とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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3-4 恋の季節?

【あっちもこっちもやりたい放題】

 エリスを称える祭りを存続させるために、よもやご神体御自らが出張ってくるとは。

 レギュレーション違反というか、大人気ないにも程がある。

 子供の喧嘩に親が出しゃばり、そのまま盤面を蹂躙するようなものだ。

 

 もっとも、対するアクシズ教側も、準備段階からアクアが中核を担っている。

 実情が役立たずのお荷物だとしても、その点においては公平と見做せなくもないか。

 

 感謝祭の最終日。

 告知通り、ミス女神エリスコンテストが催された。

 折よく手が空いたので、私も終盤だけ覗きに行ったのだが――そこで、とんでもないものを目撃した。

 

 ラストで、エリスが飛び入り参加したのだ。

 

 念のため記しておくが、クリスではない。幸運の女神のほうだ。

 言うまでもなく、後世まで語り継がれるであろう歴史的大事件である。

 

 そして私個人としては、もう一点。別の意味でも衝撃を受けていた。

 出し抜けに舞台へ登場した彼女を、私は当初エリスとして識別できなかった。

 別人と見間違えたわけではない。やけに凝った女神コスプレをした盗賊娘――すなわち、クリスのほうだと誤認したのだ。

 

 無論、クリスとエリスが同一人物であることは承知している。

 だが、その前提を踏まえてもなお、ステージ上の彼女が今ど(・)ち(・)ら(・)として振る舞っているのか。私の眼力では、終ぞ見分けがつかなかった。

 

 恐らくこれは、私の観測手法に起因する。

 私は、対象の内面から個人を識別することに長けている。

 逆に言えば、普通なら外見で判別する場面を、なまじ眼(・)が良すぎるせいで必要としてこなかった。故に、不慣れなのだ。

 

 例えば今回、バニルがサキュバスに化けていたが、私なら一目で見破れる。

 観客たちは揃って騙され、血涙を流して絶叫していたが、私には通用しない。

 その観察眼をもってすれば、クリスとエリスが同一存在であることも即座に見抜ける。

 ……だが皮肉なことに、その眼こそが、両者を切り分ける術を私から奪っていた。

 

 辛うじてエリスだと悟れたのも、周囲の異様な熱狂を目にしたからに過ぎない。

 右も左も、熱心に祈りを捧げ、嗚咽を漏らすエリス教徒ばかり。会場のどこを切り取っても、同じ光景が広がっていた。

 ここまであからさまなら、さすがに察しがつく。

 ――会場は、感極まった信者たちの狂気じみた歓声に支配されていた。

 

 私としては、クリスがエリスのコスプレをしているのだとばかり思い込んでいた。

 そもそもクリスとは、エリスがお忍びで下界へ降りる際の仮の姿だ。

 その状態で、自らの名を冠するコンテストに出場し、あろうことか『エリスのなりきり』を披露するとは。また随分とトンチキな真似を――と。

 当初の私はそんな誤解を前提に、彼女のやんちゃっぷりに呆れていたわけだ。

 

 むしろ疑問なのは、なぜエリス教徒たちが一様に彼女を『本物のエリス』と看破できたのか、という点だ。

 純粋な推理のみで、その結論へ一足飛びには辿り着けない。

 精々、出来の良いコスプレという評価が関の山だろう。

 

 まあ、見当はついている。要するに、信仰心の差だ。

 不信心な私では、彼女から放たれる女神オーラを欠片も知覚できなかった。それだけの話である。

 

 顔立ちはクリスと完全に一致し、細かな仕草の癖までそのままだと見取って、『本気で正体を隠す気があるのか』と嘆息するような私には、土台無理な話だった。

 そもそも私は、神と悪魔を近縁種としてカテゴライズしている人間なのだから。

 ――いや、人間から信仰や悪感情を摂取するという生態を踏まえれば、一定の類似性は認められると思うのだ。

 

 また、狂乱に包まれた現場からエリスが脱出する際、連携していた二人組の存在も見逃せない。

 一人はカズマ。もう一人は、見覚えのない全身鎧。

 あの場はほとんど暴発寸前の混乱状態だった。にもかかわらず、二人のフォローは不自然なほど迅速だった。

 そこから逆算するに、この騒動の発起人はカズマだと推察できる。

 同時に、彼がクリスの身元をとっくに把握しており、秘密を共有する間柄にあるということも。

 

 あと、もう片方の鎧。

 あれは人間ではない。というより、鎧そのものに意思が宿っているように見えた。

 

 ……まあ、一切合切スルーするが。

 エリス案件である以上、私が深入りしたところで藪蛇にしかならない。

 とはいえ。考察の手がかりが僅かに不足していたために、今回は紙一重の差で正答に届かなかっただけ。そんな感触がある。

 

 さて。一方で、アクシズ教の女神はといえば。

 

 調子に乗って新たな商売に着手し、案の定爆死した。

 屋台の売上で優勢に立ったものだから、その勢いのままエリス教へ引導を渡そうと欲を掻いたのだ。

 そして自爆。まさにお手本のような因果応報系ブーメランだった。

 斯くしてアクシズ教の天下は、夏夜の花火よろしく儚く散った。

 

 あの迷惑集団が仕出かしたのは、アクア曰くの『ネズミ講』。

 少なくともこの国では前例のない、新手の詐欺的商法だった。

 法整備が追いついていないため、厳密に言えばまだ犯罪ではないのだが。

 

 いくら前科がつかないとはいえ、荒稼ぎが過ぎて領主代行のダクネスに目をつけられた時点で、命運は尽きていた。

 新種の詐欺行為と裁定され、不当な利益は即日、被害者の元へと返還。

 この失態が暗い影を落とし、来期のアクア祭という芽も、同時に摘み取られた。

 

 一体どこで、こんな悪辣な手口を仕入れてきたのやら。

 あのアホの子のアクアが独力で考案したとは、到底思えないのだけど。

 

 祭りの締めを飾った後輩女神が喝采を浴びたのとは対照に、先輩はこの体たらくである。

 

 


 

 

【プリーストとしてのスキルアップ】

 感謝祭も終わり、街には本来の穏やかな日常が戻ってきた。

 ――もっとも。祭りを境に、いくつか状況は変化している。

 

 エリス降臨の報は、あらゆる連絡手段を通じて瞬く間に各地へ伝搬した。

 その日の夕方には、早くも耳聡い観光客が転送屋を経由し、アクセルへ雪崩れ込んでいる。

 遠からず馬車便のルートからも、さらに大勢が押し寄せることだろう。

 いずれこの街が、エリス教の聖地として認定される日も近いかもしれない。

 

 あれほどの騒動を経た以上、エリス祭は来年以降も継続が決定した。

 一時は中止論すらささやかれていたというのに、今では手のひらを返して『決して途絶えさせてはならない』と息巻いている。

 ……というか。

 あのサプライズは、カズマとクリスが祭り存続のために仕組んだ茶番ではないかと、私は疑っているのだけど。

 

 ついでに言えば、アクア祭も継続が決まった。

 どうやらエリス教団側の計らいがあったとかで、今後も共同開催になるとのこと。

 

 身近な話に目を向ければ、私の領主代行補佐のアルバイトも昨日で任期満了となった。

 もっとも、ウィズから雲隠れしていた頃とは違い、感謝祭期間中はイグニスと結託して何か企んだわけでもない。

 単に、真面目に働いただけだ。

 よって、この件に関して特筆すべき事項はない。

 

 話を変えよう。

 久方振りに、アクアが店へ遊びに来た。来なくていいのに。

 

 この女がいると支援魔法をかけてもらえる。故に、必ずしもメリットがないわけではない。

 私の身体能力は、自前の支援魔法込みでも、日常生活を最低限こなせる程度。

 だからこそ、アクアの超級バフは本来なら、大助かりではあるのだ。

 ……来る度に引き起こされるトラブルの数々が、その利点を帳消しして余りあるだけで。

 

 今日もそうだった。コップ一杯の水を頼んだだけなのに、危うく洪水級の水塊を叩き込まれかけた。

 張り切ってサービス精神を発揮しようとするうちに、本来の目的をすっかり見失ったらしい。

 あわや局地的な水害がもたらされるところだった。

 が、そこまで思い至る知能は、厄災女神には搭載されていない。

 

「この世に在る我が眷属よ、水の女神、アクアが命ず……」

 

 耳慣れない詠唱が紡がれるや、大気が震え、爆裂魔法すら凌駕する魔力が一帯に充満した。

 猛烈に嫌な予感がした私は、すぐさまアクアの頭を全力で引っ叩き、強引に詠唱を中断させた。

 

 そもそも、初級魔法クリエイト・ウォーターに詠唱など存在しない。

 問い詰めれば、発動しかけていたのはセイクリッド・クリエイト・ウォーターなる、水の女神とっておきの大魔法だったと判明した。

 たかが飲み水を求めただけで、大惨事を招くところだった。

 

 閑話休題。

 店も暇だったので、アクアから神聖魔法のレクチャーを受けてみることにした。

 この日の彼女は店の倉庫に結界を貼って封鎖し、出稼ぎから戻ったバニルを締め出す嫌がらせに精を出していた。

 その流れに乗じて、結界術の基礎を教わったのである。

 

 なお、結界は人間に対して何の効力も持たない。

 が、折悪しく倉庫内で掃除していたウィズには、効果覿面だった。

 アンデッドが一匹、見事に閉じ込められた。

 発覚があと少し遅れていれば、店長のトイレ事情が大変なことになっていただろう。

 

 肝心のレクチャーの成果だが、正直判然としない。

 試そうにも、近場にいるのはリッチーと地獄の公爵のみ。実験台として適していない。

 

 仕方なく、私は駄目元でおやつの皿を囲うように結界を展開し、その事実を伏せたままウィズへ差し出してみた。

 ……結果は、障子でも突き破るかのごとく、一瞬で粉砕されるという無残なものだった。

 あまりに脆すぎて、結界の存在に気づいてすらもらえなかったほどである。

 レベル差の暴力が酷い。

 

 


 

 

【恋愛ポンコツ共が知恵を出し合ったところで、特に発展性はない】

 またしても、ウィズが奇天烈なことを言い出した。

 曰く。あのバニルに、『気になる相手』が出来たというのだ。

 

 人間の女の子との間に、種族の壁を超えた恋が芽生えたに違いない。とうとう春が訪れた――などと、年甲斐もなく無邪気にはしゃいでいる。

 聞けば、ウィズとアクアの二人して、お節介にも恋の助言を授けているらしい。

 寝言は寝て言って欲しい。

 

 百歩譲って、相手が悪魔族であればまだ合点がいく。

 実のところ、同様の話は昨日も耳にしていた。

 だが、ただでさえ興味が湧かない話題な上、恋愛脳の妄言にしか聞こえず、まともに取り合わなかった。

 

 あれから一日経った今も、何らかの行き違いが生じているように思えてならない。

 当のバニルは『恋ではない』ときっぱり否定しているらしいのに、勝手に言葉尻を拾い上げて大騒ぎし過ぎだろう。

 ウィズに言わせれば、バニルの応答は単なる照れ隠しらしいが。

 

 そもそも、即座に恋と結びつける発想自体が短絡的かつ安直に過ぎる。

 どうせ真相など、防具屋の兜が気になるとか、祭りで素敵なお面を見つけたとか、その程度のオチだろうに。

 

 ところが。

 私の推論に対し、ウィズは『相手が人間の娘なのは、バニル本人も認めている』と反論してきた。

 おまけに、私の推測は昨日のアクアの発言と一部被っているという、無慈悲な追撃まで食らう。

 ……アクアと同レベルの発想。

 

 自身の想像力に密かに戦慄した事実はさておき。

 人間の娘……ああ、なるほど。

 バニル好みの上質な悪感情を放つ人物を発見した、大方そんなところか。それならば腑に落ちる。

 

 悪魔にとって人間とは、あくまで美味しいご飯を生み出す製造機。

 しかも時間の感覚も大きくかけ離れており、私の親世代のマダムでさえ、バニルにとっては生まれたての赤子も同然だという。

 これでは、恋愛感情が入り込む余地などない。

 

 仮にウィズの期待通りなら、バニルは異常性癖に目覚めたことになる。

 赤子に欲情するなど、ロリコンのカズマですらドン引き必至だろう。

 同僚の私としても、そんな変態の潜む職場で働き続けるのには抵抗がある。今後の身の振り方を再考しかねない案件だ。

 

 ――と、見解を述べたものの。

 ウィズはやれやれとばかりに肩を竦め、大仰にお手上げのジェスチャーを見せた。

 恋愛の初歩すら解さぬお子様に呆れ果てた――言葉を待たずとも、そんな心情がありありと伝わってきた。

 

「全く、またそうやって捻くれたことを。恋は理屈じゃないんですよ。そう何でもかんでも小難しく考えているから、そんな頓珍漢な言葉が飛び出すんです」

 

 ……どうやら私は、格下認定を下されたらしい。

 バニルの恋模様を素直に受け入れ、応援する。そんな当たり前のことすら分からないのか、と。

 どうも彼女の目には、私は気の毒なほどの恋愛音痴に映っているようだった。

 ウィズ自身の恋愛遍歴を勘考するに、贔屓目に見ても五十歩百歩なのだが。こういうときに限って、自分のことを綺麗に棚上げしてくる。

 

 ややあって、今日もアクアが店へやって来た。

 ウィズは早速、先刻のやり取りを共有する。

 以後、あのアクアからさえも、思慮の足りないお馬鹿な子を見るような眼差しを注がれる羽目になった。

 

 正直なところ、私はバニルの事情などどうでもいい。当人から相談を受けたわけでもない。

 ――なのだが。よりにもよってあのアホ共二人に小馬鹿にされるのは、さしもの私もイラッとした。

 

 なので一応、ロリコン趣味の正否だけは本人に確認しておいた。

 とはいえ、相手はあの底意地の悪い畜生悪魔。深追いすれば、こちらの思惑を見透かした上で故意に返答をはぐらかし、巧妙に神経を逆撫でしてくるのが目に見えている。

 

 ちょうど、仮面の下の素顔をウィズには頑なに見せようとしないのと同じだ。

 大した秘密があるわけではない。ウィズが見たがるから、無駄に勿体振っているだけである。

 ぶっちゃけ、私やご近所の人は、普通に素顔を見たことがある。

 

 なお、得られたバニルの回答は『否』だった。

 ……やはり、ウィズの早合点なのでは。

 

 


 

 

【恋の嵐が吹き荒れる季節】

 一昨日はバニル。昨日もバニル。そして今日は、めぐみん。

 近頃、やたらと恋愛沙汰ばかり耳にしている気がする。

 

 少し前のことだ。サトウカズマへの誕生日プレゼントを巡り、めぐみんと軽く揉めた。

 私がカズマを狙う恋敵ではないか――そんな、あらぬ嫌疑をかけられたのである。

 無論、実際にはそこまで本気で疑っていたわけではない……と思いたい。

 

 とはいえ、彼女の立場も理解できなくはない。

 意中の相手の誕生日を、無関係な第三者から唐突に知らされた。しかも準備期間は残り僅か。おまけに、私はプレゼントをとうに調達済み。

 焦りもするし、乙女心としても到底愉快ではなかったろう。

 

 なお、めぐみんは結局、当日までに贈り物を用意できなかった。

 後日改めて渡すつもりとのこと。

 

 さて。そんなわけで、今日はめぐみんが店へ乗り込んできた。

 今回はやけに強気である。それというのも、苦手な性悪仮面がこのとき相談屋の副業で不在だったからだ。

 私がカズマをどう思っているのか。回り道すらなく、真正面から詰問してきた。

 前回の釈明では、彼女の疑念を払拭するに足りなかったらしい。

 返答次第では直ちにライバルを潰す――そんな腹積もりを、隠す素振りすらなかった。

 

 すると今度は、恋バナを好物とするウィズが、芳しい匂いに誘われるようにフラフラと寄ってきた。

 事情を把握するや目を輝かせ、鼻息も荒くめぐみんへ熱烈なエールを送り始める。

 ……店の経営事情を鑑み、ウィズとカズマをどうにかくっつけられないか画策している私からすると、何とも言い難い反応だった。まるで脈が感じられない。

 

 ともあれ、めぐみんの追及には包み隠さず答えた。

 その上で『嘘を感知する魔道具を持ってきても構わない』とまで断言し、ようやく矛を収めてもらえたのだった。

 

 カズマという男は、相手が女子供であろうと、決して真正面から戦おうとしない。

 己の安全を最大限に確保し、その上でワンサイドゲームを狙う。

 私はそんなゲスで姑息な立ち回りに甚く感銘を受けており、常々参考にしている。

 

 ――などと、赤裸々に語ったところ。

 めぐみんは露骨にドン引きし、見る見るうちに気勢を殺がれていった。

 横で聞いていたウィズも似たような顔をしていた。仮にカズマ本人がその場に居合せたとしても、やはり同じ反応を示したことだろう。

 

 ところで話は変わるが。

 めぐみんは、私に対して警戒などの負の感情を抱いていない。

 先日の結婚騒動に伴う暴露において、彼女は私の謀略の全容と、本性の一端を知った。にもかかわらず、態度には依然として変化がない。

 虚勢や演技ではない。それで私の眼を欺けるはずもない。

 

 比較すると、ダクネスは随分と悩んでいた。私をどう扱うべきか、距離感を測りかねていた節がある。

 カズマは失礼極まりない。最近では私を、バニルと同カテゴリーの生物として処理し始めている。

 『バニルと同じノリでいいだろう』という、雑にも程がある認識だ。

 

 アクアは――そもそも論外。

 あの女、事の顛末を『私がちょっぴり悪さをした』程度にしか受け止めていない。

 やや賢いゴブリン相当のオツムでは、話が難解にすぎたらしい。

 

 ともかく、めぐみんである。

 変化のなさが、逆に不可解だった。だから私は、理由を直接問いただした。

 

 すると彼女は、もっと昔――まだ初対面に近かった頃から、私の二面性を何となく察していたのだと告げた。

 理屈ではなく、ただの勘で。

 ……たまにいるのだ。そういう特異な嗅覚を持つ人間が。

 ダクネスもある意味では、その類例と言える。

 

 だが、めぐみんが他者と決定的に異なるのは、私の内側に潜むものを察知しながらも、そこに忌避感を抱かなかった点だ。

 より正確に言えば、その一面が自身に牙を剥くことはないという、不思議な確信があったのだとか。

 だからこそ、私の本性が垣間見えた際も、彼女はやはりと腑に落ちたのだという。

 なお、普通にドン引きはしたそうだが。

 

 ……どうも私は、無意識のうちに彼女を特別扱いしているらしい。明らかに合理性を欠いている。

 故に、めぐみんの直感は恐らく正しい。私には、彼女と敵対する選択が採れない。

 そうと自覚したのは、つい最近のことだが。

 

 さて。別の話をしよう。

 本日、ウィズが倉庫へ入ったきり、いつまで経っても戻って来ないという事態が発生した。

 何かあったのかと様子を見に行ったのは、当然の流れだ。

 そこで目撃したのは、仕事も忘れて写真集に没頭する、むっつり店主の姿だった。

 

 その写真集は、仮面悪魔が魔道カメラを持ち出し、戯れに自撮りした代物である。

 中には、バニルの一糸まとわぬ姿が収録されている。

 れっきとした商品だ。サキュバス連中には飛ぶように売れた。

 ウィズはそれに夢中になるあまり、私が倉庫へ入ったことにすら気づかなかった。

 

 暫し遅れてから、ようやく気配を察したのだろう。

 吸い寄せられるように落としていた視線を上げ、こちらを見る。

 そして状況を理解すると、大慌てで写真集を元の場所へ押し込んだ。

 

 見るからに動揺していた。視線は泳ぎ、私と目を合わせようともしない。

 そうして彼女は、不意に口を開いた。

 

 いかがわしい本なんて、ちっとも読んでいなかった――と。

 

 私はまだ、何も言っていない。

 にもかかわらず、初手から言い訳してきた。語るに落ちるにもほどがある。それで誤魔化せるのは、アクアくらいのものだろう。

 ……息子がエロ本を読み耽る場面に遭遇した母親も、案外こんな気分なのだろうか。

 

 


 

 

【これ、私いらないですよね?】

 ウィズとデューク、ダクネスとアルダープ。

 どうにも今年は、結婚絡みでロクな話を聞かない。

 そんな所感を抱いていた矢先、新たなペアが追加された。

 ルナとバニルだ。

 

 なお、いずれもバニルが関与した結果、メチャクチャな末路を迎えたという悲しい共通点がある。

 ……いや、訂正しよう。

 デュークの件に、バニルはさして関与していない。ウィズが勝手に勘違いし、そのまま暴走して自爆しただけだ。

 大恥を掻いた彼女を、当の悪魔は存分に嘲笑っていたくらいで。

 

 本題に入ろう。

 以前より、バニルに『気になる人』ができたと取り沙汰されていたが、遂にその全容が明らかになった。

 

 相手はルナ。

 バニルの相談屋はギルドの一角を間借りして営業している。その接点が縁となったらしい。

 ただし、ウィズが期待していたような甘酸っぱい恋愛劇ではない。見当違いも甚だしい。

 真相は――ただの悪感情目当てである。

 

 ルナは職務に対して真摯だ。

 ギルド職員として日々、我儘な冒険者たちを捌き続ければ、当然ながら過大なストレスが堆積する。

 加えて、次々と同僚が寿退社していく現実。

 そこに澱のように沈殿する嫉妬と、嫁ぎ遅れかねない自身への焦燥。

 そうして熟成された悪感情が、バニルのお気に召したというわけだ。

 

 そして鬼畜悪魔は、あろうことかギルドという衆人環視の下で、その思いの丈をルナ本人へ告(・)白(・)した。

 

 一世一代の公開プロポーズ。

 途中までは、その場にいた誰もがそう誤認し、固唾を呑んで推移を見守っていた。

 しかし、予想を裏切るえげつない結末によって、場の空気が一転して凍りつく。

 

 無論、バニルはわざとである。

 立場の違いを乗り越え、愛を育む覚悟を抱きかけていたルナのプライドは、粉々に打ち砕かれた。

 

 私としては、悪魔のプレイボーイごっこは知ったことではない。

 だが、巻き添えを食らった件はいただけない。

 この日、私はギルドにバイトのシフトを入れていた。それが運の尽きだった。

 

 朝方、バニルが現れ、ルナの代理として受付業務を始める。

 休みが欲しいと嘆く彼女の願いを聞き入れたとか。

 この時点で、悪感情を搾取するための布石であることを看破していた私からすれば、気が気ではない。

 叶うならすぐにでも業務を放棄し、避難したかったくらいだ。

 

 その後、寝坊したと思い込んだルナが、息を切らしてギルドへ駆け込んでくる。

 そして間もなく、先述の公開失恋イベントが幕を開けた。

 

 その結果。不運にも現場に居合わせた私は、終業後の酒盛りにまで付き合わされる羽目になる。

 バニルの同僚で、未婚で、年齢も近い。

 それでいて交流もそこそこある私は、ルナにとって愚痴の捌け口として格好の立ち位置だったわけだ。

 私としても、失恋で荒れ狂った行き遅れという、この世で最も獰猛な生物からの誘いを無下に断る危険は冒せない。

 

 なぜ第三者である私が、酔ったルナの繰り言に延々と相槌を打ち続けるという、虚無の奉仕活動へ従事させられているのか。

 ルナの悪感情を肴にするバニルも同席していたため、負担は半減したものの。

 ……そもそも、この場に私は不要だろう。

 

 悪魔曰く、絶望的に間が悪かっただけだとか。

 食欲旺盛な悪魔だけで場は取り持てる。巻き込まれ損もいいところだった。

 

 


 

 

【所用により、仮面アルバイターは本日お休み】

 嘆かわしいことに、ウィズ魔道具店からお尋ね者が出てしまった。

 

 発端は、バニルによる先日の外道行為。それに対し、ルナが報復に動いた。

 具体的には――バニルに賞金を懸けたのだ。

 どうやらあの悪魔、ギルド職員の権力を些か軽視していたらしい。事態を微塵も予期していなかった節がある。

 

 あまつさえ激怒させた相手は、冒険者たちから慕われる美人受付嬢。

 加えて、例のプロポーズ騒動は既に公然の事実と化している。

 そのため現在、街の冒険者たちは敵討ちとばかりに気炎を上げている。

 

 顛末を知ったウィズも、此度は全面的にルナの側に回った。

 自ら追跡する気こそないものの、店へノコノコ現れたなら容赦なく始末する腹積もりらしい。

 ……なぜウィズは、そこまで修羅と化しているのだろう。

 まさか私が、ルナの悲劇をデュークの件と重ねる形で過去の恨みを刺激し、ついでに『懸賞金を店の運転資金に充てよう』と唆したことが、こんな事態を招くだなんて。

 

 別段、酒盛りの八つ当たりがしたかったわけではない。そんな非生産的な行為に労力を割く趣味はない。

 私はただ、純粋に――同僚を売って金儲けしようと考えただけである。

 どうせ死んでも残機が減るだけなのだし。

 

 そんな経緯もあり、当の仮面店員は早朝から行方を晦(くら)ませていた。

 とはいえ、元は私怨だ。ルナの溜飲さえ下がれば、指名手配も解除される。

 遅くとも、今日明日中には片がつくのではなかろうか。

 

 なお。『女心を弄ぶ邪悪な悪魔は断じて店に通さない!』と息巻いていたウィズだが、その決意は午前中の時点で儚くも崩壊した。

 来店したアクアに、お昼寝用の抱き枕としてテイクアウトされたのである。

 曰く、『ヒンヤリしてて寝心地が良さそうだから』とのこと。

 確かに夏場は、いるだけで店内が心做しか涼しくなる。冬は逆に邪魔だが。

 

 この日のアクアは、やや眠たげだった。

 近頃夜は寝付けないため、代わりに昼寝をたっぷり摂っているそうだ。

 ……それが眠れない原因では?

 

 ともあれ、産業廃棄物を無償回収してくれるというので、私は快くウィズを引き渡した。

 そして、今日のうちに返却されることはなかった。

 先方の状況は知らない。だが、この程度は織り込み済みだ。

 アクアが絡んでいる以上、何事もなくスムーズに終息するはずがない。

 屋敷にはカズマがいる。厄介事の処理は、彼に押し付ければいい。

 

 ウィズもバニルも不在となり、店の防衛力は著しく低下した。

 とはいえ、ここは平和な街だ。まして、不景気で名高いうちの店へ盗みに入る奇特な泥棒など存在しまい。

 

 もっとも、完全に一人だったわけでもない。

 サキュバスが一匹来店したので、報酬で釣って簡単な雑務を任せたのだ。

 

 バニルの脱皮した抜け殻を対価に提示するや、即決だった。

 砕いて庭の肥料にでもする予定だったが、処分の手間が省けた。

 彼女は『内助の功が云々』と呟いていたので、今回の献身をアピール材料に、バニルとの玉の輿を狙っているらしい。

 

 ちなみに、そのサキュバス。種族の割には、かなり貧相な体格だった。まだ幼体なのかもしれない。

 もっとも、それでも私やウィズよりは年上に見えたが。

 

 そして、もうひとつ。

 抜け殻の件からして、私に悪魔族だとバレているのは自明のはず。

 しかし目先のお宝に舞い上がった彼女は、最後までその不審点を見落したままだった。

 退勤時には抜け殻を大事そうに抱え込み、ご機嫌な鼻歌混じりに帰路に就いたのである。

 

 ……いや、別に構わないのだけれど。




・バニルの写真集
追記分。
『よりみち』四巻より。
写真集の『一糸まとわぬあられもない姿を収めた』とは、要するに仮面しか写っていないという意味だったらしい。よく考えたら、そりゃそうだ。
……後出しの情報のせいで、ウィズがとんでもなくレベルの高い変態になってしまった。

・サキュバス(ロリーサ)とのやり取りの真意
主人公としては、サキュバスであると察していることをそれとなく匂わせることで動揺を誘い、心理戦の土俵へ引き込み、最終的にはサキュバス喫茶店を乗っ取る足がかりにしようと企んでいた。
……が、ロリーサが思ったよりも鈍い子だったため、仕掛けは空振りに終わった。
とはいえ、その場の思いつきによる戯れであり、主人公的にもそこまで本気だったわけではない。
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