とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-7 出自

【完売したのに、収益赤字になるイリュージョン】

 ウィズが部屋に引きこもったまま、出てこない。

 言わずもがな、デュークの件をまだ引きずっているのだ。様子を見守ってはいるが、当分は立ち直りそうにない。

 

 つい最近まで、ウィズは脳内お花畑ヒロインムーブを炸裂させて、バニルの調子を狂わせていた。

 今では、すっかり立場が逆転している。

 付近で良質な悲哀と屈辱を絶え間なく垂れ流す失恋女のおかげで、畜生仮面は絶好調だ。

 店としては、開店以来初の好景気に沸いている中、肝心の雇用主が戦力外という非常事態。……もっともよく考えたら、いつも通りのことだった。

 

 それに、今のウィズには利点もある。

 まず、勝手にガラクタを仕入れてこない。これは大きい。

 いきなり経営破綻に見舞われる心配がなくなった分、安心して商売に専念できる。

 日常的に倒産の恐怖がつきまとう職場というのも、どうかとは思うが。

 

 さらに、彼女は鬼気迫る勢いで、商品の製造に没頭するようになった。

 傷心から目を逸らすための逃避行動なのは明白だが、責める理由もない。泣き続けるよりは、まだ建設的だ。

 本来であれば、ウィズを四六時中無休で働かせる計画が進行中だったが。バニルと協議した結果、この好循環に水を差すのは得策ではないと再評価され、ひとまず延期となった。

 

 ただ、人手は欲しい。

 ウィズの抜けた穴を、バニルがどうにか埋めてはいるが、今は新作ブーストで来客もピークに達している。

 一人では追いつかない。

 私は、同僚二人と違って繊細な生き物なので、酷使されては瞬く間に過労でダウンする。肉体労働では無用の長物だ。

 

 そこで頭数確保のため、ゆんゆんに声をかけた。

 売り子は論外だが、客と接触せずに済む裏方なら大丈夫だろう。

 誰かに頼られると舞い上がり、軽犯罪でもホイホイ引き受けそうなぼっちは、喜び勇んで飛びついてきた。

 

 ただし、ゆんゆん本人に落ち度はなかったのだが。

 この『手伝いを募る』という選択肢を提示したことが、結果として大きな裏目に出た。

 アクアという、災厄を引き寄せてしまったのだ。

 

 あの女は、損害を発生させることにおいて類い稀な才能を持っている。

 そんな貧乏神が突然現れた理由は、ウィズへのお見舞いだった。

 かつては出合い頭に狂犬よろしくリッチーに噛みついていた彼女だが、来訪のたびに丁重にもてなされ、すっかり餌付けされたらしい。最近では、その獰猛性も幾分鳴りを潜めている。

 ウィズのことを『お茶とお菓子をくれる人』として学習したのだろう。

 加えて、温泉旅行での共通の思い出や、今回の失恋に寄せる同情も、両者の距離を縮める一因になっていると思われる。

 

 ただし、バニルへの喧嘩腰はまったく変わらない。

 互いに一歩も譲らないため、店への被害はトータルで見て特に減っていない。

 

 とはいえ、見舞いだけで済んでいれば、私もバニルも目くじらを立てたりはしない。

 問題は、アクアがゆんゆんの働く姿を目にして、余計な閃きを得てしまったことにある。

 自分もひと肌脱ごう、などと思い立ったのだ。純粋な善意で。

 

 この女の思いつきほど、迷惑なものはない。

 何もせず、黙ってじっとしているのが一番の助けなのに。

 しかも最悪なことに、彼女には『店に了承を取る』という発想がなかった。

 誰にも話を通さず、完全に自己判断で行動を開始してしまったのである。

 

 やらかしたのは、客寄せの宴会芸。

 芸そのものは、芸能の神と見紛うほどのクオリティだ。

 住人たちも、アクアの神技ですっかり目が肥えてしまっている。

 そのため、アクアと比較された大道芸人が自尊心を打ち砕かれる、という事例が相次いでいるとか。

 

 問題は、披露された芸の中身にあった。

 消失マジック。

 カウントダウンのゼロと共に、店の売り物が物理的にまるっと消えるというものだ。

 

 今日のために頑張って揃えた在庫が、綺麗さっぱり消滅した。

 隠したわけではない。本当に、どこにもない。

 アクア自身にも、行方はさっぱり分からないという。

 

 仕事に忙殺されていたせいで、異変に気づくのが遅れた。

 アクアから『消す用の商品』の追加を唐突にねだられた段で、ようやく嫌な予感が背筋を這い上がってきたのだ。

 ……消す用の商品とは? それは一体、どういう概念なのか。

 

 幸いにも、そのタイミングでアクアの保護者が現れた。

 事情を説明して、躾のなっていない駄犬は、速やかにお引き取り願った。

 

 ……だが、それとは別件で。

 この日ウィズがせっせと作っていた商品も、アクアが『元気づけてあげよう』と同じ手法で丸ごと消し飛ばしていたことが、後になって発覚した。

 

 一般的に、アホはアホ故に行動原理が単純なので、読みやすい。

 しかし度を超すと、その限りではない。

 常軌を逸したアホは、何を仕出かすかまるで予測がつかない。

 アクアを目の当たりにしていると、それを嫌というほど実感する。

 

 だから、私はアクアが苦手だ。

 ウィズ魔道具店は、所属する三人全員がアクアに対して相性不利という、深刻な弱点を抱えている。

 

 


 

 

【機動要塞の人の手記、再び】

 借金の女神が有り余る借金製造能力を惜しみなく発揮し、店にプチ災厄を撒き散らした『アクアの禍』については、前回記した通りである。

 その騒動と同日、アクアから紅魔の里のお土産を受け取った。

 

 貰ったのは手記。しかも、例のデストロイヤー開発責任者が書いたものだ。

 まさか、二冊目が来るとは思わなかった。

 

 私の日本語習得に協力していたこともあって、関連分野に並々ならぬ興味を抱いているのを、アクアは把握している。

 それで、里で発見した際に族長の許可を取って、アクセルに持ち帰ってきたのだとか。

 ただし、しばらくはデュークや新商品販売でドタバタしていたせいで、渡すのをうっかり忘れていたという。

 なお今回はプレゼントとのことで、お代は取られていない。

 

 ……それにしても。これ、本当に里の外に持ち出して平気な代物か?

 閉店後の空き時間にささっと目を通してみたが、中々の爆弾物だった。

 

 文章はすべて日本語で書かれているため、解読できる者は限られる。

 だが、問題は中身だ。

 紅魔族は、ノイズ王国で造られた魔法に特化した改造人間――などという記述がさらりと書かれている。

 公表するには刺激が強すぎる。

 

 ちなみに、カズマはこの件について何も聞かされていない。あるいは、まだ読んでいないのだろう。

 もしアクアの暴挙を知ったら、さすがに止めるはずだ。

 族長に関しては、内容を知っていようがいまいが、気にせず快諾しそうだけれど。

 

 そういえば里での観光時に、手記の記述と符合するような名乗りをしていた者が何人かいた。

 一族の出自について、当の紅魔族は勘付いている節がある。

 

 今後、アクアから何かを受け取るときは、もっと気を配ろう。

 下手をすると、取り扱い注意の劇物をポンと手渡されかねない。

 

 なお、この手記には『魔術師殺し』なる対魔法使い用の兵器についても記載されていた。

 どうやら、機動要塞デストロイヤーの開発より少し前に作られたらしい。

 

 仮に、魔術師殺しで培った魔法防御ノウハウが、デストロイヤーの魔力結界に反映されていたとすれば。

 その解析を進めることで、あの結界を突破する糸口が掴めた可能性もある。まあ、今となっては確かめようがないが。

 それこそ、手記にあるレールガンのような……いや、あれは適当に作ってみた的なノリらしいし、なんか違う気がする。

 やってることは、そもそも力技のゴリ押しだし。

 

 それはそれとして。

 紅魔族に関する記述の中で、ちょっと確かめておきたいことが出てきた。

 裏が取れ次第、改めて書き残す……かもしれない。

 

 


 

 

【本日はメイドデー(ゲリラ開催)】

 この日のウィズ魔道具店では、なぜか女性店員にメイド服の着用が義務づけられた。

 由緒も理由も特にない。その朝、バニルが唐突に決めたのだ。

 次回は恐らくないと思われる。

 

 該当者は三名。ウィズと私、そして助っ人として派遣されたダクネスだ。

 

 ダクネスの派遣は、サトウカズマの提案によるものだった。

 アクアのやらかしによる損害のお詫びとして、代替要員を差し出してきたわけである。

 なぜダクネスかというと、今の彼女はご主人様ことカズマの命令に絶対服従の身だから。

 何でも言うことを聞く、という言質を取られたとかで、屋敷内でもメイド服でご奉仕させられているそうな。

 

 重度のドM性癖持ちで、どこに出しても恥ずかしい変態だが、その実シャイでもある。

 メイド服で接客させられるのは、彼女が求める責めのベクトルとはズレているらしい。

 

 ちなみにカズマも、当初はそこまでさせるつもりはなかった。

 だが、いざ店に到着してみれば、メイド服をバッチリ準備して待ち構えるバニルの姿があった。サイズもピッタリ。

 この時点で、メイド服の強要が突然の思いつきでないのは明白だった。

 ダクネスは必死に抵抗したが、あえなく無駄な足掻きで終わった。

 

 ついてきただけのカズマはというと、自らの欲望に従って、ダクネスにメイド服の魅力を熱弁していた。

 遂にはバニルを押しのけて、メイドとはこうあるべきと演技指導まで始める始末。

 ……どうやら、メイド属性に相当な執念があるらしい。

 

 なお、私自身はメイド服に特段の感情はない。普段と衣装が違う、それだけだ。

 従業員ですらないのに、なぜか腕組みして心得を説いてくるカズマの熱血指導を受け、私はメイド店員なる珍妙な役職にすぐさま順応した。

 ──お帰りなさいませ、ご主人様。

 

 その一方でダクネスは、通りすがりの冒険者に服装をからかわれ、大層な辱めを受けていた。

 接客中に暴力で黙らせるわけにもいかず、黙って耐えるしかなかったようだ。

 ただし勤務終了後には、鬱憤を晴らすように素手で逆襲していた。

 ……ひょっとして彼女、大剣より拳のほうが強いのでは?

 

 ちなみに、バニルへの御守りとして連れてこられただけのアクアも、メイド服を着たくなったらしい。

 予備がないと知るや、悪魔と口論になっていた。

 誰も彼女の手伝いなど望んでいないのだから、そんなもの用意しているはずがない。

 するとアクアはわざわざ屋敷に戻り、自前のメイド服に着替えて出直してきた。

 そのままメイド服姿で引きこもっているウィズの元へ、直行していった。

 

 休憩時間に様子を見に行くと、なんとも形容しがたい光景が広がっていた。

 無理やり手籠めにされて悲嘆に暮れるメイドを、同僚のメイドが励ます──そんな構図に見えなくもなかった。

 

 ところで、あの一党はアイリス第一王女から会食の招待を受けたらしい。

 冒険者としての実績を思えば、別段おかしな話ではない。

 

 が、カズマは専ら王女が妹キャラかどうかに興味津々で、ワクワクが止まらない様子だった。

 王族を相手に、実に不遜極まりない。

 そんな救い難いロリコンを、ダクネスが不安そうにチラチラ見遣っていたのが、妙に印象に残っている。

 ……何となく、彼女が屋敷で『メイドごっこ』に従事させられるに至った経緯が察せられる。

 

 もちろん王女側も、冒険者の多少の無作法には理解があるだろう。

 だが、この男はチャンスさえあれば、王族相手でもお兄ちゃん呼びをリクエストしかねない怖さがある。

 まともな自制心があるなら、近所の子供に同じ真似をしてロリマ呼ばわりはされない。

 

 加えて、残る仲間二人も、カズマ以上に何を仕出かすか気がかりな面子だ。

 ……もしやダスティネス家は、王家への不敬で没落の瀬戸際にあるのでは?

 

 カズマの故郷は、どうやらこの国とは根本的に政治体制を異にしているらしい。

 彼の言動の端々から、それはなんとなく察せられる。

 そうした感覚のズレが、王侯貴族へのあの鈍感さに繋がって……いや、関係ないか。

 

 これがミツルギなら、貴人に妹属性を切望したりするまい。

 単にあの男が、自分を常識人だと思い込んでいる変人なだけか。

 

 


 

 

【セレスディナについて③】

 ①と②は、冬のページを確認のこと。

 王都への遠出から何日か経った頃、ウィズがセレスディナについてポロリとぶっちゃけてきた、あの回のことである。

 

 諜報と謀略を担う魔王軍幹部にして、ダークプリーストのセレスディナ。今、私が最優先で調査している人物だ。

 そんな彼女が信仰している神が、遂に判明した。

 名は、レジーナ。

 ……どちら様ですかね? 全然知らない名前が出てきてしまった。

 

 セレスディナの存在を認識した時点で、主立った宗派は一通り洗ってあった。なのにヒットしない。余程マイナーな神格なのだろうか。

 アクアにもさりげなく聞いてみたが、首を傾げていた。

 まさか神名を騙ってるなんてことはあるまい。聖職者的に有り得ないし、そこは考慮外でいい。

 なにより、神を怒らせたときの恐ろしさは、むしろセレスディナのほうが熟知しているはずだ。

 

 ちなみに、プリーストの支援魔法は宗派が違えば効果を重ね掛けできる。

 セレスディナの魔法は、エリス教とも、アクシズ教とも併用できる。

 つまり彼女は、そのどちらの信徒でもない、ということになる。

 

 私は宗教分野には些か疎い。

 アクセルの聖職者は一様に小粒で、取り立てて注目する要素もなかったからだ。

 風向きが変わったのは、アクアやクリスが現れた辺りからだろうか。

 いずれにせよ目を向け始めたのはごく最近で、知識もまだまだ付け焼き刃だ。

 

 さて。

 前にも書いたが、セレスディナには洗脳めいた異能がある。

 その仕組みに神が関わっているのでは──という仮説を立てたのは、完全な当てずっぽうというわけではないが、確たる根拠があったわけでもない。

 とはいえ、どうもこの予想は満更的外れでもなさそうだ。

 

 神の加護というのは、信者に均等に分配されるらしい。

 信者が多ければ加護は分割され、一人当たりはその分弱くなる。

 だから、エリス教徒やアクシズ教徒の加護がパッとしないのも、当然といえば当然だ。

 エリス教は言わずと知れた国教だし、アクシズ教も変人集団とはいえ、総本山ではそれなりの数を誇っている。

 

 対して、信者が極端に少なければ加護は集中し、より強力になる。

 仮にセレスディナ一人だけがレジーナの信徒だとすれば、彼女は神の力を独占して振るえることになる。

 そしてこの無名っぷりを見るに、その仮定は強(あなが)ち絵空事でもなさそうだ。

 

 ちなみにこの加護理論、情報ソースはアクアである。

 駄目神だけでは信憑性に欠けるため、念のためバニルやクリスにも確認を取った。すると、これを補強する証言が得られた。

 どうやら人間社会では広く知られていない知識らしい。聖職者方面からは裏付けが取れなかった。

 セレスディナは、果たしてこの仕組みを知っているのだろうか。

 

 まあ、他に手がかりもない今は、女神レジーナを追ってみる他ない。

 その権能すら、まだ何も分かっていないのだし。

 

 私が魔王軍の調査に着手した当初の目的は、ウィズの正体が露見した場合に備え、人類勢力との取引材料を確保することにあった。

 だが、最近では事情が変わっている。

 

 ウィズはハンスやデュークの討伐に大きく貢献し、殊に後者はほぼ単独で撃破した。

 彼女にも中立を破った事由はあるが、そこはどうでもいい。

 今やウィズは、魔王軍との争いで確かな功績を残している。

 それに、ダスティネス家との縁もある。

 もはや彼女の身の安全を憂う段階ではなくなった。

 むしろ危ういのは、過去の所業を蒸し返された場合の、私のほうだ。

 

 いずれにせよ。

 未知の幹部セレスディナの正体を暴くことは、今後を見据えても無駄にはならない。

 

 ところで。レジーナという名前には、何とも言えない引っかかりを覚えている。

 冒頭では知らないと言い切った。だが思い返してみれば、どこかで耳にしたような気がするのだ。

 魔王軍関連ではなかったと思う。当時の私はさして気にも留めず、聞き流していたのだろう。

 ……はて、どこで聞いたのだったか。

 

 


 

 

【会食で何かやりたいようだ】

 新商品の勢いも落ち着き、客足が徐々に緩やかになってきた。

 お散歩女神が来店したが、あまりに頻繁すぎてこちらもいい加減慣れた。

 

 そのアクアから、いきなり『初心者殺しの居場所を知らないか』と尋ねられた。

 初心者殺しといえば、ゴブリンやコボルトを囮にして駆け出し冒険者を狩る、あの狡猾で危険なモンスターである。

 優に、アクアの百倍は頭が良い。

 

 彼女はまず冒険者ギルドで目撃情報を集めようとしたらしいが、目的まで正直に話したところ、職員に門前払いを食らったという。

 それで、時々ギルドでバイトしている私に、白羽の矢が立ったわけだ。

 

 なお、アクアの目的は宴会芸である。

 アイリス王女との会食で、帽子から虎が飛び出す大技を披露し、場を盛り上げたいらしい。

 だが、近辺に虎は生息していない。

 そこで猫科繋がりで、虎っぽい初心者殺しに妥協したのだとか。

 

 私は『冬以降はバイトに入っていないから分からない』と告げ、証言も耳にしていないと付け加えて質問を退けた。

 事実だ。……まあ、仮に知っていたとしても、同じ答えを返しただろうが。

 

 王女の御前でモンスターを召喚する? なるほど、確かに場は盛り上がるだろう。

 すわ暗殺かと、周囲が殺気立つという意味で。

 初心者殺しごときがベルゼルグ最強の生物である王女をどうこうできるとは思わないが、そんな企みに加担できるはずもない。

 下手をすれば、テロリスト現行犯の首刎ねショーが開幕するやもしれない。

 さぞかし、忘れられない一生の思い出になるだろう。

 

 ところで。

 今日はアクアと一緒にめぐみんも来店した。

 どうせ、バニル対策としてアクアを引き連れてきたのだろう。

 

 彼女は黙々と、しかし意味深な買い物をしていた。

 マントはまだ良い。

 だがモンスター除けの煙玉や、蓋を開けると爆発するポーションは、一体何に使うのか。

 今まで、そんなものを買ったことなど一度もないのに。

 

 アクアの動向。紅魔族の目立ちたがりな習性。そして目前に迫る会食イベント。

 ……これらを総合すると、ひとつの疑惑が脳裏をよぎった。

 よぎったが、商品は素直に売った。用途は詮索しないでおく。

 

 アクアのように、本人から事情を聞き出したわけでもない。

 アイテム自体に罪はないし、ギリギリセーフのはずだ。

 めぐみんが会食でとんでもないことを企てているかもしれないが、それは私の憶測にすぎない。

 何かあっても私は無実だと、しっかり白を切ろう。

 

 さすがに、アクアほどぶっ飛んだことはしないだろうし。

 紅魔族の悪名高さを考えれば、多少のことは大目に見てもらえるはずだ。

 一応、後でこっそりダクネスには報告しておいたけども。

 

 そして、めぐみんの来店目的はもうひとつあった。

 ウィズと爆裂魔法の試し撃ち対決がしたいらしい。その予約を取り付けに来たのだ。

 もっとも、当のウィズがまだ引きこもって復活していないので、今日のところは流れたが。

 

 めぐみんの話によれば、紅魔の里で魔法がさらなる高みに到達したそうだ。

 かつてのデストロイヤー迎撃戦では、爆裂魔法の撃ち合いでウィズに後れを取った。

 しかし今なら、あの日の雪辱を果たせる。

 ウィズを下し、アクセル随一の爆裂魔法使いの地位を奪う。彼女はそんな野望を抱いている。

 

 私の見立てでは、もうすぐ店長も表に出せるようになると思う。

 アクアがやっていた『天の岩戸ごっこ』なる謎の遊戯が、少しは奏功したのだろうか。

 

 


 

 

【相談と機体番号】

 店が休みなので、ゆんゆんの相談に付き合うことにした。

 ちょうどこちらも彼女に聞いておきたいことがあったので、渡りに船だった。

 

 冒険者ギルドの酒場スペースで二人して話し込んでいると、遠くから視線を感じた。

 目を向けると、受付のルナがこちらを睨んでいる。

 無言ながら、その表情は雄弁だ。

 

 ──暇ならギルドの仕事を手伝って欲しい。

 そんな妬みをたっぷり込めた眼差しだった。

 

 このところのルナは、勤務を終えれば即帰宅して倒れるように眠り、起きればまた出勤という多忙極まりない生活を送っている。

 休暇は相変わらず得られていない様子だ。

 せっつかれたからではないが、ギルドに顔を出すタイミングとしては悪くない。本業のほうも峠を越したし、ウィズもそろそろ復帰しそうだ。

 

 ともあれ、本題に入ろう。

 ゆんゆんの相談は、『コミュ力を鍛えてほしい』というものだった。

 

 無茶を言うな。これが私の第一印象である。

 由々しい面持ちで切り出したゆんゆんがショックで崩れ落ちるだろうから、口にはしなかったけれど。

 

 私はおろか、バニルでも無理だ。

 それすなわち、バニルの宿敵である神々でさえ不可能ということである。

 ゆんゆんのその願いは、神の力を超えている。

 

 彼女は私の社交性を頼みの綱にしたらしい。

 確かに、私は人付き合いのための小手先テクニックをいくらか持っている。それを教えるくらいは吝かではない。

 けれど、それは意味がないだろう。このコミュ障に使いこなせるはずがない。

 

 彼女が本当に必要なのは、駆け引きのカードではない。

 がむしゃらにでも、能動的に話しかける度胸だ。

 

 ゆんゆんの人見知りは、成功体験の乏しさに由来する自己肯定感の低さが大きな要因だろう。

 あくまで一因で、生来の気質もあるのだろうが。

 結局のところ、彼女は少しずつ経験を積むしかない。ウィズや私を相手に交流を重ね、一歩一歩進む。それしか道はない。

 

 それが自然とコミュ力の改善へと……いや、どうだろう。やっぱり自信がない。

 ゆんゆんとの付き合いは長くないとはいえ、それにしたって成長の兆しが見えない。会話の機会自体は、以前より増えているはずなのに。

 

 それに、前提からして間違っている。

 私が身につけているのは人心掌握術だ。要するに、都合のいい操り人形として相手を操る技術である。

 親交を深めたいゆんゆんの目的とは正反対だろう。

 打算抜きで仲良くなる方法など、むしろ私が教わりたいくらいだ。実践したことがないのだから。

 

 本当に手段を選ばないのなら、マインドコントロール的な術(すべ)もなくはない。

 調教して、思考と感情を抑制できるよう条件付ければ、ゆんゆんのあがり症も克服できるかもしれない。

 だが、人道的には完全アウトだ。

 実行に移せば、某ライバルに爆裂天誅を食らいかねない。やめておこう。

 

 結局、ゆんゆんには購読している新聞の文通相手募集コーナーを紹介しておいた。

 対面すると頭が真っ白になり、挙動不審な輝く瞳で周囲を怯えさせるゆんゆんも、手紙なら少しはマシだろう。

 

 もっとも、彼女の間の悪さを鑑みると、とんでもない文通相手を引き当てそうな気がしてならない。

 最初は植物やモンスターを友達にしてはどうかと提案したが、それは既に試していたらしい。

 ゴブリン語を覚えて話しかけたが、紅魔族の凶暴さがゴブリン界隈に知れ渡っており、見事に逃げられたそうだ。

 

 さて、こちらからも聞きたいことがある。

 私は声を潜めて、ゆんゆんの耳元で囁いた。

 もしかして紅魔族には、身体に刺青を入れる風習があるのでは?

 

 束の間、ゆんゆんは問いの意味を計りかねてポカンとしていた。だが、言葉を咀嚼するうちに見当がついたらしい。

 みるみる顔を赤らめ、耳目を気にして周囲をキョロキョロ見回す。

 どうやら紅魔族的にはセンシティブな話題らしい。なんだか、私が想定していた反応と微妙にズレている。

 

 ゆんゆんの説明によると、紅魔族には生まれつき縦縞模様の刺青があるという。

 バーコードと呼ばれるそれは、場所が個々人で異なり、他人に見られるのは非常に恥ずかしいことらしい。

 

 ちなみに、ゆんゆんの刺青の位置は――

 勇気を出して打ち明けようと彼女がモジモジし始めたところで、私は強引に話を打ち切った。

 別にそこまでは聞いていない。

 これ以上は、年下の少女にパワハラをしている図になってしまう。同性でも危ない。

 

 私がこの質問をしたのは、先日アクアから渡された手記がきっかけだ。

 そこには紅魔族の起源が記されていた。曰く、彼らは魔道技術大国ノイズで生まれた改造人間である、と。

 

 とはいえ、その出生に悲壮感はない。

 改造手術は応募が殺到するほどの人気ぶりで、赤い瞳にしてほしいだの、追加オプションを希望する者が続出するくらいには、皆ノリノリだったらしい。

 

 その要望のひとつに、『機体番号をつけてほしい』というものがあった。

 具体的に何を指すかは書かれていないが、個体識別のためなら数字や模様を身体に刻むのが手っ取り早い。

 ゆんゆんの言うバーコードが、まさにそれではあるまいか。

 

 ……ただ、私が最初から刺青に目星をつけて、あたかも噂話を仕入れたかのように質問できたのには別の理由がある。

 実を言うと、心当たりがあったのだ。

 

 私の身体にもあるのだ、その縦縞模様の変な刺青が。

 

 冬の頃から、ずっと頭の片隅に引っかかっていた。

 私は多分、紅魔族の血を引くハーフか何かなのだと思う。




・紅魔族は、自分たち一族の誕生経緯を知っている?
原作九巻終章のゆんゆんや、十四巻二章のめぐみんの発言からすると、紅魔族はかなり正確に事情を把握しているか、少なくとも勘付いているっぽい。
アクアが本人たちの前でうっかり口を滑らせた等でないのなら、だが。

・アクセルのプリースト
拝金主義な上、腕前もへっぽこなプリーストが多い。原作一巻二章、十一巻三章より。

・新聞の文通相手募集コーナー
原作九巻二章より。

・紅魔族の機体番号
Web版、原作五巻二章、十四巻四章。ついでに、四巻三章の入浴シーン。
刺青を見られるのを恥ずかしがるのは、Web版での設定。書籍版も同様と思われるが、明言はされていない。
また、Web版ではカズマが紅魔族の刺青を機体番号と察するシーンがある。
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