とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

27 / 44
3-5 八咫烏

【ウィズ魔道具店緊急対策会議】

 突然ではあるが、良い話と普通な話、ちょっと良くない話、とても悪い話がある。

 

 まずは良い話から記す。

 ウィズが開発した新商品が図に当たって、大きな黒字を計上した。

 商才がマイナスに振り切っているウィズが、よもやヒット作を生み出すだなんて。にわかには信じ難い。

 他者へと語れば十人中十人から正気を疑われ、さらにうち八人は、病院へ行くようにと真摯に勧めてくるだろう。

 私自身ですら、幻聴及び幻覚、または何らかの精神系状態異常により、現実を正常に認識できなくなっているのではと懸念した。

 アクアの診断にて、至って健康とお墨付きをもらってしまったけど。

 

 この度作製したのは、クーラーなる魔道具だ。アクアから聞いた、異世界の魔道具を再現したものだという。

 役立たず二人が絡んでいるから、またぞろ欠陥品かと高を括っていたが。意外にも、一頻り説明を受けても穴が見当たらない。

 なので好きにやらせると、完売という驚愕の結果が返ってきたのだ。

 

 次に普通の話。

 ルナの奸計によるバニルへの懸賞金が、ようやく解かれた。

 彼女の溜飲もいくらかは下がったのだろ。これに伴い、バニルも帰還した。

 なお。戻って早々に収益を上げていると知らされて、店長が偽者とすり替わっているのではとバニルが身構える一幕が生じた。

 ウィズはそれに憤慨したが、至極妥当な反応だと思う。

 

 ウィズは前にも、餌罠という売れる品物を仕入れた。

 一度なら偶然で済むが、二度目となると、もはや凶事の予兆としか思えない。

 もしも、程なく魔王が食中りにてポックリお亡くなりにでもなれば、これはもうウィズのせいと断言しても過言ではない。

 魔王は冗談にしても、凶事は実際あった。

 

 続いて、ちょっと良くない話。

 これは、先述したクーラーのオチだ。

 この製品は、魔力を注入することで、涼しい風を吹き出して室温を下げる効果がある。

 まさに夏の今こそ切望される、うってつけの魔道具と言えよう。

 しかし、うちのような小規模零細商店では、需要に応えるだけの数量を供給できない。

 そこでウィズは、外部に発注して大量生産しようと画策した。

 

 ところが。ウィズに見積もりをさせると、注文を出してから完成品が届くまでには、およそ二ヶ月かかりそうだと判明した。

 その頃には晩夏が過ぎ去り、季節は秋に突入する。クーラーの出番はもう無い。

 なおも付け足すと、クーラーの寿命はたったの半年。保管しても、来年の夏にはすべてスクラップと化している。

 私がすんでで引き止めたから良かったものを。危うく、また不良在庫を抱えるところだった。油断も隙もない。

 

 最後に、とても悪い話。

 悪い意味でウィズに匹敵する才を持つガラクタ職人ひょいざぶろーと、ウィズが契約を結んでしまった。

 彼の手がけた作品は、今後うちで優先的に買い取るとの取り決めができた。

 ウィズを抱き枕としてレンタルしたのは、前回にも述べた。だが、それで監視が緩んだのをいいことに、彼女が独断にて話をまとめてしまったのだ。

 つくづく、ウィズのテレポート先から紅魔の里を削除できなかったのが悔やまれる。

 

 クーラーという売れ筋を形にしたのは純粋に功績だが、それも焼け石に水だ。

 先方がめぐみんの父親でさえなければ、殺――不幸な事故で遠からず急死していただろう。

 いや、契約を白紙に返すため、やっぱり今からでも暗殺すべきだろうか。その後はアクアに蘇生してもらえばいいだけだし。

 

 この失態を深刻視したバニル主導にて、店長更迭の話し合いが急遽持たれた。

 悪魔としては、新店長として私を据えたいという。

 種族的な障害が立ちはだかるために、バニル自身が立候補することはない。

 悪魔にとって、名前や契約は極めて大切なものだ。そして店長業は、店の代表として契約やら名前の署名やらが多数必要となる。相性がよろしくない。

 なので、契約で雁字搦めにならないよう、これまではウィズに任せてきた。

 

 だが、店長は必ずしもウィズでないとならないわけではない。思い切って、私に交代してしまっても良い。

 今までそうしなかったのは、そちらのほうが私の強みを活かせるためだ。

 元来私は商人に向いてない。店の業務から外してフリーにし、別分野で活躍して成果を上げてもらうほうが店の利益に適う。

 それに、個人的にも責任ある立場は煩わしい。まあ、付随する義務が嫌なだけなので、他人を操り人形にして権力を使い倒すような所業は嬉々としてやるけども。

 

 私が店長になったらどうするか。

 何をおいても、不良債権でしかないウィズはクビだ。次いで、店専属の魔道具職人として再雇用する。

 店番とお茶汲みくらいなら、ついでにやらせても構わない。

 ただし、金庫の資金には手を付けさせない。これは絶対だ。まして、仕入れの権限を与えるなど以ての外でしかない。

 店名も、この機に私の名前を冠したものに差し替えよう。

 

 なお。こうなると、店内におけるウィズの影響力が衰えるので、私が彼女に忖度する理由が前より弱くなる。

 これまでの私は雇用主を尊重し、彼女の良識や倫理観を物差しとして、悪巧みをするにしても良心的な範囲に留めていた。これでも良い子を演じて、自重しているのだ。

 しかし以後、その基準はバニル寄りに比重を傾けることになるだろう。

 つまるところ、私が店長の座へと就いてしまうと、国の治安と店の評判がちょっぴり悪化するのは避けられない。

 

 そのように所信表明をすると、ウィズが強硬に反対し始めた。

 バニルとしても、本会合で何がなんでも押し通す腹積りはなかったのも相まって、店長就任の話は結局流れる。

 ここで退くかどうかがこの国の将来を左右する分水嶺かのような、彼女はそんな口振りだった。不退転の決意さえ見て取れた。

 ウィズが店長をしている事実そのものが、私の行動を抑制する重要なストッパーとなっているのは確かだけども。いくら何でも、大袈裟ではなかろうか。

 別段、ウィズを蔑ろにして聞く耳を持たないとは言っていないのに。

 それではまるで、現時点でも私がやり過ぎているみたいではないか。

 

 

【訪問販売のお話】

 ウィズがちょむすけを拾ってきた。

 めぐみんの飼っている猫――のような外見をした何かだ。

 私の眼には、どうも猫っぽくないように映る。とはいうものの、何かしらのネコ科のモンスターでもなさそうという。

 

 さておき。このちょむすけ、近所の野良猫にいじめられていたそうな。それをウィズが慌てて保護した、という次第だ。

 弱い。何というか、私でも頑張ればこの毛玉になら勝てそうな気がする。

 ウィズは、この後アクアが遊びに来たときに黒猫を預ける心算でいたとか。

 止めておいたほうがいいと思う。ちょむすけを撫でようとしたアクアが噛みつかれたところを、前に見たことあるし。

 

 そんなこんなで商談がてら、私が飼い主の住まいまでお届けする運びとなった。

 その移動中。ちょむすけは私の腕の中にて、なぜか僅かに震えていた。ただし、それ以上の身動ぎは決してしない。

 この前アイスクリーム屋で買った、ファンタスティックネロイドの微動バージョンを彷彿とさせる大人しさだった。

 例えるなら、付近の凶悪な生物の注目を惹かないよう、必死に存在感を抑えてるかのような。そんな様態だ。

 

 猫モドキの話はそれだけ。

 出向いたメインの用向きでもある商談は、カズマと行った。

 またしてもウィズの散財にて入手した、新作の杖を売り捌くのが目当てだ。

 この品は、魔法威力を底上げする魔法使い用の杖としての用途を果たせる。その上、何と装備中は上級魔法が使えるようになる。

 ……欠点としては、アークウィザード職以外は使用できない。

 あと、上級魔法の魔力消費コストが、通常と比してべらぼうに重い。爆裂魔法級とは言わないまでも、爆発魔法よりも燃費が悪い。並の魔法使いでは一、二発撃つのが限界だろう。

 

 実質アークウィザード専用という点は、実は然程の難点ではない。

 上級魔法の習得スキルポイントは甚大だ。真っ先に上級魔法を覚えるどこぞの戦闘民族のせいで感覚が麻痺するが、中級までしか修めてないアークウィザードは存外多い。

 したがって、魔力コストのデメリットが真の曲者だ。ほぼめぐみんの下位互換と言えば、その産廃っぷりが伝わろう。

 なお、単純に魔法使い用の杖としてだけの運用はオススメしない。ダメではないが、性能と価格が釣り合ってない。杖としての機能は、オマケでしかない。

 同等の金銭を費やせば、比較するのもおこがましいもっと立派な杖が購入できる。

 

 とはいえ、桁違いの魔力を有するめぐみんなら十分使いこなせる。

 彼女に他の魔法を会得する気など更々無いだろうが、爆裂魔法一本では応用の幅がなさ過ぎるのも自明の理。

 そこでこの魔道具があれば、スキルポイントを減らさずに弱点を補える。

 もっとも。爆裂娘が使ってくれるかは別問題だし、私はかなり懐疑的だけども。

 ともあれ。選択肢の有無だけでも、万一の際における生存率が違ってくる。

 そういった点をアピールして、カズマへ売り込みをかけた。めぐみんは留守だったし、どの道説得できる気はしない。

 

 が、想定よりも手応えが鈍い。

 様子を窺っているうちに、私が何を見落としていたのかを察する。

 この男、冒険者としての自覚が薄い。裕福で生活に困っていないのをいいことに、半ば引退冒険者の心持ちでいる。

 なるほど。冒険者視点での利点を説いても、心に響かないはずだ。

 

 一旦仕切り直そうとするも、ここで予期せぬ不意討ちが襲い来る。

 アクアが帰宅して、話に割って入ってきた。

 全容を聞き終えたアクアは小首を傾げ、不思議そうに指摘する。

 この杖を買うよりも、上級魔法を封入したマジックスクロールをたくさん買ったほうが、安上がりではないか。

 一理ある。あれは使い捨てでこそあれど、その分杖よりは安いし、発動に魔力も要らない。誰でも利用できる高い汎用性も魅力だ。

 何よりも、これならめぐみんを説き伏せる難題に悩まされない。

 合理的な意見が、まさかアクアから飛び出してこようとは。

 

 これは、形勢不利か。

 分が悪いと見取った私は、直ちに撤退を決心した。

 せっかくめぐみんの短所を強調して梃入れの話へと持って行き、スクロールを思いつかせないよう思考誘導したのに。

 アクアがいると、計算が狂って仕方ない。

 カズマも遅れて、私の思惑に思い至ったのだろう。朗らかな笑顔の仮面を被って退散する私のことを、狐につままれたように唖然と見つめるのだった。

 

 

【流行りの警備会社】

 女神エリスの降臨により、空前の聖地巡礼ブームが到来した。

 その震源地たるアクセルでは、例年を上回る人数の観光客が訪れている。

 この活気に後押しされ、街の経済も活性化。祭りのカンフル剤はとうに切れたのに、依然として景気は上向いている。

 

 他方で、この情勢はトラブルの増加も誘発している。

 金の匂いが漂うために、それに舌舐めずりするいかがわしい輩をも、誘蛾灯のように引き寄せているのだ。

 ウィズ魔道具店が常識的な店なら、この恩恵と損害に与っていただろう。だが、そうではないため、当店は世間の流れから取り残され、相も変らず閑古鳥が鳴いている。

 とはいえ。この潮流に一切関与せぬまま見送れるわけでもないらしい。

 

 出し抜けに、ウィズから協力を求められた。

 八咫烏なる、警備会社とは名ばかりの犯罪組織が近頃アクセルで勢力を急拡大している。

 営業妨害上等の強引な手口で警備員の契約を迫り、売り上げの一部をみかじめ料として徴収しているとか。

 うちにも訪ねてきたことがある。この店の極貧ぶりを憐れんで、食べ物だけ恵むと踵を返したけど。

 

 ウィズにとって八咫烏とは、お腹に溜まるものを食べさせてくれた良い人たち、というイメージだった。

 しかし。本日他の店へと立ち寄り、そこでの一事を経てやっと実態を呑み込んだらしい。

 けれど。モンスター退治ならいざ知らず、こうした事案にどう立ち向かえばいいか、ウィズにはとんと見当がつかない。

 彼女は義憤に燃えている。私にも悪を挫く手助けをしてほしいのだ。この手の案件に滅法強そうなのもある。

 なお。無関心かつ何の益も無いからと、バニルは同じ頼みを既に断っている。

 

 ところで。この八咫烏の動向について、私はかねてより掴んでいた。

 人のホームグラウンドで悪目立ちしているのだから、察知できぬはずがない。そして、それを踏まえた上で、わざと捨て置いている。

 多少の悪知恵は働くようだが、所詮は小物。座視したとしても、ウィズ魔道具店の不利益に繋がるとは思えない。

 よって、殊更私が干渉するメリットを見出だせない。

 そも、あんな有象無象に一々かかずらっては切りがない。だから眼中には無かった。

 

 とはいえ、ウィズからのオーダーだ。

 それに街の方々で大きな顔をする八咫烏は、私もいい加減目障りではある。

 先程述懐した話と異なるけども、そうした側面もあるというだけだ。

 手間もさしてかからない。この機会に、ササッと掃除するのも有りだろう。こう見えて、私は綺麗好きなのだ。

 まあ、私が助力を承諾するや、店に居座っていたアクアまで好奇心から首を突っ込む意思を見せたので、秒で手のひらを返したが。

 

 信を失うので、普段あまりこういう露骨な真似はしないのだけど。

 こればかりは約束を破ってでも、前言撤回せざるを得ない。

 私が安請け合いしたのは、八咫烏がどうとでも調理できる容易い相手と見做していたから。そういう前提があった。

 だというのに、アクアが参戦するとか聞いてない。それなら話は変わる。

 この疫病神に助太刀されると、そこらの難易度イージーミッションも、途端にベリーハードへと変貌してしまう。

 力を貸してくれるというなら、お願いだから何もせず、ひたすら屋敷でゴロゴロしててほしい。ハッキリ言って、いないほうがマシだ。

 

 八咫烏は現在、サキュバス喫茶店を虎視眈々と狙っている。

 彼らの見立てでは裏で風俗業を営んでおり、こっそり荒稼ぎしているはずとか。結構良い線行ってるけど、微妙に間違っている。

 あそこはサキュバスの生存戦略を第一義とする超格安店で、儲けは度外視してるのに。

 連中の欲を逆手に取って罠を張り、誘い込んで八咫烏を一網打尽にできないものか。最初はそう企んでいた。

 だが、アクアが出張ってくるなら取り下げざるを得ない。不首尾に終わるならまだ良いほうで、かえって状況を掻き乱しかねない。

 ウィズからは不満の声が上がったが、こればかりは私も譲れない。

 

 アクアが飽きて放り出せば、改めて助け船を出してもいいけど。どうなることやら。案外、その前に解決するやもしれない。

 紅魔の里やアルカンレティアの影に隠れてこそいるものの、アクセルも引けを取らないくらい奇人変人の集う変な街だ。

 頭のおかしな住民に散々振り回された八咫烏は追い詰められ、いずれ暴発する。

 そうして悲劇――いや、喜劇的な末路を辿るだろう。

 バニルの未来視を頼るまでもない。まず、早速何かやらかそうとしているアクアからして、その厄介者の一人だし。

 

 ところが。八咫烏は、未だアクセルを単なる駆け出し冒険者の街としか捉えてない。周回遅れにも程がある。

 その程度の浅い理解で、自らの権勢を笠に着て増長している。滑稽すぎて、いっそ憐れに思えてくる。

 そういうところが、取るに足りない雑魚と判じて、私が見くびっている所以なのだ。

 

 

【紅魔の里へ行こう】

 今日はお休み。そこでゆんゆんを誘い、紅魔の里へと遊びに行った。

 

 このところオーバーワーク気味で、このままだとまた近々寝込む羽目になる。そう見通す悪魔からのありがたいお告げを受けた。そして、休暇を言い渡された。

 体調管理は、私にとって死活問題。

 食事バランスに気を遣ったり、勤務時間をやや少な目にして余裕を持たせたりと、私なりに日頃から気をつけている。

 だが、この頃は店の再建を始め、どうしても多忙になってしまっていた。

 

 里へは、時間指定をしてから向かった。

 何かを誤魔化そうとして、ゆんゆんがやけに挙動不審だった。なので、誘導尋問して洗いざらい吐かせる。

 それによると、里の側で出迎えのための準備をするという。

 なので、向こうとしては予告なしにいきなり里へ転移されたくないらしい。

 準備といっても、正装の紅魔族ローブに着替えたり、彼らなりの格好良い演出を用意するとかだけども。

 努力の方向性はともかく、客人を喜ばせるためのサービス精神は旺盛だ。その実情が、度を超えた目立ちたがりだとしても。

 

 本来は、里周辺を勝手に巡回するニートが旅人を発見して、伝達する手筈となっている。

 だが。テレポートで唐突に来訪されては、それが出来ない。

 以前ゆんゆんが、事前連絡無しにウィズとバニルをテレポートで連れて行ったことがある。そのときは里中が慌てふためいて混乱し、非難囂々だったとか。

 ゆんゆんとしては納得いかないが、一応斟酌はした。なので今回はあらかじめ、お客さんが来ますよと里に通達したのだ。

 

 里を散策すると、行く先々で出会う一般通過紅魔族が毎回驚き慄いていた。

 ゆんゆんが友達と同伴しているのに、誰もが仰天しているのだ。

 先に連絡したから、同行者がいるのは聞き及んでいるはずなのだけど、彼らは話半分にしていたとか。ゆんゆんが見栄を張ってると、決めつけていたという。

 全然信用されてない。いや、私とて、ゆんゆんに見知らぬ人間の友達を紹介されたら、二度見する自信はあるが。

 仮に友達ができたと報告されても、ペットのネロイドか観葉植物と当たりをつけるだろう。

 

 それにしたって、ウィズとバニルを連れて来た実績がもうあるのに。

 あれでは不足だったのか、はたまた、無かったことにされているのか。

 好戦的な紅魔族を、バニルが片っ端からからかったせいで、とんでもない惨事になったと伝え聞くし。

 至近距離にいたウィズが巻き込まれて、酷い目に遭ったとか。私は当時、アクセルでの留守番を選んで正解だった。

 

 一方のゆんゆんは、私が一瞬で紅魔族のノリに迎合したのに慄然としていた。

 セリフ回しもポーズもマスターし、クオリティは現地人相当。

 赤いコンタクトレンズを入れ、紅魔族ローブを羽織れば、多分傍目には本物の紅魔族と見分けがつかないのではなかろうか。

 十四年も生きておきながら、同族のノリに適応できず、変わり者扱いされていた筋金入りのぼっちには分かるまいが。これが、絶望的なまでのコミュ力差だ。

 ……血筋的に、私が紅魔族の感性を若干継承していたからすぐ順応できた疑惑には蓋をする。

 

 喫茶店へと足を延ばし。

 鍛冶屋の人が観光客寄せに作った岩に刺さった封印されし聖剣を、私がその場で習得したブレイクスペルで封印解除しようと試みるも、失敗したり。

 めぐみんの実家を訪って、ご両親はダンジョンに出かけて不在だったので、代わりに留守番していた下の娘に食料の差し入れもしてきた。

 

 疲労を溜め込むと本末転倒なので、そこまであちこち出歩いてはいない。

 また、特筆するほどの事項も大して無い。

 

 ただ、謎施設に関しては言及しておこう。

 これは何のために建てられたか、万事がベールに包まれている謎の建造物だ。散々探索された今では、里の観光資源となっている。

 そこに、ゆんゆんのガイド付きで赴いた。

 なお、入口の看板に『ノイズ開発局』と思いっきり書いてあったため、正体は即特定できた。酷い出落ちだった。

 前に修得した日本語で記載されていたから、解読できないのは道理だけども。

 

 ゆんゆんの指示に従い、内部で待ち受ける様々なトラップ(施設の目的を考慮するに、本当にトラップだったのかは甚だ疑問)を順調に潜り抜けて奥へと進む途中、風景に紛れてサラッとこんな文字が。

 

『期間限定、紅魔族改造権入り』

『三等、紅魔族改造権』

 

 視界に飛び込んだあまりのパワーワードに、思わず足を止めた。

 すぐ傍らには、上記の表記と何か関係あると思しき箱のような使途不明の物体が、堂々と鎮座している。

 そんな私の有り様を、興味を持っていると解釈したのだろう。ゆんゆんが解説してくれた。

 謎の箱としか情報が出なかったのを、解説と称せるかは別として。

 

 アクアから貰った手記を読んでいるので、紅魔族の起源が、ノイズ生まれの改造人間だというのはとっくに既知だ。

 ひょっとしてこの箱って、くじ引き的な物なのでは。

 ゆんゆんのご先祖も、ここで引き当てた改造権から誕生したのだろうか。

 こちらも日本語で記されていたため、ゆんゆんは内容を解してない。多感な年頃の少女からすると酷かもしれないので、黙っておいた。

 いや、無用な気遣いだったとは思うが。何だかんだ、彼女も頭紅魔族だし。

 

 ちなみに。

 改造権の他に一等、二等も貼り出してあった。固有名詞のようで、目を通してもどういった代物かまでは判別できなかったが。

 

 今晩は族長宅、つまりはゆんゆんの実家でお泊りする。

 帰っても良かったが、友達を家に招いて歓待するイベントにぼっちが多大な思い入れを抱いているようで、付き合ってきた。

 明日は、お土産と店で売り出すものでも物色して、アクセルへ引き返す。

 正直些事なので、わざわざここに綴ることはないと思われる。

 

 

【サキュバスはターゲットから外そう】

 まったくもって些末な事柄ではあるけど、八咫烏の社員が一斉逮捕された。

 先日も話題に上げた、木っ端警備会社だ。

 

 そこはまあ、どうでもいいのだが。

 彼らが捕まる要因となったサキュバス喫茶店への襲撃を、アクアが跡をつけていたために、ややこしい事態へと発展した。

 アクアとサキュバスが、ばったり鉢合わせたのだ。

 遂には、小悪魔を駆除せんとするアクアと、阻止するバニルの戦いへと勃発した。

 この激突は、報せを受けて現場へ急行したカズマのかつてないマジギレによって、ようやっと終息を迎える。

 彼はあの店の常連だから、それはもうアクアに激怒して、特大の雷が落ちた。

 

 その翌日の今日。

 ウィズ魔道具店を舞台に、昨夜の騒ぎの清算が行われた。

 しょぼくれたアクアが頭を下げて悪魔らに謝罪し、向かいのサキュバスは爆弾を処理するような懸命さで女神を励まして、媚を売る。

 両者の関係性を鑑みると、あまりに奇妙な光景だった。保護者の怒りが、アクアにはよっぽど堪えたらしい。

 和解が成立したのは、喫茶店をアクアが真っ当な飲食店と勘違いしたのもある。

 

 また、この事件を契機に、街のサキュバス衆がバニルの庇護下へと収まった。

 あくまでバニル個人の話なので、ウィズ魔道具店への影響は無い。

 ゆくゆくは喫茶店を押さえて、街の冒険者の半数を間接的に支配せんと目論んでいた私には、とんだ誤算だけども。獲物を横から掻っ攫われた気分だ。

 さしもの私も、バニルが庇い守る配下に手を出そうとは思わない。元からして娯楽、息抜き程度の軽い気持ちだったのだし。

 

 

【名前を呼んで】

 どうにかバニルに名前を呼ばせようと、ウィズが奮闘している。

 

 まず、悪魔の習性として、気に入って認めた相手でないと名を呼ばない。彼らにとって、名前とは大事なものだ。

 だから、バニルの私への呼称は謀略娘だの、大体そんなのだし、ウィズにもポンコツ店主や穀潰しリッチーみたいな呼び方しかしない。

 ところが。昨日は、珍しくちゃんと名前で呼んだ場面があったという。

 これは、ウィズ曰くまだ自身が人間だった頃以来とか。

 ただ。気を抜いていたので、キチンとは聞き取れなかった。だから、再度呼ばせようとやる気を出している。

 

 ウィズはこのように供述しているが。

 私が把握しているだけでも、バニルが名前を呼んだ先例はある。それも複数回。

 きっと、そうと気づかずにことごとくスルーしてきたのだろう。

 そう私が告げると、ウィズは吃驚する。それからは、名前を呼ばせようとますます躍起になった。

 バニルからは、余計なことをするなと恨めしげな視線が飛んできた。すっとぼけて無視したが。ウィズが余程に鬱陶しいらしい。

 

 そんな折に、来客があった。

 バタバタと駆け込むように乱暴な手付きで扉を潜り、ダストが駆け込んでくる。

 詐欺の主犯として豚箱にぶち込まれたと伝聞していたのだけど、今朝出所したらしい。

 彼とバイト仮面は、時折つるむ間柄だ。感謝祭の少し前くらいからか。日数的には、割りかし最近と言える。

 そういった縁から、今ではたまに店へと顔を出す。金を落とさないから、断じて顧客ではないけど。

 

 彼は、儲け話を持ってきたとか。

 興奮した様相のダストをバニルは落ち着かせると、面倒な女から逃れるように、二人連れ立って外へと繰り出す。

 なお。そのやり取りの最中で、バニルはごく自然にダストの名前を呼んだ。

 これにウィズは、騒々しく叫ぶ。

 長年の友人に対し、当てつけのように付き合いの短いチンピラを名前呼びしたのだ、さもありなん。明らかに故意だった。

 

 ただ。それでもあえてフォローするなら、ダストは恐らく偽名だ。

 見通す悪魔もそれを承知していたから、ダスト呼びは問題なしとの判定を下したのではないだろうか。

 アクアが飼育するひよこも気軽にゼル帝呼びすし、愛称は悪魔的にセーフらしい。

 ダストに対しても、これと同様の理屈が適用されたと思われる。




・バニルが店主をしないワケ
店主業の契約や名前の署名がネックになっているのは、Web版『仮面』で語られた設定。
書籍版では特に説明はないが、そんなに差は無いはず。

・謎のくじ引き的な箱
空のガチャポン機。
一等は試作型プレイスケーション。二等はゲームガールカラー。
詳しくは原作十四巻を読もう。

・八咫烏壊滅までにバニルがウィズを名前で呼んだ場面
原作の四巻二章、五巻一章、『仮面』のプロローグ並びに二章。各一回ずつ。
ただし、四巻はウィズの回想内での台詞。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。