とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-9 結婚騒動①

【ララティーナお嬢様のお誕生日会】

 ダクネスの誕生日パーティーにお呼ばれしたので、顔を出してきた。

 ウィズも招待されていたのに、バニルは除け者。まったくもって賢明な人選と言えるだろう。

 ちなみに開催地はアクセルではなく、なぜか王都である。

 

 参列者はほぼ全員が貴族。知り合いはクリスくらいしかいなかった。

 もっとも、ダクネスが招くのだから人格者ばかりだ。

 平民を『雑草のようにいくらでも湧いてくる家畜』と見下すような、庶民が想像するコテコテの性悪貴族はいなかった。

 ……いや、もしかしなくても、貴族を『人の形をした貯金箱か玩具』としか思っていない私が、あの場では一番凶悪だったかもしれない。

 

 冒険者の姿がないのは、ダクネスが素性を明かしていないからだろう。

 私自身、彼女から直に聞いたわけではないが、雇用主のウィズが温泉旅行の折にダクネスの実家について偶然知ったらしい。

 今回私に声がかかったのも、そういう背景を踏まえてのことだろう。

 ダクネスの親友クリスは言わずもがな。

 この集まりは『彼女の身元を知っているか否か』が参加のハードルになっていたと思われる。

 

 そういうわけで、ゆんゆんがハブられたのは、存在を忘れられていたから……などという悲しい理由ではない。

 ダクネスの身分を知らない故に、ふるい落とされたのだ。きっと。

 まあ、そもそも二人はめぐみんを介した知人程度で、特別親交があるわけでもない。

 結局のところ、どんな事情であれスルーされていた気がしないでもないが……今さらそんな仮定をしても詮無い話だ。

 

 一応付け加えておくと、不仲ではない。

 ただ、どちらも受け身で会話をリードするタイプではないので、きっかけがないと仲が進展しないのだ。

 

 クリスとも少し話した。

 彼女はカズマらパーティーメンバーの姿がないのを不審がっていたが、私は特に気にしなかった。大体想像はついていたので。

 しかしクリスが気になるというので、二人でダクネスを問い詰めに行った。

 

 すると、あの女ときたら『訳あって急に出席できなくなった』と、しどろもどろに出任せを並べ立てたのである。

 私には通用しない嘘だが、クリスは額面通りに受け取っていた。

 

 恐らく、ならず者同然のあの連中を呼べば他の貴族に迷惑をかけると危惧したのだろう。

 だから締め出した。というより、催しそのものを秘密にした。

 わざわざ遠方の王都で開いたのも、彼らに嗅ぎつけられないための涙ぐましい努力に違いない。

 

 ちなみに最近、カズマだけが名指しで王都への転送を禁じられたらしいが、それは別件だろう。

 あの禁止令を出したのはダスティネス家ではなく、シンフォニア家だし。

 

 ウィズがテレポート先に王都を登録しているおかげで、私たちの移動に不都合はなかった。

 クリスも、少し前から王都に滞在していたらしい。

 ──もちろん知っている。大胆不敵にも王城に押し入り、盛大な大立ち回りを演じたようだ。新聞の一面を飾っていたのをしっかり読んだ。

 

 ……果たして、それは虫の知らせだったのだろうか。

 ふと、ダクネスの父イグニスの安否が猛烈に気にかかった。

 

 私は彼と面識がないので顔は知らないが、会場の雰囲気を窺うに、どうやら出席していないようだ。

 家族だけで後日内輪のお祝いをするだとか、理由はいくらでも考えられる。

 だが、念のためダクネスに尋ねてみると──イグニスは近頃体調を崩しているのだという。

 

 ……何か、引っかかる。

 謀略家としての私の勘が、うっすらと警鐘を鳴らしていた。

 ダクネス自身は深刻に捉えていない様子だが、どうもこの一件、裏がある気がしてならない。

 イグニスの不調は、何かしら人為的な要因があるのではないか。

 

 あの男が、そう易々と政敵に毒を盛られるとは思えない。その程度の事態は織り込み済みで、対策も怠っていないはずだ。

 だが、アルダープとかいう得体の知れない輩もいる。油断は禁物だろう。

 

 一体、どんな手口を使っているのか。

 ダスティネス家という、地位も権力も当主の才覚も格上の家を敵に回している。

 それなのに、アクセル領主は今もなお不正の証拠を隠し切っているのだ。

 

 冬の裁判で見かけたときは、いずれ簡単に足がついて打ち首になるだろうと高を括っていた。

 その程度の小物としか評価していなかったのだ。

 この評価を撤回するつもりはない。だが、事実として未だのうのうと生き延びている以上、暴けていない何かがあるのだろう。

 自分で言うのも何だが、私が本能的に調査を躊躇するというのは尋常ではない。

 

 さて。

 同行したウィズはといえば、普段は決して口にできない高級料理を目の前にして、夢中で舌鼓を打っていた。

 正気を取り戻したときには食べ過ぎで動けなくなっており、帰路のテレポートにも若干の支障をきたすほどだった。

 彼女でこれなら、並の魔法使いではまともに魔法を使えていなかっただろう。

 

 ……粗食ばかり与えていた反動か。

 パンの耳以外の固形物も、バリエーションに組み込むべきかもしれない。

 店の収益は依然として好調を維持している。経済的には、その程度の出費は誤差の範囲で許容できる。

 問題は、ウィズが元気になりすぎると、また莫大な借金を勝手に拵えて、今の好循環に急ブレーキをかけかねないことだ。

 

 店の未来を案ずるのなら。

 ウィズは、薄幸そうな顔でお腹を空かせているくらいの状態が、最も安定しているのである。

 

 


 

 

【二つの頂上決戦】

 見通す悪魔を敬遠して、普段は護身用にアクアを伴うめぐみんが、今日は珍しく単身で乗り込んできた。

 そして開口一番、どちらが優れた爆裂魔法使いかを競う勝負をウィズに挑み出す。

 

 この機に、私もボードゲームの再戦を持ちかけた。

 前回はバニル無双という、内容も何もあったものではない不条理な展開でしかなかったし。

 

 先方は快諾。ただし、ウィズを下す前の前座扱いである。

 私が仕事の合間を縫ってさっさと片付けようとしたのが、天才を自負するプライドの高いめぐみんの癪に障ったらしい。見くびられていると見取ったのだろう。

 さすがに自意識過剰だ。……いや、ちょっとは挑発の意図もあったけど。

 

 わざと神経を逆撫でする言動を挟めば、紅魔の里が生んだ瞬間湯沸かし器は案の定、瞬時に沸騰する。

 好戦的な紅魔族の中でも、ここまでキレやすいのは稀だ。アクセルの喧嘩娘との渾名は伊達ではない。

 名前や身長を子供にからかわれるたびゲンコツ制裁を繰り返し、最近では街のちびっ子も口を慎むようになったという。

 冷静沈着を謳う魔法使いのくせに、素行は知性と品性の欠片もないチンピラがすぎる。

 

 しかもこの日のめぐみんは、以前よりも大幅にパワーアップしていた。

 ゆんゆんに土をつけられたのが余程堪えたのか、こっそり研鑽を積んでいたらしい。

 せっかく全力を出しためぐみんのデータ取りができていたのに、これでは台無しだ。

 

 とはいえ、前回のバニルショックで彼女の警戒心を煽っておいたおかげで、私に妙な手を打たれないかと注意を割かせられている。

 その分、肝心の盤面には集中しきれない。

 もちろん、ここまで織り込み済みだ。

 

 なんだかんだ、めぐみんはぼっちをライバルとして相当意識しているのだろう。

 この事実がゆんゆんにバレたら、どんな反応をするやら。

 

 ――そう揺さぶりをかける囁き戦術に出たが、呆気なく頓挫した。

 狙いを見抜かれるのはまだいい。だがまさか、『腕力で黙らせる』という選択肢を堂々とチラつかせてくるとは思わなかった。

 心理戦の土俵では分が悪いと学んだらしく、物理でなぎ払う方針に定めたようだ。……ハッタリではあるまい。

 

 辛うじて文明人のはずなのに、暴力が支配する世の住人のような野蛮な価値観を地で行くのはどうかと思う。

 こちらへの注意を逆手に取って、怪しいムーブを連発し集中力を削ぐ作戦もあったが……プレイヤーへのダイレクトアタックが飛んできそうな予感がしたのでやめておいた。

 結局、妙な小細工はせず、正攻法で決着をつけることになった。

 

 ──で、私が勝った。しかも圧勝である。

 

 純然たる実力差による完敗に、めぐみんは愕然として固まった。

 しかし、私は私で困惑していた。

 ……これ、またしてもインチキで下駄を履かされたのでは?

 

 というのも対局中、めぐみんが一手打つたびに、まるで予習済みの問題を解くかのように応手がスムーズに浮かんできたのだ。

 以降の予測と、その対策が怒涛のように脳裏を駆け巡る。手持ちの情報から導き出せる分析の範疇を、明らかに超えている。

 そして、その通りに動いたら楽勝してしまった。

 

 なんなら、そのイマジナリー対戦相手のほうが、めぐみんより強敵だったくらいだ。

 もし彼女がその脳内の敵と同等の実力だったなら、私は今頃コテンパンにされていたに違いない。

 現実とは異なり、予測の中では最終的に私が負けていたのだから。

 ……私の頭の中にしか存在しないくせに、なぜか私より強いのだ。

 

 どうやらあれは、私の中に眠っていた未来知識が呼び起こされたらしい。

 しかも、めぐみんとの対戦経験をベースにした知識だ。

 

 かなりの劣勢――というか、対策を練っても負け越していたようだが。

 ともあれ、この顛末でひとつ分かった。私は元いた時代で、めぐみんと交流があった可能性が高い。

 紅魔族という自分の血筋を思えば、十分あり得る話だ。

 

 以前の対戦で思い出さなかったのは、バニルの予知に頼ったせいだろうか。

 ──あくまで憶測だが、かつての私は未来のめぐみんに幾度となくボコられ、その経験が骨身に染みついている。

 その成果を活かし、成長前の『過去のめぐみん』を一方的に封殺してしまった、というわけだ。

 

 すなわち私は、図らずもめぐみんキラーと化している。

 今回はボードゲームだったが、別の遊戯でも響きかねない。

 むしろ現状では、めぐみんより格下であるはずのゆんゆんのほうが、私とは善戦できそうだ。

 

 もっとも、この辺りの事情は口を噤んでおいた。

 どうせ放っておいても、めぐみんの知能なら数戦のうちに原理を解き明かして、対策を編み出してくるだろう。次の対戦で看破されても驚かない。

 

 ちなみに余談だが、私は対局の途中で、常時実行しているキャラ作りを一時的に中断した。

 めぐみんからするといきなり態度が豹変したように見えたらしく、何事かと一瞬怯んでいた。

 

 演技にはリソースを食う。普段なら問題ない負担も、めぐみん相手に集中しながら継続するのは、さすがにキツかった。

 だから素に戻ったのだが──生来の私は、天然のポーカーフェイスである。外見から感情の機微がまったく読み取れない。

 その上、口調まで微妙に変化するものだから、めぐみんにしてみれば『突然、感情が欠落した不気味な人』に映ったらしい。

 

 他方ウィズは、そちらが本来の私だと知っていたので、『人前でその状態になるなんて珍しい』と目をパチクリさせただけだった。

 私が何も説明しないので、めぐみんはこれを『集中モードに入った』と解釈していた。

 ……当たらずとも遠からず、というところか。

 

 なお。

 その直後に行われた爆裂魔法の撃ち合いでは、先程の鬱憤を晴らすかのごとく、めぐみんがウィズを打ち倒し、見事勝利を収めた。

 これにてアクセル最強の爆裂魔法使いの座は、めぐみんが奪取した。

 ……まあ、街の外での出来事なので、店番に残った私は見物していないのだが。

 

 そういえば、ウィズの爆裂魔法はデュークの一件で一度だけ目にしたものの、めぐみんのはまだ生で見たことがない。

 この爆裂娘、市街でも平然とぶっ放すから、タイミングさえ合えば拝めるのだが……。

 いずれ、都合が合ったときにでも見学させてもらうとしよう。

 

 


 

 

【節穴と言わざるを得ない】

 今日はミツルギが来店した。

 風の噂によれば、つい先日、王女の頭を撫でたことで処刑されかけたらしいが。

 

 ちなみに彼の仲間たちは現在、別行動で隣国に修行中だと耳にしている。

 まあ、仮に国内に残っていたとしても、客から悪感情を搾り取る鬼畜なアルバイターがいる店に顔を出していたかは疑わしいが。

 

 さて、本日の用件は買い物ではなかった。

 真剣な顔で、バニルに向かって『稽古をつけてほしい』と切り出したのだ。

 ……もしや、気が狂っておられる?

 

 曰く、王都でのとある事件で大敗を喫し、心身を鍛え直す必要性を痛感したらしい。

 そこで思い出したのが、アクセルの魔道具店で出会った魔王軍の元幹部な仮面店員。

 格上と手合わせすることで何か掴めるやもしれない。そう藁にもすがる思いで、王都から遥々やって来たのだそうな。

 

 ……いや、だからってバニルはないだろう。

 命の危険なく強者に胸を借りられる、という点では確かに一理ある。

 だがそれは、思いついても実行しない類いの発想だ。この仮面の性格の悪さを知っていれば、普通は避ける。

 せめてウィズを指名すればよかったものを。まあ、ウィズの正体を知らない以上は仕方ないが。

 

 当のバニルも、初めは露骨に面倒臭そうな顔をしていた。

 だが、報酬として大金を提示されるや否や、秒で態度を翻した。実に現金な悪魔である。

 

 私はここぞとばかりに横から口を挟み、稽古代とは別に、報酬額分のガラクタをプレゼントすることを提案した。

 在庫の廃品を一気に押し付けてしまおうという魂胆だったが、この男、あっさり快諾した。

 ダクネスのようなマゾでもあるまいに、一体何が彼をそこまで突き動かしたのか。

 

 やがて二人は外出し、しばらくして――バニルだけが帰ってきた。

 ミツルギはどうした、と尋ねると『立ち上がるのも困難なほど疲弊しているので置いてきた』とのこと。

 

 バトルの首尾は、まあ予想通りだった。

 バニルが見通す力で攻撃をひたすら躱し、合間合間でおちょくり、やられたフリをして悪感情を啜る。

 それだけだ。要するに、幹部時代とまったく同じ戦法である。

 

 結局、ミツルギがスタミナ切れで力尽きるまで、その調子だったらしい。

 この悪魔は人間を傷つけないのがモットーだから、まあそうもなる。

 曲がりなりにも高レベル上級職の前衛が息切れでノックアウトとか、よっぽどだ。

 

 私から見れば、罰ゲームに自ら志願したとしか思えない。

 果たして、こんなことで何か成果は得られたのだろうか。

 

 もしも次回があるなら、今度こそウィズを代わりに紹介しよう。それくらいのサービスはしても構うまい。

 何せミツルギは金蔓、お得意様なのだから。

 これからも骨の髄までしゃぶり尽くす所存だ。彼には店で、稼ぎをジャブジャブ溶かしてもらわねばならない。

 

 


 

 

【晩春の夏バテ】

 日中だけ、少し寝込んだ。

 見通す悪魔の診察によれば、原因はただの夏バテとのこと。

 

 こういうとき、バニルの異能は実に便利だ。医者にかかる手間が省ける。いちいち病院通いする必要がない。

 この日は、今の時期としては珍しい夏日になったのが悪かったらしい。

 

 前日の大雨のあと、急激に気温が上がり、しかも湿気で蒸し暑くなった。

 とりわけ気温の乱高下がよろしくなかったらしい。

 どうにも私は、激しい寒暖差に弱い体質のようだ。

 

 ところで。

 そろそろ夏が近づいているとはいえ、暦の上ではまだギリギリ春である。

 この場合も、『夏バテ』と呼ぶのが妥当なのだろうか?

 

 


 

 

【は?】

 ゆんゆんを店に呼び出し、試作品のテストに協力してもらった。

 

 ……とはいえ、これは咄嗟に思いついた口実に過ぎない。

 本当は、先日勧めた文通がどこまで進展したのかを聞き出したかっただけだ。

 ところが、招いた覚えのないめぐみんまで付き添って現れたため、本来の予定はその場で破棄することにした。

 

 いじめっ子気質なめぐみんは、ゆんゆんで(・)遊ぶのが大好きだ。

 そんな彼女の目の前で友達作りの相談など話題にすれば、それはもう公開処刑にしかならない。

 ちなみに同行した理由はというと、偶然ゆんゆんと出くわしたので、そのまま好奇心からついて来ただけらしい。

 

 さて。肝心の試作品だが、バニル製の特別な品――二つで一組の仮面である。

 同時に装着すると、二人の肉体と精神が一時的に入れ替わるという代物だ。

 人間が使うことを想定しているので、適当に被験者を見繕って試験しておけ。そう言われて、私が預かっていたのである。

 

 私が説明すると、めぐみんは目を丸くした。

 つい先日、王城で似たような機能を持つネックレスを見たばかりだったらしい。

 ……私としては、そんな神器級のトンデモ魔道具が他にも実在している事実のほうが、余程驚きなのだけど。

 

 ちなみにそのネックレスには『入れ替わっている最中に片方が死ぬと、元に戻れない』という致命的な欠点があったそうだ。

 それはまた、随分と悪用が捗りそうな仕様である。

 

 まさか、正面からの力押ししか能のない脳筋貧乏国家――もとい、尚武の気風溢れる清貧なベルゼルグの王城に、そんな高度で風変わりな魔道具があるとは。

 意外というか、蛮族じみた王族の居城にはまるで似つかわしくない。

 この国の特権階級は実に純朴で、搦め手が不得手だ。そこは貴族を詐術でカモにしまくっている私が保証しよう。

 

 さて、本題に戻る。

 仮面は、私とゆんゆんで試した。

 

 ――そして間もなく、ゆんゆんに泣きが入ることになる。

 

 私とめぐみんが結託し、魔道カメラを構えて撮影会を始めてしまったからだ。

 めぐみん監修の下、紅魔族的センスに則ったキメポーズとド派手なセリフを連発する私の勇姿を撮りまくった。

 傍目には、仮面を着用したゆんゆんがノリノリで大見得を切っている映像である。

 本物のゆんゆんにしてみれば、黒歴史が物凄い勢いで量産されているに等しい。

 

 ちなみに仮面のデザインは紅魔族の感性にバッチリ刺さったらしく、ファッション的には何の問題もなかった。

 

 カメラマンのめぐみんは出来映えに満足げに頷いた。

 『この写真を故郷に送れば、娘が立派に育ったと族長が感涙すること間違いなし』と太鼓判まで押してくる。

 加えて『話は瞬く間に里全体に広まるだろう』とも。

 狼狽するゆんゆんを散々弄り、他称ライバルは二重にご満悦だった。

 

 ……ちなみに、入れ替わりを解除する方法は簡単だ。

 片方が仮面を外せば、それで終了である。

 

 この点は事前に説明していたのだが、ゆんゆんは最後まで『自分の仮面を外す』という解決策に思い至らず、自力で窮地を脱することはなかった。

 私とめぐみんは顔を見合わせ、『いつになったらピンと来るのか』と無言で問いかけ合ったものである。

 焦って視野が狭まると、簡単な答えも見落としてしまう――その典型例だった。

 

 それはさておき。

 私は、年下の少女をからかって楽しむ趣味など持ち合わせていない。

 にもかかわらず、めぐみん発案の撮影会にあえて乗ったのは、身体に眠っているかもしれない紅魔族の特性を見極めるためだった。

 

 結果として、瞳が発光する体質を有していると確認が取れてしまった。

 

 紅魔族は、感情が高ぶると目が光る。

 ゆんゆんは羞恥心で絶叫したいほどの精神的ダメージを受けていたため、私が死蔵していた特性をきっちり引き出してくれた。

 仮面越しに目がピカピカと輝いたのを目にしても、さしものめぐみんも一足飛びに『同族の末裔では?』との発想には至らなかったようだ。

 彼女は『仮面の能力の延長だろう』と勘違いし、呑気に感心していた。

 

 思えば私が目を光らせる機会など、冬の一件を除けば皆無だった。

 情が薄いとこういう場面は生まれないらしい。だから今まで自覚する契機がなかったのだろう。

 やや急ごしらえの場当たり策ではあったが、好機を上手く活かせた。

 私単独では、とても確認できる気がしなかったのだ。

 

 ――と、ここまでは順調だったのだが。

 

 撮影会が終わったあと、ゆんゆんが突如として妙なことを言い出した。

 曰く、私の応対はめぐみんに対してだけ妙に甘く、優しい気がする、と。

 

 めぐみんと握手して感想戦に突入した直後の発言だったので、当初はただの悪態だろうと聞き流しかけた。

 だが、これまで傍観していたウィズがその言葉に同調した。

 

「やっぱりゆんゆんさんもそう思いますよね? そうなんです。他の人には同じ対応なのに、めぐみんさんにだけは何故かちょっぴり優しいんですよ。その優しさを、もう少し私たちにも分けてくれたって――」

 

 私は、周囲の心証をある程度コントロールしている。

 それは裏を返せば、自分がどう見られているかを熟知しているということだ。

 だが、この二人の言い分は完全に想定外だった。

 

 めぐみんを贔屓しているつもりなどない。そう思われるよう誘導した覚えもない。

 つまるところ私は、どこかで印象操作に失敗しており、それにまったく気づかず今に至っていることになる。

 割と洒落にならない一大事である。

 

 『いつからそう思っていたのか?』とウィズに尋ねると、彼女は即答した。

 昨年の冬の少し前、めぐみんをバイト候補として連れてきた頃からだ、と。

 借金に喘ぐめぐみんを、理由をこじつけてでも雇おうとしているように見えたらしい。

 

 ……メチャクチャ昔ではないか。というか、ほぼ最初からだ。頭が痛い。

 心情が顔に出ない体質だから良かったものを。そうでなければ、盛大に引きつっていたに違いない。

 

 閉店後、バニルと二人きりになったタイミングで、この件を相談してみた。

 しかし悪魔は話を聞き終えると『何だそんなことか』と鼻を鳴らし、つまらなさそうにこう断じた。

 ――ウィズとゆんゆんの主張は正鵠を射ており、私が自覚していなかっただけだ、と。

 未だに気づいていなかったことに、呆れてさえいた。

 

 換言すれば。

 私と二人の間に生じていた認識のズレは、私がめぐみんを依怙贔屓しており、それが無意識だったから……ということになる。

 

 ……これ、もう少し真面目に掘り下げるべき案件かもしれない。

 

 


 

 

【アルダープは破滅するようだ】

 バニルから、配下の悪魔を大量に貸し出してもらえることになった。

 地獄に広大な領地を有する公爵の肩書きは、やはり伊達ではないらしい。権勢に見合うだけの領民を抱えている、というわけだ。

 

 悪魔の社会は、人間以上の縦割り構造。上位者の命令には絶対服従である。

 バニルのお墨付きを得た以上、私の指示にも従ってもらえるだろう。

 突然の決定だったために、仕込みの時間が不足している。手足となって活動してくれる人員を即確保できたのは僥倖だった。これで、人海戦術でカバーできる。

 

 下準備のリミットは――領主の結婚式当日。

 これはほぼ確定だ。バニルの嗜好を鑑みるに、他はない。

 貴族の結婚式は政治的な意味合いを持つので、通常ならば準備期間が長くなる。

 だが、あの領主が相手では事情が違う。どうせ可能な限り工程を省いて、最短で挙げようとするに決まっている。

 つまり、今すぐ動かねば間に合わない。

 

 事の発端は占いだった。

 カズマたちが儲け話を持ってきた礼として、バニルのほうから提案があったのだ。

 曰く、ダクネスに『破滅の相』が出ているらしい。それを詳しく占おうという話だった。

 自己利益の拡大に熱心な悪魔からの提案である。もうこの時点で胡散臭さ満点だった。

 

 結局、タダだからとダクネスが軽い気持ちで受けたその占いの予言は、こうだ。

 

 ――彼女の家と父親が、これから大変な目に遭う。

 それに対して、彼女は自らを犠牲にする短絡的な解決策を選ぶ。

 だがその選択は、父親に強い後悔と無念を抱かせる結末に至る。

 この未来を回避する手立ては、無い。

 ……ただし、ダクネスの独力では、だが。

 

 内容に妙な引っかかりを覚え、私は暫し沈思黙考した。

 病床のイグニス。デストロイヤーによる被害と莫大な負債。領主のダクネスへの執着と裏取引。ダクネスの思考パターン。そしてカズマの知的財産――。

 それらのピースを繋ぎ合わせた途端、これから何が起きるのか悟った。同時に、腹黒悪魔が何を企んでいるのか、その全貌もおおよそ読めた。

 多少不可解な点は残るが、大筋は掴めた。

 

 結論を出して意識を現実に戻した矢先、その推理を裏付ける材料が転がり込んできた。

 悪魔がカズマに『売れ筋商品をもっと開発しろ』と助言したのだ。

 ダクネスの努力ではどうにもならないが、カズマの頑張り次第では不幸を回避できるかもしれない……らしい。

 

 すなわち、金だ。やはりそういう話だった。

 私は、突如勃発した悪魔と女神の小競り合いに巻き込まれぬよう店を飛び出しつつ、推理の正しさを確信した。

 

 バニルの奸計そのものは、正直どうでもよろしい。所詮は他人事である。

 だが私は、そこに便乗して荒稼ぎできる独自プランを閃いてしまった。

 そのための人手として、バニルに部下を融通してもらったわけだ。

 

 それと同時に、暗黙の了解が成立した。

 お互い、相手の策謀に干渉しない。詮索もしない。

 極上の悪感情を堪能するなり、女神を手玉に取るなり、お好きにどうぞ。

 

 恐らく異能で見通してはいるのだろうが、バニルは私が大勢の悪魔を欲した理由を一切問いただしてこなかった。

 私もまた、仮面悪魔の思惑については答え合わせを避けている。

 計画が結果的に連動しているのは偶然に過ぎず、共謀などしていない。私は何も聞かされていない。

 仮にあちらがヘマをしたら、そう言い逃れして白を切る所存だ。向こうも同じ考えだろう。

 

 現に、バニルの企図は私の憶測にすぎない。裏付けはない。

 ……いずれにせよ、これから当面は忙しくなりそうだ。




・ダクネスの誕生日
ダクネスの誕生日ネタは二種類ある。
原作八巻でクリスから明かされる誕生日パーティーの話。
『よりみち』二巻のミニ・ストーリー集に掲載されている話。
本作では『よりみち』を来年の出来事と解釈し、原作八巻のエピソードを採用した。

・ボードゲームの力関係
ゆんゆん≪めぐみん<主人公(大人)≦未来主人公(子供)≪未来めぐみん
タイムスリップ前の主人公の方が、経験値の差もあって現在の主人公よりわずかに強い。

・魔剣の勇者vs見通す悪魔
前提条件はやや異なるが、この二人の対戦カードはWeb版に存在する。本話ではその展開を流用した。

・精神を入れ替える仮面
『愚か者』三巻に登場するアイテム……のプロトタイプという独自設定。
後の完成形と比べると、性能は若干控えめ。
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