現在、YouTubeやTwitterで日々活動している個人勢Vtuberのヲニカさんと閑話リィアさん。既に配信でのコラボも実現させお互いに仲の良い彼女たちが「一番最初はこういう風に出会っていたかもしれない」というifストーリーを、彼女たち自身が設定している自身の世界観などをもとに考えて作ってみました。

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宇宙(そら)の果てから

 真っ暗闇の中、山道を一心不乱に進みながら、その女性は心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。その鼓動の正体が興奮なのか、あるいは恐怖なのかもはっきりとは分からないまま。そもそも、今こうしてこの道を進んでいるのだって、ある意味発作のようなものなのだ。

 

 この女性のことを、彼女の周囲の人間は「ヲニカ」という、ちょっと変わったニックネームで呼ぶ。日本人として出生した時の名前は別にあるはずだが、それを記憶して日常的に口にする者はあまりいない。他ならぬ彼女自身も、自分のことを出生名で呼ぶことは最早めったにないのだ。

 20年と少々の彼女の人生は、決して順風満帆とは呼べないものだった。気分屋の気がある両親は、時には親として彼女の心に寄り添うような発言をしたかと思えば、時には彼女の生き方に攻撃的な言葉を情け容赦なく浴びせ、そのたびに彼女の心を苦しめてきた。

 そんな日々を繰り返すうち、彼女はいつしか自然と内面に爆弾を抱えるようになった―もちろん物理的な意味ではなく、不安障害という名の目に見えない爆弾である。齢20を悠に過ぎ、恋人を手に入れた今でもこの爆弾は定期的に彼女の心に襲い掛かり、その視界の先を曇らせてゆく。誰も自分のことを実際に責めてなどいないのに、すぐにメンタル的な深みにはまりこんでしまうこの障害のせいで、社会人としてのキャリアもうまく築き上げることができず。せっかく就職してもすぐに出社できなくなり、数か月おきに転職を繰り返す日々が続いてしまう。

 そんな調子だから、時折彼女には強烈な発作が出て、周りには予想もつかないような突拍子もない行動に出ることがあった。ちょうど今回、この地元の東北の山に夜遅くになってわざわざやってきたのも、ふいに襲ってきた希死念慮に誘われてのことだったのだ。

 ところが、世の中には妙な偶然が転がっているもので、この日はつい先ほど不思議な現象がこの山で起きていた。ヲニカが山に入って1時間ほど経った、つい今から10分ほど前のこと。突然、上空の背中側から流れ星のような光が見えたかと思うと、強烈な破裂音とともに彼女がいる山の中腹あたりに、巨大な火球が激突するのが目に入ったのである。

 あまりの衝撃とまぶしさで、思わず一瞬目を背けてしまったヲニカだったが、気が付けば彼女の足はそれが墜落したと思しき方向に自然と吸い寄せられていた。なぜ咄嗟にそうしようという判断に至ったのか、正直言うと自分でもはっきりとは分からない。ただ、純粋に目の前で起きた事象に対する好奇心を描きたてられたこと、そして「どうせ自分は死んでもいいつもりで来たのだから、今更何が起きても大したことじゃないだろう」という、ある種の開き直りが原因だったのかもしれない。

 山道を進むと、やがて中腹あたりの視界が少し開けた場所に出た。確か、先ほどの火球はこのあたりに落ちたはずだ。足を止めて、ヲニカは一度あたりを見回した。果たして、その視界に明らかに突入の衝撃で、木々が焼け焦げてひしゃげている場所の姿が飛び込んでくる。そしてその方角から、ガサガサという物音も聞こえてきた。…、誰かがそこにいる気配がする。

 「こんばんは…、あの…、大丈夫ですか…?」

 恐る恐る、小声でその方角に声をかける。こちらの声が小さすぎたのか、返事はない。勇気を出して、今度はもう少し声を張ってみた。

 「あの、大丈夫ですか?」

 「いてててて…。あれ、誰かそこにいる!?」

 ヲニカの声に、日本語ではっきりとした返事が返ってきた。声の調子から見て、どうやら同世代くらいの女性らしい。

 「ごめんなさーい、木に引っかかっちゃった。ここです、助けてくださーい」

 その声や物音が聞こえる方角に、ヲニカは手を貸すべく本能的に近づいていった。その声を頼りに相手の姿を探そうとするが、すぐには見つからない。やがて、進んでいった先にようやく人らしきものの姿が目に入った。赤いベストと白い袖、赤と黒の2色のスカートを身に着けた「それ」が眼前に現れる。

 「よかったよかった。手、伸ばせますか?」

 ヲニカはそれを見つけるなり、声の主の方に自分の手を伸ばした。すぐに、ひんやりとした感触が彼女の差し出した右手を包み込むと、その腕に全体重がかかったような重み(にしては、ずいぶん軽いような感じもするが)を感じる。ほどなくして木に引っかかっていた「それ」は、ヲニカにひっぱりあげられてようやく自由の身になった。

 「はー、助かった。お姉さん、ありがとう」

 「いえいえ、どういたしましt…、えっ…?」

 こんな山奥で図らずも人助けをすることになってしまい、思わず安堵するヲニカ。だが、少し明るい場所で相手の正体を目にとめた瞬間、彼女の顔は思わずひきつった。

 「この人日本人じゃ…。いや、というか…、人間じゃない…!?」

 助け出す前は暗がりにいてよく見えなかったが、自分の目の前にいたその「個体」の姿は、今までヲニカが生きてきた20年余りの人生の中では、一度も見たことがないものだった。首から下の四肢のありようや、あるいは黒のロングヘアだけを見れば、その姿は人間らしくも見える。だが、その顔立ちはまさしく異形のそれと言わざるを得ないものだった。

 人間と同じように見えるのは、顔の下半分だけ。鼻があるべきところから上には薄布のようなペラリとした仮面をまとい、目があるはずの場所には瞳孔も何もない赤い半月が2つ。その仮面の上端には、赤い球体が1つずつ浮かんだ形状の角が2本生えている。よく見ると、肌もいわゆる肌色ではなく、少し紫がかったパキッとした白色だ。どう見ても、目の前にいるのは人類とは別の種族と呼べる何かだった。

 その「どう見ても人間には見えない個体」が、ヲニカに対して流暢な日本語で、しかもいたってフレンドリーに声をかけてくる。眼前の光景を一瞬理解しきれず、ヲニカは思わず硬直した。

 (状況的に、この子は明らかにさっき降ってきた火球の正体で…、でもこの姿はどう見ても人間のそれじゃないし。なぜか日本語喋ってるし、攻撃してきそうな感じには見えないけど。えっ…、私、これ助けて大丈夫だったやつ…?)

 自分はこの山に死にに来たはずなのに、そんな思考で頭の中がいっぱいになったせいで、全身の震えが止まらない。それはそうだろう。だって自分の目の前にいるのは、誰がどう見ても地球外生命体、いわゆるエイリアンというやつなのだ。

 世の中には、地球の外にいる生命の存在を信じて、日々研究に没頭している人たちがいるらしいことは、ヲニカ自身も知識として知ってはいる。だが、まさか彼らを差し置いて自分がファーストコンタクトする側になってしまうとは。

 「あの、えーと…、お姉さん、大丈夫?」

 異形の相手が、そんな彼女の様子を見ながら首を傾げる。思わず、ヲニカの身体が恐怖でビクッとすくんだ。

 「いや、あの、えーと…」

 「もしかしてわたし、怖がられてるのかなぁ…?うーん、なるべく地球原住民の姿には頑張って寄せたつもりだったんだけど…」

 「地球原住民…?えーと、私のこと…?」

 「え?うん。だってお姉さん、地球の人でしょ?」

 あっけらかんとした口調でその異形の生き物は答える。地球の人、か。自分のことは日頃「日本人」として意識することが普通であるわけだが、仮に彼女(?) が地球外から降ってきた存在であるなら、確かにそういう分類になるのは不思議ではないのかもしれない。

 「っていうことは、やっぱりあなたは宇宙から来たってこと…?」

 恐る恐る問いかけたヲニカに対して、相手は何の躊躇もなく頷く。

 「そうだよ。あ、わたし、閑話リィアっていいます。リィアちゃんって呼んでね。お姉さん、お名前は?」

 「あ、ヲニカ、です…」

 促されるまま、ヲニカは自分の名を名乗る。まだ、その声は震えたままだ。

 「えっと、リィア、ちゃん…?一応確認だけど、私のこと攻撃したりしないよね?」

 「へっ?なんで?」

 キョトンとした顔でリィアが首を傾げる。

 「いや、この星?の人が想像するエイリアンって、たいてい地球を侵略しにやってくると思われてるのが定説だからさ…」

 「えー、やだなぁ。地球原住民ってそんなこと考えてるの?わたしは、助けてくれた人をわざわざ攻撃したりなんてしないって」

 リィアは笑いながらかぶりを振った。その弾みで、赤い半月が細いアーチ状に形を変える。あ、やっぱりそこって目の部分だったんだ。

 「それに、仮に助けてくれたのがヲニカちゃんじゃなかったとしても、そんな野蛮なことするつもり最初からないよ。だって、そんなことするために遥々地球まで来たわけじゃないし」

 「え、そうなの…?じゃあ一体なんで…」

 いぶかしがるヲニカに対して、リィアは思わぬ答えを返した。

 「そりゃもちろん、地球原住民のみんなと遊ぶため。仲良くなるためだよ」

 「…、へっ!?」

 予想もしない答えに、今度はヲニカの方が素っ頓狂な声を上げる番だった。

 

 それからしばらく、ヲニカとリィアの2人は山中で時間を共にした。その間、ヲニカはリィアの身の上話を聞かされることになる。彼女が地球から遠く離れた、マンマルリア星なる星からやってきたこと。地球とは違って、良くも悪くも何もない平和なその星で、たまたま地球という星に面白い文明があると聞きつけて、遥々やってきたことなど。

 「ってことは、リィアちゃんは宇宙の果てから身体一つで飛んで来たんだ…。凄いなぁ、私たち人間にはそんなこと真似できないから」

 一緒に時を過ごすうち、ヲニカはいつしか異形の存在と接していることへの恐怖心が薄れていた。何せこの閑話リィアなる御仁、実際に話してみると分かるがめちゃくちゃ友好的で人懐っこいのである。こちらへの敵対心など始めから皆無で、話も上手いので一緒にいるとどんどん会話に引き込まれてしまう。

 「うん、そうなの。でもねぇ、一つすっごく大きな問題があってね…」

 リィアはそう言うと、一度大きく息を吐き出した。

 「実は、わたしが大気圏突入した時に予想以上に衝撃が大きくてね。わたしの身体、爆発四散しちゃったんだよね…」

 「えっ!?それ、大丈夫だったの!?」

 「この通り生きてるから命は大丈夫だよ。でもね、その時の弾みでわたしの身体、全体の6割くらいどっか行っちゃったんだよね。ほら」

 地球原住民とは身体の作りが違うから、この通り生きてられるけど、と言いながら、リィアはふと首元をめくってヲニカにその部分の様子を見せる。実は頭と胴体がつながっておらず、胴体側の切り口から赤いふわふわしたような物質が見えている状態になっているのを、ヲニカはその時初めて目の当たりにした。

 「だから、地球原住民のみんなと遊ぶのもそうだけど、自分の身体をもう一回集めるのもわたしがここにいる目的ってことになるのかな?まぁ、自分の身体探しをしなきゃいけなくなったのは予定外の事態だけどね…」

 最後の言葉は、苦笑しながら付け加えるリィア。それにつられて、思わずヲニカも笑みをこぼした。

 「そっか、じゃあ本当に私のことを攻撃するつもりなんてないんだね」

 「そんなことしないしない。マンマルリア星は平和な星だから。もしかしたら、他の星には地球原住民のことが嫌いな生き物もいるのかもしれないけど、わたしはそういうの会ったことないなぁ」

 リィアはそう答えると、少しだけ語気を強めた。

 「それにさ、地球原住民を殺すなんてことしちゃダメじゃん。せっかく、この星にある楽しい遊びをたくさん教えてもらえるチャンスなのに。地球の文化や文明は凄いんだよ。わたし、マンマルリア星にいた時からずっと地球原住民のみんなと遊びたくてたまらなかったんだから。それを殺しちゃうなんて、考えられないよ」

 ヲニカはその言葉に、また笑みをこぼした。殺してしまったら、自分たちと遊べなくなるから殺してはダメ、か。やっぱり自分の価値基準とは若干ズレたところを感じなくはないけれど、とりあえず自分たちに敵対する意思が一切ないらしいのは、安心できるポイントなのだろう。というか、そこまでして「一緒に遊ぼう、仲よくしよう」と呼び掛けてくるの、なんだかワンコっぽい無邪気さを感じられて、ちょっと可愛く思えてくる。

 「それにしても、まさか地球外生命体と知り合いになっちゃうとはなぁ…。私、そこまで友達が多いわけでもないのに」

 「そうなの?ヲニちゃんと喋ってると、きっと仲良くなれる人多いんだろうなぁって感じるけど。でも、せっかくこうして出会えたから、もし仲良くなれたらわたしは嬉しいよ」

 ヲニカの呟きに、リィアが答える。話し込んでいるうち、リィアは当初の「ヲニカちゃん」ではなく、より親しみを込めた「ヲニちゃん」という呼び名で自分のことを呼ぶようになっていた。不安障害という爆弾を抱えるがゆえに、内面が一部歪んでしまっているヲニカの心にも、そのまっすぐな言葉は自然と響く。こういう優しい言葉を、地球の外からやってきた存在にかけられるとは。

 「アハハ、ありがとう。…、さてと、これからどうしようかな」

 ヲニカはそう答えると、立ち上がってあたりを見回した。そもそも、何のあてもなくやってきた東北の山中、しかも今は夜だ。確固たる登山経験が自分にあるわけでもなく、思わぬ事態が起きても不思議ではなかった。おまけに、今自分と一緒にいるのは「人ならざる者」である。いつの間にか、死んでやろうなどという感情は消え失せてしまったのだが、さりとてこの状況で次に自分がどう動くべきなのかも、パッとは思いつかないのが実情だ。

 ふと、あたりを見回したヲニカのレーダーが、何かに反応した。自分たちの周囲に、先ほどから何かの気配がある。誰かが近くにいて、おそらくこちらの様子をうかがっている感じがするのだ。それも1人や2人ではなく、複数人である。結構な人数だ。

 「リィアちゃん、気を付けて。近くに誰かいるかも」

 ヲニカがそう声をかけたその瞬間。彼女たちの背後で、突然ガサガサという音がした。2人がそちらの方向に振り向いた、その時。

 “Hold up your guns! Don’t move! (武器を捨てろ!動くな!)”

 突然、大声で誰かが英語での台詞を叫んだかと思うと、迷彩柄の戦闘服に身を包み完全武装した屈強な男たちがその声に合わせ、一斉に姿を現した。先頭の大柄な男が声を張り上げる。

 “We are Japan army. You are completely surrounded by us. Follow our order! (我々は日本国陸上自衛隊である。あなた方は完全に包囲されている。我の指示に従え!)“

 「じ、自衛隊…?自衛隊が何でこんなところに…」

 いきなりの突拍子もない展開に、ヲニカが反射的に呟く。だが、目の前にいる部隊の警戒心がどうやら自分たちに向けられているらしいことを察すると、思わず彼女は大声を上げていた。

 「わー、自衛隊さん待って、待って、撃たないで!私、日本人なんで!別に武装とかなんもしてないんで!ほら!」

 そう言いながら、慌てて両手を掲げて自分が武装も何もしていないことを示す。

 「日本語…?」

 その彼女の反応に、自衛隊側が驚いて目を見開く。慌てて、指揮官らしい男が声を上げた。

 「総員、撃ち方待て!ターゲットの近くにいるお嬢さんは国民と思われる、銃口は向けるな!」

 「了!」

 その命令に、他の隊員たちが統制の取れた動きで一斉に銃口を下ろした。それを確認すると、指揮官の男は手元にある無線機に手を伸ばした。

 「11(ヒトヒト)、こちら10(ヒトマル)。オクレ」

 「10、こちら11。オクレ」

 「11、こちら10。ターゲットコンタクト。現在位置、395-765。直ちに我と合流せよ。日本人と思われる同行者1名、相手に特段の武装は認められず。我の指示あるまで武器の使用は認めず。復唱よろし、終わり」

 

 「こんばんは、お嬢さん。突然驚かせるような真似をして申し訳ない」

 指揮官の男は、無線を切ると一転して穏やかな口調で語り掛けてきた。

 「名乗るのが遅れました。陸上自衛隊東北方面隊第44普通科連隊第1普通科中隊中隊長、三等陸佐・藤原貴仁と申します」

 そのやけに長ったらしい呪文のような自己紹介を、ヲニカはすぐには理解しきれなかった。いわゆるミリオタと言われる人種であれば、どこの部隊のどんな人なのかはすぐピンとくるのだろうが、あいにく彼女にそのような知識はない。ただ分かるのは、この藤原という男が自衛隊という組織の中ではそこそこ偉い人で、そしてそんな人がわざわざ出向いてくるような事態がどうやら起きているらしいということだけだった。

 「えっと…、こんな夜中にこんなところまでご苦労様です、でいいのかな…?何で自衛隊の皆さんがこんなところに?」

 「あぁ。あいにくあなたではなく、あなたと一緒にいるその赤い服を着た生き物に用があったものでね」

 ヲニカの問いかけに、藤原は平静を装いながら答えた。

 「我々は福島駐屯地で普段活動している部隊なんですが、先ほど福島県知事から災害派遣の要請が来ましてね。信夫温泉近くの山中に火球が突っ込んだと。偶然にも、私も私の部下もその様子を駐屯地で見ていてね。それで情報収集もかねて、我が国に対する脅威がないかを知事の依頼で探しに来たというわけです」

 まさか、その情報収集のさなかに地球外生命体と遭遇することになるとは思いませんでしたがね、と藤原は付け加える。その言葉に、思わずヲニカが身構えた。

 「我々自衛隊の使命は、外敵の脅威からあなた方日本国民の生命と財産の安全を守り抜くことです。我々自身の命に代えても。どういった経緯であれ、この現場を見てしまった以上我々は見過ごすわけにはいきません」

 「彼女を、どうするつもりですか…?」

 「我々は実力組織です。対峙している相手が脅威であるか否かを判断する。仮にその存在が我が国にとっての脅威と認められれば、実力を以て排除するしかありません」

 「排除って、そんな…!」

 ヲニカは思わず絶句した。まだ出会って間もない間柄で、よくよく考えれば何も知らないリィアの身の安全について、彼女がそこまで慮ってやる義理があるかどうかは分からない。だが、彼らが持っている銃が自分の目の前で火を噴くということ、その結果として目の前で誰かが命を落とすということは、彼女が望むことでは全くなかったのだ。

 もちろん、この短い時間ではあれど自分と親しげに言葉を交わしてくれるリィアは、たとえ彼女が地球外から来た存在であったとしても、ヲニカが親しみを覚えるには最早十分だった。そんな相手を、自分や同じ日本国民のためを思っての仕事とはいえ、後からやって来た自衛隊が無理やり排除するというのはどうにも納得がいかない。自然と、ヲニカの身体は藤原たちの前に立ちふさがっていた。

 「お嬢さん、いったい何を…」

 「彼女は私の友人です。あなたたちにとっての脅威じゃありません。やめてください」

 「あいにくですが、我々が彼女を脅威ではないと判断するためには、踏まなければならない手順があるのです。少なくとも、現段階であなたのその言葉を聞いただけで、そのような結論を下すわけにはいきません」

 藤原は、ヲニカの勇気ある行動にも首を横に振った。

 「お嬢さん、あなたの勇気ある行動には私は個人的に敬意を表します。おそらく、あなたはその生き物と一緒にいたことで、多少なりとも彼女に対して親しみをお持ちなのでしょう。そして、我々も出来ることなら手荒な真似をすることは望んでいません。ただ、我々も自分の仕事に情を挟むわけにはいきません。そして、我々は不測の事態に備えて日々戦闘訓練を積んでいる身だ。その力を我々に使わせるような真似は慎んでいただきたい。下手なことは考えない方が、あなたの身のためですよ」

 「っ…!!」

 藤原の言葉に、ヲニカは思わず唇をかんだ。場の緊張感が最高潮に高まった、まさにその瞬間。ふいに、口を開いた者がいた。

 「えーと、あの、ヲニちゃん?」

 声の主は、リィアだった。

 「に、日本語を…」

 「喋ってる、だと…!?」

 まさかリィアが日本語を喋れるとは思っていなかったのか、居合わせていた藤原以下自衛官たちが一斉に驚愕の表情を浮かべる。それにも構わず、リィアはきょとんとした表情で首を傾げながらヲニカに問いかけた。

 「この人たちさぁ、もしかしてわたしに用があるのかな?明らかにわたしのことを探してた感じだよね?あまり友好的には見えないみたいだけど」

 「う、うん…、そうだね…。個人的には、一緒についていかないことをお勧めしたいけど」

 ひきつった笑みを浮かべながらヲニカが答える。その会話に割って入ろうとするかのように、藤原が恐る恐るリィアに声をかける。

 「き、君は…、日本語が、話せる、のか…?どう見てもに、人間には見えないが…」

 「うん、これでも地球の言葉は頑張って勉強したからね。せっかく遊びに来るなら、地球原住民の言葉ができないと仲良くなれないじゃん」

 「へっ…?遊びに来る…?仲良く…?」

 予想もしない返答に面食らったのか、藤原は拍子抜けしたように言葉を発した。そんな彼に向かって、リィアは言葉を続けた。

 「もしかして、わたしとヲニちゃんが喋ってるところ、全部は聞いてなかったのかな?確かにわたしは地球外から来た生命体だけど、別に地球原住民のみんなを攻撃するためにここに来たわけじゃないよ?あくまで、お客さんとして遊びに来ただけ」

 「遊びに来た、って…。じゃあ君には我が国に対する攻撃意思は…」

 「ないない、そんなものないよ」

 リィアはこともなげに首を横に振った。

 「わたしがこんな見た目だから、警戒されちゃうのかもしれないけど。わたしはただ、地球の文化や文明が大好きなだけだよ。だから、敵対的に来られると悲しいし、正直ちょっと困っちゃうんだけどなぁ」

 そう答えつつ、少し残念そうな表情さえ浮かべてみせるリィア。その姿に、今度は自衛隊側が困惑し始めた。自衛官たちが訳も分からずお互いの顔を見合わせる。

 「三佐、これ駐屯地司令や市ヶ谷に対してどう報告すりゃいいんですか!?」

 「こんなのあまりにも前代未聞でしょ。日本語ペラペラの宇宙人が福島の山中まで遊びに来るって、情報量が多すぎて処理しきれねぇよ…」

 「お前らちょっと黙っとけ、思考の邪魔だ!とりあえずありのままを司令に報告する」

 部下たちの問いかけに、藤原は珍しくそう声を荒げると無線機に手を伸ばし、どこかと長々とした交信を始める。その様子をヲニカやリィアをはじめ、居合わせた面々はただ見守ることしかできなかった。

 

 「すみません…。お騒がせしたうえに、結局車にまで乗せていただいちゃって」

 車の荷台に揺られながら、ヲニカは藤原に向かって頭を下げた。彼女は今、「44普-1」の外部標識が掲げられた、陸自ではおなじみのオリーブドラブと呼ばれるカラーリングが施された軽トラックに乗り込んでいた。その様子を、乗り合わせたリィアや他の自衛官たちも見つめている。

 結局、所属する福島駐屯地司令に事の顛末を説明した藤原の判断により、自衛隊による実力行使は避けられた。自衛隊の使命は、あくまでも日本に対する脅威に対し立ち向かい、それを排除することだ。だが、そもそもリィアが自衛官たちに対して攻撃意思を示さなかったうえ、自ら悪意を持って破壊活動を行うなどの行為も一切行おうとしなかったがために、専守防衛の大原則に沿って動く自衛隊側には、彼女を排除するために実力を行使するにあたっての法的根拠がなかったのである。

 というわけで、話の筋書きはこのように決められた。陸自部隊による捜索の結果、山中に墜落した火球はあくまで自然現象であり、人為的なものとは認められなかった。その火球についての情報収集活動の過程で、たまたまその火球とは全く無関係に山中で迷っていたヲニカを自衛隊が発見し保護した、というわけである。つまり、リィアが地球に飛来した事実は、表向きはなかったことになったのだ。

 「我々防衛省も役所ですからね。法的根拠がなければ、僕ら公務員は動くわけにはいかないんですよ。まして、我々自衛官は武器を扱う立場ですから。余計に血が流れるようなことにならず、我々も助かりました」

 藤原は答えた。この送迎が行われるにあたって、ヲニカたちと自衛隊側ではいくつかの約束が取り交わされていた。自衛隊側は攻撃を中止し、異常はなかったものとみなして即座に部隊を撤収させること。リィアの命に関しても保証すること。その代わり、リィアは強制的にヲニカ宅で同居させるとともに、防衛省側から女性の幹部自衛官1名を派遣して、万が一に備えての行動の監視にあたらせること(わざわざ「幹部」という指定が付いたのは、万が一の際に駐屯地の指示を待たず、自己判断で動けるようにという理由だそうである)。

 さらに、リィアについては防衛省が可否を判断するまで表向きは存在を秘匿するとともに、今後同様の不測の事態に備え、防衛省で行われる同種事例が起きた際の行動規定の研究などに協力させること、などの条件も盛り込まれた。つまり、存在を公にすることはある一定の時期が来るまでは原則として認めない代わりに、彼女の身の安全については防衛省が責任を負う、ということになったわけである。

 「まさか、こんな大騒ぎに発展するなんて。自分が自衛隊さんのお世話になる日が来るなんて、思いませんでした」

 「ヲニカさん、でしたっけ。そういえば、そもそもなんであんな時間にあんな山の中になんていたんです?若いお嬢さんが1人で、危ないでしょ」

 「いやぁその…、ちょっとメンヘラが発動しまして…」

 「えっ?」

 「あぁいや、何でもないです。ごめんなさい」

 ヲニカは苦笑しつつ被りを振った。これを一から説明しようとすると、あまりにもややこしすぎて困る。とりあえず、精神的な発作を起こして山に入るような真似は、今後は二度としないようにしなければ。世の中何が起きるか分かったものではない。

 やがて、一行は部隊が活動拠点を置く福島駐屯地へと戻ってきた。トラックに揺られるのはここまで。ここからは市街地を走ってヲニカとリィアをヲニカ宅まで送り届けるため、お目付け役の隊員が運転する普通の乗用車に乗り換える。車が出発しようかというその直前、藤原が声をかけてきた。

 「ヲニカさん、閑話リィアさん。任務のためとはいえ、本来敵対する意思のないあなた方に対して、脅威を与えるような振る舞いをしたことは、現場指揮官として申し訳ないと思っています。お詫びさせてください」

 そう言って、藤原は深々と頭を下げる。その予想もしない姿に、ヲニカもリィアも驚きの表情を浮かべた。それを意に介せず、藤原は顔を上げるとリィアの方に向き直った。

 「リィアさん。あいにく、今はまだあなたの立場上、大っぴらにこの星の文化を満喫してもらうわけにはいきません。ですが、少しでも早くあなたが自由の身で、この星に生きる人々と思い通りの交流ができるようになる日が来ることを祈っています。あなたがここに来たことが、あなたの星とこの星との友好関係を築く、そのきっかけとなりますように」

 そう言うと藤原は今一度姿勢を正し、2人に向けて「ようこそ、日本へ」と規律正しく敬礼してみせた。2人が思わずそれに対して頭を下げた時、車が動き出す。再び駐屯地を出て、市街地へと出ていくその後ろ姿を、藤原は部下たちとともにじっと見つめていたのだった…。




作中でのヲニカさんは福島県民ということになっていますが、これはご自身が東北在住で3.11の経験者であると以前語ってらっしゃっていたのに基づく架空の設定です。実際の居住地は福島ではないかもしれませんが、あくまでもこの物語のためだけの設定ですので、ご本人に対して深堀するのは絶対にやめてあげてください。

ちなみに、作中に登場する「陸自東北方面隊第44普通科連隊第1普通科中隊」は、Wikipediaで調べてみるとわかりますが福島駐屯地に実在する部隊です。実際の中隊長は藤原三佐ではないかもしれませんが。自分の小説には日本の軍事組織(自衛隊に限りませんが)がよく登場しますが、陸上自衛隊を本格的に描いた経験は少ないので、非常に新鮮な経験ができたなと思います。

この話自体はあくまでも架空ですが、ヲニカさんもリィアさんも実際に存在する個人Vtuberであり、お互いに同じ日にデビューをして仲良く日々配信活動を続けています。この小説を読んで興味をお持ちになられた方、もしよかったら是非一緒に彼女たちを応援しましょう。

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