とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

22 / 44
2-11 結婚騒動③

【プリーストの魔法を使ってみせても信じてくれない】

 バニルから借り受けた配下の悪魔どもが、私を人間扱いしてくれない。

 

 先日、ちょっとした金策を企んだ私は、多数の悪魔を人手として借りた。

 バニルの部下を相手に、いちいち猫を被っても仕方ない。

 そう判断した私は、本性を隠さず素のままで接したのだが……その結果、連中はあろうことか同族認定をし始めたのである。わけが分からない。

 

 彼らの言い分はこうだ。

 私は『どこぞの人間の小娘を契約でだまくらかして肉体を乗っ取り、今も人間のふりをして社会に溶け込んでいる悪魔族』らしい。

 

 人間味がなさすぎるため、人間の線は絶対に無いと決めつけられた。

 このような侮辱は初めてだ。タイムスリップ前まで遡っても、きっと初に違いない。

 しかも張本人たちに悪意がないのが、尚更タチが悪い。

 悪魔に悪魔認定されるという、世にも奇妙な経験をしてしまった。

 

「人間? ……ご冗談を。アンタみたいな、悪魔も真っ青な血も涙もない奴がマジで人間なはずないだろうがっ! それで人間なら、そっちの方が恐ろしいわ!」

 

 これは私に対する悪魔の評価を適当に抜粋したものだが、大体こんな調子である。

 要するに、私の感性は悪魔の常識に照らしても冷酷非道すぎてドン引き、ということらしい。

 私はバニルを基準に彼らと接していたのだが、これは完全に失敗だった。

 冷静に考えれば、地獄のヒエラルキートップを物差しにするのが適切なわけがない。

 

 そして、彼らが挙げた私の正体候補が――マクスウェルなる悪魔である。

 

 辻褄合わせのマクスウェル。真理を捻じ曲げる悪魔。

 『地獄の公爵シリーズ』で読んだことがある。バニルと同格の大悪魔で、他者の認識を歪める能力を持つという。

 私にとっては天敵も同然の異能だが……まあ、公爵級悪魔が総じて規格外なだけだろう。

 見当違いも甚だしい。だが彼らにとって、私とマクスウェルにはいくつかの共通項があるという。

 

 まず、マクスウェルはバニルの友人であること。

 そして長らく所在不明であり、一説には人間の召喚に応じて地獄を離れ、今も地上を彷徨(さまよ)っているとされていること。

 さらに、マクスウェルは悪魔の中でも飛び抜けてイカれた存在として有名で、実の母親を食い殺したという恐ろしい逸話まである。

 

 悪魔たちの推測はこうだ。

 ――地獄の領地経営をほっぽり出して遊び呆けていたバニルが、偶然地上でマクスウェルと再会し、以降は友の誼(よし)みで連れ立って行動しているのではないか?

 

 ……ナチュラルに、私が『頭のネジが外れた狂人』という前提で話を進めるのはやめてもらいたい。

 

 この疑惑は、バニルが全面的に否定してようやく収束した。

 仮面悪魔曰く、両者はまったくの別人。マクスウェル本人と面識があれば、絶対に起こり得ない誤解だとか。

 突拍子もない仮説に、バニル自身も驚きを通り越して困惑していた。

 

 ……なお、私が悪魔ではないという点については、訂正してくれなかった。むしろ、わざと回答を濁した。

 この鬼畜仮面、私の窮地を面白がっている節がある。収拾をつける気が更々ない。

 

 何はともあれ、悪魔を大量投入して進めている仕込みは、今のところ概ね順調だ。

 もっとも、イレギュラーもある。

 例えば、王都へ送り込んだ悪魔の全体指揮のため、私が自ら出向こうとした際、ウィズが転送先から王都を削除していたことが露見した。これは前にも書いたか。

 

 他にも、アクセルで若干名の悪魔が消息を絶っている。にもかかわらず、『悪魔を討った』という話はちっとも聞こえてこない。

 ……アクアの仕業だろう。それも単独犯だ。

 彼女にとって悪魔退治は、害虫駆除と同義。殊更誇るような功績ではない。

 今は卵の孵化作業に夢中だから、ひょっとすると悪魔をサクッと地獄に送り返した件そのものを、綺麗サッパリ忘れている可能性すらある。

 

 とはいえ、損耗は想定の範囲内だ。補充には事欠かないし、巻き込まれた悪魔については――まあ、ドンマイドンマイ。

 

 今になって思えば、こういった心情を平然と口にしたのが拙かったのだろう。

 この辺りから、悪魔たちが私を見る眼差しが『ただの人間』から『危険人物』へと変わり始めた。

 

 悪魔嫌いだと誤解されては、プランの進捗にも支障が出る。なので、ちゃんと弁明はした。

 私は別に、悪魔だからといって粗雑に扱っているわけではない。

 モンスターだろうと人間の女子供だろうと、私にとっては等しく人的資源であり、替えの利く駒である。

 生まれや立場に偏見はない。仮に死亡したのが人間だったとしても、『ドンマイ』で済ませていた。

 

 そう力説したのだが、悪魔たちのドン引き具合はむしろ悪化した。

 そして、私を悪魔認定するようになったのも、この頃からである。

 

 ……どうやら悪魔という生き物は、思いの外(ほか)人情味溢れる世界を生きているらしい。

 

 


 

 

【改心のチンピラ冒険者?】

 冒険者ギルドに、小さな動揺がさざ波のように広がっていた。

 ダストが、このところ毎日コツコツと真っ当にクエストをこなしているのだ。

 

 汗水垂らして働くなんて要領の悪い間抜けのやることだと唾棄し、『楽して大金をせしめてやる』と豪語していた、あのダストが、である。

 そんなロクでなしが、連日クエストに出ている。これはもう事件だ。

 収入を得るや否や、無一文になるまで豪遊するのが彼の常であることを知る者からすれば、異様にもほどがある。

 

 ――一足早い台風の前触れでは?

 ――いや、またぞろ何か企んでるんだろう。

 ……などと、外野は好き放題に憶測を飛ばしている。

 

 アクセルの冒険者は問題児揃いだが、札付きのチンピラとして悪名高いダストはその筆頭格の一人だ。

 暴行、セクハラ、金銭トラブル……前科は数え切れず、留置場を下宿先と言い切るほどの常連でもある。

 ……こうまで悪行三昧でも、あくまで『筆頭格の一人』に留まるのが、この街の層の厚さを物語っているのだが。

 

 それはさておき。

 最近の彼は、ヒュドラの賞金を独り占めしようと抜け駆けした挙げ句、あっさり返り討ちに遭い、リザレクションのお世話になるという醜態を晒した。

 その罰として、彼だけ褒奨金が支払われていない。

 

 今でこそこのザマだが、新人の頃は立ち振る舞いから『元騎士か没落した貴族では?』なんて噂されたこともあったのだ。もう見る影もないけど。

 チンピラがすっかり板についた。ある意味、天職だったのだろう。

 

 さて。この日の私は、久々にギルドでバイトをしていた。

 そして冒頭の与太話が事実だと、目の当たりにすることになった。

 ダストのクエスト受注を担当したのが私だったのだから、間違いようがない。

 

 この男、選択肢があるなら必ず女性の受付を選ぶ。そしてガラの悪さと潜在的クレーマー気質のせいで、応対できる女性職員は実質私かルナの二択。

 そういう意味では、遭遇率は元より高かったのだが。

 

 ともあれ、ダストが柄にもない真似をしている理由は、眺めているうちに察しがついた。

 借金の取り立てに参っているのだ。

 

 普段なら平気で踏み倒すが、今度ばかりは相手が悪い。

 視界の端で、チンピラに熱い視線を送る人物がいた。

 私の知人である男性貴族、アクシズ教徒にして、ダストを恋愛的な意味で執拗に追いかけているゲイだ。キャラの味付けが濃い。

 

 少し前、私はこの男にダストの債権を売却した。

 『借金返済の意思があるかを見極める』という名目を掲げれば、堂々とダストを監視できる。そんなアドバイスも添えておいた。

 どうやら彼は、その助言を忠実に実践しているらしい。

 

 しかも、両者の関係には何やら進(・)展(・)があったと見受けられる。

 相手の真意を、ダストもとうに承知している様子だ。

 先方が朗らかな笑みを浮かべて近づこうとすると、ダストは顔を真っ青にして必死に追い払った。……片手で自分のお尻を押さえながら。

 余程強烈な恐怖体験をしたのだろう。トラウマを刻まれたと見える。

 一体何があったのか? いや、性的に襲われかけたのだろうが、その経緯が謎だ。どうしてそうなった。

 

 今のダストは完全に怖気づいている。だから気の迷いを起こして、クエストに必死なのだ。

 借金をきっちり返済して、相手に付きまとう口実を与えないために。

 まあ、借りた金を返すのは人として当然のことだ。自業自得である。

 

 そしてチンピラがクエストに出かけると。

 ギルドに居残ったゲイはその場で呼びかけを始め、ダストに金を貸している冒険者たちから債権を買い漁り始めた。

 冒険者たちも不思議には思いつつ、買ってくれるならと喜んで手放す。

 

 どうやら味を占めたらしい。

 意中の人をストーキングするため、債権を集め続けるつもりだ。

 借金が続く限り終わらない、新手の因果応報体制が確立されつつあった。

 しかもダストは、この状況をまだ感知していない。

 

 恋の後押しに、不良冒険者の更生。

 また一つ、私は善行を積んでしまった。

 

 別にそういう意図があったわけではない。だが、展開は予期していた。

 なら、それでいいだろう。物は言いようなのだから。

 ――あるいは元凶と言い換えても、大体合っているが。

 

 


 

 

【追記】

 前回のアルバイトの際の軽い補足をしておこう。

 

 相も変わらず、冒険者たちは熊の冬眠よろしく引きこもり、働く気配がない。

 これにはギルド職員たちも手を焼き、ほとほと困り果てていた。そのため、私が彼らを励ます羽目になったのだ。

 

 もっとも、根拠のない慰めを口にしたわけではない。

 いよいよ梅雨が明けた。女神エリス感謝祭の季節が近づいている。

 例年通りなら、祭りを安全に開催するための前準備として、モンスターの大規模狩りが今月中に行われるはずだ。

 

 さすがのニート冒険者たちも、自分たちの怠慢で祭りが中止になりかねないとなれば、重い腰を上げるだろう。

 加えて、純粋に祭りを楽しみにしているエリス教徒の冒険者も一定数はいる。

 そこに付け込んで『祭りを守るため』と大義名分を掲げ、ついでに他のクエストも丸ごと押し付けてしまえばいい。私はそんな指針を示し、職員たちを鼓舞した。

 

 ……まあ私が口にせずとも、ルナ辺りは遅かれ早かれ気づいたはずだ。

 今年は例年以上に慌ただしく、そこまで頭が回らなかったのだろう。

 

 もっとも、いざとなれば人間の減少を嫌う当店の仮面店員が、軍手と作業着姿で出陣し、増えすぎた近隣モンスターをさっくり間引いてくれる。

 ギルドの面目としては、悪魔の慈悲に縋るのは以ての外だろうが。

 

 


 

 

【あくまで個人の見解です】

 今さらながら、街ではダクネスと領主の結婚話で持ち切りになっている。

 ついでに、彼女がダスティネス家のご令嬢であることも、すっかり市井に知れ渡った。

 

 その風聞に触発されたのかどうかは知らないが、今日は何と、ウィズが結婚の話題を振ってきた。珍しい。

 

 ウィズといえば、自分が行き遅れである現実から目を逸らすのに余念がない女である。

 しかもデュークの一件以来、結婚を連想させるワード全般が禁句となっていた。……まあ、あれからそれなりに月日も経った。心の傷も、少しは癒えたのだろう。

 ただし油断は禁物だ。時折、外道悪魔が面白半分に古傷を抉るので、明日も平穏無事という保証はない。

 ウィズはキレると、周囲一帯に極寒の冷気をばら撒く傍迷惑な習性がある。バニルはどうでもいいが、私を巻き込まないでほしい。

 

 それはさておき、ウィズが切り出したのは私の結婚事情だった。

 人間時代の享年を実年齢と言い張る年増アンデッドは論外としても、私もそろそろ婚期が危ぶまれる年齢帯に突入している。

 そんな私に浮いた話がひとつもない。傍らで私を最もよく見てきたウィズとしては、それに憂慮と、漠然とした訝しみを覚えたらしい。

 

 自分で言うのも何だが、私は交友関係が広い。『知り合いを増やしつつ、不要な敵を作らない』という方針で立ち回っているからだ。

 味方を増やすというより、敵を作らないことを徹底している、と言ったほうが正確だろう。

 私が演じているキャラクターも、このコンセプトに則っている。

 昨今ではマダムから圧倒的人気を誇るバニルや、好奇心と元気が有り余ってフラフラ動き回るアクアが私に追随し、猛烈な追い上げを見せているけども。

 

 そんなふうに人と打ち解けるのが得意な私が、恋人すら作ろうとしない。

 これはもしや、自分の存在が足枷になっているのでは? ウィズはそう不安視していた。

 魔王軍幹部にしてリッチーである自分の素性がバレないよう、他人と壁を作っているのではないか、というわけだ。

 ……私からすれば、驚くほど時機を逸した疑問である。尋ねるのが数年遅い。

 

 だからこそ、私はウィズの前であえて言及しなかった。

 結婚を想起させる話題は彼女にとって地雷だったし、現にそうやって耳目を塞いで逃げ回っていたから、これまで思い至らなかったのだろう。

 

 さて、結論から言えば――ウィズの懸念は完全に的外れだ。

 まず、私はそもそも結婚を望んでいない。

 浮いた話がないのは必然だ。私は相手との距離感に細心の注意を払い、そうしたフラグが立つ余地をことごとく潰している。

 

 もっとも、この街にはサキュバスサービスが根付いているため、それほど苦労はしなかった。

 周囲は性欲から解放された草食男子ばかりだからだ。

 

 それに、結婚とは所詮、子供を育てるための契約形態だろう。

 虚弱な私が妊娠や出産の負担に耐えられるはずがない。そうなると、そもそも結婚する意義がない。

 ウィズ魔道具店にとっても、代替の利かない人材を失うリスクを冒してまで、私が子を持つメリットは薄い。

 

 母体の役割は、他の奇特な人間に任せておけばよろしい。

 それに、そんな冒険的賭けに身を投じても、リターンが見合う保証はない。あれって俗に言えば、くじ引きみたいなものだし。

 私の頭脳を確実に受け継がせられるなら、まだ一考の価値はあるのだけど。

 

 店での私の業務を将来誰に引き継がせるかという観点なら、目端の利く子供を養子に迎え、後継者として育てればいい。

 実は、時々孤児院へ足を運んで、条件に合いそうな子供がいないか密かに調査しているのだ。

 

 こうした理屈を丁寧に説くと、ウィズは得体の知れない怪物でも見たように慄然とした。

 

 なお、鯖読み女には伝えていなかったが、私に結婚の意志がないことはご近所ではそこそこ知られている。

 この説明をそのまま口外したら、人でなし過ぎて世間体がボロボロになるのは自覚している。なので、体力的に子供を産めないという部分だけを明かしている。

 そのおかげで、見合い話を持ち込むお節介が激減し、断る手間が省けて大助かりだ。

 

 ちなみに打ち明けた覚えはないが、バニルも恐らく承知している。

 ウィズとは対照的に、私は結婚ネタでからかわれたことが一度もない。

 

 ――ならば結婚はともかく、恋人は作らないのか?

 ウィズの次の質問がそれだった。

 

 ただ、その顔つきはやけに険しい。

 まるで、目の前の宝箱が擬態したダンジョンもどきなのではと疑心に駆られる冒険者のようだ。

 またしても非常識な答えが返ってくるのではと身構えている。

 

 この問いに、私は鼻で笑った。

 本来ポーカーフェイスの私は、心情が表情に出ることはない。

 つまり、あえて見せつけるためにそうしたのだ。

 

 下らない。恋人関係とは、要するに専属の売春契約だろう。

 動物的欲求を娯楽として楽しむ人がいるのは事実だし、その在り方に異議を唱える気もない。

 だが、私はそんなもの求めていない。

 第一、それで万一妊娠したらどうするのか。ちゃんちゃらおかしい。

 

 そう切って捨てると、ウィズは頭が痛いとばかりにこめかみを押さえた。

 そして久し振りの説教モードへと移行した。

 私の恋愛観や結婚観はあまりにも捻くれている。もっと愛というものに目を向け、信を置いてほしい――そう告げて伝えてきた。

 上から目線で叱る未婚女を、私は怪訝な目で見つめる。

 

 いい年して、勝手に一人浮かれて自爆したのを唯一の持ちネタにしている女が、何か偉そうにほざいている。身体を張ったジョークかな?

 そんな私の胸中を、ひょっこり現れた見通す悪魔が頼まれてもいないのに代弁して、すぐに立ち去った。

 

 ……説教の時間がさらに延びた。

 

 


 

 

【領主のドロップアウトとその顛末】

 領主が失踪したらしい。

 これまで一向に見つからなかった不正や悪事の証拠が、まるで雨後の筍のごとく次々と湧き出してきている。

 どうやら観念した領主は、捕まる前に夜逃げした――そんな噂が、街中でまことしやかに囁かれている。

 

 アルダープの末路として予想していたパターンのひとつではあるが、その中でも意外な幕切れだ。

 あれは傲慢が服を着て歩いているような男で、己の才幹を過信する無能だった。

 もっと無駄に悪あがきして、結局呆気なく逮捕されるものとばかり思っていたのだが。

 

 ちなみに前日には、領主の結婚式が催されていた。

 ……で、それはもうハチャメチャにぶち壊されたと聞く。

 

 カズマたちが花嫁のダクネスを攫い、領主の私兵が彼らを取り押さえようとしたところで、冒険者集団が横槍を入れる。

 当然のように武力衝突へ発展したらしい。

 それが収まった後も、街全体が暴力の余韻で静まり返り、一時は一触即発の緊張感に包まれた。

 そして翌朝、領主が忽然と姿を消す。あまりにも拍子抜けな結末を迎えたことで、その空気も一気に霧散した。

 

 あの婚儀は、私が目論んでいた計画を決行するための重要なターニングポイントでもあった。

 現場を直に見届けるべきか少し迷ったが、結局やめた。

 貴族の挙式だから庶民の私は当然招待されないが、少々手札を切ればしれっと紛れ込むことくらい造作もない。

 ……が、式場は修羅場になる公算が高いと踏んでいた。そんな中を生き残る自衛力を私は持ち合わせていない。

 

 しかもよりにもよって、トラブルメーカーの名をほしいままにしているアクアが、式で誓いの祝福を担当すると聞いた。

 街唯一のアークプリーストで、ダクネスの仲間という縁もあるから、ダスティネス家の者が気を回したのだろうが……。

 事件が勃発するであろう現場のど真ん中に、私ですら行動予測困難な厄災の権化が座る。

 特大の波乱が押し寄せるのは、もはや約束された未来だった。

 

 ウィズを護衛代わりに連れていく案も検討したが、これも断念した。

 式場のエリス教会は女神エリスの橋頭堡だ。クリスとダクネスの関係を考慮すれば、一部始終を監視されている可能性は捨て切れない。

 そんな場所に、不死王を連れ込むわけにはいかない。

 

 その不良債権店主だが、またしても新規でガラクタを仕入れかけていたので、お仕置きとして式当日は飲まず食わずで店の業務にフル稼働させた。

 もし私が間一髪で止めなければ、また大損していたところだ。

 商談相手は悪徳商人ではなかった。だからこそ、先日私が主催した血祭り劇の対象から外れており、無傷で潜り抜けていたらしい。

 

 ポンコツ店長が買い入れようとしていたのは、カップル冒険者向けのペンダントだ。

 装着者が瀕死の重傷を負うと、最期の命を燃料に爆発して大切な人を守る――という触れ込みの代物。

 ……が、威力が強すぎて、守るべき相方諸共吹き飛ばしてしまう。

 これをウィズは『ロマンチックですね!』と無邪気にはしゃいでいた。

 

 ……もう私には、店長の頭の中が理解できない。

 それでよくもまあ、この前恋愛について私に講釈を垂れられたものだと思う。

 

 話を変えよう。

 以下に綴る経緯は、憶測が多分に混じった話だと前置きしておく。

 

 まず、前述の婚姻が唐突に成立した理由だが――これはダクネスの実家が領主へ多額の借金を抱えていたことに端を発する。

 機動要塞の襲来で、街のインフラは壊滅的な被害を受けた。

 困窮する領民の生活を立て直すためには、まとまった資金が必要不可欠だ。

 早期にそれを用意するには、領主から金を引き出す他なかった。

 

 当然、領主は渋った。

 しかし、ダクネスがある馬鹿げた条件を提示した途端、彼の態度は一変し、瞬く間に話がまとまってしまった。

 

 ――父イグニスに万が一のことがあり、借金を返せなくなった場合、自分の身を担保として差し出す。

 

 無論、独断である。

 この件については、邸宅を訪れた際にイグニス本人と答え合わせを済ませてある。

 

 そして近頃、イグニスが倒れて公務不能となった。

 かねての約定通り、ダクネスは借金のカタとして領主の元に身売りする羽目になった、というわけだ。

 

 で、その一部始終を把握し、借金を返済する都合をつけたのが、うちの見通す悪魔である。

 バニルは占いにかこつけてカズマに新商品の開発を促し、切羽詰まったところで知的財産権を安値で買い叩いた。

 今も忙しそうなので詳しくは聞いていないが、カズマの保有資産にその買い取り額を合算すれば、借金総額とピッタリ一致したことだろう。

 

 だからこそ、カズマたちは婚礼の儀に乱入し、借金を一括返済して花嫁を強引に奪い返す――などという芸当が実行できた。

 狂気じみた偏愛が遂に実を結び、手中に収められると思った花嫁を目前で取り逃がした領主アルダープの心境やいかに。

 ……どこぞの悪魔の思惑通り、さぞ極上の悪感情を放ったことだろう。

 

 ――さて、ここからは私のターンだ。

 ただし、私はあくまで司令塔。現場で動くのは、レンタル中の悪魔衆である。

 

 私の標的はアルダープ本人ではない。

 国中の注目が集まるあの領主は、今や火中の栗。不用意に触手を伸ばせば大火傷は免れない。

 

 とはいえ、領主が腐るほどの金を抱えていたのは事実。

 不当搾取の結晶とはいえ、金の匂いが漂えば人は寄ってくる。まるで誘蛾灯に引き寄せられる虫のように。

 

 親族、他の悪徳貴族、金に目が眩んだ商人たち。

 悪徳領主の近くでお零れにありつき、ブクブクと肥え太ったコバンザメの群れ。

 彼らこそ、今回のターゲットである。

 

 


 

 

【リスタート】

 私が悪計の完遂に奔走していたその裏で、とんでもない事故が起きていた。

 ウィズが、店の財源をすべて使い切ってしまったのだ。金庫は見事に空っぽ。

 

 私とバニルの二人がかりで、さしものウィズでもそう易々とは使い果たせないほどの莫大な収益を貯め込んであったはずなのに……。

 それがもう、一エリスも残っていない?

 

 すべての始まりは、店に戻った直後のことだった。

 扉を開けた私の目の前に、ウィズが仁王立ちしていた。それはもう、大層ご立腹だった。

 

 次の瞬間には、有無を言わさず引っ捕らえられた。

 同じく捕縛されたバニルと共に、そのままカズマの屋敷へと連行され、広間で揃って正座を強いられることとなる。

 

 三方を囲むのは、ウィズ、アクア、ダクネス。眉間に深い皺を寄せた三人が見下ろす中、問答無用の尋問が始まった。

 なお、私はバニルと違って呪縛ロープで縛られてはいなかったが、これは温情ではない。

 逃走も抵抗も不可能だと見透かされ、必要なしと判断されただけだ。

 

 案の定、尋問の用件はダクネスの結婚騒動だった。

 一連の出来事を私たちが裏で糸を引いていたのではないか、という疑いである。

 

 確かに、あの騒動で一番得をしたのはバニルだろう。

 カズマから買い叩いた知的財産権を転売し、大儲けしている。

 さらに、事の発端となったダクネスの父の急病――一時は危篤にまで至ったそれが、後に『強力な悪魔の呪い』と判明した。

 ……後から振り返れば、すべてバニルの仕組んだマッチポンプにしか見えない。

 

 他にもある。

 強欲領主が逐電した直後、アルダープと黒い繋がりを持つ連中の許に、商人を名乗る謎の人物が同時多発的に現れた。

 彼らは騒動の混乱に乗じ、あくどい手口で溜め込んだ財産を安値で買い叩いたのである。

 その後は転売で利益を拡大。だが資金の流れはある地点でぷつりと途絶え、足取りは跡形もなく消え失せた。

 鮮やかな手際といい、まるで計ったかのような絶妙なタイミングだった。

 

 アクアとダクネスは、これらすべてを仮面悪魔の悪巧みと断定した。

 が、そこでウィズが待ったをかけた。

 『私も加担しているはずだ』と、唐突に言い出したのである。

 

 こういう回りくどい手法は、むしろ私の十八番だ。

 しかも、私もしばらく店を離れ、バニル同様に何やら忙しそうに動き回っていた――これが彼女の主張する不審点だった。

 

 ……そしてその尋問の最中、ウィズの使い込みが発覚する。

 

 サッと横を見遣ると、バニルが驚愕の顔で私を凝視していた。

 その瞬間、私はピンときた。

 私とバニルの間に、致命的な齟齬が生じていたのだと。

 

 ここ数日、私たちは多忙を極めていた。

 ウィズの面倒まで見る余裕など、到底なかった。

 しかしそこは、『もう一方が先回りして手綱を握ってくれているだろう』と思い込んでいたのだ。

 私とバニル、両方ともにである。

 つまるところ、誰も何もしていなかった。

 

 結果、ウィズを幾日も完全に野放しにするという、悪夢のような状態が現出した。

 そのツケが、売上が丸ごと消し飛ぶという最悪の形で噴き出したのである。

 

 元より『互いの策謀には干渉しない』という不文律があった。

 だから情報共有もしていなかった。

 それが、この災厄を招いたのだ。

 

 ちなみに、ウィズが買い込んだのは最高品質のマナタイトだった。

 魔力を肩代わりしてくれるマナタイト自体は、確かに人気のある商品だ。

 だが、ひとつ数千万エリスもする消耗品となると話は別。

 そんな高級品を買い占めたところで、誰が好き好んで買ってくれるというのか。ゴミと評する他ない。

 

 諸々を勘案すると、これはもう完全に詰んでいる。

 私は言い逃れを早々に諦め、さっさと白状して出血を抑えることにした。

 これが推理小説の犯人役なら、『往生際が良すぎる!』と読者からクレームが殺到していただろう。

 

 まず、領主が雲隠れする前の出来事について、私は一切関与していない。

 そもそもこの一連の事変は、最終的には丸く収まるという確信があった。

 筋書きを描いたバニルの動きからも、金儲けと悪感情の両取りを狙う余裕が見て取れたし、わざわざご飯製造機を潰すようなつまらない後味は残すまいと踏んでいた。

 

 私が企てたのは、あくまでその計画に便乗してさらに儲けること。

 領主失脚で勢力図は一夜にして激変――この事態を見越して、率先してスクープをばら撒き、世の混乱を誘発させた。

 遅かれ早かれ同じ経過を辿っただろうが、これによって情報戦のイニシアチブを得た。

 

 さらに並行して、『アルダープと懇意にしていた連中も、このままでは芋蔓式に検挙される』との流言を流布。

 もちろんデマだが、信憑性を持たせるため、実際にいくつかの罪の証拠を警察にリークした。

 

 情報の濁流に呑まれ、ただでさえ窮地にあった彼らは平静を失った。

 そこを突き、富の一部を安値で買い叩く。通常なら市場に出回らない家宝クラスのアイテムすら入手した。

 その後は転売で利潤を上げ、資金をち(・)ょ(・)こ(・)っ(・)と(・)洗浄して店に持ち帰る……という算段だった。

 出処が怪しい物品もあったため、直接ウィズ魔道具店へ金を持ち帰るわけにはいかなかったのだ。

 

 そのために書類上だけのペーパー商会をでっち上げ、バニルから貸与された悪魔を商人として各地に派遣した。

 あちこちで目撃された謎の商人とは、この悪魔である。

 既に地獄へ帰したが、狡猾な人間を欺くエキスパートだけあって見事な働きをしてくれた。

 ……最後まで私を人間と認めなかった節穴でもあったけれど。

 

 やはり、世間の目がアルダープに集中していたのが大きい。その隙を突いて迅速に動き、周囲が気づく前に撤収することに成功したのだ。

 ただしその代償として、私は温存していた手札を大盤振る舞いしてしまった。

 できれば当分、これと同規模の謀略は避けたいところだ。

 まあ、そうまでして得た成果も、全部マナタイトに化けてしまったのだけど。

 

 こうして仕掛けの全容を語り終えると、やや離れた場所で傍観していたカズマとめぐみんが、うわぁ……と引いた声を漏らした。

 チラチラとこちらを窺いながら、小声で内緒話を始める二人。その顔色は、まるで凶悪なテロリストでも目の当たりにしたかのようだ。

 

 ダクネスはというと、想像を遥かに超える内容に、怒りも忘れて絶句していた。

 貴族の娘としての素養があるからこそ、私が簡単そうに話した事柄の異常さが身に染みて分かるのだろう。

 

 そして、執拗な詰問にバニルの堪忍袋の緒が切れたところで、この集いは打ち切られた。

 女神と悪魔が激突し、私はその隙を突いてそそくさと脱出する。

 振り向くと、アクアが魔法で反射した殺人光線の流れ弾で、あのダクネスが一撃で沈んでいた。

 ……剣呑すぎるだろう。

 

 最後に余談だが。

 アクアが大事に育てていたゼル帝の卵が、無事に孵った。

 神や大悪魔にも物怖じしない、立派な……ただのひよこだったそうな。

 だが飼い主のアクアは、体毛に覆われたレアなドラゴン種、シャギードラゴンだと言い張っている。

 まだ粘るつもりなのか。




・地獄の公爵シリーズ
紅魔の学校の図書室では、シリーズ第四弾である『見通す悪魔』が蔵書として置かれている。

・マクスウェルの逸話
最初の契約主を長く記憶するため、その人物の目玉をくり抜き、自身の片眼と差し替えている。そのため、左右で瞳の色が異なる。
この手のダークなエピソードは、書籍版では削除されている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。