現実世界とは時間の流れが異なる空間。心地の良い静寂の広がるインナースペース。そこででゼットと対話する始。彼は今日起きてしまったことを彼に伝えたのだった。
「俺、友達に強く言い過ぎちゃったんだ……言わなくてもいいことも言っちゃって」
『そっか。それで……』
始の……人間の心は複雑だ。
光の国では他の星の知的生命体について学ぶカリキュラムが存在する。任務で向かう星に住まう生命体の文化や価値観を知らぬまま介入すれば、些細な行き違いから星間トラブルに発展しかねない。その中でも地球……地球人は他の星よりも詳しく教えられた記憶がある。恐らくセブン大大師匠やレオ大師匠をはじめ、ウルトラ兄弟が長く守ってきた星ということもあり、特別な想いがあるからだろう。
そこで学んだことが”人間の心”というものだった。嬉しさ、悲しさ、怒り……そんな単純な物差しで測れるものではない。その奥にはいくつもの感情が複雑に混ざり合い、時に矛盾すら抱えながらも揺れ動く。故に単純な励ましが逆に相手の逆鱗に触れることもあるし、何気ない言葉が相手の意思を強くするきっかけともなり得る。それが、ゼットにとってはまだ掴みきれていない難しさであり……同時に、惹かれてしまう理由でもあった。
「なんであんな言い方しちゃったかな……」
溜息交じりに溢した始の声音は、いつになく落ち込んだものだった。俯く彼の姿は普段の活発な様子からは想像ができない。ゼットは後頭部を掻いた。
『大変でございますな……人付き合いというのは』
「ゼットは他人事かよ~。……ん、”他人事”でいいんだよな?」
肩を落としている始にゼットが出来ること。腕を組んで考えても、正直今の彼にはまだわからない。けど、相棒として助けになりたかった。だから彼は似たような経験を話すことにした。
『まあ俺も、ゼロ師匠や師匠の仲間に失言しちゃって……エライ目に遭ったな~』
思い出すのは宇宙警備隊に入隊する前の話だ。弟子になりたいとゼロに頼み込んだ際、「近寄り難い地位もない」とか言ってしまった事。ゼロから聞いたことを馬鹿正直にジャンナインに話し、銃弾を撃ち込まれた事。勉強を誰に教えてもらうかで相談に載って貰った際に「ゼロ師匠と違って優しそうだし」と失言してしまった事。それらも言わなくていいことを、考えずに発言してしまった故の失敗だった。
「なにそれ。でも確かに、ゼットならやりそうなことかも」
『ちょっと!? それどういう意味だよ始!』
「あはは、まんまの意味だよ!」
リアクションに思わず始は笑ってしまう。彼の表情が少しだけ戻ったことにゼットも安堵した。そして彼は続けた。
『まあ……始がそうやって”悪い”って思ってるなら大丈夫だと思うぜ。自分で反省できているのなら、まだ改善出来るってことだと思うしな』
素直なゼットの言葉に彼は救われた。似たような失敗をしたのは、自分だけではなかったのだから。それにまだ大丈夫だと、背中を押されたような気がしたからだ。
『大事なのは次……どうするか、じゃないか?』
始は即座に答えた。ゼットの問いかけには、既に答えが出ているようなものだから。
「……うん、そうだね。よし、今から謝りに行ってくるよ!」
『え!? 今からって……始、アテはあるのかよ!?』
「さあな! ……ありがとう、ゼット!」
『お、おい!?』
慌ただしく消えていった始。
1人になったインナースペース。答えになっていたにだろうか。励ませていたのだろうか。ゼットは自信がなかったが、けどあの顔であれば大丈夫な気がした。
*****
「お姉ちゃんいつまで練習してるの? ご飯できたよ」
「先食べてて」
妹に言い残し、すみれは走り出していった。既に辺りは暗くなり始めているというのに、未だに彼女は練習着のまま。オーバーワークのそれだが、ここには誰も止める者はいなかった。そんな彼女の姿を陰から見ている者が1人。
「……」
可可は彼女の足跡を辿る。
「センター……」
銀杏並木を走るすみれは呟いた。その言葉は彼女が強く憧れ、そして同時に届かないと悟ったものだった。
「───村人だって大切な役よ?」
学芸会の時に言われた言葉だ。確かに世界観に深みやリアリティを持たせるため、”村人”というその世界に存在している人物としては物語に必要な存在だ。でも、欲しかったのは違う。
「私が……!」
息を吐きつつ、繰り返すように。
「───すみれさんには主人公の友達役をやってもらいます」
あるドラマの撮影でのことだった。まただ。また名前のない役だ。物語を、世界を補強するための役だ。重要だとは思う。でも違う。欲しかったのは違うんだ。
「私が!」
これまでの記憶がリフレインする。
『───栄えあるグランプリは……』
とあるコンテスト。スポットライトを浴びたのは自分ではない。その時の彼女に映っていたのは、頭に載っていたティアラの輝き。
「……!!」
だからいつからか悟っていた気がするんだ。自分はスポットライトを浴びることができない。ただの脇役なんだって。
「私が!!」
記憶の海へ潜ったせいで渦巻いた、悔しく悲しい気持ちを吹き飛ばすかの如く、すみれは発声練習を始めた。でもそれはいつものような丁寧なものではなかった。不安や恐れといった、己の気持ちを吐き出すかのような……。
その様子を可可も観ていた。その姿はとても一生懸命だった。同時に己の低い自己肯定感を必死に消し去らんとしているようにも見えた。
*****
すみれの個人練習を見て考えが変わっていた可可。彼女は考え事をしながら帰り道を歩いていく。その歩幅はいつもより狭く、いつもより遅いように思えた。始の言っていたこと、そしてかのん達が言っていたこと……どれも今なら素直に納得できる。でも今は後悔している場合じゃないのもわかっている。言葉じゃなく、行動で示すことが今回の正解なのだと思うから。
「クゥクゥ!」
ふと、知った声が聞こえてきた。
「あ、始……」
いつもならぱっと顔が明るくなるはずなのに……今日は違った。
無理もないと彼も思ったのだろう。始は彼女に近寄り、深く頭を下げた。
「今日はごめん。俺、言い過ぎてた」
「い、いえ! 可可のほうこそ、あんなことを言ってシマッテ……でも、もう大丈夫デス。可可もちゃんと分かりマシタ」
少しだけ胸を張って見せ、それにと彼女は続ける。
「さっき……練習を見てきマシタ。とても練習頑張ってマシタ。だから……」
彼女は前を向く。言葉を選びながら。
「すみれの為に衣装を作りマス。あっと驚くセンターに相応シイ衣装ヲ!」
明るく、そして強い。
それを聞いた始は笑みを浮かべた。
「そっか、クゥクゥらしい」
「もっと輝かせてやりマス!」
「じゃあ行こう。やることが決まってるなら、こうしてる時間も勿体ない」
「勿論デス!」
2人は再び歩き出した。
その足取りは、先ほどよりずっと軽く、そして速かった。
「そうだ始、今から買い物付き合ってくだサイ」
「え、今から!?」
「衣装に必要な素材を買いマス」
「お店開いてるのかよ?」
「知りマセン。だから急ぎまスヨー!!」
「ちょちょちょ、おい……転ぶ!?」
可可に腕を引っ張られ、始は夜の街を駆けていく。
センターであるすみれが輝く衣装を作る。その決意が可可の背中を力強く押していた。
*****
翌日。
朝から世界は混乱に包まれていた。突如として都内の一画に現れたワームホール。そこから怪獣が姿を現したのだから。
「こちらです! こちらに避難してください!!」
『状況は?』
「こちら避難完了しております。我々もすぐに離脱します!」
『了解。協力、感謝します』
ビートル隊とストレイジは、避難誘導に協力してくれた警察官からの連絡を受け、怪獣を無人ポイントまで誘導していく。
額から放つ光弾を回避しつつ、攻撃を試みるゼットビートル。だが両腕に備わった鋭い鎌が追撃を許さない。振るわれた刃の餌食となり、2機は煙を上げ墜落していく。だが、機体は地面に叩きつけられることはなかった。片方は銀色の獣が。そしてもう片方は青い体の巨人がキャッチし、静かに地上へと降ろしたのだ。
ワームホールから突如として現れ、街を破壊し進行している。血の如く赤い輝きを放つ目。ヤツもデビルスプリンターの影響下とみて間違いないだろう。
「■■■ッ!!」
超コッヴは咆哮し、両腕の鎌を振り抜いた。ビルが粉々に砕け、その残骸が空へと吹き飛んでいく。さらに額から乱射した光弾で地面が爆ぜた。
『回避! 回避!』
残ったゼットビートルは急旋回しながら機銃を発射するが、鎌を盾のように使って防ぎきる。走り出した衝撃で、道路が沈み込んだ。
『晶子、ここで食い止めて!』
「わか……ってる!!」
ウインダムとゼットが超コッヴを真正面から受け止める。火花が散り、地面が軋む。だがその馬鹿力はすさまじく、両者は後方へ吹き飛ばされてしまう。
『この……』
「まだまだ!」
立ち上がったゼットの反撃。振り下ろされた両腕を受け止めた。鋭い刃にも似たそれを前にしても、ゼットは一歩も引かない。体を捻る様にして懐へ入り込み、そのボディーへ拳を打ち付ける。アルファエッジの敏捷性を活かした連続攻撃と、フィニッシュの回し蹴りが動きを止めた。そして巨体に似つかわしくない速度で突っ込んできたウインダムのタックルで、今度は超コッヴを後方へ吹き飛ばした。
起き上がる怪獣の額に集まっていく光。これ以上戦闘を長引かせるわけにもいかない。
『これで決めるぞ!!』
「ああ!」
額のビームランプが眩く輝くと同時に、ウインダムも照準を定めミサイルハッチを開ける。
『「ゼスティウムメーザー!』」
「対怪獣誘導弾……発射!!」
緑色の光線が一直線に怪獣の胸部を貫く。同時に誘導弾が連続して命中し、爆発が重なる。
超コッヴの声は爆煙に飲まれた。光線と爆発の衝撃が一気に押し寄せ、巨体は耐えきれず粉砕。破片が霧のように散り、赤い目の輝きも消え去ったのだった。
『戦闘終了。お疲れさん』
「このまま残骸を処理してから帰投します」
『晶子! 怪研が来る前にサンプルを────』
瓦礫の上に静寂が戻る。煙が風に流れ、通信が再びクリアに聞こえ始めていた。
事後処理を進めていく防衛隊と、空に飛び立つウルトラマン。その様子を、巨大な目が見つめていたのことは誰に知られていない。
*****
「そういえば、ウルトラメダルって幾つあるんだ?」
放課後。
始はゼロのメダルを見つめながら呟いた。ゼットに頼まれている強奪されたウルトラメダルの収集。進捗はなく、夏に千砂都から返されたのが唯一だった。それにそもそもゲネガーグがどのくらい持ち去ったのかも定かではない。
これが数百とかだったらどうしよう……気の遠くなるようなことを考えて憂鬱になった瞬間。彼は躓き……メダルを落とした。
「あ、ちょっ!?」
慌てて追いかける。今日はいつになくメダルの転がりが良い。嬉しくないしむしろ焦燥感に駆られるのでやめて欲しい。そんな願い虚しく、メダルは誰かの足にぶつかって停止した。
「ん? これは……」
恋がメダルを拾い上げ、すみれはメダルへ視線を落とした。
「恋! すみれ!?」
珍しい組み合わせだ。丁度部室に行くタイミングが同じだったのだろうか。……などと考えている余裕はない。
「始さん、どうしたのですか? すごく慌てているようですが」
恋は心配そうにのぞき込む。それは他の男子生徒であれば夢のような大喚起イベントなのだろうが、今は覗き込まれると余計に焦るのでやめて欲しい。
「いや、あ~……」
言い淀む始を見たすみれは、恋からメダルをひょいと取り上げて掲げる。その目は鋭い。
「これ、落としたんでしょ? というか……始、あんたこういうの持ち歩くタイプだった?」
「ま、まあな~。ありがと……」
しかしすみれは彼に渡すことなく、指先で回しながらじっと見つめている。
「前に見たウルトラマンのデザインよね?」
「あ……ああ、そうだな」
「……で、なんでそれを始が持っているの?」
普段であればそれなりに言い訳が思いつくのに、今だけは思いつかなかった。それが余計怪しまれるとわかっているから、焦りで脳がエラーを吐いてる。
「え、いや……その……」
恋も覗き込んで、難しい顔をする。
「なんだか……このメダル、不思議です。ただのメダルにしては、妙に存在感があるというか」
すみれが恋を見る。
「分かる? 私もそう思うわ。ただのメダルじゃないくて、こう……力が宿ってる感じ」
始の心臓が跳ねる。なんでそこまで感じ取れてるんだ。なんか微弱なものでも発しているのだろうか。
「そ、そう! ストレイジの任務中に回収してさ。ゼットの持ち物らしいんだ。後で返しておかないとな~」
すみれは目を細める。
「へえ~、ゼットの持ち物なのね。普通はわからないはずだけど?」
まずい。
「いや、その……」
すると恋が静かに続ける。
「始さん……前に、似たようなメダルを拾ったです。今は生徒会室で保管しているのですが……でも、何か”引き合う”ような気配を感じたんです」
始は固まる。待て、生徒会室にあるのか。しかしそこへすみれの追撃。
「私も拾ったわ。今は家にあるけど……その時も、なんか変な感じがしたの。まるで“持っていろ”って言われてるみたいだった」
恋は頷いた。
「……不思議ですね。なんだか語り掛けられているみたいだなんて」
すみれはメダルを始に返しながら、始を睨む。
「始。あなた、何か知ってるわね?」
「し、知らない知らない知らない!! ってかゼットの持ち物ってのも千砂都が神津島の時に似たヤツ投げてたろ? その話を聞いたんだ」
慌てて言う始へ、恋は微笑む。
「でも……もし必要なら、私たちも協力しますよ?」
疑いが晴れたのか、それとも追及に飽きたのか、すみれは溜息を吐いてメダルを始へ投げた。
「そうね。このメダル、しっかりゼットに渡しなさいったら渡しなさい」
「2人ともありがとう。これはしっかり渡しておくよ」
始はメダルを握りしめながら、胸の奥でほっと胸を撫でおろした。……2人とも鋭すぎる。
部室では可可とかのん、千砂都が待っていた。始と恋、そしてすみれが部室に着いた途端、可可から呼ばれた。
そこにあったのは青みの強い紫を基調とした上品さの際立つ、ドレス風のステージ衣装だった。
「どういうつもり?」
すみれは思わず眉をひそめた。当たり前だ。昨日の可可の言動と真逆だし、可可が昨日の練習風景を見ていたことだって知らない。故にどういう風の吹き回しなのか、そう疑ってしまうのも無理はない。
可可はいつもの調子で言い放つ。
「衣装を作るのが可可の仕事デスノデ。とっとと着るデス」
言い方は乱暴だったが、どこか必死で、どこか照れくさそうだった。すみれはぽかんとしていたが、そこでようやく理解が追い付いた。目の前にある衣装は自分のものであると。
すみれはゆっくりと衣装へ視線を落とす。青紫の布地、繊細ながら絢爛な装飾、それでいて動きを阻害しない作り。彼女のパフォーマンスを知っている者でなければ作ることはできない。
「オーラがないあなたでもセンターで戦えるヨウ、他の人と形を少し変えてミマシタ」
ぶっきらぼうで暴言気味だったが、すみれの事を考えて作っていることはみんなに伝わっている。
「結構生地とか色選びに苦労したんだぜ?」
「始、うるさいデス」
照れ隠しのやり取りを聞いて、千砂都も微笑む。
「すみれちゃん、早速着て見てよ」
「一度、踊ってみよ? 学校のみんなの意見も聞いてみたいから」
かのんの提案は優しくて前向きだった。けれど、すみれは一瞬だけ視線を落とした。
自信が持てなかったこと、それに可可が言ったことも彼女には刺さっていた。なのにそのすぐ翌日に、こんな立派な衣装を渡されるなんて。
「……私、そんな……」
言いかけて、言葉が喉で止まる。
かのんも千砂都も、始も恋も……そして可可も。みんながすみれを見ている。期待ではない、プレッシャーでもない。それは「大丈夫だよ」というあたたかい視線だった。
すみれは衣装をそっと抱きしめるように持ち上げた。
「……分かったわ」
その声は震えていたけれど、しっかり前を向いていた。
すみれは腹を決めたのだ。
数分後、屋上で待っていた5人。扉があき、屋上に足を踏み入れたすみれはステージ衣装を身に纏っていた。
「似合ってるよ、すみれちゃん!」
「本当に綺麗です」
かのんと弾む声で、恋は柔らかく笑みを浮かべた。
「流石クゥクゥちゃん」
「べ、別に可可は……」
関心したように頷く千砂都と相変わらずそっぽ向く可可。そんな彼女を横目に始は語り掛けた。
「どうだ、さっきよりは自信持てたんじゃないか?」
「……」
照れているのか珍しく無言だ。始は苦笑しながら続ける。
「さっき俺を問い詰めたのはなんだったんだよ」
「それとこれは話が別よ……。でも……大丈夫。やれるわ」
彼女の言葉に満足そうに彼は頷く。
「恋、曲頼む~」
「いきますよー!」
すみれは一瞬だけ目を閉じた。そして……音楽に合わせ、すみれのステップが軽やかに床を踏んだ。衣装が舞い、髪が揺れていた。
でも、何故だか……どこかざわつく。でもその理由はわからない。誰も説明することはできない。
風が吹き抜けていき、音楽は屋上を満たす。すみれのステップは止まらなかった。