とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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3-4 恋の季節?

【あっちもこっちもやりたい放題】

 エリスを称える祭りを存続させるため、よもやご神体御自ら出張ってくるとは。

 レギュレーション違反というか、いくら何でも大人気なさ過ぎでは。

 子供の喧嘩に親が出しゃばって、無双するようなものだろうこんなもの。

 いやまあ、アクシズ教側はアクアが準備段階から中核を担っている。実情が役立たずのお荷物だとしても、そうした面では公平との見方もできなくはないのか。

 

 感謝祭の最終日。告知通りにミスコンが催された。

 奇しくも手隙になったので、その合間を縫って私も終盤だけ見物してきた。

 すると信じ難いことに、ラストでエリスが飛び入り参加したのだ。

 念のため書くが、クリスではない。幸運の女神のほうだ。

 言うまでもなく、これから一生語り継がれてゆくであろうスケールの、歴史的大事件だった。

 

 なお。私的にはもう一点、驚かざるを得なかった理由がある。

 出し抜けに舞台へと登場した彼女を、私は最初エリスと識別できなかった。

 別人と見間違えた、という話ではない。やけに凝った女神コスプレをした、盗賊娘のほうだと誤認したのだ。

 無論、クリスとエリスは同一人物だ。それは承知している。

 だが。その上で、ステージに上がっている彼女が今『どちら』なのか。私の眼力では、終ぞ見分けがつかなかった。

 

 これは推測だが、内面を読み取って個人を判別する技能に長けているが故の弊害だろう。

 普通は外見で判断するが、私の場合、そちらは逆に馴染みがない。

 バニルのように、サキュバスに化けようとも一目で見破れる。大勢の観客は騙され、血涙を流して絶叫していたけども、ああいった手合いは私からすると容易い。

 もちろんその観察眼をもってすれば、クリスとエリスが同一の存在とは即鑑別できる。しかし。なまじそのせいで、両者を区別できない。

 

 私が何とかエリスだと悟れたのも、周りの異様なムードを見て取って、遅ればせながら察したに過ぎない。

 右も左も、熱心に祈りを捧げ、嗚咽し涙を溢すエリス教徒だらけ。どこもかしこも、そんな有り様なのだ。

 ここまでお膳立てされたら、余程の鈍感でもなければ嫌でも推し量れる。

 会場は、感動を爆発させた信者らの狂気めいた歓声で沸き返っていた。

 

 私としては、クリスがエリスのコスプレをしているものと思い込んでいた。

 クリスとは、エリスのお忍びスタイルなのに。その状態でエリスのなりきりをして、自身の名を冠するコンテストに出場するとは、またトンチキなことを――と。

 当初の私は、誤解から彼女のやんちゃっぷりに呆れ返っていたのだ。

 

 むしろ、どうしてエリス教徒らは一様にエリスだと看破できたのか。

 推理だけなら、一足飛びにそんな結論には辿り着けない。凄く出来の良いコスプレ、辺りが関の山だ。

 いや、まあ。何となく見当はついている。信仰心の賜物だろう。

 不信心な私では、女神オーラ的なものを欠片も感じ取れなかったと。

 矯めつ眇めつ眺めて、エリスとクリスは顔の造形が同じで、細々とした仕草の癖もクリスのまんまと見取って、真面目に正体を隠す気があるのかと嘆息するような私では無理だ。

 心中でも、神と悪魔を近縁種としてカテゴライズしているほどだし。いや、人間から信仰や悪感情を摂取する生態に類似性が窺えるので。

 

 また、狂乱に包まれた現場からエリスが脱出するのに、二人組が協力していた。

 一人はカズマで、もう一人は見知らぬ全身鎧の何某か。

 ほとんど混乱の体をなして暴発寸前だったにもかかわらず、彼らのフォローは不自然なほど素早い。どうやら、この騒ぎの発起人はカズマらしいと推察できた。

 併せて、カズマはクリスの身元についてとっくに心得ており、秘密を共有する間柄になっているらしいことも。

 あと、もう片方の鎧は人間じゃないというか、鎧そのものに意思が宿っているように私の目には映った。

 まあ、一切合切スルーするが。

 エリス案件なのだから、私が深入りしても藪蛇にしかならない。

 とはいえ。そこはかとなく、考察の手がかりがギリギリ不足しているために、正答まで間一髪で行き着けなかっただけの感がある。

 

 さて。一方で、アクシズ教の女神はどうしていたかというと。

 調子に乗って新しい商売に着手し、案の定爆死した。

 屋台の売り上げで大きくリードしているから、この機にトドメを刺してエリス教に引導を渡してやろうと欲張ったのだ。

 そして自爆した。お手本のような因果応報系ブーメランだった。

 斯くしてアクシズ教の天下は、夏夜の花火の如く儚く消え去ったのだ。

 

 迷惑集団が仕出かしたのは、アクア曰くのネズミ講。少なくともこの国では前例のない、新手の犯罪だ。

 厳密には、まだ犯罪ではないけども。法整備が追いついていないので。

 だが、前科のつく行いではないとはいえ、荒稼ぎしすぎて領主代行のダクネスに目をつけられた段で、彼らの命運は尽きた。

 新種の詐欺と裁定され、儲け分は被害者へと即日返還された。

 この失態が暗い影を落とし、来期におけるアクア祭の芽も失われた。

 一体、どこでこんな高度な手口を仕入れたのだろう。アホの子のアクアでは、自力で考案できるはずがない。

 

 祭りの締めに後輩女神が持て囃されたのとは対照に、先輩はこの体たらくである。

 

 

【プリーストとしてのスキルアップ】

 感謝祭が終息して、元来の穏やかな日々が帰ってきた。

 ただし、祭りに前後しての変化もある。

 

 エリス降臨の報は、あらゆる連絡手段を用いて瞬く間に各地へ伝搬した。

 その日の夕方には、早速耳聡い観光客が続々とアクセルへと押し寄せている。転送屋を介してのものだ。

 遠からず、馬車ルートからもいやましに人だかり殺到することだろう。

 将来は、この街がエリス教の聖地として指定されるやもしれない。

 

 あのような一大事があった以上、エリス祭は来年以降も続行が決まった。

 一時は中止が囁かれたが、今では何としてでも続けねばならないと息巻いている。

 というか。あのサプライズは、祭りを絶やさないためにカズマとクリスが共謀して一芝居打ったのではと、私は睨んでいるのだけど。

 ついでに、アクア祭も続行だそうだ。エリス教団の計らいがあったとか。

 おかげで、次からも共同開催となる。

 

 身近に視点を移すと、私の領主代行の手伝いバイトは昨日で任期満了した。

 ウィズから雲隠れしていた頃とは異なり、感謝祭中はイグニスと連携して何か企んだわけでもない。ただ、普通に働いただけだ。

 したがって、これに関しては特筆する事項は無い。

 

 話を変えよう。

 久し振りに、アクアが店まで遊びに来た。来なくていいのに。

 この女がいると、支援魔法をかけてもらえる。よって、必ずしもメリットが無いわけではないのだが……。

 私の身体能力は、私自身の支援魔法込みでも、ようやく日常生活を最低限不便なく過ごせる程度でしかない。

 アクアの超級の支援魔法を受けられるのであれば、大助かりではあるのだ。

 来る度にトラブルを起こすデメリットが、その利点を帳消しして余りあるだけで。

 

 今日にしても、私がコップ一杯の水を要求したら、危うく洪水クラスの水の塊を叩きつけられそうになった。

 張り切ってサービス心を発揮しようとし、そう思い立ったときには、水を出す本来の目的をすっかり見失っていたという。

 凄まじい災害がもたらされかけたわけだが、そこまで思い至る知能は厄災女神には無い。

 

「この世に在る我が眷属よ、水の女神、アクアが命ず……」

 

 耳慣れない詠唱が紡がれ、空気が震えて爆裂魔法を凌ぐ大魔力が一帯に充満する。

 これにとんでもなく不穏なものを感じた私は、すぐさまアクアの頭を全力で引っ叩いて、魔法を強引に中断させたのだ。

 そもそもの話、初級魔法のクリエイト・ウォーターには詠唱が無い。

 直後に問い詰めると、セイクリッド・クリエイト・ウォーターなる、水の女神とっておきの大魔法だと明らかになった。

 飲み水を求めただけで、あわや大惨事になるところだった。

 

 それはさておくとして。

 店が暇なのもあり、アクアから神聖魔法のレクチャーを受けてみた。

 この日のアクアは、店の倉庫に結界を貼って入り口を封鎖し、出稼ぎより帰還したバニルが通れないようにする嫌がらせに精を出していた。

 それに乗じて、結界の貼り方を教えてもらったのだ。

 

 なお。結界は人間には何の効き目もないが、このとき偶々倉庫内で清掃していたウィズには効果抜群だった。

 アンデッドが一匹閉じ込められ、外へと出られなくなっている。

 発覚があと一歩遅れていれば、店長のトイレ事情が大変なことになるところだった。

 

 アクアから教わった成果は、イマイチ判然としない。

 試そうにも、付近にいるのはリッチーと地獄の公爵のみ。実験台に適していない。

 とりあえず、ダメ元でおやつの皿を囲うように結界を貼って、そのことを黙ったままウィズに与えてみた。

 だが結果は、障子でも破るように一瞬で粉砕される無残なものだった。

 脆すぎて、結界があると気づいてすらもらえなかったほどだ。レベル差の暴力が惨い。

 

 

【恋愛ポンコツ共が知恵を出し合ったところで、特に発展性は無い】

 またしても、ウィズが奇天烈なことを言い出した。

 あのバニルに、気になる相手が出来たそうだ。人間の女の子との種族の壁を超えた恋が芽生えたに違いない。とうとう春が訪れたと、年甲斐もなく無邪気にはしゃいでいる。

 ウィズとアクアは、お節介からバニルへ恋の助言をしているとか。

 

 寝言は寝て言って欲しい。

 百歩譲って、お相手が悪魔族ならまだ合点がいくのだが。

 実のところ、同様の話は昨日も聞いた。だが、ただでさえ関心が無い上、恋愛脳が妄言を口走ってるようにしか思えなかったので、まともに取り合わなかったのだ。

 

 あれから日付が変わった今も、妙な行き違いを来してるだけに思えてならない。

 当のバニルは恋ではないとハッキリ否定しているらしいのに、些細な言い回しを取り立てて大騒ぎし過ぎだ。

 ウィズに言わせると、バニルの応答は照れ隠しらしいけど。

 大体、即座に恋と結びつける発想からして短絡的だし、安直だと思う。

 

 真相は防具屋に飾ってある兜が気になるとか、祭りで素敵なお面を見かけたとか。そういうオチなのでは?

 ところが。そんな私の反論に対して、バニルが認めているので件の相手が人間の娘なのは確かだと言い返された。

 オマケに、私の発想は昨日のアクアの発言と一部被っていると、ウィズからツッコミという名の無慈悲な追い打ちまで食らう。アクアと同レベルの発想……。

 

 自身の想像力に、私が密かな戦慄を覚えたのはさておき。

 人間の娘――ああ、いや、なるほど。バニル好みの上質な悪感情を放ってくれる相手を発見したと、大方そういう話か。それなら腑に落ちる。

 悪魔にとって人間とは、あくまで美味しいご飯を生み出す製造機。

 時間に対する感性もかけ離れており、私の親くらいの世代のマダムも、バニルからすると生まれたての赤子も同然らしい。

 これでは、人間との恋が成立する余地がない。

 

 これでウィズの期待通りなら、バニルは異常性癖に目覚めたことになる。

 赤子に欲情するとか、ロリコンのカズマでもドン引き必至だろう。

 同僚の私としては、そんな変態のいる職場で勤めるのには抵抗がある。今後の身の振り方を考え直す事案だ。

 と意見を述べるも、ウィズはやれやれと頭を振り、お手上げのポーズをした。

 恋愛の初歩も理解していないお子様に呆れ果てた。との内心が、口には出さずとも所作からありありと伝わってきた。

 

「全く、またそうやって捻くれたことを。恋は理屈じゃないんですよ。そう何でもかんでも小難しく考えているから、そんな頓珍漢な言葉が飛び出すんです」

 

 ウィズから格下認定を下された。

 バニルの恋模様を呑み込んで応援するだけなのに、そんな当たり前のことも分からないのかと。彼女にしてみれば、私は可哀想なほどの恋愛音痴に見えたようだ。

 ウィズの恋愛遍歴を勘考するに、贔屓目に見ても精々五十歩百歩なのだけど。こういうときだけ棚上げするのか。

 ややあって、今日もアクアが来訪した。そして先刻のやり取りをウィズが話す。

 それを境に、以後はアクアからも、ちょっと思慮の足りないお馬鹿な子を見る眼差しを注がれるようになってしまった。

 

 差し当たり当人から相談を受けたわけでもないし、バニルの事情について、私はどうでもいいと思っている。

 どうでもいいのだが、よりにもよってあのアホ共二人から小馬鹿にされるのは、さしもの私でも強い不服があった。

 だから一応、ロリコン趣味があるのかだけバニルに確認を取った。

 底意地の悪い畜生悪魔のことだ。深く追求しようとすると、こちらの背景を見通して返答を故意にはぐらかし、イラッとさせようとしてくるのが見え透いている。

 

 仮面の下に秘された素顔を、ウィズには頑なに見せようとしないのと同じだ。

 大それた秘め事など無いのに、ウィズが見たがるから勿体振ってひた隠しにしてるらしい。

 ちなみに。私やご近所の人は、バニルの仮面の下を見たことがある。

 

 なお。得られたバニルの回答は否だった。

 やはり、ウィズの早合点では。

 

 

【恋の嵐が吹き荒れる季節】

 一昨日はバニル、昨日もバニル。そして今日はめぐみん。

 最近、恋の話題ばかりを耳にする気が。

 

 少し前、サトウカズマの誕生日プレゼントの件でめぐみんと軽く揉めた。

 私がカズマを狙う恋敵ではないかと、あらぬ嫌疑をかけられたのだ。

 実際には、彼女もそこまで本気で疑っていたわけではない――と思いたい。

 あちらにしてみれば、意中の相手の誕生日を無関係な輩から明かされた挙げ句、日数の猶予がない現実を突如突き付けられたのだ。しかも、私はプレゼントをとうに調達済み。

 これは焦るし、乙女の心情的にも面白くないだろう。

 なお。めぐみんは結局、プレゼントを用意しそびれた。なのでまた後日、期を改めて贈る心積りでいるそうだ。

 

 さて。というわけで、今日はめぐみんが店へと乗り込んできた。

 今日の彼女はやたらと強気だ。苦手な性悪仮面が相談屋の副業のために出かけており、留守にしているから。

 私がカズマをどう思っているかを、回り道せずストレートに尋ねてきた。果たして、前回のあれだけでは、めぐみんに得心してもらうのには不十分だったらしい。

 返事次第では直ちにライバルを潰そう、との思惑を取り繕う気すらない。

 

 そこからさらに、恋バナを好物とするウィズが芳しい恋の香りに引き寄せられてか、フラフラと近寄ってきた。

 あらましを知ると目を輝かせ、興奮と共にめぐみんへ熱烈なエールを送り出す。

 店の経営のために、ウィズとカズマをくっつけられないかと目論む私からすると、彼女のこの脈のなさには何とも言い難いものが……。

 

 詰問については、正直に答えた上で嘘を感知する魔道具を持ってきても構わないとまで言い切って、やっと引き下がってもらえた。

 カズマは、相手が女子供でも決して真正面から戦わない。自分の安全を最大限確保し、ワンサイドゲームを狙う。

 そんな姑息でゲスな立ち回りに甚く感銘を受けており、いつも参考にしている。

 こうした本音を赤裸々に語ったのが、功を奏した。めぐみんはドン引いて、見るからに気勢を殺がれた。

 ウィズもそうだし、仮にカズマ本人が聞いても、同じ反応を示しただろう。

 

 ところで話は変わるが。

 めぐみんは、私に対して警戒のようなマイナス感情を持ってない。

 結婚騒動後のカミングアウトに際して、謀略の全容と共に、私の本性の一端にも触れた。なのにそれからも、些かも態度に変化がない。

 私の目を欺いている線は無い。考慮するだけ無駄だ。

 

 比較すると、ダクネスは私との接し方に一時期迷い、大いに戸惑っていた。

 カズマは、失礼にもバニルと同カテゴリーの生き物として振り分けつつある。『バニルと似たようなノリで良いだろう』という、あまりに雑極まりない対応だ。

 アクアは――それ以前の問題か。

 あの女、私がちょっぴり悪さをした、程度の浅い理解しかしていない。少々賢いゴブリン相当のオツムでは、話が難解に過ぎたようだ。

 

 ともかく、めぐみんだ。

 彼女の変化の無さがかえって不可解で、その訳を直接問いただした。

 すると、まだ初対面に近いもっと昔の頃から、私の二面性を漠然と見抜いていたのだと打ち明けられる。

 理屈ではなく、ただの勘で。

 そういうことができる人は、たまにいる。ある意味、ダクネスもその類例だ。

 しかし、人々とめぐみんには違いがある。彼女は、私に何か怖い一面があると感得するも、それに負の情を覚えなかった。

 より正確には、その怖さは自分に牙を剥かないから恐れる必要は無いという、不思議な確信があったとか。

 

 だから、私の実像が垣間見えた折、めぐみんは謎が解けたと納得した。

 それはそうと、ドン引きはしたらしいけど。

 どうも私は、知らず知らずのうちに、合理性を欠いた特別扱いを彼女にしている。

 なので、めぐみんのその直感は恐らく正しい。私には、彼女と敵対する選択が採れない。

 そうと自覚したのは、つい最近だが。

 

 違う話をしよう。

 今日はウィズが倉庫に入ったきり、いつまで経っても戻って来ないときがあった。

 何かあったのかと、私が様子を伺ったのは言わずもがな。

 そしたらあのむっつり店主。仕事を忘れて、倉庫に積んであった写真集を一心不乱に読み耽っていた。

 この写真集というのは、仮面悪魔が魔道カメラを持ち出して、戯れに自撮りした品だ。バニルの一糸まとわぬ姿が収められている。

 れっきとした商品でもある。サキュバスらには飛ぶように売れた。

 

 それにウィズは没頭して、私が倉庫に立ち入ったことにも、暫し気がつかなかった。

 それからしばらくの間を置いて、ようやっと気配を察知したのだろう。吸い寄せられていた本からおもてを上げた。

 そこで彼女は状況を解し、大慌てで写真集を元あった場所へと片付けた。

 激しく動転して、怪しい挙動が目立つ。視線を私とは一向に合わせず彷徨わせたまま、ウィズは開口する。

 いかがわしい本なんて、ちっとも読んでいなかったと。

 まだ私は何も言っていないのに、初手で言い訳から切り込んできた。語るに落ちるにもほどがある。

 それで誤魔化せるのは、アクアくらいだ。

 息子がエロ本に夢中になっている場面に遭遇してしまった母親というのも、案外こういう風なのだろうか。

 

 

【これ私いらないですよね?】

 ウィズとデューク、ダクネスとアルダープ。

 今年は、結婚の話題でロクなものを聞いていない。

 そんな所感を持つ昨今だったが、そこに新たなペアが追加されてしまった。

 ルナとバニルだ。

 

 なお。いずれもバニルが関与したがために、終いにはメチャクチャになってしまったという悲しい共通項がある。

 ……いや、言い過ぎた。

 デュークの分は、バニルは何もしてない。ウィズが勘違いしたまま突っ走って、勝手に自滅しただけだ。

 そうやって大恥を掻いたウィズを、存分に嘲笑っていたくらいで。

 

 本題に入ろう。

 この間から、バニルに『気になる人』ができたと取り沙汰されていたが、いよいよその決着がついた。

 まず、噂の相手とはルナだった。バニルの相談屋は、ギルドの片隅を借りて営んでいる。そこで縁ができたらしい。

 もっとも、ウィズが望むような甘酸っぱい恋路ではない。見当違いも甚だしい。

 真実は、ただの悪感情目当てだ。

 ルナは職務に真摯だ。ギルド職員として我儘な冒険者と毎日渡り合い、そのために過大なストレスを溜め込んでいる。

 また、次々と同僚が結婚してゆくことへのドロドロとした嫉妬と、嫁ぎ遅れそうな自身の先行きへの濃い焦燥がある。

 こうして熟成された悪感情が、バニルのお気に召したのだ。

 

 その思いをギルドという衆人環視の中、大胆にもルナ本人に鬼畜悪魔は告白した。

 途中までは、一世一代の公開プロポーズが始まると、一同固唾を呑んで見守っていたのに。予想だにしないえげつない結末に、一転して場が凍りついた。

 当然、バニルはわざとやっている。

 立場の違いを乗り越え、頑張って愛を育む心持ちになりかけていたルナのプライドは、粉々に打ち砕かれた。

 

 私としては、悪魔のプレイボーイごっこは知ったことではない。

 だが、私を巻き添えにしたのはいただけない。

 この日は、ギルドにバイトのシフトを入れていた。それが事故の元だった。

 朝方にバニルが現れ、ルナの代理として受付を担当し始める。休みが欲しいと嘆く彼女の願いを聞き入れたとか。

 この時点で、ルナから悪感情を搾取するための仕込みという魂胆を見透かしていたため、私からすると気が気でない。

 叶うなら、すぐにでも業務をほっぽり出して避難したかった。

 

 その後、寝坊したと思ったルナが息を切らして駆け込み、間もなくして上記の失恋イベントが発生する。

 これに立ち会わされた私は、終業後の酒盛りにも付き合わされる羽目になった。

 バニルの同僚で、未婚で年も近くそれなりに接点のある私は、ルナにとって愚痴を言うには格好の立ち位置だったのだ。

 私からしても、失恋で荒れ狂った行き遅れという、この世で最も獰猛な生物からの誘いを無下にする危険は冒せない。

 

 なぜ第三者だった私が、酔っ払ったルナの繰り言に、延々と相槌を打ち続ける奉仕作業に従事させられるのか。

 ルナの悪感情を肴にするバニルもいたから、負担は半分だが。根本的に私は不要だろう。

 悪魔によると、絶望的に私の間が悪かっただけらしいけど。

 食欲旺盛な悪魔だけで、場は取り持てる。私は本当に巻き込まれ損だった。

 

 

【所用により、仮面アルバイターは本日お休み】

 嘆かわしい。こともあろうに、ウィズ魔道具店からお尋ね者が出てしまった。

 

 何があったかというと、先日のバニルの外道行為に対し、ルナが報復に出たのだ。具体的には、バニルに賞金を懸けた。

 あの悪魔はギルド職員の権力を甘く見ており、これを予期していなかった節がある。

 それに加え、激怒させた相手は冒険者から慕われる美人受付嬢だ。

 発端となったプロポーズが公然の事実なのも相まって、敵討ちとばかりに多くの冒険者が気炎を揚げている。

 

 顛末を把握したウィズも、此度は全面的にルナの味方についた。

 探し回りはしないまでも、ノコノコと店に顔を出すなら積極的に仕留める心算だ。

 どうしてウィズが、こうも修羅になってしまっているのだろう。

 まさか私が、ルナの悲劇をデュークの一件と重ねて彼女に恨みを思い起こさせ、懸賞金を店の運転資金に充てようと唆したことが、こんな事態を招くだなんて。

 別段、酒盛りの八つ当たりをしようとは企図してない。そんな非生産的な真似に労力を割く気は更々ない。

 私はただ、純粋に、同僚を使って金儲けしようと企てただけだ。

 どうせ、死んでも残機が減るだけなのだし。

 

 そのような経緯もあって、うちの仮面店員は早朝から行方を晦ました。

 事の起点は私怨だ。ルナの溜飲が下がれば、指名手配も解除されるだろう。

 遅くとも、今日明日中には片がつくのではなかろうか。

 

 なお。女心を弄ぶ邪悪な悪魔を店に通すまいと気合いを入れたウィズだが、その気持ちとは裏腹に、午前中には脱落した。

 訪ねてきたアクアに、お昼寝用の抱き枕としてテイクアウトされたのだ。

 ヒンヤリとしていて寝心地が良さそうだから、とアクアは供述していた。

 確かに、夏場はいるだけで店内が心做しか涼しくなる。冬は邪魔だが。

 このときのアクアは、やや眠たげだった。近頃夜は寝付けなくて、だからその代わりに、たっぷりお昼寝をしているという。……それが寝付けない原因では?

 

 何はともあれ、産業廃棄物をタダで引き取ってくれるというので、私が許可を出して喜んで差し出した。

 それ以来、今日のところは遂に返却されていない。

 どうなってるのかは聞き及んでないが、この程度は織り込み済み。アクアが絡むのだから、何事もなくスムーズに話が進むはずがない。

 屋敷ならカズマがいるだろうし、厄介事は彼に処理してもらおう。

 ウィズもバニルも不在となり、店の防衛力は激減した。とはいえ平和な街で、まして不景気と評判な当店へと盗みに入る変わり者はいない。支障はなかった。

 

 もっとも、助っ人がいたので私一人で店番したわけではない。

 サキュバスが来店したので、報酬で釣って簡単なタスクをいくつか任せたのだ。

 バニルの脱皮した抜け殻を持って行っても良いと告げるや、即決だった。砕いて庭の肥料にするつもりでいたけど、手間が省けた。

 内助の功がどうとか呟いていたので、今回の献身をアピールしつつ、バニルとの玉の輿をつけ狙う野望もあるようだ。

 彼女の特徴について補足すると。

 種族の割には、貧相な体格の個体だった。まだ幼体なのかもしれない。それでも、私やウィズよりは年上っぽいが。

 

 それともうひとつ。

 抜け殻の話からして、私に悪魔族だと身バレしてるのは自明だろう。

 しかし。目先の利益に浮かれた彼女は、最後までその不審点を見落とした。退勤時に抜け殻を大切そうに受け取ると、ご機嫌な鼻歌を歌いつつ帰途に就いたのだ。

 いや、別にいいけども。




サキュバス(ロリーサ)とのやり取りの真意
主人公としては、サキュバスと気付いていることを暗に仄めかして相手の動揺を誘い、得意の心理戦の土俵へと持ち込み、最終的にはサキュバス喫茶店乗っ取りの取っ掛かりとすることを企図していた。
しかし、ロリーサが思ったよりも鈍い子だったので、敢えなく空振りに終わった。
その場で思いついた戯れなので、主人公的にもそこまで本気だったわけではない。
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