とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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プロローグ
1 再出発①


【初めまして】

 私の身の上を語るより前に、まずはとある女性の発言を記しておきたい。

 

「この手記はですね、なんと自分の名前を書くだけで、登録しておいた過去の地点へとタイムスリップできる凄い魔道具なんですよ!

(中略)

 ――欠点ですか? 使うと記憶が失くなることですかね。それから、過去に遡れるのは本人だけなので、もれなく全裸になります。って、手記を使ったあなたならそこはご存知ですよね。……えっ、知らないんですか?」

 

 さて。

 上記の口述だけでも、現在私が置かれている状態は推し量れると思う。

 それでも、はっきりと述べておこう。

 この魔道具を使って、実際にタイムスリップして来た人間が私だ。

 

 記憶を喪失し、持ち物は衣服も含めて何ひとつ無いすっぽんぽん。

 こんな条件で、私視点の見知らぬ土地へ、帰り道の無い一方通行にて来訪している。

 イカれてる。記憶を持たない今の私ですら、そんな凶行に及ぶ者は気が狂っていると勘繰らざるを得ない。

 もっとも何も覚えていないだけで、やらかしたのは私なのだが。果たして、何を思って敢行したのやら。

 私の持つ一番古い記憶は、タイムスリップ後のもの。目が覚めたら、知らない部屋のベッドで寝かされていた。

 

 手記本体も未来に置いてきている。

 その代わり、この時代における同一の手記に、私の名前が魔道具の機能を発動した名残として刻まれている。

 

 ちなみに出だしの発言は、魔道具店の店主――になる予定の人が発したもの。人というか、元人間のリッチーだけど。

 名をウィズという。この時代での手記の持ち主で、私を保護した女性でもある。

 順序としては、彼女がタイムスリップの要となる転送先の登録を行い、そこを目印に私が飛んできた。故にこの出会いは必然だった。

 

 なお彼女自身は、これを素晴らしい魔道具だと私に対して力説していた。一点の曇りもない本心で。

 今でも様々お世話になっていて、足を向けて寝られない相手ではあるけれど。それでも、一言言わせてもらおう。

 ウィズはひょっとすると、少し頭がおかしいのかもしれない。

 私も今はまだ、知らないことだらけの身だ。だから、現時点では断言できずにいるものの。

 

 手記は、私が正式に譲ってもらった。

 一度力を起動したことで、過去への移動先の登録はリセットされた。よって、魔道具としての根幹を為す能力を今は使えない。

 今となっては、ほぼ手記と化している。

 差し当たり、今後もこうして手記として活用させてもらおうと思う。

 

 

【首無し中年死体蹴り事件】

 事実は小説よりも奇なり。

 よもや、城内で遭難しようとは。我が事ながら思いもよらなかった。

 

 事のあらましに言及するより先に、私が居住する場所について説明しておこう。

 ここは魔王城。

 今の私は、そこの一室を魔王より自室として借り受けている。

 と言っても、その取りまとめを行ったのは私ではない。私個人は魔王との面識は無い。

 

 この城は、魔族で構成される魔王軍の本拠地となっている。

 魔王軍は人類国家群とは敵対、というか、現在進行形で全面戦争の真っ只中だ。

 つまるところ人間の私は、本来即刻殺されても不思議ではなかった。ウィズの取り成しで、幸いそうはなってないが。

 今では魔王が公認する客人という立場の人間が滞在していると、城に詰める兵士の間でも周知されているとか。

 

 本題に戻る。

 ずっと部屋に籠もっても手隙だし、特段外出を禁じられてもいない。

 なので最近の私は散歩を日課に組み込んで、ジワジワと活動範囲を広げていた。

 理由は他にも多々あるものの、要は時間の無為な浪費を嫌ったと言える。

 

 そしたら冒頭にもある通り、遭難した。

 糸が切れたようにフッと全身から力が抜け、通路の床にぶっ倒れた。つまりは、単純なスタミナ切れだ。

 後から振り返ると、予兆はあった。しかし疲労で動けなくなるのが初体験だった私に、引き際の見極めなど出来ようはずもない。

 帰路の途上で身動きが取れなくなるのは、立派に遭難と断じて差し支えあるまい。

 

 無人の廊下でしばらく横たわっていると、デュラハン――自分の首を小脇に抱えるアンデッドの騎士が通りがかる。

 後で知ったが、幹部を務めるベルディアという名の大物だった。

 彼は私を認めるや、すぐさま駆け寄って安否を確認してきた。私も素直に応じる。

 そうして動けない私をベルディアに運搬してもらう運びで、スムーズに話がまとまる。が、ここで奇妙な展開へと進展する。

 何かに思い至ったベルディアが押し黙り、とんと動かない。どころか先刻まで思いやりに満ちていたその瞳には、こちらへの濃い警戒の色が覗いていた。

 この急な変節は一体。私は訝しむ。

 心当たりは、ちょっぴりしか無い。腹の内で、このデュラハンの利用価値をこっそりと値踏みしていたくらいで。

 

 場が膠着すると。これを見計らって、付近の床から知人の仮面悪魔――バニルがニョキニョキと生えてくる。

 なお、生えてきたとは比喩でも何でもない。

 これにベルディアが悲鳴を上げた。黒くて艷やかでカサカサとすばしっこい、あの恐怖の大王を視界に入れたよりも嫌そうな声音だった。

 咄嗟に飛び退いて距離を空けた辺りから、心底関わり合いになりたくないとの彼の心情が伝わってくる。

 一方私は、悪魔の初見の生態に感心して呑気に様子見と洒落込んでいた。

 

 そんな私たちを一顧だにせず。

 バニルは、いつもの頭のネジが外れた風の高笑いを上げる。

 次いで別段聞いてもないのに、勝手に私たちの陥っている状況の解説を語り始めた。

 

 つい先日のこと。この中年騎士は、足首を挫いて蹲るサキュバスと遭遇した。

 元人間の騎士にして、今でもそうあらんと己を律するベルディアだ。困った女子に救いの手を差し伸べるのは高潔な彼からすると当たり前で、逡巡の余地も無い。

 それはそうと、送り届けるためおぶったサキュバスより押し付けられる二つの柔らかな象徴に、内心鼻の下を伸ばしたが。

 が、これは罠だった。

 このサキュバス、正体は化けたバニルだ。

 端的に言うと、彼のスケベ心に付け込んだドッキリだったのだ。

 悪魔に性別は無い。バニルの外見も、体格の良い大男。

 女好きのベルディアは、そうと知らなかったとはいえそのような相手に劣情を催していた。

 

 その落胆に、さらに追い打ちまでかけられ、徹底的におちょくられて羞恥の悪感情を搾取される憂き目に彼は遭った。

 あの日の苦い経験がまだ色褪せない中、それを再現するかのようなシチュエーションが彼の眼前に立ちはだかる。

 怪しむに決まっている。

 こんな馬鹿の一つ覚えのように繰り返すかとの疑念はあったが、だからこそその油断を突く心算かもしれない。

 そんな思惑から、ただの行き倒れに過ぎない小娘の私に、ベルディアはやたらと猜疑心を募らせビビっていたのだ。

 実態は、幽霊の正体見たり枯れ尾花だった。

 

 まだ塞がってない心の深傷を抉られ、ベルディアは悶え苦しんだ。

 それも、少女の私の目の前で恥を暴露された。彼にも、子供の前で見栄を張りたい気持ちは人並みにあったのに。

 あまりにも酷い死体蹴りだ。さすがは悪魔。血も涙も無い。

 そんな所感を持った私は――バニルに加勢することにした。

 

 仮面悪魔の洗練された煽りスキルに、強い関心を抱いたのだ。参考になりそうだし、この好機にもう少し見物したい。

 そこで私は、ドン引いた顔を作る。怯えの色も少量トッピングした。

 あたかも弱みに付け入って、この身を狙おうと目論んでいる性犯罪者ではないかとベルディアを疑うかのように。

 もちろん顔色だけでなく、言葉にしての口撃も放つ。

 真相が真っ当な親切であり、下心が無いのは察していた。というかサキュバスの話自体、私としてはどうでもいい。

 バニルの手腕観察のほうが重要度が高く、その反面、心優しい首無し中年の精神を労るのには興味がなかった。それだけだ。

 この際デュラハンが再起不能になっても、援護を対価にバニルに部屋まで運んでもらえばいいと冷徹に計算する。

 彼の用途が、自らの好奇心を満たすために捧げる生贄として決定した瞬間である。

 

 ベルディアの反応は劇的だった。

 自分の好みはバインバインのお姉さん系で、子供にそんな目は向けないとか。焦りから、中々とんでもないことを口走った。

 聞くに堪えない。中年男の女の趣味とか、それこそ子供に聞かせる話ではあるまいに。

 しかも結果的に、私を引き合いに出すセクハラにやや抵触してやいないか。

 私は自分の所業を棚に上げ、そっと眉をひそめた。

 このことをウィズに告げ口して、ベルディアへの報復のためにけしかけるかを静かに検討する。

 

 ベルディアを散々苛め倒した悪魔だが、それに飽き足らず。あろうことか助力した私にまで矛先を向けてくる。

 ただ普通に歩いただけで、遭難という常人には成し得ない珍事を達成した私の有り様を、何ら憚ることなく嘲笑ってきた。

 そのか弱い小娘を助けるどころか、追加で鞭打つとか。まったくもって外道極まりない。

 

 それだけに留まらず。

 素手の喧嘩だと人間の五歳児にもギリギリ敗北を喫するだろうと、まずバニルは私の身体能力の虚弱さについて前置きする。

 その上で、以後は日常生活でも気を配るようにと、アドバイスに見せかけた煽りまで付け足してきた。

 私は、直接戦闘だと五歳児に勝てないらしい。

 どんな顔をしていいか分からない。ひとまず悪魔の希望に近いと思われる、落ち込んだ感じの表情を浮かべておく。

 僅かなショックはあれど、私としては然程気に留めていなかった。

 ただ、バニルの口上をもう少し継続させようとの魂胆から、この場はあちらを調子付かせておくことにした。

 

 が、あっさりバレた。

 望んだ悪感情が私から流れ込んで来なかったのに加え、見通す力も駆使したようだ。

 他方で、特にターゲットでも何でもなかったベルディアだけが私の名演を信じ込んで、同情の眼差しを注いできた。

 

 その後最終的にはバニルと別れて、ベルディアを乗り物に部屋まで運んでもらった。

 あと彼は、私にできる簡単な体力作りのトレーニングも考案してくれた。バニルが話した諸々への憐れみが多分にあるようだ。

 私は特別気にしてないが、都合が良いのだから訂正する道理もない。

 このようにベルディアには親身に面倒を見てもらったし、バニルの技能を観察する実験動物としても役立った。

 これらの貢献に免じて、私への失礼な発言についてウィズに告げ口するのは止めておくとする。

 

 

【暇潰しの材料を探して】

 ウィズが訪ねてきた。

 前にもチラッと記したが、最初に私を保護した女性だ。商人を志しているとか。

 こうして足繁く通っては、何くれと無く私の世話を焼いてくれている。

 現状、私が最も交流のある人物と言えよう。

 もっとも此度に関しては、寝込む私の見舞いが主目的だ。なお起因は、前日の遭難による過労と筋肉痛。

 

 このところ、やることが無くて暇を持て余している。

 談笑中に、私はウィズにそんな悩みを打ち明けてみた。

 すると彼女は室内に目線を彷徨わせ、暫し思索に耽る。そしてはっと書棚に目を留めると、読書はどうかと勧めてきた。

 

 もう部屋のものは読破したし、何なら二周目も済んだ。

 手慰みに手記の筆を執ってもみたが、これとて費やせる手間はたかが知れている。

 この返答は、ウィズにとって仰天に値するものだったらしい。目を丸くした。

 しかし再び本棚を見遣ると、若干不可解そうに小首を傾げる。

 まだそこまで経っていないのに、あれだけの本の山を片付けられるものなのか。ちょっと早すぎるような。そう独りごちる。

 

 大袈裟な。

 私は、読書という行為に馴染みがない。これでもゆったりペースだ。

 初の一冊は小説だったけれど、当初はまだまだ不慣れだった。読み切るまでには、朝食を食べ切るくらいの時間を要した。

 あれから徐々に熟達している。今ではあの頃の拙さとのんびり具合に、微笑ましさから思わず失笑を漏らす速度へと至った。

 それとも何か。そんな私の読了ペースが異常だとでも?

 

 

【特技が生えてきた】

 異常だったらしい。

 

 順を追って記そう。

 ウィズが、余所から本を見繕って持って来ると申し出てくれたので、ありがたく私はその提案に乗っかった。

 そしてさっそく、多数の本が部屋へと運び込まれたのが昨日の話。

 その明くる日。

 前の分を全部読み切った私は、新しい本のおかわりをお願いする。ここで、ウィズからの激しいツッコミが入った。

 彼女は、前の日の量だけで優に一週間は保つと見込んでいた。早すぎないか。そう怪訝に思わずにはいられなかったのだ。

 確かに昨日も、彼女は似たようなセリフを口にしていた。蓋を開ければ一日かからなかったために、あれは何だったのかと仄かな違和感はあったが……。

 

 そうしていざ検証してみると、ウィズは目を剥く。

 このとき読んだのは『暴れん坊ロード』。

 元君主の痴呆老人が、介護の二人を引き連れ、世直しと称して領地を徘徊する物語。その第一巻だった。

 これの完読に私が割いた時間は、秒単位。コップ一杯の水を飲み干すのと同程度だ。

 

 傍目には、パラパラとページをめくっているだけに見えるらしい。とはいえ無論、キチンと目を通している。

 ストーリー絡みでウィズから種々質問をされるも。どこのページの、何行目に、何と記載されているかまで事細かに記憶していたので、楽々パスした。

 すると、唯一畑で育つ魚類なはずのサンマが、水を得た魚よろしく大海原を悠々と回游している場面を不意に目撃したような。ウィズがそんな面持ちになった。

 彼女の常識を粉々に破壊するのに十分な、衝撃的光景だったらしい。

 

 今でこれなら、速読スピードがなおも上昇中と知ったらどうなるのか。

 ページめくりが速くならないし、動体視力も追いつきそうにないから、そろそろ頭打ちではあるけれども。

 

 

【見通す悪魔と手記】

 魔王軍の幹部にして、地獄の公爵。

 魔王より強いかもしれないと評判の大悪魔、バニル。

 

 悪魔とは、主に人間の悪感情を糧とする生き物だ。

 好みは個々によって異なる。バニルで言うと、残念と思う感情や、恥ずかしいとの感情を好物としている。

 そうした嗜好のため、悪感情を製造する人間には危害を加えない。人間の減少は、その分食糧が減るだけで益が無い。

 精々からかわれてイラッとするくらいで、人間に害は無い――とは当人並びに、バニルの友人たるウィズの言だ。

 それに釣られて連想するのは、先頃発生した見るも痛ましいベルディアの悲劇。

 ……言うほど無害か?

 

 バニルの異名は『見通す悪魔』。

 この世のすべてを見通すと自称している。それは伊達ではない。

 大抵を見抜く予知、予言に相当する凄まじい力がある。その異能の前では思考も、過去や未来の事象すらも筒抜けとなる。

 ベルディアの一件で、私がバニルを謀れなかった所以でもある。

 

 ここで、ある疑問が頭をもたげる。

 その特殊能力で、埋もれた私の記憶を発掘できるのでは?

 それなら私が思い出せずとも、私自身のルーツを辿るのは可能となる。

 

 が、結論を言うとできない。

 妙な言い方になるが、私の脳に記憶が物理的にインプットされてない。見通すべき記憶が元より無いのだ。

 私の記憶喪失はド忘れの次元ではない。手記の効果によって、それまでの記憶を丸ごと未来に置き去りにしているのだ。

 森羅万象を見通すと豪語する悪魔を凌ぐとは。ウィズはまた、とんでもない魔道具を見出したものだ。

 もっとも、あまり皮肉を言うと使用した私にもブーメランが刺さる。この辺にしておこう。

 

 着眼点を変えよう。

 私の内包する記憶を看破するアプローチは通じずとも、これまで辿った道筋を見通してタイムスリップ以前の軌跡を追う手がある。

 だが、これもまた、いくつかの要因により困難を窮める。

 まず、私の元居た未来が今の時間軸からは遠すぎる。

 しかも、純粋な未来ではない。私が手記で魔王城に遡行していない可能性の平行世界。その彼方を見通さなくてはならない。

 ダメ押しに、タイムスリップ直前に迫るほど見通す力を遮る何某かが障害物的に邪魔で、見え辛いとも溢していた。

 

 この大悪魔、思ったよりも使えない。

 わざわざ見通してくれたバニルへと、私は嘆息した。

 私からガッカリの悪感情を摂取したバニル。だが扱いは雑だし、しかも経緯が経緯。見通す悪魔としてのプライドが傷ついたのも相まって、バニルは複雑そうな顔つきをした。

 

 それでも、無理を押して少しだけ見通してもらった。

 それにより判明したのは、いつかの日付の、朝昼夜のどこかで食したと思われる献立。おやつ時や深夜の線もある。

 ついでに私ではなく、当時偶々私の近場にいた赤の他人の料理メニューということも有り得るそうな。

 それはもう、無益な情報なのでは。

 なお内容を記すと、カエルの唐揚げ定食とシャワシャワ。

 

 これらは、この間悪感情を引き出すのを私が手伝った案件への、ささやかなお礼らしい。

 頭の片隅に、すっかり私の演技に騙されてメンタルをボコボコにされたデュラハンの記憶が呼び起こされる。

 とはいえあれは、純朴な少女とベルディアの二人が、バニルに振り回されただけの惨劇。私は被害者だ。

 表向き、そういうことになっている。

 私は何のことやらとしらばっくれて、表面上は困惑を顕にして首を捻る。ただし、報酬はしっかりと受け取る。

 何とも空々しい茶番である。

 

 

【求人案内が来た】

 ウィズにも尋ねられたことだし、この機に改めて明言しておこう。

 元の時代に帰りたいか。その問いに対する私の回答は、ノーだ。

 

 昔の記憶が無い。故郷を意識させる品物も一切無い。

 そのような様相で、郷愁の念を抱けというほうが無茶だろう。

 未知の未来より、既知で多少の縁もある現代を優先する。私にしてみれば、これは当然の帰結でしかない。

 強いて言うなら、魔王城が今の私にとっての故郷とも言えるか。

 もっとも、かつての私が何を企図して手記を用いたかは、大いに気にかかるところではある。

 

 話を変えよう。

 今度開く魔道具店の店員にならないか。ウィズから、そんな勧誘を受けた。

 

 乾坤一擲の大勝負――みたいな緊張を漂わせながら切り出した彼女には悪いけど。ぶっちゃけ、想定内だ。

 子供で、肉体的に脆弱で、しかも今の境遇にはウィズも一枚噛んでいる。

 彼女の性格上、そんな私を放ってはおけない。現に常日頃、私の容態を気にかけているのもそうした背景があるようだし。

 ただ当の私は、どこもかしこも魔族だらけな環境をまるで意に介していない。日々をマイペースに過ごしている。

 それをウィズも知っている。だから、そこまで切迫した感は無い。

 彼女が見通す悪魔の友人でさえなければ、私としてはウィズの罪悪感に付け込むのも吝かでは無かったが。悪手だからやらないだけで。

 あの二人、善性の塊に畜生の権化と、一見して水と油っぽいのに。どうして友人関係を築けているのだろう?

 

 話が脇道に逸れた。

 ともかく、ウィズの誘いは予期していた。

 しかしそうでありながら、私は未だ答えを出しあぐねている。

 気心の知れた相手だ。乗るのは有りだと思う。

 ただどうしても、彼女の商売センスが引っかかる。

 あのガラクタ手記をとても良いものだと熱心に説いていた、初めて会った日の姿が頭から離れない。それで二の足を踏んでいる。

 あのときは、狂を来しているのではとウィズの言動に不気味さすら覚えた。まあ、単なる思い過ごしだったけども。

 ただし、正気であれを称賛できるというのも、別ベクトルで尋常ではない。

 

 冷静に俯瞰するなら疑りすぎ、重箱の隅をつつくが如し指摘だろう。

 仮にウィズが商人としての素質に問題を抱えていたとして、結構な難点ではある。だが、それだけだ。

 彼女には長所もある。それは、些細な短所ひとつで塗り潰されるものではない。

 正直なところ、何をそれほどまでに憂慮しているのか、自分自身でも掴みかねている。

 あえて言うなら、勘?

 

 ともあれ、今日のところは判断保留。

 ウィズには一旦引き返してもらうことにした。

 

 

【記憶にも色々あるらしい】

 またしてもウィズが勧誘に来た――のはいいのだけど。

 なぜか、仮面悪魔まで連れ立って現れた。

 たかが人間の小娘一人に、ノーライフキングと公爵級悪魔がタッグを組んできた。あまりに由々しき事態だ。

 城の屈強な魔族と言えど、大半は裸足で逃げるか、その場で土下座して命乞いを始めるオーバーキルっぷりと言える。

 私は見せつけるように、わざと顔をしかめた。

 が、鬼畜悪魔はこれを無視。ド天然リッチーは気づきすらしなかった。

 

 何をしに来た。

 そうバニルへ詰問するも、友人から相談を受けたので、身の振り方に迷う若者の力になりに来たのだと素知らぬ顔で宣う。

 白々しい。この仮面は、その手の善意を基に動くタイプではない。付き合いの長くない私も、その程度は理解している。

 私と同様、利己のためには他者を利用することを厭わない質だ。

 というか、この悪魔は最低限の体面を取り繕ってこそいるが、何かを企てている策謀の気配を本気で隠す気が無い。

 まったく、実に友人思いな悪魔だ。

 

 ウィズが多種多様な道具――いずれも魔力をまとう魔道具を取り出して、私に手渡してきた。

 アイテムの鑑別をやってみてほしいと、唐突に求められる。

 ちなみに、この品々はバニルが事前に集めておいたものとか。それはまた、準備万端なことで。私は仕込みで後手に回っていると。

 

 脈絡もなくメチャクチャな要求をしてくるなと思いつつ、指示に従いやってみた。

 できた。

 慣れない作業ではあったが、そんな私でも容易に読み取れた。手記と比べて、何の変哲もない簡素な魔道具だったのが大きい。

 この成果に、そうなるのは端から分かっていたと二人は満足そうに頷いた。

 

 さして意識せず、私はさらっと成し遂げたが。魔道具の鑑定とは、専門知識の土台が無い素人に実現できることではない。

 私が魔道具にまつわる知識を備えていると、ウィズはあらかじめ予想していたのだ。

 初めて例の手記に触れた折。私は何気なく、ほとんど無意識的に魔道具としての性質を解析しようとした。その様を目の当たりにしてピンときたそうな。

 というわけで、魔道具店で勤める上で極めて重大な技能を修めていると証明された。そうウィズが声高に主張してくる。

 彼女の中では、私が返事を留保しているのは店での先行きに不安を抱えているから。ということになっているらしい。

 

 ところで。今まで私は漠然としか理解していなかったのだけど。

 バニルの補足によると、私が手記の副作用によって失った記憶とは、思い出関連の事柄だけだそうだ。

 これに当て嵌まらないものは、例えば今のように文字の読み書きをしたり、会話に支障を来していない点などが挙げられる。

 すなわち、身につけた知識や技能系。私には身に覚えがないだけで、これらはそのまま残っている。

 なのできっかけ如何で、自然と記憶の引き出しから引っ張り出せることもある。

 今の私は家族の名前も覚えてないが、これもふと思い出す日がくるやもしれない。それに付随するエピソードまではダメにしても。

 そんなわけで一口に記憶と言っても、その内実は広範かつ、多岐の分野へと枝分かれしているらしい。

 なお、これらの記憶もまるっと喪失してたら、中身が赤子化していたかもしれないとか。それはまた、恐ろしい話だ。

 

 二人が退室する間際。

 片割れのバニルは、せっかく高いポテンシャルがあるのだから、その強みを活かせば良いと。私の胸中を見透かし、その心配性に呆れるように助言らしきものを残した。

 あの悪魔に、何らかの意図があるのは間違いない。ただそれは、こちらを陥れようとの害意では無さそうに映る。

 どちらかというと、私がまだ全容を突き止めている段階にある自身の能力を評価して、早期に囲い込もうとしているような?

 

 

【就職内定しました】

 魔道具店の件についてだが、結局お誘いを受けることにした。

 

 そんな次第で、私は晴れて店員の肩書きを獲得した。

 が、当面は待機だ。やることが無い。

 職場となる、肝心の店が無い。

 ウィズからは、店舗調達のために只今あれこれ動いている最中と聞き及んでいる。それが落着するまでは手持ち無沙汰となる。

 

 彼女の商才への懸念から及び腰となっていたけど、そこは捨て置くことにした。

 少なくとも、それ以外の面で難があるようには見受けられないし。

 性根は善良、魔道具への見識も深い。むしろ当たりの部類だろう。合理的に考えて、幾ばくかの疵瑕があったとしても、トータルでは目を瞑って余りある。

 それにしては選択ミスしたような、とんでもない見落としをしているかのような胸騒ぎが一向に収まらないけども。

 

 はて。一体何なのか。

 今パッと思いつくのは、ウィズの商人適性の無さが私の想像をマイナス方向にぶっちぎっているとか。それくらいだ。

 だが、それとて限度はある。あまりに度が過ぎるなら、商人を目指す途中で自覚して身を引くだろう。

 もしも異次元のポンコツっぷりを欠片も自覚せず、今日まで邁進しているというなら。それはもはや、私の理解を超えている。シンプルに頭がおかしい。

 そのような突飛な発想まで念頭に置くのは、疑心暗鬼の領域。天から隕石が降ってくるかもと憂鬱になるようなものだろう。




・タイムスリップの魔道具
モチーフはドラクエの冒険の書。

・暴れん坊ロード
『爆焔』一巻より。水戸黄門と暴れん坊将軍のオマージュと思われる。
暴れん坊ロードの第一巻は、乱心して領地ごと根切りにしようとする痴呆老人の脅威に、悪徳領主と村人達が確執を乗り越えて一致団結。撃退して仲直りするというストーリー。
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