とある魔術と科学の虚空書録《アカシックレコード》 作:田芥子慧悟
「い、今、義兄さんが人殺しの実験の被験者かもしれないって言ったのか……っ!?上条!ば、場所は第一〇学区の特例能力者なんとか研究所の跡地だな!わかった、今すぐ行く……!」
守戸がそれを知らされたのは丁度、インデックスに呼ばれ、肉じゃがを作ろうと具材を出していたときだった。
上条の思い違いであればそれでいい。そうであって欲しい。だが、その危惧が当たっていたのであれば、ここで向かわねば手遅れになる。
その前に
殺されるかもしれない誰かを守る、というのは正義感であって本音ではない。
「ごめん、インデックスちゃん!俺、義兄さんのところに行くなくちゃ!だから、肉じゃがはお預けだ!!」
守戸は手を合わせて謝ると、そそくさと部屋を出る。
「ちょっと待ってよー、かみとっー!」
とインデックスは左手をドアの方へ伸ばす。
しかし、ドアはむなしく閉まって、彼女は床に崩れ落ちた。
必然。料理係を2人失ったインデックスは暴食の罪を犯す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
特例能力者多重調整技術研究所。
かつてまだ幼かった
その1階部分に彼はいた。
彼は外ハネした七三分けの髪型で、
「遅いな……あの尾道とかいう奴。一体、どこで何してる?」
七海匡勢、
能力名、
あるゆる力の大きさを操るその能力に上限はない。あらゆる力の『向き』を操る第一位同様、能力を封じられない限りは誰も彼を傷つけられない。
ただ、脳への負荷が大きく、他の能力者に比べて極端に疲弊しやすい。そのため、常時力を0にするなんて無敵の反則技も使っていない。
要は不意打ちや消耗戦に弱いのだが、大抵は上手くいかない。妙に勘は鋭いし、ほとんどの場合はジリ貧になる前に決着が決まる。
暇つぶしに床の摩擦力を弄って遊んでいると、数十分ぐらいして人の気配を感じた。
七海匡勢は慌てて摩擦力を元に戻して、そちらを睨む。
「遅いぞ、尾道。どういうことか説明し……」
だが、その目は驚きに変わり、言葉がつまる。
その気配は3年ぶりに会う
だが、守戸には再会の喜びよりも優先すべきものがあった。
「こんなところで何してるんだ、義兄さん。特例能力者多重調整研究所の跡地なんてまともな所じゃないだろ、絶対」
「何……って。待っている、尾道とかいう研究員を。お前もこの街が実験都市だって知ってるよな。俺はその実験の被験者だ。再会を祝して話を聞きたいけど、じきにここは戦場になる。だから、お前はここから離れるんだ」
「その実験で義兄さんが人を殺すってのは本当なのかっ!?」
「殺す……?なるほど…。お前がなぜ実験のことを知ってるのかは分からないが、嫌な言い方しないでくれ」
「嫌な言い方……だって?」
「そう。察するに、お前は俺が殺す人間の正体を知らないな。大覇星祭で大活躍だったろ、常盤台の
御坂美琴の体細胞クローン。つまり、御坂美琴の分身。美琴と瓜二つどころか完全に同じだったあの子の顔が守戸の頭を過る。
「何を……言ってるんだ?クローンは人形じゃない。命があるはずだ。布と綿でできた本物の人形とは違う!」
「そうかもな。だが、人工的に作り出された、必然的に生まれた命にどれ程の価値がある?命ってのは母親から偶然に産まれるからこそ奇跡の賜物であり、唯一無二であり、尊いものなんだ。クローンの命より、人の命の方が価値が高いに決まってる」
「だから、何を言ってるつってるだろ!?義兄さん!!!」
「うるさい!お前はそのクローンが何のために作られたのか知らないから、そんなことが言えるんだ!!そう、最初は軍用として使い潰すつもりだった。だが、できたのは御坂美琴の劣化版だった。それで計画は凍結。そして、そのクローンは第一位を絶対能力者《レベル6》にする実験に流用され、彼に殺されるためだけに新しく作られたりもした。死ぬための命なんだっ!」
「んな命なんてあってたまるか!」
「全部お前のためだ。お前のためなのに、何でお前がその邪魔をする……!?この分からずやが!」
と、守戸の頭上の天井が崩れ落ちる。
匡勢が彼を殺すはずはない。手出しできぬよう瓦礫の檻を作る魂胆だ。
そうはさせまいと、守戸は前へ出る。匡勢はやむを得ず、気圧で瓦礫を押しつぶした。
「義兄さんだって命の価値を履き違えてるだろ。分からずやはどっちだよ……。いい加減目ぇ覚ませ、義兄さんっ!!」
拳を握り、守戸はかける。
「俺は正気だ!いいから、黙って帰るんだ!守戸っ!」
匡勢はそう言って、足元の摩擦を下げる。守戸は足を取られ、拳は空振った。
左足を出して何とか立て直したが、続けて匡勢の拳が畳み掛ける。痛みを覚悟で腕を使って防御するしかなかった。
「っ……!?」
能力で強化されたその一撃は守戸の体を吹っ飛ばし、能力が開けた壁の穴から外へ放り出される。
「やっぱ、檻ってのは金属だよな」
同じ穴から出た匡勢は壁に触れ、一面を一気に崩す。現れた鉄骨の分子結合を解いて分離し、それを守戸へけしかける。
「また、閉じ込める気か!」
そうはさせまいと、守戸は後ろへ。そこにあった石を何個か拾って匡勢へ投げる。だが、匡勢は
「止まれ」
と言ってその動力を0にする。
その石を囮に飛び出す守戸だが、それは自分の足元へ返ってきて、立ち上がった砂埃が彼の視界を奪う。
砂埃が晴れると匡勢はもういて、地面に叩きつけられる。
「やっぱり、檻に閉じ込める作戦は上手くいかないか……。殺すのは簡単だが、それでは本末転倒だ。お前にこんな手は使いたくなかったが仕方ないっ!」
匡勢は片手を突き出して、突っ込んだ。
それは対象に触れただけで発動する。心臓を動かす電気信号を弱めて、徐脈にし意識を奪うという究極の荒業。意識を失ってすぐ元に戻せばリスクも少ない。
だが、守戸の方から右手で触れられ能力そのものが無効化される。
「な…に……?」
戸惑う匡勢。守戸はその間抜けな顔へ右拳を一発浴びせる。向かう力を0にするが、
今度は彼の方が殴り飛ばされた。
「お前のその右手……。一体、どんな手品だ……?」
腫れた額を押さえて匡勢は言う。
「そんなことどうだって良い。そもそも、聞かれたって異能を打ち消す謎の力っだっことしか分からない。これで満足だろ。能力が効かないなら義兄さんと同じ土俵、父さんに護身術を仕込まれた俺の方が喧嘩は強いぞ。義兄さんに勝ち目はない。さぁ、この実験から手を引くんだ」
守戸の言うことが本当でもなければ今の現象を説明できない。匡勢はすぐにそれを理解した。
「同じ土俵、だと?俺は身体全体に
「いや、思い上がってるのはそっちだ!能力者ってのは結局は能力頼みなんだ。
「黙れ!
匡勢は吠える。
地表に触れていることで地表全体を能力の対象に、守戸の足元の抗力を0にする。しかし、
が、気付かれては打ち止め。守戸は抗力操作のアリジゴクから跳躍して抜け出した。
「力不足……???
と守戸は問う。
「さっきも言っただろ、お前のためだって。守戸、お前がこの街に来た5年前のこと覚えてるか?」
そう言われて、守戸は忘れかけていた記憶を明確に取り戻す。
武装した集団。小銃の音と女性の悲鳴。胴に走った疼痛に、漂うさびた鉄のような匂い。病院の白い天井。そして、大切なものを失った悲しみ。
そう言えば、そこにまだ中学2年の
「母さん……」
思わず、その日失った大切なものが口に出る。
それでも、守戸には匡勢が何を言おうとしているのかまではわからない。
力不足の苦悩。
だが、それが「守戸のため」に実験をしているという言い分にどう結び付くというのか。
守戸にはそこがまったくわからなかった。