「……」
「なに見てるんですか、隊長」
「ん? う~ん……」
自身のPCを見つめながら唸る正太に、我慢できず尋ねた晶子。しかし彼の反応は唸るだけ。深く考え込んだ時、言葉を一切発さず唸るのみとなるのが彼の癖だ。こうなると自分のタイミングで話始めない限り、彼が文明人らしく機能することはない。それを晶子は知っているので、思わず溜息を吐いてしまう。けれど彼が何故そうなっているのかは、PCの画面が示していた。
「あの3体……どうも気になりますよね」
「ん~……」
3体とは、ここ最近で出現した怪獣の事だ。グドン、ツインテール……そしてテレスドン。どの怪獣も地底を住処としているのだが、地上に現れ被害を生んだ。ジオフロントの騒音、そして食うか食われるかの食物連鎖。それらが地上に姿を現して暴れまわった理由なのだと推測している。しかし、結衣は言っていた。「その日は工事していなかった」と。そして2体が突如として地上に上がってきたのも不自然だった。過ぎた事だとは言え、未確認の情報が多い。今一度情報を整理しなければいけないのだ。
「晶子、隊長! あの日の観測データをもう一度洗い直してみました」
「これ……なんの反応? 一時的に活発になってる」
モニターに映し出されたのは結衣が再度収集してきた地中のデータ。熱や振動、微弱な電波を拾い上げ集計したものだ。晶子が指をさした箇所。それは3体が同時に現れる数分前の記録だ。前後の数分に比べ、波の振れ幅が大きい。
「結衣、発生元は確認できているのか?」
「やっとまともな言語を話してくれた……」
「いつもより長かったですね……このポイントです」
結衣は発生地点をマップに反映させ、モニターに映す。
「ここ……何もないよね?」
「うん。特に目立ったものは何も」
しかし、ピンが立てられた場所には特に目立ったものはない。怪獣災害に遭った地ではあるものの、現在では復興し、ビルが立ち並ぶ都会の1つでしかない。
「……」
だが正太は目を離さなかった。この地にはイレギュラーが多すぎるからだ。一時汚染されてしまった地脈。それらが交わる地で誕生した禍々しい獣の存在。そしてそれを復活せんと暗躍した魔導士の力。邪悪な存在が少なからずこの地に影響を及ぼしているのは変えようもない事実。さらに怪獣を狂暴化させると言われている悪魔の因子。今の状況下では、何が起きても不思議ではないのだから。
「引き続き、周辺一帯は警戒を怠らないように」
端にへばりついているような妙な不安感。杞憂であってほしいと、彼は強く願った。
*****
「よい……しょ! はいこれ。残ってたお母さんたちの活動記録」
見るからに重そうな段ボール箱の中身には、花たち学校アイドル部の活動記録の数々が詰め込まれていた。
全校集会の後、理事長室に呼ばれたかのん、恋、そして始。一体何事だと向かってみたのが数十分前。そしてとある真実を告げられ、唖然したのが数十秒前。そしてさらに困惑している中、目の前に箱が置かれたのがつい先ほど……といった状況である。
「まさか理事長が知っていたなんて……」
話に聞くと理事長は、花がアイドル活動を行っていたことを知っていたのだ。当時の彼女は応援する側として、活動を見守っていたとのこと。その話を聞き、始は全校集会が始まる前に言われた言葉に納得した。自分のようなサポート役が居なかった当時とは違い、今であればまた違った結果を引き寄せることができるのかもしれないと言っていた意味が。
「どうして言ってくれなかったんですか?」
恋が聞くのも無理はない。いや、誰よりも恋こそが言うべき言葉だ。仮に理事長が真相を話し、記録を渡してくれていれば……恋がこれほど傷付き、苦しむこともなかっただろう。普通科と音楽科の間に、ここまで深い溝が生まれることもなかったのかもしれない。結果として事態は収まったものの、もし見つけられなければ結末はまるで違っていた可能性だってあり得たのかもしれない。
「責めないでよ。『何も言わないでほしい』って、『ただあの子が自分で決めるのを見守っててほしい』って」
だが、一番納得していなかったのは理事長だろう。恋を見るたびに、己の中にある不安と祈りでつい言ってしまいそうになっていたのかもしれない。手を差し伸べたいと思っていたのかもしれない。けどそれをしなかった。できなかった。それは友人である花の想いを裏切ることになるから。一番近くにいたが、誰よりも見守ることしかできなかった人。それがわかったから、恋や始、かのんも……責めるよう事はしなかった。
「はぁ~ったく……迷惑ったりゃありゃしない」
「ところで……」
「その口調は……」
「ごめんごめん。元々はこういう性格なの」
いつもの理事長からは想像できないフランクな喋り方に再度固まってしまう。始も片鱗に触れていたとはいえ、ここまで遠慮のない様を見せつけられると反応に困る。
「わかったら、早く行く! 学園祭の準備準備!!」
理事長に急かされ、大慌てで部屋を後にする。気さくとはいえ理事長。その緊張から解放されたことを3人は微笑み合って確認した。
「すみません。私のせいで準備がだいぶ遅れてしまいましたね……」
申し訳なく目を伏せる恋。あのいざこざがのせいで大半の作業はストップしたままだ。それに日数もかなり迫ってきている。自分のせいで生徒の皆にさらなる負担をかけてしまうのでは危惧しているのだ。しかし2人は顔を見合って再度笑う。
「大丈夫、遅れなんてすぐ取り返せるさ」
「来て!」
「これは……!」
恋が連れられてきたのは校庭。そこには既に準備に励んでいる生徒達の姿があったのだ。その中で一番目を引くのは何と言ってもステージだろう。音楽科と普通科の生徒が、一丸となって準備を行っている。
「スクールアイドルのステージ……ですか?」
「そう。みんなで作ってる、学園祭ライブのステージ」
「みんなで……」
先ほどまでの対立が嘘だったかのように、誰もが協力して設営を行っている。恋とかのん達の姿を見て、皆も気持ちを入れ替えたのだ。慌ただしくも真剣な景色に惹きつけられている恋。かのんは目が離せないでいる彼女へ、再度声を掛けた。
「ねえ、葉月さん……ううん、”恋ちゃん”一緒にスクールアイドル……始めませんか?」
名字ではなく、名前で呼ぶ。恋への信頼の証として、同じ学校に通う友達として……新たな仲間への勧誘として、かのんは名前を呼んだ。差し伸べられているのはかのんの手だ。しかしかのんだけの気持ちではない。集まってきた可可、すみれ、千砂都、そして始の気持ちも籠っているものだった。思いがけない誘いではあった。でも、心の奥ではずっと待っていたことでもある。
「今まで、澁谷さんたちの邪魔をしてきた私に……そのような資格は……」
けど、踏み出すことはできない。何故かは自分がよくわかっている。発足も活動も否定し、挙句の果てには邪魔すらしてしまった。すべて私情で行ってしまったこと。その事実がある以上、今更仲間になどなれるはずがない。自分が自分を許せないのだ。
「私、恋ちゃんと一緒にスクールアイドルとして歌いたい。この学校の為に……この場所で作られた、たくさんの想いのために!」
想いは結ばれてきた。母から子へ。過去から今へ。神宮音楽学校から結ヶ丘へ。今日それを知った。その真実を、想いを知った。だからこそこれから……未来へと想いを結んでいきたいのと。神宮音楽学校のアイドル部から、結ヶ丘のスクールアイドルとして託されたものを紡いでいきたい、歌っていきたいと。そしてその想いは恋も同じだと。
「……」
かのんの真っ直ぐな瞳に突き動かされ、恋は一歩踏み出す。けれども、後悔や不安で足が止まる。戸惑いが体を強張らせる。そんな恋に対し、千砂都が、すみれが、可可が励ます。
「大丈夫、出来るよ!」
「ホント、素直じゃないんだから」
「私たちはいつでも
最後に、わき腹をすみれに小突かれた始が歩み寄る。
「大事なのは気持ち。葉月さんはもう、決まってるんだろ?」
その励ましに勇気付けられ、恋は涙を拭った。気持ちはもう固まっている。あとは……踏み出すだけ。彼女の決意を肯定するかのように、いや、そっと応援するかのように……優しさを帯びた風が吹き抜けていく。現実とは思えないその瞬間に戸惑いながらも彼女は……かのんの手をしっかりと握った。再度風が6人を包み込むように吹き抜け、桜の葉が舞う。
その様子を見守っていたのは始たちだけではない。普通科と音楽科、両生徒達から暖かな拍手が湧き上がる。その音に包まれ、かのんと恋の口に自然と微笑みが宿った。それは長らく続いていた科同士の溝がついに埋まったことを、何よりも雄弁に物語っていた。ようやく、学校全体の心がひとつに結ばれたのだ。
「さあ! みんなで学園祭の準備、進めるよ!!」
「「「おーーっ!!」」」
千砂都の呼びかけに応えるように、生徒たちの声が一斉に上がった。その光景は、皆が心をひとつにしたという揺るぎない証。本当の意味で、この学校の全員が結ばれたといえる瞬間であった。
学園祭に向け、各所で準備が急ピッチで進められる。新設校である以上知名度も少ないため、集客を募るには宣伝が欠かせない。千砂都と可可、そしてすみれはたこ焼き屋周辺で宣伝活動を行っている。
「第1回学園祭は、次の日曜でーす!」
「レインボーたこ焼きも出しマスヨー!!」
「よろしくお願いしまーす!!」
すみれはグソクムシの着ぐるみを倉庫から引っ張り出してきたらしい。それを着て興味を引かせ、さらに多くの人に知ってもらおうとしているようだ。
「ってなんで私はこの格好なのよ!!」
「いやごめんて……」
無論、すみれには激怒されてしまうわけだが。しかし、チラシを受け取ってくれる人の数は増えている。まずは知ってもらうこと。それが何よりも大事なことだ。いくら装飾や催し物が豪華でも、知ってもらい人が来なくては意味がないのだから。
宣伝活動と同じくして、かのん達スクールアイドル達の練習にも熱が入る。新たに加わった恋の影響もあるのだろう。
「凄いデス、レンレン~! 流石、フィギュアスケートをやっていただけアリマス! あのグソクムシとは大違いデス~!!」
「だからその名前で呼ぶなって!!」
すみれと比較してそう賞賛しているのは可可。”レンレン”と呼んでいるのは、彼女が心を許した証拠だ。恋は元々、フィギュアスケートを習っていたこともあり、スクールアイドルとして必要な表現力、柔軟性や巧緻性、体幹力などは鍛えられていた。だからこそ半年近くの差があっても、かのん達と同レベルまで追いつくことは苦ではなかった。
「基礎は出来てるから応用も利くしね」
どんな事象でもそうだが、まず基本ができていなければ何をやっても上手くいかない。走るにしたって、足の動きやフォームの基礎を学ばなければ、幾ら速くなる方法を試してもしょうがない。しかし恋はスクールアイドルに通ずる基礎は既に出来上がっている。そのため、ダンスへの応用も利くと言う訳だ。
「うれしい……」
「入ったばかりなのに、むしろ皆を引っ張っていけるくらい」
「言い過ぎです」
ダンスではこの中で一番の実力を持つ千砂都にそう言われても、恋は謙虚に微笑みながら返す。そんな彼女にかのんはふと、ある提案を持ちかけた。
「学園祭のライブ、センターやってみない?」
「えっ?」
「この学校初めての学園祭だよ?」
「それはそうですが……」
突然の提案に戸惑う恋。それもそのはずだ。母が建てた学校の、最初の学園祭でセンターを務める。それは彼女にとっても願ってもないことだ。けど、スクールアイドルを始めたばかり。自分が務めきれるのだろうか。みんなが盛り上がってくれるのか、認めてくれるのか……。そんな不安がないわけではない。むしろ恋だからこそ、その不安は大きかった。
「それに私が歌ってほしいんだ。恋ちゃんに」
「私も賛成かな」
「可可もいいと思いマス」
「私はセンターをやるのは、もっと大きなステージって決めているから」
すみれの理由だけは少し異なっていたが……それでもこの場にいる誰もが、恋のセンター起用に賛成の意を示していた。であるならば、この話はもう決まりだ。
*****
「隊長! これを見てください!!」
一方数刻前のストレイジ統合基地。巡回も終わった待機時間。結衣の声が基地の中を緊張で包み込んだ。立方体に戻したら完成という、ルービックパズルで遊んでいた正太だったが、彼女の声でデスクに投げ置く。
「どうした……これは……」
モニターに映し出されているのは、あの活発な反応をキャッチした場所だ。さらに波形も地底怪獣が現れた時と一致する。つまりそれは、もう一度あれと似たことが起きうるという事だ。
「グドンやツインテールがまた現れるってこと?」
「どうかな。今度は全く違うのがってのも考えられる。地底に住む怪獣は他にもたくさんいるから……」
地底はまだ未知の領域。これまで観測された怪獣以外にも生息していることが推測されており、怪獣の特定には時間がかかってしまうのが現状だった。
「けどビートル隊が地底にセンサーを打ち込んだよね?」
「あれだけじゃ完璧な特定まではいかないの」
以前、地底怪獣の調査や出現時の対策として、怪獣の観測と特定を目的に地底に巨大な杭状のセンサーを打ち込んだのだ。しかし、地底を掘り進める怪獣自身の器官によって破壊や妨害をされ、さらには電波障害によってうまく機能していないのが現状であった。
「完璧じゃなくていい。一番近いデータと照らし合わせてくれ。それと出現予測地点もだ。そこら一帯を避難させる」
「了解」
結衣はすぐさまデータ端末での称号を急ぐ。しかし、途中でその手が止まる。
「嘘……これって……」
「どうした? 見せてみろ……マジかよ」
正太も端末を見せてもらった早々、言葉を失う。一致率の高いその怪獣は、過去にウルトラマンに倒された怪獣だからだ。しかもただの怪獣ではない。とある厄災の卵が、地球のエレメントの1つ……土のエレメントと結びつき生み出した獣だったからだ。そいつの強さは、彼自身がよく知っている。彼自身が復活させ、ウルトラマンを倒そうとしていたのだから。
「こいつはマズいな。結衣、晶子、近隣住民の避難誘導を頼む」
「私はウインダムで──「ダメだ! まずは住民を避難させろ。じゃないと地面が沈む」
悔しいが特空機では太刀打ちできない。それをよく知っている彼は2人に命令し、外へ駆け出した。
第41話も投稿しておりますので、続けてお楽しみください。