とある魔術と科学の虚空書録《アカシックレコード》 作:田芥子慧悟
オルソラ=アクィナスの域の手料理をご馳走になった夜の明くる日。
「しっかし、ナナミンは人気者だにゃー」
「朝からいくつも不良集団に絡まれたんやって?ナナミン、それは一周回って幸運なんちゃうか」
「土御門、青髪……。お前らには友の不幸を嘆く優しさってものがないのか?」
青タンだらけとなったそのオルソラ級の料理人は同じくメシウマな様子の変態2人に茶化されていた。
昨日、友達になったばかりの間柄ではこんなものということなのか。
どうやら、今朝も不良に絡まれたらしい。全員、撃退して
撃退した、というのが恐ろしいところだが、それにしても不良に絡まれ過ぎである。上条は時折ラッキーなイベントに遭遇するが、守戸はそれがアンラッキーなイベントなのか。
同質にして対極。あるいは、禍福は
果たして右手の力に関係があるのか不明だが、ますます
「てか、こんなに絡まれるって何かあるとしか思えないぜい。心当たりはあるかにゃー?」
「心当たり?そりゃ、新第三位を誘き寄せるためじゃないか?どうしてかアイツら、俺の名前は知ってるみたいだし」
「新第三位、名前は七海匡勢……。っ…!まさか、ナナミン!お前は奴の……!」
「弟だよ、義理のな。連中もそこら辺に辺りを付けてやって来たんだろ。多分、義兄さんが昇格したからそのことへの嫉妬だな。ったく、誰に喧嘩売ろうとしてるのか分かってんのかよ、アイツら」
そう。学園都市第三位。イマイチどういった基準に従って序列が決まっているのかは分からないが、昇格ホヤホヤで御坂美琴からその座を奪い取った程の男である。
それだけの「何か」を持っているのだ。八人目が現れたという話を小耳にはさんだ程度の上条に彼の能力は分からないが、それでも何か凄いということはよく分かった。
結局、帰りもそうだった。
今日は補習の日で、上条、土御門、青髪は学校に拘禁。青髪だけは小萌先生の補習をわざと受けるという高度なテクニックを使っていそうだが、とにかく守戸は1人で学生寮に向かっていた。
そこに不良が3人。朝は輩を撃退したせいで面倒な説明をする羽目になったので通報だけして攻撃を捌くことだけに徹する。
1人は能力者だったが彼には「右手」があるので大したことはない。
かけつけた
「また君か……。何か恨みでも買ったのか……?」
とは言われたが、すぐに解放された。
「フンフフ〜ン♪フンフンフ~ン♪」
守戸はただ歩いているのも暇なので鼻歌を歌いながら帰途を行く。
その途中、守戸は邂逅する。
常磐台中学の制服、そして、見たことのある顔。大覇星祭の2人3脚で元クラスメイトの網目と等々力をもう少しのところで負かした片割れの少女。救った、と言ってもいいかもしれない。
義兄が
頭の軍用ゴーグルには若干引くが、間違いない。そう思った。
「
守戸の口からその二つ名が洩れる。そんな有名人にこんなところで会えるとは思ってもみなかった。
「あのー、すみません。御坂み……」
「保留……」
「は?」
話しかけようしたのに、意味不明な言葉で遮られてしまう。
「……と、ミサカは子猫を呼び戻します」
美琴らしきその子に応えるように、みゃー、と鳴いて小さな黒猫が歩道の脇から現れる。
少女の姿には威厳どころか覇気すら感じられない。無表情さも相まって、こう言ってはなんだが、「天然」と呼ぶに相応しいアホっぽい雰囲気だ。
「
やっと気づいたのか、彼女はそう言って守戸の方を向く。彼はその言葉で察する。
「あぁ、その妹ということですね。しっかし、よく似てますね。ほぼ同じと言いますか……」
「妹かと言われれば妹ですが、厳密にはお姉様の分身と言った方が近いです。と、ミサカはただし付けでうなずきます」
しかし、答えはやはり、意味不明だった。
「それにしても、姉妹揃って同じ制服というのは良いですね。私も長点上機学園に義理の兄がいるんですけど、私には能力もなければ、突出した一芸もないので入れないんですよ」
「いえ、これはコスプレです」
「はい?」
「コスプレです。と、ミサカはあなたが聞き取れなかった可能性を考慮しもう一度言います」
ここまで意味不明では天然の域すら超しているのではないか。守戸はそう感じた。
その時である。
ヒュウゥゥ!と、建物と建物の間で強くなった風が吹き抜ける。
風は妙に短い灰色のスカートに悪戯して、その奥にある縞のパンツを見せつけた。
「お、おぉう……」
まさかの現象に流石の守戸も何とも言えなくなる。頬も火照るし、思わず目を逸らす。
一方、あちらは全くもって気にしていないご様子。普通なら恥じらいを見せるアクシデントだが、この御坂美琴の妹だという少女にその普通は通用しない。
守戸の脳に失礼極まりない記憶が保存されてしまった。
その御坂妹、
「で、どこまで運べば良いんだっけ?」
運転手の男が言った。
「第十八学区の第二湯川工場跡だよ。忘れんな」
「だけど、工場跡に運べだなんてどんな依頼だよ」
「わからん。それでも、俺たちは上に付き従うだけだ。ま、『暗部』ってのは表沙汰になるのをとことん嫌うしカモフラージュなんじゃねぇか?」
彼らの正体はこの街の闇、『暗部』の下部組織。
それを傘下に置くは株式会社エクスセクター。表向きは旅行代理業社を装う、れっきとした『暗部』の一角である。
エクスセクターその別荘、『暗部』としての本部、第二湯川工場跡にて10032号が引き渡された。
「ご苦労。ただのタクシーだ。ギャラはこれぐらいで十分だろ。山分けしたければ勝手にすればいい」
中年の男がそう言って投げ捨てたのは、運び屋を務めた4人で分けるには少ない額だった。1人あたり約500円、小物を買うのが精一杯だ。
しかし、下部組織の人間にとってはたったそれだけでもありがたい。なにせ、下部組織というのは大手の小会社とは違って、使い潰す上に利益を分け与えることもないのが普通なのだから。
その白衣の男は部下に10032号を機械の上に寝かせさせ、頭に機械を繋げさせ、自分はウイルスデータを流し込む。
上条が学園都市最強の怪物とともに打ち砕いたその間違った幻想を、その怪物ですら今は間違いであったと心得ているその妄信をあっさり植え付けるものだった。
全てが終わり、機械から開放された10032号は生気の抜けた、恐ろしいほど機械的な声で言う。
「午後6時51分42秒。実験開始まで、あと1時間8分18秒。と、ミサカは時報と残り時間をお伝えします」