呪術師 : 如月真白
「……っ」
2018年10月31日。
ハロウィンに浮つく東京・渋谷にて、突如として「帳」が下される。仮装を楽しむ人々、帰宅の途につく人たちすべてを巻き込むこの「帳」は渋谷駅構内にいたすべての人間を閉じ込めた。
高専側は動かせるだけの戦力を投入し、その対処に当たっていた。
「やむを得ない、か」
その帳から少し距離を置いた、負傷者用テントにて。そこに詰める高専所属の医師である家入硝子を含めた、この空間の防衛にあたっていた高専東京校学長・夜蛾正道は、携帯の画面をタップしながら、苦々しくそう言った。
数瞬、逡巡したあとに、夜蛾はどこかへとコールをかけた。
「……すまない、如月」
そして夜蛾のそんな姿を、家入はさも興味なさげに眺めていたのだった。
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(オイオイオイ、冗談だろ?)
(陀艮という呪霊より……)
((格段に強い!!))
特級相当の呪霊と相対したのは、七海建人、禪院直毘人、禪院真希、飛び込みの伏黒恵。伏黒恵は突如現れた、直毘人曰く『過去の亡霊』の手でこの場から引き摺り出され、残るは3人。陀艮という呪霊の領域展開に相当のダメージを負わされた今、それよりも遥か格上の呪霊など相手に出来ようはずもない。
真希ですら分かるこの事実に、しかし逃げ場がないことを悟る。3人ら隠しようのない焦燥を必死で抑え込み、足りない血で頭を回す。この空間を
そんなことなどつゆ知らず、その呪霊──名を漏瑚という──は瞬きの間に七海に詰め寄ると、その掌を七海のボロボロの身体に押し当てた。
それに気づいた時には、七海は悟ってしまった。
漏瑚は1ミリも表情を変えずに、それを火達磨にした。
「1人めぐふぅっ!!?」
そう思った瞬間、視界外からの強烈な一撃に全身を持っていかれ、火達磨を作るはずだった炎は、七海の目の前の空間を焼き尽くすに留まった。
「何が……」
呆然とする3人の、その間に。
「あの人も大概無茶言ってくれるね。こんなロートルの術師にさ」
その声は、どう考えても怠惰であった。雑に1つに結われた白髪が、長い白衣の上で揺れる。それはあまりに不似合いな、白。
「重症者だな。さっさと治療を受ける事をオススメするよ。今の高専医師は腕が良すぎるみたいだからな」
軽薄な声は、確かに男のもの。敵か味方か。判断力の鈍った七海たちは、ここまできて未だ分かりかねていた。
と、その時に直毘人が眉を上げた。
「お前……、如月真白か?」
「覚えてたのか、禪院の爺さん」
その反応に七海と真希は僅かに肩の力が抜けた。張り詰めた糸が、不意に切れる。
「キエエェェェエァァ!!!」
如月と呼ばれた男は、戻ってきた漏瑚の赤熱する炎を纏った拳を受けた。如月のその手には、同じく炎で形作られた刀が握られていた。
「ほぼ同じ術式ときたか……、流石に初めてだな」
「よくもやってくれおったな小童め」
「はっ、呪霊スケールならお前も小童だろうに」
そう笑えば、漏瑚の怒りはあっさりと沸点を超えた。溢れる熱量に空気が燃えたように見えた。
そして、その怒りが凪いだ時。如月は直感的に叫んでいた。
「離れろ!!」
「「「っ!?」」」
奇跡的に、というべきだろう。三者三様、痛む身体に鞭を打って、ほうぼうの体で駆け出した。そうして移動できた僅かな距離が、彼らの命を救ったのだ。
「領域展開──」
七海がふと視線を上がれば、そこには掌印を組み、不気味に口角を上げる呪霊の姿とその言葉。安堵と焦燥が、冷や汗となり流れた。
黒く広がる呪力が、結界として七海たちの前で閉じられた。
その内側で、如月は舌打ちを鳴らしていた。
「──『蓋棺鉄囲山』」
間髪を容れず、如月も印を組む。
「シン・陰流『簡易領域』」
展開されるのは、弱者の領域と称される簡易領域。領域展開を会得していない術師にとって、領域対策の命綱ともいえる。
領域の必中効果が中和され、少なくとも如月が即死することはなくなった。
「特級はどいつもこいつも領域を使うからなぁ」
玉のような汗を流し、一方で飛んでくる岩石弾を破壊していく。必中効果が中和されている以上、これらはマニュアルで飛んでいるのだろう。対人の戦闘経験がそれなりにあるタイプの呪霊であることがよくわかる。
「むぅ……!」
呪霊が星の数ほど降らせる弾を、如月は眼で見て躱し、防いでいく。領域展開の時間は有限だ。そして領域展開後のデメリットを考えれば、今仕留めることに躍起になるのも必定。しかし如月の側も、簡易領域は自身に付随して付いてくるとはいえ、その呪力消費は馬鹿にできなかった。──つまり、余裕があるとは言えないのだ。
「舐めおって……っ! ならばこれでどうだ!!」
それでも涼しげな顔をする如月に、マグマの如き苛立ちを募らせた漏瑚がその単眼を見開いて、身の毛もよだつほどの呪力が集っていく。
「──極ノ番『隕』!」
そうして形作られるのは、これまでの比にならない極大の、文字通りの隕石。
ここまで冷静に対応してきた如月も、これほどの物量を目の前にして、ましてや領域の中で、焦らないはずもなかった。
「この、っ!」
如月は隕石の方へ掌を向け、自身の現状における最大火力を放つ。『転輪火生三昧』と銘打ったそれは、しかし岩石の表面を焼き溶かすに留まってしまった。元々の出力が違う上、領域中であることも不幸として重なった。
「クク、終わったな」
いかにも邪悪な、呪いらしい腹の底から響く声。それを聞いて、如月は出し惜しむ事をやめた。
ここで死ねば結局意味はないのだと、強く言い聞かせた。
「ム、」
ここで漏瑚が、不意に凪いだ如月の呪力に目を細めた。
ぼそぼそと、如月の口が何かを紡ぐのを見た。
「──、領域展開」
そして隕石が迫る中、如月はかき集めた呪力でその現実を塗りつぶした。
「『天陽須彌山』」
呪術戦の頂点。彼のそれは、神の居る神秘の頂である。