とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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1-9 見通す悪魔②

【新規アルバイターの雇い入れ】

 バニルが討伐された。

 

 またしても、例によって例のパーティーが立役者だ。

 事の発端は、キールのダンジョンでにわかに出没し始めた謎のモンスター、バニル人形。

 これの調査を目的に、他多数の冒険者と共に現地へ向かったカズマたちは、現地でバニルとバッタリ遭遇。そのまま戦闘になだれ込み、見事討伐に至った。

 

 なお、討たれたバニル本人からの口伝なので、信憑性には疑う余地がない。

 悪魔族には残機と呼ばれる特有の体質があり、早い話が死んでも復活する。

 死ねばそれまでの人間からすると、なんともややこしい。

 

 それはさておき。この討伐の貢献が認められ、サトウカズマの潔白は晴れて証明された。

 彼に課せられていた、嫌疑を解くための課題は二点。

 一つは、魔王の手先ではないことの証明。

 もう一つは、領主の屋敷の弁償。

 

 前者は、魔王軍幹部バニルを討ち取った実績によって疑いが晴れた。

 後者は、バニルに懸けられていた賞金を得たことで、屋敷の修繕費はおろか、アクアが起こした洪水被害の補填にまで目処が立った。

 これは、カズマを店の発展のキーマンと位置づけるバニルにとっても悪い流れではない。

 

 さらに、バニル本人も前々から辞めたがっていた幹部の役職から、この度解放された。

 一度死亡したことで、魔王と結んでいた契約がリセットされたのだ。

 長らくまとわりついていたしがらみから解放され、今後は己の夢の実現に向けて、当店での労働に心置きなく邁進できるというわけだ。

 めでたし、めでたし。

 

 ……なるほど。

 これはまた随分と、仮面悪魔にとって都合のいい円満解決である。

 

 そもそも今回の流れは、すべてバニル討伐を起点に動いた話だ。

 さらに遡れば、ダンジョンに籠もってバニル人形を量産し始めたことが発端と言える。

 要するに、一連の流れの主導権はバニルの手中にあった。

 

 このリターンに対して失ったものは、山ほど溜め込んでいる残機のうちのひとつだけ。

 石ころひとつで、たくさんの鳥をボトボトと落としたような収穫だ。

 有り体に言って、見通す悪魔にとってこの結末は予定通りだったのではと、私は睨んでいる。

 

 どこまでが計画通りかは定かでない。今さら問い詰める意味もない。

 そもそも、まともな返答が返ってくるかも疑わしい。

 恐らく、すべてが思惑通りだったわけではないのだろう。話を聞く限り、ドM騎士の性癖に関しては、あの地獄の公爵でさえ手を焼いたようだし。

 

 ともあれ、真相は重要ではない。

 今注目すべきは、ウィズ魔道具店にやたら勤労意欲に満ちたバイト仮面が新たに加わったということだ。

 

 ウィズの体調は回復傾向とはいえ、完全復調にはまだ時間がかかりそうである。

 そんな次第なので、新人教育は私の役目となった。

 ……未来を見通す悪魔に研修が必要かは、些か疑問ではあるが。

 

 


 

 

【スパイ疑惑の正式撤回並びに借金返済の完遂、誠におめでとうございます】

 サトウカズマに、私が魔王軍のスパイではないかと疑われてしまった。

 

 発端は、フリーダムな大悪魔による暴露である。

 唐突に、しかも本人の目の前で内心をバラされたカズマは、慌てふためいた。

 

 もっとも、彼が私に疑念を抱いていたことなど、とうにお見通しだったのだが。

 私にとって、他者の内面など少し観察すれば手に取るように分かる。わざわざ仮面の悪魔に暴かれるまでもない。

 

 ちなみに今日のカズマは、ダクネスと一緒にやってきた。

 ウィズの友人を討伐してしまったと告げるため、罪悪感で足取りは重い。

 ところが、その討伐されたバニル当人に入口で出迎えられ、しかも盛大におちょくられたので赤っ恥を掻いた。酷い死体蹴りだった。

 悪魔族の残機制について、知らなかったらしい。悲しい事件である。

 

 それはさておいて。カズマの疑念には、それなりに根拠がある。

 まず、ダクネスが私に対して異常な反応を示していたこと。

 次に、めぐみんから伝え聞いた私の人物評。

 さらに、私の最も親しい人物がウィズとバニルという時点で、魔王軍との繋がりを疑うには十分だったのだろう。

 

 そして極めつけは、私が彼に施したレクチャーの内容だった。

 

 先日、カズマに『嘘を吐かずに相手を騙すためのテクニック講座・初級編』を開講したのだ。

 もちろん、ドレインタッチ習得の経緯を誤魔化すための方便である。

 嘘を感知するベルの仕様を逆手に取った技術を一通り叩き込んだ。それにより、『こんな知識に詳しいやつがまともなわけがない』と判断された。

 そこに自身がスパイと疑われていた過去が重なり、実は私こそが魔王軍関係者ではないか――との着想を得たらしい。

 

 なるほど。冷静に俯瞰してみれば、不審に思うだけの要素は確かに揃っている。

 が、残念ながら推理は大ハズレだ。

 私自身、改めて考えると意外に感じるが、魔王軍には属していない。

 それどころか、日頃は世のため人のためになる行いをしている。

 

 社会の善玉であることをアピールすると、ウィズが怪物を見るような目でこちらを凝視してきた。

 ふと、過去にドネリー家にお家騒動の火種を投げ込んで、その上で着火までした一件が脳裏をよぎる。

 だがあれは善行なので、きっと無関係だろう。

 

 ウィズの冷たい視線に気づいたカズマからも、疑わしげなジト目が飛んできた。

 とはいえ、スパイ疑惑そのものはウィズとバニルの後押しもあり、最終的に無事払拭できた。

 

 もっとも、現行の品行方正系キャラロールは既に限界だ。そっちはもう見切りをつける。

 別に焦るような状況ではない。現状は想定の範囲内だ。むしろ今日までよく保ったほうだろう。

 この半年で店を取り巻く環境は大きく様変わりした。バニルの加入は、時宜を得たとの見方もできる。

 

 これをひとつの転機と捉えて、そろそろ次へと舵を切る頃合いか。

 

 


 

 

【もちろんダメでした】

 神妙な顔をしたウィズが、図書館で借りてきたエリス教関連の本を私に手渡してきた。

 神の理に逆らうアンデッドの分際で宗教にドハマりした、というわけではない。

 どうやら今回は、エリス教の教えを通じて私に人並みの道徳観を身につけさせよう、との試みらしい。

 昔から時たまあるのだ。いい加減諦めたらいいのに。

 今度の教材はエリス教らしい。

 

 まあ、自覚はある。私は倫理観ゆるキャラなのだ。

 常に周囲の印象をどう操るか計算して行動しているから、他人を鏡として自分の異端ぶりを測ることもできる。

 そのおかげで、対人関係で特段トラブルを起こした覚えはない。

 

 このやり方は、ウィズ相手でも変わらない。

 彼女の良識が受け入れられるギリギリのラインは、しっかり見極めている。

 だからこそ仕事のストレスを発散する相手は、あくまで悪人限定。善人には手を出さない。そこは心得ている。

 

 思うに、彼女が称賛されるべき最大の功績は、私を放り出さなかったことだろう。

 もし見捨てられていたら、ウィズという外付け良心回路を失くした私は、効率最優先で動くだけの人間になっていた。

 善悪のしがらみから解き放たれ、存分に本領を発揮し、多分世に大変な混乱を振り撒いていたはずだ。

 ちなみに、今ウィズが私を放流したとしても、まったく同じ結果になる自信がある。

 

 以上の話はウィズも承知している。

 だからこそ今もなお、私を真人間に育てようと悪あがきを続けているのだろう。

 

 さて、話を戻そう。此度の教材はエリス教。

 これは、どうしたものか。

 

 まず、神の救いには微塵も興味がない。

 それを抜きにしても、清貧と協調を尊ぶエリス教の教えは、私の性に合わない。

 他人がどうなろうと知ったことではない。日頃の模範的行動はあくまで打算であり、社会と世間を味方につけるための戦略に過ぎない。

 

 正直な話、教義だけならアクシズ教のほうがまだマシだ。

 悪魔やアンデッドへの敵視をやめ、犯罪行為に関する戒めを見直してくれたら、なお良い。

 まあ、信者の人となりは最悪だし、入信する気は万に一つもないけれど。

 

 とりあえず、速読でサッと読了する。

 するとウィズが、徐(おもむろ)に問いかけてきた。

 

 質問。店に、商人崩れの詐欺師が現れました。悪質な手口で強引に契約を結ばせようとしてきます。あなたなら、どう対応しますか?

 ……やけに具体的なシチュエーション指定である。

 

 実はこの話、まったくの架空というわけではない。

 以前、ウィズが寝込んでいた時期に、余所から流れてきた詐欺グループを私が逆にだまくらかし、金品を巻き上げ、ある貴族の女性へ身柄を売り払ったことがある。

 こう言うと人聞きが悪いが、あくまで紹介料を受け取っただけだ。断じて人身売買ではない。……名目上は。

 

 相手方は、自作の絵画のモデルを探していた。衣食住は完備、犯罪者の更生にも積極的だという。

 ちなみに、現在の制作テーマは『男性同士の恋愛』。

 しかも、かなり生々しいやつだと聞き及んでいる。

 

 それを踏まえて、私はこう答えた。

 店の爆発ポーションにうっかり触らせて詐欺師を撃退しよう。その上で、慰謝料もしっかり請求する。

 不良在庫は処分できるし、貯金箱からお金も徴収できる。一石二鳥の案だ。

 

 危険? 命に関わる?

 この街には蘇生魔法の使い手がいるだろう。一度だけなら、死は単なる状態異常のひとつに過ぎない。

 怪我の治療には店のポーションを使えばいい。もちろん、商品代も手間賃もキッチリ請求するけれど。

 

 エリス教的に言うなら、こう解釈できなくもない。

 悪行を働いた詐欺師に天罰が下り、それでもなお女神は慈悲を与えた――と。

 人は、大きな決断をするとき、誰かにそっと背中を押してもらいたくなるものだ。

 この一件をきっかけに詐欺師が己の悪行を悔い、もう悪事はできないと反省し、更生への道を歩み始めるのなら――すべて丸く収まる。

 つまり私は、女神様の威光の下、ひとりの犯罪者を正道へと導いたことになる。

 

 利益を追求する商売人としても、エリス教の教義に照らしても。

 ……咄嗟にしては、中々悪くない答えだったのではなかろうか。

 

 


 

 

【みんなでランチ】

 最近アクセルで頻発していた怪事件。その犯人はバニルだったらしい。

 

 宿に泊まった冒険者が、夜中に突如悲鳴を上げ、他の宿泊客を叩き起こす。そんな奇妙な出来事が立て続けに起きていた。

 だが当人たちに話を聞いても、皆一様に『悪夢を見た』としか言わない。

 

 被害者の名前、宿の場所、時間帯などを照らし合わせていくうちに、私はある共通点を見出した。

 彼らは例外なく、事件の直前にサキュバスの店を訪れていたのだ。

 

 そこで私は、バニルに疑いの目を向けた。とはいえ確証はない。

 サキュバス側に悪夢を見せる動機は見当たらない。ならば、サキュバスと繋がりのある者が怪しい。

 最近街に現れたバニルが、悪魔の縁で裏から通じているのでは――そんな推論に行き着いた。

 アクセルでは未発見のモンスター、ナイトメアによる夢への干渉説よりは、まだ現実味がある。

 

 ところがバニルに問いかけてみると、なんとあっさり肯定された。

 隠す気がまるでない。

 

 曰く、サキュバスに化けて男冒険者の枕元に忍び寄り、期待に胸を膨らませた相手といい雰囲気になったタイミングで正体を明かす。

 その瞬間に湧き上がる悪感情を、存分に搾り取っているのだという。

 もちろん被害者はギルドにも泣きつけず、口を噤むしかない。

 

 ……いや別に、未確認の陰謀が進行中でないなら、それでいい。私の気がかりはそこだったので。

 悪魔の夜食事情はどうでもいい。

 

 ただ、それならいっそ、バニルにはサキュバス喫茶店のトップに君臨してくれると有り難い。

 アクセルに潜む淫魔たちは、表向きは健全な飲食店を営んでいる。しかし裏では男に淫らな夢を見せ、その対価に精気を受け取っている……らしい。

 長年かけて地道に調べた末に、ようやっと掴めた実態だ。

 サキュバスは男衆とは持ちつ持たれつの関係を築いている反面、女性に対しては異様なまでにガードが固い。

 おかげで、調査にはとても苦労した。

 

 私としては小悪魔たちの首根っこを押さえて、男冒険者を間接的に支配できないかと目論んでいる。

 ちょっとした息抜きなので、別に大それた野望というわけではない。

 

 現に、一度は手駒の貴族を動かして、店のオーナーに据えようと画策したこともあった。

 他都市への進出を見据えた好条件の提案もあり、先方にとっても利のある話だったはずなのだが――結果は惨敗。

 しくじったのは、その貴族が人間だったからだ。

 

 悪魔のプライドが、ぽっと出の人間風情の飼い犬となることを良しとしなかった。

 挙げ句の果てに、中途半端に話を聞きつけた男冒険者たちがキレて特攻を仕掛け、貴族は袋叩きに遭って退場した。

 あれは本当に散々だった。

 

 話を戻そう。

 サキュバスの上に立ってほしいという私の要望は、結局却下された。

 協力する利を上手く提示できなかった、こちらの落ち度だろう。

 本腰を入れれば、私一人でもどうとでもなるだろうが……もうじき店も忙しくなる。一旦後回しとしよう。

 

 そんな折、珍しくバニルのほうから食事の誘いを受けた。

 私はそれをウィズにも伝え、魔道具店の面々で揃って例の喫茶店へお邪魔する運びとなった。

 そう、サキュバスが根城とするあの店に。

 

 私とウィズ、女二人が店に入った途端、店内の空気が凍りついた。

 数拍遅れて、男性客たちが慌てて手元の紙をバサバサと隠し始める。余程見られてはまずい代物らしい。

 

 そんな客たちに、バニルがウキウキと絡みに行った。

 わざとらしく紙を覗き込み、大声で読み上げようとする。やりたい放題だ。

 この悪魔が私たちを店に連れてきた目的は、もはや聞くまでもない。

 

 そして、もうひとつ目を引いたのが、店員たちの熱い視線だ。

 バニルを見つめるその眼差しは、見事に憧れ一色で染まっていた。

 普通なら問題行動で叩き出されてもおかしくないバニルの悪ふざけを、誰一人として咎めようとしない。

 

 店内はただならぬ雰囲気に包まれた。

 が、ド天然リッチーは、これら一切合切をスルー。というより、素で気づいていなかった。

 ごく自然にウェイトレスを呼び、メニューを注文していた。

 私も、彼女に倣った。

 

 こうして私たち三人は食事を堪能し、その後は普通に帰路に就いた。

 無論、バニルのみ『食事』の意味合いが異なっていたことは、言うまでもない。

 

 


 

 

【四ヶ月】

 サトウカズマがアクセルにやって来てから、ちょうどそれだけの月日が経った。

 

 彼を最後に、新たな勇者候補は一人として現れていない。

 勇者候補の背後に何らかの大きな力が働いているのは、情報を繋ぎ合わせればすぐに見えてくる。

 けれど肝心の正体については、私もまったく掴めていない。

 

 故に、この沈黙が何を意味するのか、判断しかねている。

 少なくとも私の知る限り、ここまで間隔が空いた前例はない。

 

 とはいえ、勇者候補の出現間隔は元々一定ではない。不規則な印象がつきまとっていたのも事実。

 なので今回が偶々、長引いているだけという線もあるが……。

 

 


 

 

【受難の始まりが垣間見えるような】

 ギルド職員の知人、ルナに誘われて、酒盛りに付き合ってきた。

 これは、中々に珍しい。

 

 彼女との付き合いはそこそこ長いが、親しいというほどではない。精々が仕事仲間といった距離感だ。プライベートでの交流は希薄。

 別段仲が悪いわけではない。単に接点が薄いだけである。

 

 見た目こそ露出多めの大胆な衣装で、いかにも遊んでいそうに見えるが、性格は実直かつ真面目。貧乏くじを引きやすいタイプでもある。

 休暇らしい休暇もなく、いつも仕事に奔走している。

 あくまで魔道具店店員が本業の私とは、日々のリズムも環境も違う。

 

 そんな彼女が、近頃はストレスで結構参っているらしい。酒でも飲まないとやってられないほどに。

 要因のひとつは、漠然とした将来への不安。

 端的に言えば、このままでは行き遅れるんじゃないか、と焦っている。

 

 新人が入っても、同僚が寿退社していくせいで人手は一向に増えない。

 仕事は減らず、出会いの機会もない。

 そうこうしているうちに、また後輩が結婚。気づけば自分だけ取り残されている――という負のスパイラル。

 

 それなら、討伐報酬で懐が暖かくなった冒険者の中から優良物件を見繕っては――は? 紳士的で、大人な男性が好み?

 ……いや、無茶でしょう、それは。

 無法者がデフォルトの冒険者界隈で、その条件は高望みが過ぎる。

 

 ちなみにルナは、私のことを同じ境遇の同志だと思い込んでいた。

 愚痴を聞いている最中に、突然そんなことを口にしたのだ。初耳である。

 どうやら、急に接近してきた理由もそれらしい。

 歳が近い。雇用主のせいで仕事は常にハードモード。男の影も皆無。……なるほど、確かに共通項が多い。

 ただ、私が男を作らないのにはちゃんとした理由がある。一方的に同類認定されても、リアクションに困るというか……。

 

 さて。

 ルナが抱えるストレスはそれだけではない。最近は、冒険者が起こすトラブルへの対応にも追われている。

 件数は増加傾向にあり、しかも内容が多様化してきている。

 主な原因は、街の名物として定着したカズマパーティー。ただし、他の冒険者たちも決して大人しいとは言えない。

 

 冒険者とは、そもそもが荒くれ者の集まり。揉め事など日常茶飯事だ。

 酒が入って気が大きくなり、些細な言い争いが私闘に発展するくらいは、日常風景でしかない。

 ……まあ、毎日のように暴力沙汰を起こす爆裂娘は、さすがに別格だけれど。

 

 そんな彼らが、最近大金を手にした。

 目も眩むような報酬で生活にゆとりができ、さらに今は冬季のオフシーズン。

 時間も金も持て余した彼らは、これまで縁のなかった高級店にまで足を延ばし始めた。

 

 ただし、貴族や富裕層向けの店は、チンピラと紙一重な集団をお客様として扱う経験など持ち合わせていない。

 そのため、不慣れな店舗で続々とトラブルが発生し、ギルドには苦情が山のように寄せられている、というわけだ。

 

 ……で、今からそんな調子で本当に大丈夫なのか?

 冬の今はまだいい。問題はこの先だ。

 身を粉にして働かずともしばらく遊んで暮らせる。そんな連中が春までだらだらと過ごして、果たして冒険者としてのモチベーションを保ち続けられるのか。

 正直、甚だ疑問である。

 

 一流の冒険者が実力相応の報酬を得たのとは、ワケが違う。

 駆け出しにとって、この臨時収入は降って湧いたような、言わば泡銭だ。

 

 とはいえギルドには、例年通りのクエスト消化ペースを維持する責務がある。

 私はバニルではないが、こう予言しておこう。

 遠くない未来、働かない冒険者たちをせっつきつつクレームにも対処する職場は、かつてない修羅場に突入し、職員一同のたうち回る羽目になる。

 要するに、これからメチャクチャ忙しくなる。

 

 まあ、私はたまにバイトで入るだけの身。

 対岸の火事として、のんびり見物させてもらうとしよう。

 

 


 

 

【楽しい焼き肉パーティー】

 お腹を空かせたウィズの眼前で焼き肉を焼きながら、見通す悪魔は、しれっと重大な情報を口にした。

 

 ――ざっと、一年ほど前のこと。

 私とウィズでドリスの温泉旅行に出かけ、その帰還直後辺りから。私は、自分の体調に変化が起きていることに気づき始めた。

 けれど、ウィズの唾液腺を刺激するように美味しそうな肉をひっくり返しつつ語ったバニルによれば、これはそもそも前提が間違っているとのこと。

 

 私は、あの頃から体調が良くなったと思い込んでいた。

 だが実際は逆で、それまでずっと不調だったのが、ようやく普通に戻っただけだという。

 しかもその変化のトリガーは、ドリスよりもさらに前。紅魔の里へ出向いたときの、ある場面にあるらしい。

 

 ただし、それがどうしてトリガーとして成立したのか、正確な理屈はバニルにも分からない。

 紐解くための手がかりは、消失した私の記憶に隠されている。バニルの力でも見通せない領域だ。

 ……とはいえ、なんとなくの推論は立っているらしいが。

 

 私は物欲しげなウィズを無視して肉を摘まみながら、バニルの話に耳を傾ける。

 

 曰く、私が魔王城にタイムスリップしてきた時点で、既に衰弱の症状は現れていた。

 それに無自覚だったのは、最初からずっとその状態だったから。

 身体が弱っている状態を平常と誤認したため、元のコンディションに戻ったに過ぎないものを調子が良くなったと勘違いした――というのが真相らしい。

 

 衰弱の原因は、病気でも呪いでも、魔道具の副作用でもない。

 心因性。つまり、メンタルの問題である。それも、私がすっかり忘れてしまっている『記憶喪失より前の未来』に関わる何かが、引き金になっていた。

 

 バニルの推測によれば、記憶を失う前の私は、メンタルに深刻な問題を抱えていたらしい。

 そのメンタルが肉体にまで悪影響を及ぼし、しかも悪化の一途を辿っていた、と。

 そして時間移動に伴って、精神面が一度リセットされ、悪化が停滞した。

 記憶喪失はデメリットのように思えるが、むしろそちらこそが目当てだったのかもしれない。

 

 ウィズが指をくわえて、ひもじそうに付近をウロウロしている。

 彼女の腹の虫を耳にしながら、私は遅ればせながら、焼き肉をチョイスした理由を理解する。

 なるほど。肉を焼く音と匂いで、ウィズの空腹を刺激するためか。

 この手の純粋な嫌がらせは、私はやや不得意だ。最近ではカズマという学習教材が増えたものの、道のりは遠い。

 

 さて。問題のトリガーとは、紅魔の里で私に何があったのか?

 この質問に対して、バニルはきっぱり回答を拒否した。

 

「フハハハ! そう、それだ! あと少しで答えを得られると思ってお預けを食らった悪感情、なかなかに美味である。懇切丁寧に教えてやった甲斐があったわ! 汝は感情の起伏が小さい故、人間のくせして悪感情がイマイチなのが不満であったが……やれば出来るではないか!」

 

 ……この邪悪な仮面をどうしてくれようか。

 物乞いよろしく、人間から悪感情のお零れを恵んでもらって辛うじて生き長らえている、残飯に集る害虫。

 これをどう駆除したものか。私は検討を始めた。

 冒険者ギルドに指名依頼でも出して、アクアに退治してもらうか?

 

 が、賢い私は気づいた。

 近くに、もっと手っ取り早い手段があるではないか。

 すぐ隣にいる、腹ペコでイライラしたアンデッド。お預けを食らって飢えた店長が、今まさに目の前にいるのだ。

 

 この獰猛なアンデッドを言葉巧みに唆し、極悪悪魔へとけしかけることにした。

 食べ物の恨みは怖い。

 

 


 

 

【紅魔族?】

 一昨日。

 冬将軍がご乱心あそばされたのか、急激な冷え込みと共に今年一番の大雪が降り積もった。

 

 昨日。

 一転して気温が上昇。ご近所の除雪作業では、謎の仮面紳士が大活躍し、マダムの黄色い歓声を一身に浴びていた。

 他方で私は、激しい寒暖差に敗北を喫し、丸一日を寝て過ごした。

 

 そして今日。どうにか復調した私は、挨拶がてらご近所へ顔を出し、集まった主婦陣に混じって井戸端トークに興じることになった。

 噂話とお喋りが好物の奥様ネットワークは、存外侮れない。

 昨日、街で何が起きていたのか把握していない私には、情報収集の取っ掛かりとしてちょうど良かった。

 

 とはいえ、昨日は特別な日というわけでもなかったので、私は呑気に構えていた。

 ……ところが、全然そんなことはなかったらしい。

 曰く、魔法使いの女の子が雪山で魔法を放ち、それで生じた雪崩に巻き込まれて遭難したという。

 慌てて捜索隊まで編成される騒ぎだったそうな。

 

 私は秒で悟った。

 めぐみんだ。むしろ他に該当者が思い当たらない。

 一日一回、何かしらトラブルを起こすノルマを達成しないと気が済まないのだろうか、あのパーティー。

 

 幸い、行方不明者は無事に保護され、健康にも問題はないという。

 ただし捜索費用で数百万エリスが吹き飛んだというから、金銭面はまったく無事ではなさそうだが。

 

 と、事件の概要はその程度だったが、会話の途中でひとつ奇妙な指摘をされた。

 私の目が、一瞬光ったように見えたという。

 

 生まれてこの方、初めて言われた。

 光の加減から偶然そう見えただけ――のはず。

 少なくとも主張したご婦人自身は、首を傾げながらもそう述べている。

 

 言うまでもなく、人の眼球に発光機能などない。

 世の中には不可思議な生き物が数多いる。

 しかし私の知る限り、アクセルで目が光る生物といえば、暗所の猫、バニル、感情が高ぶった紅魔族くらいのものだ。

 

 問題のタイミングは、ちょうど私が遭難の話を聞いて『めぐみんだ』と確信した直後らしい。

 ただ、目撃者はその一人だけ。しかもごく一瞬のことで、他の人はまったく気づいていなかった。

 

 微妙だ。もし複数人に同じことを言われていたなら、事実と仮定してより真剣に向き合わざるを得なかった。

 ひとまずその約一名には、眼精疲労かもしれないと返して、目薬の使用を勧めておいた。

 書類仕事のお供にと私も常備しているそれは、実はちょっとした芝居道具にも使える便利アイテムだ。

 例えば、いざという時の嘘泣き用――いや、話が逸れた。

 

 めぐみんのお見舞いに行くか迷ったものの、私自身も病み上がり。

 一歩誤れば、自力で店に帰れなくなった病人がカズマたちの屋敷に一名追加されてしまう。

 そしてそんな私を目にした性悪仮面が、笑い転げながら煽ってくることだろう。

 そんな光景が容易に想像できるので、今回は自重することにした。




・めぐみんの雪山遭難
Web版では、捜索に五百万エリスもの費用がかかった。
書籍版でも『よりみち』一巻の『アクセルの爆裂探偵』で言及があるため、事件そのものは発生したらしい。
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