とある魔術と科学の虚空書録《アカシックレコード》   作:田芥子慧悟

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#8 鉄拳

 今から丁度、5年前。

 当時小学5年の七海守戸は父親の七海慧久(ななみあきひさ)の提案で母親、七海玲香(ななみれいか)に連れられて学園都市へ来ていた。

 当然、その目的はこの街に守戸を預けること。去年は義兄(あに)の匡勢を送り出していた。

 「ここが学園都市よ、守戸」

匡勢を待ちながら母玲香は言う。外部の人間にとって学園都市の風景は近未来的で、どの街並みよりも美しいものである。

 「わぁ……。こんな街に住めるなんて嬉しいよ、母さん」

「そうね」

その風景に目を輝かせる守戸もそれに微笑む玲香も慧久の真意は知らない。

 それは、旅行先で遭遇した組織から守戸を逃がすため、日本で一番安全なこの街に預けたのだということ。

  

 「義兄さんもこの街で暮らしてるんだよね」

「そうね。それに、匡勢は凄いのよ?何てったって、能力者なんだから。確か能力値は強能力者(レベル3)だったかしら。上から3番目、この街ではエリート扱いなのよ」

「へー、義兄さんって凄い人なんだ」

2人で匡勢を褒め合っていると、噂をすれば本人がやってきた。

 「さ、行こうか、守戸。一緒に街を探検だ」

「うん」

匡勢は守戸と手を繋ぐ。

「せっかくだし、母さんも一緒に来いよ。旅は賑やかな方がいい」

とも言って、玲香に後を付いていくよう促した。

「ええ、そうね」

と返して、彼女は言われた通りにする。

  

 そうして、3人は色々なことで楽しんだ。

 ゲームセンターで一時、ファミレスでの団らん、高台から見る夕暮れの街、そして、ショッピングモールでのお土産購入。

 誰が見ても充実した1日だった。

 

 その時が来るまでは。 

 

 黒い輸送車が行く手を阻んだその瞬間、空気が一変する。

 車の窓から覗いたのは銃口。照準は明らか守戸に向き、凶弾は放たれる。

 「止まれ」

匡勢は庇うように前へ出て、弾の動きを不完全ながら止めてみせる。浅く刺さった弾を抜くと、それを指で弾いて向けられた銃を破壊する。

 さらに、もう1丁銃が奥からこちらを狙うが、これも撃たれた弾を弾いて破壊した。

 武器を失った黒い武装の2人は車を降り、スタンガン片手に突っ込む。匡勢は能力で電撃の威力を下げ、拳で武装を叩き割り、次の一発でこちらが相手の意識を奪った。

 「クソッ、何だいきなり!?」

別の車が次は突進をかましてきてきて、匡勢は手で触れる。止めようとしたが、完全にとはいかず腕は軽く捻挫してしまう。

 同時に、両側から放たれる銃弾。匡勢は痛みに構わず両腕を広げて全てを受け止めて、滑るように車の外周を回る。先程くすねておいたスタンガンで2人に電流を浴びせた。

 強能力者(レベル3)の未熟者とは言え、あるゆる力の大きさに干渉する能力はそれだけで強力だ。

 この能力が成長すれば、おそらく彼に勝てるものはいなくなる。

 

 「いや~、誤算だったよ~。上に言われて害悪を抹殺しに来たらさ~、君がその害悪と一緒だなんてね~。強能力者(レベル3)とは言え、力量操作(フォースリグレーション)相手にあんなオモチャじゃダメなんだね~。想像以上だよ~。開発が進めば、君は()()()()()()()()()()()()と肩を並べる最強の能力者になるだろうね~」

遅れてやって来た大型トラックからふざけた口調の男が降りてくる。全身を紫で固めた、格好でもふざけるその男はブラボーとでも言いたげに拍手した。

 「害悪ってのは誰のことを言ってる……!?」

「え~、分からないの~?ちょっと考えれば、分かることでしょ~」

「守戸、か……。ふざけるな!守戸は害悪なんかじゃない!守戸は俺の大切な義弟(おとうと)だ」 

「ん~、君たち表の人間からしたらそうかもね~。でも、僕たち裏の人間から見ればあ~ら不思議。彼は上の思惑を邪魔する殺すべき害悪になるんだよ~」

「表?裏?何を言ってやがる……!」

「いやいや、おかしいと思ったりしなかったの~?人の脳をいじくり回して、能力を発現させる……なんて、常識的に考えて正気の沙汰じゃないよね~?詳しくは知らないけどさ~、全部上の、統括理事長の思惑な訳だよ~」

 そう、学園都市にはとても表沙汰にはできない暗黒面が存在する。超能力開発にもその闇は垣間見え、闇から街を支配する『暗部』の存在がある。

 襲撃者もその『暗部』の一角、番人部隊(ガーディアン)という組織であった。学園都市入りする者の調査と必要に応じて排除をするのが彼らの仕事。

 守戸はその排除対象となったのだ。

 「ま~、そんなことはどうでも良いけどね~。殺らせてもらうよ~」

男がパチンと指を鳴らすと、トラックの荷台から5人の兵が現れた。

「させると思うか!?」

「するよ~?君の弱点は分かってるしね~」

そう言って、男は再び指を鳴らす。

 すると、隊員がさらに10人ほどトラックから現れた。

 「念のため用意しておいた予備戦力だよ~。君に相応しい武器を持たせてあるからね~」

彼が言うと、兵は軽機関銃を守戸へ向ける。

 「でも、そこの女も随分と甘い奴だよね~。この状況でそこの害悪と逃亡をしようともしないなんて~。君を見捨てることはできない、なんて感動的な話かな~?」

侮辱するような目で玲香を見た後、男は兵に目配せする。

 

 瞬間、敵は軽機関銃を一斉照射。

 匡勢は急いで前に出るが、能力を発動する前に両足が撃ち抜かれる。

「君、邪魔なんだよ~。貴重なサンプルに盾になられたら銃が撃てないじゃないか~?」

それは、男が兵と兵の間から放った弾だった。 

 匡勢の能力は触れたものにのみ働く。足を撃って、動きを封じれば問題はないと踏んだ。

 ところが、軽機関銃の弾は次々と地面に落ちて、無駄となる。

 「動きを封じただけでもう終わりだと思ったか?空気抵抗を操れば似たようなことができる。不完全だが、この距離なら届きはない」

「賢いね~。でも、いつまで持つかな~?それ~?」

それでも男は余裕の表情を浮かべている。

 力量制御(フォースリグレーション)の弱点は疲弊の早さ。

 軽機関銃の連射はその限界を軽く突破する。

 「今の君では、ここが限界だよ~。言ったでしょ~?君の弱点は知ってるて~」

男の不敵な笑みを前に、匡勢は力の限界に歯噛みする。

 

 「きゃぁぁぁぁぁっ!」

匡勢の代わりに、守戸を庇う母玲香の悲鳴。銃弾はまず彼女の身体に無数の風穴を開ける。それでも彼女は底力で足掻き、守戸を覆うように倒れ伏す。

 「全く面倒くさいことをしてくらるね~。その女は~」

そう言って男がトラックから取り出してきたのは散弾銃。唯一、人1人の肉を貫通して守戸を殺し得る近距離では絶大な威力を誇る銃。

 それを持って男は2人の方へ歩み寄る。彼は能力が弱まっていても邪魔をする匡勢を蹴飛ばして、邪魔されては蹴飛ばして、ついに散弾銃が玲香に突きつけられてしまう。

 ズガンッ!重い音とともに肉が吹き飛ぶ嫌な音がした。

 そんな光景を目の前で見せられて正気を保っていられる程、匡勢は冷めてはいなかった。

 能力の暴走。精神の崩壊はその形で外界に出力される。

 周囲に暴風が凄まじく吹き荒れて、門衛部隊(ガーディアン)は皆宙へ舞い上がる。すぐに風が止むと、彼らはまとめて高所から落下する。即死だった。

 それを最後に彼は気を失う。

 

 結局、母親は助からなかった。至近距離で散弾を食らい多くの器官が消し飛んでいたのだ。

 しかし、守戸は違った。体内の弾は器官を撃ち抜く寸前で止まっていて、血管も繋がったままなのだった。

 おかげで弾は無事摘出され、彼は何の後遺症もなく一命を取り留めたのだ。

 それは手術を担当した冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と呼ばれる医者の力だけではない。力量制御(フォースリグレーション)によって最悪の事態を防ごうとした匡勢の思いの力でもあった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 「俺はあの後、学園都市からお前を守るために知り合いの能力者の手も借りて、色々と改竄を施した。だけど、最近になってそのことがバレてしまったんだよ!だから、俺は絶対能力者(レベル6)になると決意した!俺の能力は脳への負荷が大きいせいで、疲弊が早い。そのせいで母さんを守れなかった!家族を失うのは2回目だった!1回目、前の父さんは交通事故で死んだ!そんな悲劇も力の大きさを操るこの能力(チカラ)があれば防げるものだと思っていた。それが、あのザマだ。笑い物だろ?だが、絶対能力者(レベル6)になれば話は別だ。『神の頭脳』があれば俺は無敵になれる。無敵の力でこの街の闇からお前を守れる!もう、俺は家族を1人も失いたくないんだっ!!」 

 それこそが匡勢の真意、超能力者(レベル5)のそのさらに上を目指す理由。そして、クローン殺しを良しととする大義名分。

 

 「俺のためだってのはよく分かったよ、義兄さん。もう正義感で自分に嘘を付くのは止めだ」

「そうか。なら、俺が絶対能力者(レベル6)になれるよう協力してくれるな?この場から立ち去るだけでいい」

「けどな……。そのために義兄さんがクローン殺しの悪者になるっていうなら話は別だ!何がなんでも止めてやる!」

 

 守戸にはかつて武装集団(スキルアウト)だった時期がある。その頃から父親に仕込まれた体術は、実践を通じて体得。

 風紀委員(ジャッジメント)の少女に諭されて、足を洗ったもののその名残はやはり残っていた。

 彼には人を殴るという行為そのものへの躊躇が欠けている。流石になりふり構わず暴力を振るうことはなくなったが、どうにもならない時はあっさりそちらにこけてしまう。

 仲間内しか知らない無名の武装集団(スキルアウト)だったはずだが、今思えば不良が彼の名を知っていたのはそのせいだったかもしれなかった。

 

 「たとえ、ぶん殴ってでもだ!」

守戸は拳を強く握り、匡勢の懐へ入る。

 「悪者にしたくない、だと?俺はお前のためなら悪者でも何でもなってやる!その思いを踏みにじるなぁっ!」

対する匡勢は摩擦を0に。

「その手は喰らわねぇっ!」

守戸はすぐに右手で摩擦を戻す。

 「なら、これはどうだ!?」

と、同時に匡勢は能力で強化した回し蹴りを繰り出した。 

 守戸の顔面へ彼の蹴りが引き寄せられる。回避の隙などない。

 「ぐっ……」

辛うじて滑り込ませた右手だが、当然、蹴り自体の威力はそのまま食らう。手首は変な向きへひん曲がった。

 匡勢は構わず足を振り払う。

 

 しかし、次の瞬間、盛大に吹っ飛んだのは匡勢の方である。

 「は……??」

仰向けの彼は守戸を見上げてそんな声を洩らした。

 何も守戸は不思議なことはしていない。 

 ただ転がって蹴りの威力をいなし、首跳ね起きの勢いを借りて、拳をぶつけたのみである。

 「言っただろ?護身術を仕込まれたって。その過程で身体能力ってのも上がったんだよ。だから、こういう芸当も可能って訳だ」

「面倒臭いな、クソッ!」

 能力で隆起する地面。守戸はそれを踏み台に飛び上がり、拳を引き絞る。

 「なっ……」

と匡勢はその身のこなしに目を大きく見開いた。その顔へ自由落下の勢いを借りた拳が叩き、地面に打ちつけられる。

 そして、彼の意識が飛んだ。

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