とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【デストロイヤーの報酬と国家転覆罪】
この日は、大きな出来事が二つあった。
一つ目。大物賞金首デストロイヤーの討伐報酬が支払われた。
作戦に参加していたウィズも当然、これを受け取っている。
おかげで店の負債は完済。経営にもようやく一息つけた。
ついでに目標金額を期日内に達成できたので、先日ウィズに取り付けていた爆発物チョーカーも外すことができた。めでたし、めでたし。
ただし、思わぬ弊害もあった。
ウィズが魔道具の効力を実感し、逆にチョーカーをオススメ商品として推すようになったのだ。
いや、どうしてそうなる。
二つ目。サトウカズマが逮捕された。容疑は、国家転覆罪。
原因は、デストロイヤー戦におけるコロナタイトの転送先。
カズマの指示でランダムテレポートを実行したウィズが、コロナタイトを飛ばした先――それが、街の領主アルダープの屋敷だった。
人的被害こそなかったものの、屋敷は爆発で吹き飛んだ。
結果、カズマはテロリストあるいは魔王軍の手の者との嫌疑をかけられ、あえなく拘束された。
転送を実行したのはウィズなので、私にとっても他人事ではない。彼女からも何かできないかと相談されているが……。
私自身が逮捕された時の備えなら仕込んである。ウィズの正体が露見した際の手札もある。
が、それらはカズマ用に転用できるものではない。
……というか、なぜよりにもよってピンポイントで屋敷に転送されたのか。
カズマの持ち前の幸運はどこへ行った。それとも現場にいたアクアの規格外の不運に相殺されたとか、そういうオチなのか。
そして、告発したのがよりにもよって悪徳領主アルダープ。
私はこれまで、この男を詳しく調べたことがない。深入りは何となく危険な予感がするのだ。
王国の懐刀たるダクネスの身元を探ろうとしたときですら、そんな直感は働かなかった。そこが逆に不気味だ。
せめて他の貴族なら、有効な手立ても思いつくのだけど。
アルダープは陰湿で執念深いことで知られ、悪徳貴族の中でも一際性根が腐っているとか。
カズマのことも、ただの腹いせで死刑まで持っていこうとする可能性が高い。
この際、正攻法――つまり裁判での勝利には、あまり期待していない。
相手がアルダープである以上、最後は司法ではなく権力の殴り合いになるだろう。
実家の権力を振りかざすのを嫌い、仲間にすら本名を隠しているらしいダクネス――ダスティネス・フォード・ララティーナも、今度ばかりは動くだろう。
そうなると、私が手伝える余地は然程ない。
搦め手を仕込むにも、時間が足りない。
裁判用の資料でも、一応作成しておくか?
【冤罪、ダメ絶対】
久し振りに顔を合わせた仮面の悪魔は、店に入るなり、まったく身に覚えのないクレームをぶつけてきた。
バニル曰く。
運だけが取り柄の小僧は、今後の店の発展に欠かせぬ人材。それを合法的に抹殺しようとは、何を考えているのか。止めておけ。
は?
私は心底ポカンとした。何を言っているのか、本気で意味不明だった。
暫し脳内を整理し、『小僧』がサトウカズマを指しているらしいと察する。
どうやらこの節穴悪魔、私が裁判を利用してカズマを死刑に追い込み、謀殺しようと画策していると決めつけているらしい。
カズマのことを知っている点自体は驚きではない。どうせ道すがら逮捕劇の噂でも耳にして、そのまま好奇心で全容を見通したのだろう。そこまでは読める。
ただ、そこからなぜ私が黒幕という結論に飛ぶのか。そこがまったく分からない。
私が露骨に困惑を顔に出しても、バニルはすっとぼけるなと言わんばかりに苛立ちを深めるばかり。
どうも、白を切っていると誤解されたらしい。……いや、まあ実際、白を切るときの常套手段ではあるのだけど。
探り合いの末、双方黙り込み、重い沈黙が流れる。
その隙間を縫って、ウィズがそっと口を開いた。先ほどの発言の真意をバニルに問いただす。
が、返ってきた言葉はイカれていた。
「分からんか、察しの悪い店主め。ならば教えてやろう。
店のためと称しては金庫の有り金を持ち出してガラクタに変える盗っ人店主の如く、正義を建前に好き勝手しているそこの娘がだ、悪名高いこの街の領主という格好の獲物をいつまでも野放しにしておくと思うか?
無論そんなはずがなかろうて。領主はとっくに謀略娘の首輪付きである。そのくらい、我が力で見通すまでもないわ!」
「な、なるほど。言われてみれば確かに。……あっ! まさかアクア様ですか!? 私がいつもアクア様に振り回されているから、それで報復にこんな……あれ? バニルさんさっき私のこと、この人と同列に扱いませんでしたか?」
現実とは著しく乖離した、極めて理不尽な言いがかりだった。
殊に、私を産廃店主と同列に語るなど甚だ心外だ。断固として訂正を求めたい。
ともあれ、状況は理解した。
バニルは、アルダープが私の手駒であるという前提で話を進めていた。
ウィズはウィズで、私がアクアへの報復としてカズマを狙ったと誤解したわけだ。
……この二人、私のことをなんだと思っているのか。
ご近所の奥様方に可愛がられる魔道具店店員に対して、扱いがぞんざいにも程がある。
ともかく、バニルが濡れ衣を着せてきた背景は見えた。
アルダープが動いている。
だからこの裁判劇は、私が糸を引いているに違いない。もしくは、少なくとも止める意思がない。そういう論法だ。
結局、私がまったくの無実であると二人が納得するには、バニルの能力で真偽を見通してもらうしかなかった。
そしてその最中、領主を見通した際のバニルの反応が気にかかる。
思いがけないものを発見したと、含みのある高笑いをしていたのだ。
『謀略娘が領主への深入りを本能で忌避するのはそういうことか』と。
見通す悪魔は一人で何かを得心していた様子だったが、肝心の理由は何も教えてくれなかった。
誤解が解けた後も、話は続いた。
その結果、私は此度の裁判に干渉しないと決めた。
それが、最も良い結果に繋がるらしい。
バニルが言うには、私が介入すると、なまじ影響力があるせいでかえって事態が拗れる恐れがあるという。
バニルにとって、今ここでサトウカズマに躓かれては困るのだ。
何しろ『店の発展に必要』だとカズマの価値を断言していたし、わざわざ私にクレームをつけに来たくらいである。
とはいえ、同時にあの悪魔が何かを企んでいるのも明白だ。
裁判自体は、私やウィズにとって納得できる形で収まるだろう。そこは信じていい。
だが、『最も良い結果』も『拗れる』のも、基準はあくまでバニルと断じて良い。
私が動かないのが最善手、という見立ても、要するに盤面を荒らされるのが嫌だから遠ざけただけに思えてならない。
一通り話が済むと、バニルは変身して、人混みに紛れながら店を出ていった。
街へ向かう途中で『面白いもの』を見かけたとかで、そちらに寄っていくのだという。
詳細は不明だが……どうにも、思いっきり私事を優先している雰囲気があった。
それでいいのか、魔王軍幹部殿。魔王から請け負った任務はどうした。
【裁判の結末】
先に結論から述べよう。
裁判は、おおよそ予想通りの決着に落ち着いた。
一時は死刑が決まりかけたものの、ダクネスが実家の権力を発動し、裁判そのものを預かって判決は一時保留に。
その間に、カズマの身の潔白を証明することになった。
つまるところ、行く末は今後の動き次第というわけだ。
とはいえ、いくつか気になる点もある。
まず、弁護人が想像以上にアレだった。特にアクア。どうして連れてきた。
水色髪のドヤ顔を弁護側に認めた途端、これでカズマの死刑が確定したのでは、と私は本気で悲観した。
さらに、検察官や裁判官の様子も、一時どこか不審だった。
アクアが突然、『誰かが悪しき力を使って事実を捻じ曲げようとした!』などと叫んだが、あれと因果関係があるのだろうか。
……いや、やめておこう。これを深掘りするのは、猛烈に悪い予感がする。
それに裁判の中で暴露されたカズマの素行が、まあロクでもない。
女性のパンツをスティールしたり、それを脅迫材料に使ったり。魔剣グラムを売り払ったのも彼だったと発覚したり。
こうして並べると、いよいよ酷さが際立つ。
とはいえ、そこまで責める気もないのだ。
あの少年の発想は私とは着眼点が違っていて、毎度のように感心させられる。
ただもう少し、他人の目を意識するという処世術は身につけたほうがいいとは思う。
冒険者は商人と違って、悪名すら一種の武器にはなる。だが彼の場合、そういう計算があるわけでもなさそうだし。
ちなみに今回の件、彼の逆境にはウィズも少し関係しているらしい。
『魔王軍の者との交流はない』という彼の発言に対し、魔道具が嘘を感知してしまったのだとか。
さらに、アンデッド専用のスキルであるドレインタッチを習得している点も問題視された。
魔王軍との関係についてはカズマが自力で切り抜けたからいいとして、ドレインタッチの件は私も手を貸しておこう。
必要ならこちらでカバーストーリーを用意して、街にそれとなく流布しても良い。
なにせ、彼のおかげでウィズの正体が露見せずに済んだのだし。
この前、アクアから聞いた話が使えそうだ。
キールのダンジョンでリッチーと遭遇したとか。時期も、カズマがドレインタッチを習得した日付と近い。
そこで、カズマがスキルをリッチー(ウィズ)から教わったという話。
ダンジョンでキールという名の友好的なリッチーに出会った話。
これをそれぞれ別個に流布する。
後は人々が勝手に点と点を繋ぎ、『カズマはキールからドレインタッチを習得した』と解釈してくれるだろう。
伝説級のレアモンスターに複数回出会うなんて、そちらのほうが現実味がない。
だからこそ、ウィズの名前を伏せるだけで、嘘を吐かずに真実を誤認させられるというわけだ。
いや実際、こんな駆け出しの街の周辺に、なぜリッチーが二体も生息していたのだろう……。
【店長がダウン】
お次はヴァンパイアか。
リッチーのキールに、デストロイヤー。そして今回のヴァンパイア。
最近のアクセルは駆け出しの街のくせして、大物モンスターが出現しすぎだろう。
しかも、今も街の近くをバニルが徘徊しているはずだし。
発端は、ギルドからウィズに舞い込んだ調査依頼だった。
アクセルから然程離れていない洞窟周辺で、自然発生とは思えないアンデッドの目撃報告が相次いでいるという。
中位クラスのアンデッドが群れていることから、背後にそれらを生み出す高位モンスターが潜んでいるのでは、との見立ては当初からあった。
だが現地で遭遇したのは、リッチーに匹敵する大物アンデッド、ヴァンパイアだった。
しかも討伐と引き換えに、ウィズが深刻なダメージを負うこととなった。
……ただし、加害者はアクアである。
依頼を受けた場には、偶然アクアたちのパーティーも居合わせており、成り行きで合同参加していたのだ。
なお私は店番につき不参加である。顛末はすべて事後報告で知った。
相手は真祖ではなく、下級ヴァンパイア。
とはいえそれでも超大物には違いない。……が、現場では間抜けなコントが繰り広げられていたようで。
ケチのつき始めは、種族的に犬猿の仲であるリッチーとヴァンパイアが、不死の王の座を巡っていがみ合いを始めたこと。
そこへアクアが面白がって口を挟み、事態は完全なカオスへ突入した。
結果、両者がアクアの神聖な魔力をドレインタッチで無理やり吸わされ続けるという、謎の我慢比べがスタートした。
アクアとしては、両方まとめて滅ぼそうとの魂胆だったらしい。
最終的に、ヴァンパイアが先に消滅したので勝負はウィズの勝ち。
とはいえ、ウィズも消滅寸前まで追い込まれて気絶。
身体はほぼ透けてしまい、ゴーストよりも儚い存在感になってしまった。
日頃は『心は人間のまま』と主張しているウィズだが、まさかヴァンパイアと張り合うほど、ノーライフキングとしてのプライドがあったとは。感性がリッチーに引っ張られていたりするのだろうか。
ちなみに、私の観察眼による人外判定センサーでは、ウィズは人間と誤判定される。
精神性が人間の頃から変質していないからでは、と推測している。
ただ、このセンサーは自分自身を鏡越しに見た場合でも人外疑惑の判定が出るので、やや信憑性に欠ける。
同じ理屈を適用するなら、私の精神は元々、人外に寄っているということになる。
ともあれ、神聖魔力を過剰に取り込んだウィズは、しばらく不調を引きずりそうだ。
当面はベッドに押し込んでおくことにする。
私がいなければ、店は明日から臨時休業だっただろう。
とはいえ、ウィズがこの容態なら店の資金を使い込まれる心配はない。
私も今は個人的な事情で少々動き回っているが、自由に店を抜けられる状況は都合が良い。
……特にデメリットが見当たらない。
何なら向こう数日は、このままでもいいくらいだ。
実は私は、アクアに感謝したほうがいいのか?
【アルダープ包囲網構築中】
はっきり言おう。この街の領主アルダープは、私にとって邪魔だ。
……もっとも、昔はそう思っていなかった。裁判の日までは。
悪政だの悪事だのといった悪い噂は、以前からそれなりに耳にしていた。
だが、そんなものは私にとってどうでもいい。
商売を締め付ける政策でも敷いていれば話は別だが、そういうわけでもない。
つまりアルダープは、私にとって利害も接点もない、ただの赤の他人でしかなかった。
しかし裁判当日。傍聴席から初めて実物を目にした瞬間、私は悟った。
――あれはダメだ、と。
人間性に重大な欠点を抱えているのは、まあ構わない。私も他人のことを言える立場ではないし。
とはいえ、さすがはチンピラのダスト、鬼畜のカズマを抑えて、アクセルのクズスリートップの筆頭を張るだけのことはある。
何より致命的なのは、あの男が自分の身の丈をまるで理解していない点だ。その上で強欲すぎる。
未だに破滅していないのが不思議なくらいだ。
ただの平民なら許せた。しかし、あんなのが私の住まう街の領主として強権を振るっているとなると、看過できない。
万が一、国の簒奪などという妄想を抱いて暴走しようものなら、その愚行のとばっちりはこの街――延いては私に降りかかってくる。
冗談抜きで、あの領主ならやりかねない。それほどの愚か者だ。
無能なのはよろしい、悪徳も好きに積み重ねればいい。ただし、私に迷惑をかけない範囲に限る。
まだ実害がなくとも、その懸念が無視できない時点で許容しかねる。
そんな愚者が領主の座に座っている。それ自体が、私からすれば大罪に等しい。
というわけで、裁判の終了直後から、アルダープを引きずり下ろすべく私は暗躍を始めた。
最初に目をつけたのは、ダスティネス家だった。
王国の懐刀と名高い大貴族であり、ダクネスの実家。
中でも当主イグニスは、私の目から見ても相当な切れ者だ。
確証はないが、ダスティネス家がアルダープの悪事を調査していることは察しがついていた。
王家の密命かどうかはさておき、少なくとも彼らの方針は私の思惑とも一致する。
本音を言えば、あまり深入りはしたくない。私の勘が強く警鐘を鳴らしている。
だからこそ、ギリギリ妥協できる落しどころとして、ダスティネス家を影から支援する形を選んだ。
ダスティネス家は、ちょうど苦境の真っ只中にある。
ベルディア戦では、自らの資産を切り崩してまで街の被害を補填した。
だが立て続けにデストロイヤー戦が起きた。街こそ守られたが、通り道の穀倉地帯が蹂躙された。
この二件の被害がもう少し間を空けていれば、イグニスも資金繰りの目処を立てられていただろうに。
しかし現実は非情だ。資産も、時間的余裕も、底を突いている。
責務を放棄している領主には、領民を助ける意志がない。
それでもダスティネス家は、代わって手を差し伸べようと苦慮している。
そこで私は、ドネリー家を唆してダスティネス家に資金を貸し与えさせることにした。
ドネリー家を動かすのは簡単だった。
当主カレンに、『ダスティネス家に高い恩を売りつける好機』とささやくだけでいい。
現時点で私は、ドネリー家の主導権を裏からほぼ掌握しつつある。これくらいなら朝飯前だ。
カレンとダクネスは会えば火花を散らす程度には不仲らしい。
ここで恩を売って、今後ダクネス相手に優位に立てるなら、願ってもない話だろう。
……ダクネス本人のストレスは計り知れないだろうが、そこは隙を見せたほうが悪い。
加えて、ダスティネス家への大きな貸しは、金額以上にドネリー家の政治的利益となる。
本来のイグニスなら、そんな付け入る隙を与えるはずがない。私が知る限り、彼の唯一の失策は娘の教育くらいのものだ。
今回のようなマグレでもなければ、彼が健在な限り、二度とこんな機会は巡ってこないだろう。
イグニスとカレンでは、役者が違いすぎる。
だからこれは、千載一遇の好機だった。
補填にいち早く着手した理由は、ダクネスの動きにもある。
被害者たちの陳情を受けて間もなく、彼女はアルダープの元を訪ねている。
どうやら交渉で金を引き出そうとしたようだが……正直、危うい。
好色家のアルダープは、ダクネスを偏執的なまでに嫁として欲している。
娘を溺愛するイグニスが、そんな相手に彼女を交渉役として差し出すはずがない。
すなわちダクネスの独断。自己犠牲の気質が裏目に出たと私は判断する。
アルダープへの貸しは悪手。
だからこそ、その貸しを少しでも軽減すべく、先んじて資金を注ぎ込んだ。
ちなみに、カレンが貸した額は五億。ドネリー家にとっても安くはないものの、出そうと思えば出せる額だ。
気がかりだったのは、イグニスがこの申し出にどう反応するかだったが……あっさり了承された。
ドネリー家の背後にいる者が発案者だと、どうも見透かされている。
動かす駒を財力に秀でるドネリー家一本に絞り、極力気配を隠したつもりだったが……やはりダメか。
まあいい。
黒幕に辿り着かれさえしなければ、それで結構。
【王都の納税について】
映像の記録装置を手に入れた。
昨年度末、王都各所で繰り広げられた税金取り立て騒動の一部始終が記録されている。
私も見るのは初めてだが、王都では季節の風物詩のようなものらしい。
アクセルの視点だと、ベルディア討伐の前日までに起きていた出来事、といえば分かりやすいか。
映像には、お金を巡った醜い争いの数々が、それはもう面白おかしく編集された形で映っていた。
この国では、年収が一千万エリスを超える高額納税者は、収入の半分を税として納める決まりがある。
王都に集う上級冒険者ともなれば、その程度のラインは軽々と超える。
もちろん、素直に払う者も多い。
だが一方で、納税最終日まで逃げ切って、滞納しようと足掻く者も後を絶たない。
だから毎年、納税期限が迫る頃になると、税務署と冒険者の間で激しい攻防が繰り広げられるのだ。
逃げる側は旅行と称して姿を
どちらも生活が懸かっているので、それはもう必死である。
しかも、これはまだ前哨戦にすぎない。
いざ納税期間に突入すると、攻防はさらに熾烈になる。
取り立て側には徴収依頼を受けた冒険者に加え、時には騎士団まで投入される。
その結果、魔王軍と戦う実力者同士による市街戦が日常のど真ん中で勃発するという、地獄絵図が展開されるのだ。
一応、殺傷力の高い攻撃や、街の建造物に被害を与えるスキルの使用を自粛する程度の理性は残している。
逆に言えば、それ以外は何でも有りということなのだが。
この手の映像は、貴族界隈では中々に人気を博している。
毎年新作が出るほどの売れ筋シリーズになっていて、他人の不幸を肴にした娯楽として定着しているのだ。
激しいバトルに、金を巡っての醜態、そして重税に打ちひしがれて崩れ落ちる冒険者たちの様子が楽しめる。
この映像の制作資金にはドネリー家も出資しているらしい。納得である。
庶民にはちょっと手が出ないお値段だが、カレンのような性格に難のある者が一定数存在するため、そこそこ需要はある。
私の手元にあるのも、ドネリー家を動かす過程でついでのように転がり込んできた品だ。
入手経路を突っ込まれると少し面倒なので、後日それとなく返品しておくつもりでいる。
さて。この情景、来秋はアクセルでも発生するかもしれない。
デストロイヤー討伐の報酬により、街には高額納税者が山ほど誕生した。
さすがに王都ほど大規模にはならないだろうが、何が起こるかはまだ読めない。
それに、ウィズも報酬を受け取った一人だ。もれなく高額納税者に該当する。
つまり、もはや他人事ではない。
店はともかく、冒険者報酬のほうは別枠で課税される懸念がある。
さて、どうしてくれようか。
【謎の仮面人形現る】
キールのダンジョンに、奇妙なモンスターが出没しているとのこと。
最近になって広まり出した噂話だが、どうやら与太話ではなかったらしい。
目撃証言によれば、見た目は仮面を被った小さな人形で、動く相手に取りついて自爆するという。
……外見的特徴が、某悪魔と酷似している。
タイミングといい、アレが関与しているのではとの私の疑念は、果たしてただの思い過ごしか?
前に店を訪ねて以降、どこかへ赴いたのは知っていたが。さては、キールのダンジョンが目的地だったか。
よくよく考えれば、十分に有り得る話だった。
今のキールのダンジョンは主がおらず、街からも程近い。新たにダンジョンを築くには、案外悪くない立地条件だ。
……とうとう、当初のプランは断念したのだろうか?
バニルの元々の構想では、ウィズの店で働いてお金を貯め、それを元手にウィズに巨大ダンジョンを建設してもらう段取りだった。
私は、その資金調達における協力者という位置づけである。
だがウィズの商才を鑑みれば、それは無茶を通り越して無謀の域だ。
店が潰れていないかと様子を見に来たバニルに、私は店の惨状を丁寧に、そして容赦なく説明した。
故にバニルも、店での資金稼ぎがどれほど苦難に
絶望的な将来が克明に記された資料を読み込む悪魔の姿からは、表情がすっぽり抜け落ちていた。
よって、金儲けをきっぱり諦めて、適当な空きダンジョンで手を打つ。この路線変更は、むしろ賢明と言っていい。
……ただ、サトウカズマへ寄せていた期待を思うと、どこか印象がチグハグで違和感がある。
私としては、お好きにどうぞ。
ただ、今の調子で労働に勤しんだとしても、私の寿命が尽きるより先に目標達成できるとは到底思えない。
さて、この話を耳に入れたウィズが拗ねないといいけど。
今はまだ寝込んでいるし、ひとまず黙っておくとする。
【読めない】
骨董品店に向かっていた──と主張する自称水の女神が、なぜかうちの店に迷い込んできた。
入ってくるなり『ウィズが茶を持って来ない』と文句を言い立てたが、あのお茶汲みリッチーは、つい先日のアクアのやらかしで今も寝込んでいる。
そのことを伝えると、ようやく思い出したのか静かになった。自分がどれほど無体な要求をしていたか、自覚してくれたらしい。
……まあ、そもそも当店では客にお茶を出すサービスなど行っていないのだけど。
また彼女は、『まさか骨董品店のあった場所に、この店が移転してるとは思わなかった』と、不可解な驚き方をしていた。
いや、移転などしていない。そもそも骨董品店とやらの住所とは、まったくの別物だ。
……まさかとは思うが、この女神、自分が迷子になっていることに気づいていない?
正直、私はアクアが苦手だ。行動がイマイチ読めない。
常にこちらの想定の斜め下を潜り抜けてくる図抜けたアホさに、持ち前の強烈な不運が合わさって、毎度予想外の事態を引き起こす。
ことアクアに関しては、私の行動予測は割と頻繁に外れる。
もはや存在そのものが計算を狂わせる不確定因子だ。
策を弄する際は、できれば近場にいてほしくない。どれだけ万全を期しても、アクア一人入り込んだだけで一気に不安定化する。
さておき。
アクアから、せっかくだし何か買い取ってほしいと頼まれた。
現在、街ではデストロイヤー討伐の賞金を目当てに各地から商人が集まり、露店が軒を連ねるちょっとしたお祭り騒ぎになっている。
その喧騒に混じって遊ぶための軍資金が欲しいらしい。
持ってきた品々を見せてもらった。
屋敷の庭で拾った変わった形の石。
湖の近くで見つけたツヤのある石。
公園で子供からもらった、いい感じの色合いの石。
……どれもいらない。
どうやらアクアには石をコレクションする趣味があるらしい。
だが、どれもただの石ころで、金銭的価値はゼロだ。
まさか、これらを骨董品として買い取ってもらうつもりだったのか? 一体どんな頭脳をしていれば、そんな発想に行き着くのか。
石はもういいから、他には何かないのかと催促したところ、次に彼女が取り出してきたのは。
――デストロイヤー開発責任者の手記。
いる。即決だった。
私は迷いなく代金を支払い、何か面白いネタでも書かれていないかと期待しつつ手記を手に入れた。
軍資金を握りしめて大喜びで喧騒の中へと飛び込んでいくアクアを横目に、私はページを開いた。
──そしてすぐさま、重大な問題が立ちはだかっていることを思い知らされた。
……字が読めない。
私の知る言語にはかすりもしていない。見覚えすらない。何語だ、これ。
・ドレインタッチの習得
本作では原作と異なり、カズマは雪精クエストの前にドレインタッチを教わっている。
ただし、スキルポイントや優先順位の兼ね合いから、実際に習得するのがキールのダンジョン挑戦でのレベルアップ以後となるのは結局同じ。
・イグニス
ダクネスの父親。
念の為補足しておくと、名前は公式設定。
原作三巻のキャラクタープロフィール欄、もしくは六巻本編でも一シーンだけ名前が登場する。
・王都の税金取り立て
独自設定。原作では詳細不明。