とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2 再出発②

【共食いについて】

 食事時の話だ。

 前提として、私の食事は部屋まで毎度運んでもらっている。

 務めるのは何かと世話を焼きたがるウィズのこともあれば、そうでないケースもある。

 このときは後者で、何となくウィズに次ぐ専属の配膳当番ポジションに収まりつつある、馴染みのミノタウロスだった。

 

 今さら知らない仲でもない。食事中も、歓談をして過ごした。

 そんな折に、ふと気になった点を私は尋ねてみた。

 この肉料理、多分魔王城では初めて口にした種類の肉だと思うのだけど。一体何を使っているのか、と。

 

 ああそれなら、と答えようとしたミノタウロスだが。不意にそこで口を噤んだ。

 牛頭の表情はやや読み難い。ただ、何かを思いついて考え込んでいる風だった。

 少し経って考えがまとまったらしい。悪戯心を声音と態度に滲ませつつこう告げてくる。

 それは人間の肉だ。と。

 

 伝えられた内容を咀嚼する僅かな間、静寂が室内を支配する。

 そうして理解が及ぶと、へえそうなのかと私は相鎚を打った。それで話を流すと、しれっとした顔で食事を再開する。

 これに相手は心底ドン引きした。

 心の距離が一気に離れていくのが肌で感じ取れた。

 

 食事の手を止めようとしない私に、言った本人の癖して相手が激しく狼狽する。

 人間の肉だと言ってるだろう、待て。そのナイフとフォークを離せ。というか、まず食うのを止めろ。といった感じで大騒ぎだ。

 喧しい外野に従って私は渋々肉を切り分ける手を止めると、見せつけるように深々とため息を吐いた。そして苦情を申し立てる。

 そういう、変な冗談は止めてほしい。言われた側も反応に困る。

 それでブラックジョークへの意趣返しと解した先方は、やり込められたことを不快に思うどころか、むしろ露骨に安堵した。

 うっかり頭のおかしい小娘だと勘違いするところだった、と。

 

 得心して独りごちるミノタウロスがこちらへ注意を払っていないのをいいことに、私はその有り様をじっと観察する。屠殺場の家畜を見るような無機質な瞳で。

 なるほど。人肉を人間が食べるのは凄まじくマズいことらしい。

 記憶と共に常識の飛んでいる私は、そうとは露ほども知らなかった。

 魔王城には人食の魔族とている。本にも書いていなかった。いや今思うと、当たり前すぎて私の読んだ書物では偶々記されていなかっただけなのだろう。

 

 いやはや、危ないところだった。

 今回は、咄嗟の機転で誤魔化せたから良かったものを。

 何か企んでいると察知はしてたが、そういうこととは思いもよらなかった。

 築いてきた私のイメージ像に、こんな些末事でヒビが入っては堪らない。危うく悪評が蔓延するところだった。

 別段私にそういった嗜好は無い。

 ミノタウロスのセリフに何も感じなかったからついスルーしてしまった。それだけだ。

 

 なお、件の肉の正体は牛肉だった。食したのはビーフステーキだ。

 ミノタウロスに焼いた牛肉を配膳させるとか、紛らわしいことをしないでもらいたい。

 

 

【コネ作りの話】

 本日は、城の魔族たちと友好を構築するため交流してみた。

 これは行く行くを見据えての布石打ちの一環でもある。

 

 私の就職先は魔道具店。そこの店員だ。

 現在は開店すらしてない。店舗を押さえている段階と耳にした。この点において、私に助力できることは無い。

 しかしだからといって、待機で時間を無為に浪費するのは建設的でない。

 

 商人という役柄について、私自身の来歴もあって精通しているとは言い難い。

 ただ、話を聞いたり本を読むことによって、恐らくは表面的なものに過ぎないにしても少しばかりは掴めた。

 それを踏まえ、今の私が貢献できる要素としてここで多くの魔族と縁を繋ぐことを閃いた。

 

 聞くに、魔王城勤めというのは、魔王軍の者にとってエリートの待遇らしい。

 ここで増やした知人が将来の顧客に直結するかは別にしても、そんな彼らと交友を深めるのは悪くない。

 このツテが新たな顧客獲得、販路の開拓、情報戦を制する等に寄与するかもしれない。

 というわけで、コネクション作りの時間と相成った。

 

 最近は店関連で忙しそうなウィズが出かけるのを見送ると、私も行動を開始する。

 あくまで自己裁量でやっている。合理的に考えても、他にやるべき案件を抱える彼女を私の都合に巻き込む謂れは無い。

 ゆったりとした歩みで通路を進む。

 自分のもやしっ子具合は、いい加減身に染みて学習した。体力配分を間違えて倒れる無様は、もう晒さない。

 そうしているうちに乗り物――もとい、巡回中の魔族に偶然を装って出会した。適当に言い包めて運搬してもらう。

 近頃の私は、連中の動きを基に、城内の警備スケジュールがどうなっているかを一部解き明かすのに成功している。

 逆に一部でしかないのは、城の内部構造を私がさっぱり分かっていないためだ。主に活動領域が狭すぎるせいで。

 

 過程は省いて成果だけ記すと、上々の滑り出しと言える。

 まずは好感度上げ。宣伝含め、店については言及しない。

 今はまだ、私という個人を認識してもらえばそれで十分。話を前に進めるにしても、それは腰を据えてじっくりとやっていく。

 余計な欲は出さず、差し当たっては仲良くなることにだけ傾注すればいい。

 

 ところで、彼らと談笑していて種族としての人間の話題になった。

 他の人間はよく知らないが、話を伺うに中々見るに堪えない生き物らしい。

 同族を騙して金品を巻き上げる。権力を笠に着て搾取で私腹を肥やす。挙げ句の果てには、殺し合いすらする。

 やりたい放題だ。利己のため、同胞を陥れることすら良しとするとは。

 同じ人間の私としては、汗顔の至りだ。

 私にいいように手のひらで踊らされ、それに気づきもしない魔族のチョロ――純粋さを見習ってもらいたい。

 もっとも、これは人類と対立する視点での偏った見方に過ぎないから、実態がどうかは定かでないが。

 

 まあ、どうでもいいことだ。

 私個人は魔王軍に属してないが、店の上司は幹部という重鎮。ならば私の立場もそれに引きずられるのは自明の理。

 それに、魔王軍には便宜を図ってもらっている恩義とてある。

 また私見としても、こちらに火の粉がかからないなら、人間がどれだけ死のうと知ったことではない。

 もしウィズから人間を滅ぼすのを手伝ってほしいと頼まれた日には、身内の誼で幾分か力添えするくらいは吝かでない。

 

 それにしても。

 ウィズが出店するアクセルなる街は、魔王領のどの辺りにあるのだろう。

 雑談がてらそれとなく魔族らに聞き出してみたけど、人間の国にあるという街の話しか出て来なかった。

 ウィズは魔王軍所属だから、いくら何でもこれは無関係だろう。

 さては、知名度の低い片田舎なのか。

 現地到着後に実地で学んでいけば良いと判断したから放置したが。思えば、早めに知っておくべき風土や風習があるかもしれない。

 一度、ウィズに確認を取っておくとしよう。

 

 

【口語ほぼそのままの記述】

 は? 人間の街?

 それは潜入工作も兼ねた……違う? そうではない?

 心だけは人間のつもり――はあ、左様で。

 ですがその在り方だと、幹部としての責務に差し障りが出るのでは……結界の維持だけ? 他は何もやってない?

 つまり。話をまとめると。

 私たちはこれから人間の街に移住して、人間を客に商売をする、と。魔王軍ではなく。

 なるほど。

 

 

【手のひらクルクル大回転】

 駆け出しの街アクセル。

 そこは、冒険者の始まりの街として名高い。

 ウィズが店を構える予定の街でもある。

 帰属はベルゼルグ王国。人間の国だ。魔王軍ではない。

 

 付け加えると、スパイのような行為もしなくて構わない。

 というよりウィズが心情的には人間側と判明したので、タブーですらある。

 私たちはただ、商人として専心すればいい。店は魔王軍とは何ら関係ない。

 

 ……いや、想定できないでしょう。慮外にも程がある。

 私としては、既に魔王軍陣営に就いた心持ちになっていた。

 魔王軍の仕事をバイトで掛け持ちできないかと勘考していたけれど、考えるだけでまだ行動には移していない。間一髪だった。

 結界維持だけのなんちゃって幹部。そんなのもあるのか。

 

 似通った立ち位置にはバニルも該当する。

 ただ、悪魔が人間に危害を加えるのを嫌うのは生態的に呑み込めないではないのだ。

 というか仮面悪魔に関しては、幹部の中でも別格扱いされている節がある。

 本来なら幹部如きに収まる器ではなく、実際の力関係も魔王と対等以上とでも言うか。幹部は名義貸しみたいなもの、と当人からは耳にした。

 

 また、平生のウィズはぽやっとして映るが、あれで敵手を冷徹に仕留める情け容赦の無い一面もあると私は睨んでいる。

 だから彼女が人間を殺しまくっていることを、私は毛ほども疑っていなかった。

 現実には、殺しまくっていたのは魔王軍のほうで、人間を害したことは無いっぽいけど。

 私ならそんな不穏分子、中立を保っている間に人間と潰し合わせるようにと謀計で仕向けてさっさとすり潰すのに。

 そうなってないとは、魔王も存外お優しい。

 

 まあ、ああは言ったが人類とてそこまで捨てたものではない。

 魔王軍という侵略者に襲われる被害者として同情する余地はあるし、私にとっても同胞だ。

 もしウィズから魔王軍を滅ぼすのを手伝ってほしいと頼まれた日には、同じ人類の仲間として多少協力したって罰は当たるまい。

 魔王軍がどうなろうと、私は特段興味無いし。

 

 それと、コネ作りは無期限休止する。

 これから人間の国を訪問するのに、魔王軍とつるむとかデメリットのほうが際立つ。悪縁の類だろう。

 

 

【友達のクーリングオフ求む】

 この日は自室でのんびり過ごしていた――のだが。呼んでもないのに来客が相次ぐ。

 

 私のやらかした、例のコネ作りが発端となっている。

 先頃の一件を口火に、今まで燻っていた私という人間に対する好奇心に火がついて、魔王軍内にて瞬く間に延焼しているのだ。

 当時はそうなるよう計算づくで煽っていた部分があるため、自業自得という他無い。

 自身の社交能力、人心掌握能力の高さが見事に裏目に出ている。

 魔王への有能さアピールになると目論んでいたけど、今となっては目をつけられるリスクを孕むだけの失策だ。

 

 コネ作りを止めると前回に述べたが、だからといって急に関係を冷却させるのは極端。角が立つだけで、それはかえって悪手だ。

 手間はかかるし煩わしいが、訪ねて来た魔族らには自主的に退室するよう促す。

 会話をリードすることで相手の思考そのものをこちらで操縦し、自分から話を切り上げる向きへと誘導した。

 まさか邪魔だから帰れと、私からストレートに切り出すわけにもいかないし。

 

 それはそれとして、シルビアとのモンスター改造談義は少しだけ興味深かった。

 彼――彼女? パッと見で性別の判別がつき辛い上、私も質問しなかったのでどちらなのか未だに判然としない。

 ともあれシルビアは、強化モンスター開発局に勤める局長らしい。

 話が盛り上がり、入局への誘いまで受けたが、とっくに先約があると謝絶した。

 良心や倫理の壁に阻まれ、普通なら着想すらしないアイデアを平然と出す発想力が甚くお気に召したそうな。それ、褒めてます?

 

 

【覗き魔の出没】

 城内にある大衆浴場へと歩を進めている最中のこと。

 プチ騒動に鉢合わせた。

 

 遠目で成り行きを見物するに、ベルディアが女湯にわざと首を置き忘れたらしい。

 首を小脇に抱えるデュラハンが逃走し、その後を鬼の形相をした女魔族の集団が、物やら魔法やらを無遠慮に投げつけつつ猛追する。

 猛り狂う彼女らは、スケベ中年に鉄槌を下すことしか眼中に無いようだ。周辺への二次被害に一切斟酌していない。

 

 双方が遠ざかるまで一頻り眺めると、私は何事も無かったように浴場へ向かった。

 他に誰もいない風呂場は広くて快適だった。

 

 

【隠蔽失敗】

 手記を解読不能にできないか。

 そんな思惑から色々試みているものの、今のところちっとも上手く行ってない。

 

 インクを上から被せても弾かれた。

 上からペンでなぞって文字を塗りつぶそうとしても、同様の結果になる。

 原理は不明だが、手記を保全するため何らかの高度な保護魔法を仕込んであるらしい。

 本体の性能はヘンテコなのに。何でこういうところでばかり、舌を巻く技術がふんだんに使われているのか。

 

 ページを破ったり燃やすのは、魔道具としての機能に深刻な影響を来す恐れがあると聞き及んでいる。

 この調子だと、試したところで実現可能とは到底思えないが。

 理解した。これは私一人では手に余る。ウィズに相談する他あるまい。

 

 私はこれからアクセル――魔王軍と敵対する人間の街へと赴く。その地がどんな環境なのか、大したことは知らない。

 これまでは然程気に留めていなかったが、様々書き留めたこの手記をそんな場所へと持ち込むのは致命傷になりかねない。

 明確な弱点を作るくらいなら、いっそここに置いていくか?

 まだ猶予はある。城を引き払う日までには、処置をどうするか定めておかないと。

 

 

【友人関係とは利害の一致】

 久々にバニルとエンカウントした。

 この頃はウィズの店の手助けをしてるらしく、留守にしがちだ。

 なお出会い頭での呼称は、『人として必要以上のステージに到達している無駄に高い知力と悪巧みだけが取り柄にもかかわらず、このところ空回りばかりしている策謀娘』だった。

 どうやらこちらの近況報告は不要らしい。

 

 あちらのペースに合わせても疲れるだけ。サクサク用件を問う。

 この悪魔は私と少し似ている。自分本位で、言動は打算的。

 この邂逅は偶発的なものではない。勘も多分にあるが、これには確信があった。

 友人の元で働く私に助言を授けに来た。そう悪魔は語る。

 

「汝、情では動かず打算でしか行動を決められぬ悲しき習性を持つ娘よ。

 見通す悪魔が宣言しよう。我が友人の元で真面目にコツコツと働くが吉と出た。さすれば貴様はいずれ、自らの打算をも超えて動ける何某かと出会えるであろう」

 

 もっと具体的に。

 ふわっとしており欠片も信用ならないが、捨て置くには重大過ぎる予言の気配がひしひしとするためにツッコむ。

 もしや、耳触りのいい曖昧な表現と言い回しで相手を絡め取り、労働力だけを不当に搾取しようと企てているのでは。そんな悪魔の甘言への警戒があった。

 なぜなら私ならそうするからだ。

 

 これに悪魔は、日時は数年以内、何某の正体は喪失した記憶が密接に絡むため、現時点では断定困難と回答する。

 思ったより詳しく開示されたので、私は目を丸くした。

 

 故にこそ。

 そう前置きをした見通す悪魔は続けて、警告の言の葉も紡いでくる。

 

「我が友人を泣かせるような真似だけはしてくれるなよ。例え地獄の果てであろうと貴様を追い詰め、見通す悪魔の名に誓って、自らの行いを後悔させねばならなくなる」

 

 まるで人間の勢力圏で幹部と店で働くリスクを私が憂慮しており、親愛の情はあるがそれはそれとして、彼女を切り捨てて自分だけ魔王軍から足抜けできないかと検討していたことを咎めるような――そんな声音だった。

 ここで釘刺ししておかないと私はやる。そんな確かな自信が透けて見えた。

 これらを読み取った私は、眉をひそめて閉口する。あんまりな言い草だろう。

 そんなことは、ちょっとしか考えていなかったのに。

 

 裏切りも相応にリスクはある。

 魔王軍からのヘイト増加は避けられないし、そのような信義にもとる輩は人間からも信用されまい。

 すなわち、それらを考慮した上でやる価値を見出せば決行していたわけだが。

 

 無論そんな予定は無かったので、素直に承諾する。

 私はひっそりと、立てていた複数のプランを丸ごと破棄する決定をする。

 ブラフだろう。そう牽制することで、後々の私の行動に枷をかけるのが真意と見た。

 だがそう見做してなお、私はそれを軽視できない。この悪魔を出し抜く手立てが現状皆目見当もつかないために。

 悪魔と人類を敵に回すリスクをそれぞれ天秤にかけ、私は悪魔と握手することにした。

 私を、打算でしか行動を決められない人種と悪魔が判じたのは、この点を鑑みるにきっと正しいのだろう。

 ところで、私が死後地獄に落ちると迂遠に断言されていた気がするのですが?

 

 話を変える。

 この機会に、どうしてウィズにそこまで肩入れするのかとバニルに追求した。

 前々から引っかかってはいたのだ。

 これに悪魔は、二人は運命共同体で、そもそも彼女が店を営むのはバニルの長年の夢に端を発したものだと説く。

 夢の詳細は、ここでは割愛する。

 仮面悪魔が終活に展望を持ち合わせているのは承知した。だが、悪感情に重きを置く悪魔族の生き様は理解に苦しむ、とだけ記そう。

 

 ともかく。

 私たちの利害は噛み合っている。なのでバニルとは友人になった。

 私にとって友人とは、相互利益で結びついた手を取り合える相手のことだ。世間の定義とはかけ離れているっぽいが。

 友人だからこそバニルの夢を私は応援するし、何かあれば助太刀する。反対に私が困窮した際は助けてもらう。そうすることが、延いては自分の利となるのだから。

 この論法で言うと、ウィズも一応は友人という括りになる。

 

 魔王城の他の魔族?

 あれは向こうが勝手にそう思っているだけ。私は徹頭徹尾、駒か道具としか捉えていないからカウントしない。

 

 

【魔王】

 店の諸々に区切りがついて、魔王城を退去する前日に迫った。

 知り合いへの別れの挨拶もとうに済ませた頃。この段になって私は、魔王からの初の呼び出しを受けた。

 

 客人として、私の滞在を許可する通達を出したのは城主の魔王だ。こちらの存在を認知しているのは当然と言える。

 あちらから私に対する直接のリアクションこそ今日まで無かったが。私がこの城で快く過ごせたのは、魔王がそれを認めたおかげというのはよく知っている。

 だが私は、魔王軍には従属していない。

 今までは城という制御下に居たから良かった。しかしそこを飛び出し、敵国へと居を移そうとしている。

 恐らく今、魔王城の内情を一番熟知している人間は私だろう。そんな人物を野放しにするのは、魔王にとって一抹の不安が残るはず。

 そこまで考えが及べば、この唐突に思える召喚を可能性のひとつとして予測するのは容易い。驚くべき点は無い。

 魔王城においての、最後の正念場を迎えた。

 

 幕開けする魔王との対談。

 その前半は、穏やかに過ぎ去ってゆく。嵐の前を思わせる静けさがあった。

 厚遇に対する感謝を私が伝えると、その後は城における自身の生活について魔王に話したり。互いに見知った相手である二人について、魔王が語ってくれたりした。

 盗っ人リッチーが宝物庫から無断で財宝を持ち出して売り捌き、魔王を泣かせたというエピソードに私はただ呆れた。

 私からは、大体いつ見かけても魔王の配下をおちょくっている畜生悪魔の所業を伝えるも、それはいつものことと魔王は諦観の籠もった嘆息を漏らす。

 ……魔王、苦労し過ぎでは?

 雰囲気的に、結構なお年を召しているように窺えるのだけど。

 

 そうして魔王の娘自慢が終息すると。いよいよ本題へと切り込んでくる。

 魔王軍への勧誘を受けた。

 私は人間だが、記憶と共に元の時代との繋がりは途絶えている。

 この世界に義理や因縁のしがらみを持たないからこそ、魔王は客人としてあっさり受け入れた。そこから発展して、同朋として迎え入れることにもさしたる問題は無い。

 何より、人間への敵愾心を持つ城の兵士も少なくない中、あっという間に溶け込み打ち解けた私の手腕を魔王は高く評価していた。

 

 まあ、完全な味方と言い難い得体の知れない小娘がホームを徘徊しているのだ。動向をチェックしないはずがない。

 そして案の定、しっかりマークされている。

 はっちゃけすぎたか。表には出さないが、過去の行いに内心では頭を抱えたくなる。

 ここで下手に策を弄したところで話が拗れるだけだろう。

 現雇用主のウィズとの関係上、その申し出は受け入れられない。正直かつ毅然と断る。

 その返事は読めていた魔王は納得し、ここでは簡単に引き下がった。

 

 譲歩の姿勢を見せた魔王は、だが続ける。

 とはいえ、城の事情を知る部外の人間が立ち去るのを座視するのも難しい。

 そこで、ここで見聞きしたことを魔王軍の者以外に話せなくなる呪いをかける。

 脅すように、こちらの反応を注視しつつ告げてくる魔王だが――私は拍子抜けした。

 何だ、そんなことでいいのかと。

 取り立てて怖気づく素振りも見せず私がサクッと了承したために、意表を突かれた魔王のほうが呆気に取られる。

 

 軽くプレッシャーをかけて揺さぶることで、あの老人はこちらに探りを入れていた。

 身寄りのない少女一人にそこまでするかと思わないでもないが、魔族を取りまとめる頭領としては無視できないのだろう。

 だから、魔王に疑心を与えぬよう快諾したというのはある。

 とは言うものの、その程度は許容範囲内。私としては、この数段厳しい沙汰があるものと予期していたから当てが外れたくらいだ。

 ウィズの身内という点を加味したのはあるだろうが、先日私が魔王が優しいと評したのは意外と正鵠を射ていたのかもしれない。

 それに、このように他者の内面を分析する術に私が長けているのも、それを駆け引きで十全に活用できるのも、魔王にとっては想像の埒外だったと思われる。

 私も、周りと見比べる中でどうもそうらしいと自覚したくらいだが。

 

 そうして魔王の呪いが済んで、私は恙無くこの山場を切り抜けたのだった。

 

 

【アクセルにて執筆】

 せっかくの出立日にもかかわらず、城の外が嫌に騒々しい。

 城の結界に攻撃が加えられているとか。

 すわ襲撃かと、城内には張り詰めた空気が漂った。その後に何らかの伝達があったようで、以後は緊張がなぜか弛緩したが。

 

 近場の魔族を捕まえて問いただすと、紅魔族の悪ふざけとの返答をもらえた。今にも舌打ちしそうな忌々しげな顔つきで。

 城の結界で遊びに来たのだ、と説明される。

 ……何を言っているのか。ちょっとよく分からなかった。

 さらに問い詰めるも、あの頭のおかしい連中が何を考えているかなんて分かるか、と一方的に会話を打ち切られる。大層不機嫌で取り付く島がない。

 そうこうするうちに、断続的に響いていた城外の轟音が収まる。元凶が撤退したらしい。

 周囲からは慣れを感じる。イマイチ要領は得ないものの、どうやら時たま突発するイベントだというのは見て取れた。

 いや本当に、まったくもって何が何だか釈然としないけども。

 

 そんな不測のトラブルを越えて、遂に城を発つ時が訪れる。

 日用品を除けば、私の荷物は今もこうして記述を継続している手記くらいで手軽だ。

 手記は、誰かに読まれるリスクを勘案するとアクセルに持って行きたくないが、置いて出るのも難がある。いざというとき、未来への帰還の手がかりはこれだけだし。

 書き始めの頃は、人間の街で商いをする行く先など予想だにしていなかったのだ。

 

 私に元の時代へと帰る意志は更々無いが、それはそれ。

 森羅万象を見抜く大悪魔ではなく、人の子に過ぎない私に先のことなど見通せない。

 自ら手札を放り捨て、今後の選択肢を減らす愚を犯す所以もあるまい。

 ウィズについて行くと決断したのも、彼女が魔道具への深い知見を有するというのが背景の一端としてある。

 

 アクセルへの移動にはテレポートを用いる。

 あらかじめ登録してある座標に空間転移する魔法だ。これでアクセルに直行する。

 私はその間、その場でぼうっと突っ立っているだけでいい。

 これでウィズが馬車の旅などと戯言を言い出したなら、拒否一択だった。

 過労で体調を崩して、野に屍を晒す末路しか浮かばない。アクセルではなく、あの世に辿り着いてしまう。

 

 それにしても便利な魔法だ。

 自分でもテレポートを会得できないものかと思案していると、見送りに来ていたバニルがそんな私を諌める。

 ガチトーンだった。

 習得は可能だろうが、テレポートは魔力の負担が甚だ大きい。

 仮に私が覚えても、強い魔力の奔流に脆弱な肉体が耐えられない。一回使えば、その後丸一日以上は寝込むことになる。とのこと。

 それは残念。無い物ねだりしても仕方ないが、少しガッカリした。

 

 ウィズの詠唱が完了する間際、バニルが私に餞別の言葉を送ってくる。

 人間の子供にしては感情の起伏が小さすぎる。

 あくせく働くばかりでなく、時には自然と触れ合い、または絵画など芸術にも触れ、感性を育むことを心がけるように。

 一見まともなアドバイス、なのだが。

 美味しいご飯製造器になれるよう励め。要はそういう意だろうと私は受け止めた。

 もしくは、つい先ほど私から摂取した悪感情が微妙だった点へのクレームの含意もあるのやもしれない。

 

 なお、悪魔はウィズに対しても強烈なからかいの言を放っていた。

 しかもテレポートが発動間近で、もはや止められない頃合いを見計らっての言い逃げだ。

 発言の委細は、ウィズの名誉のためここには記さないでおく。

 ただ彼女はこの後、怒りと羞恥で真っ赤に染めた顔を俯かせて、暫し動かなくなった。

 

 さておき。転送は無事に成った。

 一瞬生じた眩い光に私は思わず目を瞑る。次に開いたとき、そこには――。

 

 

【メモ】

 この手記はこれにて打ち止め。

 次回以降は新しく購入する分に記すように。

 それから。誰にも読めないよう、本手記は厳重に封印を施してもらうこと。

 

 

(手記はここで終わっている)




・ミノタウロス
世界最大のダンジョン深層では、強力な部類の雑魚敵として徘徊している。
原作の様子だと意思疎通は怪しいが、オークもオーガも高位のスライムだって喋るのだし、最悪変異種なら人語を解する個体くらい出現するだろうとのザル判定によって、今回限定で出した。

・魔王城はエリート勤め
魔王城の警備兵は、安全安定のエリート職として評判。原作十七巻二章より。

・紅魔族のピクニック
原作十一巻より。
紅魔族には四年に一度、魔王城近くでバーベキューをする慣習がある。
帰り際には一族総出で城の結界へと魔法を撃ちまくり、魔王軍が打って出たらすかさずテレポートで里に逃げ帰る。ここまでが行事の一環。


全く覚える必要のない、本作における時系列の裏設定
・ウィズ魔道具店の開店記念日は11月8日(このファンより)
・プロローグ終了時点で主人公は13歳11ヶ月(11月25日誕生日)
・上記の年齢は、めぐみんで言えばデストロイヤーを爆裂したくらいの時期
・プロローグの時間軸は、原作開始から遡って約6年前
・『爆焔』一巻一章のほぼ5年前
・めぐみんが邪神の墓の封印を解いて約2年後
・タイムスリップ前後での年月日のうち、月と日は全く同じ
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