とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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3-2 感謝祭②

【パーティーの後日談】

 昨夜のサプライズパーティーについて、ダクネス経由で続報が入ってきた。

 

 父の代理として領主の政務に専念しているダクネスだが、カズマたちの屋敷で暮らすのは相変わらずだ。

 朝早く実家に出勤し、日没前に帰宅する。そんな日々のサイクルの中で、昨日は私と別れた後、偶然現場に居合わせためぐみんからパーティーの顛末を聞けたらしい。

 そしてその翌朝、私の耳にも伝わってきた、というわけである。

 

 ちなみに。

 めぐみんがギルドの酒場にいた理由はというと、『取り立てて用もないくせに、延々と酒場に居座っていたぼっちで遊ぶため』だったそうな。

 ゆんゆんといえば。以前、近くのテーブルで談笑する冒険者パーティーと同じ料理を頼み、会話の合間に相槌を打って仲間気分を味わうという、悲しい遊びに耽っていたのを思い出す。

 いや、まあ、どうでもいいけれど。

 

 話を戻そう。

 聞いた限りでは、誕生日パーティーは途中までは概ね想定の範囲内で進んでいたようだ。

 ただ、ひとつ誤算があった。

 

 呼んでいた孤児院の子供たちが、ウィズのスリープで一瞬にして眠らされてしまったのだ。目にも留まらぬ早業だったそうな。

 これにより、子供の視線でウィズの暴発を抑えるという目論見は呆気なく頓挫。

 予定を大きく狂わせ、パーティーは早期打ち切りになった。

 

 その後ウィズは、底知れない透徹した笑みを浮かべつつ凄まじいプレッシャーを撒き散らし、バニルを無理やりどこかへ連れ去ったという。

 主役退場で、集いはそのまま解散。

 ブチギレたノーライフキングの威圧感を前に、外野は酒の酔いも一気に吹き飛び、場は水を打ったように静まり返ったらしい。

 めぐみんも、ゆんゆんと身を寄せ合いながらガタガタ震えていたとか。

 

 なお、会場の予約者である私も、後日ギルドからお叱りを受けるだろう。

 表向きは『バニルの単独犯に巻き込まれた』という筋書きで通すので、苦言程度で済むはずだが。

 

 また、パーティー会場を後にした二人の足取りは未だ不明だ。

 今朝、ダクネスが出勤途中に魔道具店に寄ったものの、店は閉まったまま、人の気配もなかったらしい。

 

 ついでに言うと、めぐみんはあの催しに私も関わっていることを見抜いていた。

 バニルとの手口の差異は、彼女ならば見破っても不思議はない。

 先日のアルダープ事変にて、私が裏で暗躍していた事実をカミングアウトしてからまだ日が浅い、というのもあるだろう。

 だが何よりの決定打は、『誕生日パーティーに私が出席していなかった』という一点だったそうだ。

 

 ところで。もう一人の立役者たる私がダスティネス邸に居候している件だが――ダクネスは誰にも話していない。

 いや、正確には『話せなかった』というべきだろう。

 

 理由は雇用条件にある。

 私は今、領主代行として多忙を極めるダクネスを補佐するため、ここに住み込んでいる。

 そして条件のひとつとして、『私がここで働いていることを部外者に漏らしてはならない』という一文を飲ませた。

 さらに言えば、雇用主はダクネスではなく家長イグニスだ。いくら娘とはいえ、その決定を軽々しく覆せるはずもない。

 

 ……もしや故意なのでは?

 ウィズから身を隠すために家の者を言葉巧みに丸め込み、こんな姑息な条件を突きつけたのでは?

 ダクネスがそう疑うのも無理はないだろう。

 だが、それは完全な誤解である。

 

 まず、時系列が合わない。

 このバイトを打診されたのは、私がバニルからレンタルした悪魔を指揮していた頃で、ウィズが大金を溶かすよりも前だ。

 もし意図的に仕組んでいたのなら、私は店の危機をみすみす見逃したことになる。

 そもそも『存在を秘匿する』という条件自体、イグニスの側が提示してきたものだ。

 

 要するに、情勢が急変した結果、偶然私の都合に噛み合っただけである。

 ウィズは無関係。私のことを伏せるのは、まったく別の事情によるものだ。

 

 ……まあ、これ幸いと雇用条件を盾に避難先として潜り込んだのは事実だけれども。

 

 ウィズも、まさか私がダスティネス邸に隠れているとは夢にも思うまい。

 ダクネスには『バイトの任期が終わる頃にはウィズも落ち着いているだろう。そのとききちんと謝る』と確約し、渋々ながら納得してもらった。

 どの道、当のウィズが不在では打つ手もない。ダクネスもそこは理解していた。

 

 その流れで、ウィズの行方について尋ねられた。

 私の見立てでは――恐らくダンジョンでバニルと決闘し(・)て(・)い(・)る(・)。

 していた、ではなく、現在進行形である。

 

 うってつけなことに、ウィズのテレポート先には世界最大のダンジョンが登録されている。

 現役時代の彼女がバニルと出会い、激闘を繰り広げた思い入れのある迷宮だ。

 屋内なら爆裂魔法は崩落の危険があるため禁じ手になる。必然的に長期戦になるだろう。

 

 アクセル近郊で衝突している可能性は低い。

 あの二人が本気でやり合えば、そこらにクレーターがボコボコ生まれる程度では済まない。

 長期戦ともなれば、一帯の地形が変わり、地図を書き換える羽目になってもおかしくない。……メチャクチャ迷惑である。

 それに、パーティーがあったのは日暮れだ。夜にそんなド派手な戦闘が起これば、街中からでも気づける。私が気づかないはずがない。

 

 さらに言えば、二人が大暴れすれば近場のモンスターも怯えて逃げ出す。モンスターの大移動だ。

 駆け出し育成の役目を担うアクセルの冒険者ギルドにとって、それは看過できない。

 モンスターが急増すれば、周辺住民にとっても傍迷惑な人災と評して差し支えないだろう。

 

 ウィズもバニルも、それを許容するはずがない。

 だからこそ、周囲に迷惑をかけず心ゆくまでやり合えるダンジョンが、最も手っ取り早いわけだ。

 

 


 

 

【追記】

 ダクネスは知らないことだが。

 私がダスティネス邸を訪れた真の目的は、マジギレしたウィズからの避難ではない。

 ついでに言うと、経営難の店を救うための出稼ぎでもなければ、結婚騒動の裏でダクネスたちを利用した罪滅ぼしでもない。

 

 これらはいずれも動機の一部ではある。だが同時に、真意を隠すためのカモフラージュでもある。

 その真意については、今はまだ語らない。いずれ別の機会に綴ることにしよう。

 

 さて。

 この夜、私はイグニスと顔を合わせ、先日締結したある契約を見直した。

 これは先ほど触れた話とも深く関わっている。

 

 本来なら病床の当主には静養してもらいたいところだ。

 だが今回ばかりは相手が悪すぎる。

 家には人材が潤沢にいるものの、誰を代役に立てても容易く手玉に取られるのが目に見えている。

 だからこそ、イグニスは無理を押して自ら私との交渉に臨んだわけだ。

 

 なお、この会合のことをダクネスは知らない。

 彼女が帰路に就いたのを見計らい、密かに集まった。

 ちなみに議題となった契約は、今のバイトのことではない。私がイグニスと初めて対面した日に交わした『密約』のほうである。

 

 契約を改めることになったのは、局勢がすっかり様変わりしたからだ。

 この約束を交わしたのは、まだ梅雨の頃だった。

 借金返済に焦ったダクネスが、賞金首ヒュドラへ無茶な突撃を繰り返していた時期だ。

 

 その努力も虚しく、彼女が強欲領主アルダープの許へ嫁ぐ未来は濃厚だった。

 病床のイグニスには、そんな娘の暴走を止める術がない。

 死期の近さを自覚させられ、無力感に苛まれていた頃――そこに現れたのが私である。

 

 やり取りを重ねるうちに、イグニスは私がどういう人間かを把握した。

 ……正直、相当な危険人物に映ったはずだが、どうやらそれ以外の印象も見い出したらしい。

 彼は『娘を引き止めてほしい』と私に懇願した。ほとんど遺言めいた響きだった。

 

 だが、私は断った。

 私が手を下すまでもなく、アルダープの失脚によって事態は自然と解決する。そう見えていたし、バニルの計画に支障が出るのも避けたかった。

 そこは濁して『私ではなくカズマがその役割を果たすだろう』と説き、ダクネスの安全を保証した。――それでイグニスが安心できるはずもないが。

 

 そこで折衷案として、『イグニスが死去した後のアルダープへの対処を引き継ぐ』と約束した。

 実質、結果は見えていたので安請け合いした形だ。

 とはいえ領主は私にとっても目障りな存在。実際に履行を求められても吝かではなかった。

 

 その後、アルダープが失踪し、契約は有名無実となった。

 元々の取り決めは、イグニスを慮った内容にすぎない。

 だが彼の死は遠のき、アルダープも権力の座から転げ落ちた。

 

 前提条件が消えた以上、契約は見直さざるを得ない。

 

 とはいえ、端(はな)からアルダープ失脚後を見据えていた私にとって、ここまでは予定調和。

 必要な手順を踏み終え、ようやく本題へ取りかかる段階に至った。ただ、それだけのことだ。

 

 ときに、話は変わるが。

 アルダープの行方について『何か心当たりはないか?』と、イグニスに尋ねられた。

 どうやら捜索が完全に行き詰まっているらしい。雑談のノリではあったが、割と切実に窮しているようだ。

 

 私も居所については掴んでいない。ただ、憶測ならいくつか思い当たる節がある。

 

 まず、アルダープの館を接収した際、地下室から神器が見つかった。ランダムにモンスターを召喚する代物だという。

 ちなみにこれはクリスが回収した。――まあ、この件自体は本筋と関係ない。

 

 次に、騒動の発端でもあるイグニスの病の原因が『悪魔による呪い』と判明している。

 それも、解呪したアクアをして『強力』と言わしめる大悪魔級のものだ。

 この情報は私にとっても寝耳に水だった。しかも、容疑者であるバニルは犯行を真っ向から否定している。

 

 さらに、これまで完璧に隠されてきたアルダープの不正が、まるで堰を切ったように証拠がポンポンと湧き出してきた。

 タイミングも相まって、作為を感じざるを得ない。

 

 こうした点を並べると、ある仮説が浮かび上がる。

 ――アルダープは、悪魔を召喚していたのではないか。

 

 殊に脳裏によぎったのは、真実を捻じ曲げる異能を持つ、バニルの友人。

 ひょっとすると、結婚騒動におけるバニルの本当の狙いは、アルダープの裏に潜んでいたその悪魔だったのかもしれない。

 遅ればせながら、最近になって私はそう考えるようになった。

 

 いずれにせよ、公爵級の悪魔はアルダープの器量を大きく超えている。

 そんな存在を長らく使い倒してきたのなら、まともな末路など望めまい。

 いや、命を落とせるのなら、まだマシですらある。

 

 ここまで手がかりが無い以上、アルダープが再び表舞台に現れることはまずないだろう。

 もはや死んだも同然の人間を探し続けるのは、時間と労力の無駄だ。

 私としては適当な理由をでっち上げて、さっさと手を引くことを強く推奨する。

 

 


 

 

【職場の人間関係に不満あり】

 ウィズは、大変お怒りであらせられる。

 

 今朝、私を捜してカズマの屋敷まで乗り込んできたらしい。そこに私が匿われていると踏んだようだが……残念、惜しい。

 ともあれ、ウィズもバニルも息災な様子。その点だけは何よりだ。

 

 この顛末を教えてくれたのは、ダクネスである。

 ……が、話を終えるや否や、『自分も一緒に仲裁に入るから、店へ戻ろう』と言い出した。

 

 この無法には、断固として拒否した。

 虫歯治療を嫌がる幼児のように、駄々を捏ねて全力で抵抗する。

 アクアにすら簡単に騙される小娘を言い包(くる)めるくらい、私にとっては赤子の手をひねるようなもの。

 しかもこれは、あくまで内輪の問題。外部の人間が首を突っ込む筋合いはない。説得は楽勝――のはずだった。

 

 ……が、ちょっぴりしくじった。

 『今行けば修羅場になって、怪我するかもしれない』と、少し盛って大袈裟に伝えたのがまずかった。

 その瞬間、変態クルセイダーの目が欲望の色でギラついた。

 そして騎士の使命感を言い訳に『私が庇うから!』と妙にやる気を出し始めたのである。

 趣旨が完全にすり替わっているのは言うまでもない。

 

 アルダープの一件以降、ダクネスは私の本性の一端に触れたことで、どこか距離感を測りかねている節があった。

 おかげで一時は被虐趣味も鳴りを潜めていたのだが……どうやら、踏み込み方を見誤ったらしい。

 

 さて。

 領主代行のサポートなど私には縁遠い仕事で、当初はどうなることかと思っていたが……意外にも順調だ。

 というより、店員やギルド職員よりも適性がある気がする。慣れるまでに、然程苦労しなかった。

 

 ……それとイグニスは、この機に私に経験と実績を積ませ、あわよくば将来的には娘の側近に据えようと企んでいないか?

 

 業務内容は主にペーパーワークと、ダクネスから求められたときの助言役。

 雇用条件の都合で、部外者に姿を目撃されるのは極力避けねばならない。

 そのため、貴族や街の有力者と顔を合わせるリスクのある仕事は、すべて私の担当から外されている。

 

 ただし、不満もある。

 今日になって、ダクネスが突如として自重をかなぐり捨て、変態性を顕にし始めたのだ。

 うっかり彼女のマゾとしてのツボを突いてしまったのが引き金となり、何かが吹っ切れてしまったらしい。

 

 具体的には、私が近くにいるというだけで、仕事中だというのに息を荒げ、ひとりで発情している。

 嫌々ながら注意すると、『私の冷酷なオーラにゾクゾクして、つい妄想が捗ってしまう』などと、トチ狂った返事が返ってきた。

 気分はさながら、冬眠明けの一撃熊と目が合ってしまった子羊。むしろ、私のほうが身の危険を感じる。

 

 また、同僚としてバルターという男がいる。

 アルダープの息子ではあるが、父親の悪事には一切関与しておらず、お咎めなし。今では領主補佐として真面目に働く好青年だ。

 

 だが、この男。なぜかダクネスへの評価がやけに高い。

 そのことが逆に、彼の目を曇らせてしまっている。

 ……あるいは、ダクネスのド淫乱っぷりが、常人の理解を超えているだけかもしれないが。

 

 いずれにせよ彼は、ダクネスの奇行をやたらと好意的に解釈する。

 彼女のことを、『ちょっと愉快な一面のある人』くらいに思っているのだ。

 当然、彼女の真の姿――救いようのないドMであるという事実には、毛ほども気づいていない。

 それどころか、恋愛的な意味で好感を抱いている始末である。

 誠実さでは親と真逆だが、女を見る目のなさでは、父子揃っていい勝負らしい。

 

 そんな周囲の心情を完全に置き去りにして、ダクネスはきりりとした表情で、私に対してこんな戯れ言をほざいた。

 

「以前の私であったなら、ご主人様になってもらいたいと心が揺れていたのだろう……。だが、今の私は違う。あの男以外に、そう簡単に躾けられたりはしないと決めたのだ。悪いが、私のことは諦めてくれ」

 

 ……なぜ私が、ダクネスに振られたような扱いを受けねばならないのか。

 勝手に振っておいて、人の人生に妙な黒星をつけないでもらいたい。

 

 


 

 

【あの男の下劣な思惑が見え隠れする】

 おかしな書類が舞い込んできた。

 ざっくり言えば、『出店の売り子に水着を着せたい』という提案書だ。

 提出元は、感謝祭の実行委員会。

 

 ……字面だけ見ると、不健全過ぎて、即座に警察から指導が入りそうな代物だ。

 趣意を図りかねたダクネスが、困惑した顔で私に相談してきたのも無理はない。何なら私も邪推している。

 

 アクセルの感謝祭は、領主からの委任を受けた商店街が主体となって運営している。つまり、実行委員も地元の商人たちだ。

 当店は委員会に属してはいないものの、役員を務めている面々については、顔ぶれも人となりも概ね把握している。

 だからこそ断言できる――彼らに、売り子を水着姿にしようなんて突飛な発想が出せるわけがない。

 

 ただし、例外が一人いる。

 急遽実行委員に名を連ねた、サトウカズマだ。

 

 この案、表向きは『委員会からの提案』となっているが、実態はカズマ個人が推し進める私案ではないか。

 私はそう睨んでいる。

 

 『肌色を増やせば祭りが盛り上がるし、延いては売上も伸びる』という理屈は、まあ、うっすら理解の余地がないこともない。

 大方それは建前で、実際にはカズマ個人の願望を捩じ込んだだけだろうが。

 

 それでも、一応は『委員会の総意』として上がってきた以上、他のメンバーを丸め込むための名目くらいは整えているらしい。

 ……というか、祭りまでまだ一週間もあるのに、最初に持ち込まれた案件がこれか。

 さてはこれ、似たような珍案が続々と押し寄せてくる前触れでは?

 

 相談を受けた私は、とりあえず判断をカズマ本人に丸投げすることにした。

 『帰宅後に直接問いただすのが確実では?』とダクネスに助言し、肝心の返答は、さりげなく回避しておく。

 私の予想では、この後ダクネスは上手いこと丸め込まれて、提案は通る。

 もしイグニスが健在だったなら、審議の余地すら与えられず却下されていただろうに。

 

 祭りが活気づくのは、出店予定のウィズ魔道具店にとっても歓迎すべきことだ。

 よって、カズマの精力的な献策に横槍を入れる気はない。後押しする気もないけれど。

 つまりは、我関せず。好きにすればいい。

 

 ところで、当初は予定していなかったのだが。

 念のため、祭り期間中もこちらで働けるかどうか、確認しておいたほうがいい気がしてきた。

 うちにはお色気担当のウィズがいるのだから、私まで巻き込まれることはない……はずだ。

 だが万が一、『暇なら水着に着替えて屋台を手伝え』などと言い出されでもしたら困る。

 

 私は清純派路線なのだ。そういう色物枠はちょっと。

 

 


 

 

【億千万の花嫁】

 イタズラがダクネスにバレた。

 私がさりげなく他の書類に紛れ込ませておいた提案書を、彼女がしっかり拾い上げてしまい、結局はあえなく棄却された。

 

 ちょうどこの時期、アクセルでは様々な大会が催されるようになる。

 長年続く伝統ある大会も少なくなく、特定の実力者が毎年優勝するという現象も珍しくない。

 というより、現に起きている。

 

 そうなると、興行としては面白くない。

 勝者が固定されてしまえば見どころは失われ、盛り上がりようもなくなる。

 

 ならいっそ、領主が音頭を取って『殿堂入り制度』を導入してはどうか。そんな提案を私は出した。

 殿堂入り、言い換えれば名誉ある引退。

 耳障りは良いが、要するに『強すぎる個人には出場をご遠慮いただく』という話だ。

 

 強者が一人で舞台を独占してしまえば、イベントそのものの価値が薄れる。

 そう考えた私は、ダスティネス家のツテで過去の大会記録をかき集め、『毎年同じ人が優勝していると、どれだけ収益に悪影響を及ぼすか』を資料にまとめて提出した。

 

 ……が、結果は冒頭の通り。提案は却下された。

 理由は単純。この制度が通れば、我慢大会を連覇中のダクネス自身が、次から出場できなくなる可能性があったからだ。

 領主代行ともあろうお方が、まさかの堂々たる職権乱用だった。

 

 いやまあ、確かに。

 ダクネスのド変態ムーブが鬱陶しかったので、その報復として提案した――と、正直に白状したのが敗因なのは分かっている。

 元より、彼女を我慢大会から追い出すために書いた代物だ。

 資料も結論ありきで構成し、不都合な競技データは都合よくスルーしていた。

 

 例えば、肝心の我慢大会。

 ダクネスが見目麗しい女性であるせいか、彼女が参加するようになった昨年と今年は、近年稀に見る盛況を呈している。

 ……それにしても、あれは氷結魔法の使用が前提の大会なのに、なぜ当たり前のように生身で制覇できるのだろう?

 

 それから、イグニスの後妻として冒険者ギルド職員のルナを推薦する文書も、こっそり作っていたのだが――運悪くダクネスに見咎められ、即座に破り捨てられてしまった。

 『こんなもの父上に見せられるか!』と、ファザコン娘は憤慨していた。

 イグニスならどうせ、お茶目な冗談として笑って済ませたと思う。

 

 まあ、そもそもこれはダクネスへの嫌がらせ目的だったので、見つかった時点で目的は達している。

 

 ちなみに、もし何かの手違いで提案が通ってしまっても――結婚相手に飢えている今のルナなら、案外満更でもなく乗ってきそうな気がする。

 親子ほど歳が離れていて、しかも知り合いでほぼ同年代のダクネスが義理の娘になるという、気まずすぎる難点こそあるが。

 それさえ目を瞑れば、イグニスは文句なしの優良物件だ。

 

 貴族と平民の身分差は、戸籍ロンダリングでルナを『元々貴族の娘だった』ことにしてしまえば済む話だ。ハードルですらない。

 かつてルナは、酔った勢いで『ジャティス王子に求婚されたい』などと世迷い言を抜かしていた。

 ならば本人の与(あずか)り知らぬ間に貴族との縁談がまとまっていても、特に問題はあるまい。

 

 戸籍ロンダリングの話をした途端、ダクネスが非難の声を上げた。

 だが、貴族特権でバツイチをなかったことにした女にだけは、文句を言われる筋合いはない。

 彼女は最近、『アルダープに捨てられたバツネス』という不名誉な渾名をつけられ、余程ショックを受けたらしい。

 一時期は実家に引きこもっていたとか。アクアが街中で言い触らしていた。

 

 というわけで、私が仕込んだ三つのトラップのうち、既に二つは除去されてしまった。

 残るひとつは、イグニスの命を受けた執事ハーゲンが現在進行形で動いている。

 ダクネス本人はまだ気づいていないようなので、このまま黙っておくことにする。

 

 その最後のトラップの正体は――私とバニルが考案した、新たな金策として練った演劇台本だ。

 試作品をイグニスに見せたところ、大層気に入られ、その場で買い取ってくれた。

 やはり、娘が物語の中で重要な役を担っているからだろう。あの男、思った以上に親馬鹿である。

 

 ちなみに台本の内容は、例のアルダープとの結婚騒動がベースとなっている。

 もっとも、現実準拠では政治的に色々と差し障りがあるため、フィクションとしてかなり脚色を加えてある。

 ……とはいえ、見る人が見れば元ネタは一目瞭然だろう。

 

 この企画、イグニスがダクネスには内緒で、こっそり劇団に声をかけるなどして着々と進めているらしい。

 娘をあっと驚かせたいのだとか。

 恥ずかしがり屋の娘がそれを知れば、驚くより先に、多分張り倒されると思う。

 

 なお、タイトルは既に決定している。

 イグニスから聞いた話によると――『億千万の花嫁』というらしい。

 

 


 

 

【店への帰還】

 一(・)旦(・)任期を全うし、一週間ぶりにウィズ魔道具店へと戻った。

 

 帰路にはダクネスが付き添いを申し出てくれたのだが、これは丁重にお断りした。

 曰く、『女一人で変質者に絡まれたら危ないから』との気遣いらしいが。だからといって、もっとタチの悪い変質者を随伴させては本末転倒だろうに。

 とはいえ、彼女にしては中々ウィットの効いたジョークだった。

 もっとも、本人にそんな自虐の意図が微塵もなかったのは言うまでもない。

 

 さて、メインに移ろう。

 一番の懸念はウィズである。果たして、どう転ぶかと身構えていたのだが。

 思いの外、和やかに……というか、まあ、そういう見方もできなくはない形で落着した。

 

 店の扉を潜るや、視界に飛び込んできたのは。

 半分消えかけ、今にも天に召されそうな穏やかな顔で気絶する、お陀仏リッチー。

 その周囲では、仮面の悪魔と宴会芸の女神が、砂糖水を与えてどうにか蘇生させようと奮闘していた。

 店内は私そっちのけで、まさにクライマックスの真っ只中だった。

 

 後から事情を聞いたところによると、私が出張に出た直後から、バニルがせっせとポーションを買い集め始めたらしい。

 ところが、ふらりと現れたアクアが、その努力の結晶を片っ端から浄化してしまった。

 そのため、ポーションはすべてただの水へと変貌。これまでの苦労が一瞬で水泡に帰した。

 

 アクアとしては善意の行動だった。

 顔色の悪いウィズに水分補給させようと、手近にあったポーションを飲料水に変えただけらしい。

 ウィズもそれを無価値と見做していたため、強くは止めなかった。

 

 これが火種となり、キレた悪魔と女神の間でプチ最終決戦が勃発。

 ウィズはその巻き添えを喰らい、両者の流れ弾で瀕死の重傷を負う。

 ちょうど応急処置が始まったタイミングで、私がひょっこり帰ってきた――という次第だ。

 

 その後、ウィズはなんとか息を吹き返したものの、衰弱が激しく、パーティーの件を責める気力もなかった。

 結果として、グダグダな空気のまま、私は許されることになった。

 なお、気絶の後遺症か、彼女は前後の記憶が一部すっぽり抜け落ちていた。

 

 ちなみに、アクアのせいで単なる綺麗な水と化したポーションだが。

 なんと、元は『傀儡化解除のポーション』だったらしい。

 

 とはいえ、今時そんな状態異常を使ってくる魔物などいない。

 強いて挙げれば、某(・)ド(・)マ(・)イ(・)ナ(・)ー(・)女(・)神(・)の(・)信(・)者(・)くらいなもので。

 そんな産廃だからこそ、ウィズも使い道がないと判じたわけだ。

 

 ……なるほど。

 ここ数日、私がどんな策動をしていたか、見通す悪魔にはすべてお見通しらしい。

 私の企みに乗じて、ひと儲けしようとしていたわけだ。初動で派手に躓いたようだが。

 アルダープの一件で、私がバニルの策謀に便乗したときと同じ構図だ。今回は役どころが入れ替わっただけで。

 

 最後に、私が不在だった間の収益を記録しておく。

 店の売上、バニルの副業、そして私のダスティネス家への出稼ぎ収入。

 これらすべてを合算すると――ウィズの大(・)活(・)躍(・)もあって、一週間前と比べて微減した。

 

 ……いや、なぜ私が出奔する前よりも赤字が嵩む。




・ウィズ(リッチー)vsバニル
追記分。
『よりみち』三巻は本話の八ヶ月後に発売されたため、当然ながら参照していない。
まさかここにきて、原作が対戦カードを組んでくるとは……。

・我慢大会
書籍では、競技の詳細は記されていない。
Web版の『我慢比べ』と同一のものと思われ、こちらは『密閉空間を魔法で加熱して、最後まで残った者が賞金総取り』というルール。
フリーズ含め魔法使用可なので、普通は魔法使いが参加する競技。

・億千万の花嫁
原作七巻のサブタイトルより。
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