4+1=5等分の花嫁 作:四つ葉のクローバー
「……五月じゃないな。お前誰だ? なんで俺の名前を知ってるんだ?」
ボクが昨日話した五月とは違う人物である事に気が付いたのだろう。上杉さんは尤もな質問をボクに投げかけてきた。なのでその疑問を解消するべく、上杉さんの答案用紙を見せた。見せたのだが、上杉さんの反応はあまり芳しくない。
「……0点?」
上杉さんがぽつりと困惑した声音で呟いた。てっきり「俺の答案用紙?」とか言うのかと思ったのだが、口にしたのは「0点」という言葉。不思議に思って、上杉さんに見せた紙を見てみるとそこには赤く書かれた0という数字が見て取れた。赤い丸が幾つもあるのに0点という摩訶不思議な答案用紙。しかも、点数の横に書かれた名前の欄は空白……
あ、これボクのだ。
転校初日にしていきなり行われた英語の小テスト。名前を書き忘れる、解答欄をずらす、単語で答える所を記号で答えるというトリプルコンボをしたが為に0点という点数を与えられ、パーカーの左ポケットに突っ込んでおいたはずのボクのテストの結果である。
上杉さんのテストを入れたポケットは右側。そして、今しがた取り出したのはポケットの左側からだ。
「えへへへ、私のと間違えちゃいました。という事でこっちが上杉さんが落としたテストですね。ついさっき落としたので持って来てあげました。感謝してくれてもいいですよ!」
今度こそ、きちんと上杉さんのテストを取り出して、
「……どうして0点のテストまで俺の手元にあるんだ?」
「そんなの名前を書き忘れて0点なんていう恥ずかしいテストを持ちたくないからに決まってるじゃないですか。なのでそのテストは差し上げます。それでは!」
上杉さんからの反撃が来る前にボクはその場から退散した。後ろの方で上杉さんのボクを呼び止める声が聞こえるが、きっと気のせいだろう。お願いだから気のせいであってくれ。
人が集まる食堂で「なんで俺がお前の0点のテストなんて持ってなきゃいけないんだ! 0点のテストなんていらねぇ!」などという「0点」という恥ずかしい台詞を連発しているのはボクの幻聴のはずだ。
100点しか取った事のない上杉さんの口から「0点」なんていう単語が聞こえたせいか、周りの人達もざわついている。その場で上杉さんの言葉に反応してみろ。転校初日で0点という驚異的な数字を叩き出したとして、ボクは一躍有名になれるだろう。そんな有名など要らない。
てか、上杉さんと話していたせいで昼休みの終わりが迫って来ている。まだボクは昼食を食べ終わっていないのでさっさと食べなければ。
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その日の放課後。いつも通り5人で帰宅中の出来事。さっきからずっと物凄い視線を感じる。ちらりと振り返ってみると、そこには顔出しパネルに顔を填めている怪しい男がいた。誰あろう、上杉さんである。
まぁ、知ってたとしか言い様が無い。原作知識を持っている身としては、視線の正体に当たりは付けていたので大して驚く事もない。だが、上杉さんの周りからの視線がヤバい。
傍目から見れば、友達とかと撮るであろうパネルにたった1人で顔を填めて、しかもずっとボク達5人の方を見る超怪しい男でしかない。今までよく通報されなかったなと感心してしまうぐらいには怪し過ぎる。
……しょうがない。ここはボクが動いてあげよう。これから家庭教師になる人がストーカーだと噂されてもこっちが嫌だし。
「ごめん! ちょっと学校に忘れ物しちゃったから学校に行ってくる! 先に行ってていいから!」
姉妹たちからそう言って離れた。常日頃からうっかり製造機として名を馳せているおかげか、大して怪しまれる事も無く、「あぁ、またか」的な目を頂戴してながら離れる事に成功した。
何故だろうか。上手に離れる事が出来たというのに、あんまり嬉しくないのは。まぁ、ともかくとして、姉妹たちから離れる事に成功したので上杉の元に向かう。片手にスマホを持ち、カメラのアプリを起動しながら。
上杉さんも自分に向かって来ているボクに気が付いたのだろう。ボクが上杉さんに近付くと上杉さんは口を開いて、話しかけた。
「お前は0点のやつか。今はお前に構ってる暇はないんだ。どっか行ってくれ」
ボクは上杉さんに「0点のやつ」と覚えられているらしい。0点のテストを渡してあげたのにボクの名前を見ようとは思わなかったらしい。いや、そういえばボクのテストは名前を書き忘れて0点になったのだった。上杉さんがボクの名前を知らないのは当たり前の事だったのだ。
それでも「0点のやつ」とかいうのは酷過ぎる気がするのだが。
失礼な覚え方をしている上杉さんには罰をあげようと思う。カメラを起動しておいたスマホを上杉さんに向ける。ボクがこれからやろうとしている事は明白だろう。
「お前、まさか──」
ボクが何をしようとしているのか察した上杉さんは声を上げる。だが、そんな事は知らんとばかりに上杉さんの言葉を遮るようにしてお決まりの台詞を吐いた。
「上杉さ~ん! はいチーズ」
上杉さんの返答を聞くまでもなく、ボクは看板に顔を填めている上杉さんの写真を撮った。大仏のパネルから顔を出している上杉さんの写真は思いのほか、上手く撮る事に成功していた。これから上杉さんの妹であるらいはちゃんと知り合えた時には、この写真をプレゼントするのはアリかもしれない。
「お前! そんな写真さっさと消せ!」
パネルから顔を外した上杉さんがボクの元まで駆け寄って来て、写真を消すべくボクのスマホを取り上げようとしてくる。勿論、そんな貴重な写真を消去されるのは何としてでも避けたいので必死に抵抗する。
「いいから寄こせ!」
「いやでーすー!」
「そんな写真消してやるから、さっさと寄越せ!」
「嫌ですよ! こんな面白い……良い写真消すなんて勿体ないじゃないですか!」
ボクの手首を掴んでスマホを取り上げようとする上杉さんと必死に抵抗するボク。傍目から見れば、「痴話喧嘩を起こしているカップル」とか「スマホを取り上げようとしているストーカー男とそれに抵抗するボク」という色々と邪推出来てしまう光景だ。ボクと上杉さんの周りにいた人から注目を集めるのは当然の事だったのだ。
そんな周りの状況に気が付いたのだろう。上杉さんは慌ててボクから手を離した。そこではっと何かを思い出したように顔を上げて、辺りを見回す。何度か辺りを見回しても、目的となるものは見つからなかったのだろう。明らかに気落ちした顔を浮かべた上杉さんは何かに思い至ったのか、顔面蒼白となった。
血が流れていないのかと本気で思ってしまうぐらいには上杉さんの顔は白く、生気を感じられない。
そこまであの写真が嫌だったのだろうか。もしそうならば、上杉さんには本当に申し訳ない事をしてしまったのかもしれない。
「上杉さん、あの……」
ボクが声を掛けようとしたのと同時に上杉さんは膝から崩れ落ちた。そして、何かぶつぶつと呟き始めた。その呟きの声があまりに小さすぎたので耳を少しだけ上杉さんに寄せてみた結果、上杉さんが何を思って蒼白になっていたのかが分かった。
こちらがそんな上杉さんの呟き。
「……五月、家庭教師、クビ、給料、借金、らいは……」
あぁ、そういう事か。ボクと話していたが為に五月の事を見失い、謝るタイミングを見失ったと。このままでは五月から嫌われて、家庭教師のバイトがクビに繋がるのではないかと危惧している訳だ、そう考えると上杉さんには大変申し訳ない事をしてしまったような気がする。まぁ、謝るタイミングを探るとはいえ、女子高生をストーキングするという答えに辿り着いてしまったのは、中々に中々だが。
ここは何て言えば良いのだろうか。だが、とりあえず今はこの場を早く退散したい。上杉さんは家庭教師のバイトの事で頭が一杯で忘れている様子だが、ボク達が今いるのは人が多く行き交う路上である。何なら、時間帯的に帰宅する人や夕食の買い出しに行ったりする人が多い為に人通りも多い。そんな場所で上杉さんが崩れ落ちているのだ。嫌でも注目を集めてしまう。
要するに、めちゃくちゃ恥ずかしい。
ここは上杉さんに希望を見出させて、立ち直らせる方が先決だろう。
「あのぉ、五月とは繋がりがあるので私の方から何か言っておきましょうか?」
「本当か!?」
まぁ、姉妹だし、繋がりしかないのだけれど。だが、そんな言葉でも多少は上杉さんに活力を与える事に成功したらしい。地面を眺めていた顔を持ち上げて、確認の言葉を吐いた。しかも、かなり大きめの声量で。そのせいで更に注目が集まってしまった。立ち直らせる事には成功したし、これで少しは周りに気を回す余裕は出来たと思ったのだが、その瞳はボクの方にしか向けて来ない。
本当にお願いだから、周りを見てくれ。
「……本当なので、その、あの、とりあえずここから移動しませんか? その、恥ずかしいんですけど!」
この鈍い男が自力で気付く事は諦め、ボクから言う事にした。恥ずかしさが限界突破してしまったので言葉が強くなってしまったが、それぐらいは許して欲しい。だが、その強調された言葉が功を為したようで漸く上杉さんは周りの状況に気付いてくれたようで若干その頬を赤く染めていた。
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「はぁっ!?!?!? 五つ子!?」
ボク達が住むマンションへと向かう道すがら、上杉さんには本当の事を言ってあげた。ついでにボク達姉妹の名前も教えてあげた。そしたら、顎が外れるのではないかというぐらいには口を大きく開いていた。だが、驚きながらも納得の表情を浮かべていた。
「道理で給料が相場の5倍って事になってるのか。親父には後で文句言ってやる」
脳裏で自分の父親の事を思い浮かべたのだろう。通常時の5割増しぐらいの顰めっ面を披露してくれた。原作知識を持っているボクの頭では文句を言う上杉さんと文句のらりくらりと躱す上杉さんのお父さんと騒がしい2人を注意するらいはちゃんという光景が普通に浮かび上がってきた。
そんなボクを他所に上杉さんの顔に冷や汗の滝が流れ始めた。顔面蒼白になったり、顰めっ面になったり、冷や汗を流したり、上杉さんの色々な顔を物理的に見る事が出来た。なんて思っていると、上杉さんに思いっきり肩を掴まれた。
「……そういえば、お前ら5人の学力ってどうなんだ? 流石に5人全員がお前みたいに0点連発って訳じゃないよな? な?」
そうであってくれと言わんばかりにボクの方を見つめてくる上杉さん。肩を掴んでいるだけあって、物凄い至近距離で見つめられるのだ。なんというか照れる。
そして、本当に申し訳ないんですけど、姉妹全員が阿呆です。ボクみたいに0点を量産したりしないのだが、赤点を取らなかったという方が少ないぐらいには馬鹿です。
だが、それを馬鹿正直に伝えていいものか。
「えぇと、あのぉ、そのぉ、大丈夫ですよ………………多分」
なんて伝えるべきか迷いに迷った挙句、なんとか捻り出したのが「大丈夫ですよ」という当たり障りのない答えだった。「多分」という言葉を付け加えておいたから大丈夫じゃないとしても、嘘にはならないだろう。いやぁ、多分っていう言葉は便利だよね、本当に。
ボクの嘘に騙されてくれたのか、上杉さんは肩から手を離してくれた。そして、項垂れた。
「あぁ、分かったよ。お前は嘘が下手って事が良く分かったよ。はぁ……」
どうやら、ボクの完璧な嘘がバレてしまったらしい。これから起こるであろう数多の苦難を察したのか、口かあ大きな溜め息を吐き出した。そんな上杉さんには哀愁が漂いに漂いまくっており、あまりに可哀想過ぎた。だから、何かを言ってあげようと思う。
「ため息を吐くと幸せが逃げるらしいですよ」
そう言うと頭に上杉さんの頭がセットされると同時に選んだ言葉が大間違いだった事に気が付いた。
そして、思いっきり力を込められた。
「誰のせいで幸せが逃げてると思ってんだ、あぁ?」
これが噂に聞くアイアンクローというやつか!
「ちょっ、上杉さん! い、痛いです! 暴力反対! お父さんに訴えますよ!」
なんていう阿呆みたいな会話をしていると、いつの間にかボク達が住むマンションに到着した。
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「今日から君達の家庭教師になった上杉風太郎です。これから楽しく勉強を……」
上杉さんは言葉を途中でやめて、リビングを見渡した。そして、叫んだ。
「何故だ…… 何故、お前しかいないんだぁぁああああ!?」
そして、いるのがボクだけという事実を再確認して、膝から崩れ落ち、頭を抱えた。なんというか、ボク達姉妹が本当にごめんなさいとしか言えない。
色々とあったが、上杉さんの家庭教師生活はこうして幕を開けた。前途多難というか、荊の道というか、散々な始まりだが。