天才は夢を見ない   作:小池蒼司

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6.尾崎誠二with天才

 

 

尾崎誠二(おざきせいじ)、フランスで日本人初の三ツ星を獲得した有名シェフであり、ーー尾崎凛の父親である。

 

遠月茶寮料理學園を卒業後すぐにフランスへ飛び立ち、自身の腕を磨き続けた彼に憧れ、凛も幼い頃から厨房へ立ち、今がある。

 

尾崎誠二は語る。凛(むすめ)の才能は遺伝じゃない、努力でも才能でもない。"本能"だと。

 

 

ーー極星寮。

 

共同リビングで、誠二は実の娘である凛をじっと見つめていた。

 

「……まずい」

 

そう一言言い、誠二は静かにフォークを置いた。

 

「どこが」

 

一時帰国し、極星寮に行くと連絡が来た時。今しかないと料理を食べさせることを決めた凛だったが、今こうして食べさせても、予想した答えしか返ってこなかった。

 

 

誠二は答えず、皿を見ていた。

 

「香りが強かった? それとも、ソースをもう少し——」

「お前、料理をする理由を見失ったか?」

 

凛の口が閉じた。

誠二は椅子の背に体を預け、"娘"を見る。

 

「さっきから、何を直そうとしてる」

「……それは」

「今の料理を、どう食べてほしかった?」

 

凛が出したのは、フランス料理のコースで定番の鴨肉のコンフィ。

シンプルだが、それ故仕込みや時間がかかる料理だ。

 

「ガキの頃のお前の方が美味く作れたんじゃないのか。……なんかあったのか」

「何もない。何もないけど」

「けど?」

「……少し自分でも分からないの。料理に"正解"がある事に気付いてから、自分の作りたいものがイマイチ見つけられない」

 

誠二は俯く凛に、ため息をついた。

幼い頃からずっと見てきた。料理に対する向き合い方も、その嗅覚も味覚も誰よりも信じているつもりだった。それは凛本人が自分を信じていたからだ。

 

それが久しぶりに会えば、見たこともない姿で自分に料理を出している。

誰かに影響されたか、はたまた腕が衰えたか。

 

元々誠二は遠月に通わせることを反対していた。それは遠月では実力が育たないと判断したからだ。それでも行きたいという本人の希望を汲んで通わせた。

 

(こりゃ、失敗だったかな)

 

誠二は雑に頭をかいた後、口を開く。

 

「もうすぐ合宿だったよな」

「うん」

「お前、このままじゃ退学だぞ」

 

凛は口を開きかけて、閉じた。何も言えなかった。

 

「鴨肉のコンフィは作るのに一日かかる。そんだけかけて出来たのがこれなのが、俺は信じられない。これは確かに美味いが、お前の料理ではないよな」

 

凛は目を見開いた。

何か言おうとした唇が、言葉を作れないまま閉じられる。

 

誠二は自分の作ったものを、真っ先に食べさせに来た娘を覚えている。

感想を待ちきれず、こちらの顔を覗き込んでいたことも。

 

凛の目を見る。

愛娘が信じる自分自身(尾崎凛)を、まだ信じていたかった。

 

「合宿が終わって生き残れたら、もう一度食わせてみろ。いいか、本能を見失うなよ」

 

 

 

◇

 

 

凛が部屋に戻ったあと、ふみ緒と2人きりになった誠二が向かい合って一息ついていた。

 

「あいつ、どうしちまったのか知ってるか?」

 

先に口を開いたのは誠二だった。よっぽど娘が気になるのか、久しぶりに帰ってきた極星寮には興味がないようだ。

 

「さあね。私に何でも話す子じゃないから」

 

ふみ緒は湯呑みを置き、凛が出ていった方へ目を向けた。

 

「ただ、最近は厨房にいる時間が長くなったね。その割に、出来たものを持ってこなくなったよ」

「……失敗ばっかしてんのか」

「さあ。それは本人に聞きな」

 

誠二は顔をしかめた。

聞いて素直に話すなら、苦労はしない。

 

「昔は、失敗したもんでも食わせに来たんだがな」

「誰に似たんだか、随分と負けず嫌いな顔をしてたよ」

 

ふみ緒が笑う。

誠二は答えず、残った茶を飲んだ。

 

「連れて帰るつもりかい?」

 

湯呑みを置く手が止まる。

 

「……このままなら、それも考える」

「本人が帰りたいと言ったのかい」

「言うわけねえだろ」

「じゃあ、あんたが帰らせたいんだね」

 

誠二はふみ緒を睨んだ。

ふみ緒は気にも留めず、茶を注ぎ足す。

 

「俺の厨房に置いときゃ、こんな顔はさせなかった」

「そうかもしれないね」

 

あっさり認められ、誠二は口を閉じた。

 

「でも、あの子はここへ来たかったんだろう?」

 

しばらく返事がなかった。

やがて誠二は、面倒そうに頭をかく。

 

「……来たがったよ。俺が何言っても聞かなかった」

「だったら、もう少し待ってやりな。合宿が終わったら、また食べる約束をしたんだろう」

 

誠二は、空になった皿を見る。

 

昔なら、食べ終わるまで隣を離れなかった。

今日は途中で、部屋へ戻ってしまった。

 

「……言いすぎたか」

「本人に聞けばいいじゃないか」

「さっきからそればっかだな」

「私に聞いたって、娘の返事は出てこないよ」

 

誠二は深く息を吐いた。

 

ふみ緒はその顔を眺め、少し笑った。

 

「あぁ、でも友達はできたよ」

「……あいつに?」

「失礼な父親だね。あの子を訪ねてくるのもいるし、一緒に帰ってくるのもいる」

 

誠二が顔を上げた。

 

「どんな奴だ」

「気になるなら、今度はもう少しゆっくりしていきな」

 

誠二は腕時計を見た。

それから、ふみ緒へ湯呑みを差し出す。

 

「……もう一杯、もらえるか」

 

ふみ緒は何も言わず、急須を取った。

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