幻の名馬がんばる   作:テンジク

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契約

坂本トレーナーと私は、昼食を食べ終えて彼のトレーナー室へと赴いていた。

当然、これまでのすべてを説明するためである。

 

「・・・・・・その、たづなさん。」

「はい?」

 

その道中、トレーナーさんがふと立ち止まり、口を開いた。

 

「その、本当なんですか?先程の・・・・・・」

「あぁ。そうですね・・・・・・」

 

と、私は辺りを見渡し、周りに人が居ないことを確認した。あまり見せたくないものを見せるためだ。

 

「これで、信じてくれますか?」

 

そう言って、私は自分の帽子を脱ぎ頭を見せた。

 

「・・・・・・!」

 

正確には、その頭に生えているウマ耳をだが。

 

「たづなさんが・・・・・・ウマ娘・・・・・・」

「ごめんなさい、今まで隠していて。いつか言おう言おうと思いながら、ずっと黙っていました。」

「いえ、これで合点がいきました。昨日見た走り、なにかに似ていると思っていたんです。結構前の事ですが・・・・・・門限を過ぎたタイキシャトルを捕まえてきたことがありましたよね。あのときのフォームと一緒だったんだ。」

「はい。」

「しかし、何故明かす気になったんですか?今までずっと隠していた訳ですよね?たづなさんがウマ娘、っていうのは教師間では噂すら聞いたことがありません。」

「それは・・・・・・」

 

言い淀む。それはつまり、私が何者であるかを話すことになるからだ。今までずっと正体を隠し、駿川たづなとして生きてきた。それをどう説明しよう?

 

「あぁ、すいません。話したくない事なら無理に話さなくてもいいんです。僕にとっては、そのことを話してくれたこと自体がとても嬉しいんです。だから、もうちょっと落ち着いてからでも────」

「いえ、話します。・・・・・・けど、歩きながらする話でも無いですし、どこから説明したものかと・・・・・・」

「あぁ。」

 

そして。

 

「どうぞ、粗茶ですが・・・・・・」

「いえ、ありがとうございます。」

 

トレーナー室で、私とトレーナーさんは長机を跨いで対面に座った。

よくお邪魔しているトレーナー室ではあるが、訪れる度に驚かされる。

何せ、部屋の奥に置かれた執務机と、長机、椅子。大きめの棚に並べられたトロフィー。それだけしか置かれていないからだ。普通であれば、色々な私物や書類が置かれているものだが・・・・・・っと。今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「それで、ですね。私のことを説明する・・・・・・前に、改めて自己紹介をしてもいいですか?」

「えっ?でも、ウマ娘としての名前は、」

「すみません、偽名です。私、人としての名を駿川たづな。ウマ娘としての名を・・・・・・、トキノミノルと申します。」

「・・・・・・えっ」

 

トレーナーさんの動きが固まる。

 

「えっ、ええぇ!?トキノミノル!?トキノミノルって、・・・・・・トキノミノル!?あの!?」

「はい。」

「嘘ぉ!トキノミノルって言ったら幻のウマ娘ですよ!出るレース全て勝って、そのうち7つはレコード勝ち!別名『パーフェクトウマ娘』!ダービー、当時の東京優駿を勝って、そのあと電撃引退をした、あの!・・・・・・同名の別人とか」

「いえ、そのウマ娘であっています。私はトキノミノル、10戦で引退したウマ娘です。」

「うおおおおぉぉぉ・・・・・・えっとっ、待ってくださいね!」

 

そう言いながらトレーナーさんは執務机を漁り、サイン色紙を取り出した。

 

「ファンですっ!」

 

現役時代はよく聞いた言葉だが、改めて言われると少しむず痒く感じてしまう。・・・・・・けれど。

 

「はい、少々お待ち下さいね・・・・・・。・・・・・・どうぞ。」

「うわはああぁ・・・・・・生トキノミノルの生サイン!」

 

こう無邪気に喜ばれてしまうと、こちらも嬉しくなってしまう。・・・・・・おっと、いけない。喜んでいるトレーナーさんを眺めるのもいいが、本題を進めなければ。

 

「それで、ですね。その。昨日頂いたスカウトの件なんですが・・・・・・」

「受けて頂けるんですか!?」

 

興奮冷めやらぬ、という状態でトレーナーは聞いてくる。

 

「いえ、その・・・・・・。ご存知の通り、私は引退したウマ娘です。引退した原因になった怪我、病気については完治していて、問題なく走れるのですが・・・・・・トゥインクルシリーズにも、ドリームトロフィーリーグにも、参加権限はありません。私には、走る資格がありません。」

 

そうだ。私は既に引退しているウマ娘。レースに出たくても、そもそも出ることすらできない。そんな私がスカウトを受けるわけにはいかないのだ。

 

「ですから────」

「関係ありません!」

「────」

「良いですかたづなさん!私は昨日、確かに聞きました!貴女の叫びを!大きな場で勝ちたい!声援を浴びたい!あの時得られなかった頂点に立ちたい!口惜しい!そういう魂の叫びを!」

「あっ・・・・・・」

「つまりたづなさん!貴女は自分の終わりがあそこじゃないと思ってらっしゃるんでしょう!そりゃそうだ、あんな終わりを認められるウマ娘なんていない!頂点、素晴らしい!立とうじゃありませんか!トゥインクルに出られないからなんです!そんなものは作ればいい!たづなさん!僕らで作りましょう!レースを!」

「えっ」

「そうなったら忙しくなるぞっ、新しいレースを作るだなんて大役を、まさか任されようとは!一緒に頑張りましょう、たづなさん!」

「いっ、いえ、そのっ」

「どうしたんですか、・・・・・・あっ、もしかして何か不安なことが!?いや、確かにそうです。引退してから長いわけですし、勝負勘なんかも取り戻さないといけませんね!大丈夫任せてください、併走なら良い場所があるんです!隠れ家的な場所でね、あそこなら最低限の人数にしか正体を明かさずに────」

「あっ、あの!そうではなくて・・・・・・良いんですか?」

「・・・・・・?何がです?」

「あの、ですから、私は引退したウマ娘で、普通のレースは走れなくてっ、だから────」

「何も問題ありませんッ!」

「っ・・・・・・」

「もう一度言いましょうたづなさん。僕は昨日聞いたんです。『もっと走りたい』『もっと勝ちたい』『満足できない』、そんな声を。貴女自身の声を。

貴女を支えたい。一緒に勝ちたい。なら、あと必要なのは走ることだけです。」

「そんな、私は・・・・・・」

 

「一緒に、夢をかけませんか!」

 

────悩むことなんて無かったんだ。

 

「・・・・・・えっ、たづなさん!?何故泣いてっ、あっ、ちょっと急ぎすぎましたか!?」

 

私は、走りたい。走って、勝ちたい。それだけで、トレーナーさんは十分だって。

 

「いえっ、いいえっ!嬉しいんです。こんなこと、認められるわけないってっ」

 

溢れ出てくる涙を袖で拭う。拭いきれない分が、ぽたぽたと零れ落ちる。

 

「走りたいですっ、私!レースに出たいです!ずっとずっと思っていてっ、でも私はもう終わったウマ娘だってっ」

「・・・・・・たづなさん・・・・・・」

「競技場で走る子たちを見ていて、羨ましく思ってしまう自分がいたんです!私も、まだ走りたいのにって!菊花賞にも天皇賞にも出たかった!イツセイちゃんとだって、もっと・・・・・・」

「・・・・・・走りましょう。もう我慢する必要なんて無いです。必ず、僕がトレーナーとして支えます。思いっきり走りましょう。」

「はい、はいっ・・・・・・!」

 

トレーナーさんに宥められながら、私は嬉しさを噛み締め続けていた。




たづなさんっ!!!ぬおおたづなさん!!!



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