とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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2-11 結婚騒動③

【プリーストの魔法を使ってみせても信じてくれない】

 バニルから借り受けた配下の悪魔どもが、私を人間扱いしてくれない。

 

 先日。とあるお金稼ぎを画策した私は、多数の悪魔を人手として借りた。

 バニルの部下を相手に、一々猫を被っても仕方あるまい。

 そう判じた私は、本性を取り繕ったりせず、素を曝け出して接した。

 すると、あろうことか連中、私を悪魔族の同胞と勘違いし始めたのだ。わけが分からない。

 

 彼らの言い分によると。

 私は、どこぞの人間の小娘を契約でだまくらかして肉体を乗っ取り、以後も人間の振りをして社会に溶け込んでいる同族。と見做して相違ないとのこと。

 人間味がなさすぎるため、人間の線だけは絶対に無いと決めつけられた。

 このような侮辱をぶつけられたのは初めてだ。記憶こそ無いものの、タイムスリップ前まで遡ってもきっと初だろう。

 張本人らに貶す心算が無いのが、なおさらにタチが悪い。

 悪魔から悪魔認定を受けるという、世にも奇っ怪な経験をしてしまった。

 

「人間? ……ご冗談を。アンタみたいな、悪魔も真っ青な血も涙もない奴がマジで人間なはずないだろうがっ! それで人間なら、そっちの方が恐ろしいわ!」

 

 上記は、私の評価についての悪魔のセリフを、適当に抜粋したものだ。右も左も似たり寄ったりだったりする。

 つまるところ。私の感性は、悪魔の常識をもってしても冷酷非道過ぎてドン引きに値する。とのことらしい。

 私としては、見知っているバニルを基準に彼らと交流したが。これは失敗だった。よくよく考えると、地獄のヒエラルキートップが物差しとして適切なはずもない。

 

 私の正体候補として彼らが挙げてきたのは、マクスウェルなる悪魔だ。

 辻褄合わせのマクスウェル。真理を捻じ曲げる悪魔。

 その名は『地獄の公爵シリーズ』の本で見かけたことがある。他者の認識を歪める力を持つとされる、バニルと同格の大悪魔だ。

 私の天敵のような異能だ。単に、公爵級悪魔が押し並べて規格外なだけだろうけども。

 見当違いも甚だしい。だが、あちらにしてみると、私とマクスウェルにはいくつかの共通項があるという。

 

 まずこの悪魔、バニルと友人の間柄らしい。

 そして、長らく所在が定かでない。一説によると、人間の召喚に応じて地獄を空け、今も地上を出歩いているとか。

 ダメ押しに、マクスウェルは相当にイカれた悪魔として地獄界隈で名高い。実の母親を食い殺したという、悪魔でも恐れ慄くようなエピソードを有している。

 彼らの思い描くあらましはこうだ。

 地獄の領地経営をほっぽり出して遊び呆けるバニルが、奇遇にも地上でマクスウェルとの再会を果たした。以降も友の誼で、連れ立って行動しているのでは?

 ナチュラルに、私が頭のネジが外れた狂人だという前提で話を進めないで欲しい。

 

 この疑惑は、バニルが全面的に否定した段でようやく収束する。

 仮面悪魔によると、両者はてんで別人。マクスウェル当人と面識があれば、決して起こり得ない思い違いとか。突拍子もない仮説に、驚きを通り越して困惑していた。

 なお、私が悪魔でない点は訂正してくれなかった。どころか、わざと回答を濁した。

 この鬼畜仮面。私の取り巻く状況を面白がっている。収拾をつける気が無い。

 

 何はともあれ。

 悪魔を大量投入しての仕込みは、目下概ね順調に推移している。

 もっとも、イレギュラーはある。

 例えば、王都へ送り込んだ悪魔の全体指揮のために私自ら出向こうとしたら、ウィズが転送先から王都を削除していたのが露見した。これは前にも記したか。

 

 他にも、悪魔の若干名がアクセルで消息を絶っている。にもかかわらず、悪魔を討ったとの風説は聞こえてこない。

 アクアの仕業だろう。それも単独犯だ。

 彼女にとって、悪魔退治は害虫駆除と同義だ。取り立てて誇るような功績ではない。

 今は孵化作業に注力してるから、下手をするとサクッと地獄に送還した出来事一切を、綺麗サッパリ忘れているやもしれない。

 とはいえ、損耗は想定内だ。どうせ補充には事欠かない。巻き込まれた悪魔については、ドンマイドンマイ。

 

 今になって思えば、こういった心情を平然と吐露したせいだろう。

 この辺りから悪魔らの私へ向ける眼差しが、ただの人間から、危険人物を見るものへと徐々に移り変わり始めた。

 悪魔嫌いと誤解されるようなことがあっては、プランの進捗にも支障が出る。だから、キチンと弁明はしたのだ。

 

 私は別段、悪魔に含むところが粗雑に扱っているのではない。

 モンスターだろうと人間の女子供だろうと、私にとっては等しく人的資源にして、替えの効く駒だ。公平に査定して運用する。

 生まれや立場に偏見がなく、仮に死亡したのが人間でも、私はドンマイの一言で片付ける。そのことを力説した。

 すると、悪魔一同のドン引き具合はかえって悪化したのだ。私を悪魔だと決め込むようになったのも、ちょうどこの頃からだ。

 

 悪魔という生き物は、思いの外人情に溢れた世界を生きているらしい。

 

 

【改心のチンピラ冒険者?】

 冒険者ギルドにて、小さな動揺がさざ波の如く伝搬している。

 ダストが、このところ毎日コツコツと真っ当にクエストを熟しているのだ。

 

 汗水垂らしての真面目な労働を、要領が悪い間抜けのやることとこの男は唾棄している。その上で、いつか楽して大金をせしめてやると豪語している。

 ダストとは、そんなロクでなしだ。

 しかしながら現状は、その発言の真逆を行っている。

 彼とて冒険者の端くれ、クエストを受けるくらいはする。が、それが連日に渡るとなると、些か不気味だ。

 収入を得ると、無一文になるまで全力で豪遊するのが常なのだから。

 やっていることは、冒険者として普通に仕事をしているだけ。だが、ダストを知る者にしてみれば、あからさまに奇行だ。

 一足早い台風の前触れでは。いや、またぞろ何か企んでいるのでは。などと、外野は好き放題に取り沙汰している。

 

 アクセルの冒険者は問題児揃い。札付きのチンピラとして悪名高いダストは、その筆頭格の一人と言える。

 暴行にセクハラ、金銭トラブルと前科は枚挙に暇がない。留置場を下宿先と言い切るほどの常連でもある。

 こうまで悪行三昧でも、あくまで筆頭格の一人に留まるのが、この街の層の厚さを物語ってもいるが。

 先頃は、ヒュドラの賞金を独り占めしようと抜け駆けしておきながら、リザレクションのお世話になる醜態を晒した。その罰で、彼には褒奨金が支払われていない。

 あれでもまだ新人だった時期は、立ち振る舞いから没落した元騎士や貴族ではと噂されていたのだが。今となっては、見る影もない。

 チンピラが板についたというか、天職だったというか。

 

 さて。

 この日の私は、久々にギルドでバイトに勤しんだ。

 そして、冒頭の与太話にしか思えないものが、実話だと目の当たりにする。

 ダストのクエスト受注の手続きは私が受け持ったのだから、間違えようがない。

 この男は、選択肢があるなら必ず女の受付を選ぶ。そして、ガラの悪い潜在的クレーマーを相手取るのに大半の女性職員では荷が重いため、実質私かルナの二択となる。

 なので、実現可能性は元より高かった。

 

 ダストが柄にもない真似をしているワケは、眺めているうちにおよそ察した。

 借金の取り立てで参っているようだ。

 いつもなら借金など平気で踏み倒すが、今回ばかりは相手が悪い。

 私の視界に、チンピラへと熱い視線を注ぐ人物が映る。私の知人に当たる男性貴族で、ダストを恋愛的な意味で付け狙うアクシズ教徒のゲイだ。キャラの味付けが濃い。

 

 少し前、私はこの同性愛者の男にダストの債権を売却した。

 『借金返済の意思があるかを見定める』との名分を掲げれば、ダストを堂々と監視できる。そんなアドバイスも送った。

 彼は、その助言を実践しているらしい。

 

 しかも、両名の関係に何らかの進展があったと見受ける。男の真意を、ダストはとうに承知している様子。

 先方が朗らかな笑みで近寄ろうとすると、ダストは顔を真っ青にして必死に追い払った。……片手で自分のお尻を押さえつつ。

 強烈な恐怖体験をして、トラウマを刻まれたらしい。

 一体何があったのか。いや、性的に襲われかけたのだろうが、そうなるまでのストーリーが推し量れない。どうしてそうなった。

 

 今のダストは、怖気づいている。

 だから気の迷いを起こして、クエストに懸命となっている。

 借金をキッチリ清算して、相手につきまといの口実を与えないために。

 まあ、借りた金を返すのは人として当たり前だから、自業自得ではある。

 

 チンピラがクエストへと出かけると。

 ギルドに居残ったゲイは、その場で呼びかけを始めて、ダストに金を貸している冒険者らから債権を買い漁り出した。

 冒険者も不思議には思えども、買ってくれるのならと喜んで手放す。

 味を占めたのか。意中の人をこれからもストーキングするため、債権をかき集めている。借金を止めぬ限り終わらない、新手の因果応報体制が確立されつつある。

 しかも、ダストはまだこれを感知していない。

 

 恋の後押しに、不良冒険者の更生。

 また二つ、私は善行を積んでしまった。

 そんな意図は特段無かったが、展開は予期していた。なら、そういうことでいいだろう。物は言いようなのだから。

 あるいは『元凶』と言い換えても、大体合っているが。

 

 

【追記】

 前回のアルバイト時での軽い補足。

 

 相変わらず、冒険者は熊のように引き籠もって働こうとしない。

 これには職員らも手を焼いて、ほとほと困り果てている。私が励ます羽目になった。

 とはいえ別に、根拠のないうわべの慰めで誤魔化したわけでもない。

 

 いよいよ梅雨が明けた。もうじき、女神エリス感謝祭が開催される。

 例年通りなら、祭りを安全に執り行う前準備として、モンスターの大規模狩りが今月中に実施される。

 いくらニートと言えど、自分たちの不手際で祭りに差し障りが出るやもしれないとなると、重い腰を上げるはずだ。

 また、純粋に祭りを心待ちにするエリス教徒の冒険者とて、少なからず居る。

 そこに付け入って、他のクエストも祭りのためと言い包めて丸々押し付けるといい。

 そうした指針を示すことで、職員を鼓舞した。

 

 私が口にせずとも、ルナなどは遠からず気づいたろうが。

 今年はいつになく忙しない。それで、そこまで気が回らなかったと思われる。

 まあ、いざとなれば、人間に減少されると不都合な当店の仮面店員が軍手と作業着の出で立ちで出陣して、増えすぎた近隣のモンスターを間引いてくれる。

 ギルドの面目的には、悪魔の慈悲に縋るのは以ての外だろうが。

 

 

【あくまで個人の見解です】

 今さらながら、現在街ではダクネスと領主が結婚するとの話題で持ち切りとなっている。

 ついでに、彼女がダスティネス家ご令嬢なことも市井で知れ渡った。

 その風聞に触発されたのかは知らないが、今日は何と、ウィズが結婚関連の話を振ってきた。珍しい。

 

 ウィズは、行き遅れとの現実から目を逸らすのに余念が無い。しかも、デュークの一件でメンタルに深傷を負って以来、結婚を連想させるワード全般が禁句となった。

 とはいえ、あれから月日も経った。傷心も多少は癒えたのだろう。

 ただ。時たま外道悪魔がおちょくって古傷を抉るので、油断は禁物だ。

 今日は大丈夫でも、明日も過剰反応しない保証は無い。

 彼女には、キレると一帯に極寒の冷気を撒き散らす傍迷惑な習性がある。バニルはどうでもいいが、私を巻き添えにしないでほしい。

 

 それはさておくとして。

 彼女の話とは、私の結婚事情についてだ。

 人間時代の享年を、実年齢だと断固主張する年増アンデッドは論外にしても。私もいい加減、婚期が危ぶまれる年代へ踏み込んでいる。

 その私に浮いた話が無い。傍らで最も私を見てきたウィズは、その点に憂慮と、漠然とした訝しみを覚えている。

 

 自分で言うのも何だが、私の交友関係は極めて広い。

 これは『知り合いを増やしつつも、不要な敵を作らない』との方針で、私が立ち回っていることに由来する。味方を増やす、ではなく敵を作らない、というのが肝だ。

 私の演じるキャラクターも、このコンセプトに則っている。

 最近は、マダムから絶大な人気を博するバニルや、有り余った元気と好奇心に身を任せてあちこちフラつくアクアが、私に追随するように猛烈な追い上げを見せているけども。

 

 このように、人と打ち解けるのを得意とする私が、恋人すら作ろうとしない。

 これはもしや、自身の存在が足枷となってしまっているのでは? そんなことを、ウィズは不安視していた。

 恋愛の無縁さに気を遣っているとの意もあるけど、彼女は魔王軍幹部のリッチーだ。その秘事が漏洩しないよう、わざわざ他人と壁を作っているのでは。

 ……私からすると、ビックリするほど時機を逸した疑問だ。尋ねるのが数年遅い。

 そんな様だからこそ、私もあえてウィズの前では言及しなかったのだが。

 結婚を想起させる話は地雷。現にそうやって耳目を塞いで逃避してたから、彼女も今まで思い至らなかったのだろうし。

 

 結論から言うと、ウィズの懸念はまったくの的外れだ。

 まず、私は端から結婚を望んでない。

 浮いた話が無いのは、必然の帰結だ。相手との距離感に注意を払い、そうしたフラグの立つ余地を私が潰している。

 もっとも、この街にはサキュバスサービスが根付いているため、然程苦労しなかった。周りは性欲から解放された草食男子ばかりなので。

 

 それに、結婚とは所詮、子供を養育するための契約形態だろう。

 まず、虚弱な私が妊娠や出産の負担に耐えられない。よって、そうした契約を結ぶ意義が見出だせない。

 ウィズ魔道具店にとっても、代替できない人材を喪失するリスクと天秤にかけてまで、私自身が子を作るメリットは薄い。

 母体の役柄は、他の奇特な人間に委ねておけばよろしい。

 その上、冒険的賭けに身を投じたとしても、リターンが伴うかは不明だ。あれって、俗な言い方をするとくじ引きだし。

 私の頭脳を確実に継承できるのなら、まだ一考の価値はあるのだけど。

 店での私の業務を将来誰が引き継ぐかとの観点なら、目端の利く子供を養子なりで引き取って、後継者として育成すればいい。

 実はたまに孤児院へ足を運んで、希望に合致する子供がいないかを調査している。

 

 といった理屈を丁寧に説くと、さながら得体の知れない怪物でも目撃したように、ウィズが慄然とした。

 なお。鯖読み女には告げてなかっただけで、私に結婚する意志が無いとの意向は、ご近所でそこそこ周知されている。

 先述の説明を赤裸々に口外すると、人でなし過ぎて、私の世間体がボロボロになるのはさすがに自覚している。

 なので、体力的な障害で、子供を産めないとの部分だけを明かした。

 おかげで、私に見合い話を持ち込むお節介焼きがめっきり減った。断る手間が省けて、大助かりだ。

 あと、打ち明けた覚えはないが、バニルも恐らく心得ている。ウィズと反して、私は終ぞ結婚ネタでからかわれたことがない。

 

 ならば結婚はともかくとして、恋人は作らないのか?

 次にウィズから問われたのはこれだ。

 ただ、その顔つきは険しい。

 眼前に鎮座する宝箱が、擬態したダンジョンもどきなのではと疑心に駆られるような。またしても非常識な答えが返ってくるやもと邪推し、身構えていた。

 

 この質問を、私は鼻で笑う。

 なお、本来の私はポーカーフェイスのため、心情が態度に表面化することはない。

 つまりは、見せつけるために故意にそうしたということだ。

 

 下らない。恋人関係とはすなわち、専属の売春契約だろう。

 そういった動物的欲求に従うことを、娯楽として楽しむ人がいるのは事実。その在り方に異議を唱えようとは思わない。

 だが、私はそんなもの求めてない。第一、それで万一にも妊娠したらどうする。ちゃんちゃらおかしい。

 そう切って捨てると、ウィズは頭が痛いとばかりにこめかみを押さえた。

 そして、久し振りの説教モードへと移行する。

 

 私の恋愛観、結婚観念はあまりにもひねくれている。もっと愛というものに目を向け、信を置いてほしいと伝えられた。

 上から目線で叱る未婚女を、私は怪訝な目で見つめる。

 いい年して、一人勝手に浮かれて自爆したのを唯一の持ちネタとする女が、何か偉そうにほざいている。身体を張ったジョークかな?

 そんな私の胸中を、ひょっこり現れた見通す悪魔が頼まれてもないのに代弁して、すぐまた立ち去った。

 説教時間がさらに伸びたのは言うまでもない。

 

 

【領主のドロップアウトとその顛末】

 領主が失踪したらしい。

 これまで一向に見つからなかった不正や悪事の証拠が、あたかも雨後の筍のように忽然と湧いて出た。

 それで、にっちもさっちもいかなくなったのを悟り、捕まる前に夜逃げしたのだとまことしやかに囁かれている。

 

 アルダープの末路として、私が予想していたパターンのひとつではあるが。その中でも、意外な幕切れだ。

 あれは傲慢が服を着て歩いているような、自分の才幹を過信する無能だった。無駄に悪足掻きした末に、呆気なく逮捕されるものとてっきり思っていた。

 

 前日には、領主の結婚式が催された。

 それはもう、ハチャメチャにぶち壊されたと伝聞する。

 カズマらが、花嫁のダクネスを攫った。

 それを領主の私兵が取り押さえんとするも、冒険者集団が妨害へと回って彼を援護。武力衝突へ発展する。

 それが落ち着いてからも、アクセルの街は暴力の気配にてすっかり静まり返った。一時は、一触即発の様相を呈した。

 この空気は、領主が姿を晦ますという、拍子抜けする決着を迎えた翌朝になって霧散する。

 

 婚儀は、私が目論む企てを決行する引き金となる、ターニングポイントだった。

 直に確認するかは思案したけど、無理はしないことにした。

 貴族の挙式故に庶民の私が参列できない点は、ハードルとならない。少々手札を切れば、しれっと割り込むくらいは容易い。

 されど、式場は修羅場と化す公算が高いと予見していた。それを乗り切る自衛能力を、私は備えていない。

 しかも。トラブルメーカーの地位を確固たるものとするアクアが、よりにもよって式で誓いの祝福を担当すると事前に漏れ聞こえた。

 街でただ一人のアークプリーストで、ダクネスの仲間との接点がある。その縁で、彼女の家の者が気を回したのだろう。

 とにかく。何を仕出かすか私でも予測困難な厄災の権化が、事件が勃発すると見込まれる地のド真ん中に居座る。

 特大の波乱が押し寄せるのは、もはや確約されたも同然だった。

 

 ウィズを護衛代わりに連れて行くのは検討したものの、断念した。

 式場のエリス教会は、女神エリスの橋頭堡。クリスとダクネスの関係を加味すると、一部始終は観測されそうだ。

 そんな場所に、不死の王は同伴できない。

 

 なお。当の不良債権店主は、またもや新規でガラクタを仕入れかけた。

 そのお仕置きとして、式の当日は飲まず食わずで四六時中、店の職務にて忙殺させた。

 私が間一髪で阻止しなければ、手遅れになるところだった。

 商談相手は、悪徳商人ではない。だから、私がこの間主催した血祭り劇を、無傷で潜り抜けていたらしい。

 

 ポンコツが買い入れようとしたのは、カップル冒険者向けのペンダントだ。

 着用する者が瀕死の重傷を負うと、最期の命を燃料に爆発して大切な人を守ってくれる。

 ただし。威力が強すぎて、守るべき相方諸共吹き飛ばしてしまう。

 これをウィズは、ロマンチックだと無邪気にはしゃいでいた。もう私には、店長の頭の中が理解できない。

 それでよくもまあ、この前恋愛について私に講釈を垂れてきたものだと思う。

 

 話を変えよう。

 以下に綴る経緯は、憶測が多分に絡んでいると前置きしておく。

 まず、前述の婚姻がいきなり成立した所以は、ダクネスの実家が領主へ多額の借金をしていることにある。

 機動要塞が襲来した折に、街のインフラに被害が出た。困窮する領民の生活基盤を立て直すには元手が不可欠で、早期の達成には領主から金を引き出させる以外になかった。

 領主は渋るも、ダクネスが下記の馬鹿な条件を提示したことで合意に至る。

 父イグニスの身に変事があり、借金を返すのが難しくなった場合は、彼女自身の身を担保として差し出す。

 無論、独断だ。この点は、邸宅を訪った日にイグニス本人と答え合わせを済ませてある。

 

 そうして近頃、イグニスが倒れて公務が行えなくなった。

 かねての約定に基づき、借金のカタとして領主の元へ身売りすることと相成ったのだ。

 

 それら一切合切を把握し、かの家が抱える借金を返済する都合をつけたのが、うちの見通す悪魔だ。

 バニルは、占いにかこつけて新たな商品開発を促した。その上で、切羽詰まるカズマの足元を見て、知的財産権を安値で買い叩いている。

 今も忙しそうなので、詳細は聞いていない。だが、彼の保有資産に知的財産権の買い取り価格を合算すると、借金とピッタリ同額となったことだろう。

 だからこそ、婚礼の儀に乱入して借金を一括で返し、花嫁を強引に連れ去るという芸当が実行できた。

 狂気の滲む偏愛が実り、ようやっと我が物となるかに思われた嫁をあと一歩で取り逃がした、アルダープの心境や如何に。

 どこぞの悪魔の期待通り、さぞや極上の悪感情を放ったことだろう。

 

 というわけで、ここからは私のターンとなる。

 ただし、私の役割は司令塔。現場で奮闘するのは、レンタル中の悪魔衆だ。

 私の標的はアルダープ――ではない。

 国中の注目を一身に集めるあそこは、今や火中の栗。不用意に触手を伸ばせば、大火傷するのは必定だ。

 

 不当な搾取による裏付けの結晶とはいえ、領主が腐るほど金を持っていたのは確か。

 過程が何であれ、金の匂いが漂うのなら誘蛾灯のように人は集う。

 親族やら、他の悪徳貴族やら、商人やら。

 悪徳領主の近くを彷徨き、残飯のお零れに与ってブクブクと肥え太ったコバンザメの群れ。それが、此度のターゲットだ。

 

 

【リスタート】

 私が悪計の完遂に尽力していた合間に、とんでもない事故が起きてしまった。

 ウィズが、店の財源を使い切ったのだ。金庫が空っぽになった。

 私とバニルの二人で、さしものウィズと言えど易々とは消費し尽くせない莫大な収益を仕舞ってあったはずなのに。

 ……それがもう、一エリスも残ってない?

 

 始まりは、店に帰還するやウィズの出待ちを食らったことだった。

 扉を潜ったすぐ正面に、ウィズが立ち塞がっていた。それはもう、大層ご立腹だった。

 対面するなりたちまちに、有無を言わさず私は引っ捕らえられた。

 同様に捕縛されたバニル共々、サトウカズマの屋敷へ連行される。そこの広間にて、二人並んで床へと正座させられる。

 そうして、思いっきり眉間に皺を寄せたウィズとアクア、ダクネスの三者に囲まれた中で、尋問が開始された。

 なお。バニルと異なり、私は呪縛ロープでの拘束はされてないが、これは温情ではない。逃走と抵抗のどちらも不可能と見透かされ、必要がないと判断されただけだ。

 

 用件は案の定、ダクネスの結婚について。

 一連の騒動を、私たちが裏で仕組んでいたのではとの疑義だ。

 あの一事で、一番得をしたのはバニルだろう。カズマから買いつけた知的財産権を転売して、大儲けしている。

 なおかつ、事態の発端となったダクネスの父親が寝込んだ件。ピーク時では危篤に瀕した病は、強力な悪魔による呪いが原因と判明した。

 後から振り返ると、すべてはバニルが絵図を描いたマッチポンプにしか見えない。

 

 他にもある。

 強欲領主が逐電した直後、アルダープと黒い繋がりのあった人々の元へと、商人を名乗る謎の人物が同時多発的に出没した。

 彼らがあくどい手口で溜め込んでいた財を、騒ぎの混乱に乗じて安く買い叩いた。

 こちらも転売にて利益を拡大するが――途中で資金の流れと商人の行方が途絶え、追えなくなってしまう。

 鮮やかな手際といい、まるで図ったような絶妙なタイミングだ。

 

 これらを仮面悪魔の悪巧みと、アクアとダクネスは断定した。

 しかし、そこにウィズが異を挟む。

 彼女は、私も加担しているはずだと提唱する。こういう回りくどいやり方は、むしろ私の十八番とすら言えよう。

 それに加えてどういう理由か、私もここしばらくはバニルと同じようにしばしば店を離れ、何やら奔走していたとの不審点がある。

 

 ウィズの使い込みは、そんな成り行きを経て発生した尋問の最中に発覚した。

 サッと真隣を見遣る。すると反対側でもバニルが驚愕の面差しを浮かべて、こちらをひたと凝視していた。

 それでピンとくる。

 どうやら双方の間で、致命的な齟齬が生じていたのだと。

 

 とりわけここ数日、私たちは繁忙の極みにあった。

 到底、ウィズの面倒まで見る余力は無い。

 だがそこは、もう一方が先読みで対処して、彼女の手綱を握ってくれているに違いない。そう思い込んでいた。

 私とバニル、両方ともにだ。

 実際には、誰も何もしていなかった。

 結果、幾日もウィズを完全に野放しにするという、悪夢のような状態が現出する。

 

 そのツケが、売り上げが丸ごと消し飛ぶという最悪の形にて噴出した。

 お互い、もう片方の策謀には干渉しない。との不文律があった。

 だから、表立って情報共有はしなかった。それがこの災禍を招いたのだろう。

 

 ちなみに。ウィズが買い込んだのは、最高品質のマナタイトだ。

 魔力を肩代わりするマナタイト自体は、売れ筋と言える。

 だが。ひとつ数千万エリスもする消耗品は、ゴミと評するしかない。買い占めたところで、誰が好き好んで購入するというのか。

 

 諸々を勘案するに、これはもう詰んでいる。

 私は言い逃れを早々に諦め、さっさと白状して出血を抑えようと決意した。

 これが推理小説の犯人役なら、往生際が良すぎて、読者からクレームが殺到しただろう。

 

 まず、領主が雲隠れする以前の事象に私は関与してない。

 そもそもこの事変、最終的には丸く収まるとの確信があった。

 筋書きを書いたバニルからは、金儲けと悪感情獲得の両立を志向する余裕が見て取れた。なればこそ、ご飯製造機を無為に散らして、つまらないしこりは残すまい。

 

 私が策したのは、バニルの計画に便乗しての、より一層の金儲けだ。

 領主失脚で、勢力図は一夜にして激変。これを見越していた私が率先してスクープをばら撒き、世の混乱を誘発させた。

 遅かれ早かれ同じ経過を辿ったろうが、これによって情報戦のイニシアチブを得た。

 それと並行して、アルダープと昵懇だった輩もこのままでは芋蔓式に検挙される、との流言も流す。

 デマだが、本当に罪の証拠を警察へと一部リークして信憑性を持たせた。

 

 情報の濁流に飲まれ、ただでさえ窮地に追いやられていたのも相まって、彼らは平静を失う。その焦燥を突いて、富の一端を買い叩くのに成功する。

 通常は市場に出回らない、家宝クラスのアイテムすらも入手できた。

 その後はそっくりそのまま転売し、利潤を店に運び込むため、資金をちょこっと洗浄した。

 出処の怪しい物品もあったため、売買して得た金を直接持ち帰るわけにはいかなかった。

 

 ウィズ魔道具店とは無関係を装うため、書類上だけのペーパー商会をでっち上げ、バニルから貸与された悪魔を商人の身分で配した。

 各地で出現した商人とは、この悪魔だ。

 とっくに地獄に帰したけど、狡智に長けた人間を欺くエキスパートだけあって、見事な手腕を振るってくれた。

 最後まで、私を人間と認めない節穴でもあったけど。

 

 やはり、世間の目がアルダープへ集中したのが大きい。その間隙を縫って素早く動き、周囲が察知する前に用を片して撤収した。

 しかし。このために、私も温存していた手札を大盤振る舞いしている。

 これと同等規模の謀略は、できれば当分避けたい。

 まあ。そこまでして得た成果も、全部マナタイトに化けてしまったが。

 

 そうした仕掛けの全容を語り終えると。

 やや遠くの位置で呑気に傍観に徹していたカズマとめぐみんは、うわぁ――と思わずといった感じの引いた声を漏らした。

 私をチラチラ窺いつつ、二人は小声で内緒話を始める。凶悪なテロリストを目にするような顔色なので、会話の中身は推察できる。

 ダクネスは、想像を遥かに超える内容に、怒りも引っ込んで絶句した。

 彼女には、貴族の娘としての素養がある。私が簡単そうに話した事柄が、その実どれほどぶっ飛んでいるかを実感できてしまったらしい。

 

 執拗な詰問にバニルの堪忍袋の緒が切れたのを境に、この集いは打ち切られた。

 女神と悪魔が激突し、私はその隙にそそくさと脱出する。

 振り向くと、アクアが魔法で反射した殺人光線の流れ弾で、あのダクネスが一撃で沈んでいた。剣呑すぎるだろう。

 

 なお、最後に余談だが。アクアが大事に世話するゼル帝の卵が、無事に孵った。

 神や大悪魔にも物怖じしない、立派なただのひよこだったそうな。

 ただ。飼い主のアクアは、体毛に覆われたレアなドラゴン種、シャギードラゴンだと言い張っている。まだ粘るつもりなのか。




・地獄の公爵シリーズ
紅魔の学校の図書室では、第四弾の見通す悪魔が蔵されている。

・マクスウェルの逸話
初めての契約主を長く記憶するため、相手の目玉をくり抜いて、自身の片眼と差し替えている。そのため、左右で瞳の色が異なる。
この手のダークなエピソードは、書籍版では削除された。
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