とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【店長の偽物疑惑】
これはどうしたことか。
働けば働くほど貧乏になる恐るべき特殊能力を持つ我らが店長が、何と売れる製品を仕入れてくる大事件を引き起こした。
もしや、天変地異の前触れでは。
発覚の契機は、倉庫で在庫整理に勤しんでいた私が舞い戻ったことだった。
直前まで言い争いで騒々しかったものの。私の視界に飛び込む頃には、もう終息していた。
引き換えに、かつて店長だった黒焦げの死体が横たわっていたが。
一応書き足すと。ポンコツアンデッドがバイト仮面からのお仕置き光線を食らって、ダウンしているだけだ。
ウィズは復帰して早々、性懲りもなくヘンテコな代物を買い込んだ。そうして、またしてもバニルを憤怒させたのだ。
先日まで塞ぎ込んでたので久々ながら、そこまではいつものことだ。誠に遺憾ながら。
だが。返品手続きに取り組む悪魔より、委細を聞き出した辺りから雲行きが変化する。
購入物のレクチャーを受けていると。私は次第に強い引っかかりを感じた。
アイテムは餌罠だ。
モンスターに食べさせることで、対象の魔法抵抗力を劇的に引き下げられる。魔法使い専用の品となっている。
ただし。代償として、防御力が大幅に上昇する欠点がある。
要するに頑丈になりすぎて、攻撃は魔法も物理も、一切通じなくなる。敵手を倒すどころか、かえって手が付けられなくなるのだ。これなら、用いないほうがマシというもの。
というのが、バニルの解説だったが。
その理屈はおかしいのでは?
何か漠然と、釈然としないものがあった。
内容を反芻しているうちに、その正体には見当がつく。
しかし、導出したその仮説に私は懐疑心が拭えない。あのウィズに限って、そんなミラクルが有り得るのかと。
なまじ、彼女の災厄振りを長年思い知らされているからこそ、論理に穴があるのではとの疑いが先行する。
そんな時分にゆんゆんが来店する。
挨拶もそこそこに。私は猟奇的な現場の説明をまるっとすっ飛ばして、餌罠を紹介した。次いで意見を求める。
するとゆんゆんは、首を捻って束の間黙考すると、言った。
「……えっと。それってつまり、パラライズやスリープの魔法なんかが効きやすくなるってことですか? あ、あの、そんなことより床のウィズさんは一体――」
彼女は、私と同じ結論に達した。
やり取りに耳を傾けていたバニルも理解したらしい。即座に台所へダッシュした。
白目を剥いて寝転がるウィズの容態について問われた気がするが、この火急の最中で構っている暇はない。当惑するゆんゆんは、自動的に捨て置かれた。
ややあって、バニルが砂糖水を手に戻る。
それをウィズに染み込ませると、栄養を摂取した彼女は見事復活を果たした。
子犬並の体格に、尖った角で金属を引き裂くパワーを持つ、あのカブトムシを彷彿とさせるバイタリティーだった。
気絶明けで状況が掴めずに戸惑うウィズの心情をガン無視し、直ちに餌罠を与える。
固形物を食する貴重な機会だからだろう。疑問よりも食欲が勝ったウィズは、これを素直に口にする。
次に、スリープの魔法をウィズに撃ち込むよう鬼畜悪魔がゆんゆんに要求した。
ここまで、誰も何も教えてくれないので、ゆんゆんは混乱の極みだ。
そんな彼女へと、私も援護射撃する。無駄に神妙な面持ちでシリアスな雰囲気を漂わせ、そこはかとなく大事っぽいムードを演出することで、さっさとしろと暗に催促する。
そうして遂には、流されるままゆんゆんはスリープをウィズへ叩き込んだ。
やっておいて何だが。彼女、いつか悪人に騙されて、うっかり犯罪の片棒を担がされやしないだろうか。
放たれたスリープは、ちょっぴりお腹を満たしたほっこりリッチーに直撃する。当人は動転しつつも、咄嗟に魔力を高めてレジストを試みるベテランに相応しい貫禄を発揮するが、それも虚しい反抗だった。
ウィズは、すやすやリッチーへと華麗なるジョブチェンジを遂げた。
これはかなりの偉業だ。
ノーライフキングは、ずば抜けた状態異常耐性を有している。
それを抜きにしても、魔法防御の堅牢さは折り紙付きだ。
バニルの殺人光線で弱っていた点は、考慮の余地がある。だが、それでも、本来ならゆんゆんのスリープ如きは容易に弾かれる。
確実に、餌罠の効力による成果だった。
予想した通り、攻撃魔法に拘泥しないなら、このアイテムは相当に有用。それがゆんゆんの善意の手助けで実証された。
同時に、只ならぬ事案と言える。
それではあのウィズが、まともな商品を自力で見出してきたことになる。
例えば、レアモンスターを殺さず無力化して捕獲するクエストならば、大車輪の活躍を見せつけてくれるだろう。
この手のパターンではお決まりの、価格や消費期限の短所すら此度は見当たらない。
この店主、さては偽物では?
憎らしいほど平和な顔つきで爆睡するウィズをまじまじと見つめる。私とバニルの心中では、疑念が鎌首をもたげた。
しかしそれは、難癖も同然の仮定だ。
私は他者を内面で判別しており、外見には頓着しない。ドッペルゲンガーが化けようとひと目で看破できるだろう。
そんな私の眼は、ウィズを本物だと判定している。
それによくよく考えると、商才に秀でているなら偽物のほうがオトクな気もする。
そうしたテーマでバニルと討議していると、最終的には『奇跡的な偶然』を落としどころとして決着する。
ウィズは、失恋から立ち直りかけているとはいえ、普段の様相には立ち戻ってない。それがたまさか、上手く噛み合ったのだろう。
なお。
ようやっと事態を把握したゆんゆんが、雑過ぎるウィズの処遇に物申す余談があった。
棚に収納しているガラクタ群を私が淡々と詳説すると、気圧されて大人しくなったけど。
誰にでも、意外なエピソードはある。
私とてまだ子供扱いされていた時代に、怒れるウィズから追いかけられ、逃げ切るどころか撃退する大金星を挙げたことがある。
ウィズにとって、自身の実年齢はアキレス腱に等しい。
きっと、何年経っても二十歳を自称するだろうが、どうかツッコまずに温かく見守ってあげてほしい。
そのように私が商店街を中心に触れ回っていると、それが張本人の耳に入った。そして、なぜか激怒し出したのだ。
私との年の差が段々縮まる怪奇現象に、いずれツッコミが入るのは必然。それを見越して、先手を打った私が独断で周知して回っていたというのに。
何が気に食わないのか、鯖読みアンデッドはそれが甚くお気に召さないらしかった。
なお、当時の私が上記の戦果を挙げたのは、ウィズが私の捕縛に欠陥魔道具を持ち出して、勝手に自滅したからだ。
撃退との表現には、些か語弊があったかもしれない。
【セレスディナについて④】
ルーシーズゴースト。そうだった、ルーシーズゴーストだ。
レジーナの名前をどこで聞いたのか。ようやく思い出せた。
アクセルの近隣、山麓にある教会跡地。
その地に、生前は聖職者だったルーシーという名の女ゴーストが住み着いている。
久しぶりにバイトで冒険者ギルドへと出向いた折、塩漬けクエストの話題が出た。あれで記憶を呼び起こせた。
ひょっとすると、セレスディナの秘密を解き明かす糸口が見つかったかもしれない。
塩漬けクエストとは、ワケあり故に誰も請けたがらず、長らく放置されてしまっている依頼のことだ。
そのひとつに、ルーシーズゴースト討伐のクエストがある。
彼女は、とある女神の最後の信徒だった。だがあるとき、不幸にも亡くなってしまう。
神とは、信者が一人もいなくなると力を保てなくなり、消滅する。
女神を道連れにしてしまうと危ぶんだルーシーは、その身をアンデッドへやつした。そうして今もなお、ひたむきに祈りを捧げて女神をこの世に繋ぎ止める楔と化している。
プリーストという前歴から、ルーシーには神聖魔法への耐性がある。
彼女を祓うには、それを突破できる腕利きでなくてはならない。
しかし、プリーストの信仰心と実力は、おおよそ比例している。
信心に厚く徳の高い真面目な人物ほど、ルーシーの敬虔さと献身に胸を打たれて、祓うのを拒んでしまうのだ。
すなわち彼女を祓うには、プリーストとして優秀かつ、ガラの悪い破戒僧のような人柄でなくてはならない。この両立は困難だ。
あるいは。崇拝される側のアクアなら、人間とは視点も立場も異にする女神なので、嬉々として祓うやもしれないが。
もっとも、クエストは本題と関係ない。
重要なのは、ルーシーの崇める女神だ。その神名を、レジーナという。
名前が被っていることから、セレスディナの宗派と同一の可能性が高い。
司るものは、傀儡と復讐らしい。
立派なプリーストが揃って一目置くように、ルーシーの在り方は聖職者だ。野良のアンデッドとは程遠い。
換言すると、意思疎通が可能な相手だ。
危険が無いのなら、直にレジーナの話を伺ってみたい。現状、セレスディナを追究する数少ないヒントなのだし。
ただ、会いに行く道のりが少々遠い。
いや、距離そのものは大したことない。街から出立しても、楽勝で日帰りできるだろう。私でなければ。
これが私だと、片道ですら休憩を挟んで、恐らくスタミナ的にはギリギリとなる。
道が整備されてない点を加味すると、それすら無謀かもしれない。
それに野外となると、モンスターとの遭遇も念頭に置かねばなるまい。
また、念のためを思えば、どの道ルーシー対策の護衛は必須だ。
私自身もプリーストではあるが、戦力には到底数えられない。
検討すべきは護衛、そして移動手段だ。
まず、ウィズは論外。
テレポートでお手軽に教会まで直行できるのは魅力的ながら、これは魔王軍の調査だ。彼女を関わらせる気は端から無い。
それに、アンデッドには生命力を感知する力がある。元プリーストのルーシーにウィズが生者でないのが見抜かれると、話がどう転がるやら予測がつかない。
バニルも保留だろう。
力量は十分過ぎる。だが、あの性悪悪魔をプリーストと引き合わせると、それこそどう足掻いても話が拗れる。
次点は、冒険者に護衛クエストを発注することとなる。
叶うならテレポートを会得してくれていると大変有り難いが、そんなエリートは滅多にいない。冒険者ともなると、アクセルに限らずどこでも希少種だろう。
テレポートさえあれば、就職先は選り取り見取り。転送屋なり、貴族に売り込むなり、需要はいくらでもある。
安定、安全の食い扶持を確保できるのだ。あえて冒険者稼業に就いて命を張る物好きなど、そうそういない。
ウィズや、当たり前のようにテレポートを修めて故郷に居座る紅魔族は例外枠だ。
と、ここまで考察した段で、条件に合致する協力者候補に当てがあると思い至った。
ゆんゆんがいた。彼女がテレポートを覚えた暁には、直接転送してもらおう。
【猫っぽい得体の知れない珍生物】
サトウカズマを除く、パーティーの三人娘が店を来訪した。
用件は、ウィズに対して。テレポートで王都に転送してもらいたいとか。
王城まで、カズマを迎えに行くという。
事情はあらかた聞き及んでいる。
会食があった日。カズマがホストの王女に連れ去られ、テレポートでお持ち帰りされた。冒険話をねだられたそうな。
手隙のアクアが足繁く店に通うや、経緯をペラペラと話してくれた。一人だけお城で面白おかしく過ごすなんてズルい、と愚痴っていた。
あれから数日が経過するも、彼は一向に帰って来ない。音沙汰もない。
またぞろ、トラブルに巻き込まれたのでは。アクア以外の二人はそう心配している。
アクアだけは、城での生活が快適だから帰りたくないのだと断定している。
案外、アクアの見立てが正鵠を射ているやもしれない。
あの男は、根が怠け者だ。ゆとりが生まれると瞬く間に自堕落になる。
しかも、アクアと似た者同士で、調子に乗ると近視眼になる悪癖がある。もっとストレートに言うと、アホになる。
真正のいざこざなら、都市のいくつかで大規模な暴動を誘発させ、行政機能を麻痺させるサポートくらいはやってもいいが。
元々は、私自身が逮捕されるのをトリガーに起動する、ある種の時限爆弾だ。
脅迫――もとい、交渉材料のひとつだけど、どうせ切っても惜しくない程度の手札だし。
それはさておき。
非常に間が悪い。ウィズならついさっき、転送先に登録するダンジョンへと素材収集に出かけてしまった。当分帰宅するまい。
そう答えると、彼女らはすんなり踵を返す。転送屋へ足を延ばしたのだろう。
ここで、補足を付け加えておきたい。
先述のダンジョン探索には、ウィズの他にゆんゆんも帯同している。
テレポートを頼りたい旨を私が打ち明けると、ゆんゆんはハチャメチャにやる気を出した。レベルを上げてすぐ修得すると息巻いた。
私としては将来への約束を取り付けただけで、特段急いてないのだけど。いや、無論、早いに越したことはないが。
まあ、意気込みに水を差す所以も無い。
そうまで熱意に溢れているならと、ウィズの用向きに随行させた。
彼女ならば、リッチーの種族スキルを秘匿する必要は無い。ウィズの足手まといにはならないだろう。
既にゆんゆんは結構なスキルポイントを貯め込んでいたし、放っておいても夏にはテレポートを習得しそうなペースだったけど。
なお。ウィズを送り出すのは商売上の厄介払いが目当てで、初めから既定路線だった。
また、こちらは蛇足だが。
今日のめぐみんは、ちょむすけという感想に窮する名の飼い猫を連れていた。そして、この毛玉に私はやたらと怯えられた。
何となく違和感があって、探ろうと食い入るように観察しただけなのに。
この黒猫のことは、話は前々から言伝に聞いている。温泉旅行では、ウィズにとても懐いていたらしい。
とはいえ。ちょむすけの怖がり様は些事でしかない。
私は街中の野良猫からえらく警戒されており、避けられるのは茶飯事なので。
ここまで露骨なのは珍しいにしても。
ただ、それを目にしたバニルは、ここぞとばかりに私をコケにしてきた。
「ふむ、獣は人間よりも遥かに勘が鋭い。ゴロツキ連中とでは比較するのも烏滸がましい、物騒極まるこやつの本性を本能で嗅ぎ分けておるのか。畜生の分際で、中々やるではないか。
どれ、ここは一つ、主婦達のアイドル的存在である吾輩が魅力というものの手本を見せて――」
なお、差し伸ばした手をちょむすけに噛まれ、その迸る魅力のほどを見物したアクアより、盛大に馬鹿にされる間際の発言だ。
それにしてもあの生き物、果たして猫なのだろうか? 私は甚だ訝しんでいる。
何というか、猫にしては精神構造が奇妙なような……。
【あの里は大丈夫なのだろうか】
帰還すると共に、ゆんゆんがテレポートを使えるようになった。早い。
そして早速、転送先を登録するために出発しようとした。いや、早い早い。
気が逸り過ぎだ。まだ、肝心の目的地を彼女に明かしていないのに。単身でどこへ向かうというのか。
先走るゆんゆんを引き止めると。私はここで初めて、アクセル近くに建つ廃教会と、そこに潜むゴーストについて説いた。
聞き終えるや、ゆんゆんはきょとんとした。
よもや、そんな近場とは思いも寄らなかった。顔にそう書いていた。
このぼっちなら、お願いすれば地獄でも天界でも、躊躇せず目指してしまうのだろう。そんな底知れなさがある。
これが他人ならばテレポートの出る幕は無い。目標地点まで、ピクニック気分で連れ立って歩けばいい。
だが、街のちびっ子にも劣る体力しかない私では、この思考は通用しない。
笑い話ではなく、一泊二日での遠征計画の策定は不可欠だ。
徒歩は回避して、身柄を荷車で運搬してもらわねばならない。私は繊細なので、乗り物の揺れだけでも疲弊する。
なお。ここで、まったく予期していない事実が露呈する。
私が調べている傀儡と復讐の女神について、ゆんゆんに思い当たる節があったのだ。
紅魔の里には、様々な名所がある。
その中に『邪神の墓』、並びに『女神が封印された地』がある。
ある日、墓に眠る邪神の封印が解けた。
その際にちょっとした事故があって、封じられていた名を忘れ去られた女神まで、セットで解放されてしまう。
以後の行方は、今日まで定かではない。
この二柱のうち、名称不明の女神のほうが、ゆんゆんの談によるなら傀儡と復讐を司っているらしい。
つまるところ、レジーナのことだ。
一体全体、何をやってくれているのだろう、紅魔族。
特筆事項として、言葉を選んで誰かを庇う姿勢がゆんゆんから見て取れた。
ぼっちの知り合いなど高が知れている。十中八九、庇い立てしているのはめぐみんだろう。指摘はしなかったが。
邪神の封印が解けた原因は、ゆんゆんにも心当たりがない様子。
だが。少なくとも、レジーナの側にはめぐみんが深く関与しているらしい。
大方、爆裂魔法で封印を壊してしまったとか。そんなのだろうが。
また、封印が解けた時期は、私とウィズが昔に里を訪った少し後。
この日付から、別の事柄にも考えが及ぶ。
セレスディナが異能を行使し始めたのは、女神が里から解き放たれて以降だ。
封印が解けたため、加護が宗徒へ行き渡るようになった。そう見做すと辻褄が合う。
図らずも、ゆんゆんの証言の正しさが補強されてしまった。
ただ、もう一方の邪神が腑に落ちない。
封を解かれた墓の邪神は、名をウォルバクと言う。怠惰と暴虐を司っているそうだ。
初耳だが、プロフィールが魔王軍所属の邪神と完全に一致している。
しかし。彼女は、既述の不祥事より遡って数年前には、とうに活動している。
人間の街で堂々と温泉通いができるくらいにはマイナーな幹部なので、ゆんゆんが知らないのも無理はない。
時系列に矛盾がある。
ちなみに。
里では、蘇った邪神が女神を目覚めさせて戦いを挑み、女神が勝利してどこへともなく立ち去った。との設定が浸透しているとか。
至急、お上に報告すべきスケールの不始末なのに。お気楽すぎる、この一族。
しかも、その血を私も引いているかもしれないという。
あの失踪から、一年強が過ぎた。そろそろ、新たな信者も出来る頃合いだろう。ルーシーは成仏しても平気なのでは。
ゆんゆんがそんなことを言い出した。
そこは私も了解している。現に、セレスディナが実在する。
主張を認めると、彼女に加護が集中して強化されかねないので黙殺するが。
ともあれ。ゆんゆんから情報を得られたのは僥倖だった。
場所が判明するや、逸早く登録して私を送り届けようとゆんゆんが動き出す。私は再度それを制止した。
落ち着きがなさ過ぎるだろう。
こちらにも都合がある。そうまで急がれても、私がついていけない。
【店長の新しい風聞】
ウィズより、苦情を申し立てられた。
失恋のことは残念だったけど、これでも食べて元気を出して欲しい。
彼女が市中をブラブラしていると、ご近所の人からそう話しかけられて、コロッケを恵まれたそうな。
その話は、外では誰にも語っていない。ウィズは大層ビックリした。
出処を詳しく問い詰めると、どうやら私が下手人と明らかになる。
失恋の話を、こともあろうに周囲へ吹聴するだなんて。どうしてそんな、心の傷を抉る酷い真似をするのか。
彼女は大喜びで受け取ったコロッケをしっかりと平らげてから、じろりと恨みがましい目つきで私を睨み、文句を言い立ててきた。
腹ぺこの悲しい性か。掻き込むように貪ったため、頬には一片の食べ滓が付着している。威厳の欠片も無い。
私は抗弁した。
しばらく引き籠もって、以後もダンジョンで素材集めに邁進していたウィズは知るまい。
店長が顔を出さなかった期間、周りの人々は大いに案じていたのだ。
新作の販売という繁忙期に、突如姿を見せなくなった。何かあったと察するのは容易い。問い合わせの声も多数あった。
そこで、ここだけの話と前置きして、ウィズが失恋したという一点だけを開示した。詳細は述べていない。
あそこで口を噤むと、不安の火種はますます延焼しただろう。おかげで小火で済んだ、という側面もある。
しかしながら。ここだけの話が、本当にその場限りの内緒話で収まるとは、私は露ほども捉えていなかった。
中には、先方が口の軽いお喋りな人だと、私が承知していたケースすらある。
何なら、噂の拡散のためにわざと広めたようなものだが――幸い気づいてないようだし、そこまで白状する謂れもあるまい。
この弁解に、ウィズが若干たじろぐ。自分に非があると自覚してくれたらしい。
ただし、渋面はなおも解れない。
私なら、正直に告げずとも円満に解決できたのでは。
彼女はそんな疑心を持っている。チクチクと言の葉にして紡いでくる。
実際、やろうと思えばできた。
されど、ウィズの尊厳を守ることに私は取り立てて関心が無かった。面倒臭いし、これが一番手っ取り早かった――とは、言わぬが花か。
ただ、それよりも。彼女の言から読み取れるものがある。
本件のことを、ウィズは私の単独犯行と認識している。
とんでもない。率先して流布してるのは、むしろ悪逆非道の仮面悪魔だというのに。
私はバニルを渦中に引きずり込んでヘイトを分散、責任を擦り付けることにした。
先に言い触らし出したのはバニルだ。私は、その方針に追随したに過ぎない。
さらに言うと。あの仮面は、現在進行形で積極的に言い広めている。
本心は伏せて、真実の中から私にとって不利にならない部分だけを抽出、加工して伝える。すると、たちまちウィズは真犯人を捜しに駆けて行った。
なお。この後、より多くの罪をもう片方に押し付けるために、暴露合戦という名の醜い足の引っ張り合いが店内で発生した。
私とバニルの間では、毎度お馴染みとなっているコミュニケーションの一環だ。
【聖水風呂ってどういうことですかね】
ウィズのテレポートを利用して、この日はプチ旅行と洒落込んだ。
ゆんゆんが、転送先の登録のために一旦里へと帰郷する。
最寄りのアルカンレティアへと発送がてら、せっかくだからと、ウィズと私も当所で温泉を巡ることと相成った。
温泉を意識したウィズが、不意に強い執心を顕にしたのだ。動機を一言で言い表すのなら、傷心旅行が適当だろう。
前提として。アルカンレティアの温泉は、アクアが源泉ごと浄化してしまった。
今となっては、お湯しか出ない。
以来、再び温泉が湧くようになったとの吉報は耳にしていない。
ただ、これまでと同様、元温泉として観光客に開放されてはいるらしい。
ウィズは、大のお風呂好きだ。
温泉には尚のこと目がないが、ただの銭湯でも満喫できるタチだ。
到着直後の彼女の反応的に、温泉が壊滅したこと自体を忘却してたっぽいけども。
前回の旅行終盤は、浄化の巻き添えで終始寝込んでいたという。ウィズからすると、実感が薄かったのだろう。
また。私としては、ウィズが何ぞ仕出かしていないかを確かめる狙いもあった。
ハンスの討滅にウィズが寄与しているのが魔王軍に漏れやしないか、貢献が住民に広まっているかの現地確認だ。
まあそれはオマケで、メインは普通にレジャーだけども。
かの悪名高きアクシズ教団が支配するアルカンレティアは、王国屈指の無法地帯だ。
セクハラを主な罪状として、最高司祭がほぼ毎日しょっ引かれている。この一端だけでも、イカれっぷりは推し量れる。
自衛できない私が、独りで彷徨いていい土地ではない。
早晩バニルが受け持つというから、私としてはそちらに任せたい。
ハンスとの戦闘は、部外者の立ち入り禁止区域で行われたとか。
目撃者は、言動からしていい加減で、信憑性ゼロのアクシズ教徒しかいない。
私が魔王軍の諜報員なら、こんな奇人変人の巣窟に潜入した挙げ句、真相を突き止めろとの任務は悪夢だろう。
世評の『魔王軍ですら敬遠するアクシズ教徒』とは伊達でない。
話が脇道に逸れた。
一緒に温泉巡りをしないかとゆんゆんに呼びかけたところ、感情の失せた真顔で承諾された。
力強い返事なのに、声音に感情が乗っていなかった。
彼女にしてみれば、お誘いは天にも昇るほど嬉しい。快諾に否やはない。
だが、彼女がこの街を訪ねるのは、これで二度目となる。在りし日の、アクシズ教徒絡みでの苦い思い出の数々がフラッシュバックする。
そんな複雑な心理が綯い交ぜとなった末が、以上のリアクションを引き出したようだ。
けれど、この温泉巡りは途中で切り上げるとの結末を辿った。
湯気が痛くて肌がヒリヒリする。ウィズがそう溢したのだ。
またもや毒でも混入したのかと思いきや、不調を訴えるのはリッチーだけ。人間は、誰も何ともない。
原因を究明するにつれ、どうも温泉が聖水に変じているのではとの疑義が生じた。
傷が癒える。病気にかかりにくくなる。悪魔やアンデッドに投げつけると浄化できる。
巷では、そんな効能が温泉に現れるようになったとの風評が立っていた。聖水の効果と、思いっきり重なっている。
あの女神は温泉を真水に変えたのではなく、そっくり聖水にしてしまったらしい。
当のアルカンレティアの大衆はまだ勘付いてないが、時間の問題だ。
聖水は、温泉よりよっぽど価値がある。
温泉を滅ぼしたと伝聞したときは、財源を断たれたアクシズ教団もこれで斜陽だと、近年稀に見るアクアの善行を称賛したのに。
これでは、逆にパワーアップしてしまう。
功労を称えて高級酒をアクアにプレゼントしたけど、渡し損だったか。
ウィズは、湯気ですら軽度のダメージを負っている。私のへなちょこターン・アンデッドよりも多分強力だ。
もはや、温泉巡りどころではない。
よって予定を打ち切り、即行でアクセルへと引き返した。ゆんゆんもまた、紅魔の里へと旅立った。
ひとまず、土産物屋で温泉の素を代用に買っている。ウィズにはこれで我慢してもらおう。
ところで、アクシズ教徒共の勧誘が進化していた。
あの街には、ずっと前にも仕事で赴いた。だがそのときは、小芝居を打って身元を隠しつつターゲットににじり寄る、なんて小細工は弄していなかった。
妙だ。アクシズ教徒の着想ではない。手が込みすぎている。彼らにそんな上等な知性は無い。
アクシズ教徒とは、欲望に真っ直ぐな気質なのだ。人型の獣と評しても過言ではない。
これは、教団外部に黒幕がいる。
地元民は無いから、通りすがりの旅人だろう。路銀に困って、金を積まれて勧誘指導を引き受けた線が有力か。
頭が回るのは間違いない。そして、こんな傍迷惑な入れ知恵をするのだから、頭もおかしい。
やらかしたのは、どこの愚か者だ。
・餌罠
Web版でウィズが仕入れたアイテム。書籍版ではリストラされた。
これによってシルビアは状態異常に無力となり、一切抵抗できない状態に貶められた上で、オークの集落へとテレポートさせられる壮絶な末路を迎えた。