とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-4 水と温泉の都②

【アクシズ教徒はこれで平常運転】

 昨晩のこと。

 エリス教会屋根に設置されているシンボルマークが、女性物の下着とすり替えられるとの悪ふざけが起きた。

 

 事態が発覚したのは、日が昇った早朝。

 女神エリスの威光に泥を塗る蛮行だ。教会勤めの聖職者らはカンカンに怒った。

 そして、いつものアクシズ教徒によるイタズラだと断じる。すぐさまアクシズ教会へと抗議に怒鳴り込んだ。

 ところが。身に覚えがないと、アクシズ教側は真っ向から犯行を否認。

 どころか、清廉なアクシズ教の評判を貶めるための陰謀、邪悪なエリス教徒の自作自演に違いないと力強く反論した。

 

 ただ、アクシズ教会代表として応対した支部長は慈悲も見せる。

 汝、無実の罪を着せたことを反省し、謝罪する意志があるというのなら、配給用のパンを引き渡しなさい。さすれば、此度の濡れ衣は水に流しましょう。

 補足として。支部長は金銭にだらしなく、食生活をエリス教の炊き出しに依存している。

 当たり前だが、この交渉は決裂した。

 

 悪辣なエリス教に立ち向かわんと、アクシズ教は速やかに手を打つ。

 先のやり取りを公開し、以下のような悪評をばら撒いた。

 卑しい暗黒神エリスの手先は、シンボルマークを下着に取り替える如何わしい所業に手を染めてまで、清く正しいアクシズ教の名誉を損なわんと策動している。

 どうせ下着は、エリス教会の女プリーストの私物に違いない。一見清楚振っているが、ああいう澄ました女に限って、本性はド淫乱なのだ。間違いない。

 

 連中はこれを本心で述べている。

 流言のつもりはない。彼らの信じる真実を世に訴えているだけだ。

 アクシズ教徒に、謀って陥れるなんて器用な真似はできない。それが可能なら、擁する信者数は今頃もっと膨れ上がっている。

 

 余談として、今日はエリス教会に立ち寄る人がいつになく多かったそうな。雁首を揃えたように男性ばかり。

 デマとの因果関係は定かでない。だが、人の出入りが真相を如実に表している。

 アクシズ教の言い分を真に受けているわけではあるまいが、それはそれ。男の性として、ドスケベ女プリーストという一縷の望みに胸を膨らませている模様。

 アホである。そうとしか言いようがない。

 

 ところで。

 両教団が混迷に陥る引き金となった、シンボルマーク下着すり替え事件。

 真犯人は、うちの仮面バイトだ。

 

 下着は、女装趣味の男から譲り受けたのを流用しただけとか。

 提供元のくだりで聞き捨てならない修飾語が聞こえたけど、今さらかと思い直す。この街、変な人はたくさんいるし。

 先日も、通りがかるアクアを拝む老人を目にした。夜中に徘徊することで有名な人だが、いよいよ危ないようだ。

 ともあれ。宗派間のいざこざは、バニルの企図したものではなかった。

 この程度の悶着は日常茶飯事だから、いつも通りではある。

 

 また、発端となった下着を奪取せんとの動きがある。出処が女プリーストのものと思い込むアクシズ教徒が、下心を発揮しているのだ。

 成功したら、新たな悲劇の幕開けに――なるのか? あそこは両刀とかも平気でいるし、断定できない。

 

 バニルは、今晩はアクシズ教会に仕掛ける腹積りとか。

 この悪魔は睡眠が不要で、故にこそ人々が寝静まる夜間は暇なのだ。

 ウィズといい、どうして手持ち無沙汰になるとロクなことをしないのだろう。私の優等生振りを見習ってほしい。

 

 アクシズ教のシンボルマークを何と置き換えたら良いか。と意見を求められた。

 さらっと悪事の片棒を担がせないでほしい。まあいいけど。

 嫌がらせはカズマや、それこそバニルの得意分野。けれど、不和の種を蒔くという領域においては私に一家言ある。

 情勢的にも、ここはエリス教のシンボルマークを取り付ける流れだろう。

 昨日の今日で異教の象徴を掲げるのは、エリス教による意趣返しにしか見えない。中指を立てる類の宣戦布告だ。

 安直だが、ちょっとしたおふざけとしては、こんなものだろう。

 

 

【対岸の火事】

 店の営業が終わる間際、冒険者ギルドの職員が来訪した。私への用件とか。

 バニルの目付役たるウィズが温泉旅行で不在と知るや、傍らの元魔王軍幹部の大悪魔を気にした先方が、場所を移したがった。

 これに従い、ギルドへと移動する。

 

 屋内の酒場スペースでは、今日も冒険者が屯していた。

 酒浸りで賑やかな彼らの喧騒を尻目に、本題より前に、別のことを問われる。

 バニルのことだ。危害はともかく、あれは相当アクの強い性格をしている。

 あの悪魔と同じ空間で過ごして、ましてや同僚として職場で毎日顔を合わせて、大丈夫なのかと聞かれた。ストレス的な意味で。

 ウィズなら物理的に対抗できるから得心する余地があった。だが、私はそうではない。

 

 さして気に留めていなかった。というのが、正直なところだ。

 鬱陶しいと感じるときも僅かにあれど、精々そのくらいか。

 それはきっと、私もバニルに負けず劣らず性根が――まあ、そこは脇に置くとしよう。

 少なくとも、ここ数日のゆんゆんはバニルに振り回されて、肉体ではなく心労を原因として疲弊していた。

 あと、めぐみんやダクネスも、仮面悪魔が苦手なので近頃は中々店に寄り付かない。

 そういった事柄を、承知していなかったわけではないのだけれど。

 この辺りの気遣いは予期できていたので、無難にいなした。バニルと平然と交流できるとか、それだけで人となりを疑うに足る要件ではあるし。

 

 続く本題は、ここしばらくギルドの仕事がメチャクチャ忙しいので、バイトで入ってもらえないかとのお伺いだった。

 こっちも本業で忙殺されているから、当分無理ですね。はい、話題終了。

 

 今のギルドは、職員たち裏方が荒れている。

 雪解けで活動シーズンへと突入したにもかかわらず、冒険者が不活発なのだ。貼り出されるクエストが一向に消化されない。

 賞金首の討伐報酬で懐が潤ってるから、イマイチやる気が出ない。全員とは言わないが、そうぼやく冒険者が一定数存在する。

 おかげで、街近辺のモンスター駆除が遅々として捗らない。

 連中、すっかり牙を抜かれてハングリー精神を喪失している。

 

 難点はまだある。

 ニート化が著しかろうと所詮は冒険者。荒くれ者の根底は変わらない。なので、揉め事だけは一丁前に起こすのだ。

 そして、彼らの所属は冒険者ギルド。

 住民の苦情は、監督責任があるギルドへと集中する。

 去年までなら、罰金やクエストの受注禁止ペナルティによって対処できた。だが、先述の背景もあって今回は効き目が薄い。

 あまつさえ、諍いを起こそうと金を払えばチャラにできると、舐め腐った解釈をする不届き者まで散見される始末。

 まあ、私もルールを恣意的に解釈する側ではあるから、個人として含むところは無いが。

 

 冬の休業期と重なり、当初は楽観されていた。だが、春になっても様態に変化が無く、ようやくマズいと深刻視され始めた。

 私も、ここまで目を覆う惨状と化すとは思わなかったから、驚いている。

 怠け者が、引き籠もりのプロを自称するカズマとよくつるんでいる輩ばかりで、そこがやや引っかかるが……。

 

 また、そろそろ新人冒険者が増える時期だ。

 ギルドには、ビギナーたる彼らの水先案内人としての役目もある。

 昨年末は、魔王軍幹部討伐など明るいニュースが社会を賑わせた。

 それもあって、一旗揚げようと希望と憧れを胸に冒険者を志す命知らずが、今年はとりわけ増えると見込まれている。

 現に、その兆しはもうあるそうな。

 そんな彼ら彼女らの憧憬は、数多の大物を屠って一躍成り上がり、旋風を巻き起こしたサトウカズマ――ではない。

 魔剣使いとして勇名を馳せる、ミツルギキョウヤだ。

 

 まあその。

 これに関しては、私の情報工作による影響が大かもしれない。

 立て続けに強敵がアクセルで討ち取られるものだから、このままでは魔王軍に注視されると危惧した。だから、手を回した。

 まかり間違って、本格的な侵攻軍をアクセルに差し向けられたら迷惑だし。

 そこでカズマを伏せてミツルギが立役者との風評を流布し、街ではなく、彼個人に注目が向くよう仕向けた。

 

 カズマ本人を見知るアクセルの民に、この仕掛けは効果が無い。あっても困る。

 玉石混淆から、正しい情報を取捨選択できる立場の者も同様だろう。

 逆に、それ以外の大多数には覿面に効く。

 ミツルギは、機動要塞の防衛戦には参戦している。ベルディアの折も街にはいた。だから、納得する土台が無くもない。

 バニルについては、これっぽっちも接点は無いものの。

 

 英雄としてチヤホヤされたい願望のあるカズマが知れば、立腹するだろうか。

 まあ保身に余念が無い男だから、魔王軍に名指しで手配されるリスクを天秤にかけたら、許してくれるとは思うが。

 他方、目立ちたがり屋で好戦的なめぐみんは許してくれそうにない。

 今後一層、魔王軍による徹底マークが敷かれると思われるミツルギは、これを奇貨に成長の糧としてもらいたい。スケープゴートに最適な人材だったのだ。

 彼には当店に大金を注ぎ込む重大な役割もあるので、死んでもいいとまでは思ってない。

 ただし、これは一時凌ぎ。そのうち魔王軍も正解に辿り着くだろう。

 

 話をギルドの件に戻す。

 私がバイトに入れない代わりに、職員の負担を減らす方策を出してみた。

 とはいえ、彼らは策謀家ではない。だから複雑な要求はしない。

 登録したて新米ホヤホヤの冒険者を使って、他の冒険者を煽ててはどうか。彼らも、慕ってくれる後輩に格好悪い姿は見せられないと奮起し、自ずとクエストに取り組む。

 装備の整っていない初心者なら、依頼の形式で金を出せば喜んで媚を売るだろう。

 

 そう説くも、当てが外れた。

 既にルナが、似通った計画を水面下で進めているらしい。

 もしかして、いや、もしかしなくても。ルナって、割りかし腹黒ではあるのか。

 私にとって、その手のカテゴリーはバニルを基準としていたから、これまでまったく眼中になかったけれど。

 

 さすがは、女性職員随一の古株。

 同期と先輩が寿退社でことごとく去ったから、繰り上がりでそうなったのだが。

 職務に熱心なベテランが柱となって切り盛りするギルドは、この有り様なら舵取りにおける懸念はあるまい。

 翻って、異性との良縁はお先真っ暗だけど。お局様扱いされる日も、この調子ではそう遠くはなさそうだ。

 

 

【だからやめておけと言ったのに】

 甚だ意外なことに、バニルには約束を履行する意思があったらしい。

 

 ゆんゆんを雇う際の条件に、一緒にお出かけするとの項目を盛り込んだ。

 私はてっきり、荷物持ちでこき使うための口実なのだと見做していた。ところが、ゆんゆんが行きたがるカフェに、仮面悪魔が同行する甲斐性を見せた。

 気分屋故の気紛れか、バニルなりに彼女を評価しての打算なのか。まあ、両方か。

 何にせよ、トラブルの予感しかしないから私はパスした。

 

 案の定、成果は散々だった。

 バニルが店員を呼びつけてメニューのオススメをつぶさに聞き出し、その後水だけ注文する嫌がらせを敢行したとか。

 辛くも追い出されなかったし、出禁にもなってないが。いずれにせよ、ゆんゆん共々目をつけられたのは確実。

 もうあの店には入れないと。とばっちりのゆんゆんは頭を抱えた。

 大方そうなるだろうと思った。

 まずあの仮面、飲食は要らないはずだ。空腹のウィズを煽るために、眼前でステーキを頬張ったり等は時たま行うけど。

 

 消沈するゆんゆんに、私は本をプレゼントしてみる。

 新品ではなく、一昨年に買ったお古だ。

 自室のインテリアとして本棚に収まっていたのだけど、もう読み返さないだろうしと、処分も兼ねて譲渡した。

 まず私は、本に目を通すペースが怪物的に早い。内容を忘却するのも稀だから、書籍を手近で保管しておく習慣が然程無い。

 

 本のタイトルは『バートン教授のマリモでも分かる生物学』。

 なお、教授を名乗ってるが、博士号は持ってない一介の生物学者らしい。

 生物研究というと、モンスターの戦力分析に主眼を置いた学問、というのが世評としてのイメージだろう。国が積極的に支援するので、実際そちらが主潮と言える。

 だが本書は、どうしてキャベツは飛ぶのか、なぜバナナは川で採れるか、といった身近における素朴な疑問に焦点を当てている。多分、作者は変人なのだと思う。

 とはいえ、冒険者の観点でも有用な一冊だ。ゆんゆんなら有効活用できるだろう。

 

 ただしこの本、未発見モンスターの生態にまで言及するなど、私も少々真価を計りかねている。

 誰も見たことがない都市伝説を、どうしてそこまで判別できるのか。

 恐らく著者は、馬鹿か天才かのどちらかと思われる。ただ、紙一重なので判断が難しい。私とてそっちは門外漢だし。

 

 私からの贈り物に、ゆんゆんはにぱっと晴れやかな笑顔を浮かべた。

 かと思いきや、大切な贈り物に傷一つつけないためにも、新しく金庫を購入して厳重に管理すると言い出す。

 今でも探せばどこかで買える、プレミアもついていない代物だ。本はちゃんと読んでほしい。

 

 

【ぼっち少女の働きぶりについて】

 諸事情あって、臨時収入が転がり込んだ。

 なのでゆんゆんを誘い、喫茶店まで足を伸ばした。彼女が二つ返事でホイホイとついて来たのは言うまでもない。

 頭のネジが外れた悪魔とは異なり、私はきちんと気配りができる。

 無論、ここでは何事もなく平和裏に終結した。

 

 さて。魔道具店におけるゆんゆんは、存外奮励している。

 初日に接客を外されて、以後は野外で一人、素材集めのために東奔西走させられるという詐欺みたいな待遇なのに。

 人に慣れるためとの触れ込みのはずが、出会うのはモンスターばかり。

 これでは冒険者業と大差がない。実質タダ働きな分、かえって悪質だ。

 そこは彼女も違和感を抱いている。だが、バニルから余り物の茶菓子を振る舞われて労われる都度、嬉しさでコロッと忘れてしまう。

 えらく安上がりな労働力だ。残飯処理までバッチリだ。

 そんなもので酷使できるなら、鬼畜悪魔も嬉々としてヨイショするだろう。

 一応、私たちと会話できるだけ、彼女のコミュニケーション機会も微増してはいるらしい。

 

 店先に配置しておけば、彼女のビジュアルなら客寄せになるかと踏んでいたが。これは私の見積もりが甘かった。

 店に人が近寄るや、ゆんゆんは極度の緊張から相手をガン見するのだ。それも、真紅に輝く眼光で。

 シンプルに怖い。紅魔族について半端に知見のある人には、ブチギレていると勘違いされるケースすらあった。

 紅魔族の瞳は興奮すると発光するだけで、必ずしも攻撃色ではないのだが。

 処置無しなのは、あの悪名高い爆裂娘だと誤解されて、悲鳴と共に即ダッシュで回れ右されるパターン。喧嘩っ早い頭のおかしいのが苛々していれば、それは誰だって逃げる。

 

 そんな次第で、魔除けの呪い人形の如く片っ端から人を追い払ってしまう。

 よって、客引きとしてはあえなく戦力外通告が下されたのだ。

 

 

【お金を倍にする錬金術】

 前回の冒頭で触れた、臨時収入についてやっぱり記しておこう。

 

 昨日のことだ。

 ダストという札付きのチンピラに、折悪しくも私は絡まれた。

 あんなのでも冒険者ではあるので、お互い知らない間柄ではない。

 ただ、私のほうが接触を避けているので、特段交遊は無い。

 

 そんな彼は、通りすがりの私にいきなり金を無心してきた。

 この男は強きを助け、弱きを挫くを地で行っている。格下相手には横柄でどこまでもつけ上がる反面、勝ち目の無い相手には媚び諂って、靴を舐めることすら厭わない。

 私のバックに元凄腕冒険者のウィズがいるのをあちらも理解している。だからこれまでは、私に無体を働こうとはしなかった。

 だが、このときは泥酔していた。

 この男、正体を無くして自分が誰からカツアゲしようとしてるのか解してない。ダストは、たとえ初対面の女だろうと、有り金をせびるのに躊躇しない人種なのだ。

 

 しかし、私はあえて、あちらが欲しがるだけの金子を快く与えた。

 その後は関知していないが、警察に逮捕されたとは伝え聞く。

 罪状は判然としない。容疑の心当たりは山ほどある。あまりにもしょっちゅう捕まるため、最近は通報を受けたとの理由だけで引っ捕らえる事例も珍しくないとか。

 当のダストも、留置場を無賃で泊まれる宿屋と認識している。食事と寝床目当てで、わざと御用になった可能性もある。

 

 なお、言うまでもなく、私は慈善事業に目覚めたわけではない。

 不良冒険者に恵む小銭など尚更無い。

 すなわち、この話にはまだ続きがある。

 

 おっかないチンピラに財布のお金を毟り取られて、途方に暮れる無辜の市民へと手を差し伸べる心優しい人物がいた。

 知人の、貴族にしてアクシズ教徒の男だ。

 とあるチンピラ冒険者に懸想する、同性愛者でもある。

 彼は、ダストへの債権を丸々買い取った。

 ダストは『借りた金は倍にして返す』と、返済の由も無い癖していい加減なことをほざいていたので、借用書の売値も倍額だ。

 瞬く間に、私の所持金が二倍になった。

 

 庶民が都合できる程度のお小遣いは、貴族にとって端金ではある。

 とはいうものの、身銭を切ってダストへの取り立てを代行してくれるとは。いやはや、世の中には立派な貴族もいたものだ。

 ウィズがよく語る助け合いの精神とは、正しくこういう事象を指すのだろう。

 

 なお、件の知人は、私が窮状を伝えた直後は射殺さんばかりの嫉妬の視線を注いできた。

 債権取引の話になると、一転して満面の笑みに変わり、甚く感謝してきたが。

 不思議なこともあるものだ。

 

 ところで、これは独り言だが。

 借金を返す気があるかを見定めるとの名目があれば、意中の相手を堂々とストーキングしても、傍目には不審に思われまい。

 あと、なぜか債権の売買を、彼は私へのアドバイス料と称していた。

 

 助け合いの精神も大事ではあるのだろう。

 だが私は、相互利益こそが世界を平和に導くと思う。

 

 

【友達と書いて同盟と読まない】

 うっかり、ゆんゆんを泣かせてしまった。

 意地悪する意図は無かったが、これは私のミスだ。猛省するしかない。

 

 友達が欲しい。

 そう切実な呟きを溢すゆんゆんに、バニルが応答する。

 なら、私を友達にすればいいと推薦してきた。とんでもない暴投だった。

 これにゆんゆんは、天地がひっくり返る様を目撃したかのような吃驚を顕にする。だが、仰天したのは私もだった。

 ウィズとゆんゆんを仲良くさせる試みを企てておきながら、私自身が友達になることは着想すらしていなかった。そのことに、遅まきながら気づいた。

 

 呆然とした態度が漏れたわけではないが、それがむしろ失策だった。

 未知の視点に私はつい黙考してしまい、ゆんゆんへの対応が疎かになる。

 ほんの束の間だった。

 だが、傍からは動揺もしていないのに突然押し黙った私を、自己評価の低いぼっちは難色を示していると受け取ってしまう。

 内心期待していた彼女は、泣きが入って即座に店から逃亡した。

 そしてバニルも、寂しがりのコミュ障を私が手酷く振ったと心得違いをしてドン引きした。

 

 そもそも、定義が違う。

 私にとって友達は、利による対等な結びつき。換言すると『同盟』が近しい。

 ゆんゆんは魔王軍幹部級の戦闘能力も、森羅万象を見通す異能も有さない。同盟を持ちかける意義を、私は見出だせない。

 故に、私が友達を公言する相手はウィズとバニルのみ。他は等しく『知り合い』なのだ。

 他人が私を友達と呼ぶのを、殊更否定しようとまでは思わないが。

 

 この友達観は、世間の常識とかけ離れている。

 それは私も重々承知している。

 別段こだわりは無い。別個のものとして、切り分けて考えれば良い。

 ただ、私には、一般的な友達を作るとの発想がこのときまで欠けていた。

 合理、効率、利害。私の信奉するこれらが、友情には内在しない。だから思いつけない。

 それを唐突に提示されたから虚を衝かれ、ゆんゆんが逃げ出す状況へと発展した。

 

 そう弁解すると、真顔で静聴していたバニルは深く嘆息した。

 次いで、やはりあのぼっち娘と友達になるべきだと告げてくる。

 あるいは友達に限らずとも、私はもっと他者との繋がりを築くべきだと。

 

 人間に通暁する大悪魔によると。

 心の孤独は、生きる上での希望を断ち、じわじわと精神を蝕む遅効性の猛毒だ。

 誰とも心を通わせようとしない現状を、問題視すらしない。そんな私の在り方は極めて不健全。人の温もりを渇望するネタ種族ぼっち娘のほうが遥かに健全だろう。

 よって、早急に改善せねばならない。

 

 人間は一人では生きられない。支え合って生きていく生き物だ。

 普通なら、私の生き方は成り立たない。どこかで破綻するか、軌道修正を余儀なくされる。

 だが、高すぎるスペックがそれを中途半端に成立させてしまっている。

 言わば、人形劇だ。

 私という稀代の人形師は、人間という意思ある人形たちを意のままに操り、演目を滞りなく進行させられる。

 これを支え合いの代替とする。そこに信頼は介在せず、私が相手に寄りかかる必要も無い。

 

 だがそれは、破綻を先送りしているだけだ。

 ともすると私の優秀さは、問題の露呈を遅らせる欠点ですらある。

 人間以外なら話は別だが、だいぶ怪しいとはいえ、私の精神は一応辛うじてギリギリ、まだ人間の範疇な気がしないでもない。なので、肝に銘じておくように。

 そのように、バニルから忠告を受けた。

 私の場合、行き詰まるよりも先に孤独という毒が回りすぎて、自覚する頃には『今度こそ』手遅れとなりかねない。とか。

 ……途中、説教に混じって貶されたような?

 

 その後は、逃亡したゆんゆんを迎えに行くと、バニルが率先して捜しに出向いた。

 なぜか、私の外見に化けて。

 ゆんゆんの居場所を見通して、私を送り出せば良いだけのはずだ。これ絶対、私の振りをしてゆんゆんをおちょくる心算だろう。

 

 孤独は、心を蝕む遅効性の猛毒。

 この言葉に想起するものがある。

 タイムスリップ以降に継続していた私の慢性的な衰弱は、心因性だった。

 明言していないだけで、見通す悪魔はとうに確信している。これはつまり、そういうことなのだろう。

 それが、紅魔の里を訪れた段で一気に解決したというのは……。

 

 ところで、ひとつ仮説がある。

 遡行前の私は、ウィズやバニルと親交があったのかもしれない。

 あくまで憶測の域を出ない。だが、そう仮定すると、現在へと至るまでの私の来歴、その多くに辻褄が合うのだ。

 これに今日の件とを組み合わせて考察すると、見えてくるものがある。虚像の線は捨て切れないものの。かつての私に何があったのか、その全貌が像を結ぶ。

 

 最後に一言。

 この日私に友達が一名増えた。

 

 

【アクシズ教団滅亡記念日】

 ウィズが、とうとうアクセルに帰還してしまった。ゆっくりしていけば良かったのに。

 ゆんゆんの手伝いは、ウィズが帰ってくるまでとの約定になっていた。なので、これにて打ち切りとなる。

 

 また、アルカンレティアで魔王軍幹部ハンスが討伐されたそうな。

 しかも、ウィズも幾らか与力した。

 ……私の予想した展開と、微妙にズレているのだけど。

 

 正味なところ、現地で魔王軍との激突が発生する想定はしていた。

 前年。紅魔の里の占い師が、魔王軍の暗躍によってアルカンレティアの温泉に異変が生じると予言した。

 さらに少し前から、これを示唆してたかのように温泉の質が急に悪化し始めた。

 かの占い師は、見通す悪魔の力を借り受けている。里を観光した頃にそう耳にした。故に、信憑性は高い。

 高すぎて、余計なことまで見通されたくない私は、決して占い屋には近づかなかった。

 

 そんな渦中に、ジャイアントキリングに縁のある一行がノコノコと飛び込んでいった。

 しかもうち二名は、幸運ステータスが両極端に飛び抜けている。

 これは、ひと波乱ある。温泉街に嵐が到来すると予見するのは、実に容易かった。

 

 ただ私は、敵手は邪神ウォルバクだろうと山を張っていた。

 私の探知の網は、彼女がアルカンレティアに赴いているとの動向をしっかりと捉えていた。

 まあ、これはいつもの温泉行脚で、街で密かに進行する謀略とは別口だろうが。

 とはいえ。よもやウォルバクをスルーし、別の幹部と決戦の火蓋を切るとは。

 というか、ハンスについては私も掴んでいなかった。黒幕が思った以上に大物で、私もビックリしている。

 それとなくウィズに探りを入れた感じでは、どうも他の魔王軍とは遭遇していない。ウォルバクとは行き違いになった様子。

 

 魔王軍の狙いは、温泉という財源を断ってアクシズ教団を弱体化させること。

 断片的な要素からそう読み取れたので、私としては、より込み入った内情までは調査する気になれなかった。

 せっかく、魔王軍とアクシズ教団という厄介者同士が潰し合ってくれるのだ。邪魔をする道理もない。決着がつくまで、そっと見守るのがベターだろう。

 援助する心積りこそ毛頭無かったが、心情的には魔王軍を応援してすらいた。

 

 この悲願は、ハンスの打倒によって潰えたかに思われた。

 だが、アクアが街の源泉を浄化してお湯へと変じさせるファインプレーを披露し、まさかの大逆転で目標達成と相成る。

 結果的に、魔王軍がコツコツと推し進めていたアクシズ教団への破壊工作を、ご神体当人が完遂してしまった。

 ハンスの毒を浄化する余波で、街の温泉丸ごと道連れにするとは。相変わらず、やることが一々豪快に過ぎる。

 とはいえ、よくやった。

 彼女は偉大な事業を成し遂げた。私からも感謝の印として、近々高級酒でも奉納するとしよう。所以は秘密にするけど。

 

 なおウィズは、アクアの浄化に巻き込まれ、お陀仏リッチーにジョブチェンジしかけたらしい。

 昨日はゆんゆんの誕生日だった。

 店内では、それを祝ってプチパーティーも開催した。

 これはウィズが主催する企画だから、当日はテレポートを用いてでも帰宅すると予測していたけど。そうはならなかった。

 それもそのはず。その日はまだ不調を引きずっており、まともに魔法を発動できる状態ではなかったのだ。

 

 もっとも、居合わせなかったのは塞翁が馬だった。

 あの日は、感動で号泣するゆんゆんが、お誕生日パーティーごっこという過去の激重黒歴史をサラッとカミングアウトした。

 あの場にウィズが直面したら、悲しみで貰い泣きしてお通夜ムードが醸成されただろう。祝福の空気では、もはやなくなる。

 あのバニルが絶句し、気を遣ってぼっちを慰める側に回ったほどだ。

 他の悪魔に垂れ込めば、スクープとして特集記事が組まれ、歴史を彩る一ページとして地獄の年表の先頭に綴られるやもしれない。

 ゆんゆんの抱える闇は、本当に底が知れない。




・ルナの計画
このすばアニメ二期OVAを参照。

・バートン教授
『続・爆焔』二巻の登場人物。
後に生物学界の権威にして、ベストセラー作家へと出世する。紙一重で馬鹿じゃない変人。

・ゆんゆんの誕生日
二月二十九日。
原作四巻で十三歳、五巻では十四歳と表記されている。
ちなみに、四巻開始時点で既に雪解けなので、ベルゼルグ王国では遅くとも二月下旬には春の季候に突入するらしい。
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