とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-5 挑戦状①

【紅魔の里は鬼門】

 紅魔の里にて変事有り。いよいよ魔王軍が本腰を入れて襲来中。

 そんな便りが、ゆんゆん宛てに故郷から届いた。

 この一大事に、彼女は激しく取り乱し、ドタバタと慌ただしくアクセルを旅立っていった。

 

 また、めぐみんとしても、里に残してきた妹の安否が気がかりな様子。そこで仲間を引き連れ、彼女も帰郷することにした。

 まあ、これは建前だが。

 本音を言えば、ゆんゆんが心配で追いかけようとしているだけ。だが本人は意地でもそれを認めない。

 典型的なツンデレである。

 私が読心術めいた観察眼を持っているとかは関係なく、誰がどう見ても一目瞭然だった。

 

 紅魔の里へ行くなら、最寄りはアルカンレティアだ。

 先日の旅行時にウィズがあの街を転送先に登録していたため、それを頼りに一行はうちを訪ねてきた。

 温泉街から戻ってきたばかりだというのに、またもや遠出とは。随分と慌ただしい旅程なことで。

 

 それにしても、ゆんゆんはそそっかしい。そして間が悪い。

 せめて出立前に店へ顔を出していれば、今頃めぐみんたちと合流できていただろうに。

 私なら、めぐみんの動きは予測できた。ゆんゆんを引き止めるくらいの気配りはしても良かったのだけど。

 

 思えばアルカンレティアのときも、上手くいけば旅行に同行できたはずなのに。

 どうにも彼女は、人との縁に関する運が壊滅的だ。

 よりによって、友人に私を選んでいる時点で今さらなのかもしれない。

 

 四人をテレポートで送り出した後のこと。

 うちのポンコツ店主が、突如として紅魔の里に強い関心を示し始めた。

 かつて一度訪れた際、お目当ての魔道具職人に会えず、不完全燃焼だったのを思い出したらしい。

 今になって、そのリベンジに燃え出したわけだ。

 

 とはいえ、ウィズが絶賛するその職人について、バニルは事情を知らなかった。

 なので、私が解説を買って出た。

 

 ガラクタ職人ひょいざぶろーは、ダメ人間だ。

 職人としての腕前は本物だが、肝心のセンスが終わっている。

 ウィズと波長が合い、店頭に並ぶ数々の産廃も、元を辿れば彼の作品である。この事実から、その酷さが実感できるだろう。

 直接交流のない今の段階ですらこの損害だ。結託した暁には、悍ましい未来が待っているのは火を見るより明らか。

 バニルの望むダンジョン建設どころか、店の黒字維持すら危ぶまれる。

 

 なお、つい最近になって、彼がめぐみんの父親であることが判明した。

 短絡的に始末するのは得策ではないと進言しておく。

 

 末尾の始末云々は流されつつも、事の重大さを理解したバニルは、当然ながら紅魔の里行きに猛反対を表明した。

 ところが、私たちから辛辣な評価をぶつけられたウィズは、かえって意固地になってしまった。

 まるで親に反発する子供のように、『絶対に行く』と駄々を捏ね始めたのである。

 

 少々面倒な展開になってきた。どうしたものかと思案していたところ、ある有力なネタを思い出した。

 以前、里を観光した際、『氷の魔女』なるウィズの異名が、紅魔族の感性にクリティカルヒットして大ウケしたのだ。

 私はあのとき、里中に広めるように伝言してある。

 となれば、次に訪れたとき、彼らは当然のようにウィズをその異名で呼ぶだろう。

 

 この話を聞いたウィズは、ビシリと固まった。

 あの異名は、彼女にとって忘れたい黒歴史だ。それが今や、里中に浸透しているなど、まさに悪夢。

 呼ばれるたびに、若かりし頃の所業を思い出しては、悶え苦しむ羽目になる。

 

 これは出任せなどではない。

 彼女はすっかり忘れていたようだが、めぐみんやゆんゆんから、異名が里で周知されていると既に聞き及んでいる。

 逃れようのない過去に、あの日のウィズは悶絶した。

 だからこそ彼女は、心の平穏を保つため、記憶の封印という名の現実逃避をしていたのだろう。

 

 恐るべき事実に震え上がったウィズは、さすがに臆した。

 歴戦のアークウィザードもこのときばかりは主張をすべて撤回し、見事な手のひら返しを披露した。

 

 ――だが、手のひらを返したのはバニルも同じだった。

 友人の黒歴史を掘り返すことに余念のない畜生悪魔は、それまでの反対姿勢を一転。ウィズを伴っての里訪問に、突如として乗り気になったのである。

 斯くして、推進派と反対派が一瞬で入れ替わり、互いに真逆のことを言い出すという、外から見れば奇妙極まりない場面が繰り広げられた。

 

 最終的には、『先延ばし』という、実質何も決まっていない案で落ち着くことになった。

 見通す悪魔の予言によれば、そう遠くないうちにゆんゆんがテレポートを修得するらしい。結論はそれから、ということになった。

 なお、その習得には私も一枚噛むらしく、その分ペースも若干早まるという。

 

 こうしてウィズ魔道具店の命運は、当の本人も知らぬまま、族長の娘の双肩に託されることとなった。

 

 


 

 

【不審者の目撃情報】

 ウィズが帰って来ない。

 

 事の発端は、店主イチオシのセレクション――別名ガラクタシリーズの新作、アンデッド除け魔道具だった。

 ウィズが仕入れたその箱の蓋を、バニルがわざと開け放った。店の資金を使い込んだ彼女へのお仕置きだった。

 効果そのものは非常に優秀で、リッチーが一匹、半泣きになって店を飛び出していった。

 あまりに高価すぎて誰にも見向きされないという欠点がなければ、完璧だったのだけれど。

 

 それっきり、ウィズは戻ってこない。

 蓋は閉じたし、店内の換気も済ませた。まさかナンパでもされて舞い上がっているのだろうか――と、私とバニルが取り沙汰していたその時。

 

 正面のドアが開いた。

 だが現れたのはウィズではなく、白昼から堂々と押し込み強盗……にしか見えない、ガラの悪いチンピラ。

 街の要注意人物、ダストである。

 バニルがいなければ、とりあえず警察に通報していたところだ。

 

 その不良冒険者とは顔見知りではあるが、どうやら彼はバニルの存在を知らなかったらしい。

 仮面の大男めいた奇っ怪なアルバイターを見て、目を丸くしていた。

 

 そもそもダストは常時金欠で、この店で何か買える身分ではない。かなりの珍客である。

 しかし今日の用件は買い物ではなかった。

 ウィズについて、急ぎ伝えねばならないことがあるという。

 

 なんでも、変質者が出たらしい。

 

 少し前のこと。ダストが通りかかった路地裏で、フードを目深に被った怪しい男が、ウィズの行く手を塞ぐ場面に偶然出くわしたのだそうだ。

 咄嗟に身を隠し、様子を窺うダスト。距離があったため会話の詳細までは聞き取れなかったが――どうにも相手は、ウィズに強い執着を見せていた。

 

 雰囲気が徐々に不穏さを増す中、ダストは密かに戦闘態勢を整え、いつでも加勢できるよう待ち構える。

 そして次の瞬間、男が叫んだ。

 

「お前を襲うためだ!」

 

 同時にローブを脱ぎ捨て、裸体を晒そうとする変質者。

 ビックリするくらい擁護の余地がない、真正の変態だった。

 平和なアクセルに、よもやこんな輩が現れるとは。

 

 恐怖に駆られたウィズは、悲鳴と共に即座に逃走。

 ダストは変質者とウィズ、どちらを優先するか一瞬迷った末、彼女を追うことにしたという。

 結局見失ったものの、ひとまず店へ報告に来たというわけだ。

 

 ウィズがまだ戻っていないと知ると、ダストは念のため警察にも通報したほうがいいと助言してきた。

 まるで、ま(・)と(・)も(・)な(・)冒(・)険(・)者(・)のようなセリフである。

 さらに彼の見立てでは、変質者は相当な手練れらしい。

 『ウィズなら大丈夫かもしれないが』と前置きしつつも、私たちも留意するように、などとらしくない忠告まで寄越してくる。

 

 そうしてそそくさと帰ろうとしたので、一度呼び止めた。

 この前、酔っ払ったダストに絡まれて大変迷惑した件について、軽く抗議――という名目で、少し探りを入れる。

 

「……あー、そうだったか? いや、そりゃ悪かったな」

 

 どうやら記憶にないらしい。

 面倒事の気配を察したのか、あちらはすぐに謝って話を切り上げにかかる。

 『今はそれどころじゃないだろ』と話題をすり替えにかかる辺り、内心が透けて見える。

 

 だが私は、あえてその誘導に乗った。というより、知りたいことはもう聞けた。

 なので今度こそ、彼を快く見送ることにする。

 

 ……私から借金したことを覚えていないのなら、それでいい。むしろ、好都合だ。

 誰に債権を売ったかなど、彼には知る由もあるまい。

 

 さて。

 薄情な仮面悪魔にとっては、ウィズの行方も変質者の出現も、割りかしどうでもいいらしい。

 だが、善良な冒険者のように振る舞ったあのチンピラは、別の意味で気になるようだ。

 

 異能を使わずとも他者の本質を見抜くことに長けた大悪魔の目からしても、彼の言動は印象と食い違っていた。

 もしや、意外と立派な男なのか? そんな疑問を、首を傾げながら私に投げかけてくる。

 

 まさか。

 その点に関して、バニルの人物評に誤りはない。

 私はそう断言した上で、さっきのやり取りから得た観察結果を交えて、彼の真意を説明してみせた。

 

 十中八九、ダストは悪事に手を染めるゴロツキを叩きのめして金目の物をせしめる魂胆で、裏路地を彷徨(うろつ)いていたのだろう。

 そこでウィズたちと鉢合わせたのは、彼の証言通り本当に偶々だと思う。

 

 彼には、チャンス到来と映ったに違いない。

 まさかウィズが加害者ということはあるまい。ならば腕利きの彼女に肩入れすれば、楽して勝ち馬に乗れる。

 優位な側に加勢してお零れに与(あずか)るのは、彼の常套手段だ。

 最小の労力で最大のリターンを得る機会を、じっと見定めていた。

 

 ところが、そのウィズが遁走した。

 彼女という暴力装置を当てにし、自らは矢面に立つ気のなかった彼にとって、これは大誤算である。

 

 とはいえ、それだけなら腹いせに残った男をぶちのめして、金品を巻き上げようとしたはずだ。

 そうならなかったのは、変質者が明らかに自分の手に負える相手ではないと、ダストが見抜いたからだろう。

 

 ウィズの威を借りての濡れ手に粟作戦は、あえなく手元から溢れ落ちた。

 せっかくの好機を不意にしたのが、彼にはどうにも納得いかなかった。

 何とか損を取り返せないかと知恵を絞った末、恩の押し売りでもできないかと、ウィズ魔道具店に足を延ばした。

 ……まあ、バニルという計算外に、引き時を察して欲を引っ込めたようだが。

 その結果が、自分を善意の第三者として捏造したストーリーを語り、大人しく退却する顛末というわけだ。

 

 まあ、一欠片くらいの正義感はあったかもしれない。

 だが基本、ダストの立ち回りは打算の上に成り立っていると見て、まず間違いない。

 多分に憶測が混じるが、おおよそこんなところだろう。

 

 ひと通り私の話を聞き終えたバニルは、感嘆の声を漏らした。

 『この街にも、中々見どころのある冒険者がいるものだ』と、妙に楽しげな声音で。

 その声には、ダストへの濃厚な興味が滲んでいた。

 

 種族単位で利己主義の塊な連中のお眼鏡に適うというのは、世間的にはまったく喜ばしくない。

 言外に『悪魔のような男だ』と言っているも同然なのだから。

 

 ただ、鬼畜悪魔と意見が合うのも癪ではあるが。こればかりは私も同感だった。

 

 


 

 

【とうとうやって来てしまった】

 翌朝になって、ようやくウィズが帰宅した。

 大まかな事情は聞いていたので、朝帰りを責める気はない。

 何も知らなければ、『仕事をほっぽり出して夜遊びとは、分限を弁えたようで実に結構』と、皮肉のひとつも飛ばしていただろうが。

 

 ウィズが聞いて欲しそうな様子だったので、ひとまず昨日の出来事に耳を傾けることにした。

 

 変質者の名前は、デューク。

 彼女の前に突如現れたその男は、『ウィズに会うために、何年も調べ続け、彼女のことだけを考え、遥か遠い地よりやって来た』と語ったという。

 さらに、自らを鍛え続けてきたとも。ウィズがその理由を問いただすと――

 豹変して『お前を襲うためだ!』と叫び、ローブを脱ぎ捨てようとした。

 

 変態に恐れをなしたウィズは、一目散に逃走。

 店に戻る勇気もなく、代わりに街中にゴーストを召喚し、男の動向を探ったらしい。

 もっとも、片っ端から滅ぼされたそうだが。

 

 ゴーストに関しては私も初耳だ。

 野良ゴーストと誤認されて、冒険者ギルドに討伐クエストが貼り出されていなければいいけど。あとで確認しておこう。

 

 とはいえ、それよりも重要なのは下手人の名前だ。

 デューク――その名は、長年ウィズを嗅ぎ回っているストーカーと一致する。

 先頃は王都にも姿を現し、懸賞金も大幅に増額されたばかりだ。

 まあ、その手配自体、私の流言に端を発する事故みたいなものなのだけれど。

 

 バニルが居所を見通そうとしたが、相当な強者らしく、どうにも見通せなかったという。

 つまり、とうとうあのストーカーに店の場所を突き止められた。そう解釈してまず間違いない。

 

 ちなみに、私がデュークの名を初めて認識した頃、ウィズに『そんな名前の知人はいないか』と尋ねたことがある。

 彼女はその質問自体を覚えていない様子だったが。まあ、一度きりの話だし、忘れていても無理はない。

 

 当初こそウィズは私たちに助けを求めてきたが、最終的には自力で立ち直った。

 自分の手で決着をつけると、そう宣言した。

 店宛に、件(くだん)のストーカーから手紙が届いたのだ。

 そこには、『明日、街の外の荒野で待つ』とあった。

 

 彼女は、武力で制圧するつもりはないらしい。

 真っ直ぐな好意を向けてくる相手として、誠心誠意向き合う心積もりでいる。

 プロポーズへの返事のため、明日、ひとりでそこへ向かうという。

 

 まあ、お好きにどうぞ。

 そのストーカーはきっと、巷で話題になっている賞金首だ。万が一のときは遠慮なく貯金箱――じゃなかった、デュークを退治すればいい。

 憂いを断ちつつ、小遣い稼ぎにもなる。新商品の発売前の景気づけには悪くない。

 ……まあ、彼の窮状のきっかけとなった『魔王軍の手先』という風評を流したのは、他ならぬ私なのだが。

 そう白状すると、案の定、ウィズが『またか』と言いたげなジト目を向けてきた。

 

 もちろん私とて、人ひとりの人生を狂わせた悪行を、軽々しく語る趣味はない。

 だが、ウィズがデュークを『魔王軍の同僚』だと勘違いする可能性を考慮すれば、先んじて真相を明かしておく他なかったのだ。

 うっかりすれば、ウィズ自身が魔王軍幹部という身の上をカミングアウトしかねない。

 

 それに、実際どういう背景があるにせよ、あの男に後ろ暗い裏があるのは確かだ。

 現に、今もこうして逃げ回っている。

 ならばいっそ、倒してしまっても構うまい。

 

 


 

 

【ウィズお誕生日おめでとうサプライズパーティー計画】

 日付が変わり。

 ウィズはというと、朝早くから無駄に気合いの入った衣装でめかし込んで、荒野へと出かけていった。

 そのまま、夜になっても帰ってこない。

 

 ……またサボりか。いい度胸をしている。

 仮面悪魔としては、ウィズをデュークに押し付けて経営から追放したがっているが。よもや、それが実現したわけではあるまい。

 意気投合し、夜更けまでイチャつくほどの関係に進展した……なんて線はまずない。

 ウィズは恋愛弱者だ。仮に相手がグイグイ攻めてきたとしても、耐えきれず咄嗟にテレポートで逃げ出すのが関の山だ。

 

 無断欠勤の常習犯である店長に、バニルは苛々を募らせている。

 そのガス抜きも兼ねて、私と共同でウィズへの折檻プランを練ることになった。

 

 これはまあ、トントン拍子に進んで遂には完成を見た……のだけど。

 あまりに凶悪すぎて、正気に戻るや、満場一致で計画の封印を決定した。

 なお、計画名は本タイトルを参照のこと。

 

 他人の嫌がる思いつきに定評のあるバニルが大枠を固め、それをどう現実に落とし込むかを私が詰める。

 そんな工程を、日が暮れるまで延々と繰り返した結実だった。

 ブレーキ役のウィズが不在だったため誰も止める者がおらず、歯止めが効かなかったのだ。

 

 もちろん、他人を悪意で煮詰めた大釜に叩き込もうと、私もバニルも良心の呵責とは無縁である。

 だがそれでも、今度ばかりは自粛せざるを得なかった。

 

 こんなものを実行しようものなら、地獄の公爵と氷の魔女によるガチバトルが勃発するのは避けられない。

 その間、私はと言えば、長期出張なり有給なり何らかの口実をでっち上げて、マジギレしたウィズという大嵐が通り過ぎるまで雲隠れする羽目になる。

 そうして、ウィズ魔道具店は崩壊――という名の臨時休業を余儀なくされる。

 

 その影響たるや計り知れない。

 この札を切った瞬間、ストーカーだの新商品販売だの言ってる場合ではなくなる。

 ウィズの最近の行状を踏まえても、これはさすがにやりすぎだと判定された。

 

 こんな劇薬を使うとすれば――これまでとは比べものにならない規模の、途方もない額の負債をウィズが拵えたときくらいだろう。

 

 


 

 

【迷子の捜索願】

 相変わらずウィズが戻らないので、冒険者ギルドに捜索クエストを出してきた。

 

 別にストーカーごときにウィズが不覚を取ったのではと心配しているわけではない。

 商売はからっきしでも、彼女は現役の魔王軍幹部。一騎当千の猛者だ。

 普段なら私もバニルも、『そのうち帰ってくるだろう』と放置している。

 

 ……けれど、今は時期が悪い。

 新商品の発売日が目前に迫っている。チラシも配布済みなので、今さら日程変更は難しい。

 あんなのでも店の顔だ。当日不在では、何かと差し支える。

 まあ捜索依頼の動機の半分以上は、ウィズに対するバニルの嫌がらせ目的だったけれども。

 

 ともあれ、クエストの発行は滞りなく完了した。

 ギルドでバイト経験もあり、この手の手続きには慣れている。

 不慣れな依頼者を相手にするのも日常茶飯事だったので、手順は熟知している。躓くはずもない。

 

 報酬は三千エリスに設定した。

 今後しばらく、ウィズのあだ名は『三千エリスの女』になるだろう。あるいは、もっとストレートに『三千エリス』。

 

 以下が、発注したクエストの要約である。

 

 迷子のお知らせです。

 アクセルにお住まいのウィズちゃん、自称二十歳。

 特徴は、茶色の髪に、不健康そうな血色の悪い顔の女の子。

 お店の部下二人がお捜しです。お心当たりのある方は、冒険者ギルドまたはウィズ魔道具店までご一報ください。

 

 


 

 

【ゴミ拾いと、】

 前編。つまり、後編に続く。

 

 商店街主催のゴミ拾いイベントに参加してきた。

 ウィズ魔道具店とて暇ではないが、そこは余所も同じこと。ご近所付き合いは大切だ。

 もっとも体力に難のある私は、今年も例年通り形だけの参加である。

 

 今年は、ウィズが不在な代わりにバニルが初参戦した。

 この悪魔も、割とご近所付き合いは重んじている。

 

 まだ少し先の話だが、夏になるとエリス祭りを皮切りに、街はお祭りシーズンへと突入する。

 その前に、街を綺麗にしておこうとの意図らしい。

 冬は寒いし、かといって時期を遅らせれば今度は祭りの準備で忙しくなる。

 何より、炎天下で作業する羽目になる。

 気候的に快適な今が、ちょうどいい塩梅というわけだ。

 

 そんなこんなでイベントは恙無く終了し、帰り道。

 店の住所がストーカーに特定されているのは明白。なのでその対策として、私はバニルと連れ立って移動していた。

 

 その道すがら、不意に近くから、強い魔力の波動を感じ取った。

 他の大多数ならいざ知らず、私には魔法使いとしての高い適性がある。

 紅魔族にも引けを取らない感知能力が、発動寸前の強力な魔法の気配を、確(しか)と捉えた。

 

 思わず足を止め、気配の発信源に視線を向ける。

 暫しの沈黙ののち、観念したのか、ローブ姿の男がふっと姿を現した。

 使用していたのは、光の屈折魔法だろう。自ら術を解いたことで、それまで透明化していた姿が顕になった。

 

 ――デュークだ。

 裏付けは取れなかったが、そう断じて良いと思う。

 魔法で身を隠しつつ、ウィズ魔道具店の周辺を探っていたと推察できる。

 

 私たちを監視していたわけではなく、また通常なら見破られることもないと油断していたのだろう。

 だからこそ、接近者への用心がおざなりなまま魔法を掛け直そうとして、奇しくも私に捕捉されてしまった。

 

 ウィズやバニルならもっと簡単に見抜いただろうから、店内が空っぽである今を狙ったのかもしれない。

 自分の足で直に店周辺を調査しておきたかったとか、そんな動機で。

 まあ、ここまで推理できたのは後になってからの話で、当時はそこまで思い至っていたわけではない。

 

 デュークは私には目もくれず、隣のバニルにだけ鋭い警戒を向けていた。

 気配で只者でないと察したのか、それとも元々正体を知っていたのか。

 

 ともあれ。それを良いことに私は、目の前の曲者をじっくりと観察する。

 が、極まった洞察力は、余計なことにまで気づいてしまった。

 次いで、予想を上回る厄介さにも思い至り、心底うんざりする。

 

 デュークは、人外でほぼ確定だ。

 

 全身をフードとローブで覆い隠しているせいで観察眼の精度は幾分落ちるが、それでも精神構造が人間とは明らかに異なる。

 種族までは定かでない。私にとっては初見だし、噂を拡散させたような悪魔族でもない。

 ……なるほど、逃げるわけだ。

 さては、徹底した外見の秘匿もそのせいか。捕まってしまえば、人間ではないことがバレてしまうから。

 

 見定めを打ち切ると、私は誰何(すいか)の声を発した。

 どうせ近頃、店長の周りを彷徨いている不届き者だろう。こちらはほとほと困っているのだ。

 その苦情を、表情と態度にたっぷり込めて突きつけると、ようやくデュークがこちらを見た。

 が、そこからの反応が妙だった。

 

 こちらが名乗ったわけでもないのに、相手は私の名をポツリと呟いた。

 フードに隠れた表情は読み取りづらいが、僅かに驚きが滲んでいる。

 

 印象としては、頭の中で検索がヒットしたはいいものの、それが思いがけない人物で驚嘆を禁じ得ないといった風情。

 ストーカーである以上、店の従業員のプロフィールを把握している程度は想定内。

 だが続くデュークの呟きは、その範疇では到底収まらない、看過できない要素を孕んでいた。

 

「……聞いていた話と違う。いや、そうか。感情を取り戻したのか」

 

 一見、要領を得ない発言だった。

 私に語りかけているというよりは、独りごちながら、疑問に自己完結で答えを出しているような。

 

 しかし、その言葉の背景を考えたとき、ある仮説が頭の中ではっきりとした輪郭を帯びる。

 人間ではないと判明した時点で、この可能性は薄々浮かんではいた。

 けれど、この発言は決定打だった。

 かつて私がさしたる深謀もなく吹聴した悪評は、どうやら期せずして、あちらのウィークポイントを突いてしまっていたのかもしれない。

 

 これは、潮時だ。私は決断した。

 もしデュークの出自が私の仮説通りなら、こんな往来でのやり取りはリスクが大きすぎる。

 そこで私は、デュークの意味深な発言を、故意に『ストーカー特有の気色悪さ』と断定して非難した。

 デュークは何か反論しようとしたようだったが、その隙すら与えず私は行動に出る。

 

 小さな道具を取り出すと、紐を勢いよく引き抜いた。

 直後、ヒヨコの鳴き声を増幅したかのような大音量が鳴り響く。一帯の空気はその音に上書きされ、他のすべての物音を掻き消した。

 この道具の名を、防犯ブザーという。

 

 発案者はカズマ。

 『私でも使える防犯グッズのアイデアはないか』と駄目元で尋ねたら、なんと即興でこのアイデアを出してきた。

 その日の夕方には、ウィズの手によって製品化に至るという、冗談みたいなスピード開発劇の逸話がある。

 

 仕組みが単純で、着想さえあれば製造のハードルは低い。それが要因だった。

 現在は、警察署と連携して普及前の啓蒙活動中。販売はまだ行っていない。

 だが、近々ウィズ魔道具店の商品として、他の新商品と併せて正式に発売される予定だ。

 

 もちろん、デュークはそんな事情を知る由もない。

 だが、謎の爆音に釣られて住民たちがぞろぞろ集まってくるのを見て、音の意味を肌で悟ったのだろう。

 これは不味いと判断するや、一言も発さずに姿を消した。

 あまりにも鮮やかで、潔い撤退だった。お尋ね者として、日夜追跡される中で培われた技能だろうか。

 

 ともあれ。仮面悪魔に質問することが出来た。

 恐らく冤罪ではない。デュークは、『本当に魔王軍の所属』だ。

 

 そのバニルはといえば、私とデュークのやり取りを、お手並み拝見とばかりに呑気に高みの見物を決め込んでいた。

 けれど、どこか訝しむような様子もあった。デュークに、既視感でもあったのだろうか。

 一応、デュークの顔は割れていて、手配書にも載っている。

 ただし、その頃にはまだ仮面バイトは加入していなかった。

 つまり、バニルはその辺りの事情をまだ把握していない可能性がある。

 

 私はかねて、魔王軍と接点があった。

 とはいえ、周囲にウィズの素性を怪しまれないためにも、通行人に聞き咎められかねない道端では魔王軍の話は避けたい。

 だからこそ、強引にでも『怪しい男を追い払った』という形にして、場を仕切り直す必要があった。

 

 そして、店に戻ったあとはバニルと状況を整理して、今後の方針を詰めるつもりだったのだが。

 この予定は、あっさりと立ち消えになる。

 

 私たちが帰って間もなく、ようやくウィズが帰ってきたのだ。




・正史ゆんゆんのテレポート習得時期
初めて習得が確認できるのは『続・爆焔』一巻一章。
原作の時系列で判断すると、めぐみんの約束履行状況から八巻エピローグ2の終了後かつ、九巻一章の前と考えられる。

・ゴミ拾いイベント
独自設定。原作にはない。
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