数年前
三門市に異世界との門が開き、そこからネイバーと呼ばれる存在が出現した。
「おい葵!急げ」
そう言い男の子は女の子の手を引っ張り必死に走る。
「でもお家が、ママとパパが!!」
女の子は泣きながら後ろを見ている。その視線の先には家ごと中にいた人を飲み込む白く巨大な四足歩行の怪物の姿があった。
男の子は女の子と遊ぶ約束をしていた。
今日こそはチャンバラで勝ってやる!そう考えていると、突如として轟音が鳴り響いた。
それからすぐに街は火の海と化した。
家を丸呑みにした化け物から逃げる道中、鋭利なものでズタズタに切り裂かれたような人の死体や犬猫の死骸を幾つも目にした。
まだ遠くからは爆音が光線と共に絶え間なく鳴り響いている。
男の子は引き返そうとする女の子の手を無理やり引っ張り走っていた。女の子の頬からは大粒の涙が流れている。
そしてようやく最初の化け物を撒けたと思いきや、又同じような怪物に遭遇し、自分達の背後から口を広げ地面をその顎で削りながらこちらへ向かってきていた。
男の子は走った。ひたすらに走った。肺が熱くて痛くて、怖くて、心も体もぐちゃぐちゃになりそうだった。
それでも必死に走り続けた。
大人一人が通れるような小道を使って逃げるも怪物は障害物なんてなかったかのように塀を、家を、何もかもを壊してこちらへと向かってくる。
男の子はもうすでに体力の限界だった。いや、限界なら既に迎えていた。今はなけなしの気力を振り絞って足を前へ出しているに過ぎない。
そして小道を通り抜け大通りに出ると、今度はサソリのような怪物と遭遇してしまった。その怪物の足元には人間と同じ体積の挽肉と茶色い毛むくじゃらのひき肉が落ちていた。
その死体の正体はいつも親切にしてくれた近所のおじさんである。男の子は引き裂かれた衣服と毛むくじゃらにより気付いた。
後方からはまだ白い怪獣が追いかけて来ており、サソリの怪物と挟み撃ちになってしまった。
(やるしかない!)
そう覚悟した男の子は残った僅かな気力、立ち止まった際に多少回復した体力。その全てを振り絞って前へと駆け出す。
サソリ型の怪物は赤く塗りたくられた鎌が横に振る。だが少年少女に当たることはなかった。
男の子は女の子を抱き抱え勢いよくスライディングする。
鎌は2人の頭上スレスレを横切り、無事に怪物の真下を潜り抜けることに成功した。
こればかりは
だがもうどうすることもできない。
身体中が酸素を求め喘ぐが、ちっとも足りず脳すらまともに機能しない。
ぼやける視界が捉えたものは目の前で口を開けてこちらに向かってくる怪獣の姿だった。
それは奇しくも最初に出会した怪獣であった。
もう無理だと思った男の子は脇の狭い道に女の子を突き飛ばして
男の子は安堵すると、疲労からか意識を手放した。
◆◆◆
目を覚ますと薄暗い空間に男の子は居た。
辺りを見渡すと他にも人間がおり、その全員が地面から生えている触手のようなもので拘束されている。彼らは怪物に食われたという絶望からか涙鼻水、涎を垂らしており瞳は焦点が合っていない。
そしてその触手が自分自身にも絡みついていることに気づいた。振り払おうにも全く取れる気配がない。
そして何もできずにいると、頭上から光が差し込め、人が落ち、その後すぐに光は消えた。どうやら誰かが食べられたようだ。
「って葵じゃねえーか!ふざけんなよ!俺がどんだけ苦労して助けたと思ってんだ、このバカ!」
「だって!だって!カズマが目の前で食べられちゃったんだもん。そしたら怖くて動けなくなったんだもん!!」
そう言って大粒の雫を滝のように落とし嗚咽をする。
しかしカズマはある事に気がつく。女の子の体には触手が巻き付いていない。食われたばかりだからだろうか。
「おい、葵。お前だけ触手絡みついてねえじゃんか。俺に絡みついてる触手取ってくれよ!」
女の子までもが触手に絡まれる前に解いてもらいなんとかここから脱出しようと試みる。
だが、女の子がカズマに絡みついた触手を引っ張るも千切れる気配がない。
「どうしようカズマさん!取れないわ!!」
「待て待て待て!なんか余計にキツく絡まったんだが!?……はぁ、もういいよ。お前だけでもよじ登ってなんとか抜け出せよ」
「無理よ!口から出ようとしたらあの歯にすり潰されるに決まってるじゃない!!」
「じゃあウンコとして俺と一緒に出るか?」
「それだけは嫌!!」
というかなんでこんな状況になっても俺は平静でいられるのだろうか。それとももうとっくに気が狂ってしまったんだろうか。
しかしよくよく考えてみれば怪物の腹の中だってのに消化も始まらずオマケに満足に呼吸も出来ている。
なんか外より安全な気がしてきた。
「おい葵。このまま外行ってもまた怪物に襲われて危ない目に遭うと思う。だからいっその事しばらくこの中にいないか?ここいい感じに温いぞ」
「ねえなんで怪物の腹の中に順応してるの!?」
「まあまあ。ここには他にも大人の人がいるし、時間が経てば自衛隊とかが助けてくれるはずだろうから、それを待った方が賢明だろ。あーあ、帰ってゲームやりてえな」
「ねえ、怪獣に食べられた人の反応じゃないんですけど!!」
たしかに薄暗くて気味が悪いがゲームやる時もこんな感じだし、違いがあるというならこの絡みついた触手有るか無いかくらいだろう。
そしてしばらく時間が経ち何人かが落ちてきた。
「よお、新入り」
ちょうど今落ちてきた男に向けそういう。絶望に浸った顔をしていた男はカズマの哀れな姿をみて一瞬で平常心を取り戻してしまった。
「なんでこの子供怪獣の腹の中で古参ぶってるんだ?」
「俺の後に来たのはお前で4人目だ。他のやつ反応ないしこの中で1番先輩なのは俺である事に間違いはない」
「その触手ついた状態で言われても……って俺にも絡みついてきた!!気持ち悪!!」
「やっぱ葵以外には絡みつくのか」
今の男を含め落ちてきた人間に対し葵を除いて全員に絡みついている。この事象の共通点を挙げるとするのならば、新入り共と俺は全員男だ。
この怪獣は男を束縛する趣味でもあるのだろうか。
「って嬢ちゃん!動けるならこの触手取ってくれ!!」
「「「「無駄だよ」」」」
「えっ?」
新入りとカズマが同じくして1番の新入りにそう諭す。
「……そうだよな。取れるならお前らも自由になってるはずだもんな」
俺たち男組みは変な連帯感が生まれつつある。そんな中葵はテトテトと周りを歩着回っている。
「ねえ、やっぱり変よ」
「なにがだよ」
「だってこの人たち息してないわよ……ってカズマさん!!」
何か恐ろしいものを見たかのように、葵はこちらへと全速力で逃げてきてカズマに抱きつく。
「ちょっ! また触手が食い込む!!」
「胸に……」
「「「「「胸に?」」」」」
「あの人達胸に穴空いてるの!!」
「「「「「はっ??」」」」」
そして俺たち男組みは恐る恐る反応のない古株達へと顔を向ける。よくよく見てみると今までは薄暗くて気付かなかったが、古株達全員の心臓部あたりにポッカリと穴が開いていた。
それを見た皆はあまりのグロさに吐瀉物を撒き散らす。
衣服に酸っぱい匂いが付いた。
そしてカズマと葵は見たくないものを見てしまった。
最奥で拘束されている男女二人の胸を触手が抉り、光るキューブのような物を取り出している光景を。
その男女は葵の両親であった。
それを見た女の子は脱力し地面に膝をついた。
顔から雫がポロポロとこぼれ落ちる。
カズマはその光景を見てある事に気づいた。薄暗い怪物の腹の中を薄らと照らしていた正体はその薄緑色に発光するキューブであった。
それが意識のない人間の脇には必ず置かれていた。
◆◆◆
そしてどれほどか分からないが時間が過ぎていった。
「あああああ!!やめてくれ!!嫌だ……嫌だぁぁ!!」
男は体を捩って後ろに逃げようとするがそのたびに触手が絡みついて動きを制限する。
男の方へと触手が伸びていく。やがて胸に触れたと思うと触手が蠢き、悍ましい音を立てて男の体内へと侵入していく。
「あ……ああ……」
男は泡を吹いてそのまま生き絶えた。
これで4人目である。
そして次はカズマの方へと触手が伸びてくる。
「ぎゃあああ!!!!やめろ!やめろください!葵ぃ!助けてくれ葵!!」
女の子に声をかけるが既に少女は心が壊れており、力無く地面に座り込んでいる。
目の前で親が殺され次々と人が殺されていく様を見たのだ。そんな現実受け入れられなくて当然であろう。
やがて触手はカズマの胸へと触れては品定めするかのように撫でる。
「ヒィッ!」
抗えない死を前に涙が止まらない。
気が狂いそうになるその時だった。
突如として眩しいほどの光が天井から差し込み、それと同時に触手の動きが止まる。
天井を見るとそれはそれは綺麗に切断された怪物の断面が見えた。
空は曇りだが今まで見た中で1番綺麗だった。そう思えた。
「誰かいるか!?」
サングラスかけた少年、旧ボーダー隊員の目には数十名の抜け殻と、自分より2、3歳程下であろう少年少女の姿が映った。
◆◆◆
「……だからなんだというのだね?確かに辛い記憶だろうが今は関係ない。ボーダーに入ったからにはちゃんと役目を果たしてもらわねば困る」
メディア対策室長が言葉を選びつつも指摘をする。
「はい、分かってます」
「では佐藤くん再び質問だがなぜ彼女を庇う?」
「長くなりますが良いですか?」
「構わん」
「ありがとうございます。アイツはあれが原因でおかしくなり精神的なショックからか、あの新興宗教にのめり込こみました」
目の前で親が死んで更に自分以外の人間が殺されていく様を間近で見ていたんだ。致し方ないだろう。
「おそらく自分をアクアと名乗るのは外見がその御神体に似てたってのもあるんでしょうけど、1番の理由は名前から家族のことを思い出してしまうんじゃないかと今にして考えてみればそう思います」
「ではネイバーへの復讐をさせてやりたいということかな?」
「いえ、精神的なショックがデカすぎてあの日の記憶が消えてるので復讐って感情は無いと思いますよ?」
以前、中学の時のクラスメイトが大規模侵攻の話題を出た時、アクアがあまりにも他人事のような話し方をしておりあまりにも不自然だったので、探りを入れてみるとどうやらあの日の記憶がない様子だった。
「でも俺は憎くてたまらない。アイツをあんな風にした近界民が憎くて憎くてたまらない。……でも折角生き残ったんだし後の人生はパーっと明るく、楽しく生きようって決めたんです。そしたらしばらくしてアイツがボーダーに入ろうって言ってきたんですよ。少しドキッとしました。まあ、あお……アクアはお金目当てでしたけど」
自分のチヤホヤされたいという邪な考えで入隊したということは棚に上げてカズマはボロクソに言う。
「でもボーダーに入って、このまま何気ない日常が続けばいつか過去のトラウマを克服できるんじゃないかと淡い期待はしてます。ですからどうかアクアをクビではなく左遷くらいにはできませんか?もちろんトリオン提供には必ず応じさせます。俺もC級に降格させても構いません」
「たしかに彼女のトリオン量はかなり多い。あれだけのトリオンを自由に使って良いならば開発や警戒区域に設置してるトラップをさらに増やせる」
と鬼怒田開発室長がカズマのフォローに入る。
「たしかにそうすれば街の防衛はさらに安定する。メディア対策室長の私としてもその点だけであれば賛同したいが……」
他の玉狛支部の林道支部長と忍田本部長、外務・営業部長の唐沢は黙ったままで城戸司令の判断に委ねる様子だ。
「なるほど、ではこうしよう。我々はアクア君に対し定期的なトリオン提供を要求する」
「では……」
「但し、今回の件を踏まえ戦闘員をさせるわけにはいかない。オペレーターかエンジニアになってもらう。この条件が飲めるのならばボーダーに残ることを許可しよう」
その後アクアを再び入室させその条件を伝えた。
「なんでよ!!」
「おま、バカ!良い加減にしろ!!マジで今回残れたの奇跡に近いんだからな!?すみませんウチのバカが本当にすみません」
そう言ってアクアに無理やり条件を飲ませオペレーター転属の書類を受け取りそそくさと退出した。
◆◆◆
「……これで満足か?迅」
そう呼びかけると今の今まで司令室の隅に隠れていたサングラスを掛けた男が出てくる。
「ええ、彼らをここで辞めさせるわけにはいかないんでね」
「それはお前のサイドエフェクトがそう言ってるのか?」
「ちょっ、城戸司令。それ俺の決め台詞ですよ!!」
彼の名は迅悠一。
未来を見ることができるという驚異的なサイドエフェクトの持ち主である。彼の未来予知がなければボーダーの存続は不可能と言ってもいい。
そのため彼の提言には上層部も耳を傾けざるを得ない。
「まったく、君が言わなかったらクビで当然だよ」
「あれだけのトリオンを定期的に提供されるというなら、ワシの立場から言わせてもらえば迅に言われずとも残ってもらいたいがな」
「ところで迅、彼らが残ることでどのようなメリットがある?」
「今はモヤが掛かってばかりで断片的なものばかりしか見えないんですが、その全てが良い未来なんですよ」
「だから手元に置いておきたいと?」
「そうですね。ただ一つはっきりと見える未来を挙げるなら例の問題児達の件が上手くいくのが見えます」
「「「「本当か!?」」」」
城戸司令以外の者が席から立ち上がってその話題に食いついた。
「あれが解決するなら是非残ってもらいたい!!これ以上あの爆音で市民からのクレームが来るのは懲り懲りだからね」
安堵した顔を浮かべ胃のあたりをさすりながら根付メディア対策室長はそう言う。これでもう少し胃薬の量を減らさそうだ。
「それが本当ならアクア君のオペレーター処分もなしにしてやってもいいかもしれんな」
「いや、流石にあんなことやって何も無しには行かないでしょ」
城戸司令は無言のままコクリと首を縦に振る。
「ちなみに彼女がオペレーターでなくエンジニアになった場合はどんな未来がみえるんだ?」
「あー、ここがボンッてなる未来がチョコっと見えましたね。あとは……これは新しいトリガーでも作ってるのか……な?前者は割とくっきりと、後者は本当に断片的です」
それを聞き鬼怒田開発室長は真っ青になる。
以前頭のおかしい爆裂娘が壁に大穴を開けたのを思い出したようだ。
ちなみにそれが影響してボーダーの壁は一回り分厚くなっている。
「よし迅、じゃあ早速ウチにいる問題児の方からさっさと送りつけるか」
「いえ、まだその時ではないですボス。それにはかなり時間が必要です」
「ではこちらの方から……」
「いえ、それもかなり先の未来ですね」
「とりあえずこの件は一旦終わりだ。今後彼らに関して確定的な未来が見えたら報告しにくるように」
「はい、それでは実力派エリート迅悠一。これにて失礼します!」
そう言って飄々とした笑みを浮かべては敬礼をして部屋から出ていく。
◆◆◆
「それにしてもようやく佐藤君の本性が見えたと言う所だね」
根付メディア対策室長がカズマに対する面接官の評価資料を見ながらにそう言う。
「確かにそうだ。一見ふざけたやつに見えるがどこか芯が通っているような気がしていたが、その正体がまさかアレとはな……」
それを聞いた忍田本部長は、大規模侵攻時の旧ボーダー組として自分の不甲斐なさに唇を噛む。
しかしボーダーの必要性を見せるには犠牲が必要だった。仕方ないといえば仕方ないが、それによって生み出された被害者を目の前にすればやはり考えてしまうだろう。
それほどまでに本音を語った佐藤カズマからはドス黒い感情が垣間見えた。
「あれじゃあ例の彼女達の面倒を見るのは難しいんじゃないんですか?」
「玉狛の方はうっかり殺すなんてのもあり得るな」
「まあそんなことが起きれば俺や小南達が止めますよ。それにそんな未来が見えれば迅が止めるでしょう」
そうして上層部による話し合いが終わった。
フヒヒッようやく設定の一部を回収できたぞ。
水上葵にしなかった理由として水上の名前にアクアが反応する恐れがあった為。なので苗字は水名守にしました。
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C級隊員編で面白かった話教えてください。
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1話この厳しい試験に合格を!
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2話この新入隊員に洗礼を!
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3話このC級隊員に勝利の栄光を!
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4話このC級隊員に弾バカを!
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5話このC級隊員にも狙撃手を!
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6話この狙撃手たちにハーミットを!
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7話このロクでもないランク戦に終止符を!
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8話このランク戦に菩薩様を!
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9話この愚か者に制裁を!
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閑話