とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【エルロードの四方山話】
以下のような話を、バニルと交わした。
お隣の商業大国にして金満王国、エルロード。
かの国では国営カジノが財源の柱を担っている。
このカジノを当店の管理下に収めるとすれば、果たしてどういった手法がお手軽か。
煎じ詰めれば、選択肢は二つ。
国ごと乗っ取るか。あるいはカジノを民営化させ、国の影響下から切り離すか。
いずれにせよ、先方が全力で抵抗してくるのは必至だ。
断っておくが、単なる雑談である。
旅行雑誌を片手に、行く予定もない旅程を組み上げて盛り上がる――あれに近い。私とバニルの間では、割とよくある。
そも、ウィズには拠点を移す意志がない。となれば、バニルも残らざるを得ない。
このアホな構想を決行するなら、エルロードへ赴任する者は必然的に私一人となる。
加えて、私の情報網はベルゼルグ国内に限定される。国外はノータッチだし、今後も手を伸ばす予定はない。
向こうの内情すらロクに把握していない段階で、算段も何もあったものではない。
結局その談笑は、手っ取り早いのは国ごと乗っ取る案との見解で落着した。
ただしその場合、国家運営まで背負い込む羽目になるのが煩わしい。
目当てはカジノのみ。これでは大層、効率が悪い。
かといって、奪った国家をポイ捨てもできない。
やってもいいけど、治安が崩壊すればカジノの収益にも直撃する。
ならばカジノだけ押さえるのが正解かと言えば、それもまた別ベクトルに面倒なだけだ。
バニルが助力するならば、どちらの案も実現自体は容易い。
だが、悪魔が表立って動くのはリスクが高い。
『悪魔が人間の国を支配しつつある』と判じられては、外聞が悪いどころの話ではない。
それはもはや、ただの神敵だ。
人類全体の脅威として、向こうに錦の御旗を掲げられてしまう。
逆に言えば、エルロード首脳部が悪魔あるいは魔王軍に牛耳られてでもいれば、こちらに大義名分が転がり込んでくるのだけど。
……まあ、そんな都合の良いシチュエーションなどあるはずもない。
そう私が締め括ると、バニルがやけに含みのある笑みを浮かべた。
何か琴線に触れる点でもあったのだろうか。
そしてバニルは、エルロード王国中枢が現時点で魔王軍の手先に乗っ取られている可能性について、私の見解を求めてきた。
そういう態度を取られると、まるで現実に起きているように聞こえるのだけど。
……いや。ブラフの線も否めない。
怪訝に思いつつ、暫し黙考。
その上で、私はその懸念を杞憂に近いと結論づけた。
私自身、かの国への見識は浅い。
だが現状、国王は長期に渡って国を空けており、実権は宰相ラグクラフトが握っている――とは聞き及んでいる。
エルロードを手中に収めるなら、彼への対処は避けて通れない。
そしてこの男、内政手腕が突出している。
長年の放漫財政により、エルロードの国家運営は破綻寸前にまで傾いていた。
そこを一代で立て直した救世主。それがラグクラフトだ。
彼の敏腕がなければ、ベルゼルグへの支援金はとっくに途絶えていた。
延いては魔王軍との戦況もより劣勢に――どころか、既に降伏へ追いやられていたやもしれない。
人類が今なお魔王軍と鎬を削れているのは、裏方として支え続けるラグクラフトの功績あってこそ。そう評しても過言ではない。
有能に過ぎる。それでいて、エルロードの屋台骨でもある。
懐柔するより、暗殺するメリットのほうが遥かに大きい。
内通者が欲しいにしても、もう少し御しやすい駒を擁立すべきだろう。
前提を変えてみる。
宰相が
国家運営の舵取り役が魔王軍側なら、エルロードは実質的に取り込まれているに等しい。
だが、これも奇妙な話だ。
この仮説に則ると、ラグクラフトは相当前から潜入していたのでは、という疑義が生じる。
いきなり宰相クラスの大物と入れ替わったところで、完璧には演じきれまい。
外見だけならまだしも、人格や振る舞いまで破綻なく再現するのは至難だ。
短期間なら誤魔化せても、長期ともなれば本物との差異がいずれ綻びとして露呈する。『偽物ではないか』との疑念を招くのは避けられない。
これを回避するなら、脚光を浴びる前――内政官に応募する段階から潜り込むのがベストなのだが……。
ただその場合ラグクラフトは、放っておけば自壊していたはずの敵国を、わざわざ再建したことになる。
それどころか敵の兵站を万全に整え、前線が全力を発揮できる盤面まで構築した。
戦略レベルで、現在進行形で魔王軍の足を引っ張り続けている。
ぐうの音も出ない戦犯である。
ハンス討伐に貢献し、デュークを爆殺したウィズも大概だが、これはその比ではない。
スパイとして地歩を固めるための土台作りにしても、明確にやり過ぎだ。
やはり、無理筋では。
仮にこれが真実なら、彼を抜擢した魔王の耄碌を疑う。
万一にも正解だったなら、長年に渡り魔王軍の侵攻を食い止めた守護者として、ラグクラフトの功績を盛大に称えなくては。
無論、魔王軍への痛烈な皮肉を込めて。
【思ったよりヤバい組織だった】
ダクネスからの呼び出しを受け、ダスティネス邸へ赴いた。その帰路でのこと。
怒りの形相で街を
なお、向こうはこちらに気づいていない。
漏れ聞こえてきた話によれば、私の行方を追っているとのこと。推測するに、またぞろ何かしらの所業が露見したパターンか。
奇しくも雑踏に紛れていたのが奏功した。
ウィズに気取られることなく、その場を静かに離脱する。私の運が良かったというより、あちらの不運に助けられた形か。
店への帰還を取り止め、ほとぼりが冷めるまで身を隠すことを決めた。
ちなみに。
身に覚えが有りすぎて、怒られる理由にはとんと見当がつかなかったのだけど。
後に帰宅して確認したところ、『優秀な魔法使いは老化が遅い』という理論を持ち出して、ウィズの年齢不詳疑惑を商店街へ浸透させた件が原因だったと判明した。
……言われてみれば、そんなこともやりましたね。
さて。少し時計を巻き戻そう。
街中を徘徊する凶暴なボスモンスターの魔手から逃れるべく、アクセル中心部の一等地に建つ屋敷へ私は逃げ込んだ。
訪れるのは初めてだったが、興味深い情報を掴んでいた場所でもある。
ついでに、新たなセーフハウスとして利用可能かの下見も兼ねていた。
そこへ後から現れたのが、屋敷の持ち主であるめぐみんとゆんゆん。
殊にめぐみんは、なぜ私がいるのかと激しく訝しんでいた。
誰にも話していない隠れ家の存在をなぜか把握しており、譲渡した覚えのない合鍵を用いて当然のように侵入し、そのまま暫し寛いでいただけだろう。
――何か、首を傾げるような事柄でもありましたかね?
それと。王都のチリメンドンヤの孫娘イリスとも初対面を果たした。
ぶっちゃけ、アイリス王女その人である。
新聞等で目にした顔写真そのままだったし、名乗りもかつて仮面バイトをハチベエとして雇ったときと同じ。すぐにピンときた。
彼女は勘が鋭い。あるいは、人を見る目があると言うべきか。出会った直後は、私への緊張が滲んでいた。
もっとも。めぐみんとのやり取りを傍から眺めているうちに、いつの間にか解けていたけれど。
めぐみんを挟めば害はない――そう、本能的に気取ったのかもしれない。
彼女のように、直感で相手の本質を捉えるタイプから、無意識の警戒を向けられるケースは稀にある。
野良猫にも、それで毎度距離を取られるし。
なお。先述したセーフハウス案は撤回する。
今日からセシリーが屋敷に住み着くと決めてしまったからだ。
彼女については、手記でも過去に言及したことがある。
アクシズ教団アクセル支部長。すなわち、典型的なアクシズ教徒。
傍迷惑にもこの女、好奇心から私の荷物を無断で漁ろうとしてきた。
そのような人物が潜む館には近寄りたくない。
それともう一点。
ここは現在、めぐみん盗賊団のアジトと化している。出入りしていたら、私までまとめてしょっ引かれかねない。
めぐみんが盗賊団結成を目論み、冒険者ギルドで堂々とメンバー募集を始めて追い出された一件は承知している。
ゆんゆんとイリスの三人で街一番の豪邸を入手したのも、チェック済み。
とはいえ、当初の私は深刻視していなかった。
盗賊団というアウトローじみた肩書きは、紅魔族の琴線に触れ得る。
屋敷についても、秘密基地を欲しがるのは紅魔族の習性に適うから疑問はない。
総評としては、一時の発作。どうせ冒険に出られず暇を持て余しているだけだろう、と。
……甘かった。
よもや、本気で盗賊団を発足させる腹でいたとは。
銀髪盗賊団の理念に感銘を受けたらしい。ファンクラブの延長として、その活動を陰から支援する腹積もりだという。
しかも、ゆんゆんとイリスまで乗り気ときた。意外すぎる。
挙げ句、団のお頭たるめぐみんが参謀役として私を勧誘してきた。
アルダープの一件で数多の貴族を手玉に取った才幹と、このアジトを突き止めた情報収集能力。それらを高く評価しての推挙らしい。
ちょっと……いや、かなり勘弁願いたい。
私は法的にアウトっぽい案件へ手を出す際、必ず二重三重に逃げ道を用意する。
法に真っ向から中指を突き立てる、めぐみん盗賊団と一緒にしないでもらいたい。
加えて、銀髪盗賊団はエリス率いる一党だ。深い接点は持ちたくない。
さらに聞けば、めぐみん盗賊団の主な活動内容は悪徳貴族の邸宅への襲撃だという。
だが今の私は、悪徳貴族への手出しを禁じられている。ダスティネス家と、そういう契約を交わしているのだ。
事情を洗いざらい打ち明けて、あちらの許可が下りれば手を貸しても構わないが――と、イリスをちらりと見遣りつつ告げる。
これには、めぐみんも折れた。私がイリスを王女と看破しており、その素性までぶちまける算段だと汲み取ったのだ。
あと、イリス本人も察したようだった。
盗賊団に加入したいです。構成員には王女がいます。標的は貴族です。
――こう切り出してイグニスを説き伏せる術があるなら、是非ご教授願いたい。
なお、私が口にした『ダスティネス家との契約』については、アルダープの事件を契機にダクネスと何か取り決めを交わしたのだろう、とめぐみんは推測したようだった。
ノーヒントならそう思い込むのも無理はない。
実際にはもっと以前の話で、協議相手もダクネスではなくその父親のほうなのだが。
実のところ、結婚騒動の際には商売という名目を盾に、契約違反をギリギリで躱した。後日、イグニスからメチャクチャ苦言を呈された。
さらに言えば、ダクネスも契約の件は父親経由で把握済みである。
……そうと私が知らされたのは、この場面から僅か二時間前のことだが。
ともあれ、めぐみんはまだ私の引き入れを諦めていない。
帰り際には『そう簡単に足抜けできると思わないように』などという捨て台詞を置いていった。
……
まるで入団した事実があるかのような言い回しで、さりげなく言質を取ろうとしないでもらいたい。
迂闊にも、ヤバい組織と関わってしまった。
こちらとしてはバラす気などない。どうにかこのまま見逃してくれないものか。
【信仰の在り方】
どうやら、私にプリーストとしての伸び代はないらしい。
退屈を持て余していたアクアを適当にヨイショし、神聖魔法の指導を受けていたときのこと。ふと彼女が、感心の声を漏らしたのだ。
プリーストとしての成長はほぼ頭打ちなのに、よくへこたれないものだ――と。
……それ、初耳なのですけど?
しかもこの集いは、今日が初回でもない。気づいていたのなら、もっと早く指摘してほしかった。
アクア曰く、理由は二点。
ひとつは、私の素質がプリーストに就ける最低ラインしか満たしていないこと。
もうひとつは、信心を欠片も持ち合わせていないこと。
とりわけ後者が致命的で、『そんな不信心者がよくプリーストになれたものだ』と呆れられた。いい加減な宗教観のカズマより酷い、とまで言われた。
逆説的に言えば、まともに信仰を捧げるのなら、まだスキルアップの余地はあるということでもある。
まあ、無理だろうが。信仰そのものが、私の価値観とそぐわないし。
世の常識からすれば異端もいいところだが、私は誰かに祈ったことがない。その行為に、意義を見出せないのだ。
人は、世知辛い世の中を生きるための心の拠り所として、何者かに祈る。
悪魔、邪神、あるいは自然や精霊。
神の信徒に限らず、崇拝の対象や形態は千差万別だ。
特定の神を持たない者はいても、完全なる無宗派などそうそう存在しない。
大半の人間は、そんな在り方を想像したことすらあるまい。
翻って私は、誰かに縋る余裕があるのなら、その労力をもっと建設的な事象へ回せ――という思考をする。
この感性は、大抵の人には理解されない。
それくらい世間ずれしているし、信仰が社会に深く根ざしている証左でもある。
成長に繋がるのなら、対価として祈ることも吝かではない。だがそれは打算であって、信仰とは根本から異なる。
案外、親族に優秀なアクシズ教プリーストでもいて、私がプリーストになれたのはその才を一部受け継いだからではないか。
アクアはそう締め括った。
……人のプロフィールに変な設定を付け足そうとしないでほしい。今でも属性過多なのに。
それと、その取ってつけたようなアクシズ教要素は一体どこから湧いて出た。
【その昔隣国で名を馳せた、若く金髪のイケメンで、真面目かつ誠実、紳士的で忍耐強い、元貴族にして凄腕槍使いのドラゴンナイトな冒険者】
タイトルの条件に合致する人物を、めぐみん盗賊団が捜しているらしい。勧誘したいのだとか。
……恋愛小説から抜け出してきた、女性の願望を煮詰めたキャラか何かで?
いくらなんでも実在しないだろう、そんな珍生物。
もっとも、私に言えた義理でもないのだが。
なにせ、辺境の街で毎日砂糖水を啜りながら店を営む友好的な極貧リッチーを上司に持つ、記憶喪失持ちの未来人なのだし。
めぐみん、ゆんゆん、イリスの三人が冒険者ギルドを訪れ、そこで私と鉢合わせた。
聞けば、『アクセルで冒険者をしている』との噂がある有名なドラゴンナイトを探しているという。
心当たりがないかと、私にも尋ねてきた。
ギルドで時々バイトをしているという事情もあるが、それを差し引いても私は異常な情報通だ。先日の件で、その点は彼女たちも骨身に染みている。
実際、その噂なら耳にしている。
出処と思しき『ブライドル王国で最年少のドラゴンナイトに就いた天才槍使い』の評判も、断片的ながら把握済みだ。
思い当たる人物は、一人いるにはいる。
そう前置きして、期待に瞳を輝かせるめぐみんへと——ダストの名を告げた。
彼女の瞳が、瞬く間にドブ色の失望へと濁った。
だからといって、バニルが化けているのではと難癖をつけるのはさすがに言いがかりが過ぎる。
ご存知の通り、ダストは金、酒、女、賭博をこよなく愛する不良冒険者である。
人品は尋ね人と真逆。類似点は金髪くらいのもの。しかもその金髪もくすんでおり、貴族然とした艶とは程遠い。
今のダストだけ見れば、そういう評価になる。
だが私は、彼が冒険者に成り立ての頃を知っている。
当時も粗野ではあったが、不良になり切ろうとする生真面目さが透けて見えた。
所作も洗練されており、育ちの良さが全然隠せていなかった。
パーティーメンバーも、ツッコまないだけで勘付いてはいるだろう。
この時点で私はダストを貴族関係者と断定し、一度身元を洗っている。ダクネスが冒険者登録した際と同様のアプローチだ。
結果として、彼がブライドル王国から入国していること、所持品の一部が同国由来であること。その二点を突き止めた。
外国まで調査を広げるのはコストが重い。不要と判断し、そこで打ち切った。
得物についても、現在は剣を使っているが、本来は相当な槍の名手ではないか――そう睨んでいる者もいる。
優れた戦士にはそういった目利きができるらしい。私にはさっぱり分からないが。
それと、長らくダストの動向を追っている輩が二組いる。
片方はゲイのストーカーだが、もう一方は彼の故郷発の人間らしい。
悪意は感じない。けれど国外にまで手を伸ばせる時点で、明らかに尋常な手合いではない。
藪蛇をつつく理由もないため、私は捨て置いている。
もっとも、情報源を明かせない以上、大部分の話はめぐみんたちには伏せたが。
なお、当のダストはというと。
人目も憚らず土下座を敢行し、年下のゆんゆんから酒代を恵んでもらうという、恥もプライドもかなぐり捨てた暴挙に出ていた。
あれのどこが気高いドラゴンナイトか、とめぐみんは白けた目を向けていた。
尾鰭のついた風評など、そもそも鵜呑みにすべきではない。
どこぞの変態クルセイダーにしてもそうだった。
攻撃を受けたがる奇行が誤解され、一時期は『騎士の鑑』と持て囃されていた。
同じ街に住んでいてもこの有り様だ。他国のドラゴンナイトの実態など、分かったものではない。
そういえば、クリスがめぐみん盗賊団への勧誘を受けていた。
彼女は銀髪の義賊、その人である。
クリスが擁する銀髪盗賊団を陰からサポートするための下部組織に、クリス当人が下っ端として入団させられそうになるとは。
突如降り掛かった珍事に、クリスは困惑と疑心が入り混じった味わい深い表情を浮かべていた。笑える。
【限界リッチー、ゲテモノに手を出す】
いよいよ空腹に耐えかねたウィズが、何とザリガニを調理して食べていた。
昨日も台所に籠もって何やら作業しているとは思っていたが。どうやらザリガニを水に浸け、一晩かけて泥を吐かせていたらしい。
てっきりご近所から食材を恵んでもらい、それで何か作っているものとばかり。
ザリガニは、川辺で子供たちが捕り過ぎたものを分けてもらったとか。
念のため記しておくが、ベルゼルグ王国にザリガニを食す文化はない。
譲った子供たちも、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかっただろう。
レシピは以前、めぐみんから教わったとのこと。
彼女の実家も決して裕福ではないが、ウィズの食生活はその比ではない。砂糖水を主食とするカブトムシと大差ない粗食ぶりは、めぐみんから見ても常軌を逸していたらしい。
その気の毒な境遇への憐憫が、生活の知恵をウィズへ授けるに至ったようだ。
当のウィズは、『これはロブスターだ』と懸命に自分へ言い聞かせていた。
生憎、最寄りの川にそんな上等な海の幸は生息していない。
料理そのものは、割りかし美味しかったようだ。
私にお裾分けしようと差し出された皿は、謹んで辞退したけど。
ザリガニへの嫌悪感は別段ない。ただ、出処の素性が知れない食材に対し、寄生虫や病原菌への懸念が拭えなかった。
ウィズはまあ、アンデッドだし。その辺りは平気なのだろう。多分。
それにしても、まさかここまで追い詰められていたとは。
はて、そういえば。最後にウィズへ固形物を与えたのはいつだったか。
……すぐには思い出せない。
ウィズやバニルに確認を取ったところ、半月ほど前だと判明した。
時期としては、警備の押し売りをしていた八咫烏がまだ元気だった頃。
……というか、その八咫烏が憐れみから差し入れてくれた食事が最後だ。
リッチーは餓死しない。栄養補給用の砂糖水もこまめに摂取させていた。
だから問題ないと高を括り、知らず知らず注意を怠っていたようだ。
なるほど。些か蔑ろが過ぎたことは、認めざるを得ない。
このうっかりに、さしもの私とバニルも猛省した。
次はもっと上手くやろう、と。
【超新星の盗賊団】
めぐみん盗賊団の頭目に、朝っぱらからアジトへ拉致された。
道中、めぐみんより謝罪を受けた。
先頃のドラゴンナイト捜索において、今にして思えば私の言説は大いに参考になるものだった。にもかかわらず、有り得ないと一蹴してしまった――と。
突然の変節の理由はさておき、本心からの言葉ではあるようだ。
だが同時に、おべっかであることも見え透いている。
この爆裂娘、私を煽てて何を企んでいるのか。この先に、ロクでもない案件が待ち構えている――そんな確信を密かに抱いた。
そうして目の当たりにしたのは、めぐみん盗賊団への入団希望者名簿の山だった。
アクシズ教徒。紅魔族。王都の熟練騎士。一流の冒険者。
……魔王軍への切り札となる精鋭部隊でも編成するので? 思わずそうツッコミたくなる規模と顔触れだった。
騎士団か傭兵団を新設できるほどの人数が押し寄せている。成立すれば、アクセル最大の武装集団の誕生だ。
義賊活動が目的の組織としては、目立ちすぎにも程がある。
なお、リスト内に肝心の盗賊職は一人もいなかった。
中核メンバーが紅魔族、王族、アクシズ教徒である以上、どういった経緯で集ったかの大まかな見当はつく。
ちなみにもう一名、下っ端の幸運の女神が既存メンバーに名を連ねている。
めぐみんの用件とは、腹心待遇で迎え入れるから、いざというときは彼女の名代としてこの紙束の人員を統率してほしい――というものだった。
バニル配下の悪魔を指揮した実績から、私ならワンチャンやれると踏んだらしい。
――は? 嫌ですけど。
前世でどれほど悪行を積めば、こんな濃すぎる連中を統御する苦行を科されるのか。特にアクシズ教徒。
……タイムスリップ前に国の一つや二つ滅ぼした罪科があったとしても、別に驚かないが。
前回の断り文句に使ったダスティネス家との契約はどうした。
そう問えば、交渉を得手とする私が直接説得すれば万事解決する――という無法な答えが返ってきた。
要するに、方策が何も思い浮かばなかったらしい。
どういう論法だ。そもそも、私でも達成不能なのですけど。
大体、めぐみんの望む体制でまかり間違って検挙でもされれば、私こそがピンチに陥る。
主要な団員は少女ばかり。となれば、子供を唆して旗頭に担ぎ傀儡とし、私が実質的なリーダーを務めていたように映る。
傍目には、私が黒幕だ。
実際、似たような構図で悪徳貴族の一門を間接支配した前科も、なくはないし。
終いには雑な泣き落としで押し切ろうとし始めためぐみんを制止し、一旦翻意させるまでには漕ぎ着けた。
盗賊団の現状は、彼女にとっても想定外だったようだ。思惑を超えて団体が急膨張しかねない情勢への動揺が、ありありと見て取れた。
このお頭はメンタル面が割と脆い。進退窮まるとかえって覚悟が固まる某ライバルとは、対照的なものがある。
逆にゆんゆんは、平時が打たれ弱すぎるのだけど。
焦りから少々テンパり、半ば勢いで悩みの種を押し付けようとした――というのが、めぐみん側の事情らしい。
クリスが参加した以上、彼女に任せておけば暴走はすまいと踏んでいたのだが。
……どうだろう。私も自信がなくなってきた。
結局、入団希望者は全員保留とするという。
万が一に備えて、めぐみんらがやらかした際のフォローは用意しておこう。
なお、これは余談だが。
アジトの鍵が新しいものに替えられていた。
私がいとも呆気なく不法侵入したため、その対策らしい。
私個人としては、もうここへ足を運ぶつもりはないのだけど。
【躍進するレジーナ教団】
こちらも、めぐみんにアジトまで連れ込まれた折の出来事だ。
趣旨が異なるため、話を分けている。
めぐみん盗賊団がどこをターゲットとするかの議論を拝聴した。
……といっても、セシリーが一人で力説しているだけで、誰も相手にしていなかったが。
何せ彼女のイチオシは、ダスティネス家である。
大貴族だけに相応の財貨を蓄えているのは疑いない。しかも一族揃って、代々邪悪なエリス教の宗徒。
ならば、口に出すのも憚られる悪事を裏で山ほど働いているのは自明――というのがセシリーの言い分だった。
さすがは、ロリっ子と戯れるためだけにこんな怪しげな一団へ加わったアクシズ教のプリースト様。言うことが違う。
とはいえ、私にとって重要なのはそこではない。
話の流れで、奇遇にも彼女の口からアルカンレティアの近況を知ることができたのだ。
近頃あの街では、レジーナなる耳慣れない零細女神を崇める住民が爆発的に増加しているという。
それも、エリス教団と連携する形で。
教団は、保有するうちで現在未使用の古い施設を貸与した。レジーナ教徒はそこを仮の教会とし、新たな教団を立ち上げる。
構成員の大半は、これまでいずれの宗派にも属さなかったアルカンレティアの一般市民だ。
それに次いで、アクシズ教から鞍替えした元信徒が名を連ねる。
誰も知らないぽっと出の女神風情が、アクシズ教の総本山でこうまで急速に勢力を拡大できるのは絶対におかしい。
これは紛れもなく、悪辣なエリス教徒による謀計だ。
聞けば、両教団の蜜月はダスティネス家の仲立ちに端を発するという。
すなわちこれは、正義の徒たるアクシズ教団の牙城に楔を打ち込まんとする、
……というのがセシリーの話だった。
これでも論理的に整えたほうで、実物はもっと結論ありきで被害者感丸出しだったが。
アクシズ教徒お決まりの陰謀論だ。耳を傾けるに値しない。
……が、その当てずっぽうが今回に限り、当たらずとも遠からずで反応に困る。
というのも、レジーナ教の勃興は、当主イグニスからの承諾を得てダスティネス家の権力をフル活用した、私の仕業なのだ。
ただしレジーナ教団の躍進は、アクシズ教が蒔いた種でもある。
アルカンレティアはアクシズ教の街だ。住人のほとんどをアクシズ教徒が占める。
だが、それ以外の人間が皆無なわけではない。
アクシズ教のユートピアを体現するこの街は、その反面、圧倒的多数派に少数派が日夜振り回され、ストレスを加速度的に蓄積させる地獄でもある。
そんな環境だ。レジーナ教の説く『復讐』の教えに救いを見出す者が現れたとして、誰が責められよう。
言い方は悪いが、アクシズ教という共通の敵が彼らを結束させた。
アクシズ教から改宗した元信徒にしても、悪質な勧誘に運悪く引っかかっただけで教義には染まっていなかった面々だし。
レジーナが復讐と傀儡を司る不気味な神格であることは、心理的ハードルになっていない。
というか、アクシズ教徒よりも理知的で言葉が通じるなら、アルカンレティア市民は歓迎する。
本当に、アクシズ教徒様々過ぎる。
あの街では、暴虐の象徴たる彼らよりまともならそれでいいのだ。
エリス教団が後援についている事実も、一定の安心材料として機能している。
確かに私はダスティネス家と組み、レジーナ教の宣伝を徹底的に行った。
ルーシーを巻き込んで最初期の布教活動を支援し、エリス教団との橋渡しも担った。
だが、それだけだ。
今日までの成果は、あくまでレジーナ教徒たち自身の努力の賜物と言える。
この急成長ぶりには、流れを作った私も正直驚いている。
ヘイト役として強力にアシストしてくれたアクシズ教徒の存在がなければ、ここまでの発展はなかった。
……連中、どれだけ人に迷惑をかけているのか。
とはいえ、現状のレジーナ教団は宗教組織とは名ばかり。アクシズ教徒への不満で辛うじてまとまっている寄合所帯に過ぎない。
設立間もないのだから、これはやむを得ない。
他方で、彼らはこれまでアクシズ教徒に歯向かわなかった程度の小市民でもある。物騒な教義とは裏腹に、組織としての危険性は低い。
反発はすれど、本格的にアクシズ教団と激突するリスクは小さい。
仮にそうなれば地力の差から一瞬で叩き潰されるだろうが、そうなる前にエリス教徒が押し止める。
ちなみに、現地教会へ派遣されていたエリス教のプリーストも、一名ほどレジーナ教へ宗旨替えしたそうだ。
アクシズ教徒はエリス教会の窓ガラスを割るし、下着は盗む。逆恨みで喧嘩も吹っかける。しかもそれが日常茶飯事。
……やっぱり、フラストレーションが溜まっていたのだろうか。
レジーナ教団は前途多難。目まぐるしい伸張に対し、実態が追いついていない。
それでも信者は増えた。四桁には届かないまでも、三桁の大台はとうに超えた。
レジーナの加護は、信者数に応じて等分割される。
つまり、信徒が増えるほど一人当たりの加護は弱まる。
さて。魔王軍幹部にして、レジーナの信徒であるセレスディナ。
加護の力を除けば一介の人間に過ぎない彼女は、今現在――どれだけのことができるだろう?