秋津茜がVR版のソニック・ザ・ヘッジホッグで遊ぶようです。 作:REON☆天津風
「んーっ……しょっと。ストレッチおしまい!」
わくわくする気持ちを隠しきれないまま過ごした学校から帰ってきて、今は夜。
お風呂に入ってストレッチして、ご飯を食べて宿題も半分くらい片付けて、ゲーム前にもう一度軽いストレッチ。
やることを終えた私は、楽郎先輩からプレゼントしてもらったもこもこのかわいいお気に入りのパジャマを着る。寒い冬もバッチリの暖かさと着心地もよくてほわほわする。
「うん。ソフトの更新も終わってる」
ソニックさんは帰宅してすぐパッケージからソフトを取り出してセット済み。思っていたよりもかなり長い更新が入っていたけど、無事終わっていたので一安心。
後は……朝起きたらランニングに行くから、着替えとタオルも用意して、と。
「これであとはヘッドギアをつけるだけ!」
明日は校内点検でグラウンドが使えなから部活はお休み。お母さんの許可も貰ったから、一日たっぷりゲームができる。ただし、ご飯の時間に忘れないことだけは要注意。もし忘れたらお母さんが電源を落とすことになっている。あの時は、たまたまオートセーブのゲームをやっていたから被害は少なくて、そうじゃないゲームをしていたらと思うと身が竦む。それはきっと、大会直前に怪我をするのと似ていると思うから。それまでの努力が、諦めずにやってきたものが亡くなってしまうような感覚。運良くそんな経験はないけど、目標を目の前にしてそもそもスタートすらさせてもらえないなんてなったら、一緒に心まで落として何もできなくなっちゃうかもしれない。ゲームで足を部位欠損するだけでも苦しいって思うのに、本当にそんなことが現実で起きてしまったら、苦しいとさえ思えないかも。実際、あの日は怒った笑顔のお母さんが目の前にいることよりも、その喪失感に驚いて放心していたくらいだ。なので、約束事はきちんと守らないと。ゲームの時間も、練習をしすぎて体に無茶しないことも同じくらい大事なことだから。
「それにしても、ソニックさんの新作情報が今日発表だったなんて……」
スマホを充電ケーブルへとつないで枕元へ置いたらあとはベッドにぴょんとダーイブ!
ぽよよんと跳ね返るマットレスの感触を味わいながら思い出すのは、ゲームをプレイする準備を整えている間に調べたこと。ちょうどご飯を食べている頃くらいに、ソニックさんの公式チャンネルから新作の情報がPVつきで公開されたらしい。これからゲームを遊ぶので、SNSの呟きやトレンド情報をちょっと見たくらいで詳細はわからないけど、新作のVRソニックさんは、シャングリラ・フロンティアのシステムを限定的に搭載した形になるとか。去年発売していた”ギャラクシア・ヒーローズ:カオス”。通称”GH:C”のことを楽郎先輩が「シャンフロが5世代先ならGH:Cは3.5世代先」と教えてくれたように、もしかすると次回作のソニックさんも似たようなことになるのかもしれない。
お小遣いの関係でGH:Cは買えなくて、先輩のお家で少し遊んだくらいだけど、シャンフロに近いものを感じられたから、同じ感覚でソニックさんたちとお話や冒険ができるのかもしれない。想像してみると、まだ遊んでもないのになんだかドキドキしてきちゃう。
「あ。その前に……」
思いついたように、充電中のスマホに手を伸ばす。
お昼にお礼は連絡済みだけど、折角だから改めて楽郎先輩にお礼とこれからプレイするってことを伝えちゃおう。
えっと、たぶん今は勉強している時間だろうから……「改めまして、ソニックさんをありがとうございます! これからプレイするんですが、すっごく楽しみでドキドキしてます!! 今度のデートで感想も伝えますね。受験勉強、大変でしょうが応援してますので頑張ってください!」と、送信。
「よし! それじゃあ始めちゃおう!!」
ヘッドギアを装着して、ゲーム開始。
いざっ! 音速の世界へ!!
◆
『――――――――S○GA』
あ、ちゃんとメーカーさんのお名前がでて……はい、それから他の会社さんのお名前……わ、タイトルロゴがドーン!
これは思考でスタートボタンを押すタイプだから、はい、スタート!!
「まずはアバターと名前を……姿はシャンフロとだいたい同じ感じにして、名前も秋津茜に……」
いつもなら姿を変えて蜻蛉関連の名前にするけど、今回は楽郎先輩のオススメで開始する。たぶんソニックさんたちと触れ合う関係上、いつもの自分である方が純粋に楽しみやすいんだと思う。だから、
「よし、準備完了。えっと、どんなオープニングが……あれ?」
アバターとして、ゲームの世界に私が存在していることはわかる。シャンフロに近い感覚で手足も含めて体が自由に動く。ただ、真っ暗な世界で浮遊している。
駆け出そうとして、踏ん張ってくれるものがないことに気づいた。パタパタともがいてみても前へ進む感覚はない。体は動くのに、どこにもいけない気持ち。心が前を向くのに、進まない体。ちょっとだけ、好きじゃない感覚だ。
「何も見えませんが、体があるってことはゲームは始まってますよね? 待てばいいタイプでしょうか?」
と、突然。目の前に小さな光がぼんやりと浮かぶ。
『ご――なさい。こん――戦―――――たのに、私は――――――迷―――』
「……光と、声?」
自分の手足も見えなかった暗闇に、薄ぼんやりと、線香花火みたいな今にも消えそうな光が六つ。
でも、声は光ほど儚い印象はなくてむしろその逆。なぜか、よく聞こえる。途切れ途切れにしか聞こえないのに、ノイズがあるとか高く割れた音ということもなく、本当にただ音が聞こえる箇所と無音の箇所が綺麗なまま繰り返す。心に響く柔らかい声は、すぐ側から聞こえてくるのに、どれだけ耳を澄ませてみても全部は聞き取れないし、遠くに意識を向けるほど聞きづらい。
『ああ、無茶―――――――。―――混―――いるわ。――力も削―――から、――――サポ――――――わか―――』
「すごく綺麗な声……きっと優しくて誠実な人なんでしょうね。でも、なんて言っているんでしょう?」
『―――――――――、必ず元―世界―――から。――どうか、7つ―封印――――――て』
元、世界…元の世界? 封印が7つ……ソニックさんのゲームにはストーリーもあるらしいので、進めていけばこの内容もだんだん聞き取れるようになるのかも。
六つの光が消えていく。同時に、声もまったく聞こえなくなった。
一瞬だけ胸のあたりがほのかに輝いたように見えたけど、それもなくなって再び暗闇に戻るかと思ったその時。
「あれ、あっちが光って……というか、だんだん近づいているような」
夜空の星みたいな光が、ポツンと一つだけ輝く青色が、だんだんとその大きさを増していく。
どうやら星みたいだと思ったそれは、大きな輪っかみたい。光っていると思ったものは単純に輪っかの向こう側に広がる青空みたいな景色がそう見えただけ。そして、それが徐々に近づいてくるということ穴の向こう側へ私が進んでいるということなんだろうけど……今私、手足も何も動かしてはいないはず。
「あれ、もしかしてこれ」
気づけばすっかり近づいていた輪っかと、そこから流れてくるちょっと強めの風。輪っかに向かって流れ込んでいく風じゃなくて、輪っかからこっちに向かってぶつかるような風。短距離走を走る時に感じる向かい風に近い感覚。
「えっと、つまり…………引っ張られてるんじゃなくてっ!?」
気づくには遅すぎて、体はあっさりと輪っかを通過した。嫌な予感は的中して、私は目の前いっぱいに広がる綺麗な青空とニッコリした太陽に挨拶をするひもなく、
「落ちてますぅうううううううううううう!!!?!!?」
浮遊感を失い、重力に引っ張られるままに下へと落ちていく。
下は青いから空、かと思えば緑が周りに見える。
あ、これ湖を中心に森が広がっている感じで、ということは空は今と逆向きで、私は今まっすぐ下を向いたまま落下していると!?
「これがいわゆる、紐なしバンジージャもがぁっ!!??」
ガボガボと音を立てながら湖に沈んで……あ、泳げる。
それに、すっごく痛いっていう感じでもない。確かにちょっと頭周りがジーンとする感覚はあるけど、楽郎先輩と行ったウォータースライダーの出口みたいな。勢いはすごいけど打ち身みたいにはならない痛みがするくらい。
「あ、すごい。ぜんぜん濡れてない」
湖の真ん中から泳いで縁から陸へ這い上がった私は、服が肌に張り付くベタつきとか水を吸った髪なんかがあるものだと思い込み、体をブンブン振り回してしまった。一応、水滴が飛ぶ演出は見えたけど、体が冷えているとか服が濡れたままなんてことはない。
空中に放り出されて、体をばたつかせて湖へドボンと落ちた私。シャンフロでも高いところから落ちて死んじゃう経験はあるから、慣れてはいるけど、何度も経験したくはなくて、やっぱり地に足が着いている方が落ち着く。
「それにしても、すっごく綺麗な場所……」
元の姿のノワルリンドさんがすっぽり入っても余裕がありそうな湖とそれを囲むように広がっている森。種類まではわからないけど、色とりどりの花が広がる大地。なんだかあちこちにある大きな岩。澄み切った快晴の空。もう5年は前のゲームなのに景色だけでこんなに感動しちゃうのは、長くこのゲームを作り続けてきた方々の力なのかも。
ふと、上空を見つめてみるけど、高すぎて見えないのか落ちてきた輪っかみたいなものは見つからない。
「それで、これからどうしたらいいんでしょうか?」
最初に聞こえた声やぼんやりとした光を最後に、イベントみたいなものを起きていない。
一つ目のステージでチュートリアルが行われる形式かと思えば、そうでもないし。
「あれ。ステージじゃないし、なんだかオープンワールドみたいな……」
広がる景色にゲーム的な境目は見つからない。てっぺんに浮かぶ太陽はどこまでも遠くて、森の更に向こう側に見える山々も富士山みたいに頂上付近が雪でお化粧されていることがわかる。アドベンチャーパートがあることは事前に聞いているけど、それにしてもすごく気合が入っているような……。
「ま、でも。何もわからないならとりあえず走ってみよう!」
このゲームは走るゲームだと先輩も言っていたので、いけるところまで走ればきっと何か始まるはずっ!!
ぐっと背伸びをしてまずはストレッチ。体をほぐしながら自分の体を簡単にチェックしよう。
体格はいつもと変わらない。服装は、アバターを選択した時のまま。黒い長袖のスポーツインナーが上下に、白いパーカー付きのジャージジャケットに白いショートパンツ。湖に落ちて濡れたままということはなかったけど、少しだけ土埃が着いてしまっている。パンパンと叩いてみると、元の新品みたいに綺麗になった。
さて、あとは走るのに大事な靴の確認。
膝下から足の付け根までを守る赤いプロテクターが、足首の稼働を邪魔しないように付いていて、靴はまるでノワルリンドさんの足みたいに大地を踏みしめる爪が太陽を反射してキラリと光る。全体的に色味は赤だけど、鉄や布と言うより鱗みたいな凹凸があって、シャンフロで超転身した時みたい。
うん、最初に選んだ部活かランニングに行くみたいな格好だ。
「…………あれ、この靴?? 靴っ!??」
慌ててその場に座って足を触る。あまりにも違和感がなかったので、初期アバターが履いていたランニングシューズだとばかり思っていたそれは、いつのまにか謎の装備に変わっていた。それと、脱ぐこともできないみたい。そう言えば、最初に声が聞こえた時に光っていた六つの光。思い返せば、光の中にこんな靴の形をしたものがあったような。
「装備、品……?」
ひとまず、装備解除のしかたなんてわからないので立ってみる。履き心地だけならいつものランニングシューズみたい。足回りが少し大きくなった分、ぶつけたりしそうだけど、この見た目でタンスの角に小指をぶつけて痛いなんてことはないと思う。
なんだか私の目に飛び込んてくる光景としては違和感があるけど、感覚が変わらないなら気にしなくてもいいかな。
よし。そうと決まればまずはこの世界で初めての全力ダッシュ。その、一歩目を踏み出し――――――――岩。
「いったぁぁぁぁぁ!!!????」
死、んではないない。ただ、岩にぶつけた顔、とにもかくにも鼻が痛い。
「痛い……すごく痛い…………今の、踏み込んだらすごい音がして……気づいたら岩が目の前に迫って」
湖に半分浸かっているのに、仰ぎ見るくらい大きな岩にぶつかった私は、顔をぱたぱた仰ぎながら鼻血がでてきそうなのをなんとか冷まそうと試みる。
でも、なんで? この岩までは、何十メートルか距離があったはず。そう思って先程まで立っていた場所に戻ってみると、スタートダッシュにしては、やりすぎなくらい抉れた大地が一つ。ちょうど、今履いている装備の足先と大きさが一致する。
「……えっと、今度はちょっと……結構抑えめにしてみて」
全力ダッシュモードから、ランニングの走り出しくらいの気持ちに切り替えてみる。
今度こそ、よーい、どん。
「わ、とととと!?」
想像していた速度の倍くらいの速さで進んだけど、今度はバランスを崩さずに済んだ。
つまり、この足装備をつけていることによって、ソニックさんたちと同じくらいの速度で走れるということなんだと思う。それにしても、ちょっと速すぎる。まだ、ランニングの走り出しくらいからすごく遅いランニングくらいのペースへペースアップしてみるって、なんだか本当にペースアップしたのかわからないくらいの感覚なのに、加速しているのを感じてしまう。
やったことがあるゲームだと、レースゲームかな。アクセルの踏み込みでどこまで加速するのかわからないみたいな。あとは、あまりやったことはないけどコントローラータイプのゲームで、ほんの少しスティックを倒しただけでキャラクターが走り出してしまうとか。
とにかくこれ以上の速度をいきなりだすと、また加減を間違えてロケット花火みたいに飛び出しちゃう。
まずは、走って感覚を掴まないと。
きっと、これがこのゲームの難しいポイント。たぶん、ソニックさんと一緒に走るために、自分が走る速度もソニックさんと一緒になるんだ。
あれ。もしかして、全力を出すと音速を超える?
さすがにそれは、私の目が……というか、人の反応速度で制御できない気もするけど……うん。まずは湖をひたすら走ってみて慣れよう!!
「そうと決まれば、まずは走ろう!!」
専門外だけど、気分は長距離のトラック走。ただし、速度は既に車並み。
目標は全速力で走ること。目指せ、音速走りっ!!
◆
隠岐紅音が楽郎へとメッセージを送り、ソニックの世界へ旅立った頃。
スマホにきた通知を見た楽郎は、受験勉強の休憩がてら、リビングの冷蔵庫からライオットブラットを取り出すと一杯嗜んでいた。
と、ちょうどそこへ、バイト終わりの瑠美が帰宅する。
「今からエナドリって……お兄ちゃん徹夜で勉強する気?」
「んあ。お帰り、瑠美。まぁ、なんか勉強のやる気が突然湧いてきたというか、今なら受験もワンパン?みたいな気分だからいけるところまで突き進んでみようかと」
「……当てようか? 絶対紅音から応援が飛んできたんでしょう」
「んぎゅっ!? ゴボッ、ゴヴァッ!!?」
ライオットブラッドを盛大に喉に引っ掛けて咳き込む兄を尻目に「紅音の影響力こわー」と呟く瑠美は、カバンをテーブルに置いて、大きなビニール袋に包まれた何かしらの物体を冷蔵庫へ収納し、キッチンに置かれた電気ポットでお湯を沸かし始めた。
クソゲーが脳みそにささっていると言われた本来の彼だが、この一年、恋愛ドラッグカー紅音によるドストレート愛情表現による殴打を喰らいすぎて、脳みそにクソゲーもささっているけど、恋愛方面のカセットもささりだしましたみたいな状態へと変貌を遂げつつある。
脳にクソゲーがささってる? そんなことは知らない。とりあえず押してみよう!!
結果、ダブルスロット楽郎爆誕。初期の3DSみたいだね。おめでとう。
「ま、お幸せそうでいいけどね。紅音の親友としては一安心だし。あ、ソフトの方はちゃんと渡したから」
「お、おお……サンキュー。紅音からも連絡きたわ。今日からやるって」
「どういたしまして。紅音、今日一日普段の1.5倍声が大きくてニコニコだったからだいぶ浮かれてたよ。どんなゲーム渡したの?」
「往年の名キャラクターとフルダイブ環境で一緒に冒険できて、とにかく速く走れるゲーム」
「……ゲーム詳しくなくても、あの子が好きそうなのがわかるね」
「今頃"チュートリアルステージ"でメインキャラクターと一緒に走り方を教わったり、ゲーム固有の技とかスキルとか学んでるんじゃないかな……もしくはアドベンチャーパートの選択肢で悩んでるか」
語りながら、楽郎の脳内にVRソニック初プレイ時の記憶が蘇る。
軽いアドベンチャーパートの後、すぐに始まったチュートリアルステージで既に走るスピードが想定以上だったこと。壁に激突しまくったり、ソニックと共に水に沈んだり、走れたと思いきや設置型の針にぶつかったり。
「ま、串刺しにされないだけマシだったよなあれに関しては」
「ふーん。なんか、あの子が好きそうなゲーム渡したのはわかったんだけど、なんでいきなり渡したの? ゲームならいつも一緒にやってるじゃん」
瑠美が、コーンスープの元を入れたカップに沸かしたお湯を注ぎながら尋ねた。
「いつもはやってねーよ。ここ最近は特に、受験前だから自粛してたし」
「あ、なるほど。紅音が寂しがるかもーって気を使ったんだ。それでゲームって、ホントそういうところだよね、お兄ちゃん」
「あーーーーもう、なんでお前も紅音もそうすぐ気づくんだっ!?」
恥ずかしさを誤魔化すように、飲み干したライオットブラッドの缶を雑に水で洗いながら問い返す。
先日の去り際の紅音の一言に酷い不意打ちを受けていた楽郎にとって、瑠美からの言葉は受けた傷をこじ開けられる一撃だった。
リビングの椅子に座ってコーンスープで一息ついた彼女は、「なんでもなにも……」と一瞬の逡巡を見せたが、結局迷うことなく素直に告げる。
「お兄ちゃん、紅音関連だとだいたいわかりやすいし……自覚ない?」
「…………ねぇよ、んなもん」
「はいはい拗ねない拗ねない。いいじゃん別に。気持ちが伝わってるんだからさ。ま、一人用のゲーム渡して暫くこれで我慢してくださいって感じだから私はあんまり好きじゃないけど」
「別にお前に渡したわけじゃないだろ」
「うん。だからいいじゃん別に。紅音にはそれでちゃんと通じたんだからさ。よかったね、お兄ちゃん。遠回しで下手くそな気遣いを自分のためを想ってやってくれたんだった受け止めてもらえて」
「おい。もしかしなくても今煽ってる? めちゃくちゃに煽り倒してない?」
「さぁ? でも、紅音に対しては遠回しに何かするよりも、まっすぐ気持ち伝えてあげたほうが嬉しいなんて丸わかりじゃん。それをわかっててなんだか先輩ぶっちゃうお兄ちゃんだから、いつまでたっても丁寧語で話しかけられるんだよ」
ゴーンと、楽郎の頭にたらいが落ちる。もちろん、幻想。だが、そういう一撃を瑠美が狙って放ったのは事実だ。
瑠美は始め、私の友達が何故お兄ちゃんなんかと付き合わねばならぬかと思いもしたが、そもそも紅音からグイグイアプローチに行くので、逆に兄をどうにか"修繕"してその先で紅音に幸せになってもらわないとという気持ちに切り替わってしまった。
それはそれとして、しっかりしない兄をからかい、もっとシャントしろと叱咤激励を飛ばすこの位置を楽しんでいるのも事実。
そしてこれらの情報は、必然的に天音永遠へと飛んでいく。楽郎の未来はだいぶ不味い。
「ちなみにお兄ちゃん。紅音的には尊敬している先輩だから特に話し方は変える気ないって話聞く?」
「話聞く? じゃねぇよ。お前それほぼ全部語ってるんだよ。……我が振り直せってか」
「人の振り見てじゃなくて、我が振り見てだけどね。ま、直すって言うかお兄ちゃんはお兄ちゃんで難しく考え過ぎない方が良いって話だね」
「はぁ…………忠告はもらっとく。とりあえず予定合わせるところから」
「素直でよろしい。クリスマス近いんだしファイトー。はいこの話はおしまい。私お風呂はいるから。お兄ちゃんは勉強頑張ってねー」
ライオットブラッドを飲んでなおドッと疲れが押し寄せてくる感覚に魔が差し、追加のライオットブラッドを探して冷蔵庫を漁る楽郎。
しかし、追加のライオットブラッドは存在しない。絶賛在庫切れだ。
なお、それよりも気になるものが彼の目に入る。そう言えばこれは、彼女が冷蔵庫に何食わぬ顔で突っ込んではいなかったかと。
「あ、いや。その前に待てお前。なんだこれ?」
瑠美が帰宅時に冷蔵庫へと収納したビニール袋を指差す。
冷蔵庫の一段まるまるを専有する謎の物体。白いビニールのせいで色までは判別できないが、どうやら半月型の物体だということはわかる。それが二つ。
冷蔵庫に保管された明日のお刺身の匂いに混じって、新たに乳製品の香りが漂い始める。その冷蔵庫に、牛乳は入荷されていないにも関わらず。
「何って、ラクレットチーズ。余ったからどうぞって」
「形的にあわせて丸々一個なんだが? まじでお前のツテどうなってんの??」
「んー、人間力の賜物かな?」
じゃあねとお風呂へ向かう瑠美を見送ることしかできない、先程の忠告が余計に突き刺さる楽郎だった。
一年間恋愛ドラッグカーによる突撃を受け止め続けたらさすがに楽郎さんにも変化は欲しい。
かっこよく決めてくれる楽郎さんは本編で見れるので、恋愛にあたふたしている方向でここは一つ……。
なお、2人の会話難しすぎてなんかマイルドになってるという言い訳