「・・・・・・その、すみませんでした。」
日照りが斜めに向き始め、眠気を誘う昼頃。
私、トキノミノルは常日頃頭に被っている帽子を顔に被せ、赤くなっている顔を必死に取り繕っていた。
とても恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしい。大の大人が真っ昼間に泣きはらすだなんてっ・・・・・・
「そんなに気にしないでください、今までずっと抑えてきたものが溢れちゃっただけですから。」
そう言ってトレーナーさんは慰めてくれるが、それで羞恥心が消えるはずもなく。
それを出さないために机に突っ伏して帽子を頭に被せ、押さえつける。今の顔はたとえ理事長でも見られたくない・・・・・・
「それより、現状と今後の話をしましょう!気分転換にもなるはずです!」
「・・・・・・はい・・・・・・」
・・・・・・確かに、そうだ。書類での繋がりは作れるはずもないが、私はこの人とこれからを作って行くのだ。時間を無駄にはできない。
トレーナーさんはB5用紙を執務机から取り出し、長机へ広げた。
そして、その中央程に新しいレース、と大きく書きとめる。
「今の僕達にとって一番重要なことは、レースに出ることです。それも、出来るだけ大きなレースです。」
「はい。」
トレーナーさんは返す手で書いた文字の周りを丸で囲み、そこから線を一つずつ伸ばしていく。
「しかし、公式のレースに出場することは、今の制度上出来ません。トゥインクルシリーズは引退していますし、ドリームトロフィーリーグの参加も当時の事情を鑑みて、出来ないでしょう。」
トゥインクルシリーズと、ドリームトロフィーリーグ。トゥインクルシリーズは言わずもがな、この脚が一度壊れた時に引退届を提出していて、もう二度と出走出来ない。ドリームトロフィーリーグも、同じような理由で招待されていない。
トレーナーさんは手慣れた様子で紙にトゥインクル、ドリームと書き、その上にバッテンを付けていく。そして、縁近くに引退ウマ娘レース、と書きながら話を続けた。
「そして、引退したウマ娘が興すレースというだけだと、それ自体はあれど、大きな場は残念ながらありません。個人開催の小さなものが限度です。
となれば、新しいレースを作るしかない。たづなさんと、今を駆ける名ウマ娘達が、一堂に会するレースを。」
「・・・・・・はい。」
「さて、そうなると・・・・・・」
と、今まですらすらと書いていたトレーナーさんの手が止まる。そして、顎に手を当てて少しだけ考える様子を見せた。
「・・・・・・ふむ。」
時間にして10秒程だろうか、トレーナーさんは徐ろに席を立ち、私に笑顔を見せる。
「埒が空きませんね!では行きましょうたづなさん!」
・・・・・・?
「えっ、どこへ!?」
「理事長室です!」
「ええっ!?」
────────
「・・・・・・納得ッ!つまり、たづなの、トキノミノルの出走レースを作るのに協力してほしいということだな!」
「はい!」
「あれぇ・・・・・・」
数時間前、凄まじい剣幕で追い出されたはずの理事長室に、私はトレーナーさんと来ていた。私とトレーナーさんを見た秋川理事長は、それはそれはとても良い笑顔で私達を迎え入れ、こうして話が進んでいる。
「承諾ッ!君とたづなの駆ける姿を見るためならば、レースの場等いくらでも用意しようッ!」
「理事長っ・・・・・・!ありがとうございます!」
感動した、と言わんばかりに理事長とトレーナーさんはアツい握手を交わしている。
・・・・・・いけない、状況に置いていかれては。
「いけません理事長!そんなお金が何処にあるんですか!私のために、と言っていただけるのは嬉しいですが・・・・・・。少し前全室にクーラーを設置したばかりでしょう!」
「私の私財から出す!」
「身銭を切ればいいという話ではありません!第一そのクーラーだって自分のお金でしょう!」
「不屈ッ!いくらたづなの言うことでも、これは聞かんぞッ!たづなのレースのため、私は全財産をかける覚悟がある!」
「何故です!」
「単純ッ!君が私の夢だからだッ!」
「っ・・・・・・!」
「私の基本理念は、『すべてのウマ娘を幸せに!』だ!
この理念は、君の引退後の姿を見たことに端を発している。映像で輝かしく走っていた君が自らの脚に絶望し、自らの無力に絶望し、気力を全て無くした抜け殻のようになっていた。そんな君を見たことが始まりだ!
そんな君が、走りたいと言うんだ!レースにもう一度出たいと言うんだ!これで何もしなんだら、私は私で居られないッ!」
一世一代、と言わんばかりに理事長は叫んだ。その小さな体躯を目いっぱいに広げ、高らかに。私は、只々圧されるばかりだ。
・・・・・・確かに、理事長と出会った頃の私は酷いものだった。病が治りきらず、このまま死にゆくのだろうと絶望しきっていた。そんな私を掬い上げてくれたのが理事長、そして前理事長であるのだが・・・・・・。
しかし、今日という日は、色々なことが変わっていく。こんなにも想われていたなんて、私は露ほども知らなかった。
「私はな、たづな!君の走りを、レースという場の君をもう一度見たい!坂本トレーナーもそうだろう!?」
「ええ!僕だって、微力ながらお手伝いしますよ!
・・・・・・たづなさん。」
「・・・・・・はい。」
「貴女が思う以上に、貴女の走りは人を魅了しています。貴女の復活を心待ちにする人が、僕等以外にもきっといます。
作らせてください、貴女の活躍の場を!」
目を輝かせてトレーナーさんも言う。
理事長もうんうんと頷いていて、私の返事を待っているようだった。
「・・・・・・んん・・・・・・」
「たづな!」
「たづなさん!」
言葉に詰まる。
良くないことだ。
理事長のウマ娘浪費はいつものことだが・・・・・・今日は、目が違う。覚悟も違う、と仰っていたし・・・・・・生半なことでは引かないだろう。
トレーナーさんだってそうだ。キラキラとした眼をより一層強くして、私を見つめている。
・・・・・・そして、私だ。私自身が、これをとても嬉しく思っている。
私のために、レースを作ってくれようとしている。私が走る場所を作ろうとしてくれている。
それがすすめば────
「・・・・・・ううーん・・・・・・。はあ・・・・・・。分かりました。レースについて、お任せします。」
「おおっ、たづな!」
「トレーナーさんにもご迷惑をお掛けしますが・・・・・・」
「とんでもない!何でも言って下さい!これからトレーナーとしても、貴女に付くわけですからね!」
悪魔に、いや天使にだろうか。ともかく私は屈してしまった。
これが決定したからには、もう無様は見せられない。必ず全力の走りをし、理事長やトレーナーさんを喜ばせるんだ。そう決意した。
その後、身体測定等をしたいと申し出たトレーナーさんの話に承諾した。
理事長には半休にしてあることは変わらないので今日は体を休め、明日以降に備えるようにと言われ、その言葉に甘えることにした。
帰る道すがら、自らの担当ウマ娘さん達と話すトレーナーさんを見て微笑ましくなりながら、自車で久し振りに日が照る時間帯に自分の家へ帰った。
理事長が私財を投入してくださり、トレーナーさんにも全面的な協力を得た。必ず強くなって、現役の子たちと走ろう。走ることを選手として楽しむ、だなんて。何年ぶりだろうか。なんて、色々な思いを持ちながら、その日は眠りについた。
──────────────
一週間後の、放課後。
私とトレーナーさんは、現在使用されていないトレセン学園旧校舎のグラウンドに来ていた。
私がいつも走るときに着ているジャージを着て、準備運動を終えた頃、トレーナーさんに声をかけられる。
「ここ、いい場所でしょう。誰も使っていないからここなら練習し放題です!」
ええ、と答えながらトレーナーさんの方を見やる。
トレーナーさんもいつものスタイル、といった風で、紺色のジャージを着て、タブレットを携えている。
トレーナーさんの言葉に反応して眺めてみると、確かに、グラウンドの状態はとてもいい。長年使われていない、とは思えないほどにキレイで、ここなら変な怪我をすることも無いだろう。
見つかりずらく、開けた場所ならどこでも良いかと思っていたが、思いの外この場所は良い場所だ。
「早速、始めましょうか。」
私はストレッチをしながら言う。誰かに見られながら走るのなんていつぶりだろうか。アクシデントとしてトレーナーさんには既に見せているが・・・・・・。
「はい。このコースが一周1200mなので、今回はちょうど一周の1200mを走ってみましょう。」
「合図はどうしましょう?」
「僕の拍手で行きましょう。タイムも測っていきますので、全力、出し切っていきましょう!」
「勿論です!」
そして私は、かつて走った1200の感覚を思い出しながら、スタートラインに立った。
ここから、本当の私を、トキノミノルをトレーナーさんに解放できる。そう思うと、今にも心が跳ねるようだ。軽い体で一度、二度と跳ね、トレーナーさんの合図を待つ。
「準備は良いですかー!」
「いつでも!」
「それでは・・・・・・」
す、とトレーナーさんが手を構え、私は目を閉じる。
耳そばだてて、神経を研ぎ澄ます。感じていた風の音が消え、踏んでいた砂利の音が消え、心臓が鼓動する音だけになった頃・・・・・・
パシン、という乾いた音と共に私は駆け出した。
たづなさんっ・・・・・・!
ランキングに乗っているのを見まして。凄い、なんというか、すごく光栄です!頑張ります・・・・・・!