「─────君はこの星の守護者を気取っているつもりかね?」
その瞬間、空気がひっくり返る。この平和な街に影が差した。色鮮やかな世界が即座に灰色へ染まったと錯覚させるノイズ。電波障害の如く不快なノイズがあちらこちらに走る。
始はたまらず臨戦態勢をとった。……冷たい雫が背を幾度も撫でる。手を握る力が一気に強くなり、自然と息が上がる。彼の眼前にいるのは1人の男。男は淡々と始に問いかけている。
「……なに?」
男は始を見下すように視線を落とした。人込みの中だというのに、やけに男の声がクリアに聞こえる。まるでその空間だけ切り取られたのかのように。人々はその存在を認識していないのか、まるで石ころのように無関心であり、始に対しても同じだった。困惑する彼を前に、男は淡々と続ける。
「君を試してやろう。この星を守る資格が果たしてあるのか……私が直々に、だ」
「一体何を言ってるんだ……?」
男は始の問いに答えることはない。ただ指を”パチン”と鳴らす。途端、巨大な地響きが世界を塗り替えた。
地を割って姿を現したのは、まるで岩石のような巨大な獣だった。硬質的な外見と、頭から喉元を覆う鎧の様な皮膚が鈍く照らされている。そして奇怪なのは頭部から背中にかけ、全く異なる生物の特徴が混在していることであった。猛禽類のような鋭い嘴と背中に広がる鮮血の如く赤い翼。異なる存在が結合した悍ましい姿に、人々は畏怖の念を抱く。
『始くん、あれ見えてる?』
「はい。見えてます」
『見た目はゴルザに近い。でもあの翼は……』
結衣の困惑する声が聞こえる。全体の特徴から判断するにゴルザであることは間違いなかった。けれどもその後ろで大きく広がる翼など、ゴルザが持ち合わせている種の特徴ではない。
”
喉奥から絞りだされ唸りは、やがて天地を震わせる咆哮へと変わる。その一声は空気を歪ませ、衝撃波の如く駆け抜けていく。それが人々への合図だったのか、悲鳴と共に一斉に逃げ惑う。ゴルバーは口から放つ黄色い超音波光線を放ち、炎と爆音が世界を覆い尽くす。
「どういうつもり……だ……」
指を鳴らした男の方へ振り向くが、既にそこには誰もいない。人々が逃げ惑う緊急事態だけ。あの男が誰だったのか、何を意図していたのか……始には分からない。
「いや、今はそれどころじゃない!」
始は再度ゴルバーへ目を向けると一目散に走りだす。同時にゼットライザーを起動し、ゲートを潜る。
《ULTRAMAN Z BETA SMASH》
赤い光が轟き、赤い体の闘士が降り立つ。彼らが見据えるのは、街を炎の海に変えている闇の怪獣だ。なりふり構わず、無計画に破壊を続けている姿は偶発的に現れたように人々には見えるだろう。だがその実、あの男が呼び出したものだ。意図的に呼び出し、恐怖と悲嘆の嵐を呼び出している。そしてこの状況をどう切り抜けるのか。男はこちらを試している。その為だけにこのような破壊を齎すのか。始の奥歯へ力がこもる。
『始、あの男のことは後だ。今は……!』
「わかってる。あの怪獣を倒す!!」
刹那、互いが同じタイミングで地を揺らした。周囲の瓦礫を巻き上げ衝突する2体。ゼットはその剛力から放たれるタックルで距離を作りつつ、すかさずに脳天に手刀を打ち込む。さらに掌底打ち、エルボー・スマッシュと攻め立てていき、トドメの回し蹴りが腹部を捉えゴルバーを大きく吹き飛ばした。
「これでどうだ!」
『ウルトラ決まったぜ!』
しかし戦闘はまだまだ序盤。吹き飛ばされたゴルバーは翼を広げて衝撃を緩和させると、反撃の唸りを上げる。頭部が鈍く光り、閃光がビルに反射する。光が消え切らないうちに、赤い光弾がマシンガンのように放たれる。
「くっ……!」
ゼットは腕で急所を覆い光弾を防ぐ。しかし猛攻は止むことはない。それに防ぐとは言っても肉体で耐えているだけだ。バリアで守るよりもダメージは大きい。長時間晒されれば危険だ。ジリジリと焼かれていく感覚に口元を歪ませる。
『「───ッッ!!』」
ゼットは背丈程ある三日月型の刃が放ち、光弾をかき消していく。刃は尚も突き進むが、ゴルバーは口から黄色い光を吐き散らし、その衝撃で刃を消し飛ばした。
「■■■■ーー!!」
爆発の余波で思わず腕で顔を覆ってしまい、ゼットの動きが一瞬止まってしまう。ゴルバーはその隙を見逃してはくれず、翼を広げ宙を滑空。巨体による体当たりがゼットに直撃。ビルを巻き込みながら瓦礫へと叩きつけられた。地面が大きく陥没し、状況はゴルバーの優勢へ傾く。
「だろうな……背中についてんだから」
始は口元を拭いながら、ぼそりと呟いた。
それにしても、あの巨体を軽々と持ち上げ、さらに加速までしてみせる翼……そして、その翼を動かすための尋常ではない筋肉量には思わず息を呑むしかない。先程の衝撃と痛みはじわりじわと奥に染み込み、熱い熱と共に主張してくる。胸元を抑え、瞳は眼前のゴルバーを捉えた。
「コイツ……」
『ああ。始も感じてるのか?』
これまでの怪獣のように、本能で暴れ回るだけではない。明確な悪意が、薄い靄のように纏わりついている。この感覚に近いものに、始は覚えがあった。ゼットランスアローを使って倒したあの怪獣に感じた……冷たく刺すような敵意。ただの怪獣。ただの脅威で終わりでないことを……本能的に感じ取っていた。
────途端、ゼットの頭を無数のミサイルが通過してゴルバーを攻撃した。
体のあちこちで煙を上げ、苦悶の声が木霊する。
「ウインダム!!」
始は声を上げる。降り立つのは銀色の肉体を持つ獣。着地と同時に放ったレーザーがゴルバーの進行を潰す。雄叫びを上げる姿。特空機2号ロボがこの戦場に参戦した瞬間だった。
『待たせたね、ゼット。一緒に行くよ!』
『反撃行くぞ!』
「オッケー……!」
首を縦に振り、ゼットの体は光に包まれる。
アルファエッジへとウルトラフュージョンしたゼットを警戒し、空へと飛び上がったゴルバー。上空よりメルバニックレイを照射。降り注ぐ破滅の光を2体は回避。燃え上がる地面に立つ彼ら。土砂降りの様な光弾の先を捉え、ゼットとウインダムは頭部から光線を放つ。
『「ゼスティウムメーザー!』」
『レーザーショット、発射!』
放たれた2発は矢の如く突き進み、ゴルバーを貫いた。
「いくぞ……!」
ゼットは一気に間合いを詰める。落下し、クレーターの中心に立つゴルバーが咆哮を上げたのとほぼ同じ瞬間、今度はゼットが飛び上がる。
幾度目かのメルバニックレイ。そして時折混ぜてくる超音波光線の迎撃を回避しながら突き進む。自身を穿たんとする闇の雨を抜けると、両脚を前方へ展開し急減速。
「──……、───!!!」
息ができず、飛びそうになる意識をゼットとの同調で繋ぎ止めつつ胸部から腕部へ光を収束させ……交差する。
「『ゼスティウム光線!!」』
蒼炎めいた奔流が一直線に走り、よろめくゴルバーの巨体へ衝突する。同時に下で構えていたウインダム。最期の手向けとばかりにミサイルを連射。爆ぜる衝撃と光線が連続する。空気を裂く轟音と共に、ゴルバーは木端微塵に爆散したのだった。
戦場……もとい街には静寂が戻り、勝者を照らす光だけがゆっくりと揺らめいていた。
「………」
件の男は怪獣の消えた街を見つめる。いや、正確にはその場に佇む巨人を。無言の後、静かにその場を後にする。それは事件が何も解決していない事の証明であり、始まりを告げる足音でもあった。
*****
「ずるいずるいずるいー!!」
「まだこの感じか……」
ゴルバー、そして謎の男との接触から一夜明けた翌日。世界はいつもの日常へと戻っていた。ゴルバーの一件も、数ある怪獣災害のひとつとして処理された。けれど始は知っている。あの事件の裏にいる存在を。そして昨日の出来事は自分たちへ課された“試練”であることを。男は言った。「資格があるのか、試す」と。地球の守護者としての資格が自分たちにあるのかどうか。一体何故そんなことをするのか。それが男にとってどんな意味を持つのか……その真意は未だ闇の中だ。
不穏な影がちらつきながらも、始は結ヶ丘へ通う。昨日の事後処理等もあったため、彼は遅れての登校になった。今は練習場所の屋上に設置されたベンチに腰かけている。隣のかのんの愚痴を聞きながら。
「始くんだけ抜け駆けしてさ~!」
「いや、ストレイジの任務が……」
「今日も!」
「事後処理で頼まれたんだよ。人手が足りなくってさ……」
「私も助けてよぉ~!!」
「そこまでとは……昨日の缶詰はかなり堪えたんだな」
昨日と同様の態度をとっているのは、始を前にしているからなのだろうか。……いや、あまり深くは聞くまい。これ以上不機嫌になられたら困る。
「聞いてよ! ちぃちゃん達酷いんだよ!? 私だけ1人部屋に閉じ込めてさ。休憩も許してくれなくて!!」
「た、大変だな。缶詰とはいえそこまで……」
「でしょ?」
期限が迫り、ラブライブ出場が危うくなると容赦ない。可可の熱量の高さに思わず苦笑いを浮かべてしまう。他の3人も大概だが。
「で、詞は出来たのか?」
「そ、それが~……」
「出来てないんだな。また缶詰めだぞ」
「だってしょうがないでしょ! アイデアが降りてこないんだもん!」
かのんは口を尖らせながら空を見上げる。
「大体さ、私に頼りすぎなんだよ! 詞がなきゃ曲が作れないとか、作詞は私がやるべきだとか」
脚をぶらぶら揺らし不満を訴えるかのんを見て、始は思わず肩をすくめてしまう。
「けどまあ、”これ”ってイメージがなきゃ何も湧かないよなそりゃ」
「そうなんだよ……朝、ナナミちゃん達にも言われちゃってさ。始まったばかり、まだ真っ白だって」
始はペットボトルに残った水を飲み干した。かのん達が抱えている悩みは、クラスメイトから見ても同じだった。1つの明確な目標のために集まった訳ではない。生まれたばかりのグループでまだ“色”が定まっていない。だからこそ、募集したグループ名にも何ひとつ候補が集まらなかった。彼女たちのイメージと結びつく名前が、誰の頭にも浮かばなかっただから。
(でも、みんなが考えてくれていた。応援してくれているんだ)
しかし募集箱に何もなかったのは、誰も無関心だったから……という訳ではなかった。みんなが考えてくれて、それでも思いつかなかったから、入れることができなかった。それがわかっただけでも、少しは勇気付けられる。
「そうだ!」
ぱっと顔を上げたかのんは、何かを思い出したかのように始の顔をじっと見つめた。
「始くんさ、私たちだけでグループ名のことを考えて時に……”白と星”ってイメージがあるって言ってなかったけ?」
確かに言った。あれは学園祭のライブを見た時の光景を思い出して言った言葉だ。一体それがどうしたのだというのか。正直、忘れてほしかったのだが。
「言ってたよ。ってか、それ忘れてくれって言ったろ」
「どうしてそう思ったのか、教えてほしい。ちゃんと理由があるんでしょ?」
かのんは始との距離を狭めつつ、真剣な眼差しで見つめる。その視線に押され、始は思わず息を呑んだ。
「……理由って程じゃないけど」
言い淀みながら、あの時の光景を脳裏で再生させる。
「学園祭のステージでさ、かのん達が歌ってた時………白い衣装が光に溶けて、後ろの色とりどり星達の飾りと重なって見えたんだよ。白いキャンバスに輝く星達……なんかそれが……とても綺麗に見えた」
「……!」
「まだ名もない星だけど、何にだってなれる。何色にも輝いていける。そんなイメージが湧いたんだ。……深い意味はない」
そう言いながらも、始の胸の奥にはあの時の感動がまだ残っていた。Wish Songを披露するかのん達の姿が。白い世界で光る5色の星。色も形も……全てがバラバラだけど、みんなが精一杯に輝こうとしている。そして互いの想いを結び、その結びは他の人々へと広がっていく。そんな小さくも力強い輝きを感じたんだ。
そしてかのんはしばらく黙り込み、ぽつりと呟く。
「……それ、すごくいい」
かのんの声は震えていて、どこか嬉しさが滲んでいるようだった。
「白いキャンバスに、これから星が増えていく……私たちはまだ明確な色はないけど、だからこそ何にでもなれる……!」
かのんは胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。その仕草があまりに真っ直ぐで、始は思わず視線をそらす。
「だ、だから深い意味じゃないって。俺にはそう見えたってだけで……」
「でも、始くんにはそう見えた。それが大事なんだよ」
かのんはさらに近づき、疑いなく言い切った。その距離の近さに。始は思わず息をするのも忘れてしまう。
「やっぱり、始くんはちゃんと見てくれてるんだなって……凄く嬉しい」
「……別に、俺はそんな大したことは」
「ううん。大したことだよ」
かのんはふっと笑った。その笑顔は星が灯ったかのように柔らかく、温かいものだった。瞬間、ドキリと心臓が跳ね上がったかのような感覚。
「なんか、見えた気がする」
「そ、そっか。なら良かった」
「うん。ありがとね、始くん!」
自分の言葉が、本当に彼女の助けになる程の事だったのかよくわからない。でも、彼女にそう言ってもらえたのなら良かったのだろうと納得させる。
「……っと、そろそろ時間だ。やば、授業の準備してないや!」
「ホントだ。早く教室に戻らないと!」
休み時間終了のチャイムが鳴り響く。授業開始までそう時間はないので2人は素早く教室へと戻る。クラスへ戻る際、かのんは再度始を呼び止める。
「始くん!」
「ん?」
「本当にありがとね」
その後、教室に戻った始はゼットに尋ねられる。
『始、大丈夫か? なんだか鼓動が速いぞ』
「……うるさい」
*****
放課後。部活へ向かう足音と帰り際に発せられる笑い声が遠ざかっていく。玄関隣の軒下。夕日が作った長い影に寄り添うように6人は集まっている。千砂都や恋たちの表情は晴れず、それが日陰の黒へ溶けていくのでは思わせるくらい。
「私たちって特別凄い才能があるスターが集まってる、ってわけじゃないし……」
「普通の子が1つになって、何かを突破しようって感じでもない……ですか」
「ショウビジネス的には致命的よね……それって」
「スクールアイドル戦国時代と言われる今、勝ち残れマセン……」
言葉を重ねるほど、空気は重たくなっていく。日が落ちていくほど影が濃くなる。明確なものがまだ何もなく、イメージできない空白が、彼女たちの心に影を落とす。
「そうかな? 私は……私と始くんはそうじゃないって思うよ」
静かに。でも真っ直ぐな声。かのんは一歩一歩、確実な足取りで前へと歩いていく。その表情は晴れやかで、夕日に照らされてより眩しくなる。4人はかのんと始を交互に見る。2人だけは、濃い影の中から抜け出していた。そしてかのんは今、答えという輪郭に触れる一歩前まで来ている。
「私、今日練習休む」
「急ですね」
恋の驚きももっともだった。練習を休むことなど滅多にないからだ。けれど彼女の言葉の奥には……なにか確信の色が宿っていた。
「今の話聞いてて、浮かびそうな気がしたの」
「作詞デスカ? それともグループ名……?」
「わからないけど……でも………ぜーんぶ!!」
「全部!?」
千砂都の声が跳ねる。驚きと期待の表情を見せたのは始を除いた4人。彼女たちの顔が夕日で照らされる。
「うん! この5人……ううん、6人がなんなのか、わかった気がした」
「俺も入ってるのかよ」
「当たり前だよ。始くんが教えてくれたんだから入ってなきゃダメだよ」
核心、とでもいえばいいのだろうか。とにかく、彼女にはそれが滲んでいた。誰もが抱え、ずっと形にならなかったもの。靄のような何か。それがようやく形になっていく感覚。始は観念したかのように息を吐いた。こうなったかのんはもう何を言っても利かないだろう。
「かのんちゃん……頼ってばかりでごめん……」
駆け出したかのんを引き留めた千砂都の声が、小さく震えていた。作詞やグループ名など、負荷が大きなものを彼女に任せてしまっている。自分には自分だけの役割があると知ってはいながらも、けれどやりようはあったのではないかと考えてしまう。
「私の方こそ、時間かかってごめん。でも、ようやく見つかった気がする!」
でも、彼女は気にしていなかった。作詞が進まなかったのは事実だと、自分でもわかっている。それでも、もう迷いはない。その確信が宿ったかのんの微笑みは……赤い夕日よりもずっと暖かかった。
「その顔は大丈夫そうだね!」
「うん! 始くん、ちぃちゃん、練習頼んでいいかな?」
「任された!」
「ああ。こっちは任せてくれ」
「そうと決まレバ、可可たちは練習デス! まずはランニング、ついてくるデスヨーー!!」
「すぐバテる癖にー!」
1人と6人。それぞれ逆の方向へと駆け出していく。別の方角を見ていても、気持ちは1つ。だからどちらも四肢に込める力も強くなるし、心が熱く燃えていく。
いつものコースを走るため、トレーニングウエアに着替えた一行は地面を蹴る。
「かのんちゃんとどんな話してたの?」
走りながら問われた始。千砂都の純粋な興味からの言葉だった。覗き込む千砂都とは裏腹に、始は顔を逆方法へ向ける。別に変な会話をしたわけじゃない。けどあの時を思い出すと自然と体が熱く、鼓動が速くなる気がする。その感覚について、始にとっては形容しがたいものだった。何とも言えないその現象に戸惑い、処理しきれないから、始はなかなか話すことができないのだった。
「……別に」
「別にぃ~!? 今ので別にってことはないでしょ!」
「……いいんだよ千砂都には」
「私にはってどういうこと~!!」
「あ、間違えた。けど言わない」
「なんでー!!」
走りながら千砂都の追撃を躱そうとする始と、何としてでも聞き出したい千砂都。そっぽ向く始の前に回り込み、顔を覗き込む。彼が顔を別の方向に向ければ千砂都も追尾する。千砂都の運動神経と体力があるから可能としていることだった。
「……」
一方すみれは、その光景を無言で見つめていた。どうして見つめてしまうのか、見つめている彼女の秘めている感情が一体何だったのか。恐らく、今のすみれ自身にもわからないものだろう。でも多分、一言で言えば……”気に入らない”が近い表現なのでだろう。
「遅れてマスヨ! このままグソクムシを差し置いて、可可が一位でゴールデス!」
「……!! 何をぉぉぉ!!」
ジグザグに暴走する可可とすみれ。体力なんて知ったことじゃない。「捕まえた」と思った次の瞬間、足がもつれて勢いのまま、2人まとめて豪快に転がった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「おいおい、ケガするなよ!?」
「もう、2人は相変わらずなんだから……」
5人はしばし呆然。そしてそのまま笑い声が広がる。それはある意味いつも通りの光景。何気ない日常の一幕。でも、確実に彼女たちが一歩次のステージに踏み出した瞬間でもあった。
*****
翌日、晴れ晴れとした気分のまま放課後を迎え、それぞれが部室へ向かう。可可、千砂都、恋、すみれ……そして始の順だった。
「あれ、かのんは?」
「まだ来ていないようです」
恋が答えてくれる。彼女もすれ違っていない様子。それにグループメッセージにも休みの連絡は入っていない。来るのはもう少し掛かるのだろう。けど心配はしていない。無関心だからではなく、信頼からだ。
「そっか。ま、昨日の感じからして大丈夫だろ」
「ですね。始さんと何かあったみたいですし」
「ば!? それはもういいだろ!」
「ふふっ、すみません。つい」
恋も入部してからは始を揶揄うことが増えてきた。それは2人の距離が確かに縮まった証でもある。不満を訴えるような始の視線を、恋は柔らかな笑みで受け止めた。その和んだ空気の中、ドアが勢いよく開いた。
「みんな……できたよ!」
主役は遅れてやってくるとのこのことか。かのんが晴れやかな表情を見せていた。
「「「「「……」」」」」」
かのんは早速、昨日書き上げてきた詞を見せてくれた。浮かびそうな気がした……とは言ったが、それでも1日で書き上げてしまうとは驚きだ。やっぱり彼女は本当に歌が好きなんだと、改めて感じさせる。
どうかなと尋ねてくるかのんへ、最初に顔を向けたのは千砂都。次の瞬間、彼女の弾けるような声が部室内に響いた。
「すっごくいいよ!」
「今の私たちをとてもよく表している詞だと思います!」
「ありがとう!!」
どうやらもう1つかのんはみんなに伝えたいことがあるようだった。かのんはホワイトボードマーカーに手を伸ばす。
「次は……」
「グループ名も思い付いたんだ」
「グループ名も?」
「うん!」
彼女は迷うことなくペンを走らせていく。そして中心に大きく書かれた7文字に5人は目を奪われる。
「これは……」
「”
「そう。フランス語の”結ぶ”って意味から作ってみたんだ」
後でかのんに詳しく聞きわかったことなのだが、「結ぶ」という意味のフランス語”
「恋ちゃんのお母さんって、学校を通して1つに結ばれるって想いから”結ヶ丘”って名付けたでしょ? だから私たちもスクールアイドルを通して……いろんな色に光で結ばれていくといいなって思ったんだ」
学校の想いと同じ。スクールアイドルが学校の代表であるように、同じ想いを胸にステージへ立つ。それはまさにぴったりの言葉だった。
「光かぁ……!」
かのんは窓を開け、空を見る。見ているのは澄み切った青空のその先。光が輝く
「赤だったり、青だったり、緑だったり……繋がったり、結ばれていったり。その中で私たちが想像しないようないろんな色の光になっていく。……それは何色でもない、私たちだからできること。始まったばかりのこの学校だから……この学校のスクールアイドルだから出来ること」
「私たちだから……」
何色でもないことは、何色にもなれること。白いキャンバスであれば、たくさんの色を受け入れられるということ。それは始まったばかりの、ないないづくしのこの学校であるからトライ出来ること。スクールアイドルを通して、まだ見ぬ者たちと結ばれていく。そんな期待と願いが込められているような気がした。
「いいんじゃない……Liella!」
「俺も賛成……Liella!」
「……Liella!」
「Liella!……!」
「Liella!!!」
「Liella!」
それぞれが生まれたその名前を、噛み占めるように音を鳴らす。それが僕たちの名前。6人の名前である……Liella!。その誕生を祝福するのは観客の拍手でも、人々の声援でもなかった。静かで心地よい……優しい風だったのだ。
「こうしてはいられマセン! さあ、そうと決マレバ!!」
可可は声を上げる。グループの名前は決まった。であればやることは1つだ。可可は屋上へと駆けていき、声高らかに宣言した。
「結ヶ丘高校スクールアイドル。”Liella!”デーース!!!」
それは学校中の生徒だけじゃない。スクールアイドル、スクールアイドルを応援している者、これからスクールアイドルを知る者、始めようとする者、まだ知らない者。その誰もに届けようとする魂からの宣言だった。
「だから大きすぎるって言うの!」
すみれが。
「このくらいでいいよ! どんっっどん有名になっていかなきゃだし!!」
千砂都が。
「勝たないといけませんね!」
恋が。
「ここからが本当の始まり……ってね!」
そして始が。
四人は順々に屋上へ駆け出した。その隣にはかのんの姿も。先で待っている可可のもとへ集まると、彼女は既にスマホを手に準備を進めていた。以前はそこで止まってしまったページへたどり着く。
「それではエントリーしマスヨ! 私たちの名ハ……」
ラブライブ出場グループのエントリーリストへ、Liella!の名が刻まれた。