とある魔術と科学の虚空書録《アカシックレコード》 作:田芥子慧悟
上条当麻は願っていた。ただ当たり前に、ただいつものように、ハッピーエンドを求めて戦った。
だが、少年は敗北を喫する。
敵は御坂美琴に憑依し、学園都市第四位の
美琴の脳を覗いて知識を盗んだばかりか、悪魔らしくえげつない発想で彼女以上の強さを発揮した。
「そうだ!
サタンはほくそ笑み、ポケットからコインを取り出す。
「自らの手で想い人を殺めたと知れば、こいつの魂はズタボロだ。簡単に乗っ取れる。後は信徒どもがどうにかしてくれる」
サタンは高笑いして、親指で手に乗せたコインを弾く。
ところが、
「は?」
地面に叩き落とされたコインを、サタンは腑抜けた声を出す。
しばし困惑し、彼は理解した。その右手には上条の右手と同じ力が宿っている、と。
助っ人に現れたのは七海守人、の見た目をしたどこかの誰かさんだった。
肉体は守人そのものであ、右手の力は健在だ。
サタンは一度その場から離れる。
「チッ……あの小僧も上条当麻と同じ力を持っているやがるな。忌まわしい!」
サタンは苛立ち、鉄骨をけしかける。それをカミト(仮称)はのらりくらりとかわし、間合いに入ると勢いよく右のフックを繰り出した。
急激な動きの変化にサタンは回避が遅れて、拳が頬を掠める。迎撃術式を施した保護膜を1枚引き剥がされる。
さらに、第二撃。
「(肘ッ!?)」
返しの肘打ちをまともに食らって一気に3枚。
4枚目をいかれる前に何とか飛び退いたが、カミト(仮称)は着地の瞬間に頸部側面への手刀を合わせる。サタンは咄嗟に身体強化をして逃れる。
怒濤の連撃はサタンに付け入る隙を与えない。
たまの迎撃も余裕でかわし、着実に保護膜を剥がしていく。
初速に能力を使う
それなのにカミト(仮称)は何度も右手でさばく。そればかりか、逆に発光が目眩ましとなって敵の反応を鈍らせる。
訳は分からないままだが、サタンは
1枚剥がされては後退、また剥がされてはまた後退。
ほぼほぼ防戦一方で、サタンはどんどん後ろへ追いやられていく。
それはサタンにとって怪我の功名だった。
気付けば、砂鉄の法陣を描いた場所に戻ってきている。
(悪魔である私が言うのも何だが、勝利の女神が微笑むのはこっちらしい)
サタンはその砂鉄に電気を流した。
下からの砂鉄による斬殺。それができなくとも、右腕は落とす。それで力が消えれば万々歳、消えなくとも激痛で動きを止められる。
カミト(仮称)がサタンに集中している以上、下からの攻撃は回避不能。回避できたとして、完全とはいかない。
『砂鉄の剣』は未だに見せておらず、警戒もない。単に砂鉄を集める暇がなかっただけだが、むしろ都合が良くなった。
かの者はそこで来る。やはり、天は悪魔の味方など決していしない。
「irf発見mq……awrq久闊ydf……ejf排除ht」
「
背に一対の燃ゆる翼を持つ修道士の少年は、ノイズ混じった声を発した。
少年が右手を掲げると、太陽は一瞬で真南まで昇る。
火の象徴にして太陽を守護する右方の赤色。シュレーシュタの
堕天使であるサタンは気配から、中身はそれだと理解した。
それで気を取られ、カミト(仮称)に残る2枚の保護膜が剥がされてしまう。
何とか直接の接触は免れたが、後方にいるのもこれまた天敵。
サタンは早急にカミト(仮称)を殺し、その場を去る必要に迫られた。
上条当麻が長めの失神が覚めたのも、その時である。
まず、目に移ったのは対峙するカミト(仮称)とサタン。その後ろには有翼の修道士。魔術に疎い上条でも、それが天使であることを察っした。
「天使はダメだ……!あれがミカエルなら、御坂が……」
ヨロヨロと立ち上がり、右拳を握る。状況は読めないが、やることは変わらない。
サタンに向かって疾駆する。
そこで、さらなる最悪が上条を襲う。
ザグシュ!という音とともに守人は体の右側から血を吹き出した。地面からの『砂鉄の剣』を避けきれず、右腕が飛んだのだ。
「な、七海ぃぃぃぃぃぃっっ!」
サタンへの怒りが増した。もう時間もない。
上条はさらにピッチを上げる。
が、間に合わなかった。正確には、もう間に合わない。
修道士の右手が凄まじい力の奔流を巻き起こす。
状況証拠から考えて、あれが土御門の言っていた『聖なる右』だ。
間に合う奇跡が起きたとして、物量に弱い
上条はそれでも走った。無駄と分かっていても、ここで歩みを止めれば、信念を永遠に見失うことになると直感した。
(畜生……ッ!こんなのアリかよ。こんな救いようのない結末なんて……!)
心中で泣き言を吐きながら、ひたすら走った。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉォォォォォッ!!」
自分の無力を呪い、美琴への酷遇を憂い、少年は大きく吠えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カミト(仮称)は右腕を切られていても、まったく痛みは感じていなかった。
それどころか、麻酔をうたれたみたいに全身の感覚が失われていた。
「やめろーーーっ!」という男の叫び声だけが遠くに聞こえる。
七海守人の学友、上条当麻の声色だ。
叫びにこもった懇望の念に応えるためか、カミト(仮称)は、真の力を解放する。
右肩の断面から光の繊維が無数に押し出され、手袋を編むように筋骨隆々の白腕を形づくった。
一方、サタンが感じたのは驚愕ではなく恐怖であった。
「何だその力は!気配は全然違うが…それじゃ、まるで……」
言葉が途切れた。輝く右腕に叩かれて、サタンは宿主から引き剥がされる。
『聖なる右』はサタン本体だけに振るわれた。
挙げ句、カミト(仮称)の切断された右手は光の繊維と繋がって、肩にしっかり接合される。
「こんなのアリかよ……」
それまでの悲惨をすべて払拭する奇跡の連続に、上条は腰が抜けてしまう。
奇跡を起こしたあの輝く腕は何なのか。そもそも、七海守人という男が何者なのか。
当然、上条は全くといって分からない。
ただこれが、渇望したハッピーエンドであることに間違いはなかった。