居心地が悪い。
そりゃあもう、これ以上ないくらいにだ。針の筵、俺の現状は全てこの一言に全て集約されるね。俺の場合、視線という名の形無き針で、一切合切の容赦なくグサグサと、千人針よろしく刺されまくっているんだが、いやはや、我ながらこれ以上ないほどに的確な表現だね。
さて、なぜ俺がそれだけの視線を集めているのか、疑問に思う方も多いだろう。不愉快な憶測が色々と飛び回るだろうから先に言っておくが、俺は極めて一般的で善良な一市民であり、世間から後ろ指を指されるような事は全く、それこそ御天道様に誓っても良いくらい……いや、まあ、うん、とにかくそんな大したことはやっていないはずだ。もちろん入学式で盛大な騒動を巻き起こしたり、いきなり奇行に走ったりなどといった、オモシロトラブルを引き起こしたわけでもない。では、なぜか?
簡単だ。
ここが
その価値を確固足るものとしたのが、かの名高き『白騎士事件』だ。
その事件は、ISの発表から一ヶ月が過ぎたある日、二千を越えるミサイルが、世界各国から日本に向けて発射された事に端を発する。世界中のどこを見ても、ハッキングされた大量のミサイルをどうにかできる組織はおらず、日本国民はパニックに陥った。
そして、
後に呼ばれる名の通り、子供が憧れる中世の騎士のような姿をした彼女は、過半数、つまりは千を越えるミサイルを
ミサイルに難なく追いつき、自由に空を駆ける機動力。鋼と爆発物の塊を容易に切断し、その爆発に耐え得る格闘能力と堅牢な装甲。大質量の物質をも自由に構成・収納のできる、後に
そしてなにより、
『ISを倒せるのはISだけである』という科学者の言葉、そしてその事実と共に。
と、ここで話が終わるのなら「ISは兵器。凄い、強い、かっこいい、まる」で済む話なのだが、なんとこのポンコツ、とんでもない欠陥があったのだ。
兵器として……いや、そもそもの目的であったはずの、宇宙進出用のマルチフォーム・スーツとして見ても、あり得ないほど重大極まりない欠陥である。
それらを押して尚、世界の国々が求め、研究し、日々発展に力を入れている辺り、ISの一種理不尽とも言える、常識外れな性能を物語っている。
それはさておき。
ISが女性にしか使えないという事は、わかってもらえたと思う。
然らば、IS学園が女子校である理由も、まあなんとなくはわかってもらえたことと思う。
ISについて、実機を用いた実習を交えて学ぶことになるこの学校、女子校になるのは当然の帰結と言える。
そう、
唐突だが、一人称が『俺』である女子高生がどのくらいいるだろうか? いや、皆まで言わなくていい、何と言うかはだいたい想像がついている、ズバリ『俺はいっぱい知ってるぜ!』だろう? オーケー、わかってるさ、予想通りだ。だがここで一つ条件を加えさせてもらう、二次元は禁止だ。
というわけで、よほど勘違いした痛いヤツか、およそ14歳の頃に罹る例のアレを継続させている罹患者か、(俺は見たことないが)この煩雑とした情報社会で性差や世間の目を気にしない
とまあ、回りくどく二千字程並べた訳だが、いいかげんすっぱりと一言で言うべきだろう。
俺こと
本日、めでたくIS学園に入学、一年一組の一員となりました。
(めでたしめでたし……はぁ)
なんて、現実逃避でもしなけりゃやってられない。
「で……ぎの…た、…り……く…」
いやね、気持ちはわかるよ? 俺だって漫画を描ける猿だとか、小説家の猫だとかみたいな珍獣がそばにいたら、そりゃあ見るさ、注目するさ。
「ぉ……ら…ん?」
だから、俺が
「…の、おり…ら…ん?」
ああくそ、クラスメイト達のざわめき声が、気を遣って声を潜めているから余計に、陰口なんじゃないかと俺の不安を掻き立てている! 被害妄想なのはわかっているんだが、それでもそのひそひそ声は間違いなく居心地の悪さを助長し
「織斑君!」
「ふぁいっ!?」(裏声)
静寂。
思考。
赤面。
撃沈。
ああ、俺ってやつぁ……。
「あ、あの、織斑君……その、あれです、可愛い声でしたよ?」
山田先生、それは慰めじゃありません、トドメです。
哀れな俺に、心優しい
「さっさと起きんか馬鹿者!」
「げふぅ」
クリティカルヒット、ジャヴェールさんは呼んでないのでお帰りください。
奇襲ボーナスで初撃限定だが火力倍増、
「しめて24倍のバ火力です。撃破されました」
ステータス鑑みると、元値も半端じゃないからひとたまりもありゃしませんね。がくり。
「ほう、まだ頭を上げる気がないか」
「すみません起きました可及的速やかに自己紹介しますからその振り上げた出席簿を収めてくださいお姉様」
ワンブレス。
これ幸いと乗っからせてもらったが、やや本気に近い怒気を感じたので、即座に立ち上がり腰を90°曲げて全力謝罪。これで足りないようなら土下座も辞さない。
そこ、情けないとか言わない、幼い頃から植え付けられてきた家庭内ヒエラルキーなんて、そうそう変えられるものじゃないんだから。実際問題、ほとんどあらゆる面で向こうの方が
というかそもそも、単純に出席簿クラッシュが痛すぎてムリ。あれ食らうくらいならプライドなんて安いモノですよ、音は普通なのに手首のスナップ効きすぎて内部に響く響く。24倍って言ったけど、普通の成人女性がやるソレに比べたら本当にそのくらいありそうで困る。主に三年間に渡る俺の頭部の安全的な意味で困る。
「学校では『織斑先生』だ、馬鹿者」
わかりましたから、せっかく下ろした出席簿を握る手にさりげなく力を入れるのやめて下さい、死んでしまいます、頭部が。
「と、そんなわけで世界最強の『織斑先生』お姉様を姉に持つ、お茶目な男子高校生、織斑一夏だ。どれくらいお茶目かと言うと、何となくでIS動かして大騒ぎになったり、後で出席簿確定なのにウケを狙いに行ったりする程度だと覚えておいてくれ、よろしく」
「良い度胸だ、その度胸に免じて手加減無しでやってやろう」
親しみを持ってもらえるような自己紹介を目指したんだけど……やっぱダメ?
視線でお伺いを立てる、出席簿が無言のまま立てられた……デスヨネー、一夏知ってた、てへぺろ。
ドゴン。
さっきまでとは別の意味で静かになった教室に、ぐぬぬと呻く馬鹿が一人。というか俺だった。馬鹿だった。反省はしているが後悔はしていない。次はもっと上手くやろう、と触り心地の良い机に誓った。
「ーーです。よろしくお願いします」
微妙な空気の中、果敢にも自己紹介を敢行した(させられた、とも言う)後ろの席の生徒が着席する音が聞こえた。ふはぁあああ〜と、やけに長い溜め息を吐き出す音と共に、背中にジトっとした恨めしげな視線が向けられるのを感じる、が、ごめん。頭抱えて痛みに悶えるので忙しくて、君の名前すら聞いてなかった。マジイテェデスヨコレ。
外界に気を回すくらいの余裕が出てきたからか、ふと、左からそわそわとした気配を感じた。あ、駄目だ痛い、ずいぶん引いてきたはずなのに動こうとすると死ねる。何これ? 一体全体、何をどうやったらこんなに痛みだけに特化した打撃できんの?
せめてにも、と視線だけを向け、腕の位置を微調整し、え? ちょ、なんで腕動かしても痛いの? これもしかして痛いだけじゃなかったりするの? ちょっと危ない状態だったりする!?
自分の健康に一抹の不安を覚えながら、腕と机の隙間からチラリと左を覗き見る。小動物がいた。
目まぐるしく表情を変えながら『頭痛そう、大丈夫かな? 撫で撫でしたら痛いの痛いの飛んでくかな? あ、でも不用意に触ったらもっと痛がらせちゃうかな? もしかして冷やした方がいいのかな? ああでもやっぱり……うー、どうしようどうしよう』と、俺を眼鏡越しにガン見しながら、意味もなく手をわたわたさせる姿は、正に小動物。
ーーーいやね、うん。どのみちその小さな身体じゃ俺の席まで手が届かないだろ、とか、そもそも今自己紹介の途中だから、とか色々とツッコミ所はあるんだが。
とにかく可愛くて癒やされます、ハイ。なんかもう俺だけに留まらず、教室全体がほっこりしてます。千冬姉からも、非常に身に覚えのあるうっとりした雰囲気を感じる。千冬姉の苛烈な経歴を知っている、ファンやIS関係者には意外かも知れないが、あれで小動物や小さな子供みたいな可愛い生き物には滅法弱いからなぁ。
やけに浮ついた空気のまま、どこかぽわぽわとした気の抜けた自己紹介が続き、バトンは件の小動物へ。
最後にチラリと俺を一瞥した彼女は、小さく深呼吸をし、『頑張るぞ〜!』と小さく気合いを入れ、キリッと顏を引き締めた。もちろん、教室内にいる他の人間の顏は、その可愛らしい挙動に軒並み緩んだ。
座っていると足が床に着かない彼女は、『えいっ』と少し勢いを付けて席から飛び降り、着地の衝撃でずれたのか、明らかにサイズの大きいメガネをわたわたとかけ直し、くるりとターン、教室を見渡すような形。教室内の静かな熱気が、更に増した。
「僕の名前は
小 動 物 系 ロ リ メ ガ ネ 僕 っ 娘 キ タァ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア ア! そんな声無き心の叫びが聞こえてきそうな、よくわからない気迫のようなものが、教室中から発せられた。
「しゅ、趣味は読書と調合だ。お前らと馴れ合う気はない、極力話しかけてくるにゃ!」
噛んだ。やけに可愛らしく噛んだ。涙目ながら一応保っていた『僕はクールな一匹狼なんだぞ! がおー(きりっ)』的な表情(ひらがなのあたり察してくれ)が、見る見るうちに真っ赤に染まり、手間取りながら席に着くや否や、頭を抱えるようにうずくまった。
瞬間、爆音。上手く聞き取れないが、どうやらそれぞれが熱く滾る思いの丈を叫んでいるらしい。……おい誰だ、レンたん萌え〜! とか叫んでる奴。ちょっと待て、prprしたいとかレンたんハァハァ言ってた奴後で校舎裏来い、修正してやる。頼むから待ってくれ千冬姉、ガチでお持ち帰りの計画立てんじゃねえ、しかも世話をほぼ全部俺に押し付ける予定を組むな、どういう了見だ。ええいツッコミきれん!
一方、騒動の中心である(はずなのだが、完全に置いてけぼりにされている)工藤は、唐突な爆音に『!? !?』と混乱し、頭を抱えたままぷるぷると震えている。可愛い、癒される。この場で唯一の清涼剤だね、うん。
遠い目。俺には現実逃避しながら嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。
結局、この騒ぎは一限のLHR終了まで終わることがなかった。
とまあこんな感じで進んでいきます。