とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【方針の転換、あるいはターニングポイント】
私は、自身を極めて理性的な人間であると認識している。
とはいえ、これだけでは言葉が足りまい。よって、もう少し掘り下げるとする。
感情に振り回される、との言い回しがある。
子供扱いされためぐみんがカッとなり、反射的に暴力を振るう。あくまで一例だが、これは最たる例だろう。
ああいった感情任せで、後先を顧みない愚行は私にはできない。
やらない、ではなく、できない。
私は、理でもって動く。
理性とは、私にとって常に感情よりも優先されるものだ。
よしんば感情と行動が一致しても、それは理と情がたまさか同じ方角を向いただけ。情動を拠り所に、決行へと移したわけではない。
換言すると。私の振る舞いには、大小の差はあれど必ず損得が絡む。
先程は『感情に振り回される』との表現を引き合いに出した。
だが。私は反対に、理性に常時振り回されている。そう評して過言ではない。
人は、人間という種は、いつだって適切な判断を下せるとは限らない。
賢者と謳われる大人物でも、衝動的に動いて、耳を疑う間抜けな失敗をする事例とてある。感情と付き合っていく以上、これは仕方がない。自然なことだ。
理性の範囲内でしか動かず、決してそこを逸脱しない私の在り方のほうが、むしろ歪と言える。
そうした観点では、かつてのバニルの私への対応は模範解答だった。
まだ、ウィズ魔道具店への就職が内定したばかりの頃。私は、状況次第でウィズを切り捨てることを視野に入れていた。
彼女への個人的な好悪は些事だ。そんなものは重要でない。
メリットとデメリットを天秤にかけて、その傾きをつぶさに眺めて判ずる。私はそういったものの見方をする。
そこに仮面悪魔が、仲良くする利と、裏切る愚を説いてきた。良心や恐怖などの、心情に訴える真似は一切しなかった。
情では私を縛れない。
徹底して利害だけを語った悪魔の対応は、実に正しい。あれが無ければ、どこかで関係が破綻していたやもしれない。
性悪悪魔が、時折私を心を持たないゴーレムかのように揶揄してくる一番の要因は、こういった気質にあるのだろう。
と、ここまで様々書いたものの。
そんな自身への評価は、少々修正せねばならなくなった。
先頃。私の態度が、めぐみんに対してだけ異なるとの指摘を受けた。
身に覚えが無く、言われた直後は何を馬鹿なことをとしか思わなかった。
しかし。それを念頭に置き、改めて自らの言動を客観的に回顧すると。確かに主張を認めざるを得ないと結論に達する。
私は、不必要なまでにめぐみんに気を遣いすぎている。
その理由は、私がこの時代へと遡行する折に失った記憶にあるようだ。
未来でのめぐみん当人との思い出を、喪失したはずの今の私が引きずっている。それが無意識下で影響を及ぼしている、らしい。
見通す悪魔をしつこく詰問すると、そのような証言が得られた。
情が、私の指針にブレをもたらしている。
打算でしか動けない身にとって、その前提が覆る一大事だ。
まったくもって慮外のことで、考慮すらしていなかった。だから自覚が遅れた。
そして、目を向けたのを契機にやっと気がついたのだけど、私はめぐみんを――あとついでに、ウィズを切り捨てる選択を採れそうにない。
とりわけ、ウィズには昔ならできたのに、今はなぜか難しくなっている。
知らぬ間に、私の精神に変調の兆しが現れている。
それらを加味して、今後のスタンスを多少改定することとした。
私からすると、人類と魔王軍の争いは心底どうでもいい。勝手に殺し合えばいい。
よって焦点は、戦争の帰趨が見えてからの生存戦略となる。
魔王軍が勝利するなら、ウィズやバニルのツテが使える。現に、カズマが台頭するまでは、そうなる公算が高かった。
人類が勝つならば、私が調査して集めている魔王軍の情報を提供して、彼らに恩を着せる一手を検討している。
同僚らの微妙な立ち位置もあるが、私としてはそういった理屈を基に、これまでは極力中立を維持してきた。
しかし以降は、人間側へ肩入れする向きへと転ずることになるだろう。
私としては、必要とあらば人類を滅ぼすのはやぶさかでない。だが、めぐみんはそう考えまい。仲間を始め、既存の繋がりを破棄してまで魔王軍へと降る可能性はほぼ無い。
そして私には、彼女との本格的な敵対を選ぶ意志は無い。
となると、私が存命の間に、魔王軍が戦いを征するようなことがあっては困る。
何よりも、今回の顛末で、私がタイムスリップへと至った筋道が大体読めた。その点でも、魔王軍に与するのは無しだ。
とはいうものの。私に可能な助けは、然程は思いつかない。
十八番でもある謀略は、魔王軍に対しては仕掛け難い。
国内とは違い、魔王城を覆う結界によって内外が物理的に遮断されているため、内情を窺うことすら容易でないのだ。種族すら異にしているとのネックもある。
まあ、これについてはてんで打つ手がない、というわけでもないが。
これが逆に、人間勢力の牙城を崩せとの課題ならば、この国を内部から崩壊させる程度は恐らくそれほど苦労しないのだけど。
幹部を筆頭とする指揮官クラスを罠に嵌めての暗殺、という方策は実現性に欠ける。
力づくで雑に食い破られて、甲斐なく取り逃がすのがオチだ。
個でありながら集団を跳ね返せる武力を保有する戦術級の怪物は、私のようなタイプとはひたすら相性が悪い。
ただ、そんな中でも朗報がある。
現役の魔王軍幹部の一人に関して、私でも何とかなりそうな目処が立った。
【ドラゴン卵の実物は、私も見たことがない】
アクア、というよりサトウカズマか。
モンスター討伐に出かける間の、卵の孵化作業を頼まれた。
アクアが全財産を叩いてまで入手したドラゴンの卵、らしいのだけど。
どこからどう見ても、鶏の卵だ。詐欺師にカモられたのは明白だった。
しかし、当のアクアは頑なな姿勢を崩さない。やがて立派なドラゴンが誕生すると信じて――いや、信じようとしている。
本物のドラゴン卵は、価格に換算して億は下らない。
貴族や富豪が高価なアクセサリー気分で所持する箔付け的アイテム、と言えるだろう。
鶏をドラゴンと言い張って売りつけるとは、また豪胆な。真に受けるアクアも大概だが。
そういえば。ついこの間、一党にはシルビア征伐の賞金が授与された。
当日は、カズマが景気よく酒場の客に奢っていた。実は私とウィズも、ひっそりとお溢れに与っている。
賞金は、パーティー内で山分けしたという。したがって、アクアも約八千万エリスの分け前を得ている。この女、まさか……。
キングスフォード・ゼルトマン。
アクア曰く、いずれ孵る雛の名前だとか。愛称はゼル帝。
たかだか家禽の分際で大仰な。命名なら、オムレツがお似合いだろうに。
ゼル帝に関しては、どうもダクネスを占った日にも話題に上ったらしい。私はまったく覚えてないけど。
というのも。ちょうどバニルの陰謀を解き明かさんと思考に没頭していた最中の出来事で、当時の私は、周りの会話にまで注意を払っていなかったのだ。
幾ばくかのやり取りを経て、卵の世話はウィズが務めることで落着した。
魔力の性質が云々との事情で、アクアは私に託したかったようだが。肝心の私の器用ステータスがかなり低いと露呈するや、不承不承ながら撤回した。
不手際で卵を割りかねないと危惧されたのだ。そこはかとなく、ダクネスのようなダメな子と勘違いされてる感が。
細かな手作業は苦手としていないのだけど。私の器用度が平均以下なのは、壊滅的な運動音痴を参照しているっぽいし。
ただし。ウィズへと押し付けるのに否やはないため、特段口出しはしない。
ドラゴンの卵は、親に影響されて高い魔力や属性を継承する。
アークウィザードの適性を有す時点で、私も人間規格だと上位の魔力値なのは自明の理だ。とはいえ、比較相手がリッチーと地獄の公爵では、分が悪いどころではない。
それを踏まえると、ウィズが適任なのは疑うべくもない。
というか。魔力量で言うのなら、紅魔族の中でも秀才として通っているゆんゆんのほうが、私よりも多いくらいだ。
まあ、ドラゴンではなく鶏の卵だけども。
アクアは、悪魔とアンデッドの闇パワーを引き継いで、ブラックドラゴンが生まれてしまうのではと憂慮している。
何かあったとしても、ひよこの毛並みがブラックカラーになるだけだと思う。
なお。預けられた卵に、ウィズが不穏な反応を示した。
怪しい目つきで卵を凝視し、ごくりと唾を飲み込んだのだ。食料的な意味で、ゼル帝にとても強い関心があるらしい。
今日は大丈夫だったが。後日また同じ頼みごとをされたら、目を離した隙に目玉焼きに化けないとも限らない。
養鶏場と交渉して、ウィズとひよこのふれあい体験をセッティングしておこう。
愛らしい生き物を傷つけるのには抵抗を覚えるものだ。私はさっぱり共感できないけど。ひよこが脳裏を掠めれば、ゼル帝が捕食される危険も減るだろう。
あと、有精卵を取り寄せられるようにもしておこう。
いや。ゼル帝が食べられた時用に。念のため。
どうせ相手は、ドラゴンと鶏の見分けもつかない節穴女神だ。卵をこっそりすり替えても、どうとでも誤魔化せるだろう。
【ヒュドラや銀髪盗賊団のあれこれ】
カズマたちが挑んだモンスターとは、クーロンズヒュドラだったらしい。
想定よりも早く目覚めさせた挙げ句、仕留め損なってしまった。
そのことで、冒険者ギルドでは只今、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
ヒュドラは、アクセル付近の山で眠りに就く超大物賞金首だ。
私も存在だけは伝え聞いている。そういえば、周期的に今年が活発期だったか。
亜種とはいえ、れっきとしたドラゴンだ。その首には、十億という途方もない額の賞金が懸かっている。
ただし。この高額賞金は、開拓に適した肥沃な土地をヒュドラから解放する功績への対価、との側面がある。一概に、モンスターの脅威度を指しているわけではない。
藪から棒に、彼らがそんな難敵に挑戦した所以とは――まあ、借金だろう。
予期した通りとはいえ、ダクネスの抱く焦燥は余程に大きいらしい。このような蛮勇を奮うくらいには。
ただし。彼女とて、リカバリーを勘定に入れないほどには向こう見ずでなかった。
ヒュドラを押さえ込むため、王都からは騎士団が派遣される手筈となっている。そのため、ヒュドラを叩き起こした失態は、以後の情勢に波及しない。
そのはず、だったのだが。
近頃、王都で大事件が勃発した。現在騎士団はその始末に奔走しており、アクセルへと人員を派する余力が無い。
すなわち。ヒュドラは現状、アクセルの独力で受け持つしかない。それが、ギルドでの混乱に繋がっている。
ちなみに。
王都での事件とは、かの名高い銀髪の義賊が頭目を担う、銀髪盗賊団の事案だ。
大胆不敵にもたった二人で王城へ乗り込み、腕利きの警備を蹴散らして宝物を奪取し、遂には行方を晦ました。
前代未聞にして、国家の威信を揺るがすとんでもない不祥事だ。
それを反映してか、手配書には、盗っ人としては破格の二億もの懸賞金がついた。
なお本日、この関連でバニルに宛てて冒険者ギルドからの依頼があった。
盗賊団の居所を占ってもらいたい、というものだ。
紅魔の里の占い師に助力を仰いで、この街に潜伏していることまでは突き止めたらしい。
巻き込まれるのを懸念して、私は一旦席を外した。犯人の片割れの素性について、知りすぎているために。
盗賊団の頭は、クリスだ。
そこまでならまだしも。彼女は、幸運の女神エリスとしての顔を持つ。
人間の枠組みに収まるクリスは、取るに足りない。だが、エリスは無理だ。私の手に負える範疇を超えている。
国教の女神を、ベルゼルグの法で裁けるのかも甚だ疑問がある。
クリスの義賊行為については、率先して調べたわけではない。
まだ彼女の身元を探っていた時期に、その副産物として偶然知ってしまった。
私からすると誠に不本意。いい迷惑だ。
エリスのやんちゃ具合を知悉したところで、魑魅魍魎が跋扈する魔道具店の店員としては、害のほうが際立つ。
知らないほうが、かえって益になるケースがある。これはその類例だ。正直、叶うのなら今からでも忘れたい。
私とクリスを取り巻く因縁は、カオスの一言に尽きる。
ダクネスと、その背後のダスティネス家。エリスの先輩女神ことアクア。神々の宿敵たる、大悪魔のバニル。
言わば、火薬庫だろう。一度導火線に火がついてしまえば、一帯が丸ごと吹っ飛びかねない。どこまで飛び火するかの予測すら困難だ。軽はずみに手を出せない。
義賊の目当ては、私の分析に過誤が無ければ二つの魔道具の回収だろう。
何らかのモンスターにまつわる物品と、この前めぐみんからも伝聞した身体を入れ替えるネックレス。
後者は、先述の事件で盗賊団の手に渡った。
ひとまず、世のため人のための行いなのは間違いなさそうだ。……同時に、明らかに義賊ごっこを満喫しているけど。
とにかく。女神エリスが主導する銀髪盗賊団は放置一択だ。
盗賊団のもう一人、仮面の義賊に関しては私も心当たりはない。
城への潜入という大一番に際して、クリスがスカウトした助っ人と思われる。
エリスの秘密を握っても、私では持て余すだけで不利益にしかならない。よって、その辺の情報収集はあえて控えている。
その気になれば、彼が何者かを特定するのは容易い。
私なら、ほんの僅かな手がかりがあれば、そこから真実に辿り着けてしまう。用心しないと、意図せずうっかり暴きかねない。
こういうときは、自身の推理力の高さを煩わしく思う。
ところで。前述したバニルへの依頼についてだが。
後ほど聞いた話によると、見通す悪魔でも盗賊団を見つけ出せなかった。ピカピカと眩しいばかりで断念したとか。
クリスは当然として、もう片方もだ。
女神がすぐ傍らにいると、見通し辛くなると聞いたことがある。偶々エリスと連れ立っていたのだろうか。
ともあれ。ギルドが提示した報酬は、守銭奴悪魔の掌中に入ることはなかった。
バニルとしては、この結末に何かしら思うところがあったらしい。
ショックを受けている風ではなさそうだが、何事かをずっと考え込んでいた。
まあ、一時的なものだろうが。
【セレスディナ弱体化計画、始動】
レジーナ教徒のゴースト、ルーシーに会ってきた。
いい加減、こちらの都合でゆんゆんのテレポート登録枠を教会跡地で専有したままなのも、良くないだろう。
それに、突発したウィズとバニル両名による口論の煽りを受けて、今日の当店は実質的に臨時休業の様相を呈している。
避難ついでに、空いた時間でタスクを片付けようと思い立ったのだ。
なお。口論について補足すると。
ウィズがいつの間にか、転送先に紅魔の里を上書きしていたと発覚したのだ。
しかも、引き換えで削除した地点は王都。商売上で重きを置いているにもかかわらず、最近は仕事で赴いていないからと、相談もせず独断で消してしまった。
そこでアルカンレティアを着想しない辺りが、ポンコツ店主たる証左と言える。
恐るべきガラクタ職人と契約を交わしてない点だけが、不幸中の幸いだった。
先日。ゆんゆんの協力を受けて、ウィズとバニルの二人は紅魔の里を訪問した。
この際に、ウィズの胸中では転送先に登録したいとの気持ちが沸々と湧いたそうな。
一方で、私やバニルが激しく反発するだろうとも思い至った。
だから、アクセルに帰還して解散するのを待ってから、ゆんゆんに頼み込んでコソコソと再訪するとの小癪な小細工を弄した。すべては、私たちに気取られないために。
これが思う壺に嵌まって、ウィズが内緒で里を登録したのを察知できなかった。
今日になってそれが露見し、店内ではその沙汰を巡って酷く紛糾しているのだ。
では、本題に戻ろう。
初めに断っておくと、ルーシーとの接触は特別波乱もなく、平穏無事なままに終息した。
最も知りたかった女神レジーナの諸々も、概ね聞き出せた。
それについて詳しく知りたくて遥々ルーシーの元まで足を運んだと吐露すると、先方は嬉々として教えてくれた。
そんな変わり者は他にいなかったろうし、ゴーストに成り下がった経緯からして、布教に熱心なのは当たり前だ。
信徒を増やさねば、女神が消滅するかの瀬戸際を脱せないのだから。
何となく、アクシズ教徒の必死な勧誘とも重なる部分があるというか。弱小宗派特有の悲哀が垣間見える一幕だった。
なお。レジーナ教の教義について教示を受けていると。一緒に傾聴するゆんゆんが、やや引き気味な表情で、ポロっと『邪教なのでは』との感想を口走りそうになった。
我慢は不要。良心、道徳、常識はポイして、ムカつく相手に報復しよう。と力説されては、さもありなん。
ルーシーも生前、弟に結婚詐欺を働いた女をそうやって無一文へ追いやったとか。
良く言えば、理不尽に抗う勇気を授ける慈悲深い女神なのだけど。
それはそれとして、私は咄嗟にゆんゆんの口を手のひらで塞ぎ、問題発言を遮った。
このコミュ障は距離感がバグっていて、案外ズケズケと物を言う。そんなだから、空気の読めないぼっちなのだ。
少なくとも私が冒険者ギルドで下調べした限りだと、レジーナは邪神と見做されていない。だからこそ、ルーシーを祓うクエストはこうまで難渋している。
というか。それを差し置いても、信者本人を前にして邪教呼ばわりは不用意にも程がある。
それはともかく。拝聴したレジーナの加護は、下記の通りだ。
貸しを作った相手を傀儡化する。
危害を加えられると、復讐の呪いで同一の被害を加害者にも付与する。
宗徒の命が絶たれると、周辺に多種多様な呪いを振り撒く。
メチャクチャ鬱陶しい能力だ。
殊に傀儡は、現代では使用するモンスターが絶滅して、世間からは忘れ去られた特殊な状態異常だ。貸借がキーな点も相まって、えげつない初見殺しと化している。
加護欲しさに、真面目に入信しようか一考したくらいだ。
ただ。私の企みが軌道に乗ると、加護は役立たずとなってしまう。だから思い留まった。
というか。傀儡化の条件的に、ルーシーに話を伺うアクション自体が際どかった。
一応願掛け代わりに、見通す悪魔から出先での安全を事前に担保してもらってはいたけども。
レジーナの加護は厄介だが、それは未知というアドバンテージに依拠している。
マイナー過ぎて誰も知らない。だから、有効な手立てを打てない。
ベールを剥ぎ取って周知してしまえば、その怖さは減衰するだろう。
ルーシーと別れてアクセルへ帰ると、これからどうするのかをゆんゆんに問われた。
ルーシーの憂いを晴らし、心安らかに成仏できるように一肌脱ぐ。つまり、レジーナ教の信者拡大に手を貸す。
私はルーシーと、そんな約束をした。
縁もゆかりもない相手の申し出だから、あちらも半信半疑という面持ちだったものの。それでも一助になるならと、レジーナの教えを余すところなく教授してくれた。
思ったよりも邪教で、自信がちょっと揺らいだけども。
まあ、アクシズ教徒とかいう邪教徒みたいな連中とて、お天道様の下を堂々と歩ける世情だ。やりようはある。
ゆんゆんの問いかけへの回答としては、知れたことだ。
宣伝する。レジーナ教の啓蒙、布教活動を大々的に実施する。
私がわざわざ旗振り役を買って出たのだ。辺境の一地方で有名、なんてせせこましいスケールで満足する心算は更々ない。
手始めに、この国の一般常識としてレジーナ教の名を浸透させる。
信者数にしても、四桁の大台をクリアすればさすがに十分だろう。二重の意味で。
【契約締結】
ダスティネス邸を訪って、イグニスと直接会談してきた。
彼との対面は、これが初だ。
……聞き及んでいたよりも、容態は随分とよろしくないらしい。
私の見立てでは、この日私が屋敷に来訪したとの事実は、表向き無かったこととして処理されるだろう。
結局は、あちらのジャッジ如何だけど。
会談の詳細については、ここでは伏せる。
【アクセル冒険者による大金星】
件のヒュドラが討たれた。
討ち取らんと連日突貫するダクネスの無茶を、カズマが見かねて、冒険者ギルドに屯する同輩へと力添えを求めた。
そうして集った冒険者の総掛かりで、ようやく撃破へ漕ぎ着けたとか。
戦闘における損耗は、ゼロ。
正確には、負傷者は相次いだし、死亡も一名だけ出た。
とはいえ。アクアの回復魔法によって、死者も含めて全員完治している。だからこそ、最終的な犠牲は皆無となっている。
駆け出し連中を率いてこの戦果とは、脱帽する他ない。
十年前の騎士団と対比すれば歴然だ。彼らは、ヒュドラを休眠へと追い込むのが限界だった。トドメを刺せなかったのだ。
総じて、冬のデストロイヤー総力戦を彷彿とさせる顚末だったと言えよう。よくよく考えると、あれからまだ半年も経ってないけど。
ただし、手放しで称賛もできない。
賞金は、参加者一同で分配することが確定してしまったのだから。
ヒュドラは倒せど、ダクネスの本当の目的は達成できていない。
彼女が執拗なまでにヒュドラ打倒にこだわった背景を、誰も承知していなかったのだ。
実際には、胸襟を開けば賞金は譲ってもらえただろう。だが、貴族としての誇りを持つ彼女は、庶民が命懸けで得た金を取り上げるのを良しとしないらしい。
だから、誰にも打ち明けていない。
冒険者が助太刀してくれたことは、街を守らんと願うダクネスの覚悟を、誤った方向で固めさせてしまった。
頭が固すぎるだろう、あのクルセイダー。
個人で賄える限度など知れてるのに、自分一人でいい感じにまとめようとし過ぎだ。
もっと根本的なところで人を信頼することを学ばないと、いつか潰れる。
……まあ、これ、私自身にも当て嵌まる悪癖だけど。
なまじ大抵の事柄を自力で対処できるせいで、私は自己完結してしまう。故に、他人に信を置く着眼点へと到達できない。
要するに、ただのブーメランだった。
ところで。この一事は、冒険者にとって慈雨となった。
多額の報償金で、彼らの懐がまたしても潤ったのだから。
ようやっと稼ぎを使い果たして、渋々クエストを受注し始めていたのに。これで形勢は振り出しに戻った。
必然として、ギルドのクエスト消化は滞る。
職員らが阿鼻叫喚となり、血の涙を流すのは必定だろう。大悪魔から予言を授かるまでもなく、余裕で見通せる。
もしも、ウィズのせいで明日閉店に陥ったとしても。今の冒険者ギルドにだけは再就職したくない。過労で死ぬ。
【言うなれば、嵐の前の静けさのような】
特に根拠は無いが、漠然と、しかし猛烈に嫌な予感がする。
されど、長年慣れ親しんでいる感覚のため、悪寒の正体はとうに目星がついている。
多分、これといって対策を講じず手を拱いたままでいると、ウィズ魔道具店は遠からず巨額の損失を計上する羽目になる。
それも今度は、空前の大損害となるやもしれない。
ただ。一見して、それらしい爆弾が見当たらない。
商いはすこぶる好調だ。新作を店頭に並べた最初期の爆発力こそ失くなって久しいが、収益は依然順調に増大している。
とはいえ。変事があるとするなら、その元凶は異次元の商才を遺憾なく発揮する不良債権女以外に考えられない。
なので、ストレートにウィズを問い詰めた。
が、試みは不首尾に終わる。
不審な要素を見出せないどころか、冤罪でネチネチと詰られたのに店長が拗ねた。
思えばあのデュークの一件以来、ウィズは非常に大人しい。危ない場面はあっても、目立った負債は拵えてない。
喜んでいいこと、なのだが。不安だ。何というか、次へと向けてエネルギーを蓄えているかのような不気味さがある。
とりあえずの予防策として、アクセルとその近隣地域に生息する詐欺師や悪徳商人の類は、あらかた血祭りに上げておいた。
これで、ウィズから大金を騙し取る恐れのある輩は一掃できた。
ダストのような、捨て置いても店にとって無害な小物は一部生き残っているけども。
血祭りとはいっても、もちろん社会的な意味でだ。
しかしながら。ここまでやっても、何ひとつ好転した気がしない。
また、これは余談だが。
血祭りに上げている過程で、アクアにゼル帝を売りつけたと思しき人物の所在が判明した。
なぜかアクシズ教徒から袋叩きにされ、その後すぐに詐欺罪で逮捕されて、今は刑務所に収監されているらしい。
それはさておき。
これでは不足と見取った私は、続いてバニルに応援を要請した。
店の危機ということで、仮面悪魔には迅速に見通してもらえるも。結果は、敢えなく空振りだった。
バニルの異能も万能ではない。予想のうちではあった。
行使する見通す悪魔自身は対象外で、実力の拮抗するウィズにも通用しない。両者が深く関わる内容ならば、何も映らなくなる。
ハッキリしたのは、赤字の戦犯が私ではないことくらいだ。
そのバニルは、私の直感をただの心配性と軽視している。
いや、そもそも。今のバニルは、晩ご飯を目前に浮かれる子供の如く気もそぞろだ。私の案件に興味が向いてない。
そんな悪魔より、エルロード王国首都のカジノを見学しないかと持ちかけられた。
近々莫大な儲けが手に入る予定だから、それを元手にカジノを造りたいとか。
あの国は、カジノ大国と称えられる本場だ。アクセルで新たなカジノを築く前段階として、参考に先達を見聞してきてほしい。要するに、そういう話だ。
言い分は、言外の意まで理解できる。道理だとも思う。
ただ、前にカズマから教わった言葉を引用すると。せしめた富の皮算用に現を抜かすのは『フラグ』のような気が……。
あと、もうひとつ言わせてもらうと。私としてはカジノよりも、新聞社が欲しい。
・正史ゆんゆんが、紅魔の里を転送先に登録した時期
原作九巻ではまだ、十三巻だと登録済み。十一巻の、ふにふら達に連行された頃に登録を済ませたと推理できる。
なお。十一巻末で魔王軍を里から追い払い、十三巻序盤にて族長試練が開催される。……族長、愛娘に忖度してません?
・イグニスとの対談
詳しくは第三章にて。
・見通す力の反動
原作七巻一章、『仮面』一章より。
金稼ぎなど欲にかまけて安易に能力に頼ると、収支の帳尻を合わせるために、痛烈なしっぺ返しがくる。
力を使った反動として生じる現象のため、大本のバニルの能力でこれを予知、回避するのは不可能と思われる。
なお。七巻一章に相当する占いのシーンには、前話ラストで主人公も居合わせた。が、思考に没頭するタイミングと被って聞き逃した。おかげで、反動についてはノーヒント状態。