欧州の火薬庫異世界へ ~1914バルカン召喚~   作:ypaaa

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case.2 ルーマニア王国

1914年7月28日

 

「では、ここにサインを。」

「…えぇ。」

 

異世界に来たとルーマニア王国が把握して一か月もしないうちに、バルカン情勢は地球とは全く違った情勢になっていた。

ルーマニアの交渉相手は異世界に来たことで最も被害を受けたといえる国の一つだ。

 

「まさか、生きているうちにモルダヴィアがルーマニアのものになるとはな…」

「アントネスクも驚きなの!…トランシルヴァニアやブゴヴィナがあれば「それ以上はやめておけ…二重帝国は帝都がなくなってピリピリ来てるらしい。下手に刺激するとまずい」…わかったの。」

 

参謀本部でもモルダヴィアのロシア軍が自治政府の樹立を条件にルーマニアへの併合を同意した、というのは大きな話題になっていた。

しかし、その空気はコンスタンチン・プレザンにとってあまりいい空気とは言えない。

モルダヴィア統合によりルーマニアは直接未知の大地と接するようになったにもかかわらず、今話したばかりのイオン・アントネスクを筆頭に大ルーマニアについての議論がなされている。

…有能で冷静な判断を下すことができるイオン・アントネスクですら、というべきか。

 

「国王陛下が抑えになっているから今はまだ小康状態を保っているが…」

 

すでにブゴヴィナでは小規模な軍事衝突が起こっており、外務省は強硬派が抑えているため口をはさんでこない。

しかし、陸軍の参謀本部と国王が『大ルーマニアの地で死にたい』と公言しているアントネスクを含めて現状での衝突はまずいという判断を下しているからこそ()()()()で済んでいるのだ。

二重帝国は腐っても列強。いくら落ち目で国の中枢を失ったといっても双頭の鷲の頭はもう一つ残っている。

ハンガリー側との交渉でトランシルヴァニアを得るのは不可能だろうし、ブゴヴィナはあいにくオーストリアの管轄。国土の大半を失ったオーストリアが退くわけもない。

 

「国王陛下が頼り、か。」

 

そう、コンスタンチンがつぶやき参謀本部の扉を開こうとした刹那。

爆風が扉を破り彼は背中をしたたかに打ち付けた。

 

___

 

 

「犯人はすでに逮捕されましたが…参謀本部での爆弾騒ぎはポチョムキン号の亡命者の一人がしたようです。」

「…だからアントネスクは共産主義者(コミー)が嫌いなの。」

「あのアカどもめ!」

 

コンスタンチンはブカレストの軍病院のベッドの上で事の顛末を聞かされて頭が痛くなってきていた。

大方テロの理由は『ロシアの正当な領土に対する侵犯だ~』だの、『我々の理想は~』とか言う飯の種にもならんものだろう。

1905年のポチョムキン号の反乱の失敗で亡命してきた大半の人間は『ポルシチの肉が腐っていたと、上官に文句を言ったら懲罰されそうになった』という笑いものにもならない即物的な理由で反乱を犯した連中だ。

しかし、その中には本物の共産党員はいても可笑しくないし600人近い元水兵の中には祖国に忠誠を誓っている者もいるだろう。

 

「モルダヴィアでも共産党の活動が活発になっているようです。」

「くそったれのアカどもめ!吊るし上げて処刑してやりたい気分だ!」

「モルダヴィアは自治政府だから警察行為にはルーマニアが介入できないの…」

 

ルーマニアの周囲はオーストリア=ハンガリーとブルガリア、そして自治政府となったとはいえルーマニア軍と同程度の戦力を保有しているロシアに囲まれている。

二重帝国はともかくとして、ブルガリアやロシアが攻撃してくることもあるのに国内には共産主義者。

 

(まずは二重帝国との国境紛争をどこかで止める必要があるな)

 

軍病院で横たわりながら、コンスタンチンは紛争の止め方を考えるのだった。

 

「…オーストリアが…!」

「…そうなの…バルカン情勢が…」

 

そんなコンスタンチンの病室の外ではまた、火薬庫の情勢が変わっているようだ。

コンスタンチンは目まぐるしく変化するバルカン半島の情勢にため息しか出なかったのだった。

 


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