とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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3-7 レジーナ教団①

【店と店主の近況について】

 店の借金が、ちっとも減らないのですけど。

 毎日あくせく働いているのに、貯蓄が増えない。むしろ目減りしてる。

 

 努力すれば必ず報われる――などという信条を掲げているわけではない。

 とはいえこの件に関しては、ウィズという明確な原因が存在しているのも、また確かなわけで。

 

 今日にしても、日用品の買い出しに送り出したら、まったく無関係なガラクタに散財して帰ってきた。

 呑気な笑みと共に見せつけてきたのは、『持っているだけで幸せになれる壺』という名の、ただの花瓶だ。魔道具ですらない。

 このご時世、そこらの聖職者も顔負けの霊感を有するノーライフキングが、霊感商法に引っかかる事例があるらしい。

 私の悪巧みには敏感に勘付くくせに、こんな古典的な悪徳商法にホイホイ引っかかるとはどういう了見なのか。

 

 なおその詐欺師は、バニルが即座に飛び出して懲らしめてきてくれた。

 

 私とウィズの二人で店を切り盛りしていた頃は、曲がりなりにも収支をトントンまで持ち込めていた。

 そこへ仮面バイトが加入したのだ。財政が上向くと予測するのは道理だろう。

 だが、現実はそうなっていない。情勢は当時から何一つ変わっていない。

 

 ……まさか、店長の商売センスがさらに悪化しているのか?

 まだ下がる余地が残っていたと? ――しかしそう解釈すると、得心がいく。

 

 サトウカズマの知的財産を転売して荒稼ぎしていた頃までは、何だかんだで上手く回っていた。

 何とかなるかもしれない。そう前向きになれる程度の、仄かな希望があった。

 

 けれどあの転落を境に、悪い意味で停滞してしまっている。

 私の代でバニルの希求するダンジョン建設を達成するのは、やはり厳しいか。

 もっと先を見据えるべきかもしれない。私が構築できる伝手やノウハウを整理し、バニルや後の世代への置き土産として託す。

 そうした路線変更も、視野に入れておくとしよう。

 

 ときに、近頃のウィズには僅かな変化が見られる。

 仮面悪魔の言を借りるなら、『やや昔の雰囲気に戻っている』とか。

 この頃の彼女はほんの少し反抗的というか、好戦的というか。そんな気配が滲み出ている。

 バニルがお仕置き光線を放とうとすると、微妙に抵抗する素振りを見せる。誤差の範囲ではあるが。

 

 少し前、誕生日パーティーの一件を引き金として、ウィズとバニルは決闘した。私がダクネスの実家へ一週間ほど雲隠れし、籠城していた間のことだ。

 あれがウィズにとって、荒ぶっていたかつての己を呼び覚ます契機になったのでは――とのこと。

 

 冒険者時代のウィズには、人を従わせるカリスマがあった。

 その上、立ち塞がる敵手は何人(なんぴと)であろうと問答無用で踏み潰す、人型デストロイヤーめいた女だったと伝え聞く。

 人となりを見抜くことに関して一家言ある私からすると、腑に落ちる評だ。

 だが大半の人々にとっては、まず対話で物事を収めんとする気弱で平和主義者な今のウィズとは、まるきり別人だったのだろう。

 

 氷の魔女と畏れられた往時の彼女を虎と評するなら、すっかり平和ボケした近年はさしずめ家猫。

 今は野良猫といったところか。放っておけば、またすぐ家猫へ逆戻りするだろう。

 私の印象では、魔王城で出会った頃のウィズが現在のイメージに近い。

 

 また、このところの彼女は運動量を増やすようにもなった。

 といっても、散歩の頻度が上がり、ソロで寂しくクエストを受注するゆんゆんに時折同行する程度ではあるが。

 これもまた、先述したバニルとの一戦が端緒となっている。

 

 現役を退いて以来最大となる激闘。

 その最中、日頃の運動不足が祟ったウィズは足をつるという失態を犯した。

 しかも絶妙に間が悪かった。その一瞬の隙を突いたバニルに、大技で鮮やかに沈められてしまったのだ。

 こうして伝説級のアンデッドには到底似つかわしくない、極めて情けない形での敗北を喫した。

 

 ここまで無様なやられ方をしたリッチーの伝承など、私は寡聞にして知らない。史書を紐解いてもまず見つかるまい。

 『リッチーの面汚し』と称して何ら差し支えない醜態だった。

 

 しかも後日、追い討ちがあった。

 数日遅れで全身を襲った筋肉痛により、ベッドからロクに身動きが取れなくなったのだ。

 そしてバニルに指を指されながら腹を抱えて爆笑され、介護されるという恥辱を甘受した。

 

 ……これほどの辱めを経験したのだ。

 同じ悲劇を繰り返すまいと体質改善に乗り出すのも、無理からぬことではあった。

 

 


 

 

【レジーナ教の経過報告】

 レジーナ教について、ゆんゆんと話した。

 

 彼女には以前、ルーシーの許へ私を送り届けるのに手を貸してもらった経緯がある。

 その折に交わされたレジーナ教のこと、私が布教に協力すると約束したこと。その一部始終を彼女は知っている。

 

 そして今。無名同然だったレジーナ教が、急速に知名度を伸ばしている。

 その動向がようやくゆんゆんの耳にも届いた。タイミングからして私が一枚噛んでいるのではと踏み、話を聞きたかったとか。

 大正解。

 

 いい加減、ネタバラシしていい頃合いだろう。

 とはいえ後述する通り、秘匿事項が多すぎる。よってゆんゆんに教えたのは、表面的なカバーストーリーのみだ。

 

 おさらいから始める。

 私がレジーナ教に目をつけたのは、魔王軍幹部の聖職者セレスディナが信仰する宗派だからだ。

 慎重に探りを入れた末、彼女の特異な能力の源泉はレジーナ教にあるのではという推論を立てた。

 そこから紆余曲折を経て、レジーナ教プリーストたるルーシーズゴーストへ辿り着く。

 彼女から直接話を伺い、異能の正体はレジーナ神の加護であるとの確信を得た。

 

 推測が的中した場合に備え、計略はあらかじめ練ってある。

 その方針に従い、私はあえてレジーナ教の拡大に手を貸すことにした。

 信者数が増えれば、一人当たりへの加護は逆に希薄化する。延いては脅威度も低下する――その理屈に基づく判断だ。

 

 手始めに向かったのは、ダスティネス家の邸宅。

 計画にかの家をパートナーとして引き込むためだ。事が魔王軍に関係するのなら、短期的には手を結べると判じた。

 程なくして、セレスディナへの対処完了を期限とした密約がまとまる。……私が拍子抜けするほどスムーズに。

 

 一筋縄では行かないと踏んでいた。

 何しろ、このときイグニスへ開示した情報は、セレスディナやレジーナ教だけに留まらない。私自身の事柄にまで及んでいたのだから。

 私がどういった人間で、いかなる所業を重ねてきたか――彼はそこまで把握することになった。

 

 足を運んだ時点で、いずれ露見するのは自明。

 ならば中途半端に疑念を抱かれるより、こちらから明かして以降の展開をコントロールしたほうが良い。

 無論、それで関係が悪化し、反目に至る恐れもある。そのための善後策も用意していた。

 ――結局、手札の一枚たりとも切ることはなかったけど。

 

 私がめぐみんやウィズと敵対する可能性は、まず皆無だ。

 その延長で、この国に対して本格的な対立姿勢を取ることも、そうそうない。

 そういった内情をイグニスに打ち明けたわけではない。だが、私がセレスディナへ手を打とうとしている様から、どうもその辺の胸中を見透かされている節がある。

 

 それはともかく。

 王家に次ぐ大貴族の支援を取り付けた恩恵は、甚大だった。

 

 私がブレインとなり、ダスティネス家の権勢がそれをバックアップする。個人へと差し向けるには、あまりに無体な同盟が成立した。

 こんな有り様の敵地に単身乗り込むなど、手の込んだ自殺に等しい。

 当のセレスディナは、自分が完全マークされていることに、未だ気づいていない。

 彼女にはこのまま、ノーチャンスでフィニッシュしてもらおう。

 

 では、私がやったことについて説明する。

 

 まずはレジーナ教の啓蒙活動。俗っぽく言えば、宣伝だ。

 教義はもちろん、加護の詳細に至るまで隠すことなく国中へ公開した。

 貴族界隈での口コミに加え、新聞を始めとするメディア媒体も積極的に活用している。

 その甲斐あって、レジーナ教は着実に世間へ浸透した。昨今では『名前くらいなら聞いたことがある』という者も珍しくない。

 

 認知が広がるにつれ、傀儡化という特殊な状態異常にも注目が集まり始めた。

 宗徒が増え始めると、大昔に用いられていた傀儡化対策用のアイテム群が再評価され、遂には店頭販売が再開される事態にまで発展する。

 

 とはいえ。供給が始まったばかりの現状では、どこも品切れが相次いでいるのが実情だ。

 以前、バニルが傀儡化解除ポーションの生産に乗り出したことがあった。アクアの妨害で頓挫したものの、あれはまさに時流の先取りと言える。

 大ヒット商品になると見越し、先行投資で大儲けする算段だったのだ。

 

 宣伝と並行して、布教活動にも注力した。

 とはいえ、ダスティネス家は敬虔なエリス教徒の一族。

 それを差し引いても、俗世の権力者が宗教へ過度に干渉することを、イグニスは快く思わない。

 

 その点を斟酌し、布教は間接的なアプローチを主体とした。

 有望そうな信者候補を見繕ってはルーシーの許へと輸送し、きっかけを与える――といった具合に。

 まあ、今はもうやっていないのだけれど。

 

 ちなみに、こんないかがわしい宗教を触れ回って問題はないのかというと。

 この国では(マイナー過ぎて)邪教認定されていない。

 そして、世のルールを定めるのは貴族である。

 ――それが答えだ。

 

 ただ、この布教活動、私にとっても予想外の方向へ転がりつつある。

 信者の増加が、あまりにも著しい。

 私としてはもう少し気長に、じっくりと裾野を広げるつもりでいたのだけど。

 

 アクシズ教徒への不満という火種に、レジーナ教を燃料として焚べれば一気に燃え上がる。そこまでは計算通り。

 ただ、思ったより派手な炎上を見せている。

 

 ――アクシズ教徒が馬鹿をやると、レジーナ教徒が増える。

 そんなアホみたいな怪現象が、今やアルカンレティアで定着しつつあるらしい。

 私は意図していない。大体アクシズ教徒が悪い。

 

 土台がまだ固まっていないのに、頭数ばかりが膨張している。

 そのため、レジーナ教団の統率力には早くも限界が見え始めていた。

 教団を牽引できる真の指導者が台頭すれば話は変わるが、心当たりといえば魔王軍かゴーストくらいのもの。

 しかも後者のルーシーは、レジーナ教の躍進に満足したのか、気づけば勝手に成仏していた。

 

 今にして思えば、アクシズ教団を巻き込んだこと自体が痛恨のミスだったか。

 本来なら、アクセルを布教の中心地に据えたかった。

 だがそれでは、この街を拠点とする私が教団を掌握して手駒にすると、イグニスが首を縦に振らなかったのだ。

 ……私のことを、よくご存知でいらっしゃる。

 

 ここまで骨を折ったのは、何もセレスディナ一人が理由ではない。

 それだけであれば、他にやりようはあった。イグニスとて加担しなかっただろう。

 私がレジーナ教を国内に根付かせようとしているのは、これより先、第二第三のセレスディナを生まないための予防策だ。

 彼女一人を排除しても、悪意を持ったレジーナ信徒が再び現れては元も子もない。レジーナの加護には、それだけのポテンシャルがある。

 

 信徒を根絶やしにできれば話は早いが、世界中に散らばる教徒の総数を把握する術がない。非現実的だ。

 よって、滅ぼすのではなく取り込む。

 予防接種という表現は少々違うかもしれないが、発想としては近い。

 教団の創設段階から介入し、王国内における無害な一宗派として定着させる。

 

 エリス教団にもコントローラーとしての役割を期待し、レジーナ教団との橋渡しを行った。

 エリス教徒の側は純粋な善意で手を差し伸べているだけだが、隔絶した力関係から、自然とそういう構図になる。

 

 なお、アルカンレティア支部のエリス教徒は極めて協力的だ。

 あの街でアクシズ教徒の苛烈な弾圧に日夜晒されてきた彼らは、反アクシズ教で結束したレジーナ教徒に仲間意識が芽生えたらしい。

 

 ここまで来ると、もはや国家規模の安全保障戦略と言える。

 だからこそ、ダスティネス家を通じて王家にも話は通してある。国王も既に承知の上だ。

 

 ただし。仕掛け人が私である点だけは、王家にも伏せてもらった。契約にそう盛り込んである。

 セレスディナを筆頭とした魔王軍の跳梁を許しているこの国の防諜体制を、私は微塵も信じていない。

 共有された情報は魔王軍へ漏れる。そう断じている。

 

 ちょっと予定とは違うが、セレスディナを迎え撃つための最低限の下拵えは済んだ。

 あとは、選定した決戦地に彼女が飛び込んでくるのを待つのみ。

 

 


 

 

【魔女会】

 冒険者ギルドの酒場にて。

 何の因果か、テーブルの一角に女魔法使いばかりが集結した。

 魔法使いは希少だ。女性冒険者も、全体で見れば男性より少ない。

 

 具体的に名を挙げるなら、ウィズ、めぐみん、ゆんゆん、リーン、ついでに私。

 

 リーンはダストのパーティーに所属するウィザードだ。

 当人に落ち度はない。だが、悪評の絶えないチンピラとの接点を増やしたくなかった私は、大して付き合いがない。

 

 経緯としては、まずダスト繋がりで親交のあるゆんゆんとリーンが合流。

 次に、めぐみんがゆんゆんへ突撃。

 最後に、外食に訪れた私とウィズが知人の卓へ相席したことで、上述のグループが形成された。

 

 だからどうしたという話でもない。

 ただ、それなりに珍しい光景ではある。

 少なくとも、めぐみんはそう感じたらしい。唐突に『ここにアクセル魔女の女子会を開催する』と、謎の宣言を放った。

 

 女子会。耳慣れないワードだ。

 当人の解説によれば、女子のみで飲み食いや歓談を楽しむ集まりらしい。

 もっとも、情報源はアクアからの又聞きとのこと。話半分に受け取っておくべきだろう。

 

 要するに、ただの食事と雑談を、めぐみんが覚えたての単語で大仰に表現しただけである。

 

 ところで、この中に一人、場違いなプリーストが紛れ込んでいる。私のことだ。

 しかし、その問題はめぐみんの鶴の一声で解決された。

 アークウィザードの適性があり、上級魔法の習得条件を満たしているなら、実質魔法使いでいいだろう――という暴論によって。

 

 この論法を適用すると、五人中四人が上級職となる。

 一人だけ下級職のリーンは、心做しか肩身が狭そうだった。

 

 なお、上級魔法の習得条件とは、発動に必要な身振り、詠唱、魔力の流し方といった手順を指す。

 これらを全魔法分覚えて初めて、スキル習得欄が解放される仕組みだ。

 私はこの条件をクリアしているため、スキルポイントと転職の意志さえあれば、いつでも上級魔法が修得できる。

 

 話を本筋へ戻す。

 この面子であれば、最も盛り上がる話題が魔法関連になるのは必然。普段交流のない者同士も揃っているのだから、当然の帰結である。

 

 そのうちの一件を取り上げよう。

 めぐみん曰く、将来凄腕の大魔法使いになれるかを判別する統計があるらしい。

 ……そんな話、私は聞いたことがないのだけど。

 

 その統計によれば、ウィズが大成したのは必然で、ゆんゆんにも十分な見込みがある。

 対して私とリーンは、一廉の魔法使いとして頭角を現す望みは薄いとか。

 ただし、なぜかリーンにだけ、『年齢的にこれからの発育次第』とも付け加えていた。

 

 ……発育?

 

 魔法使いでもない私には、割とどうでもいい話だ。

 ただ、統計を語るめぐみんの視線が、やたらと各人の胸元へ吸い寄せられていたのは引っかかる。

 さらに、『その統計でめぐみん自身はどうなのか』とゆんゆんが問うや、何が癇に障ったのか爆裂娘は激昂して、ぼっちの胸元へ飛び掛かった。

 

 ……聞くに値しない譫言(せんげん)だったようだ。

 追及する気にもなれず、統計の件はそのままスルーを決め込んだ。

 ただ、そういう話があったという事実だけは、一応記録しておく。

 

 


 

 

【材料費は私が出した】

 サトウカズマの一党が、遥々最前線の砦まで遠征するらしい。

 

 これまた珍妙な。リーダーはクエストはおろか、外出すら滅多にしない筋金入りの出不精なのに。どういう風の吹き回しだろう。

 あの砦では現在、魔王軍幹部にして邪神であるウォルバクが暴威を振るっている。そのウォルバクこそが、此度の標的だという。

 

 ……幹部へ自発的に挑むのって、これが初ではなかろうか。

 これまでの戦果はどれも、なし崩しに転がり込んできたものばかりだし。

 

 それに伴い、明日から当面屋敷を空けるそうだ。

 

 しばらく世話ができなくなるため、ペットのゼル帝を預かってほしいと頼まれた。ウィズはそれを快諾。

 他方、ちょむすけとアクアは現地まで同伴させるらしい。

 私としても、それくらいは構わない。

 今日も出発前の物資調達ということで、辛うじて使い道がありそうな気がしないでもない魔道具をまとめ買いしてもらえたし。

 

 折よく、私とウィズで共同作製していた試作品がある。

 元々完成間近だったものを、本日急ピッチで仕上げた。ゼル帝を受け取る際に、彼らへ渡しておこう。

 

 そのアイテムには交信魔法――遠方の相手とリアルタイムで連絡を取り合える魔法が封入されている。

 この魔法は習得難度の高さから、使い手が少ない。

 加えて、遠距離通信が可能とはいえ、実運用には様々な制約が付きまとう。

 

 だが、今回開発した魔道具は、そういった既存の制限をほぼ無視できる。

 対となる二つのアイテムを介して、まるで眼前に相手がいるかのような対話が可能だ。

 

 携帯性に優れ、低コストで、量産も容易。メンテナンスも然程難しくない。

 それでいて、遠隔地との情報交換を驚くほど簡便にする。

 ――これだけ聞けば、大真面目に社会変革を起こし得る画期的な発明だと思う。

 ゆくゆくは、政治体制すらも変容させかねないほどに。

 

 まあそれらすべての利点を台無しにする、致命的な欠陥が潜んでいるわけだが。

 ウィズがその性能に狂喜し、借財してまで強引に製品化へ踏み切ろうとした――このエピソードだけで、実態は窺い知れよう。

 そうと知りながら加担した私が言える義理でもないけども。なぜこの女は、何の疑問も抱かないのだろう?

 

 デメリットはただひとつ。

 このアイテムは、私の直系血族にしか使用できない。

 

 


 

 

【老いと成長の雑学】

 このひよこ、果たしていつになったら大きくなるのだろうか。

 バニルの抜け殻を寝床に、スヤスヤと眠るゼル帝。その姿を矯めつ眇めつ観察しながら、ふとそんな疑念が頭をもたげた。

 

 生憎、鶏の生態は門外漢だ。ただ、聞きかじりの知識を参考にするなら、そろそろ成体になってもおかしくない時期である。

 ところがゼル帝は、未だふわもこの雛鳥。手のひらにすっぽり収まるサイズを、今なお頑なに維持している。

 

 前々から薄々気にはなっていた。日常的に接するようになったことで、その疑問が改めて輪郭を帯びてきた次第だ。

 朝方、ひよこを引き渡してきたアクアに尋ねてみたが、『ドラゴンが数ヶ月で大人になるはずがないだろう』との的外れな回答が返ってきた。

 ……聞く相手を完全に間違えた。

 

 同じ問いをウィズへ投げると、疑問はあっさり氷解した。

 というより、私の単純な見落としで正解に辿り着けていないだけだった。

 

 強い魔力を持つ生物は老化が緩やかになり、その分だけ寿命も延びる。

 ゼル帝の成長が遅いのも、その現象によるものらしい。

 

 ゼル帝は卵だった頃、アクア、ウィズ、バニル、めぐみんという街でもトップクラスの魔力保有者たちから魔力を注ぎ込まれた。……家禽の分際で、実に贅沢なことで。

 そのせいか、ただのひよこでありながら、魔力量だけは常軌を逸している。

 

 この理論を根拠として、私は以前、『優秀な魔法使いは歳を取らない。ウィズが若々しいのは、超優秀なアークウィザードだから』との説を、本人には無断で吹聴したことがある。

 そこから話が波及し、巷ではウィズの年齢不詳疑惑が浮上した。

 そして先頃、その悪事が露見した。

 

 もっとも真相を言えば、ウィズを店から引き剥がそうと目論んだバニルがわざと口を滑らせ、私へのヘイトを誘導したのが原因だが。

 おかげで私は、めぐみん盗賊団とかいう不逞の輩に絡まれる羽目になった。

 

 弁明しておくと、あれはウィズが歳を取らないことで周囲から『人外ではないか』と勘繰られないようにするための、印象操作の一環だった。

 ――とはいえ仮に人間のままだったとしても、外見は案外今と大差なかったのでは。そんな気がしないでもない。

 

 


 

 

【魔法使い向けの冒険者講座を開設】

 仮面悪魔としては、ウィズを店の経営から追い出したい。

 彼女の邪魔さえなければ、あとはどうとでもなる。

 だから経営権を寄越せと迫ったり、長期旅行を口実に店から引き離そうと画策したり。日々、あれこれと腐心している。

 

 対するウィズは、自分も共に店を盛り立てたいと考えている。

 疎んじて遠ざけようという魂胆を、悪魔は隠そうともしない。それで大人しく従うはずもない。

 

 そう私が野次ったところ、バニルから『ならば代案を出せ』と返された。

 というわけで、代案を提示した。

 ――それが先月の出来事であり、以下に記す話の発端でもある。

 

 アクセルの魔法使い系冒険者を対象にした講座を、ウィズに開いてもらうことになった。

 講師、先生。彼女はそんな役柄だ。

 そして本日、その記念すべき初回が催された。

 

 本講座の第一義は、ウィズが冒険者として積み重ねた知見を後進へ伝授すること。

 ギルド公認である。先方から強く請われているため、月一ペースでの継続も既に決定している。

 参加費は無料。迷っている冒険者も、まずは気軽に立ち寄ってもらいたい。

 

 なお当初は、アシスタント役としてゆんゆんにも声をかけていた。

 しかし直前になって、カズマ一行と連れ立ちウォルバクとの戦いへ赴いてしまった。

 講座を通じて他の冒険者と打ち解ける、絶好の機会だったのに。相変わらず、あのぼっちは妙なところで間が悪い。

 

 冒険者として栄達を遂げたウィズが、これから駆け上がる新人たちへ自身の経験を伝える。

 彼女にしかできない、重大な社会貢献だ。

 似たことは既に紅魔の里でも実践している。月一回程度なら負担も大きくない。本業への支障も限定的。新たな顧客開拓のため、顔を売る機会と思えばいい。

 そんな理屈を並べて、私はウィズを言い包(くる)めた。

 

 ただ、それだけでは胡乱な眼差しを向けられた。

 なぜ急にこんなことを言い出したのか、こちらの真意を計りかねている視線だ。まるで信用されていない。

 

 仕方なく、『講座が軌道に乗ればギルドからの謝礼金が見込める』という対ウィズ用の真の目的を明かして、やっと呆れ混じりの納得を得た。

 ちなみにこれでもダメなら、『対ウィズ用の裏の真の目的』等が順次投入される手筈だった。

 

 ぶっちゃけてしまうと、ウィズに商人としての実務をさせないことだけが目的だ。他は全部おまけに過ぎない。

 だがそれを正直に告げれば、あの役立たず女が猛反発するのは目に見えている。

 だからこそ、社会貢献という殊勝な名目を前面に押し出した。新たな収入源に繋がるかどうかは、さして重視していない。

 

 また、月一ペースなら本業への差し障りが少ないというのも、実際はかなり怪しい。

 ほぼ未知の分野をゼロから手探りで始めるのだ。本番以上に、準備段階こそ膨大な手間と労力を要する。

 現に狙い通り、ウィズは一時期本業が疎かになっている。

 

 魔王軍と戦う冒険者を育成する。

 これって幹部として中立違反にならないだろうか――と、ウィズは僅かに首を傾げた。

 彼女の立場を騎士団の職務に置き換えるなら、さしずめ教官役といったところか。些か大袈裟な例えではあるが。

 

 ゆんゆんのように私的な知人を鍛える分には、目溢しもされよう。

 あるいは紅魔の里で行ったような、その場限りの講演でも問題は少ない。

 だが今回は、不特定多数の冒険者を相手に継続的にやっていくのだ。

 

 もっともそれを言うなら、魔道具を販売して冒険者を強化するのも、十分な利敵行為に当たる。

 先日もカズマがウォルバクとの戦いに備えてうちを訪ねた。あのときも本来なら取引に応じるべきではなかった――とはならない。

 商いに関しては、魔王からの許可を得ている。講座とは前提条件が根本から異なる。

 

 率直に言おう。

 この講座、魔王に知られたら即アウト判定が下ると見積もっている。

 

 もし魔王から苦情が来たら、そのときは素直に謝罪しよう。

 苦しい経営事情を包み隠さず説明し、セットで店の帳簿の写しも魔王城へ送付する。

 そうすれば同情心から魔王の目にも涙がちょちょぎれ、不問に付してくれるはずだ。

 

 さて。ウィズを店の実務から切り離すためのこの方策だが、バニルからの評価は芳しくなかった。

 策を弄しすぎて迂遠な上、効果も微妙――と、辛口の講評を頂戴している。

 不本意ながら、立案した私自身ですら反論できない部分がある。

 初めからリソースを割く気がなかったにしても、もう少し上手いやり方はあった気がする。

 

 それと、講座自体は好評だったものの、『途中で店の商品宣伝を挟むのは控えてほしい』とギルドからクレームが入った。

 ……どうしてまた、ウィズはそんな無駄な足掻きを。

 

 まあ、一度くらいなら冒険者のためにもなっただろう。

 どれほど冒険者として成功しようとも、その末路があれではあんまりだ。ああはなりたくない――という、反面教師として。




・レジーナの信者
ルーシーとセレスディナの二人だけだった。
そしてこの二人を失えば、レジーナは消滅するより他なかった。
もしその事実をバニルの能力やアクアのくもりなきまなこで事前に突き止めていたら、レジーナ教ごと撲滅する方針を取っていただろう。

・凄腕魔法使いになるかが分かる統計学
『爆焔』一巻より。
大魔法使いになれば巨乳になる。逆に、巨乳の人は未来の大魔法使い候補。
つまり、大魔法使いのめぐみんは将来巨乳になることが確約されている。なお、めぐみん調べ。

・交信魔法
ウィズ、ゆんゆんが原作十六巻で使用。
Web版では登場せず、地味に書籍版で付け加えられた新規要素。
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