とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-10 結婚騒動②

【方針の転換、あるいはターニングポイント】

 私は、自分を極めて理性的な人間だと認識している。

 だが、これでは説明不足だろう。もう少し掘り下げてみよう。

 

 『感情に振り回される』という言い回しがある。

 例えば、子供扱いされためぐみんがカッとなり、反射的に暴力を振るう。これは分かりやすい一例だろう。

 ああいう感情任せで後先を考えない愚行は、私にはできない。

 やらない、ではなく、で(・)き(・)な(・)い(・)のだ。

 

 私は理でもって動く。

 理性は常に感情よりも優先される。

 感情と行動が偶々一致することはあっても、それは理と情が偶然同じ方向を向いただけ。情動に突き動かされて決行したわけではない。

 換言すれば、私の行動には大小あれど必ず損得が絡む。

 

 先程『感情に振り回される』と書いたが、私はむしろ理性に振り回されていると言っても過言ではないだろう。

 人間という生き物は、誰もが常に適切な判断を下せるわけではない。

 賢者と謳われる人物ですら、衝動に駆られて間抜けな失敗を犯すことはある。感情と共存している以上、それは自然なことだ。

 それに対して、理性の枠から一歩も出ない私は……むしろ歪なのかもしれない。

 

 この観点からすれば、かつてのバニルの対応は模範解答だった。

 ウィズ魔道具店への就職が決まったばかりの頃、私は状況次第でウィズを切り捨てる可能性も視野に入れていた。

 彼女への好悪は些末な問題だ。メリットとデメリットを天秤にかけ、その傾きで判断する。それが私という人間である。

 

 その私に、仮面悪魔はこう言った。

 ウィズと仲良くする利点、裏切ることの愚かさを、徹底して理詰めで説いてきたのだ。

 良心や恐怖に訴えることは一切しなかった。

 

 情では私は縛れない。

 だからこそ、バニルの対応は正しかった。あれがなければ、どこかで関係が破綻していたかもしれない。

 性悪悪魔が私を『心を持たないゴーレム』と揶揄するのも、この気質が原因だろう。

 

 ――と、ここまで己を分析してきたが。

 最近、この自己評価を少し修正せざるを得ない出来事があった。

 

 先日、私は『めぐみんにだけ態度が違う』と指摘を受けた。

 まったく身に覚えがなく、聞いた瞬間は何を馬鹿なと鼻で笑ったものだ。

 ……が、それを念頭に自分の言動を客観的に振り返ってみたところ、否定し切れない結論に至る。

 私は、必要以上にめぐみんに気を遣いすぎている。

 

 その理由は、恐らくこの時代に遡行した際に失った記憶にある。

 未来でのめぐみんとの思い出を、喪失したはずの今の私が無意識に引きずっているらしい。

 見通す悪魔をしつこく問い詰めたところ、そういう証言が得られた。

 

 情が、私の指針にブレを生じさせている。

 打算でしか動けない私にとって、この前提の崩壊は一大事だ。

 完全に想定外だったため、自覚が遅れたのも無理はない。

 

 そして改めて意識してみると、私はめぐみんを、ついでにウィズも切り捨てられそうにない。

 殊にウィズなど、昔なら迷わず切り離せたのに、今はなぜか難しい。

 知らぬ間に、私の精神に変調の兆しが現れている。

 

 これらを踏まえ、今後のスタンスを少々改定することにした。

 私は人類と魔王軍の争いなど心底どうでもいい。勝手に殺し合えばいいとすら思っている。

 だから従来の方針は、戦争の帰趨を見定めてから生き残る策を練る、というものだった。

 

 魔王軍が勝つなら、ウィズやバニルのツテを使う。

 人類が勝つなら、魔王軍に関する調査情報を提供して恩を売る。

 私はこれまでも、この理屈を拠り所に中立を保ってきた。

 

 ――しかし、今後は人類側に肩入れする方針へと転ずるだろう。

 私自身は、人類が滅んでも一向に構わない。だが、めぐみんはそうではない。

 彼女は仲間やこれまでの繋がりを捨てて魔王軍に降ることなど、まずしない。

 そして私は、彼女と敵対するつもりもない。

 

 となると、私が存命の間に魔王軍が勝利するのは極めて困る。

 加えて、今回の顛末で私がタイムスリップに至った経緯の大筋も読めてしまった。

 その観点からも、魔王軍に与する選択肢は消えた。

 

 とはいえ、私にできることは多くない。十八番の謀略も、魔王軍相手には仕掛けづらい。

 魔王城を覆う結界によって物理的に遮断されているため、内情を窺うことすら容易でないのだ。

 さらに、そもそも種族が違うというネックもある。

 ……まあ、まったく打つ手がないわけではないが。

 これが逆に『人類勢力を崩壊させろ』という課題なら、国内を内部から食い荒らすくらい造作もないのだが。

 

 指揮官クラスを罠に嵌めて暗殺する案も考えたが、実現性に欠ける。

 どうせ力ずくで突破され、取り逃がして終わりだ。

 集団を単騎で蹂躙できる戦術級の怪物は、私のようなタイプとはひたすら相性が悪い。

 

 ――ただ、朗報もある。

 現役の魔王軍幹部のひとりについては、私でも対処できそうな目処が立ったのだ。

 

 


 

 

【ドラゴン卵の実物は、私も見たことがない】

 アクア――いや、正確にはサトウカズマか。

 モンスター討伐に出かける間、卵の孵化作業を頼まれた。

 

 その卵は、アクアが全財産を投じて入手したというドラゴンの卵らしい。

 ……が、どこからどう見ても鶏の卵である。詐欺師にカモられたのは明白だ。

 けれど当のアクアは、頑なに疑念を認めようとしない。やがて立派なドラゴンが孵ると信じて――いや、そう信じたいらしい。

 

 本物のドラゴン卵なら、億単位の値がつく。

 貴族や富豪が箔付け用に所有する、言わばステータスシンボルだ。

 鶏の卵をドラゴンと称して売りつけるとは、中々豪胆な。……いや、真に受けるアクアも大概ではあるが。

 

 そういえば、つい先日シルビア討伐の賞金が一党に支払われたばかりだ。

 当日はカズマが酒場で景気よく奢っていたし、私とウィズもちゃっかりそのお零れに与(あずか)っている。

 パーティー内で山分けしたらしく、アクアも八千万エリスほどの分け前を得ていたはずだ。……この女、まさか。

 

 キングスフォード・ゼルトマン。

 アクア曰く、いずれ孵る雛の名前だそうだ。愛称はゼル帝。

 たかが家禽の分際で、えらく仰々しい。どうせならオムレツのほうがお似合いだろうに。

 

 ちなみにゼル帝の話題は、ダクネスを占った日にも出ていたらしいが、私はまったく記憶にない。

 そのときはバニルの陰謀を解き明かそうと思考に没頭しており、周りの会話など一切耳に入っていなかったのだ。

 

 結局、卵の世話はウィズが担当することになった。

 アクアは魔力の性質がどうこうと言って私に託したかったらしいが、私の器用ステータスが低いと知るや不承不承ながら撤回した。

 不手際で卵を割りかねないと危惧されたのである。……そこはかとなく、ダクネスと同じカテゴリーの駄目な子扱いされている気がする。

 細かい手作業は別に苦手ではないのだけど。器用度が低いのは、壊滅的な運動音痴のせいっぽいし。

 とはいえ、ウィズに押し付けられるなら文句はないので、あえて訂正はしなかった。

 

 ドラゴンの卵は、親の魔力や属性を引き継ぐ。

 アークウィザードの適性を持つ時点で私も魔力値は高いが、リッチーや地獄の公爵と比べればさすがに分が悪い。

 その点、ウィズが適任なのは言うまでもない。

 むしろ魔力量だけでいえば、紅魔族の秀才ゆんゆんのほうが私より多いくらいだ。

 ……まあ、そもそも鶏の卵なのだけど。

 

 アクアは、悪魔とアンデッドの闇パワーを受け継いで、ブラックドラゴンが生まれるのではと憂慮していたが。

 何かあっても、ひよこの毛並みがブラックカラーになるだけだと思う。

 

 なお、ウィズは預かった卵を目にして不穏な反応を示した。

 怪しい目つきで卵を凝視し、ごくりと唾を飲み込んでいた。食料的な意味で、ゼル帝に強い関心があるらしい。

 今回は無事だったが、次に同じ頼みごとをされたら、目を離した隙に目玉焼きに化けているかもしれない。

 

 その前に養鶏場と交渉して、ウィズにひよことのふれあい体験でもセッティングしておこう。

 可愛い生き物を目の当たりにすれば、食欲も鈍るはずだ。私はさっぱり共感できないけど。

 少なくとも、ゼル帝が捕食される危険は多少減るだろう。

 

 ついでに有精卵も取り寄せられるよう手配しておく。

 いや、ゼル帝が食べられたときの保険として。念のため。

 どうせ相手は、ドラゴンと鶏の卵の区別もつかない節穴女神だ。卵をすり替えたところで、どうとでも誤魔化せるだろう。

 

 


 

 

【ヒュドラや銀髪盗賊団のあれこれ】

 カズマたちが挑んだモンスターとは、クーロンズヒュドラだったらしい。

 想定よりも早く目覚めさせた挙げ句、仕留め損なったという。

 おかげで現在、冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。

 

 ヒュドラは、アクセル近郊の山で長い眠りに就いていた超大物賞金首だ。

 私も噂程度には把握しているが、そういえば今年は活動期に入る年だったか。

 亜種とはいえ、れっきとしたドラゴンであり、その首には十億という桁外れの賞金が懸かっている。

 もっとも、この高額賞金は『開拓に適した肥沃な土地をヒュドラから解放する』という功績への対価でもあり、一概にモンスターとしての脅威度だけを示すわけではないのだが。

 

 それにしても、なぜカズマたちは突然そんな難敵に挑んだのか。

 ……まあ、借金だろう。

 予想していたとはいえ、ダクネスの焦燥は相当なものらしい。この蛮勇ぶりを見れば一目瞭然だ。

 

 とはいえ、彼女もそこまで向こう見ずではなかった。

 王都から騎士団が派遣され、ヒュドラを押さえ込む手筈は整っていたのだ。

 だからこそ、ヒュドラを目覚めさせた失態も、以後の情勢に大きな影響は及ぼさない――はずだった。

 

 だが、近頃王都で大事件が勃発し、騎士団はその対応に追われている。そのため、アクセルへ人員を回す余裕がないらしい。

 つまりヒュドラは現状、アクセルの独力で対処せねばならないのだ。

 これが、ギルド内の混乱を一層深めている。

 

 ちなみにその王都の事件とは、かの有名な銀髪盗賊団の一件だ。

 頭目を務めるのは銀髪の義賊。大胆不敵にも仲間とたった二人で王城へ乗り込み、腕利きの警備陣を蹴散らし、宝物を奪い去ったのちに行方を晦(くら)ませた。

 前代未聞の大失態であり、国家の威信を揺るがす一大事だ。盗賊としては破格の二億の懸賞金が手配書に躍っているのも当然だろう。

 

 そして本日、この件に関して冒険者ギルドからバニル宛に依頼が舞い込んだ。

 内容は『盗賊団の居所を占ってほしい』というものだ。

 わざわざ紅魔の里の高名な占い師を頼り、『この街に潜伏しているらしい』というところまではどうにか突き止めたらしい。

 

 私はというと、巻き込まれるのを嫌ってそっと席を外した。

 ――犯人の片割れの素性について、知りすぎているが故に。

 

 銀髪盗賊団の頭は、クリスである。

 それだけならまだしも。彼女は、幸運の女神エリスとしての顔も併せ持っている。

 人間の範疇に収まるクリスは、大した脅威ではない。

 だがエリスは無理だ。私の手に負えるラインを大きく逸脱している。

 そもそも国教の女神をベルゼルグの法で裁けるのか、そこからして甚だ疑問である。

 

 クリスの義賊行為について、私は率先して調べたわけではない。

 まだ彼女の身元を探っていた頃、副産物として偶然知ってしまったにすぎない。

 私にとっては大迷惑だ。エリスのやんちゃぶりを知ったところで、魑魅魍魎が跋扈する魔道具店の店員としては害のほうが際立つ。

 世の中には、知らないほうが益になる情報がある。これはその典型例だ。できることなら今からでも忘れたい。

 

 私とクリスを取り巻く因縁は、カオスの一言に尽きる。

 ダクネスとその背後にいるダスティネス家。アクアというエリスの先輩女神。そして神々の宿敵たる大悪魔バニル。

 まるで火薬庫のような関係性で、一度火がつけば一帯を吹き飛ばしかねない。どこまで飛び火するかも予測不能だ。軽々しく手出しできるわけがない。

 

 盗賊団の狙いについては、集まった情報からおおよその見当がつく。

 恐らく二つの危険な魔道具の回収だろう。

 ひとつはモンスターにまつわる何か。もうひとつは、この前めぐみんから話を聞いた『身体を入れ替えるネックレス』。

 後者は、王城の事件で盗賊団の手に渡った。

 

 世のため人のための行いであることは間違いない。……同時に、明らかに義賊ごっこを満喫しているけれど。

 ともあれ。女神エリスが主導する銀髪盗賊団に対しては、放置一択だ。

 

 盗賊団のもう一人、仮面の義賊については私にも心当たりがない。

 王城潜入という大一番に際して、クリスがスカウトした助っ人だろう。

 エリスの秘密を握ったところで、私では持て余すだけだ。だから調査はあえて控えている。

 

 その気になれば、彼の正体を特定するのは容易い。私なら、ほんの僅かな手がかりからでも真実に辿り着ける。

 だからこそ用心しないと、うっかり暴いてしまいかねない。

 ……こういうときばかりは、自分の推理力の高さが煩わしい。

 

 ところで、件(くだん)のバニルへの依頼だが。

 後で聞いたところ、見通す悪魔でも盗賊団の居所は掴めなかったそうだ。

 ピカピカと眩しいばかりで断念したとか。

 

 クリスは当然として、もう一人もだ。

 女神が近くにいると見通し辛くなると聞いたことがある。偶々エリスと連れ立っていたのだろうか。

 いずれにせよ、ギルドの提示した報酬は守銭奴悪魔の懐に入らなかった。

 

 バニルとしては、この結果に思うところがあったらしい。

 落ち込んでいる様子ではないが、しばらく何事かを考え込んでいた。

 ……まあ、一時的なものだろう。

 

 


 

 

【セレスディナ弱体化計画、始動】

 レジーナ教徒のゴースト、ルーシーに会ってきた。

 いい加減、こちらの都合でゆんゆんのテレポート登録枠を教会跡地で専有し続けるのもどうかと思ったのだ。

 それに今日の当店は、突発したウィズとバニルの大口論のせいで、実質的に臨時休業状態だった。

 避難がてら、空いた時間でタスクを片付けることにしたわけである。

 

 なお、その口論について少し補足しておこう。

 ウィズが、いつの間にか転送先を紅魔の里に上書きしていたのが発覚したのだ。

 しかも引き換えに削除したのは王都。商売上で最も重要な場所のひとつであるにもかかわらず、最近足を運んでいないという理由で、相談もせず独断で抹消してしまったらしい。

 アルカンレティアを削らなかった辺りが、ポンコツ店主たる所以だろう。

 恐るべきガラクタ職人と契約していないことだけが、不幸中の幸いだった。

 

 思い返せば先日、ウィズとバニルはゆんゆんの協力を得て紅魔の里を訪れている。

 このとき、ウィズの胸中では『ぜひ転送先に登録したい』という欲求がむくむくと湧き上がったそうだ。

 一方で、私やバニルが激しく反発するのは目に見えていた。

 だからアクセルに戻って解散するのを待ち、ゆんゆんをこっそり呼び出して再訪。

 私たちに気取られぬよう、水面下で転送登録を済ませたのだ。実に小賢しい。

 

 それによって、こちらは完全に裏をかかれた。

 ウィズが里をこっそり登録したことに、誰ひとり気づけなかったのである。

 そして今日、その秘密が白日の下に晒され、店内ではその沙汰を巡って大紛糾。

 私は巻き込まれたくない一心で、さっさと店を後にしたのだった。

 

 では、本題に戻ろう。

 結論から言えば、ルーシーとの接触は波乱もなく平穏無事に終わった。

 一番の目的だった女神レジーナについての情報も、概ね聞き出せた。

 

 その辺を詳しく知りたくて、わざわざ来たと告げると、ルーシーは嬉々として語ってくれた。

 まあ、そんな物好きは他にいないのだろう。ゴーストにまで堕ちた経緯を思えば、布教に必死なのも納得できる。

 信徒を増やさねば、女神レジーナの消滅が現実味を帯びてしまうのだから。

 どことなくアクシズ教徒の必死な勧誘に通じるものがある。弱小宗派特有の悲哀が垣間見えた。

 

 さて。教義を聞かされていると、ゆんゆんがやや引き気味の顔で『……これって邪教なのでは?』と口走りそうになった。

 我慢は不要、良心も道徳も常識もポイして、ムカつく相手には徹底的に報復しよう――そう力説されれば、そう思うのも無理はない。

 現にルーシーも生前、弟に結婚詐欺を仕掛けた女をその教えのままに叩き潰し、無一文に追いやったらしい。

 ……好意的に解釈すれば、理不尽に抗う勇気を与える慈悲深い女神、とも言えるのだが。

 

 私は咄嗟に、ゆんゆんの口を手で塞いだ。

 信者本人を前にして『邪教』呼ばわりとは、不用意にも程がある。

 このコミュ障は距離感がバグっているのか、案外ズケズケと物を言う。そういうところが空気を読めないぼっちたる所以なのだ。

 

 少なくとも私が冒険者ギルドで調べた限り、レジーナは邪神扱いされていない。

 だからこそ、ルーシーを祓うクエストがこれほど難航しているのである。

 

 さて、教えを拝聴して判明したレジーナの加護は下記の通りだ。

 その一、貸しを作った相手を傀儡化する。

 その二、危害を加えられると、加害者に同じ被害を与える復讐の呪いを発動する。

 その三、信者が命を落とすと、周囲に多種多様な呪いを撒き散らす。

 

 ……メチャクチャ鬱陶しい能力だ。

 とりわけ傀儡化は、現代では使うモンスターも絶滅し、世間から忘れ去られた特殊な状態異常だ。

 貸し借りが発動条件というのもいやらしい。完全に初見殺しである。

 

 一瞬、加護欲しさに真面目に入信しようか検討したほどだ。

 だが私の企みが軌道に乗れば、この加護は役立たずと化す。だから踏みとどまった。

 

 というか、そもそもルーシーに話を聞きに行った行為自体がかなり際どかった。

 一応、出発前に見通す悪魔から安全祈願を兼ねて保証を得てはいたものの……。

 

 レジーナの加護は厄介だが、その怖さは『誰も知らない』ことに由来している。

 マイナーすぎて有効な手立てを打てないのだ。

 だが、ベールを剥ぎ取って広く周知してしまえば、その脅威は大幅に薄まるだろう。

 

 ルーシーと別れてアクセルへ戻ったあと、ゆんゆんに『これからどうするのか』と尋ねられた。

 ――ルーシーの憂いを晴らし、心安らかに成仏させる。

 すなわち、レジーナ教の信者拡大に手を貸す。

 私はルーシーとそう約束した。その件に関しての問いだった。

 

 赤の他人の申し出に、彼女は半信半疑の表情を浮かべていたが、それでも一助になるならと、レジーナの教えを惜しみなく伝えてくれた。

 ……思った以上に邪教じみていて、自信が少し揺らいだけども。

 

 まあ、アクシズ教徒とかいう邪教徒の見本みたいな連中が、堂々と日の下を歩ける世情だ。やりようはいくらでもある。

 

 私の答えなど、決まりきっている。

 宣伝する。レジーナ教の啓蒙と布教活動を、大々的に実施する。

 わざわざ旗振り役を買って出たのだ。辺境の片隅で有名、なんて小ぢんまりしたスケールで満足する気は毛頭ない。

 

 まずはこの国の『常識』としてレジーナ教の名を浸透させる。

 信者数は、四桁の大台を突破すればさすがに十分だろう。

 二重の意味で。

 

 


 

 

【契約締結】

 ダスティネス邸を訪れ、イグニスと直接会談してきた。

 彼と顔を合わせるのは、これが初めてだ。

 ……正直、聞き及んでいたよりも容態はかなり悪い。

 

 私の見立てでは、この日私が屋敷を訪れたことは、表向き『無かったこと』として処理されるだろう。

 最終的には、あちら側の判断に委ねられるが。

 

 ――会談の詳細については、ここでは語らない。

 

 


 

 

【アクセル冒険者による大金星】

 件のヒュドラが、遂に討たれた。

 連日の突貫で自滅しかねないダクネスの無茶を見かねたカズマが、ギルドに屯(たむろ)する冒険者たちへ援助を求めたのだという。

 そうして集まった冒険者たちの総力戦により、ようやく撃破へと漕ぎ着けたらしい。

 

 戦闘での損耗は、ゼロ。

 ……正確には負傷者が続出し、死者も一名出たのだが、アクアの回復魔法によって死者すら完治した。

 結果的に犠牲者は皆無、というわけだ。

 

 駆け出し連中を率いてこの戦果とは。脱帽せざるを得ない。

 十年前の騎士団と比べれば歴然だ。当時はヒュドラを休眠に追い込むのが精一杯で、トドメを刺せなかったのだから。

 総じて、冬のデストロイヤー総力戦を彷彿とさせる顛末だったと言える。

 ……よく考えたら、あれからまだ半年も経っていないけれど。

 

 ただし、手放しに称賛できる話でもない。

 賞金が参加者全員で分配されることになったのだ。

 ヒュドラは倒したものの、ダクネスの本当の目的は果たされていない。

 

 そもそも、彼女があれほど執拗にヒュドラ討伐にこだわったワケを知る者はいなかった。

 打ち明けさえすれば、賞金の譲渡を申し出る者もいたはずだ。

 だが貴族としての誇りを持つダクネスにとって、庶民が命懸けで得た金銭を取り上げるなど論外だったのだろう。

 だから、誰にも事情を話さなかった。

 冒険者たちが助太刀してくれたことは、街を守ろうとするダクネスの覚悟を、むしろ誤った方向で固めてしまったのかもしれない。

 

 ……頭が固すぎるだろう、あのクルセイダー。

 個人で賄える限界など知れているのに、自分一人でいい感じにまとめようとしすぎだ。

 もっと根本的なところで人を信頼することを学ばないと、いずれ潰れる。

 ……まあ、これ、私自身にも当て嵌まる悪癖なのだけど。

 

 なまじ大抵のことは自力で対処できてしまうせいで、私は自己完結してしまう。

 だからこそ、他人に信を置くという発想そのものに至らない。

 要するに、ただのブーメランだった。

 

 さて。この一件は、冒険者たちにとっては恵みの雨となった。

 多額の報奨金で、彼らの懐が再び潤ったのである。

 ようやく稼ぎを使い果たして渋々クエストを受け始めた矢先だったのに、これでまた振り出しに戻った。

 

 必然として、ギルドのクエスト消化は滞る。

 職員たちが阿鼻叫喚となり、血の涙を流すのは目に見えている。大悪魔の予言を持ち出すまでもない。

 

 ……もしウィズのせいで明日店が潰れたとしても、今の冒険者ギルドだけは再就職先に選びたくない。過労で死ぬ。

 

 


 

 

【言うなれば、嵐の前の静けさのような】

 特に根拠はない。ないのだが……猛烈に嫌な予感がする。

 この感覚とは長年の付き合いだ。悪寒の正体については、既に目星がついている。

 放置すれば、ウィズ魔道具店はそう遠くない未来に巨額の損失を計上する。しかも今度は、過去最大級の大赤字になりかねない。

 

 ……とはいえ、見渡したところ爆弾らしきものは見当たらない。

 商いはすこぶる好調だ。新作を並べた初期の爆発力こそ失ったが、収益は順調に増え続けている。

 だが異変があるとすれば、元凶はただ一人――異次元の商才を遺憾なく発揮する、不良債権女ことウィズに決まっている。

 

 というわけで、ストレートにウィズを問い詰めてみた。

 

 ……が、結果は惨敗だった。

 怪しい点は見つからず、挙げ句に冤罪でネチネチ詰(なじ)られて店長が拗ねてしまった。

 

 考えてみれば、あのデュークの一件以来、ウィズは妙に大人しい。危ない場面はあっても、目立った負債は作っていない。

 喜ぶべきことのはずだが……逆に不安だ。

 何というか、次の大暴れへ向けてエネルギーを蓄えているかのような、不気味な静けさがある。

 

 そこで予防策として、アクセルとその近隣に生息する詐欺師や悪徳商人は、片っ端から血祭りに上げておいた。

 これで、ウィズから大金を騙し取る輩はいなくなったはずだ。

 ただし、ダストのように放置しても無害な小物は生き残っている。

 ちなみに血祭りとは、もちろん社会的な意味である。

 

 ……が、ここまでしても状況が好転した気がしない。

 

 余談だが、血祭りの過程でアクアにゼル帝を売りつけたと思われる人物の所在が判明した。

 なぜかアクシズ教徒に袋叩きにされ、さらに詐欺罪で逮捕。今は刑務所暮らしだという。

 

 閑話休題。

 これでも不安が拭えなかった私は、次にバニルへ応援を要請した。

 店の危機ということで、仮面悪魔は迅速に見通してくれたが……空振りに終わる。

 バニルの異能も万能ではない。自分自身や、力が拮抗するウィズに関わる案件では、何も見えなくなるのだ。

 はっきりしたのは、少なくとも赤字の戦犯が私ではない、ということだけだった。

 

 しかしバニルは、私の直感を『ただの心配性』と軽く流した。

 ……いや。そもそも今のバニルは私の懸念になど興味が向いていない。晩ご飯前の子供のように、気もそぞろなのだ。

 

 そんな悪魔が、エルロード王国の首都にあるカジノ見学に行かないかと持ちかけてきた。

 『近々莫大な儲けが入る予定だから、それを元手にカジノを建てたい』とのことである。

 あの国は、カジノ大国として名を馳せる本場だ。アクセルで新たにカジノを築く前段階として、参考に先達を見聞してこい――要するにそういうことだ。

 

 言い分は道理だし、言外の意味も理解できる。

 だがカズマから教わった言葉を借りるなら、まだ手にしていない富の皮算用に現を抜かすのは……どうにも『フラグ』のような気がしてならない。

 

 あと、もうひとつ言わせてもらうと。

 個人的にはカジノよりも、新聞社が欲しい。




・正史ゆんゆんが、紅魔の里を転送先に登録した時期
原作九巻ではまだ。十三巻だと登録済み。
十一巻で、ふにふらたちに連れ去られた頃に登録を済ませたと推測できる。
なお、十一巻の終わりに魔王軍を里から追い払ったあと、十三巻の序盤で族長試練が開催される。……族長、ちょっと愛娘に忖度してません?

・イグニスとの対談
詳しくは第三章にて。

・見通す力の反動
原作七巻一章、『仮面』一章より。
金稼ぎなどの欲に駆られて安易に能力に頼ると、収支の帳尻を合わせるかのように、強烈なしっぺ返しがやってくる。
この現象は力の使用に伴う反動であるため、大本のバニルの能力では予知や回避は不可能と思われる。
ちなみに七巻一章の占いシーンには、主人公も前話ラストで居合わせていた。だが、ちょうど思考に没頭していたため、話を丸ごと聞き逃した。おかげで反動については、まったくのノーヒント状態。
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