伏黒恵から見た帰国子女
伏黒恵にとって、同級生であるこの男はどういう存在なのか。
「いやー呪霊はラクだよなぁ。なんてったって殺せばちゃんと死ぬんだから」
そう言って血で出来た刀を振り下ろす。抵抗なく、まるで豆腐を切るように簡単に2つになった。
呪術師としてのキャリアは同じく同級生である虎杖悠仁と同程度。しかし呪力の扱いがあまりにもザルだった。武器に纏わせる程度の、あるいはわずかに身体強化しているくらいの。呪霊を相手にする上での最低限しか呪力操作をしていない。思わず伏黒も口にして教えてやりたくなるほどだ。
しかし、それでも圧倒的に強い。戦闘経験の長さなら伏黒の方が長いらしいが、その濃密さでは全く敵わない。
ナノ秒でやり取りされる攻撃(五条がギリギリで目視できたくらい。あの五条が、である)に、伏黒の先輩にあたる禪院真希や怪力ゴリラの虎杖に比肩するか、ともすれば上回る膂力。
そんな男の術式は赤血操術にそっくりな、本人曰く『斗流血法』と言われるもの。流派があるのかと伏黒が問えば、『これ以外の
そして極め付けは先の台詞のような、実感のこもった、本当なら背筋も凍るような存在を示唆するもの。
(なんだよ『殺しても死なない存在』って!? 殺せてねぇだろ!? つかヤバ過ぎるだろアメリカそんなのいるのかよ!?)
当然伏黒や日本の呪術師たちは
彼にとって呪霊とはそのくらいのものであり、彼が属する組織のメンバーが呪霊を相手取ると仮定すると、片手間に滅することもできるだろう。
「と、今日はここまでか。伏黒、終わったぞ」
「こっちも終わりだ。伊地知さんのとこ行くぞ」
「へーい」
階級上、彼はまだ4級であるから、大抵の場合2級術師である伏黒のお供のように同行することが多い。伏黒としては、少年院の時のような不測の事態に遭遇しても彼がいれば力づくで対処できるため、安心できる要素でもある。人間性的にもある程度は信用できている。
そんな伏黒は、基本的に他人には不干渉のスタンスをとる。徒に過去を掘り返すことはなく、とにかく現実と向き合うタイプの人間だ。自他を過小気味に評価するきらいはあるが、これは後に五条悟がテコ入れを行うものだ。
その伏黒が、ふと気になったことがある。
「なぁ」
「ん?」
任務終わりで、完全ではないが気の抜けた時間。伏黒の声音も、それに対する返事も、どこか緊張感の欠けたものだった。
「向こうで戦ってた敵ってのは、どんなのだったんだ?」
そう、伏黒が気になったのはそこだ。五条から聞いた話によると、当たり前のように跳梁跋扈する特級呪霊クラスの化け物と、場合によっては特級という括りすらも霞む天災。呪いと呼べるのか、と言われればそれは否だが、戦わねばならない存在であることは同じだ。
そんな存在は呪いしか知らない伏黒にとって、久方ぶりに抱いた好奇心だった。
「んー、色々いるけど、一番やばいのは俺たちが『
「災害って……」
「大袈裟じゃないぞ。なんと言っても殺す手段がないんだからな」
「は……?」
そう聞いた伏黒の顔が、ポカンとした表情を見せた。面白いものを見たと彼が笑うが、それを携帯に収める前に顔を背けられた。
森から出る道の半ば、彼の言葉は続く。
「文字通りだ。呪霊と違って、BB──ブラッド・ブリードは殺せない。頭潰そうが心臓突き刺そうが真っ二つにしようが粉微塵になろうが、必ず復活する。完璧を超えた究極に近い生命体、と言えるのかもしれない」
「そんなの相手に、どうやって戦うんだよ……」
伏黒は端正な顔を顰めていた。もともと眉間に寄っていた皺が2倍増しである。そんなものを相手にしておきながら、こうも気楽そうなこの男の気が知れない──偽らざる伏黒の本音であった。
「殺すのが無理なら、簡単だよ。
「ふう、いん……?」
要は呪物のような形にする、ということだろうか。受胎九相図や宿儺の指など、近い例はある。
「単なる封印とは少し違うけどな。俺らは『密封』と呼んでるんだが、それによってBBを永久に封印するんだ。成功すれば事実上殺せたのと同じようなもんだろ?」
「それは暴論、でもないのか」
当然ともいえる帰結であった。倒せないなら封じる、古来からあちらこちらで用いられた戦い方だ。
「ま、BB一体が出る度にとんでもない被害を受けるけどな。生きてりゃ儲けもん、ってな。向こうじゃ五条悟だって切り札にならねぇよ」
強いのは確かだけど、とそう言い切った。
どんな修羅の世界だよ、と言いたいが、伏黒は押しとどめた。それが彼にとっての現実なのは間違いなかったからだ。
五条悟すらも、奥の手足り得ない世界。想像したくもない世界なのは、間違いなかった。
「それに五条悟の無下限だって、あっちじゃどうとでも出来るかもな」
極論、それは概念の上塗り合いだ。無限とそれ以外、という構図で果たして無限は絶対たり得るのか。きっと堕落王あたりがヒョイ〜と貫いて笑ってる姿を幻視する。
なんとも恐ろしい話である。平和だなぁと呑気に嘯く隣の男を、伏黒は呆れた目で見やった。
そして、ざり、と足を止めた。
「撃ち漏らしか?」
「いや、報告にはないヤツだ。術式があれば1級相当だぞこれ」
呪いな威圧感を感じたのか、いつも冷静なはずの伏黒が、焦燥を隠せない。気を抜いていたところに現れた強力な呪い。自然発生か、仕組まれたか。とにかく、なんとか切り抜けなければならない。
しかし伏黒自身、呪力に余裕がない。想定より強力な呪霊に、思いがけず消耗を強いられた形だ。
「俺がやる。余裕あるし。お前のと違って、こっちのは大して強くなかったからな」
「……油断するなよ」
彼の提案に、伏黒は素直に一歩下がった。これが虎杖相手なら伏黒も無理をしたのだろうが、この男はこの年ですでに五条悟側の存在であることを、伏黒は痛いほど理解していた。
「『斗流血法・刃身の壱』」
彼のイニシャルが彫られたオイルライターを握る。同時に真っ赤な血液が撒き散らされた。伏黒の知る『血の術式』──赤血操術とはまるで違うモーションだ。
そうして溢れた血が、巻き戻しをされたかのように掌に収束して、一振りの真っ赤な刀となった。僅かに黒みがかっているのは、使用したのが静脈血だからだろうか。
「『焔丸』」
慣れたそぶりでその焔丸を構える。新たな呪いは、身の丈2メートル強、筋骨隆々で緑色の肉体を持ち、無数の眼球を身体中に持っていた。
伏黒は念のためにと呪力を練り、彼の式神たる『玉犬』を待機させた。
「そぉらァ!!」
無策に、彼は真っ直ぐに切り掛かった。刃は呪いの腕に防がれ、その瞬間に作られた僅かな隙に、呪いの拳がねじ込まれた。
(コークスクリュー!? この呪霊、そういう奴の呪いか!?)
肩を入れて、全身を捻り込んで撃ち放たれた拳。この呪いにそんな知恵はないのだから、そういう思いから溢れた、この呪いの本能なのだろう。
男はその一撃に対して、刀の柄を当てて何とか逸らして、直撃を避けた。少し舐めすぎてたかな、とそれでも余裕を崩さない。
場所が悪いのだろう、伏黒は分析する。この場所は森だ。木が生えている密度も大きい。広範囲高威力の攻撃を売りとする彼の戦い方では、どうしても不利を強いられる。なるべく木々を倒さないでくれ、とは補助監督から伝えられたこの任務の努力義務であった。
いつの間にか男は高機動型の戦闘手法に切り替えていた。枝と枝を縦横無尽に駆け、なぜか浅い傷をつけていく。一息に切り裂かないのは、きっと多分──。
「遊んでやがる……っ」
甚振る──ほどの傷でもなく、純粋に遊んでいるだけ。しかしそれも飽きたのか、不意に呪いの正面に降り立った。
「『斗流血法・刃身の弐』」
いつの間にか血刀は解かれ、その手には幾つもの赤い糸が握られていた。彼は目いっぱいにそれを握り、そして大きくそれを後ろに引き絞った。
「『空斬糸』」
糸は呪いの至るところに絡まっていた。その細くしなやかな糸が、呪いの肉体を絞りあげていく。糸と糸の隙間から次第に肉が盛り上がっていく。
その顛末を予期した伏黒は、息をついて術式を解いた。
そして同時に、呪霊が悲鳴を上げてバラバラに裂かれた。
「お前、このやり方である必要あったか?」
「まあいいじゃん。環境に優しいだろ?」
何回目とも知らぬため息を、伏黒は肺の奥から漏らした。
結論、伏黒にとってこの同級生は、自分以上にイかれた、ひどく疲れる同級生である。
帰国子女くんはザップとツェッドの間の時期に斗流を習得しており、ザップとは面識があるものの、ツェッドくんとは面識がありません。
なので斗流がカグツチとシナトベの2つに分けて継承されたことを知らず、彼はカグツチとは言いません。
あと、血界戦線は『技名を叫んで殴る』作品です()。