とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-8 レジーナ教に迫る

【店長の偽物疑惑】

 これはどうしたことか。

 働けば働くほど貧乏になる恐るべき特殊能力を持つ我らが店長が、何と──売れる製品を仕入れてきた。

 大事件である。もしや天変地異の前触れなのでは?

 

 事態が発覚したのは、倉庫で在庫整理を終えた私が戻ってきたときだ。

 直前まで騒々しい言い争いが聞こえていたのに、視界に入った頃には既に沈静化していた。

 ただし、かつて店長だった黒焦げの死体が床に転がっていたが。

 

 一応説明しておくと、ポンコツアンデッドがバイト仮面のお仕置き光線を食らって昏倒しているだけである。

 ウィズは復帰早々、またヘンテコな代物を買い込み、バニルを激怒させたらしい。

 久し振りのこととはいえ、ここまではいつも通りだ。誠に遺憾ながら。

 

 だが、返品手続きを進めるバニルから詳細を聞き出してみると、どうも雲行きが怪しい。

 アイテムの説明を聞いているうちに、私は強い違和感を覚え始めた。

 

 仕入れたのは餌罠というアイテム。

 モンスターに食べさせると、魔法抵抗力を劇的に下げられる。魔法使い専用の品だ。

 ただし副作用として、防御力が大幅に上がる。

 結果、物理も魔法も攻撃が一切通らなくなる。

 敵を倒すどころか、完全に手が付けられなくなる。これなら使わないほうがマシ、というのがバニルの見解だった。

 

 ……いや、待った。

 その理屈、どこかおかしくないか?

 

 なんとなく釈然としないまま内容を反芻しているうちに、私はある仮説に行き着いた。

 が、導き出した結論に、自分自身が懐疑的だった。

 あのウィズに限って、そんなミラクルがあり得るのか?

 なまじ彼女の災厄振りを長年見てきたせいで、論理に穴があるのではという疑念のほうが先に立つ。

 

 そんな折、タイミング良くゆんゆんが来店した。

 私は挨拶もそこそこに、猟奇的な現場の説明をすっ飛ばして餌罠を紹介し、意見を求める。

 

 ゆんゆんは首を傾げ、暫し考え込んだ末にこう言った。

 

「……えっと、それってつまり、パラライズとかスリープとか、状態異常魔法が効きやすくなるってことですか? あ、あの、それより床のウィズさんは一体──」

 

 彼女も、私と同じ結論に達した。

 その瞬間、やり取りを聞いていたバニルが台所へダッシュした。

 白目を剥いて寝転がるウィズの安否を問われた気がするが、それどころではない。

 当惑するゆんゆんは自動的に捨て置かれた。

 

 ややあって、バニルが砂糖水を手に戻ってくる。

 それをウィズの肌に染み込ませるや、栄養を取り込んで見事に復活を遂げた。

 子犬サイズの体格に、尖った角で金属すら引き裂く、あのカブトムシを彷彿とさせるバイタリティーである。

 

 気絶明けで状況が掴めずに戸惑うウィズをガン無視し、すぐさま餌罠を食べさせる。

 固形物を食べられる貴重な機会だからだろう。疑問より食欲が勝ったウィズは、素直にそれを口にした。

 

 次に、鬼畜悪魔がスリープの魔法をウィズに撃ち込むよう、ゆんゆんに指示した。

 ここまで誰も説明してくれないので、ゆんゆんは困惑の極みだ。

 私も援護射撃を送る。無駄に神妙な顔で大事っぽいムードを演出し、さっさと撃てと暗に圧をかける。

 

 そして、遂にゆんゆんは流されるままスリープを放った。

 ……やっておいて何だが、彼女、いつか悪人に騙されて犯罪の片棒を担がされやしないだろうか。

 

 放たれたスリープは、ちょっぴりお腹を満たしたほっこりリッチーに直撃。

 ウィズは慌てて魔力を高め、レジストを試みた。ベテランらしい対応力ではあったが、それも虚しい足掻きだった。

 

 こうして彼女は──すやすやリッチーへとジョブチェンジを果たした。

 

 これはかなりの偉業だ。

 ノーライフキングは状態異常耐性が極めて高く、魔法防御の堅牢さも折り紙付き。

 バニルの殺人光線で弱っていたとはいえ、ゆんゆんのスリープごときで落ちるなど、本来あり得ない。確実に餌罠の効果である。

 攻撃魔法にこだわらないなら、このアイテムは相当に有用だ。ゆんゆんの善(・)意(・)の手助けによって、それが実証された。

 

 そして同時に、これはただならぬ事態でもある。

 なにせあのウィズが、自力でまともな商品を見つけ出してきた、ということになるのだから。

 例えば、レアモンスターを殺さず無力化して捕獲するクエストであれば、この餌罠は大車輪の活躍を見せるだろう。

 しかも、お決まりの価格や消費期限といった短所も、今回は見当たらない。

 

 ……さてはこの店主、偽物では?

 憎らしいほど平和な寝顔で爆睡するウィズをまじまじと見つめながら、私とバニルの胸に疑心が芽生える。

 

 だが、それはほとんど難癖に近い仮定だ。

 私は人を内面で判別しており、外見には頓着しない。ドッペルゲンガーが化けていようと、一目で見抜ける自信がある。

 その私の眼が本物のウィズだと判定している以上、偽物説は薄い。

 それによく考えれば、商才のある偽物のほうが、むしろお得な気がする。

 

 そんなテーマでバニルと討論した末、最終的には『奇跡的な偶然』を落としどころに落ち着いた。

 ウィズは失恋から立ち直りかけているとはいえ、まだ本調子ではない。それが偶々、上手く噛み合ったのだろう。

 

 なお。

 ようやく事態を把握したゆんゆんが、雑すぎるウィズの扱いに物申してきた。

 しかし私が棚に並ぶガラクタ群を淡々と説明していくと、気圧されたらしく静かになった。

 

 誰にでも、意外なエピソードはある。

 私とて、まだ子供扱いされていた時代に、怒れるウィズに追いかけられ、逃げ切るどころか撃退する大金星を挙げたことがある。

 

 ウィズにとって、自分の実年齢はアキレス腱だ。きっと何年経っても二十歳を自称するだろうが、そこはどうかツッコまず温かく見守ってあげてほしい。

 私はそのように商店街を中心に触れ回っていたのだが──それがウィズ本人の耳に入った途端、なぜか激怒された。

 私との年の差が段々縮まる怪奇現象に、いずれツッコミが入るのは必至。

 それを見越して、先手を打って独断で周知して回っていたというのに。

 一体何が気に食わないのか、鯖読みアンデッドはその親切が甚くお気に召さなかったらしい。

 

 ちなみに、当時の私が上記の戦果を挙げられたのは、ウィズが私の捕縛に欠陥魔道具を持ち出し、勝手に自滅したからだ。

 撃退という表現には、些か語弊があったかもしれない。

 

 


 

 

【セレスディナについて④】

 ルーシーズゴースト。

 そうだ、ルーシーズゴーストだ。

 レジーナの名前をどこで聞いたのか、ようやく思い出した。

 

 アクセル近郊の山麓にある教会跡地。

 そこに、生前は聖職者だったというルーシーという名の女ゴーストが棲み着いている。

 久々にバイトで冒険者ギルドに顔を出したとき、塩漬けクエストの話題が出て、記憶の扉が開いたのだ。

 もしかすると、セレスディナの秘密を解き明かす糸口になるかもしれない。

 

 塩漬けクエストとは、事情があって誰も受けたがらず、長らく放置されている依頼のことだ。

 そのひとつに、ルーシーズゴースト討伐がある。

 

 彼女は、かつてある女神の最後の信徒だった。

 しかし、不幸にも命を落としてしまう。

 神という存在は、信者が一人もいなくなれば力を保てず、消滅してしまう。

 ルーシーはそれを恐れ、自らアンデッドへと身をやつしてまで祈りを捧げ続け、女神をこの世に繋ぎ止める楔となっている。

 

 プリーストとしての素養故か、彼女は神聖魔法への耐性が高い。

 祓うにはその耐性を突破できるだけの実力が必要だが、プリーストの信仰心と実力は概して比例する。

 そのため、信心に厚く腕の立つ者ほど、ルーシーの献身に心打たれて祓うことを拒む、という矛盾が生じる。

 

 つまり、彼女を祓えるのは『プリーストとして優秀、なおかつガラが悪い破戒僧』という珍種だけ。

 両立の難しさは説明するまでもない。

 あるいは、崇拝される側のアクアなら嬉々として祓ってしまうのかもしれないが。

 

 もっとも、今回クエストそのものは本題ではない。

 重要なのは、ルーシーが崇める女神だ。

 

 その神名はレジーナ。

 セレスディナの宗派と同一である可能性が高い。

 司るものは、傀儡と復讐だ。

 

 立派な聖職者からも一目置かれるルーシーは、野良アンデッドとは違い、十分に会話が通じる存在だ。

 危険がなさそうなら、一度直接話を聞いてみたい。現状、セレスディナを追う数少ない手がかりなのだから。

 

 ……ただ、教会跡地までの道のりが少々ネックだ。

 いや、距離そのものは大したことはない。普通の人間なら日帰り可能だろう。

 だが、私が行くとなると話は別だ。片道ですら休憩を挟んでもスタミナが尽きかねない。

 未整備の山道であることを踏まえると、それすら無謀かもしれない。

 

 それに野外となると、モンスターの襲撃リスクもある。

 そのことを差し引いても、念のためルーシー対策の護衛は必須だ。

 一応、私もプリーストではあるが、戦力としては到底数えられない。

 護衛と移動手段。この二つをどうにかしなければならない。

 

 まず、ウィズは論外。

 テレポートでお手軽に直行できるのは魅力だが、魔王軍絡みの調査に彼女を巻き込むつもりはない。

 それにアンデッドには生命力を感知する力がある。

 元プリーストのルーシーに、ウィズが生者でないと見抜かれたらややこしい事態になりかねない。

 

 バニルも保留。

 戦力としては申し分ないが、あの性悪悪魔をプリーストに引き合わせたら、どう足掻いても話が拗れる未来しか見えない。

 

 となると次の手は、冒険者への護衛クエスト発注だろう。

 できればテレポートが使える人材が理想だが、そんなエリートは滅多にいない。駆け出しの街アクセルなら尚更だ。

 テレポートが使えるなら、転送屋でも貴族付きでも引く手数多。

 安定した食い扶持を確保できるのだ。わざわざ命懸けの冒険者稼業を選ぶ物好きなど、そうそういない。

 ウィズや、テレポートを当たり前のように修めて故郷に居座る紅魔族は完全な例外枠である。

 

 ……と、ここまで考えた段階で、条件に合致する協力者候補がいることに気がついた。

 そういえば、ゆんゆんがいた。

 彼女がテレポートを覚えた暁には、直接転送してもらおう。

 

 


 

 

【猫っぽい得体の知れない珍生物】

 サトウカズマを除いたパーティーの三人娘が、店にやってきた。

 用件はウィズに対して。テレポートで王都へ送ってほしいという。

 どうやら、王城にいるカズマを迎えに行くらしい。

 

 事情はおおよそ耳に入っていた。

 例の会食の日、カズマが王女に連れ去られ、テレポートでお持ち帰りされたのだ。冒険譚をせがまれたらしい。

 アクアが暇を持て余して足繁く店に通ってくるや、ペラペラと経緯を語ってくれた。

 『一人だけお城で面白おかしく過ごすなんてズルい!』と愚痴りながら。

 

 それから数日。カズマは一向に帰ってこない。音沙汰もない。

 アクア以外の二人は、またぞろトラブルに巻き込まれたのではと案じている。

 アクアだけは、『城の生活が快適だから帰りたくないだけ』と断言していたが。

 

 案外、アクアの見立てが的を射ているのかもしれない。

 あの男は根が怠け者だ。ゆとりが生まれると、あっという間に自堕落になる。

 しかもアクアと似た者同士で、調子に乗ると近視眼になる悪癖がある。もっとストレートに言うと、アホになる。

 

 本当に深刻な事態なら、私が用意してある『複数の都市で大暴動を誘発し行政を麻痺させるプラン』を作動させるサポートくらいはやってもいいが。

 あれは元々、私が逮捕されるのをトリガーに起動する時限爆弾のようなものだ。

 脅迫……もとい交渉材料のひとつだが、切っても惜しくない程度の手札ではある。

 

 それはさておき。

 非常に間が悪かった。ウィズならさっき、転送先に登録してあるダンジョンへ素材集めに出かけてしまった。当分帰ってこないだろう。

 そう告げると、彼女らはすんなり踵を返した。恐らく転送屋に向かったのだろう。

 

 ここで少し補足をしておこう。

 先述のダンジョン探索には、ウィズの他にゆんゆんも同行している。

 テレポートを頼みたいと打ち明けたところ、ゆんゆんが猛烈にやる気を出したのだ。レベルを上げてすぐ修得すると息巻いていた。

 私としては、将来の約束を取り付けただけで特段急いではいなかったが──いや、もちろん早いに越したことはないのだけれど。

 

 ともあれ、熱意に水を差す理由もない。ならばとウィズの用向きに随行させた。

 彼女ならリッチーの種族スキルを隠す必要もないし、ウィズの足を引っ張ることもないだろう。

 実のところ、ゆんゆんは既にかなりのスキルポイントを貯め込んでおり、このままでも夏頃にはテレポートを習得できそうなペースだった。

 ちなみに、ウィズを送り出したのは商売上の厄介払いが目的で、これは最初からの既定路線である。

 

 さて、ここからは蛇足だが。

 今日のめぐみんは、ちょむすけという、感想に困る名前の飼い猫を連れてきていた。

 そして私は、この毛玉にやたら怯えられた。

 

 何となく違和感があったので、正体を探るつもりで食い入るように観察しただけなのに。

 この黒猫のことは以前から噂に聞いていた。温泉旅行ではウィズにべったり懐いていたらしい。

 

 とはいえ、ちょむすけの怖がりっぷりは些事でしかない。

 私は街の野良猫からもえらく警戒されており、避けられるのは日常茶飯事だ。

 ここまで露骨なのは珍しいが。

 

 ただ、その様子を見たバニルが、ここぞとばかりに私をコケにしてきた。

 

「ふむ、獣は人間よりも遥かに勘が鋭い。そこらのゴロツキ風情とでは比べるのも烏滸がましい、物騒極まるこやつの本性を本能で嗅ぎ分けておるのだろう。

 畜生の分際で、中々やるではないか。

 どれ、ここはひとつ、主婦達のアイドル的存在である吾輩が魅力というものの手本を見せて──」

 

 ──なお、差し伸べた手をちょむすけに噛まれ、その『迸る魅力』を見物したアクアに盛大に馬鹿にされる直前の発言である。

 

 それにしても、あの生き物は本当に猫なのだろうか?

 私は甚だ訝しんでいる。

 何というか、猫にしては精神構造が奇妙な気が……。

 

 


 

 

【あの里は大丈夫なのだろうか】

 帰還すると同時に、ゆんゆんがテレポートを習得していた。早い。

 そして早速、転送先を登録するために出発しようとした。……いや、早い早い。

 

 気が逸り過ぎだ。まだ目的地すら告げていないというのに、単身でどこへ向かうつもりなのか。

 先走るゆんゆんを引き止め、私はようやく事情を説明した。

 アクセル近くの廃教会──そこに潜むゴースト、ルーシーについて。

 

 話を聞き終えるや、ゆんゆんはきょとんとした顔をした。

 まさかそんな近場だとは思わなかった、とでも言いたげな表情だった。

 このぼっちなら、お願いすれば地獄でも天界でも迷わず向かいそうだ。ある意味、底が知れない。

 

 本来なら、これくらいの距離でテレポートの出番はない。ピクニック気分で歩けば済む話だ。

 だが、街のちびっ子にも劣る体力しかない私では、その発想は命取りである。

 一泊二日の日程を組み、徒歩を避け、荷車で運んでもらわねばならない。私は繊細なので、乗り物の揺れだけでも疲弊するのだ。

 

 そしてここで、予期せぬ事実が明らかになる。

 私が追っている『傀儡と復讐の女神』について、ゆんゆんに思い当たる節があったのだ。

 

 紅魔の里にはいくつかの名所がある。

 その中に『邪神の墓』と『女神が封印された地』がある。

 ある日、墓の邪神の封印が解けた。

 その際のどさくさで、封印されていた『名を忘れ去られた女神』までついでに解放されてしまったのだという。

 以後、その女神の行方は杳(よう)として知れない。

 

 ゆんゆんの話によれば、この名を忘れ去られた女神こそが、傀儡と復讐を司っていたらしい。

 つまるところ、レジーナだ。

 一体全体、紅魔族は何をやってくれているのだろう。

 

 特筆すべきは、ゆんゆんが言葉を選び、誰かを庇っている気配があったことだ。

 ぼっちの交友関係などたかが知れている。十中八九、めぐみんだろう。

 

 邪神の封印が解けた原因については、本当に心当たりがないらしい。

 だがレジーナに関しては、めぐみんが深く関わっていたようだ。

 大方、爆裂魔法で封印を吹き飛ばしたとか、そんなところだろうけど。

 

 なお、この封印が解けた時期は、私とウィズが里を訪れた少し後らしい。

 この日付から、私はあることに気づいた。

 そういえばセレスディナが異能を行使し始めたのは、女神が里の封印から解き放たれて以降だ。

 封印が解け、加護が宗徒へ届くようになった。そう仮定すると、辻褄が合ってしまう。

 図らずも、ゆんゆんの証言が補強される形になった。

 

 だが、もう一方の邪神が腑に落ちない。

 墓に封じられていた邪神はウォルバクといい、怠惰と暴虐を司るらしい。

 初耳だが、そのプロフィールは魔王軍の幹部である邪神と完全に一致している。

 ……しかし彼女は、この不祥事の数年前には既に活動していた。

 人間の街で温泉通いできるくらいにはマイナー幹部だから、ゆんゆんが知らないのは仕方ないが、時系列がどうにも合わない。

 

 ちなみに、紅魔の里では『蘇った邪神が女神に戦いを挑み、女神が勝ってどこかへ去った』という設(・)定(・)が定着しているらしい。

 至急お上に報告すべき大事件なのに、このお気楽さである。

 しかも、その血を私も引いているかもしれないと思うと、頭が痛い。

 

 ――あれから一年以上が経っている。そろそろ新たな信者も出来る頃合いだろう。ルーシーは成仏しても平気なのでは?

 ゆんゆんが、そんなことを言い出した。

 もちろん私もそれは理解している。現にセレスディナが実在するのだから。

 だが頷けば、彼女に加護が集中して強化されかねない。私は黙殺することにした。

 

 ともあれ、ゆんゆんから重要な情報を得られたのは僥倖だった。

 

 で、場所が分かるや否や、ゆんゆんは逸早く転送先の登録を済ませて私を送り届けようと動き出す。

 私は再度、それを制止した。

 

 いや、落ち着きがなさ過ぎるだろう。

 こちらにも都合がある。そこまで急がれても、私がついていけない。

 

 


 

 

【店長の新しい風聞】

 ウィズから苦情を申し立てられた。

 

 失恋のことは残念だったけど、これでも食べて元気を出してほしい──。

 彼女が市中をぶらついていると、ご近所さんにそう声をかけられ、コロッケを恵まれたらしい。

 その話を外で誰かにした覚えはない。ウィズは大層ビックリした。

 

 出処を問い詰めると、どうやら私が下手人と判明した。

 失恋の話を、こともあろうに周囲へ吹聴するなんて。どうしてそんな、心の傷を抉る真似をするのか。

 彼女は大喜びでコロッケを平らげたあと、頬に食べ滓をつけたままじろりと私を睨み、文句を言い立ててきた。

 ……頬に残るパン粉が、威厳を台無しにしている。

 

 私は抗弁した。

 しばらく引きこもり、その後もダンジョンで素材集めに精を出していたウィズは知らないだろう。

 店長が突如姿を消した期間、周囲の人々は大いに案じていたのだ。

 新作販売の繁忙期に顔を見せないのだから、何かあったと察するのは容易い。実際、問い合わせの声も多数寄せられた。

 

 そこで私は『ここだけの話』と前置きし、ウィズが失恋したという一点だけを開示した。

 詳細は語っていない。むしろ口を噤めば、余計に不安が広がっただろう。

 おかげで小火で済んだのだ……という建前だが、正直なところ『ここだけの話』が本当にその場限りで終わると、露ほども思っていなかった。

 中には、わざわざ口の軽い人を選んで話したケースすらある。

 何なら、噂の拡散のためにわざとそうしたのだが……幸いウィズは気づいていないようだし、そこまで白状する義理もあるまい。

 

 私の説明に、ウィズは若干たじろいだ。

 自分にも非があると理解したのだろう。ただし、渋面は解けない。

 

 正直に話さなくても、もっと穏便に解決できたのでは?

 彼女の疑心がチクチクと刺さる。確かにやろうと思えばできた。

 けれど私は、ウィズの尊厳を守ることに特段関心がなかった。面倒臭いし、これが一番手っ取り早かったのだ。……とは言わぬが花か。

 

 それよりも重要な点がある。

 ウィズは本件を『私の単独犯行』と認識しているらしい。

 

 とんでもない。率先して流布しているのは、むしろ悪逆非道の仮面悪魔だ。

 私はバニルを渦中に引きずり込み、ヘイトを分散。さらには責任を擦り付けることにした。

 先に吹聴したのはバニルだ。私はその方針に追随したに過ぎない。

 さらに言えば、あの仮面は現在進行形で積極的に言い広めている。

 

 本心は伏せ、私に不利にならない部分だけを抽出して伝える。

 すると、ウィズは真犯人を追って颯爽と駆け出していった。

 

 なおこの後。より多くの罪を押し付けるため、バニルと私の間で暴露合戦という名の醜い足の引っ張り合いが店内で勃発した。

 私たちにとっては、毎度お馴染みのコミュニケーションの一環である。

 

 


 

 

【聖水風呂ってどういうことですかね】

 ウィズのテレポートを利用し、この日はプチ旅行と洒落込むことになった。

 ゆんゆんが転送先の登録のため、一旦紅魔の里へ帰郷する。

 最寄りのアルカンレティアへと彼女を送りがてら、せっかくだからウィズと私も温泉巡りをしよう──という流れだ。

 

 きっかけはウィズの突発的な執心である。温泉と聞くなり、彼女は不意に目を輝かせた。

 動機を一言で言えば、傷心旅行だろう。

 

 ただし前提として。アルカンレティアの温泉は、アクアが源泉ごと浄化してしまっている。

 今ではお湯しか出ない。再び温泉が湧いたという吉報も耳にしていない。

 それでも元温泉として、観光客にはこれまで通り開放されているらしい。

 

 ウィズは大のお風呂好きだ。温泉なら尚更だが、銭湯でも十分楽しめるタチである。

 到着直後の反応を見るに、温泉が壊滅したことをそもそも忘れていたっぽいけども。

 思えば前回の旅行終盤、彼女はアクアの浄化の巻き添えで寝込みっぱなしだったという。実感が薄いのも無理はない。

 

 ちなみに、私には別の狙いもあった。

 ハンス討滅にウィズが寄与したことが魔王軍に漏れていないか。そしてその貢献が住民に広まっていないか。現地での確認だ。

 まあ、それはあくまでおまけで、メインは普通にレジャーである。

 

 何せアルカンレティアは、かの悪名高きアクシズ教団の本拠地。王国屈指の無法地帯だ。

 最高司祭がセクハラその他の容疑でほぼ毎日しょっ引かれている、その一事だけでもイカれっぷりが窺えるだろう。

 自衛できない私が、独りで出歩いて良い土地ではない。早晩バニルが受け持つというから、できればそちらに任せたいところだ。

 

 ハンスとの戦闘は部外者立入禁止の区域で行われたらしく、目撃者は信憑性ゼロのアクシズ教徒ばかり。

 私が魔王軍の諜報員なら、こんな奇人変人の巣窟に潜入して真相を突き止めろとの任務は悪夢だろう。

 『魔王軍ですら敬遠するアクシズ教徒』との世評は伊達ではない。

 

 話が逸れた。

 一緒に温泉巡りをしないかとゆんゆんを誘ったところ、感情の抜け落ちた真顔で承諾された。

 声音には感情が乗っていないが、返答は妙に力強い。

 

 ゆんゆんにとって、誘われること自体は天にも昇るほど嬉しい。

 ただし、彼女がこの街を訪れるのは二度目。アクシズ教徒絡みの苦い記憶が蘇り、複雑な思いが交錯したのだろう。

 そのことが、あの味わい深いリアクションを引き出したようだ。

 

 ──けれど、この温泉巡りはあっさり打ち切りとなった。

 湯気が痛い。肌がヒリヒリする。ウィズがそう訴えたのだ。

 

 毒でも混じったかと思いきや、不調を訴えるのはリッチーであるウィズだけ。人間は誰も何ともない。

 原因を探るうち、どうやら温泉が聖水に変質しているのでは? という疑惑が浮上した。

 

 傷が癒える。病気にかかりにくくなる。悪魔やアンデッドに投げると浄化できる。

 巷では、そんな効能が温泉に現れるようになったとの風評が立っていた。どう聞いても、聖水の効果そのままだ。

 ……つまり、あの女神は温泉を真水に変えたのではなく、丸ごと聖水にしてしまったらしい。

 

 アルカンレティアの大衆はまだ気づいていないが、それも時間の問題だ。

 聖水の価値は、温泉よりよっぽど高い。

 温泉を滅ぼしたと伝え聞いたときは、財源を断たれたアクシズ教団もこれで斜陽かと、近年稀に見るアクアの善行を称賛したのに。

 これでは、逆にパワーアップしてしまう。

 功労を称えてアクアに高級酒を贈ったが、あれは渡し損だったか。

 

 ウィズは湯気が肌に触れるだけでも軽度のダメージを負っていた。

 多分、私のへなちょこターン・アンデッドより強力だ。もはや温泉巡りどころではない。

 よって予定を切り上げ、即座にアクセルへ帰還。ゆんゆんも紅魔の里へ旅立っていった。

 とりあえず土産物屋で温泉の素を購入し、ウィズにはこの代用品で我慢してもらうことにした。

 

 さて、最後に余談だが。

 アクシズ教徒共の勧誘が、明らかに進化していた。

 

 あの街にはずっと前にも仕事で赴いたことがある。

 だがそのときは、小芝居で身元を隠しつつターゲットにじり寄る、なんて小細工は弄していなかった。

 

 妙だ。手が込みすぎている。これはアクシズ教徒の発想ではない。

 彼らは欲望に真っ直ぐな人種だ。人型の獣と評しても過言ではない。

 連中に、そんな高度な知性があるわけがない。

 

 これは、教団外部に黒幕がいる。

 地元民ではない。恐らく通りすがりの旅人だろう。路銀に困って、金を積まれて勧誘指導を引き受けた線が濃厚だ。

 頭が回るのは間違いない。そしてこんな傍迷惑な入れ知恵をするのだから、頭もおかしい。

 やらかしたのは、一体どこの愚か者だ。




・餌罠
Web版でウィズが仕入れたアイテム。書籍版ではリストラされた。
このアイテムによってシルビアは状態異常に極端に弱くなり、まったく抵抗できない状態に貶められた上で、オークの集落へとテレポートさせられるという壮絶な末路を迎えた。
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