とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-3 水と温泉の都①

【ウィズお友達化計画】

 ウィズとゆんゆんを遊びに送り出した。

 暦の上では春間近。そろそろ春物も出回る頃合いだし、服屋を巡って新作をチェックしよう――そんなノリである。

 

 事の発端は、先日のことだった。

 ゆんゆんが、うちの店を遠巻きに見張りながら、延々と周囲をウロウロしていた。

 挙動としては、警察沙汰待ったなしの不審者ムーブである。

 

 さすがに見過ごせず呼び止めて、奇行の理由を問いただした。

 すると彼女は、『ただの散歩』だと釈明した。

 曰く、仕事中に突然押しかけるのは迷惑かもしれない。もし叩き出されて嫌われでもしたら、ショックで心が折れてしまう。

 そこで彼女なりに考えた末、偶然店の人と遭遇する確率を高めるべく、店の見えるルートを割り出し、そこを散歩コースに設定したのだという。

 

 ちなみにこの日は初回だったが、彼女はこの奇行を習慣化するつもりだったらしい。

 二日に一回、四時間のペースで。

 

 隔日で四時間も、寂しそうに店の周りを徘徊するゆんゆん。……不気味だ。

 迷惑でもいいから、普通に正面から訪ねてきてほしい。

 大体、ウィズがゆんゆんを構って業務を疎かにするのは、店の経営的にはむしろプラスだ。私とバニルは喜んで歓迎しよう。

 

 そうして、ついでに遊びの約束も取りつけた。

 

 そして迎えた当日。しばらくして二人が戻ってきたとき、ゆんゆんは何やら感極まった様子だった。

 曰く、自分の人生にこんな幸福なイベントがあるなんて。

 服屋だけじゃなく、他のお店にも行けた。一生の思い出として日記に記さないと。

 例え今日が命日だったとしても、もう思い残すことはない。

 ――などと、大層な感想を漏らしていた。

 

 いや、重い重い。

 誰も魔法なんて使っていないのに、店内に謎の重力場が発生した気さえした。

 

 ちなみに、ゆんゆんが購入した衣類や小物も見せてもらった。

 所感としては、全体的に赤くて黒い。紅魔族カラーとも換言できる。

 あと、妙に露出が多くて大胆。特に胸元。やたらと肌面積が広い。

 彼女は地元の風習を恥ずかしがる変な生き物だけど、別段一族の感性を継承していないわけでもないらしい。

 

 まあ、そっとしておこう。

 奇しくも私の色の好みも紅魔族寄りだ。『紅魔族みたいな趣味していますね』などとカウンターを食らいたくはない。

 

 ちなみに彼女、見た目こそ尖っていても、服のセンスそのものは悪くない。

 本人曰く、人形遊びが得意で、ウィンドウショッピングの経験も豊富だからとのこと。

 もちろん、一人でだが。

 

 ……どうしてこう、聞いてもいないのに次から次へと闇深エピソードを吐き出しては、場の空気を凍りつかせるのだろうか。このぼっち娘は。

 

 


 

 

【前向きなのは良いことだが】

 ウィズが、すこぶるご機嫌だ。

 

 この間、ゆんゆんと遊びに行かせた。あの件も理由の一端を担っている。

 あの外出は私が提言し、バニルも快く承諾した。特別にお小遣いまで支給する厚遇振りだった。

 

 このところ、うちの店では『店主から労働を奪おうキャンペーン』が、主に従業員サイドの発案で展開中である。

 で、当のウィズはこれを『自分を労ってくれている』と、都合よく解釈している。

 今日もバニルが、『カウンターでただニコニコして座っていればいいから働いてくれるな』と懇願していた。

 必死だ。だが、無駄である。

 

 口で言って聞くなら苦労はない。それよりも、自然にカウンターに留め置く計略を練ったほうが、余程建設的だ。

 この辺の意識差は、職場で直に接してきた年季の差だろう。

 

 案の定、ウィズはますます勘違いに拍車をかけ、さらに調子づいた。

 『そうまで気遣ってくれなくて大丈夫』と、溌剌(はつらつ)と告げてくる始末である。

 

 そこで私は、こう返した。

 そこまで店の役に立ちたいのなら、外に出て、またゆんゆんに遊んでもらうといい。

 どうしても人手が足りなくなったら、こちらから声をかける。だから、それまでは本業は忘れてくれて結構。

 それが、今できる最大の貢献だ、と。

 

 私の発言に、ウィズは小首を傾げ、不思議そうな顔でぽつりと呟いた。

 『それだとまるで、自分が手伝わないほうが店が儲かるみたいだ』と。

 

 ……まるでも何も、私はまさに、そう言っているのだけれど。

 

 


 

 

【古代文字の勉強】

 ニホンゴ――日本語か。

 この言語、死ぬほど習得が煩わしい。

 

 単純に難解というのもあるが、ベルゼルグ王国の言語体系とは成り立ちからしてかけ離れている。そこが最大のネックだ。

 自国語に慣れきってしまっているせいで、かえって学習の妨げになっているのだろう。

 逆に、第一言語として幼い頃から親しんでいれば、こういう障壁は生じないのだろうが。

 

 偉い学者方は、日本語を古代文字と捉えて研究しているらしい。

 だが、実態はどうなのやら。

 私は専門家ではないから、確かなことは言えない。ただ、起源を同じくする言語ならば、時代が経とうと似通った痕跡は残るものだ。

 けれど日本語には、そういう面影がとんと見当たらない。

 

 ベルゼルグ周辺諸国に根ざしていない、まるっきり異なる文化圏から流入してきたような異質さがある。

 ある程度学んで要領を掴んだからこそ、余計にそう思う。

 

 そもそも日本語を学ぼうと思ったきっかけは、以前アクアから買い取った一冊の手記だ。

 デストロイヤーの開発責任者が書き残したそれは、私にはさっぱり解読不能だった。

 後日アクアに確認すると、カズマの故郷で使われている言語だと判明した。しかも彼女は、読めるらしい。

 

 試しに朗読してもらったが、内容はロクでもなかった。

 後で畜生仮面にも読ませたところ、爆笑のあまり呼吸困難に陥り、暫し使い物にならなくなったほどだ。

 デストロイヤー諸共、あのとき抹消しておくべき資料だった。

 あの女、遊ぶ金欲しさに、とんでもないものを火事場泥棒している。

 おまけに、かつて見聞した機動要塞暴走の顛末は、都合の悪い黒歴史を切除した上で、だいぶマイルドに仕上げていたことが露見した。

 

 まあ、その真相は脇へ置くとして。

 

 私は、手記に用いられていた言語そのものに強い関心を持った。

 カズマを含めた『勇者候補』と呼ばれる面々は、全員同郷なのではないか。そう私は踏んでいる。

 彼らの活躍は古くから記録に残っており、とりわけ魔王軍との戦いにおける功績は目覚ましい。

 勇者候補たちの尽力がなければ、この国の命脈はとうに尽きていた――そう言い切れるほどに。

 

 そして彼らは、例外なく日本語を操るらしい。

 となれば、あの手記の筆者もまた、出自を同じくする勇者候補と考えるのが妥当だ。

 なるほど。規格外という共通項では、腑に落ちる。

 

 そんな背景を持つ言語だ。覚えて損はない。

 幸い、すぐ身近には日本語マスターの女神がいる。

 当初アクアは『寒いから嫌』と駄々を捏ねていたが、酒代を報酬にぶら下げると、のそのそと巣穴から這い出してきた。

 こうして、彼女からのレッスンが始まった。

 

 なお、カズマに頼まなかったのは、勇者候補にとって日本語が何かしら秘匿したい要素なのでは、と疑ったからだ。

 何せ巷では古代文字と認知されていて、正体不明の扱いだ。

 ……実際には、彼らが啓蒙活動に不熱心で放置しているだけのような気もしてきたが。

 

 それに、習得の難度が極めて高い。余程の熱意がなければ、中途半端で終わってしまう。

 何より、手記のことがカズマにバレれば、焼却処分される危惧があった。

 せめて一度くらい、自力で完読しておきたかった。

 

 正直に言えば、アクアですら読めるのだからと、内心舐めてかかっていた。

 だが、あれは一応女神だ。今にして思えば、人間の尺度で測ったところで意味がなかった。

 

 とはいえ。

 タダ酒ありきではあったが、アクアは意外と親身に教えてくれた。暇だったのかもしれない。

 ぶっちゃけ最初は期待していなかったのに、いざ蓋を開けてみればそこそこ成果が出たのは、望外の僥倖だった。

 思えばアクアは、世間知らずのカズマに時折解説を入れる役回りを務めていた。案外、人に物を教えるのは得意なのかもしれない。

 

 ただし、アクアの飽き性が顔を出し始めると、途端に能率が落ちていった。

 まあこれは、言語の側にも問題がある。

 単体で意味を内包する『漢字』という文字は、二千だかそれ以上の種類がある。まずこの概要で辟易する。

 私はそれでも覚える気満々だったが、アクアのほうが先に音を上げた。

 

 私の場合はお化け知力に物を言わせて短期間でサクサク吸収し、今ではそこそこ使いこなせている。

 だがこれを真似できるのは、他にはめぐみんくらいのものだろう。

 

 ところで、そのアクアの件だが。世話になった礼として、二人で酒屋へ出向いた。

 ダレたアクアが、お酒に現を抜かし始めていたのもある。

 

 ところがこの女、売り物の酒樽にうっかり指を突っ込んでしまった。

 アクアには『触れた液体を浄化する』という体質がある。

 結果、中身は丸ごと水に変じた。

 

 弁償は私持ちである。酒代を奢ると約束した手前、逃げ道はない。

 こうして、所持金がえげつなく吹き飛んだ。

 ……この女、やはり貧乏神の系譜か。

 

 


 

 

【ラーニング完了】

 ラストで残念なオチこそついたが、アクアは殊の外役に立った。

 その実績を強調した上で、今度はバニルにも協力を仰いでみることにした。

 

 女神にできたのだ。天界と伍する地獄の一角を担う悪魔ともあろうものが、人間の小娘に言語ひとつ満足に教えられません――などと、無様は晒すまい。

 よしんば無理だったとしても、バニルには見通す力がある。翻訳くらい、造作もないのは実証されている。

 

 元より人間を謀(たばか)るため、悪魔族は種族として駆け引きに長けている。これが安っぽい挑発なのは、百も承知だったろう。

 だが、それでも乗ってきた。

 神々との対立を抜きにしても、あの頭の弱い青髪女以下と見做されるのは、バニルにとって舌を噛み切りたくなるほどの屈辱だったのだろう。見通す悪魔としての沽券にも関わる。

 

 そして数日後、準備ができたとのことでバニルに呼び出された。

 どこから仕入れてきたのか、私の元には山のような本が届けられた。

 日本語の辞書、教材、参考書。紙質も装丁も、明らかにベルゼルグの製品ではない。……もしやこれ、現地産なのでは。

 

 これであとは勝手に学べとばかりに、以後は放ったらかしにされた。

 きっかけは与えた、あとは独力でどうにかしろ――そう言いたげな態度だった。

 

 実際、どうにかなった。

 読み物すべてに目を通し、頭に叩き込むのに一日とかからなかった。

 おかげで読み書きは完全に習得。会話こそ未修得だが、日本語習得という目標はこれにて達成。

 なお、貸し出された大量の書籍は、後日バニルが回収し、どこかへ持ち去っていった。

 

 ……ただ、あれこれ煽ってムキにさせた上、最後にはきっちり釘まで刺された。

 今後は、この手の挑発手法は控えたほうが無難かもしれない。

 

 


 

 

【出資者の受け付け、即終了】

 ウィズ魔道具店の将来を左右する大事な商談が、ひとまず無事にまとまった。

 カズマの件だ。契約を詰めるべく、仮面のアルバイターが彼の屋敷へ赴き、発明品を山ほど回収して凱旋してきたのだ。

 肝心の利益還元の方法については、まだ決まっていない。だがまあ、それは当座、後回しで構わない。

 

 ともあれ、ここから徐々に店は慌ただしくなる。

 まずはカズマ考案のアイテムを商品化し、販売できる体制を整えるところからだ。

 

 当然、そのためには先立つものが要る。

 店の財源だけで賄えれば話は早いが、生憎そこまでの余裕はない。

 私がこれまで築いてきたコネを活用する手もなくはない。が、今回は今後の付き合いも見据え、出資者を募ることにした。

 

 ――で、実際に動いてみれば、拍子抜けするほどあっさり終わった。

 僅か半日足らずで必要額が集まり、資金調達は難なく完了である。

 

 どうやら、長年かけてあちこちで売名し、地道に縁を繋いできたのが活きたらしい。

 無論、それがなくとも資金自体はどうにかなっただろう。だが少なくとも今回、資金繰りの労力を大きく省いてくれたのは確かだ。

 最大の難関を難なく突破できたというのは、嬉しい誤算と言えよう。

 

 とはいえ、資金が早々に集まったからといって、全体のスケジュールが劇的に前倒しになるわけではない。

 生産ラインの整備やら、他にも処理すべきタスクは山積している。

 資金は、それらの準備が整うまでに間に合えば十分だった。予定より早く片付いたとはいえ、急激な進展には繋がらない。

 

 精々、販売開始の日程が少し前倒しになるくらいだろう。

 多分、二日とかその程度。

 

 


 

 

【ボードゲームで無双しよう(導入編)】

 今回の主題に入る前に、少しだけ枠を割いて昔語りをしよう。

 ほんの一年前のことだ。

 

 ウィズが間の悪いタイミングで多額の借金を拵え、店の存続が危ぶまれるほどに切羽詰まったことがある。

 私もいよいよ店が潰れるかもしれない、と覚悟した。

 それでも片っ端から金策を模索していたところ――見つけた。

 財政危機を救える、一筋の光明を。

 

 王都で開催される、ボードゲームの大会だ。

 上位入賞すれば賞金が出る。優勝すれば、一発で借金を完済できる額だ。仮に逃したとしても、挑戦する価値はある。

 

 ……が、ひとつ問題があった。

 この情報を手に入れた時点で、既にエントリーは締め切られていたのだ。

 普通なら、そこで諦めて他の道を探るところだが、生憎そんな悠長な余裕はない。

 しかも私は、即席ながらこの状況を打開できそうな方策を閃いてしまっていた。

 

 パフォーマンスで押し切る。

 我ながらバカバカしいとは思った。だが、合理性はすべてに優先する。

 実現可能で、かつ有効と判断した以上、それを採択することに何の躊躇いもなかった。

 

 というわけで、私はバニル仮面(某悪魔からのプレゼント)で顔を隠し、紅魔族ローブ(紅魔の里の土産物)を羽織った。

 道行く者が思わず振り返り、その奇抜さに道を譲るほどの完璧なやべーやつコーデをキメて、大会に堂々と乱入した。

 

 とはいえ、衣装だけでは片手落ちだ。

 仮面悪魔と紅魔族を足して割ったような、ド派手な道化の立ち振る舞いで注目を総取りする。

 幸か不幸か、私にはそれをやりきるだけの演技力があった。

 勢いと話題性でもって規定もルールも何もかも押し流し、そのまま強引に参加を認めさせたのだった。

 

 ……今思い返しても、頭が悪すぎる。

 とにかく、あらゆる面で余裕がなかった。その場凌ぎの対応だと承知の上で、突き進むしかなかったのだ。

 強いて言えば、まだ紅魔の里観光から戻って間もない時期だった。その記憶が、あの奇天烈な発想を着想させたのだろう。

 

 ウィズなど、私の暴れっぷりに呆然としていた。

 高笑いと大仰な身振りで観客の視線を掻っ攫う私を見て、『とうとう頭をやられたのでは……』と本気で心配していたほどだ。

 彼女ですらそれなら、大半の知人も似たような反応だったに違いない。

 

 もちろん、私としても身バレは避けたかったので、全身を覆って身元が割れぬよう徹底した。

 名乗りもコードネームで通した。

 風の噂では、正体は『通りすがりの女紅魔族』説が有力らしい。

 

 幸い、大会では優勝できた。

 賞金を受け取るや否や、ウィズのテレポートで即刻アクセルへと逃げ帰った。

 

 実のところ、勝てる確信があったわけではない。

 私自身は、ボードゲームは付き合いで嗜む程度だ。あれであっさり敗退していたら、赤っ恥もいいところだった。

 だが、どうやらタイムスリップ前の私は相当やり込んでいたらしい。普段の対戦中でも、戦術等の知識が次々と脳裏に浮かぶ。

 つまり、底の知れない潜在能力がある。

 それに賭けて、大会に臨んだというわけだ。

 

 まあ結局のところ、行き当たりばったりの出たとこ勝負だったのだけれど。

 

 


 

 

【ボードゲームで無双しよう(本編)】

 そして、話の舞台は本日へと移る。

 

 前述の思い出話を、私は怒鳴り込んできためぐみんとゆんゆん――いや、喧しかったのはめぐみんだけか。

 ともあれ、二人に語って聞かせた。

 しかも私は、当時と同じく、バニル仮面と紅魔族ローブを身にまとった状態で。

 

 事の発端は、めぐみんがボードゲームで、ライバルにまさかの敗北を喫したことにある。

 

 敗因は多岐に渡るが、ざっくりまとめれば油断だ。

 ライバルの成長を甘く見た。

 まんまと策に嵌められ、テレポートやエクスプロージョンといった常套手段を封じられた。

 そもそも『ゆんゆんごときは片手間で捻れる』と高を括っていた節があり、盤面そっちのけで爆裂魔法に思考リソースを費やしていた、等々。

 まあそれでも、慌てて本気を出すや終盤には接戦にまで持ち直したというのだから、めぐみんも大概である。

 

 ちなみに、ゆんゆんの健闘には私が一枚噛んでいる。

 彼女は対人戦の経験値こそ乏しいが、裏を返せばそれだけ伸び代があるということだ。

 私と何度も遊ぶうちに、地力はぐんぐん伸びていった。

 さらに、ゆんゆんの記憶していた棋譜を基に、めぐみん対策の研究にも手を貸した。

 

 ただし、過去のめぐみんは本気を出していなかった。対策は不完全だった。

 本来の実力差を鑑みれば、順当に勝っていたのはめぐみんだったろう。

 事実、直後の再戦ではめぐみんがライバルをボコボコにして雪辱を果たしたという。

 もっとも、初勝利できた上、ライバルを本気にさせたことが嬉しかったのか、当のゆんゆんは敗北をまるで意に介していなかったが。

 

 それはさておき。

 小癪にも私がコッソリとゆんゆんを鍛えていたと知り、めぐみんは甚くご立腹だった。

 その本心は『黒星をつけられた恨みを晴らすべく、ついでに私も叩いて格の違いを見せつけてやろう』という、実に分かりやすい八つ当たりだ。

 この機に私も下して、自分こそがアクセル随一の天才だと喧伝してやろうと皮算用していたらしい。

 

 対局に際して、めぐみんからひとつだけオーダーがあった。

 本気でやれ、と。

 だが彼女はここで、致命的なミスを犯した。

 卑劣な搦め手こそ真骨頂の私に対し、『本気』の定義を指定しなかったのだ。

 

 私の知力ステータスは、めぐみんを上回っている。

 彼女が初めてアクセルの冒険者ギルドに出向いたとき、冒険者カードの数値をひけらかして注目を集めようとしたらしい。

 だが魔力はアクア、知力は私に及ばず、あえなくその目論見は頓挫した。

 ……一位がどちらもプリースト職というのが、なんとも皮肉である。

 

 ともあれ、めぐみんのリクエストに応えるべく、私はバニル仮面とローブを持ち出した。

 当然『なぜ?』とツッコまれたので、戦装束のようなものだと適当に返した。

 その流れで、先述の大会武勇伝も披露しておいた。

 

 ついでにその場で、ちびっ子にじわじわと人気の出てきた新商品、量産型バニル仮面の即売も行う。二枚売れた。

 この頃には少女二人とも、私の奇抜なコスプレにはリアクションを示さなくなっていた。

 これが付き合いの長いウィズであれば、私が何かを誤魔化そうとしていると勘付いていただろう。

 

 さらに私は、二面打ちを提案。めぐみんとゆんゆん、両方を同時に相手取ると宣言した。

 これには明確な意図がある。ある理由から、そうでもしないとさすがに卑怯過ぎるからだったのだが……めぐみんは気づかなかった。

 格下扱いされたと憤慨し、こちらが誘導するまでもなく、勝手に視野を狭めてくれた。

 一方のゆんゆんは、最初こそ戸惑っていたものの、ライバルからの共闘提案に嬉々として応じた。

 人から頼られるのが、何より嬉しかったらしい。

 

 そして結果は――私(・)と(・)バ(・)ニ(・)ル(・)ペ(・)ア(・)の圧勝だった。

 

 ネタバラシをすると、私の装備する仮面は、バニルの本体である。

 仮面悪魔には他者に憑依する能力があり、今回はあえて私自身に取り憑かせた。

 つまり、見通す悪魔のサポート付きで、二人三脚の対局に挑んだというわけだ。

 

 もちろん、二人がかりはめぐみんが納得するまい。だからゆんゆんを巻き込み、形式上は二対二の構図にした。

 ……とはいえ予知で勝ち筋を見通すインチキに彼女がキレないかは、また別の話だが。

 必勝の攻略チャートを組んでくるとか、私だって勝てる気がしないし。

 

 大会話や仮面の即売会をわざわざ挟んだのも、私の仮面も商品だと思い込ませて注意を逸らすミスディレクションだ。

 盤外戦術は禁止されていなかったので、遠慮なくやらせてもらった。

 そもそも、めぐみん自身もそうした姑息な手を使うタイプらしいし。

 私としては数の利を放棄しただけ、まだ温情をかけたつもりである。

 

 とはいえ、私もめぐみん相手でなければ、ここまで用心しない。

 裏を返せば、それだけ彼女を強敵としてちゃんと認めているということだ。

 そう率直に伝えると、承認欲求を擽(くすぐ)られた爆裂娘は、満更でもなさそうにほんのり機嫌を直してくれた。チョロい。

 

 ただし、この一戦で証明されたのは、私とめぐみんの力量差ではない。

 何でも見通す大悪魔が、いかに反則じみているかだ。

 やった私ですら、些かやり過ぎたかと思い直したくらいである。いずれ再戦の機会を設けるかもしれない。

 

 ところで、ゆんゆんはこの時点でバニルが悪魔だと知らなかった。

 というより、そもそもこれが初対面だった。

 地面から肉体が生えてくるという人外っぷりに、さすがに正体がバレないはずもなく。

 そのせいで些細ないざこざは生じたが……まあ、詳細は割愛する。特筆するほどの話でもないし。

 

 


 

 

【店長はアルカンレティアへ出荷しました】

 まったく、とんでもない話だ。

 邪悪な悪魔が、いたいけなぼっちを賃金ゼロでこき使おうとしていた。

 

 一人が寂しい、と零したゆんゆん。

 その弱みに付け込んで、『人に慣れる練習になる』だの『接客は定型セリフだけ覚えれば楽勝』だの。

 チョロ甘ぼっちに『友人作りのステップ』という餌をぶら下げ、露骨な悪魔的甘言で労働力を搾取しようと企てていた。

 要するにウィズが抜けた穴を、偶々来店したゆんゆんで埋めようとしたわけだ。

 そして当のゆんゆんも、誰かに必要とされるのが満更でもなかったらしい。嬉しげに口元をムニムニさせていた。

 

 まったく、困ったものだ。良心というものが無いのか、この悪魔は。

 仄かに苛立ちが芽生える。私の中で正義の心が義憤に燃える――という設定が起動する。

 未成年をだまくらかしてタダ働きさせようなど、言語道断。

 街の善良な一市民として、私は同僚の非道を糾弾した。

 

 するとバニルは、『何か悪いものでも食べたのか?』と言いたげな怪訝顔でこちらを見てきた。

 

 気の利かない悪魔だ。

 ここで追及しなければ、私の表向きのキャラクターとの整合性に支障が出る。

 身内だけならともかく、眼前にはゆんゆんがいるのだ。

 そういう時は事前に合図でも送ってくれれば、空気を読んで一時退席するなりしたものを。

 

 ――という抗議を、ゆんゆんの死角からハンドサインで送る。

 口では引き続き、悪魔への糾弾を続けつつ。

 このサインは、私とバニルの間であらかじめ定めてあるものだ。

 それを見取ったバニルは、私の真意を察し、たちまち面倒臭げな表情へと切り替わった。

 

 この不穏な空気は、ギスギスに耐えかねたゆんゆんが割って入ったことで、ようやく収束した。

 

 私としては役柄上そうせざるを得なかっただけで、バニルの発案そのものに特段の異論はない。

 当事者の顔を立てるという名目が手に入ったので、これ幸いと口撃を打ち切った。

 

 結局、ゆんゆんの報酬は金銭ではなく、お茶菓子とたまのお出かけということで決着した。

 ただしその茶菓子は、ウィズがアクアをもてなすために買い込んだ品の残り物。

 お出かけも、店の買い出しに荷物持ちとして駆り出すという意味である。

 

 仮にこの件でバニルが訴えられることになったら、私だけはちゃんと止めようとしたと、ゆんゆんに証言してもらおう。

 ……とはいえ、当の本人がその粗雑な待遇にすら大喜びしている辺り、なんとも。

 

 さて、めぐみんたち一行は、旅行のために今朝アクセルを発った。

 ところが、それをゆんゆんは知らされていなかった。昨日まで数日に渡り、同じ宿部屋でお泊まりしていたらしいのに。

 勇気を振り絞って屋敷を訪ねたら、もぬけの殻。空振りである。

 めぐみんの扱いが、あまりに雑すぎる。

 

 ライバル関係に甘えて素直になれない間柄だが、双方の好意の大きさは傍から見れば一目瞭然なのに。

 というか、百合百合しい。

 補足すると、めぐみんがゆんゆんの元へ身を寄せていたのは、カズマを怒らせて家出していたかららしい。

 

 屋敷から引き返したゆんゆんは、次に当店へ立ち寄った。

 だが、良心担当のウィズは不在。

 代わりに待ち構えていたのが、私とバニルという、後世で恐怖の代名詞として語り継がれそうな外道コンビである。

 ……私が言うのも何だが、彼女、間が悪すぎるのでは?

 

 最後に。些末事ながら、ウィズを出荷した。

 私はその場にいなかったが、バニルの事後報告で知った。

 アルカンレティアへ温泉旅行に向かうカズマが出立の間際に店を訪れ、その際に身柄を預けたという。英断と言っていい。

 

 大の温泉好きである彼女は、しばらくはそちらにかまけてくれるだろう。その間は、資金を使い込まれる心配もない。

 ……ただし、私の調査によれば、あの街は今――

 いや、発送を決めたのは見通す悪魔だ。ウィズにとって、悪い結末になるはずもない。

 

 この点では、カズマも大差ない。

 私の見立てでは、バニルは彼を利用して、まだ何かしら荒稼ぎを目論んでいる。

 すなわち、カズマの無事な帰還は、悪魔によって保証されているということだ。

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