とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-2 冬②

【ウィズ魔道具店の日常風景】

 ウィズの目には、私とバニルの関係は、実に奇妙で混沌として映るらしい。

 

 ついさっきまで談笑していたと思えば、突然罵り合いが始まる。

 かと思えばすぐに和解し、何事もなかったかのように打ち解ける。

 けれど気を抜く暇もなく、また別の言い争いが、脈絡もなく突発する。

 

 多少誇張はあるにせよ、ウィズから見ればそれが私たちの通常運転らしい。

 実際、そこまで突拍子のないやり取りをしているつもりはない。きちんと意思の疎通もあれば、筋道立った理屈も存在する。

 ただ単に、ウィズがそれについて来られていないだけだ。

 

 衝突が多いのは、突き詰めれば価値観の相違に起因している。

 利己的で、計算ありきで動く。これは私とバニルに共通する性質だ。

 

 ただし、バニルはその中にも面白さ、主に愉悦を求める享楽主義的な傾向がある。

 それが理解に苦しむ。

 私にとって、そうした感情は非合理な贅肉に等しい。だから徹底して削ぎ落とす。

 悪魔が悪感情を糧にする生き物だということは承知している。だがそれでも、無用な脱線は慎むべきだろう。

 効率こそが正義。それが私の見解である。

 

 そんなふうに意見が食い違えば、感性のズレが苛立ちとなって噴き出し、やがて罵倒合戦へとエスカレートする――というわけだ。

 ……まあ、話の脈絡もなく、感性の違いをあげつらって揶揄してくることも日常茶飯事ではあるが。

 

 とはいえ、別段不仲なわけではない。

 互いに相手の優秀さは認めているからこそ、その差異を許容しづらい、という側面がある。

 争いとは、基本的に同じレベル同士でしか起こらないのだ。

 

 ちなみに、この日の議題は『ウィズを馬車馬のごとく働かせる上で、飲食と睡眠をどれだけ削れば良いか』であった。

 ウィズには、余裕があると余計な積極性を発揮して、借金を拵えるという厄介な性質がある。

 ならば徹底的にスケジュールを詰め込み、余力を奪ってしまえばいい、という発想に基づく討議である。

 

 具体的な案は二つ。

 一つ、飲食と睡眠を完全にカットして、四六時中働かせる。

 もう一つ、最低限の飲食と休息を与え、絶妙なバランスで生かさず殺さずの長期運用を図る。

 

 本来、アンデッドであるウィズに休息は不要なはずなのだが――過去の実験で、休ませずにこき使うと、二週間ほどで精神に支障をきたすことが判明している。

 一方、僅かでも飲食や休憩を与えれば、その分だけ長持ちする。これも実証済みだ。

 とはいえ、さらなる検証が必要な段階だ。手間もかかるし、やるべきことは他にも山積している。

 果たしてそれだけのリソースを割く価値があるのか――まさに店の未来を左右する、重大なテーマと言えよう。

 

 なお、近くでこの議論を聞いていた店長が何か寝言をほざいていたが、私とバニルは示し合わせたようにスルーを決め込んだ。

 

 議論はやがて平行線を辿り、次第に語調が荒くなる。

 いつしか本題は完全に霧散し、ただの罵詈雑言の応酬へと成り果てた。

 

 バニルは、衰弱を脱した今なお私の身体能力が致命的に低いことを持ち出し、まるで要介護の老人のように扱ってきた。

 挙げ句には、感情を持たず、設定通りに動く無機質なゴーレムとの類似性にまで言及してくる始末。

 

 対して私は、神と悪魔が本質的には近しい生き物であることを滔々(とうとう)と語った。

 信仰を求める神も、悪感情を欲する悪魔も、どっちも人間に依存して生きる寄生虫みたいなものだろう。

 違いがあるとすれば、求める感情の方向性が異なるだけ。つまり、アプローチの差でしかない。

 いわゆる収斂(しゅうれん)進化(しんか)だ。いがみ合っているのも、ただの同族嫌悪にしか見えない。

 

 世間一般で語られる神と悪魔の対立も、実態は人間というシノギを巡るヤクザの縄張り争い。

 なるほど、バニルはさしずめその親分というわけか。

 もしも公の場で言い放てば、悪魔と聖職者がその瞬間だけ停戦し、不埒者である私を誅するためにクロスボンバーを叩き込んでくる――そんなレベルの暴言である。

 

 お次は、神と悪魔によるマッチポンプ論でも提唱しようかと思案していた矢先、ちょうど来客があった。

 相手はミツルギキョウヤ。ついでに、取り巻きの少女も二人。

 私たちは瞬時に口論を切り上げ、何事もなかったかのように元の業務へと戻った。

 直前までの険悪な空気は、跡形も残っていない。

 

 この急激な変節に、ウィズだけが唖然としていた。

 ただの優先順位の問題なのだが、彼女にはどうにも解せなかったらしい。

 

 最優先はもちろん、魔剣の金蔓からお金を搾り取ること。その他は些末事にすぎない。

 その一点において、私とバニルの意見は完全に一致している。

 だからこそ、即座に歩調を合わせ、共闘体制へ移行したのだ。利益最優先、それがすべてである。

 

 ちなみに、ミツルギじゃないほうの小娘二人は『ソードマスターにしか効かない睡眠薬』を購入していった。

 ……そんなものをパーティーリーダーに内緒で買い込んで、一体何に使うつもりですかね?

 

 


 

 

【あとは若い二人にお任せで】

 またしても、ストーカーだ。

 私のお出かけ中の一部始終を、ゆんゆんとウィズが尾行していた。

 

 とある店で人と会っていたところ、隣の部屋から馴染みのある声が二人分。

 しかもキャッキャとはしゃぐその声は、防音処理のある壁すら貫通していた。

 どうやら壁に耳を当てて、会話を盗み聞こうとしていたらしい。実にお粗末な潜入だ。

 アークウィザードに就けるだけの知力があっても、それを活かせるかは本人次第。そのことがよく分かる好例だった。

 

 この脳みそピンクな二人は、私が人目を避けて異性と密会していると勘違いしたようだ。

 発端はゆんゆん。偶然私を見かけた彼女は、妙に仕立てのいい服を着ている姿を目撃してしまった。

 ――これはデートに違いない。ゆんゆんは確信した。

 

 ちなみにその服装は、目的地の店の洒落た雰囲気に合わせただけだ。他意は一切ない。

 だが妄想だけは一人前なぼっちは、大方、恋愛小説の読みすぎで現実と空想の区別がつかなくなっているのだろう。

 

 ついつい後をつけ始めたゆんゆんを、通りすがりのウィズが発見した。

 事情を聞くと好奇心で頬を染め、叱るどころか自らストーキングに加勢してきた。

 この色ボケリッチー、恋バナが大好物なのである。残念ながら。

 このときばかりは、理性の天秤が揺れる暇もなく、私の恋愛模様への好奇心が圧勝していた。

 

 長年の付き合いがあるウィズは、私が追跡に用心するのを知っている。

 だからこそ、光の屈折で姿を消す魔法――ライト・オブ・リフレクションなどという禁じ手まで繰り出してきた。

 

 言っておくが、断じてデートではない。

 ただし、相手が年若い男性だったことは否定しない。

 だからこそ誤解を招かぬよう、わざわざ人目を避け、店を集合地点に選んでコソコソ会っていたのだ。

 その配慮が、出歯亀女二人の妄想力が無駄に逞しいせいで、かえって裏目に出るとは。

 

 いっそ、完全予約制の高級店でも選んでおくべきだったか。

 まあ、不測の事態を早期に察知できただけでも、不幸中の幸いと言えなくもない。

 

 結局、場の空気を察した密会相手の男が、率先して事情を説明した。

 彼はゲイ――つまり、恋愛感情の対象は男性のみ。

 そのため異性である私とは、恋愛の絡む余地がない。

 だからこそ、個室で差し向かいになるような大胆な会い方が可能だったわけだ。この男は、本気で私のことを何とも思っていないので。

 

 彼には想い人がいる。

 私は時折、その恋愛相談に乗る程度の関係だ。

 貴族の出である彼と仲良くしておけば、高価な品を貸してくれることもある。

 そうした実利がなければ、私としては『アクシズ教会の懺悔室にでも行け』と突き放して終わっていた。

 

 彼にとっても、世間的にはアブノーマルとされがちな恋の悩みを吐き出せる相手は貴重らしい。

 もっとも、私の腹の中も薄々察しているようだが、それを承知の上で関係を続けている。

 

 ちなみに彼の想い人とは、アクセルの支配者などと大口を叩く、あるチンピラ冒険者である。

 

 こうした内情を明かされたゆんゆんとウィズは、納得というより、衝撃の事実に脳が処理を拒否してフリーズした。

 藪を突いて蛇どころではない爆弾が飛び出したのに面食らい、キャパオーバーを起こしていた。

 

 さらに、男がアクシズ教徒だと判明して追い討ちがかかる。

 特にゆんゆんはアクシズ教に何やら苦い思い出があるようで、顔を引きつらせ、急速に大人しくなった。

 そして二人とも、どちらからともなく、まるで逃げるように場を後にした。

 

 余談だが、この男もまたストーカー気質がある。

 意中のチンピラを日々尾行し、金欠で酒代に困った相手が私物を売れば、真っ先に買い上げてコレクションに加える。

 どう控えめに見ても、変質者の域に達している。

 とはいえ、アクシズ教徒としてはまだ理性的なほうだ。その変態的な行動が私の探知の網にかかり、知り合うきっかけとなった。

 

 この日も、以下のような話題が出た。

 ――どうすれば、好きな人を振り向かせられるか?

 

 ……無理では?

 あのチンピラ、普通に異性愛者だし。女湯を覗いたり、セクハラでよくお縄になっている。

 そう思ったものの、冷たく切り捨てるだけでは建設的ではない。

 ただ、正攻法では為す術がないのも確か。そこで私は、ある提言をしてみた。

 

 あのチンピラは、よく道端で酔い潰れて寝ている。

 その隙にテレポートの魔法をかけ、雌オークの集落に転送する。

 それからじっくり半日ほど経ってから、素知らぬ顔で救助に赴く。

 

 恐らくその頃には、もう貞操的には手遅れだろう。

 だが、その分女性に対する強烈なトラウマを刻み込まれ、女性恐怖症を発症しているに違いない。

 もはや女という生き物が信じられない。そこに颯爽と駆けつける救世主の男。

 ――これなら、あのチンピラも思わずときめくのではないか。

 

 実行したらどう転ぶかまでは、私にも予測しきれない。

 だが素案としては、悪くない仕上がりだ。

 

 というか、現状ではスタートラインにすら立てていない。

 ならば、これくらいの荒療治は必要だろう。

 もし相手が異性であれば、密室に閉じ込めておくだけで、そのうち野生動物さながらに盛り始めるだろう――と、適当に助言するのだが。

 

 ちなみにこの案、元々はアルダープの腹上死を企図した暗殺計画の転用だ。……というのは、ここだけの話である。

 

 私としては、聞かれたから答えただけのつもりだったのだが、これが思いの外ウケた。

 実践はしない、はずだ。きっと。

 アクシズ教徒は厄介者と悪名高いが、根は善良だ。そこまでの凶行に走るほど暴走はすまい。……多分。

 

 とはいえ、恋は盲目とも言う。

 恋に落ちた途端に人が変わり、行動パターンが急変する例を、私は何度か見てきた。

 そのたびに私の未来予知じみた予測が外れ、思わず首を傾げたものだ。

 

 まあ、他人の恋路に口出しして馬に蹴られたくはない。

 というか話を聞くくらいならまだしも、本格的に巻き込まれるのは全力で御免だ。

 

 後は勝手にやればいい。

 なるべく、私にとばっちりが来ない形で。

 

 


 

 

【難関クエスト、店と屋敷の往復】

 前にも少し触れたが、店を繁盛させるキーマンとして、仮面バイトはサトウカズマに注目している。

 

 彼には商才がある。発明する品には、売れ筋となるだけのポテンシャルがあるらしい。

 それを独占契約で売り出すか、いっそ知的財産ごと買い取ってしまうか。それが見通す悪魔の描く青写真だ。

 とはいえ現状は、まだ商品開発の進捗報告待ちだが。

 

 そんなわけで、カズマの進捗を確かめるべく、私とウィズで彼の屋敷を訪ねることになった。

 

 言い出しっぺはウィズである。

 本来ならこの案件、取り仕切るのはバニルだ。彼女の提案は建前に過ぎず、真意は別にある。

 

 どうやら、私とカズマ一党との関係を深めさせたいらしい。

 心を許せる相手が少ない私を案じての行動だ。

 知人は多い。コミュ力もある。だがそれらは専ら『どう利用するか』という視点でしか活用されていない。

 もっと友好的な繋がりが増えれば、私の人でなしな側面も自然と和らぐのでは――ウィズはそう目論んでいる。

 

 最近、カズマたちのパーティーとは何かと縁がある。接点も増えた。

 いい加減、私が猫を被っていることに彼らも気づき始めている様子。

 なので私は方針を切り替えた。あえて毒舌でサイコ気味な一面をチラつかせ、納得させる手法だ。

 疑念に一定の答えを与えることで、それ以上踏み込んで追求する流れを躱す。

 

 これをウィズは『素を出して心を開き始めている』と解釈したらしい。チャンスとばかりに張り切っている。

 あれはそういうキャラ付けであって、本性ではないのだけど。

 ウィズの目に、普段の私がどう映っているのかが窺い知れる。

 

 ぶっちゃけ、彼らとの関係だけを考えるなら、もはや演技を止めたところで大きな軋轢は生じないと踏んでいる。

 あのアクの強い変人共を、演技の枷を嵌めた状態で相手取るのも、中々にキツい。

 だが、ダクネスの存在が問題だ。

 彼女の背後には、まだ懸念材料がある。当面は現状維持が妥当だろう。

 

 私は表向き知らない体で通しているが、彼女は名門ダスティネス家、現当主イグニスの一粒種だ。

 そのイグニスとは、昨今ドネリー家やアルダープの件で、間接的に関わりが生じている。

 私が軽率に動けば、ダクネスを通して私が黒幕だと辿り着かれかねない。

 なにせ先日、ドネリー家を動かし、彼らに金子を貸し与えたばかりだ。

 

 以来、イグニスはその裏に潜む操り手の介在を察し、密かにその正体を探り始めている。

 どうやら貴族に絞って捜査しているらしいのは救いだが、まったく油断も隙もない。

 変な寄り道などしていないで、さっさとアクセル領主に引導を渡してほしい。

 アルダープ以上の脅威と見做されているっぽい点には目を逸らしつつ、私はそう思うのだった。

 

 さて、話を戻そう。

 私たちはカズマの屋敷へと出向いたが、手前で引き返す羽目になった。

 屋敷を囲うように、アホみたいに強力な神聖結界が張り巡らされていたのだ。

 下手人は、問いただすまでもない。

 

 これでは、ウィズの通過は絶望的だ。私だけなら平気だが、彼女を置き去りにするわけにもいかない。

 ウィズは『自分は付き添いだから』と一人で帰ろうとしたが、却下した。

 このポンコツを野に放てば、たちまち借金を拵えるのは火を見るより明らかだ。

 

 一応、私だけ屋敷に入り、結界解除を頼むという案も検討した。

 だが、あの知性ゴブリンの青髪女がまた何か仕出かす予感がしたので、やむなく断念した。

 

 斯くして踵を返した私たち。

 もし負債店主を単独で帰していたら、どうなっていたか? その答えは、帰路ですぐに明らかとなった。

 

 路上で、募金詐欺に引っかかりかけたのだ。

 『重病の妹の治療費を集めている』という古典的すぎる誘い文句に、まんまと心を動かされていた。

 私が止めなければ、資産の大半を寄付していたに違いない。

 

 店へ戻ったあとは、そのまま業務に復帰。

 カズマ訪問は翌日に持ち越しとした。

 

 私には圧倒的にスタミナがない。支援魔法の後押しがあっても、二往復は困難を窮める。

 恐らく道中で力尽きて、路上で遭難する。

 この行軍を強行するには、一泊込みの本格的な遠征計画が必要だ。まさに大冒険となる。

 バニルが以前語っていた衰弱状態は、とうに脱している。だがそれを踏まえてなお、私の基礎体力は地を這っている。

 

 そんな話をしていた折、耳を傾けていたウィズが、突如ハッとした表情を浮かべ、倉庫へと駆け出した。

 しばらくして戻ってきた彼女は、どこか得意げな顔で一本の鉢巻を差し出してくる。

 曰く、魔力をスタミナへ全変換する、彼女イチオシの逸品らしい。

 

 なるほど、魔力量が常人より多い私にはうってつけ……のはずがない。

 誰がそんな戯言をほざくか。

 

 魔力がすべてスタミナに変換されるということは、すなわち魔力欠乏状態に陥るということだ。

 爆裂魔法を撃った直後のめぐみんよろしく、ただの置物と化す。

 しかも回復した魔力すら自動でスタミナに変換されるため、魔力欠乏が延々と続く。

 スタミナがいくら増えても、それでは意味がない。

 

 無論、この鉢巻の仕様は承知している。

 というか、過去に処分したはずだったのだが……まだどこかに隠し持っていたらしい。

 疲労で重い身体に鞭を打ち、その産廃を引ったくる。

 そして私は、バニルへ破壊光線の使用を要請した。

 

 


 

 

【大冒険、リトライ】

 カズマの屋敷訪問、再チャレンジ。

 今度こそ恙無く完遂した。当たり前だ。

 

 ウィズは、最初から店に置いてきた。

 当人は、本当に一人で辿り着けるのかとやたら心配していたけれど。……子供のお使いかな?

 

 カズマの商品開発については、現物をちょっと見聞きした程度で、特筆すべき収穫はなかった。

 そもそもバニルの担当案件だ。私が口出しする話でもない。

 商談が本格化するにしても、それは後日バニルが受け持つだろう。

 

 用件が片付くと、屋内で放し飼いにされているペットが遊んでほしそうにうざ絡みしてきたので、仕方なく相手をした。

 そのペットの名前を、アクアと言う。

 

 アクア曰く、今日は寒いから外には出たくないとのこと。

 ダクネスとめぐみんは外出中。

 カズマはというと、私が来る直前まで自室で寝ていたらしい。

 

 ……ちなみに私は、彼のだらしない生活を見越して、日中も遅めの時間帯に訪ねたのだけど。

 冒険者として身体が資本なら、もう少し健康に気を配ったほうがいいのでは?

 日が暮れる頃になると酒場に繰り出して、他の冒険者たちと夜遅くまで宴会でドンチャン騒ぎしているとも耳にするし。

 

 まあ、カズマの堕落したライフスタイルはさておき。

 アクアとボードゲームで遊ぶことになったのだけど……これが、とにかく弱い。

 

 私と彼女では、知力に天地の開きがある。

 にもかかわらず、よりによって頭脳勝負の土俵で挑んできたのだから、勝敗は目に見えていた。

 多分コボルト辺りにルールを叩き込めば、アクアと名勝負を繰り広げてくれるだろう。それくらいのレベル差がある。

 というか、よくもまあその体たらくで、私に知恵比べを仕掛けてきたものである。

 

 それならばと、今度は運要素の強いゲームに切り替えてみたが――それでもアクアは敗け続けた。

 私の幸運ステータスは平均よりやや下。けれど、アクアの不運はその比ではない。

 頭脳ゲームよりはマシだが、それでも伯仲とは程遠かった。

 むしろアクアは、どんなゲームなら拮抗できるのだろうか。

 

 最後に彼女が隠し玉として取り出してきたのは、謎めいたボードゲームだった。

 名を『ショウギ』という。

 

 カズマの故郷で有名な遊戯らしく、一時期仲間内で流行していたそうだ。

 経験者としてのアドバンテージを活かし、今度こそ私に一矢報いる気だったらしい。

 が、見事に泡を食ったのはアクアのほうだった。

 

 初見のゲームで無理やり勝とうとする大人気ない真似までしておいて、このザマとは。

 仮にも女神を名乗っておきながら、恥ずかしくないので? メンタル最強ですね。

 

 ちなみにこのあとカズマとも対戦し、私は普通に負けた。

 駒の動かし方を教わったばかりなのだから、当然である。

 アクアの件は……あれは単に、彼女がポンコツすぎただけだ。

 

 なお、未練がましいアクアは自分の敗因を、屋敷の地縛霊アンナに押し付けていた。

 曰く、『物質を素通りできる霊体なのをいいことに、対局中、テーブルの上でブレイクダンスして気が散った』とのこと。

 

 私はそのダンスを寡聞にして知らない。だが、カズマの話ぶりから察するに、相当激しい踊りらしい。

 アンナについては、以前ウィズからも話を聞いている。幼くして孤独にこの世を去った、貴族の隠し子で、病弱だった少女だと。

 なのに今では、えらくアグレッシブで愉快な霊になっているようだ。

 

 アクアの弁によれば、『死んで肉体を失った反動で、生前の分まではっちゃけているのでは』とのこと。

 私は困惑した。つぶさに観察したが、アクアは一切嘘を吐いていない。

 つまり、アンナ少女が死を契機にドラスティックに舵を切り、死後の暮らしを満喫してるのは、マジのガチらしい。

 

 


 

 

【クリスは、女神エリスの好きな花の種名として名高い】

 まさか、あの女が本当に幸運の女神だったとは。

 

 さて、早速本題に入ろう。

 今日は盗賊少女こと冒険者クリスと一緒に、ケーキ屋へ立ち寄ってきた。

 季節限定メニューが出ると聞きつけ、私のほうから声をかけた次第だ。

 

 元々顔見知りではあったし、互いに社交的な性分だから、会えばそれなりに話も弾む。

 それに、クリスは意外と乙女趣味が強い。この誘いには二つ返事で食いついてきた。

 どちらかというと、彼女を捕まえるまでが難だった。神出鬼没すぎて、私でも居所が掴めない。

 ……天界までは、さしもの私も探索の手を延ばしていないし。

 

 ケーキを突きながら、クリスからは、ダクネスと組んでいた頃の逸話――奇行を様々聞き出した。

 が、それはあくまで副産物。此度の目的は別にある。

 

 本日のケーキは、クリスを釣るための餌に過ぎない。

 表向きには『ダクネスの行状を詳らかにすること』が名目だが、それはただのカモフラージュだ。

 ……とはいえ、ダクネス情報も決して無駄ではない。

 

 カズマから聞いた話によれば、彼は以前、お見合い絡みでダクネスの実家を訪れたことがあるらしい。

 その件で私と話すうち、『ダクネスのトラブルメーカーっぷりを資料にまとめ、父親イグニスに突きつけてみては?』という企みが持ち上がった。

 娘の無軌道ぶりを直に知れば、父親は確実に危機感を抱く。

 そうなれば、縁談に本腰を入れるのでは――という目論見だ。

 

 ダクネス本人は、冒険者を続けたい一心で結婚を先延ばしにしたがっている。

 ならば、彼女にとって逆風となる情報を周到に揃えておけば、間接的に行動を封じられるという寸法だ。

 

 冒険者ギルドには、ダクネスに関する苦情の資料が一式保管されている。

 それを私が告げると、カズマは閃いた顔で、あれこれ企画を膨らませていた。

 よくもまあ、そんな着想がポンポンと湧いて出るものだ。

 ゲスマだのクズマだのと呼ばれ、幼い娘を持つ親御さんから要注意人物としてマークされているのは伊達ではない。

 

 カズマとクリスの証言、ギルドの資料を突き合わせれば、冒険者ダクネスの所業は概ね網羅できる。

 そう打ち明けると、クリスの目が泳いだ。頬を掻き、言葉を濁す。困ったときの癖だ。

 だが私は構わず、口八丁で押し切った。

 

 命懸けの冒険に性癖を持ち込むのは、いかがなものかと思う。

 しかも彼女の夢は『モンスターに組み伏せられること』だというのだから、目も当てられない。

 私としても、再会するたび舌なめずりする野獣の眼で見つめられて、多大なストレスに晒されている。

 そう力説した結果、『親友をドM道から引き戻すため』という大義名分の下、クリスの協力を取り付けることに成功した。

 チョロい。

 

 さて、今回の本命に話を戻そう。

 冒頭でも触れた通り、クリスの正体が女神エリスであるという確証を得た。

 今回の目的は、まさにそれを確かめることだった。

 

 クリスとアクアが同族であることは、前々から見当がついていた。

 アクアが水の女神なら、クリスはどこの神格か?

 とはいえ、クリスは敬虔なエリス教徒を自称している。おかげで絞り込みは容易だった。

 

 エリスといえば、悪魔やアンデッドに対して過激な敵意を示すことで有名だ。

 先輩女神のアクア曰く、まったく嘘偽りのない事実らしい。

 もっとも、その発言は泥酔時のものなので、信用度には疑問が残るが。

 バニルも当てにならない。敵愾心から私怨を上乗せして、話をギガ盛りにしてくる。まともな情報源が欲しい。

 

 ともあれ、ウィズ魔道具店に属する身としては見過ごせない。

 今後の接し方を見極める上でも、クリスが何者かは確定させておきたかった。

 

 いざ調査に臨むと、エリスを示唆する証拠がポロポロと出てきた。

 そして今日、遂に決定打を得た。

 

 その手順は至ってシンプル。

 彼女の名を、わざと『エリス』と呼び間違えただけ。

 カマをかけたというか、軽い探りのつもりだったのだが。それが、まさかの一撃ノックアウト。

 これには、むしろ私のほうがビックリした。

 

 名前を呼ばれた瞬間、クリスのスイッチが切り替わった。

 口調も雰囲気も一変し、明らかに女神エリスとしての素が顔を覗かせた。

 直後、彼女は己のミスに気づいて、石像のように固まる。

 春間近とはいえ外はまだ冷えるのに、滝のような冷や汗を流していた。手元のフォークはカタカタと震え、今にも落としそうなほど。

 要するに、クリスは露骨に動揺していた。

 

 正体を暴くのは造作なかったが、むしろ苦労したのはその後。

 『私は何も気づいていない』とクリスに信じ込ませ、上手く誤魔化せたと思わせる方向へ誘導するのが大変だった。

 

 それにしても、エリスか。

 アクアと違って、彼女はウィズに対して特に何かを感じ取っている様子もない。以前の来店時も、バニルと朗らかに談笑していたくらいだ。

 だから、今まで半信半疑だった。

 当時は、アクセルが更地になるのではと内心ハラハラしていたのだけど。

 

 ともあれ、触らぬ神に祟りなし。

 どうやら、彼女はもうすぐ忙しくなるらしい。ならば、このままそっとしておくに限る。

 

 そういえば、エリスは寿命以外の不幸に見舞われた魂の案内を務めているとか。

 彼女の繁忙期が雪解けと共に訪れるのも、得心がいく。

 冒険者たちが春の訪れと共に稼業を再開し、戦いで命を落とす件数が跳ね上がる。

 ……つまり、そういうことなのだろう。

 

 まあいい。目下の懸案だったクリスの件には、一応の区切りがついた。

 今後は、セレスディナを優先する。




・将棋
原作二巻書き下ろし短編『紅魔族は知能が高い』を参照。
タイトルとは裏腹に、めぐみんがカズマに手玉に取られる話。将棋のルールに不慣れで戸惑う彼女を、カズマがボコボコにしている。
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