もしこの世に天才がいるのだとしたら、きっと皆が口を揃えてこの名を呼ぶだろう。
「ま、まさに天才だ……"
ある者は尾崎を天才と呼び、ある者は
「ケッ、親の七光りってやつだろ。あいつの手腕は大したものじゃない」
と強気に見下す。
「天才、ね……あいつに勝てたらこの学園のトップに立てるのか」
「バカね、この学園のトップは十傑第一席___十傑に入らなきゃ意味ないんだから」
そしてある者は、密かに十傑への憧れを見せていた
◇
世界規模で名門校である遠月茶寮料理學園 。料理学校というにはあまりにも残酷で、在籍したという事実だけでも将来が保証される厳しい学園。
卒業生のほとんどは名の知れた有名な料理人であり、この学園に通うもののほとんどは優れた腕を持っている。
そんな遠月学園に、今年もまた優秀な生徒が入学した___
「やぁ、この前の食戟凄かったね!」
高等部の進級式が終わりしばらく。ある日の放課後、調理場で突然声をかけられた尾崎は目の前でにこやかな笑顔を浮かべる男を見ると、気にもとめず調理の片付けを続けた。
彼は一色慧という男で、中等部から遠月学園に在籍している。
「無視しないでくれよ、寂しいじゃないか」
「何の用」
「ちょっとした世間話さ。中等部の頃から一緒に頑張ってきた仲間として、この前の食戟のお祝いをしたいだけ……ってちょっとちょっと行かないで!」
尾崎はある程度片付いた調理場を確認し、そのまま去ろうとしたが、一色に引き止められ渋々戻ってきた。
尾崎も一色も極星寮という寮に住んでいる。別にここで話さなくとも帰ればタイミングはいくらでもあるはずだ。
「帰ればいつでも話せるのにって思ってるでしょ。君が人と話すような人間だったらね!尤も、僕の事が嫌いなだけかもしれないけど」
「……どうでもいい。用件だけ話して」
「だからお祝いをしたいんだってば」
おめでとう、とニコニコする一色に対して眉ひとつ動かさない尾崎。まさにシュールな絵面というべきか、調理場の静けさがよりそれを引き立たせている。
「君は天才と呼ばれる故に食戟を大量に申し込まれている。それなのにほとんど断っては気まぐれに受けては勝つ……うーんかっこいい!痺れるね」
「なに?バカにしてる?」
「まさか!天才と呼ばれる事の重圧はよく分かっているつもりだよ」
ははは、と笑う一色を横目に何を言っても無駄だと思ったのか尾崎は「それ、帰ってから話してもだめ?」と問いかけた。その言葉に一色は目を丸くすると、少し考えた後に笑顔でこう答えた。____もちろん、OKさ! そう言うと、2人は寮へと戻った。
◇
極星寮に着くや否や寮母のふみ緒に「ええええ!!凛あんたいつから人と帰ってくるようになったんだい!?」と驚かれ、寮に住み始めて1ヶ月程しか経っていないのにも関わらずこの言われようである。しかし、それは仕方のないことだ。というのも、今まで彼女は誰かと一緒に帰ってきたことなどなかったからだ。そもそも、人との関わり自体を避けていた彼女にとって、それは大きな変化であった。
「……これがしつこかった」
尾崎は一色を指差すとふみ緒はなるほどね、と乾いた笑いでそれを返した。
それからしばらくして、夕飯を食べ終えると早速話の続きと言わんばかりに一色が例の食戟について話し始めた。
食戟を受けたことに深い意味はない。
気分だと答える尾崎に、一色はお茶を啜りながら質問を投げかけた。どうしてあの時、勝負を受けようと思ったのか____と。
どうせ今日も話しかけてきたのはこの話がしたいからで、お祝いなんて全くの嘘なのだろう。それはわかった上で特に気にせず淡々と答える。
「ただ単に、暇つぶしになるかなと思って受けただけ」
その返答に一色は満足したのかうんうん、と大きく何度も首を縦に振った。
「なに」
「いやいや、君らしい回答だなと思ったのさ!」
「だから言ったでしょ、深い意味はないって」
「じゃあせっかくだからもう少し聞こうかな」
___何故、"相手"は君を選んだんだろうね?
一色の問いに尾崎は表情を変えず、しばらく考え込んだ後口を開いた。
「私が、一番強いから」
ーーそれだけ。
そう告げると、尾崎は自室へ戻っていった。
残された一色は、再び茶を口に含むと独り言のように呟く。
「……わざわざ君に挑むなんて無謀なこと、普通ならしないけどね」
挿絵はトレスしました