とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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3-5 八咫烏

【ウィズ魔道具店緊急対策会議】

 突然だが、良い話と普通の話、ちょっと良くない話、とても悪い話がある。

 

 まずは良い話から。

 ウィズが開発した新商品が図に当たり、大きな黒字を計上した。

 商才がマイナスに振り切っているあのウィズが、よもやヒット作を生み出すとは。にわかには信じ難い。

 

 この話を他人にすれば、十人中十人が私の正気を疑うだろう。うち八人は、病院の受診を真摯に勧めてくるはずだ。

 現に私自身、重度の幻覚症状か精神系の状態異常を疑い、正常な判断能力を喪失したのではと本気で懸念した。

 もっとも、アクアの診断によって、至って健康とのお墨付きを得てしまったが。

 

 この度作製したのは、クーラーなる魔道具。

 アクアが語った異世界の品を、ウィズが再現した代物らしい。

 役立たず二人が絡んでいる時点で、どうせまた欠陥品だろうと高を括っていた。

 だが仕様説明を聞いても、意外なことに穴が見当たらない。

 試しに販売を許可したところ、まさかの完売報告が返ってきた。

 

 次に、普通の話。

 ルナの奸計によって懸けられていたバニルへの懸賞金が、ようやく取り下げられた。

 彼女の溜飲も多少は下がったのだろう。これに伴い、バニルも店へ戻ってきた。

 

 なお帰還早々、店が利益を出していると聞かされたバニルが、『店長が偽者とすり替わっているのでは?』と警戒する一幕があった。

 ウィズは憤慨していたが、至極もっともな反応だと思う。

 

 過去にもウィズは、餌罠という売れる商品を仕入れている。

 一度なら偶然で済む。

 だが二度目ともなると、もはや凶兆の類いだ。

 仮に近々、魔王が食中りか何かでポックリお亡くなりになったなら、これはもうウィズのせいと断言して差し支えない。

 

 ……まあ、魔王云々は冗談にしても、凶事は実際あった。

 

 続いて、ちょっと良くない話。

 先述したクーラーのオチである。

 

 この魔道具は、魔力を注入することで冷風を発生させ、室温を下げる効果がある。

 まさに夏の今こそ切望される、うってつけの製品だ。

 けれど、うちのような零細商店では、需要を満たすだけの供給量を確保できない。

 そこでウィズは、外部発注による大量生産を画策した。

 

 ――ところが。

 ウィズに見積もりを取らせたところ、完成品が届くまで約二ヶ月を要すると判明した。

 

 その頃には晩夏も過ぎ、季節は秋へ移行している。

 クーラーの出番は、もう無い。

 加えて、クーラーの寿命はたったの半年。

 つまり、大事に保管したところで、来年の夏にはただのガラクタと化す。

 

 私がすんでのところで阻止したから良かったものを。危うくまた、不良在庫の山を築くところだった。

 まったく。油断も隙もない。

 

 最後に、とても悪い話。

 悪い意味でウィズに匹敵する才を持つガラクタ職人ひょいざぶろーと、ウィズが契約を結んでしまった。

 今後、彼の製作した品をうちが優先的に買い取るという取り決めである。

 

 ウィズを抱き枕としてレンタルした件は前回述べた。

 その間、監視の目が途絶えた隙を突き、彼女が独断で話をまとめてしまったのである。

 ……つくづく、ウィズのテレポート先から紅魔の里を削除できなかったのが悔やまれる。

 

 クーラーを形にした件については、純粋に功績と言える。

 だが、それすら焼け石に水だ。

 相手がめぐみんの父親でなければ、『不幸な事故』ですぐに殺――もとい、急死していただろう。

 いや。契約を白紙に戻すため、今からでも暗殺を決行すべきか? どうせ事後はアクアに蘇生させれば済む話だし。

 

 この失態を重く見たバニル主導の下、急遽、店長更迭に関する緊急会議が開かれた。

 

 悪魔としては、新店長に私を据えたいらしい。バニル自身に立候補する意思はない。

 悪魔にとって、名前や契約は極めて重い意味を持つ。

 そして店長業とは、店の代表として契約書へ署名する機会が多い職務だ。悪魔との相性は、すこぶる悪い。

 だからこそ、契約で雁字搦めにならないよう、これまではウィズに任せてきた。

 

 とはいえ。

 店長は、必ずしもウィズである必要はない。思い切って交代するという選択肢もある。

 今までそうしなかったのは、現体制のほうが私の強みを活かせるからだ。

 

 元来、私は商人向きではない。

 店の業務から切り離し、フリーハンドで動いたほうが、結果的に店の利益に適う。

 個人的にも、責任ある立場は煩わしい。

 ……まあ、他人を操り人形にして責任のみを押し付け、権力を使い倒す所業なら嬉々としてやるのだが。

 

 仮に私が店長になったとする。

 当然、不良債権でしかないウィズは真っ先にクビだ。

 その後、専属の魔道具職人として再雇用する。店番とお茶汲み程度なら、ついでにやらせても構わない。

 ただし、金庫の資金には絶対に触れさせない。まして仕入れ権限など、論外だ。

 店名も、この機に私の名を冠したものへ改めよう。

 

 そうなると必然的に、店内におけるウィズの発言力は大きく低下する。

 つまり、私が彼女へ忖度する理由も、以前ほど強くはなくなるわけだ。

 

 これまでの私は、雇用主を尊重してきた。

 彼女の倫理観や良識を最低限の基準として、悪巧みも比較的穏当な範囲へ抑えていたのである。

 これでも、かなり自重しているのだ。

 しかし以後は、その基準がバニル寄りへ傾くだろう。

 私が店長へ就任した場合、この国の治安と店の評判が、ち(・)ょ(・)っ(・)ぴ(・)り(・)悪化する可能性は否めない。

 

 そんな所信表明をしたところ、ウィズが猛烈な勢いで反対し始めた。

 バニルとしても、この場で強引に押し切るつもりまでは無かったらしい。

 店長交代案は、結局そのまま立ち消えとなった。

 

 この時のウィズは、まるで『ここで踏み止まれるどうかが国の将来を左右する分水嶺』とでも言いたげな口振りだった。

 不退転の覚悟すら、その声には滲んでいた。

 

 確かに、ウィズが店長であるという事実そのものが、私の行動を抑制する重要なストッパーとして機能しているのは間違いない。

 だが、いくら何でも大袈裟ではなかろうか。

 別に私は、ウィズを蔑ろにするとまでは言っていない。意見くらいはちゃんと聞くつもりだ。

 

 ――それではまるで。

 現時点でも、私がやり過ぎているみたいではないか。

 

 


 

 

【訪問販売のお話】

 ウィズが、ちょむすけを拾ってきた。

 めぐみんの飼っている猫――のような外見をした何かだ。

 私の眼には、どうにも猫っぽく映らない。かといってネコ科のモンスターとも思えず、ますます判然としない。

 

 それはさておき。

 この謎の毛玉、近所の野良猫にいじめられていたという。それを見かねたウィズが慌てて保護した、というのが一連の経緯だ。

 ……か弱すぎる。

 何というか、私でも頑張れば勝てそうな気がする。

 

 ウィズの当初の目論見では、後ほどアクアが遊びに来た際にこの黒猫を引き渡す予定だったとか。

 止めておいたほうがいいと思う。

 以前、ちょむすけを撫でようとしたアクアが盛大に噛みつかれたのを見たことがあるし。

 そんな経緯もあり、商談がてら私が飼い主の自宅まで送り届ける運びとなった。

 

 その移動中。

 ちょむすけは私の腕の中で、なぜか小刻みに震え続けていた。それでいて、それ以上の身動(みじろ)ぎは決してしない。

 この前アイスクリーム屋で購入した、『ファンタスティックネロイドの微動バージョン』を彷彿とさせる静止ぶりだ。

 まるで付近に潜む凶悪な生物の関心を惹かぬよう、必死に己の存在感を殺しているかのようだった。

 

 猫モドキの話は、それで終わり。

 

 本来の用向きである商談は、カズマと行った。

 またしてもウィズの散財によって仕入れられた新作の杖を、売り捌くのが目的である。

 この杖、魔法威力を底上げする触媒として機能するだけでなく、装備中はなんと上級魔法が使用可能になる。

 ……ただし、欠点が二つある。

 

 まず、装備可能な職業はアークウィザードのみ。

 次に、上級魔法の消費魔力が通常と比べてべらぼうに多い。

 爆裂魔法には及ばないものの、爆発魔法よりも燃費が悪い。並の魔法使いなら、一発か二発で魔力が底を突く。

 

 とはいえ実のところ、アークウィザード専用という点はそこまで深刻ではない。

 上級魔法の習得には莫大なスキルポイントを要する。

 真っ先に上級魔法を修める、どこぞの戦闘民族のせいで感覚が麻痺しそうだが、中級止まりのアークウィザードは存外に多い。

 

 問題は、やはり魔力コスト。

 めぐみんの下位互換と言えば、その産廃っぷりが伝わるだろうか。

 

 ちなみに、魔法発動体としてのみの運用はオススメしない。価格と性能が釣り合っていない。

 杖としての機能は、あくまでオマケなのだ。

 同額を積めば、比較するのもおこがましい立派な杖が普通に手に入る。

 

 だが、桁違いの魔力量を誇るめぐみんであれば、十分に使いこなせる。

 彼女に他の魔法を習得する気など毛頭ないだろうが、爆裂魔法一本では対応力に欠けるのも事実。

 そこでこの魔道具を用いれば、スキルポイントを消費することなく弱点をカバーできる。

 ……もっとも。あの爆裂娘が素直に使うかどうかはまた別の問題だし、私はかなり懐疑的だけれど。

 

 ともあれ、選択肢の有無は生存率に直結する。

 その旨を理路整然と説明しつつ、私はカズマへ売り込みをかけた。

 幸いめぐみんは不在。正直、私にも本人を説得できる自信はない。

 

 ……が、手応えが鈍い。

 暫し観察して、ようやく見落としに気づいた。

 この男、そもそも冒険者としての自覚が薄い。裕福で生活にも窮していないから、気分的には半ば引退したつもりでいる。

 なるほど。冒険者目線で利点を説いたところで、響くはずもない。

 

 仕切り直しを図った矢先、ちょうど帰宅したアクアが会話へ割り込んできた。

 事の次第を把握したアクアは、小首を傾げてこう指摘する。

 『その杖を買うより、上級魔法を封入したマジックスクロールをたくさん買ったほうが安上がりでは?』と。

 

 一理ある。

 スクロールは使い捨てだが、その分安価。発動に魔力も要らず、誰にでも扱える汎用性がある。

 何より、いちいちめぐみんを説得する手間を省ける。

 ……ここまで合理的な意見が、よもやアクアから飛び出すとは。

 

 これは、形勢不利か。分が悪いと判断した私は、速やかな撤退を決断する。

 せっかくめぐみんの短所を強調して話を誘導し、スクロールという選択肢を意識の外へ追いやっていたというのに。

 アクアが絡むと、計算が狂って仕方ない。

 

 やや遅れて、カズマも私の誘導に気づいたのだろう。

 朗らかな笑顔の仮面を被ったまま退散する私を、彼は狐につままれたような顔で見送るのだった。

 

 


 

 

【流行りの警備会社】

 女神エリスの降臨を契機に、空前の聖地巡礼ブームが到来した。

 震源地たるアクセルには、例年を大きく上回る観光客が押し寄せている。

 

 その熱気に煽られ、街の経済も活況を呈していた。

 祭りというカンフル剤はとっくに効力を失ったはずなのに、景気は依然として上向きを維持している。

 

 他方で、この情勢はトラブルの増加も招いていた。

 漂う金の匂いにつられ、利権に舌舐めずりする悪党をも、誘蛾灯のごとく引き寄せているのだ。

 

 ウィズ魔道具店がまともな店であれば、この好景気の恩恵と損害の双方を享受していたのだろう。

 だが残念ながら、当店は世間の潮流からすっかり取り残され、相変わらず閑古鳥が鳴いている。

 ……とはいえ、完全に無関係というわけにもいかないらしい。

 

 出し抜けに、ウィズから協力を求められた。

 八咫烏なる、警備会社とは名ばかりの犯罪組織が、近頃アクセルで勢力を急拡大している。

 営業妨害上等の強引な手口で契約を迫り、売上の一部をみかじめ料として巻き上げているとか。

 

 実は、うちにも来たことがある。この店の極貧ぶりに同情したのか、食べ物だけを恵んで踵を返したけれど。

 それもあって、ウィズの中での彼らの評価は『お腹に溜まるものを食べさせてくれた良い人たち』だった。

 しかし本日、別の店へ立ち寄った際の一件を経て、ようやく実態を理解したらしい。

 

 とはいえモンスター退治ならいざ知らず、こうした問題にどう立ち向かえばいいのか、ウィズにはとんと見当がつかない。

 義憤に燃える彼女は、悪を挫く手助けを私に求めてきた。この手の案件に、私が滅法強いという事情もあって。

 なお、同じ頼みをバニルは『何の益にもならないし興味もない』と、すげなく一蹴している。

 

 ところで。

 この八咫烏の動向について、私はかねてより把握していた。

 人のホームグラウンドで、これほど悪目立ちしているのだ。察知できないはずがない。

 そして、その上で――故意に捨て置いている。

 

 多少の悪知恵は回るようだが、所詮は小悪党。

 座視したところでウィズ魔道具店に実害が及ぶとは考え難く、殊更干渉する理由がない。

 あんな有象無象にいちいちリソースを割いていては切りがない。故に、これまで眼中になかったのだ。

 

 とはいえ、ウィズからのオーダーである。

 加えて、街の至るところで大きな顔をする八咫烏が、いい加減目障りになりつつあったのも事実。

 先の話と矛盾するようだが、そういう側面もあるというだけだ。

 手間も大してかからない。この機会にササッと掃除してしまうのも悪くない。こう見えて、私は綺麗好きなのだ。

 

 ……まあ、助力を承諾した直後、店に居座っていたアクアまでが好奇心から首を突っ込む姿勢を見せたため、秒で手のひらを返したのだけど。

 

 信を損なうため、普段こういう露骨な真似はしない。

 けれど今度ばかりは、前言撤回せざるを得なかった。

 私が安請け合いしたのは、八咫烏をどうとでも料理できる小物と見做していたからだ。

 なのに、アクアが参戦するとか聞いてない。それなら話は別だ。

 

 この疫病神が介入すると、難易度イージーのミッションですら途端にベリーハードへ変貌する。

 力を貸してくれるというのなら、お願いだから何もせず屋敷でゴロゴロしていてほしい。

 ハッキリ言って、いないほうがマシだ。

 

 八咫烏は現在、サキュバス喫茶店を虎視眈々と狙っている。

 連中の見立てでは、裏で風俗業を営み、秘密裏に荒稼ぎしているとか。

 ……結構良い線までは行っている。微妙に外れているが。

 あの店は、あくまでサキュバスの生存戦略を第一義とした超格安店だ。儲けは度外視している。

 

 本来ならその欲を逆手に取り、罠へ誘い込んで一網打尽にする算段だった。

 だがアクアが出張ってくるなら、取り下げる他ない。不首尾に終わるならまだマシで、かえって状況を掻き乱しかねない。

 ウィズは不満げだったが、こればかりは譲れなかった。

 

 アクアが飽きて投げ出した後なら、改めて助け船を出してもいい。

 さて、どうなることやら。

 ……案外、その前に勝手に解決するやもしれない。

 

 紅魔の里やアルカンレティアの影に隠れがちだが、奇人変人の巣窟としてはアクセルも引けを取らない。

 頭のおかしい住民たちに散々振り回された末、八咫烏はいずれ追い詰められ暴発する。

 そして悲劇――いや、喜劇的な末路を辿るだろう。

 バニルの未来視を頼るまでもない。なにせ、早速何かやらかそうとしているアクアからして、その厄介者の一人なのだから。

 

 ところが当の八咫烏は、未だアクセルを単なる駆け出し冒険者の街としか認識していない。周回遅れにも程がある。

 その浅薄な理解のまま、自らの権勢を笠に着て増長しているのだ。

 滑稽を通り越して、いっそ哀れみすら覚える。

 そういうところが、私が連中を取るに足りない雑魚と断じ、見くびっている所以なのだ。

 

 


 

 

【紅魔の里へ行こう】

 本日はお休み。そこでゆんゆんを誘い、紅魔の里へ遊びに向かった。

 

 このところ、ややオーバーワーク気味だった。

 このままでは遠からずまた寝込む――そう見通す悪魔からありがたいお告げを賜り、強制的に休暇を言い渡された次第である。

 

 体調管理は、私にとって死活問題。

 食事のバランスに気を配り、勤務時間も適度に抑える。そうした調整は普段から怠っていない。

 だがこの頃は店の再建が重なり、どうしても多忙を極めていた。

 

 里へ赴くに当たり、なぜか事前に時間指定をさせられた。

 ゆんゆんの挙動が妙に不審で、明らかに何かを誤魔化そうとしていた。なので誘導尋問を仕掛け、隠している事情を洗いざらい吐かせた。

 

 ゆんゆん曰く、里の側で出迎えの準備があるという。

 つまり、予告なしにいきなり転移されては困るのだ。

 まあ準備といっても、正装の紅魔族ローブに着替えたり、彼らなりの格好良い演出の用意を整えたり、その程度ではあるけども。

 

 努力の方向性はともかく、客人を歓待する旺盛なサービス精神は本物だ。

 その実態が、度を超えた目立ちたがりだとしても。

 本来なら、里周辺を勝手に巡回しているニートが旅人を発見し、里へ伝達する手筈らしい。

 だがテレポートによる唐突な来訪では、それも機能しない。

 

 以前ゆんゆんが、事前連絡なしにウィズとバニルを転移で連れて行ったことがある。

 その際は里中が慌てふためく羽目になり、非難囂々だったとか。

 ゆんゆん自身は納得していないものの、一応その辺りは斟酌した。

 よって今回は、あらかじめ『お客さんが来ますよ』と通達を入れたのだ。

 

 到着後、里を散策していると、すれ違う一般通過紅魔族がことごとく慄き、目を見開いた。

 ゆんゆんが友人を伴っている――その一事に、誰もが仰天しているのだ。

 事前の連絡により、同行者がいること自体は把握していた。ただし、話半分だったという。

 どうせゆんゆんが見栄を張っているのだろう――そう決めつけていたのだとか。

 

 まるで信用されていない。

 ……いや、私もゆんゆんから人間の友達を紹介されたら、二度見する自信はあるが。

 仮に友達ができたと報告されても、精々ペットのネロイドか観葉植物と当たりをつけるだろう。

 

 それにしても、ウィズとバニルを連れて来た実績がもうあるはずなのに。

 あれでは不足だったのか。はたまた、無かったことにされたのか。

 好戦的な紅魔族をバニルが片っ端からからかい、とんでもない惨事に発展したと聞くし。至近距離にいたウィズが巻き込まれ、散々な目に遭ったとか。

 当時、アクセルで留守番を選択した私は実に賢明だった。

 

 一方のゆんゆんは、瞬く間に紅魔族のノリへ適応してみせた私の姿に慄然としていた。

 セリフ回しからポーズに至るまでマスターし、その再現度はもはや現地民水準。

 赤いコンタクトを嵌め、紅魔族ローブでも羽織れば、傍目には本物と見分けがつくまい。

 

 十四年間、同族のノリに馴染めず変わり者扱いされてきた筋金入りのぼっちには、到底理解できまい。

 これが、絶望的なまでのコミュ力の格差である。

 ……血筋由来で、私が紅魔族的感性を若干継承していたから順応が早かっただけでは、という疑惑には蓋をしておく。

 

 その後は喫茶店へ立ち寄り。

 鍛冶屋が観光客寄せに設(しつら)えた『岩に刺さった封印されし聖剣』を、その場で習得したブレイクスペルで解放しようとして失敗したり。

 めぐみんの実家を訪(おとな)うもご両親はダンジョンへ出払っており、代わりに留守番していた下の娘へ食料を差し入れたり。

 疲労を溜め込んでは本末転倒なので、そこまで精力的に歩き回ったわけではない。特筆する出来事もさしてなかった。

 

 ただし、『謎施設』については言及しておく。

 何を目的に建てられたか、その一切がベールに包まれた建造物。散々探索された今では、すっかり里の観光資源と化している。

 

 そこへ、ゆんゆんのガイド付きで赴いた。

 なお、入口の看板に『ノイズ開発局』と堂々明記されていたため、正体は秒で割れた。酷い出落ちである。

 日本語で書かれていたので、解読できないのも道理ではあるが。

 

 ゆんゆんの指示に従い、内部のトラップ(施設の用途を考慮するに、果たして本当にトラップだったのかは甚だ疑問)を順調に突破していく。

 奥へ進む途上。無機質な壁面に紛れて、さらりとこんな文字が。

 

『期間限定、紅魔族改造権入り』

『三等、紅魔族改造権』

 

 あまりのパワーワードに、思わず足が止まる。

 すぐ傍らには、関連物と思しき用途不明の箱が鎮座していた。

 

 そんな私の反応を、興味を示したと判断したのだろう。ゆんゆんが律儀に解説を始めてくれた。

 ……『謎の箱』以上の情報が出てこなかったものを、解説と呼べるかは別として。

 

 アクアから貰った手記を通じて、紅魔族の起源が『ノイズ生まれの改造人間』であることはとうに承知している。

 となればこの箱は――もしやくじ引きか何かでは?

 ゆんゆんの先祖も、ここで引き当てた改造権によって誕生したのだろうか。

 

 日本語表記のため、ゆんゆんは内容を理解していない。

 多感な年頃の少女が知るには酷かもしれないので、一応黙っておいた。

 ……いや、無用な配慮だったかもしれない。何だかんだで、彼女も頭紅魔族だし。

 

 なお、改造権以外にも一等や二等の景品名が貼り出されていた。

 固有名詞らしく、読めはしても具体的にどんな代物かまでは判別不能だったが。

 

 今晩は族長宅、つまりはゆんゆんの実家でお泊りする。

 帰還しても良かったのだが、『友人を自宅に招いて歓待する』というイベントにぼっちが多大な思い入れを抱いていたため、付き合うことにした。

 

 明日はお土産と店に置く商品でも物色してからアクセルへ戻る予定だ。

 完全に些事なので、わざわざ綴ることはないと思われる。

 

 


 

 

【サキュバスはターゲットから外そう】

 まったくもって些末な話ではあるが、八咫烏の社員が一斉逮捕された。

 以前も触れた、あの木っ端警備会社のことだ。

 

 そこはまあ、どうでもいい。

 問題は、彼らの逮捕の端緒となったサキュバス喫茶店への襲撃を、アクアが尾行していたことにある。

 結果、アクアとサキュバスが鉢合わせた。

 やがては小悪魔を駆除せんとするアクアと、それを阻止するバニルとの武力衝突へと発展する。

 

 この激突は、報せを受けて現場へ急行したカズマのかつてないマジギレによって、ようやく終息を迎えた。

 彼はあの店の常連。アクアへの怒りはそれはもう凄まじく、特大の雷が落ちた。

 

 そして翌日の今日。

 ウィズ魔道具店を舞台に、昨夜の清算が執り行われた。

 

 しょぼくれたアクアが頭を下げ、悪魔らへ謝罪する。

 対するサキュバスは、爆弾でも処理するかのような緊張感を全身に漂わせながら、女神を必死に宥め、媚を売る。

 両者の関係性を思えば、あまりにも異様な光景だった。保護者の怒りが、アクアには相当堪えたらしい。

 なお和解が成立した背景には、喫茶店をアクアが健全な飲食店と勘違いしていた事情もある。

 

 また、この一件を契機として、街のサキュバスたちはバニルの庇護下へ収まることになった。

 あくまでバニル個人の話であり、ウィズ魔道具店への影響はない。

 ゆくゆくは喫茶店を掌握し、街の冒険者の半数を間接支配せんと目論んでいた私には、とんだ誤算だが。

 獲物を横から掻っ攫われた気分だ。

 

 さしもの私も、バニルが庇護する相手へ手を出すつもりはない。

 元より娯楽、息抜き程度の軽い算段に過ぎなかったのだし。

 

 


 

 

【名前を呼んで】

 どうにかバニルに名前を呼ばせようと、ウィズが奮闘している。

 

 悪魔の習性として、気に入り認めた相手でないと名を呼ばない。彼らにとって、名前とは特別な重みを持つものだ。

 だからバニルの私への呼称は『謀略娘』だのそんな類いだし、ウィズに対しても『ポンコツ店主』だの『穀潰しリッチー』だのとしか呼ばない。

 

 ところが昨日、珍しく名前で呼んだ場面があったという。

 ウィズ曰く、これは自分がまだ人間だった頃以来の出来事らしい。

 ただ、気を抜いていたため正確には聞き取れず、だから再度呼ばせようと躍起になっている。

 

 ――と、ウィズは供述しているが。

 私が把握している限り、バニルが名前を呼んだ先例はある。それも複数回。

 恐らくウィズは、そうと気づかずことごとくスルーしてきたのだろう。

 

 そう告げると、ウィズは愕然とした。

 それからというもの、名を呼ばせようとする執念はいや増した。

 バニルからは、余計なことをするなと恨めしげな視線が飛んでくる。すっとぼけて無視したが。余程ウィズが鬱陶しいらしい。

 

 そんな折に、来客があった。

 バタバタと騒々しい足音と共に扉を乱暴に開け放ち、ダストが転がり込んでくる。

 詐欺の主犯として豚箱にぶち込まれたと聞いていたが、今朝出所したらしい。

 

 彼とバイト仮面は、時折つるむ仲だ。

 感謝祭の少し前頃からだったか。期間としては、まだ割と浅い。

 そんな縁もあり、最近ではたまに店へ顔を出すようになった。

 金を落とさないので、断じて客ではないが。

 

 当人曰く、儲け話を持ってきたとのこと。

 興奮気味のダストをバニルが宥めたかと思えば、そのまま面倒な女から逃げるように二人連れ立って外へ出ていく。

 なお、その最中――バニルはごく自然に、ダストの名前を呼んだ。

 

 これにウィズが騒々しく叫ぶ。

 長年の友人には頑として名前を呼ばないくせに、付き合いの浅いチンピラには当てつけのように名を呼んでみせた。明らかにわざとである。

 

 ただ、あえてフォローするなら。『ダスト』は恐らく偽名だ。

 

 見通す悪魔もそれを承知しているからこそ、ダスト呼びは問題なしと判定したのではないか。

 実際、アクアが飼育するひよこも気軽に『ゼル帝』呼びしている。愛称は悪魔的にセーフらしい。

 ダストに対しても、同様の理屈が適用された。そう見るのが妥当だろう。




・バニルが店主をしないワケ
店主業の契約や署名がネックになっているのは、Web版『仮面』で語られた設定。
書籍版では特に説明はないが、大きな差は無いはず。

・謎のくじ引き的な箱
空のガチャポン機。
一等は試作型プレイスケーション。二等はゲームガールカラー。
詳しくは原作十四巻を読もう。

・八咫烏壊滅までにバニルがウィズを名前で呼んだ場面
原作の四巻二章、五巻一章、『仮面』のプロローグ並びに二章。各一回ずつ。
ただし、四巻はウィズの回想内での台詞。
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