とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
2-1 冬①
【王都へ出稼ぎ(なお留守番)】
案の定と言うべきか。
王都に送り出したバニルは、冒険者連中を中心に嵐のごとく迷惑を撒き散らし、堂々と帰還してきた。
この日は、ウィズ魔道具店が不定期で実施している王都出張販売の日。
これまでは、私とウィズのコンビで赴くのが常だった。だが今回は新たに加わったバニルが私の代役を務め、私はアクセルで店番という新たな布陣を敷くことになった。
もちろん、ウィズに単独行動を許すなど論外だ。今さら言うまでもない。
私も本来なら体力的に遠出は厳しい。それでもこれまでは人手不足ゆえ、無理を押して付き添っていた。
だが、これからは違う。バニルがいれば分担できる。
今後も二手に分かれる局面があれば、どちらかがウィズの同行役、もう一方が店番、この体制が定番になるだろう。
ともあれ。新人の仮面バイトは、中々の働きを見せた。
いちいち客をおちょくり、隙あらば足元を見て高値を吹っかけ、容赦なく金品を巻き上げた、とも聞くが。
それにしたって、売上より収益のほうが明らかに多いというのはどういうことなのか。どれだけ王都民からぼったくったのやら。
私なら、そんな無用の恨みを買うような無駄は避けるところだが。
まあ、この辺りのやり口の違いは種族や能力、立場といった差に由来しているのだろう。
今回の件には、もうひとつの狙いがあった。
それはバニルの現状を王都、特に冒険者たちに周知させること。
何せ、つい最近まで魔王軍幹部として手配されていた身である。顔も割れているし、今もギルドでは要観察対象に指定されている。
今後も王都で平穏に商いを続けるためにも、過去の因縁から生まれるトラブルの芽は、早めに摘んでおきたい。
今日の一件で、少なくともバニルが商人として活動していることは広まった。これで刃傷沙汰のリスクも多少は減る……といいのだけど。
何というか。別の揉め事の種を蒔いてきただけな気もする。
ちなみに、この目論見は店の方針ではない。あくまで私個人の考えに過ぎない。
大抵の災難は力ずくでねじ伏せる超強い大悪魔本人は、そんな些事など歯牙にも掛けていないだろう。
本音を言えば、私はもっと荒れると覚悟していた。
王都の冒険者ギルドに乗り込み、関係者を片っ端から煽りまくって乱闘騒ぎに発展する。それくらいは、むしろ既定路線だと思っていたくらいだ。
それと比べれば、これくらいで済んだのは御の字である。
そう私が感想を述べると、バニルは不満げに抗議してきた。
曰く、『一介の善良な市民であるのに、なぜそのような無法を働かねばならないのか』とのこと。
その言い回しは、私が時折ウィズに言うセリフと丸被りしている。
ネタ被りは良くない。チェンジを要求する。
【不器用クルセイダーに最適な武器とは】
爆裂日課の帰途だという、ダクネスとめぐみんに遭遇した。
私は即座に逃走経路の確認、周囲に通行人がいないかのチェック、さらには頭に叩き込んである警邏の巡回ルートを呼び起こした。
路上で不意に変質者に遭遇したときの反応としては、極めて自然で妥当だと思う。
私の位置からは、ダクネスの背に背負われためぐみんの姿が見えていなかった。最初は彼女ひとりに見えたのだ。
変態と二人きりとか、誰だってご免だろう。私とて嫌だ。
奇しくも進行方向がしばらく重なっていたため、そのまま一緒に歩くことに。
途中で武器屋の前を通りかかり、それをきっかけに装備の話題になった。
ダクネスの鎧は、先日のバニル戦を挟んで新調したばかりだという。
この機会に、前々から気になっていたことを聞いてみた。
ダクネスは、なぜ得物に大剣を使っているのか?
これだけでは主旨が伝わらなかったので、補足する。
私が思うに、彼女には大剣より、ゴブリンなどがよく持っている棍棒のほうがお似合いではないか――と。
そうズケズケ言い放ったところ、ダクネスが発情した。
めぐみんも、私の物言いに引いた。
二人の脳内では、どうやら私は『獣同然の卑しい雌豚風情が、何を人間様と同じ物を持っている』と、白昼堂々の罵倒を放ったことになっていたらしい。
誰もそんな異常性癖の話はしていない。
戦士職には、それぞれのクラスに応じた武器の適性がある。
これは、スキルツリーに内包された武器スキルの系統という形で表れる。
例えばランサーなら槍系のスキルが習得できるため、当然ながら槍が適性武器だ。
だがクルセイダーであるダクネスには、棍棒に対応するスキルは存在しない。
とはいえ。
彼女の場合、モンスターに敗北して無様に屈服させられたいというアホな願望が優先されているため、そもそも武器スキルを修得する気がない。
ならば、クラスに囚われて武器を選ぶ必要もあるまい。
大剣の使い手として熟練しているならまだしも、実態は静止している敵にすら攻撃を外す始末。
なぜ武器を見直そうとしないのか、不思議でならない。
そこで私は、棍棒を強くオススメしたい。
私も武器の専門家ではないが、棍棒というのは取り回しが簡単で、素人が力任せに振り回してもそれなりに有効打になる優れものだ。
技術のないゴブリンたちがこぞって愛用するのは伊達ではない。
翻って刀剣類は、殊に若い男の冒険者たちに妙な人気があるが、繊細な扱いを求められるため、性能を引き出すには高い技能が不可欠。
初心者には圧倒的にハードルが高い。
ダクネスは筋力ステータスが高いのだから、繊細さとは無縁の蛮族スタイルのほうが合っている――というのが、以前からの私の見立てである。
そういった話を
興奮が徐々に冷め、『これは不味い流れでは?』と察したような怯みの色が浮かんでいた。
なお、めぐみんは性質が変化しただけで、引き続きドン引きしていた。
結局、この提案はダクネスに却下された。
彼女が控えめに述べるには、
「騎士の端くれとして、棍棒はちょっと……」
とのことらしい。
彼女が思い描く騎士の理想像に照らすと、棍棒をブンブン振り回して突撃するスタイルは好みに合わないらしい。
いや。それなら武器スキルを一切覚えない理由のほうが、よっぽど騎士として恥晒しだと思うのだけど。
棍棒に転向するくらい、その万倍マシだろうに。
彼女のパーティーリーダーなら、きっと私に同意してくれるはずだ。
また今度、提案してみよう。
【セレスディナについて①】
ウィズは魔王軍幹部ではあるが、結界維持を受け持つだけの中立だ。
心情に至っては、むしろ人類側に立っている。
ただ、立場はどうあれ、人間から見れば裏切り者であることに変わりはない。
しかも、神の理に背いたリッチーに成り下がっている。
アンデッドを敵視するエリス教を国教とするベルゼルグ王国において、それは決して小さな問題ではない。
実に微妙な立ち位置だ。
だからこそ、私はウィズの扱いには細心の注意を払ってきた。
うっかりしたことで魔王軍に背信の疑念を抱かせぬよう、彼女から魔王軍の内情を聞き出そうとしたことは一度もない。
バニルのように腹芸ができるなら話は別だが、彼女はその対極に位置する人種なのだから。
それなのに、あの平和ボケしたポンコツ女ときたら。
それは営業中の出来事だった。
突然、ウィズが『あっ!』と驚きの声を上げた。
まずは目の前の、来客という激レアイベントを処理してから、何事かと問いただす。
このときの私は、またぞろ借金を拵えたのかと勘繰っていた。つい前日にも、商品を一桁安い値段で売り払うというミスを犯したばかりだったし。
だが、そうではなかった。
例の王都遠征の日。
ウィズは現地で、セレスディナという人物とばったり再会したらしい。
彼女曰く、魔王軍の同僚で、人間という利点を活かして都市部へ潜入するダークプリーストの幹部だという。
ところがその人物は『セレナ』を名乗り、人違いだと否定した。
だがウィズには彼女がセレスディナである確信があり、冷たくあしらわれてもめげなかった。
どうしていつもと口調が違うのかと詰め寄ったり、魔王城での思い出話を次々と口にしていると。
最終的に、アンデッドには効果が反転するヒールを連打されて追い払われたそうだ。
当たり前だ。私でもそうする。
知り合いに手酷くあしらわれたウィズは、甚くご立腹だった。
そして、その話がここに繋がってくる。
私が普段の態度と接客モードでキャラを使い分けているのは、ウィズもよく知っている。
その私の様子を眺めていると、突如として天啓が降ってきたらしい。
――ひょっとして、あの日のセレスディナも、キャラを使い分けていたのでは?
彼女は策謀に長け、魔王軍の諜報も担っている。
得意分野的に、私との共通点が多い。
恐らくあのときは、セレナという別人格を演じていたのだ。なるほど、だからあんなにも素っ気なかったのか。
謎が解けて、ウィズは満足げに頷いた。彼女の話はそこで終わった。
……いや、他にも着目すべき点はあるだろう。
口伝でしか当時を知らない私ですら、頭痛がしてくる。
当事者であるセレスディナ本人は、さぞかし肝を冷やしたに違いない。
恐らく彼女は、任務中だった。作戦の真っ最中だった。
そこにウィズという、まったく予期しないイレギュラーが現れた。
往来で突然、魔王軍の話題を持ち出され、敵地のど真ん中で身バレの危機に直面したのだ。堪ったものではない。
緊急措置として、回復魔法で叩き返すくらいは当然だろう。
ついでに言うと、私も甚だ迷惑している。
そもそも、私は今の今までセレスディナなる幹部の存在を知らなかった。
明らかに魔王軍の機密情報だ。
私の知る幹部で、ウィズを除く残余は四名。
次期魔王にして、今代を上回る力を持つ魔王の娘。
物理、魔法の双方に高い耐性を持ち、即死級の猛毒をも備えるハンス。
かつて私とモンスターの改造談義で盛り上がった、強化モンスター開発局局長のシルビア。
なんか各地で延々と温泉巡りをしている邪神ウォルバク。
セレスディナが王都を闊歩していた事実からして、秘密の五人目は国の上層部ですら把握していない可能性が高い。
中立を宣言しているウィズは、魔王軍に属していない私に、その情報をぽろりと漏らすという特大ポカをやらかした。
しかも、作為的にではなく、ただの雑談として。
事の重大さを理解していたのならまだしも、どう見ても考慮していない。顔見知りに会ったというだけの、ありふれた世間話のノリだった。
真意を問いただそうにも、もし私の推測通りなら、テンパった彼女がさらに余計なことまで口を滑らせかねない。
あの場では、聞き流すしかなかった。
私でなければ、盛大に表情が引きつっていたことだろう。
というか。さてはこれ。
あの日もし私が王都へ同行していたら、ウィズの紹介でセレスディナと直接顔を合わせる展開も有り得たのでは。
……ゾッとする話だ。
危うく、策謀担当の幹部に目をつけられるところだった。
【前回分の追記】
あとでバニルからも話を聞いた。
悪魔の証言によると、どうやらセレスディナは、ウィズの店がアクセルにあることをまだ知らないという。
それどころか、あの再会で『王都に出店している』と誤解していた節すらあるらしい。
また彼女は、魔道具とは名ばかりのガラクタを、法外な値段で購入していった。
バニルが『お客様の個人情報は守る』と告げると、彼女は涙目で、この場限りの特別サービスと称した
具体的には、所持金の全額で。
要するに、『買わないと正体をバラすぞ』という、極めて回りくどい脅迫である。
ただでさえ、王都という敵地で潜入中の彼女にとって、身バレは即詰み。
正体が割れれば、退路を断たれた上で冒険者たちに囲まれ、袋叩きに遭うのは必定。
そうして彼女は脅しに屈し、有り金をむしり取られたわけである。
会ったこともないセレスディナに、私はほんの僅かだけ同情した。
【セレスディナについて②】
実のところ、私はセレナの存在自体は前から把握していた。
ただし、人間の魔王軍幹部だというのは、さすがに初耳だったが。
ウィズには秘しているが、私は独自に、国内に潜伏する魔王軍の諜者の動向を探っている。
これは、万が一の備えだ。
仮にウィズが魔王軍幹部でリッチーであると世間に露見した場合、私は自分の持つ魔王軍の情報を対価に、彼女を見逃すようお上と交渉する腹積もりでいる。
交渉というか、他に打った布石とも併せると、実質脅迫なのだけれど。
なにせウィズ本人の意志に委ねれば、無抵抗で処刑コース一直線だ。
ちっとも当てにならないので、私が先んじて手を打っておく他ない。
もっとも、そんな備えも今となってはすっかり重要度が下がった。
棚ぼたで転がり込んだ大貴族ダクネスのツテがあれば、大抵のことは彼女が口添えするだけで丸く収まる。
元々あれは、店を開いたばかりの頃、すべてを自力で対処する前提で練った保険だ。今となっては過剰と言っていい。
第一、あの女は日向ぼっこしながらうっかり消滅しかけたり、頭から煙を噴きながら商店街を
あんなものを目にすれば、危機感も芽生える。
なお、私の情報収集については商売のネタ探しの一環だとウィズには伝えてある。
これはこれで事実だ。というか私は基本、人を騙すのに嘘は吐かない。
近年は、悪徳商人や腐った貴族を物色する用途でも活用している。
それもまた、本命を誤魔化すためのカモフラージュとして機能している。まあ、後付けではあるけど。
さて、本題に戻ろう。
私がセレナを知ったのは、そうした調査の過程だった。
彼女は王都を中心に、各地の街へ姿を現し、魔王軍の手先として水面下で暗躍している。
とりわけ、彼女が有力な冒険者たちに吹き込む『魔王の作り話』は、中々滑稽で興味深かった。
曰く。魔王の正体は、邪悪な力に呑まれて醜い姿に変じた、心優しい憐れな美少女。
その呪いもそろそろ解ける見込みで、もうすぐ世界は平和になる――のだとか。
実際に魔王と対面した私でなくとも、これが与太話なのは明白だ。とはいえ、彼女の意図は察せられる。
命懸けで戦わずに済む言い訳を与えて、冒険者たちが自ら戦線を離脱してくれるのを狙っているのだ。あくまで駄目元で。
よもや、こんな荒唐無稽な話を鵜呑みにする者もいないだろうが。
私はてっきり、セレナは人間と酷似した外見の魔族かと思っていた。
だが、ウィズの証言通り人間であるとするなら、不可解な点が出てくる。
あの奇妙な能力は、一体何なのか。
セレナは、人を操る能力を持っている。
ただ、それがチャームのような一般的な洗脳系スキルとは明らかに異なる。
どうも生者だけでなく、死体までアンデッドのように操作できる節がある。
私とて、あらゆる魔族に通暁しているわけではない。最初は珍しい種族の固有スキルかと捉えていた。
けれど彼女が人間だと判明した今、その前提は崩れた。
考えられる可能性はいくつかある。
まずは、セレナが最弱職の冒険者であるケース。
サトウカズマがドレインタッチを覚えたように、冒険者は人外のスキルを会得できる。
まして魔王軍陣営となれば、魔族のスキルを手に入れるのも造作ない。
もしくは、あの能力はセレナ本人のものではなく、何らかの魔道具による可能性もある。
ただしこれらの仮定は、実力主義で抜擢される幹部という肩書きとの整合性にやや疑問が残る。
セレナが、結界への魔力供給の義務を免除された特例枠なら筋は通るが、それを言い出すと何でも有りになってしまう。
なので、ここでは一旦度外視しておく。
私としては、『ダークプリースト』が鍵だと睨んでいる。
もちろん、私が直接出向いて調べれば、真相はすぐに突き止められるだろう。
だが、現状そこまでのリスクを冒すほどの急務ではない。
今後の調査対象として、彼女の優先度は引き上げておこう。
未知の幹部に関する情報なら、いざという時の司法取引の材料としても価値がある。
ただし今は、もっと本腰を入れて追っている案件がある。
アクア以上の悪魔とアンデッド嫌いで、カズマを上回る幸運値を誇る、ある盗賊娘の件なのだが。
ちなみに、見通す悪魔に頼るという選択肢はない。
身内なら優遇はしてくれるが、今のタイミングで持ちかけても、どうでもいい情報を高値で売りつけられて終わるのが関の山だ。
【恐るべきぼっちマスター】
本日は店の定休日。
そんな昼下がりに街を散策していたところ、紅魔族のゆんゆんとエンカウントした。
なんとなく、尾行されている気配はあった。
そしてその正体が彼女だったと知って、まず驚いた。
というのも、アクセルに来ていることすら感知していなかったのだ。私のホームグラウンドでありながら、探知の網をすり抜けるとは。
ふざけたステルス性だ。私にしか見えない妖精か何かなのか。
彼女の供述によると、立ち寄った本屋で私を見かけたのだという。
だが声をかける勇気が出ず、結果として後をコソコソつけてきたらしい。そしてあっさりバレた。
紛うことなきストーカー行為だ。まだ十代前半の少女だから、ギリギリ絵面で許されているが。将来が今から思いやられる。
相手がゆんゆんでなければ、私も迷わず警察署へ駆け込んでいた。
曰く、声をかけるチャンスをずっと見計らっていたという。
行動力はあるのに、肝心の使い道が迷子になっている。
さらに聞けば、過去に冒険者ギルドで私と目が合った際の軽いお辞儀を、大切な思い出として日記に書き残しているのだとか。時々、読み返すらしい。
……それを聞かされた私は、どうリアクションすればいいのか。ホラーか、それとも新手の嫌がらせかな?
というか。たかが会釈でこれなら、今日直に会話したこの一件は、彼女の中で一体どれほどのビッグイベントになるのだろう。
彼女が重度のコミュ障であることは、めぐみんからの伝聞で知ってはいた。
だが、百聞は一見に如かず。実物のゆんゆんは、想像の遥か上を行くぼっちの化身だった。端的に言って、これは酷い。
ひとまず私は、彼女を店へと連れ帰ることにした。
無論、ウィズに丸投げするためである。
当人は『せっかくのお休みの日に、自分なんかがお邪魔するなんて恐れ多い』と恐縮していた。
休日ですらダメなら、一体いつ遊びに来ればいいのか。
彼女は終始、煮え切らない態度を貫いた。
こちらが気を遣っても、もじもじするばかりで自己主張してこない。
付き合い方にはいくつか選択肢があったが、私はめぐみん方式を採用することにした。
つまり、こちらのペースに巻き込む。ゆんゆんのテンポに合わせていては、日が暮れても会話が進まない。
なるほど、あの二人が仲良くできるわけだ。
店に戻ってからは、ウィズも交えて三人でお喋りしたり遊んだりした。
特筆すべきことはない……と言いたいところだが。度々ゆんゆんが素で激重発言のブリザードを放ち、氷の魔女を凍りつかせていた。
例えば彼女は、各種の遊び道具を常時携帯している。
なぜ嵩張る物を持ち歩くのかとウィズが問うと、『暇なときに、酒場で一人で遊ぶため』と返ってきた。
しかも多人数用の遊具であっても、一人で二役、三役をこなす。
完全に一人遊びの達人である。
しかもそれを、ゆんゆんは何の恥じらいもなく平然と話してのける。
それが一層痛ましく、彼女の日常に潜む闇の深さを垣間見た気がした。
私は地雷を予測して極力避けたが、ウィズはそのたびに盛大に踏み抜き、泣きそうになっていた。
ちなみに、ボードゲームでゆんゆんと一戦交えたときの話。
私は勝敗に然程こだわらないので、適度に手を抜いて彼女に花を持たせようと思ったのだが。
なぜか、最終的に私が勝っていた。
この誤算は、彼女の対人戦経験の乏しさを見落としたことに起因する。
ゲームスキル自体は決して低くない。ただ、実戦慣れしていないので、隙が多い。
私が接戦を演出しようとしたばかりに、彼女は勝手に自滅した。そして、まるで狙い澄ましたかのように完勝してしまった。
とはいえ、当のゆんゆんは負けたことなど気にも留めず、一緒に遊んでもらえたことに感動していた。
ちなみに、手加減抜きの真っ向勝負なら、私の圧勝だっただろう。
彼女の知性も並外れてはいるが、私の知力は冒険者ギルドのレコードに残るレベルで、未だ破られていない。
バニルから『人間をほぼ卒業している』と評されたのは、伊達ではないのだ。
【いい加減しつこい】
ゆんゆんと違って、こちらのストーカーには微笑ましさの欠片もない。
大体、ここ一年ほどは音沙汰すらなかったというのに、まだ健在だったのか。
その名前を号外の新聞で見たときは、目を疑った。
王都に集う歴戦の精鋭を振り切り、逃げおおせたらしい。
相変わらず、ストーカーの分際で気合いが入っている。
久し振りの話題なので、まずは情報の整理から始めよう。
本名かは定かでないが、ストーカーはデュークと名乗っている。
私がその存在を初めて認知したのは、魔王軍の諜報員を炙り出すべく、国内に情報網を構築していた頃だ。
その網に偶然引っかかったのが、『氷の魔女ウィズ』の行方を執拗に追いかける、全身フードの不審人物だった。
背景を伏せてウィズに確認したところ、デュークなる人物に心当たりはないとのこと。
……大変怪しい。
そこで私は、彼の正体を探るべく、ひとつ風評を流してみることにした。
曰く、デュークは魔王軍に属する悪魔族の密偵であり、種族の特徴を隠すために常にローブを着用している、などと。
もちろん出鱈目だ。目的は、騎士団や警察を動かして、彼の身柄を確保させることにある。
何か後ろ暗い事情があっても、これなら素直に出頭してくるだろう。
逃げ出せばそれこそ自分が魔王軍の者であると認めるようなもので、極刑も視野に入る。
……が、デュークはまさかの遁走を選んだ。どれだけ黒い裏があるのだろうか。
しかもその後、彼が逮捕されたという報せは一向に届かない。
おかげで、私が思いつきで流布した風評がどんどん真実味を帯び、とうとう彼は本格的に指名手配された。
もっとも、当初は彼にもまだ余裕があったはずだ。素顔は割れていなかったのだから。
だが、私が裏から手を回して出没情報をリークし続けた結果、彼の行く先々に追っ手がかかるようになった。
そうして包囲網が幾度も敷かれ、毎度のように逃げおおせるうち、彼の懸賞金はじわじわと上がっていった。
スキルの傾向からして、炎属性を得意とするアークウィザードと見受けられる。
盗賊職の潜伏や逃走スキルは持っていないだろうに、場数を踏むうちに逃げの腕が上達している。実に厄介だ。
ちなみに。当時はまだ幹部だったバニルに、デュークの正体を見通してもらおうと頼んでみた。
事が事なので、珍しくすんなり協力してくれたが――得られた情報はゼロに等しかった。
見通す悪魔の力は、力量が拮抗する相手には通じない。
すなわちデュークは、地獄の公爵を相手取って正面から食い下がれるほどの実力者、ということになる。
ここまでをまとめると。
なぜかウィズを執拗に探し、何やらただならぬ秘密を抱えており、何度妨害されても決して挫けず、戦闘能力も高い。
……世の中には、とんでもなくタチの悪いストーカーがいるものだ。
しかしながら、彼を追い詰めんとする関係各所の粘り強い努力が、ようやく実を結んだ。
フードの下に隠していた素顔が、遂に白日の下に晒されたのだ。
よくよく考えれば、バニルと張り合えるような相手に、凄い成果だ。
さすがの彼もそれで不利を悟ったのだろう。それ以来、一年にわたってデュークの消息はぷつりと途絶えた。
――が、つい最近、またしてもデュークが活動を再開したらしい。新聞にそう載っていた。しかも場所は王都。
王都といえば、魔王軍への備えとして国内でも屈指の腕利きが集まる都市だ。
その彼らすら掻い潜り、まんまと姿を
大通りで上級魔法が炸裂する騒動になったため、魔王軍の間者を取り逃がした失態は瞬く間に市中へ広まった。
まさか首都にまで忍び込まれていたとはと、それなりに大きなニュースになっている。
めぐみんに慣れていると感覚が麻痺するが、街中で上級魔法が飛び交うというのは、普通はそれだけで大事件だ。
ちなみに、私の情報網にはまだ何もかかっていなかった。恐らく、王都には本当に到着したばかりだったのだろう。
今回の発見に関しては、私は完全にノータッチである。
後に私も足取りを追ってみたが、どうやらウィズの店の所在を尋ねて回っていたらしい。
……どうして彼は、王都に店があると思い込んでいるのだろう。
一応、推論は立てられる。
ウィズの冒険者時代の拠点は王都だったし、今でも出稼ぎで訪れることはある。
全体像を知らなければ、そこで勘違いしてもおかしくはない。おかしくはないのだが……何というか、タイミングが妙な気がする。
ともあれ、デュークのしぶとさは脱帽ものだ。
いよいよ、アクセルに辿り着く日も近いかもしれない。
ただし、一年前とは状況が違う。最悪、バニルをけしかければどうにかなるはずだ。
ああいう、搦め手を正面からのごり押しで粉砕してくるタイプは苦手だ。どうにも私とは相性が悪い。
・謎のストーカー男デューク
懸賞金は六百万エリス。安い。
王都の一件を重く見て、二千万エリスへと増額予定。……まだ安い。
なお本編では触れられないのでここに記すが、セレスディナが「