少なくとも10年以上……否、20年以上前のものだろう。しかし背景や制服はそう、結ヶ丘のそれであったのだ。先ほどのアルバムと同じくだ。それらは一体、何を表しているのか……。

 

「いけません!」

 

 途端、女性の声が響く。その声から、先ほどの使用人であることがわかった。

 声のする部屋へ向かうと、そっと扉を開ける。気付かれないように慎重に。そして中を覗く。

 

「本当に今までありがとう。このご恩は一生忘れません」

「いいえ、受け取れません」

「お願い。来月から、あなたを雇うお金もないのです」

「いりません。私はこの葉月家に仕えているだけで……」

「そう言う訳にはいきません。サヤさんのような人をただ働きさせては、それこそ亡くなったお母様に怒られてしまいます」

 

 その光景を、彼らはただ見つめるだけ。

 おそらくサヤさん、と呼ばれた彼女を辞めさせようとしているのだろう。話し方からして、恋の側から払えるお金がないから。しかし彼女が辞めてしまうと、恋は独りきりになってしまうようだった。

 

「亡くなった……お母様……」

 

 彼女が発したある言葉を、そっくりそのまま呟くのは始。

 彼の胸に響くのは、忘れもしない……あの時の痛み。悲しみの洪水だった。無意識に彼は自分の胸を掴み、顔を伏せていく。

 

「始くん……」

 

 顔を伏せる彼に、かのんと千砂都は目を向ける。けれども扉の向こうの声が、2人の意識を強引に変える。

 

「独りではありませんよ。(わたくし)にはチビがいますから」

 

 恋の横に、先ほどの大型犬が駆け寄ってくる。

 

「チビ!? あれが……?」

「うるさいデス」

 

 チビを撫でながら、恋の脳裏に浮かべたのは遠い記憶だ。

 父と母がいて皆仲が良く、屋敷の中ではいつも楽しそうな声が響いていた頃の記憶。

 

「悲観している訳ではないのですよ。私にはまだ、お母様の残してくれた結ヶ丘がありますから」

 

 途端、ボールの匂いを嗅いだチビが恋ではなくこちらを見た。そしてそのまま飛びついた。

 誰、と恋の冷たい声。先ほどとは違う、学校での彼女の声だった。

 

「あはははは、くすぐったいって!」

 

 恋が扉を開けると、かのんの頬を舐めるチビの姿があった。

 

「びっくりした……って葉月さん」

「あなた達……どうしてここに?」

「色々あって……ってとこです」

「チビ、カム」

 

 チビは向き直り、声の主であるサヤの元へ。

 

「ステイ」

 

 そしてお座りの状態で待機する。よく訓練されているものだと感心したのも束の間。恋の突き刺すような視線に皆が向き直る。

 

「聞いていたのですか?」

「独りってどういうこと? それにお金もないって……」

「そのままの意味です」

 

 かのんは間髪入れずに立ち上がり、先ほど繰り広げられていた言葉の真意を確かめんと問う。

 

「この家に残っているのは私1人。お金もありません。学校を運営していくことも……」

「え……!?」

 

 告げられた事実に言葉を失う。

 

「母が残してくれた学校を続けていくためには……私が頑張るしかないのです」

 

 母が居なくなってしまったため、自分だけが頑張るしかない。そう告げる彼女の目と拳には力が入っていた。

 

 

 

 けどそれは、1人の高校生が背負うには……あまりにも大きすぎる荷物だと思った。

 

 

 




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