徒然な短編集   作:けし

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供養です。


異界異端の直交地点

 特段、何かがあったわけではなかった。いわゆる一科と二科の間でちょっとした喧嘩があった際は、さすがに止めたが。その際にまわりの目がすごいことになっていたことを、アンゼルスはスルーしていた。

 アンゼルスは牙狩りとして、ナノ時間単位での思考と行動が可能な超人だ。その点で言えば、その場にいた誰もが常人の範疇に収まってしまうのは仕方ない。値踏みの視線が混じったことには少々鬱陶しく思ってしまったが、気にすることでもないとやはり放置した。

 

 そこからは普通だ。彼自身の身長や体格を見てか部活への勧誘やらもあったが、丁重に断った。このご時世にも周辺の怪異への対応が回ってくるのだから、放課後に時間を縛られることは好ましくなかったのだ。

 

 少しばかり孤立気味のアンゼルスだが、それでもクラスメイトだろう生徒が路地裏で危険に晒された時は、割って入ることを厭わなかった。従兄ならば躊躇わなかっただろう、ならばアンゼルスが躊躇う道理などない。アンティナイトなどというアイテムで魔法師の力を押さえつけようとしたが、生憎彼は牙狩りの一端にいる超人だ。領域干渉などなくとも、その程度のサイオン波で揺らぐことはない。

 鍛え上げた拳と蹴りでその場を制し、一纏めにしてその場を去った。窺い見る気配に気付いてはいたが、些事だと切り捨てた。元々別件で通りかかっただけであり、残って事後処理などをする時間もなかったのだ。

 

「思ったより忙しい……。モラトリアムはどこ……?」

 

 留学してからの短時間でそこそこ日本のサブカルに染まりつつあるアンゼルス。しかしそれよりも放課後走り回って疲れた身体は、ハイテク端末を兼ねた机にくでりと寝転ぶことを選択していた。

 そのまま安全が担保された眠りを享受しようとしたところに、耳障りなハウリングが叩き起こすように響き渡る。

 不機嫌さが漏れて、まわりのクラスメイトとの溝が出来る。眠たげな眼がスピーカーに向けられ、アンゼルスの耳がその内容を聞き取った。

 

「差別排除ねぇ」

 

 勝手にやってろ、というのが彼の感想である。討論会が開かれるということで授業が置き換わり、睡眠時間が到来したとなればラッキー程度には、本当にアンゼルスには関心がなかった。

 そして数日後、討論会当日。いつものように登校し、講堂の適当な席で眠りに入った矢先。

 

「……んが?」

 

 間抜けな声とともに振動や爆発音に気づいた。ステージ前で男子生徒が魔法を使って何かのガスを外に追いやっていた。確か生徒会役員だっただろうか、と呑気なものである。

 しかし流石に眠気が飛んでしまったために、とりあえず屋上にでも行こうと取り止めもなく考え避難の列をそそくさと離れたアンゼルスは、たどり着いた屋上で案の定テロリストと鉢合わせることとなった。

 

「うわ」

 

 面倒な気持ちを隠そうともせず、腹を殴ってとりあえず気絶させた。どうやらグレネードでも撃とうとしていたらしく、屋上には引き金を引くだけにスタンバイがなされたランチャーが据え置かれていた。

 

「……」

 

 生徒の悲鳴が、怒号が、銃声が飛び交う。その中に違和感を覚えたアンゼルスは、校舎の屋上を飛んでその場所へと向かう。

 そして屋上から見下ろす先に、ソレはいた。

 

「えぇ……、なんでここにそんなモノがあるんだ……?」

 

 ──それはまさに化け物と呼ぶのがふさわしい異形だった。辛うじて四足歩行の体裁を保ってはいるものの、胴体から伸びた血の色の触腕が破壊の限りを尽くす。グロテスクな見た目に、系統樹を無視したその姿をアンゼルスが見間違う筈がない。

 懐から携帯端末を取り出したアンゼルスは、写真を一枚撮ってある宛先へと送信し、間髪をいれずに電話をかけた。

 

『もしもし、久しぶりだな()()。悪いが今は手が空いてなくて』

「スティーブンさん、そっちの生物がここにいるのはおかしくないですか?」

『……なんだと?』

 

 軽い調子だったスティーブンの声が、アンゼルスの言葉で鋭く尖った。

 メールに添付された写真を見たスティーブンが、電話越しに頭を掻く姿を幻視して、多分間違ってないだろうとアンゼルスは思っていた。

 

『なるほど、そっちに横流ししてたのか。丁度いい。ゼル、それは始末してくれて構わない。魔法師がいるとは思うが、異界生物に魔法の効きは悪いからな。さくっと殺ってくれ』

「簡単に言ってくれますね。まあいいですけど。そっちのゴタゴタ関連ですか?」

 

 そう問い返すと、スティーブンは肯定した。どうやらHL内で外と繋がりのあるマフィアが、監視をどうにかすり抜けて数体ほど横流ししたらしい。凄まじく厳しい監視の目を潜り抜けたことには驚きを隠せないが、そのマフィアは現在従兄のクラウスが殲滅しにかかっているとのことだ。アンゼルスは内心で黙祷を捧げた。

 しかし潜り抜けたとはいえそれは辛うじて。異界生物の中でも弱い部類のもので、実際にアンゼルスの目で見ても肩慣らし程度の相手だ。

 

「あーあ、魔法師たちが頑張ってますよ。僕あそこに出張るのヤダなぁ」

『まぁそう言うな。ストレス発散とでも思ってな』

「はいはい。ほんっと軽く言ってくれますね。後始末はどうするんですか?」

『肉片や血片が一滴も残らず蒸発するらしいぞ。何も考えずにドン、でいい』

「へぇ、そりゃいいや」

 

 あまりの都合の良さに、思わず口調が崩れて口角が上がる。

 

『だろ? そういうわけだから、そっちは頼んだぞ。ゼル』

「了解」

 

 プツリと連絡が切れる。フゥと息を吐いて、立ち上がった。

 

「──ブレングリード流血闘術、推して参る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会長が魔法を放つ。空気中の二酸化炭素がドライアイスの銃弾となり怪物を貫く。──即座に再生して傷が塞がった。怪物の眼前を二酸化炭素で満たしても、意にも介さず暴れ続けた。

 

 風紀委員長が武器を振るう。千葉流の教えを受けたそれは一級品であり、遊ばせてある触腕程度ならばばっさりと切り落とす。──何度切り落としても再生を続け、終わりが見えなかった。

 

 部活連会頭が盾を撃つ。十文字家の魔法『ファランクス』が怪物を押し潰さんとする。──魔法の盾が押し負け、怪物を潰すこと叶わなかった。

 

 本命のはずの図書館棟を制圧した司波兄妹や千葉エリカ、道中の敵を薙ぎ払い尽くした西城レオンハルトらがその現場を見た時、驚く以外の選択肢がなかった。

 様子を察して戦闘に加勢するも、懐まで近づくことができず。西城レオンハルトが触腕を受ければ校舎外壁まで吹き飛ばされた。硬化魔法を使っていなければ大怪我ものだっただろう。

 千葉エリカが、手にした警棒型デバイスで触腕と打ち合ったが、数合でデバイスが駄目になった。

 司波深雪が得意の振動減速系の魔法で凍てつかせようとしても、やはりそれが通じない。

 人前で本来の魔法を使えない司波達也は、攻撃手段に欠けていた。近づこうにも近づけない。文字通り絶体絶命であった。

 三巨頭のサイオンも無限大ではないのだ。現にその顔に疲れが見えはじめており、動きに精彩を欠き始めていた。

 魔法が効かない、まるで異端異界の生命体。UMAとすら呼べる未知の怪物を前に、足止め以上のことができなかった。

 

 しかし、足止めをしても。この怪物をどうにかできるのだろうか。

 

 特異な眼で怪物を見据えた司波達也は、その怪物の何もかもが読み取れないという事実に驚愕した。怪物の情報改変ができないのも当然だ。すべてが未知であるのだから。既存の物理法則が働いているのかすらも怪しい。

 好奇心と焦燥が心を占め、自身の魔法の解禁すらも視野に入れ始めたその時。

 

 

 

      ブ

      レ

      ン

      グ

      リ

      |

      ド

      流

      血

      闘

      術

 

      117

      式

 

 

 

絶対不破血十字盾(クロイツシルトウンツェアブレヒリヒ)!」

 

 

 突然人影が降って湧き、同時に地中から血のような紅に染まった十字のようなものが飛び出した。それは触腕の攻撃を幾度となく弾き、まさしく不破の盾となった。

 司波達也を含め、その場の全員がその人影に目を向けた。

 

「はぁ。さて、やろうか」

 

 赤毛の巨漢、噂に聞いたドイツの留学生。

 アンゼルス・V・ラインヘルツ。

 CADを持ち歩きすらしないという噂もある男が、なぜここに。

 

 その場の皆が思うことは同じだった。しかしアンゼルスは当たり前のように現れ、当たり前のように化け物と対峙した。

 

「とりあえずほら、みんな下がって。魔法師にアレはどうにも出来ないでしょ」

 

 左手に見たことのない赤黒いグローブ、右手には十字をあしらったナックルガード。どこに持っていたのかも分からないアイテムを手に、構えをとって相対したアンゼルスは、当たり前のようにそこにいた。

 全員が手を止め、一歩引く。怪物もまた、暴れていたその動きを止めて威嚇するように声を震わせた。

 司波達也はどう戦うのかを考えた。魔法を使わない? 少なくともアレを相手にそんな選択肢はない。未知の手段があるのだろうか。

 

 皆が、その行く末を見ていた。

 

「ブレングリード流血闘術、02式」

 

 皮膚を食い破り、血液が装填されたナックルガード。引いた右腕が、弓に装填された矢のように震えた。

 

散弾式連突(シュロートンフィッシャー)!」

 

 引き絞られたソレが放たれた瞬間、皆の知覚が追いつかない速度で血の弾丸が放たれ、触腕を粉々にしてゆく。滅獄の性質を持つ血液が、ほんの少しだけ再生を阻害する。

 

(なんだ、何をした!?)

 

 司波達也はまたしても起きた理解の埒外の出来事に、内心で驚くしかなかった。常人に比べれば十分超人の域にいると言ってもいい彼ですら、捉えることもできない速度。結果の光景を見て、初めて何が起きたかを知った。ましてやそれが魔法でもないのだから、驚きは倍どころではないはずだ。

 

 そんなことを他所に、アンゼルスはこれで終わらせると足に力を込める。一高指定の靴とほぼ同じデザインになるように特注した、専用のブーツ。スティーブンが使うエスメラルダ式のそれを参考にしたブーツの内の刃が、ナックルガードと同じく血液を吸い上げて充填する。

 ヒビが入るほど踏みしめた地面に、血液が押し通っていき。

 

 

 

       ブ

       レ

       ン

       グ

       リ

       |

       ド

       流

       血

       闘

       術

 

       111

       式

 

 

 

       

       

       

       

       

       

 

 

 

 怪物の足元で、敵を八つ裂きにする巨大な十字の槍と化した。怪物がたった一撃で粉砕され、粉々となる。絶命を確かなものにしたその怪物は、末端や心臓部を崩壊させていき、最終的になんの痕跡も残さずに消滅してしまった。

 

「後始末しなくていいのは楽でいいなぁ」

 

 呑気なことを言って、自分で作った血の武器を崩してゆく。斗流血法などと違い、出したら戻すことなど出来ない。そのためクラウスやアンゼルスは殊更に造血器官が発達している。この程度の失血は損失に数えられすらしないのだ。

 結果として、残ったのは物理的な破壊の痕跡のみ。これを引き連れてきたであろうテロリストは無残な死を遂げてしまったが、それ以外の人的被害はこの場には無かった。

 その光景に呆気に取られたアンゼルス以外の面々が現実に復帰したときには、アンゼルスの姿はそこにはなく。

 

 その後に一悶着あって彼らが向かった廃工場跡地には、既に蹴散らされた構成員と、首謀者であったはずの司一が纏めて縛り上げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず引っ張り出してきた書類、そっちに添付しときますね」

『ああ、すまないなゼル。おかげで助かった』

「どうも。しかし、なんであんなモンを欲しがったんですかね」

 

 足裏の傷に包帯を巻きながら、自宅でスティーブンと簡易的な事件報告(デブリーフィング)を電話越しに交わしていたアンゼルスの脳裏に、昼間戦った異界生物の存在が過った。

 今日縛り上げた面々では到底躾や管理など出来ようはずもないというのに、なぜ異界生物を手にしたのか。実際解放した時に何人か死んでいる。さらには資金、ルートを含めて謎だ。倉庫でかき集めた書類データにもめぼしい記載はなく、となると支援母体からかとアンゼルスの思考が深化してゆく。

 

『さあな。馬鹿の考えることは分からんからな。まあとりあえず全て潰せたとは思うから安心してくれ』

 

 スティーブンは冷たく吐き捨てるが、それはその通りであるとアンゼルスも同意する部分であった。

 

『それはそうと、こっちに顔出せたりしないのか? 僕もクラウスも今の君を見てみたいんだが』

「無茶言わないでくださいよ、僕は学生ですよ? そんな暇ないですって。これでも結構大変なんですから」

『そんなもんなのか。まぁ牙狩りには勿体ないくらいの真っ当な学生生活だ。精々謳歌してくるといい。もちろん、腕は鈍らすなよ?』

「分かってますよ」

 

 それじゃあな、といって切れた電話をベッドに放って、アンゼルスはソファに身体を沈めた。尊敬する従兄なら、対峙した次の瞬間にはケリをつけていただろうか。アンゼルスとクラウスでは血闘術の練度がまるで違うのだから、優劣をつけるのはナンセンスだろう。結果は十分なものだ。

 途端に押し寄せてきた疲れに、睡魔が引き寄せられる。課題などもこなしてやることのないアンゼルスは、そのまま眠気に身を委ねて、夢心地の中に微睡んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




血界戦線の技って名前をどう書くかが一番悩むんですよね()
なおこのようにダイジェスト風に進みます。悪しからず。


──アンゼルスのブーツ
正規の一高制服のブーツよりも少しだけ底が厚い。エスメラルダ式のブーツを参考に十字のエッジが搭載されており、蹴りとともに血を放出して技を発動できる。まだ履き慣れていないため、この戦いでアンゼルスは足裏に余計な傷がついたらしい。
なお装備などはエイブラムスが融通を利かせてくれた。
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