とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-6 挑戦状②

【色ボケリッチーの爆誕】

 後編。前回の続き。

 

 ようやく帰ってきたかと思えば、ウィズが非常に面倒臭い。

 この行き遅れ、いい年して見事に色ボケを発症していた。

 

 異常の証左は、挙げれば切りがない。

 例えば、私に意中の人の有無を問いただした挙げ句、早めに恋人や結婚相手を見つけるよう勧めてきた。

 これまで浮いた話ひとつなく、独り寂しく老後を迎えるのではと恐怖していた分際で。まさかの恋愛マウントである。

 善意ではあるのだが、その実、自慢にしか聞こえない。しかも、無自覚なのがタチが悪い。

 

 どう見ても、人生初の熱烈なプロポーズに舞い上がっている。自分の境遇に酔っている。

 ほんの数日前までストーカーに悩まされていた女とは思えぬ変貌ぶりだった。

 

 原因はあの日、荒野でデュークと対峙したときのやり取りにある。

 

 以下は色ボケ女の供述に基づく、極めて信憑性に乏しい証言であると、前以て念押ししておく。

 曰く、デュークにこう言われたそうだ。

 『お前の仕事は代わりに引き継ぐ。だから、仕事を辞めて家庭に入れ』と。

 さらには、『リッチーでも構わない。アンデッドになっても美しいお前が好きだ』などと、情熱的に口説かれたのだという。

 

 この直球すぎる求愛に、恋愛初心者のウィズは動転した。

 混乱のあまり、テレポートでダンジョンに逃げ込み、モンスターをしばき倒しながら延々悩み続け、ようやく気持ちを落ち着けて帰ってきた――らしい。

 ルーティンが何とも武闘派というか、蛮族的というか。

 

 相手にロクな面識がないという点でも戸惑ったが、ウィズにとって問題だったのは、『仕事を辞めろ』と言われたことだ。

 すなわち、ウィズ魔道具店からの引退を意味する。

 それは同時に、『店の稼ぎでダンジョンをプレゼントする』という、バニルとの約束を反故にすることになる。

 店を取るか、結婚を取るか。唐突な二者択一に、ウィズは今、刻一刻と決断を迫られている。

 

 ちなみに、これに対するバニルの応答はこうだった。

 好きにすれば良い。そんなことより、サボっていた分さっさと働け。

 私も全面的に同意である。

 

 この悪魔、ウィズの進退にはとんと関心がない。

 必要なのは、ダンジョン製造に関わる魔法の腕前のみ。商売に関しては、元より欠片も期待していない。

 むしろ不良債権女に代わり、もっと有能そうなデューク新店長への交代を歓迎している節すらある。

 

 デュークがお尋ね者である点はマイナスだが、それも私が蒔いた種故、尻拭いくらいはしてもいい。

 ウィズの話が本当なら、の話だが。

 

 ところが。

 この素っ気ない返答に、ウィズが怒り出す。

 今の彼女は、完全に悲劇のヒロイン気取りである。

 そんなドライなリアクションなど、彼女の求めていたものではなかった。

 

 厄介極まることに、彼女は構ってほしいのだ。

 『店主を続けてほしい』『嫁に行かないで』と、そう引き止めてもらうのを期待している。

 結論なんて、とっくに出しているっぽいのに。

 

 その最後の一押しを、どうしても私たち――いや、主にバニルの口から引き出したいらしい。

 酔っ払いのウザ絡みと大差ない。

 恋の酒をビギナーがいきなりストレートで煽ったから、こんなふうに悪酔いしてしまうのだ。

 

 これは二人の問題だ。私が口を挟む筋合いはない。

 ケルベロスも食わない痴話喧嘩に巻き込まれては堪らないと、私はさっさと店を離れ、近所を適当にぶらついて時間を潰した。

 

 一段落ついたのを見計らって引き返すと――さっきまでと打って変わって、見通す悪魔がすこぶる上機嫌になっていた。不吉にもほどがある。

 

 話を聞けば、ウィズのためにデュークを異能で見通したらしい。

 普通にやっても何も映らなかったので、今回は全力を出したとか。

 その結果、この悪魔のお眼鏡に適う何かが見えたらしい。

 

『デュークの想いにウィズが応えるとき、これ以上にない至上の歓喜と幸福を享受する者が生まれる』

 

 これがバニルの予言である。

 重要な内容と思われるので、備忘録がてら書き留めておく。

 

 素直に受け取るなら、デュークの愛を受け入れれば、二人は幸せになれる。

 デュークの器を認めた、バニルなりの太鼓判。そう解釈できなくもない。

 

 が、詐術に長けた私の耳には、そこまで単純な話には聞こえない。

 

 私とバニルは、どちらも他人を謀(たばか)ることを得意とするが、そのスタンスはだいぶ異なる。

 ただし、共通している信条もある。

 ――冗談は言うが、悪意ある嘘は基本的に吐かない。

 嘘は(・)吐かない。

 これは、正直者であることを意味しない。

 

 事実だけを口にしつつ、相手の誤解を誘導する。そういう手口に私たちは精通している。

 情報の一部を伏せて、都合よくミスリードさせることなど造作もない。

 ましてや、上記のように肝心な部分すらぼかした言い回しなど、信用に値しない。

 

 ……どうやら、遠からずひと波乱ありそうだ。

 『歓喜と幸福を享受する者』とは、大方バニル自身なのだろう。

 

 私は、ウィズの語ったプロポーズの顛末を大いに怪しんでいる。

 というかぶっちゃけ、彼女一人の空回りではないかと睨んでいる。

 この女、見聞きした話を自分に都合良く置き換えて記憶している節があるのだ。

 言うなれば、アクシズ教徒が標準搭載するポジティブシンキングのように。

 

 もし話を真に受けるなら、式場の手配だの、居候である私の引っ越しだの、色々と現実的な問題を考えねばならない。

 だが、判断を下すには、今はまだ時期尚早のようだ。

 

 諫めても良かったが、暴走女に言い聞かせるのも骨が折れる。なので、ひとまずは静観を決め込むことにした。

 そのうち勝手に解決する――というバニルの言外の牽制もあったし。

 どれだけ私に邪魔されたくないのだか。

 

 まあ、私に火の粉が飛んでこないなら、ウィズの未来には目を瞑ろう。

 

 


 

 

【あのストーカーは何者だ】

 メインはデュークの考察だが、その前に少し昔話をしよう。

 まだ私が魔王城にいた頃の話だ。

 

 ざっくり言えば、当時の私はポーカーフェイスなロリっ子だった。

 無表情で、声や動作にも一切感情が乗らない。

 口数が少ないわけではないから、無口キャラではなかった。

 鏡の中の自分を見ても『この小娘、一体何を考えているのだろう?』と、私自身ですら首を捻る始末。まして他人からすれば、尚更だったろう。

 

 これには深い意図があったわけではない。単なる素だ。

 なにせあの頃の私は記憶喪失直後で、万事が手探り状態。

 まずは常識と自分の身の上を把握するのが先決で、円滑な対人関係のために『人格を演じる』という発想が出てくる段階ですらなかった。

 

 そうして気づけば、私は『感情表現が苦手な子』として城内ですっかり定着していた。もはや手遅れである。

 今さら感情を前面に出したところで、周囲をビビらせるだけだ。傍目には、情緒不安定にしか見えない。

 

 とはいえ、それで悪印象を持たれなかったのは幸いだった。

 『記憶と一緒に感情も忘れてしまったらしい』などと、情報工作もしていないのに勝手に納得され、なぜか同情までされていた。

 根拠のない与太話をよくもまあ鵜呑みにできるものだと内心呆れつつ――まあ、便利ではあったので、敷かれたレールには遠慮なく乗せてもらった。

 

 やがて城を離れる頃には、『無表情だけど、最近は少しずつ心が表れてきたかも』くらいの印象に落ち着いた。

 もちろん、私がその方向へ意図的に操作した成果である。

 

 なおこの路線は、アクセルに降り立った瞬間にバッサリ捨てた。

 初めて街にテレポートで現れたその数秒後、私は何の前触れもなく、突然感情豊かになったのだ。

 ついさっきまで無表情キャラだったお子様が、いきなり感情全開で喋り出したのだから、ウィズはかなりギョッとしていた。

 

 ついでに補足しておくと、私のポーカーフェイス体質は今も健在である。

 ただし公の場では出さないから、それを知るのはごく一部の身内くらいだ。

 

 この『感情が表に出ない』という性質は、完全な天然もの。

 特に意識しなくても、心中が読めない。動揺も伝わらない。そのため、心理戦には滅法強い。

 ただし逆に、自分の感情を見せようとする時には、意識して演出しなくてはいけない。つまり、余分に思考リソースを割かれる。

 

 恐らく自然に感情が出ない分、反応のテンポも他人より遅い。

 その遅れを、頭の回転で違和感のないレベルまで補っているだけで。

 ……まあ、こんな仕様もあって、バニルがたまに私をゴーレム扱いしてくるわけだ。

 

 さて。そんな私に対して、デュークは『感情を取り戻した』と言った。

 

 このセリフで、私は魔王城時代のことを思い出した。

 デュークがそれを知っているということは、あの頃の私について誰かから伝え聞いたと考えるのが自然だ。

 つまり、魔王軍内部からの情報である可能性が高い。

 

 アクセルに移ってからの私は、イメージ戦略を一新している。

 となれば、あの物言いは、魔王城時代の私を知る者でなければ出てこない。

 デュークが魔王軍の手先である可能性――以前から脳裏を掠めてはいたが、それが確信へと変わったのは、こうした思考の流れがあった。

 

 魔王軍所属。それはいい。では、そこから何が分かるかというと。

 正直、然程分かることはない。この情報自体には、大して価値がない。

 

 ウィズをリッチーと認識しているのも、魔王軍経由で聞き及んだのだろう。

 だが、ではなぜウィズを訪ねたのか? その核心部分が、さっぱり見えてこない。

 最近ウィズは、幹部ハンス討伐に関わったが……これは無関係だろう。

 ストーカー行動はそれ以前から始まっているし、そもそも敵地でのハンス死亡の詳細が、この短期間で魔王軍に伝わったとは考え難い。

 

 また、私の探知する範囲では、デュークが密(・)偵(・)と(・)し(・)て(・)暗(・)躍(・)し(・)て(・)い(・)る(・)様(・)子(・)も(・)な(・)い(・)。

 だからこそ、これまで私は魔王軍の者と断定できずにいた。

 

 ……今になって考えれば、私にことごとく妨害されたせいで任務を果たせず、諜報要員から外されてしまったのかもしれない。

 それで今は、ウィズの調査一本に注力せざるを得ない――そんな状況なのではないか。

 あるいは、ウィズの件はそもそも魔王軍とは無関係で、デューク個人の思惑という可能性もある。

 

 総括すると、やはり釈然としない。

 

 『正体不明のストーカー』が、『魔王軍所属のストーカー』にクラスチェンジしただけだ。

 デュークが魔王軍の人外であるという見立ては、既にウィズに伝えてある。

 彼女も驚いてはいたが、だからどうしたという話でしかない。

 

 


 

 

【新作の発売日当日】

 本日は快晴。ウィズの脳内にも、引き続き春の陽気が満開である。重度の色ボケにより、お花畑が咲き乱れている。

 具体的な症状としては、一見どこか物憂げな雰囲気をまといながらも、端々から浮かれ具合がダダ漏れしている。

 特段何もないのにずっとニコニコしているし、時折一人でクスクス笑っている。不気味極まりない。

 今朝など、裏庭の花に延々と話しかけるという奇行にまで走っていた。ナチュラルに、ゆんゆんみたいなことをし始めている。

 

 この惨状には、さすがのバニルも心配が募ったらしい。

 いつもなら砂糖水か、精々パンの耳で済ませている食事も、今日はちゃんとした朝食を与えていた。

 

 が、ウィズはこれを『自分を店に繋ぎ止めたくて優しくしてくれている』と解釈した。

 結果、改善するどころか、症状はますます悪化した。

 

 とはいえ、私としてはこれはこれで有りなのでは? と思い始めている。

 

 というのも、この状態のウィズは、普段のように妙なガラクタを買い込んでこない。

 それに彼女の笑顔には集客効果がある。今日はちょうど店にとって記念日でもあったため、ご機嫌な店主もそういうものとして受け止められていた。

 ましてや、用意していた在庫は瞬く間に完売。この吉事に、彼女の浮かれぶりも周囲からは当然と見做されている。

 現にそういう側面もあるから、外野の認識も一概に見当違いではない。

 

 ちなみに、市中では『魔王軍の手先らしき賞金首がアクセルに出没した』との噂が既に広まっている。

 そのせいで住民が怖がって外出を控えるのでは……と懸念されたが、いざ蓋を開けてみれば、まったくの杞憂だった。

 

 アクセルの市民は逞しい。逞しすぎる。

 爆裂娘の爆裂日課にもはや誰一人動じず、冒険者同士の諍いで中級魔法が市街に飛び交う程度では、眼中にすら入らない。

 そんな図太い人々が、『凶悪犯が潜伏している……かもしれない』程度の不確かな噂で怯えるはずもない。

 ……前々から思っていたけれど、この街、絶対変だと思う。

 

 ともあれ。ウィズの変調について、私はもう気にも留めていない。

 だが、バニルはそうもいかない。

 悪魔族は、感情こそが生命の根幹を成す。だからこそ、今のウィズは存在自体が強烈な精神攻撃と化しているという。

 『下手な攻撃魔法よりもキツい』とは、本人の談である。実際、やけに消耗が激しい。

 

 ならば、秘している予言の真実を明かせばいいのでは? と水を向けても、悪魔は首を縦に振らない。

 バニルにとって、そこは譲れない一線らしい。『それでは耐えている意味がなくなる』と、不穏なことを言っていた。

 ……随分と頑なである。果たして何を見通しているのやら、この食い意地の張った悪魔は。

 

 もっとも、この大事な局面で同僚が不調というのも困りものだ。

 そこで気分転換として、『ウィズの撮影会』を提案してみた。

 今はこんなだが、いずれ正気に戻った暁には、羞恥にのたうち回ること請け合い。今のうちに記録しておけば、黒歴史として一生モノのネタになる。

 

 知り合いのツテで魔道カメラを借りてこようか? と持ちかけたものの。

 『既に自前で用意してある』と、バニルに丁重に断られた。

 ……それは、大変結構。

 

 ところで。

 本日の新商品お披露目には、紅魔の里に赴いていたカズマ一行、そしてゆんゆんまでが様子を見にやって来た。

 聞けば、里での救援を終え、昨日アクセルに帰ってきたばかりとのこと。今日の予定は事前に伝えてあったから、それで立ち寄ったのだろう。

 とりわけカズマは、今回の商品の発明者でもある。思い入れも一入(ひとしお)なのかもしれない。

 

 ついでに、魔王軍幹部シルビアを討ち取ったとの報告もあった。

 ……あ、そうですか。

 

 それから、めぐみんが妙に色気づいている。

 本人は平静を装っているつもりのようだが、私の目は誤魔化せない。カズマをチラ見しすぎだし、以前よりも明らかに距離が近い。

 カズマのほうも似たようなもので、どうもめぐみんのアプローチを意識している構図に見える。

 

 時期的に、何かあったのは里での滞在中か。

 カエルを筆頭に、冬眠明けの生き物が繁殖に励むこのシーズンの力は偉大である。人間はもちろん、アンデッドですら開放的になる。

 

 さて、そんな中でウィズの異常さに気づいたアクアが、鋭くツッコミを入れてきた。

 するとウィズは『よくぞ聞いてくれた!』とばかりに、ここしばらくのデュークとの出来事を饒舌に語り出した。

 中身をまとめると、色ボケ女による惚気話だった気がしなくもない。

 

 女性陣は恋バナに食いついていたものの、相手が魔王軍の一員だと知れた瞬間、若干テンションが落ちた。

 あのストーカーも、私に無実の罪を着せられたと思えば、後出しでやっぱり冤罪ではなかったと判明したり、中々に忙しない立ち位置である。

 

 なお余談だが、ウィズのテンションに振り回されたアクアが、珍しく疲弊していた。

 珍しい。逆ならしばしばあるのだけど。

 どうやら、自分を物語のヒロインと思い込んでいる今の痛々しい年増は、マイペースでアンデッドにも強気なアクアですら、手に負えないらしい。

 

 また、カズマが何やらアホな思索に耽っていたので、私が目聡く察して釘を刺しておいた。

 信じられないことにこの男、美人店主がどこぞの下郎に言い寄られているのが気に入らず、デュークに横槍を入れてやろうと企んでいた。

 あるいは、ウィズに相応しい男かどうか、上から目線で見極めてやろうとしていた。

 

 そもそもウィズと特別な関係でもないくせに、謎の独占欲を発揮している。

 しかもめぐみんとの関係が進展したばかりというのに、早速そちらを放り出して軸足を移そうとするとは……。

 性に多感な年頃という点を差し引いても、浮気性というか、欲望に忠実すぎる。

 

 そんなザマだが、彼は意外とピュアな恋愛観を持っているのでは、と私は踏んでいる。

 酒場などで『ハーレムがどうの』と騒いでいるのも、それはそれで本心なのだろうが。

 

 まあ、それはそれとして。

 せっかく里でめぐみんと急接近したというのに、ここでウィズに粉をかけていては、早々に愛想を尽かされるのでは?

 そう指摘すると、カズマは途端にやたら多弁になり、語気を荒げて必死に否定してきた。

 図星を突かれて狼狽える、容疑者の反応だった。

 

 『もしかして、心でも読めるのか?』と、探るような視線をこちらに向けてきたが、そんなことはない。

 ただ、顔に書いてあったことを読み取っただけだ。

 まあ実のところ、顔どころか全身の反応から判断しているので、仮に覆面を被っていようが精度はさして変わらないけれど。

 

 そうツッコミを入れても、それこそ読心を肯定したみたいになってしまうか。

 

 


 

 

【これは酷い】

 これは、おめでたい勘違い女が、現実に横っ面を張り飛ばされる――ただそれだけの話だ。

 やはりと言うべきか、予言はロクでもなかった。

 

 では、早速答え合わせに入ろう。

 デュークの目的は、魔王軍幹部としての職責を果たさないウィズを打倒し、自らの力を示した上で、その地位と仕事を受け継ぐこと。

 色恋の気配など、これっぽっちもなかった。

 デュークは別に騙していたわけではない。すべてはウィズの、盛大な勘違いだったのである。

 

 その日、ウィズはデュークに呼び出され、そして決闘が勃発した。

 街の人からアンデッド退治を頼まれることもあるウィズとしては、『このバトルで、悪霊祓いの実務も担えると証明しようとしてるのだな』と解釈していたが――無論的外れも甚だしい。

 デュークにとってこれは、幹部の椅子を賭けた本気の一戦。

 ウィズの突拍子もない妄想に、向こうはさぞ困惑したことだろう。

 実際、ウィズが『まずはお友達から……』とプロポーズを断ると、デュークはポカンとしたまま、何を言っているのか露も理解できていなかった。

 

 斯くして、両者のすれ違いが遂に表面化する。

 デュークがローブを脱ぐと、それまで隠していたものが顕になった。

 堕天使の羽、そして胸元に刻まれた魔王軍の紋章。

 初対面の折にも、これで立場を明かそうとしたとか。露出狂の変態と誤解されて逃げられたが。

 

 ちなみにデュークの種族は、言わば神の元パシリ。アンデッドは本能的に忌み嫌うタイプで、リッチーと仲良くするなど到底有り得ない。

 さらにダメ押しすると、デュークには性別がない。そもそも恋愛のスタートラインにすら立っていないのだ。

 ……性別の件は私も見抜けていなかった。未知の種族だし、あれだけ厳重に全身を隠されると識別は困難だ。

 

 当初は、ギャラリーの中に魔王軍と無関係な者が多数いたため、デュークも事情を明かすのを避けていた。

 だが、誤解が発覚するやどうでもよくなったのか、やや自棄気味な様子で説明してくれた。

 ……うちのポンコツが迷惑をかけたようで、申し訳ない。

 

 ちなみに観戦者はというと、まず私とバニルの魔道具店一同。

 デュークの果たし状には『就業終了後』との時間指定まであり、どうやら店の繁忙を慮ってくれたらしい。優しい。

 そのおかげで、最初から決闘を見届けられた。

 他にはカズマたち四人組と、なぜかゆんゆんまでが同行していた。呼んだ覚えはないけど、気づけば当たり前のようにいた。暇だったのかもしれない。

 

 デュークに弄ばれたと、ウィズは唖然とした。

 客観的には、早合点したウィズが自爆しただけだ。

 だが恋に浮かれ、その末路に屈辱を味わった嫁ぎ遅れ女に、そんな正論は通じない。

 対照的に、彼女からとめどなく溢れる極上の悪感情に、畜生悪魔は狂喜乱舞した。『歓喜と幸福を享受する者』とは、案の定バニルのことだった。

 

 さて、そこからは逆恨みによって本気モードになった独り身女が、魔法でデュークを圧倒する。

 無様で情けないが、実力差は歴然だった。

 形勢を覆そうと、デュークはリッチー化の禁呪を発動。嫌悪していたアンデッドへと自ら堕ちる覚悟を見せた。

 

 しかしそれが裏目に出る。空気の読めない女神の眼前で、それは悪手だった。

 アクアに蝿でも払うように叩きのめされ、最後はウィズの爆裂魔法で跡形もなく消し飛ばされ、決着した。

 ウィズの心に、強烈な爪痕を残して。

 

 戦いの前に、バニルは『これから素晴らしいものが見られる』と予告していた。

 あれは、史上稀に見る高度な魔法戦を指していたのか。それとも、浮かれ独身女が恥辱と絶望に塗(まみ)れてくずおれる様を予見していたのか。

 

 そういえば、ウィズの正体がとうとうゆんゆんにバレた。

 幹部やらリッチーやら、堂々と口にしていたのだからさもありなん。

 露見するリスクは明白だったのに、なぜか誰もゆんゆんの同行を止めなかった。

 恋の話題だから大丈夫と楽観したのか。はたまた、彼女なら平気だと判断したのか。

 もしくは、誰も止めないのを見て『もう知っているのかも』と勘違いしたか。

 

 ちなみに私は、わざと止めなかった。

 今後も付き合いが続くなら、早晩バレる。そのときは、私の目が届いてフォローできる場面が望ましい。

 めぐみんたちも揃ったあの場は、まさにうってつけだった。

 それにゆんゆんなら、うっかり秘密を漏らす危惧もない。だって、他に話し相手なんていないし。

 

 さて。当店の従業員は三分の二が人外で、元も含めて魔王軍所属。

 だから、私もそうなのかとゆんゆんに尋ねられたが、割り込んできたバニルが否を返した。

 『驚くべきことにただの人間であり、間違いなく魔王軍にも関与していない』と。

 ……嫌に含みを感じる発言だ。

 まるで私が、魔王軍に匹敵する危険人物かのような物言いは自重願いたい。

 

 こうして、幹部を志した身の程知らずは、理不尽な連中に散々引っ掻き回され、何ひとつ成し遂げることなく散っていった。

 街の情報を魔王軍に流してもいなかったようだし、総じて間抜けな騒動だった、という感想しかない。

 

 


 

 

【デュークの後始末について】

 デュークの一件を、正式に冒険者ギルドへ報告した。

 指名手配犯が街に入り込んでいた事案は、ギルド側もそれなりに深刻視していたのだ。

 

 事態の収拾が急務と判じた私は、ウィズの代理として取り急ぎ概要だけを伝えに行った。

 本来なら、詳細な説明は本人に任せたかった。だが、そのウィズが問題だった。

 日付が変わってもなお失恋のショックで泣きじゃくっており、とても人前にお出しできる有り様ではない。

 これは長引くなと腹を括った私は結局、後始末まで丸ごと引き受ける羽目になった。

 

 さて。デュークの首には、二千万エリスの賞金が懸かっている。

 少し前までは六百万だったが、王都での一件を受けて大幅に跳ね上がったらしい。

 国としてもそれなりに事態を重く見ている……のだろうが、曲がりなりにも魔王軍幹部の座を狙っていた輩にしては、やや物足りない額だ。

 

 私見ではあるが、この控えめな評価は、デュークが目立つ行動を避けていたからだと思われる。

 追っ手を撒くどころか返り討ちにするのも容易だったはずなのに、それをしなかった。

 恐らく、国の警戒心が強まればウィズの捜索が難しくなると見て、渋々逃げ回るに留めていたのだろう。

 脅威度の見積もりが控えめになったのも、そんな構図の帰結ではないかと踏んでいる。

 

 まあ、ウィズに瞬殺されている時点で、案外妥当な評価だった説もあるけれど。

 ちなみに参考までに、最近倒された幹部シルビアの賞金額は三億エリスである。

 

 報酬の分配については、カズマたちとも協議の上、ウィズが全額を受け取ることで合意が取れた。

 浄化魔法でリッチー化したデュークを弱らせたアクアにも取り分の資格はあったが、殊勝にも自ら辞退した。

 あの青髪女でさえ、今度ばかりはウィズに同情したらしい。

 とはいえ、近日中にシルビア討伐の報酬が手に入るのが確定していて、心に余裕があったから、という事情もある。

 

 話を戻そう。

 ギルドへの報告に際し、私はウィズの正体に関するくだりを故意に伏せた。

 そこを省けば、『幹部の地位を狙ったデュークが、隠居冒険者のウィズを襲撃した』という筋書きになる。

 嘘は言っていない。嘘を感知するベルも、それを保証してくれるだろう。

 

 冒険者時代のウィズは、当代最強と謳われる一党のリーダーだった。

 魔王軍でも武名で名高いベルディアを、正面から追い詰めた実績まである。

 当時の彼女は、人類側の大物として魔王軍からマークされていた。

 故に、その英雄を倒せば出世に繋がる戦功になる――ウィズが幹部だと知らなければ、ギルドがそう推し量っても不思議ではない。

 

 ついでに言えば、私の巧みな話術により、デュークの対外的な評価はこうなった。

 『婚期という弱みに付け込み、乙女心を弄んで騙し討ちを仕掛けた下衆野郎』。

 人類の敵とか関係なく、とんでもない卑劣漢認定されてしまった。

 

 一応、嘘は吐いていない。

 情報の出し方を工夫して、そう思うよう仕向けただけだ。

 何ならウィズの心情的には、本当にそれが事実である。

 

 これは、ウィズが功労者であることを伏せてもらうための工作だ。

 彼女の活躍が喧伝されて、魔王軍に知られては困る。

 表向きは『傷心中のウィズへの配慮』としておいたが、実際、賞賛されても本人は喜ぶまい。

 むしろ心の傷が抉られて、ますます部屋から出てこなくなる。

 

 報告の窓口には、あえてルナを指名した。

 彼女なら、話に深い共感を示してくれるだろうと思ったのだ。

 なにせ、ウィズに比肩ないし、上回る勢いで結婚願望を拗らせている。

 『結婚』のワードに過剰反応するため、ギルド内では禁句が暗黙の了解と化しているほどである。

 

 さておき、その読みは的中した。

 ルナは話に深く頷き、私が引くほど親身に対応してくれた。

 討伐報告というより、結婚詐欺の相談会のような様相だった。

 ……どうやら彼女の私生活では、相変わらず新たな出会いは皆無のようである。

 

 ちなみに。

 この事件がトラウマになったせいで、今後は当店でも結婚にまつわる単語が地雷になりそうだ。

 もちろん、鬼畜悪魔だけは嬉々として踏み抜くだろうけど。




・バニルは嘘を吐かない
美味しいご飯を得る時以外、あまり嘘は吐かない主義。『仮面』の四章より。
ただし、原作十三巻最終章のバニルの言によれば、悪魔は嘘は吐かないらしい。
つまりこれはバニル個人の性格というよりも、種族的な特徴なのかもしれない。
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