遠月茶寮料理學園を卒業後すぐにフランスへ飛び立ち、自身の腕を磨き続けた彼に憧れ、凛も幼い頃から厨房へ立ち、今がある。
尾崎誠二は語る。
ーー極星寮。
共同リビングで、誠二は実の娘である凛をじっと見つめていた。
「……まずい」
そう一言言い、誠二は静かにフォークを置いた。
「どこが」
一時帰国し、極星寮に行くと連絡が来た時。今しかないと料理を食べさせることを決めた凛だったが、今こうして食べさせても、予想した答えしか返ってこなかった。
誠二は答えず、皿を見ていた。
「香りが強かった? それとも、ソースをもう少し——」
「お前、料理をする理由を見失ったか?」
凛の口が閉じた。
誠二は椅子の背に体を預け、"娘"を見る。
「さっきから、何を直そうとしてる」
「……それは」
「今の料理を、どう食べてほしかった?」
凛が出したのは、フランス料理のコースで定番の鴨肉のコンフィ。
シンプルだが、それ故仕込みや時間がかかる料理だ。
「ガキの頃のお前の方が美味く作れたんじゃないのか。……なんかあったのか」
「何もない。何もないけど」
「けど?」
「……少し自分でも分からないの。料理に"正解"がある事に気付いてから、自分の作りたいものがイマイチ見つけられない」
誠二は俯く凛に、ため息をついた。
幼い頃からずっと見てきた。料理に対する向き合い方も、その嗅覚も味覚も誰よりも信じているつもりだった。それは凛本人が自分を信じていたからだ。
それが久しぶりに会えば、見たこともない姿で自分に料理を出している。
誰かに影響されたか、はたまた腕が衰えたか。
元々誠二は遠月に通わせることを反対していた。それは遠月では実力が育たないと判断したからだ。それでも行きたいという本人の希望を汲んで通わせた。
(こりゃ、失敗だったかな)
誠二は雑に頭をかいた後、口を開く。
「もうすぐ合宿だったよな」
「うん」
「お前、このままじゃ退学だぞ」
凛は口を開きかけて、閉じた。何も言えなかった。
「鴨肉のコンフィは作るのに一日かかる。そんだけかけて出来たのがこれなのが、俺は信じられない。これは確かに美味いが、お前の料理ではないよな」
凛は目を見開いた。
何か言おうとした唇が、言葉を作れないまま閉じられる。
誠二は自分の作ったものを、真っ先に食べさせに来た娘を覚えている。
感想を待ちきれず、こちらの顔を覗き込んでいたことも。
凛の目を見る。
愛娘が信じる
「合宿が終わって生き残れたら、もう一度食わせてみろ。いいか、本能を見失うなよ」
◇
凛が部屋に戻ったあと、ふみ緒と2人きりになった誠二が向かい合って一息ついていた。
「あいつ、どうしちまったのか知ってるか?」
先に口を開いたのは誠二だった。よっぽど娘が気になるのか、久しぶりに帰ってきた極星寮には興味がないようだ。
「さあね。私に何でも話す子じゃないから」
ふみ緒は湯呑みを置き、凛が出ていった方へ目を向けた。
「ただ、最近は厨房にいる時間が長くなったね。その割に、出来たものを持ってこなくなったよ」
「……失敗ばっかしてんのか」
「さあ。それは本人に聞きな」
誠二は顔をしかめた。
聞いて素直に話すなら、苦労はしない。
「昔は、失敗したもんでも食わせに来たんだがな」
「誰に似たんだか、随分と負けず嫌いな顔をしてたよ」
ふみ緒が笑う。
誠二は答えず、残った茶を飲んだ。
「連れて帰るつもりかい?」
湯呑みを置く手が止まる。
「……このままなら、それも考える」
「本人が帰りたいと言ったのかい」
「言うわけねえだろ」
「じゃあ、あんたが帰らせたいんだね」
誠二はふみ緒を睨んだ。
ふみ緒は気にも留めず、茶を注ぎ足す。
「俺の厨房に置いときゃ、こんな顔はさせなかった」
「そうかもしれないね」
あっさり認められ、誠二は口を閉じた。
「でも、あの子はここへ来たかったんだろう?」
しばらく返事がなかった。
やがて誠二は、面倒そうに頭をかく。
「……来たがったよ。俺が何言っても聞かなかった」
「だったら、もう少し待ってやりな。合宿が終わったら、また食べる約束をしたんだろう」
誠二は、空になった皿を見る。
昔なら、食べ終わるまで隣を離れなかった。
今日は途中で、部屋へ戻ってしまった。
「……言いすぎたか」
「本人に聞けばいいじゃないか」
「さっきからそればっかだな」
「私に聞いたって、娘の返事は出てこないよ」
誠二は深く息を吐いた。
ふみ緒はその顔を眺め、少し笑った。
「あぁ、でも友達はできたよ」
「……あいつに?」
「失礼な父親だね。あの子を訪ねてくるのもいるし、一緒に帰ってくるのもいる」
誠二が顔を上げた。
「どんな奴だ」
「気になるなら、今度はもう少しゆっくりしていきな」
誠二は腕時計を見た。
それから、ふみ緒へ湯呑みを差し出す。
「……もう一杯、もらえるか」
ふみ緒は何も言わず、急須を取った。