とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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プロローグから時間は大きく飛んで、『爆焔』一巻一章に突入する直前まで。


第一章
1-1 魔道具店の日常


【新たな冊子の一ページ目を綴る】

 これで何冊目だったか。

 前の分は端まで使い切った。よって今日からは、こちらに書き記していく。

 

 そして今回も例によって、私以外には読めないよう、本を開いた瞬間に呪いが発動する細工をウィズに施してもらった。

 リッチーの呪いだ。大抵の者は、この字面だけで竦み上がるだろう。

 この手記には、外では到底口に出せないような事柄も、遠慮会釈なく赤裸々に綴っている。

 だから私は、他人にこれを読まれることを決して許さない。

 もしもそんなことがあれば、死か、それに近しい末路をもって口を封じる……かもしれない。

 

 すなわちこの呪いは、私と他人の平穏な日々を維持するための、最低限の処置なのだ。

 他人の安否など私の知ったことではないが、くだらない騒ぎのせいで余計なリスクを背負わされるのは御免被る。

 

 ちなみに此度は、リッチーや大悪魔にすら通じる呪いを要求してみたのだが、『そんな強大な呪いが人間に刺さったら死んでしまう』と、ウィズには固く断られてしまった。

 私としては、それでも一向に構わないのだけれど。

 まあ、死人が出れば後始末が面倒になるだけか。

 

 幸い、呪いが発動した前例はない。

 アクセルの秩序が保たれている証左であり、私としても大変喜ばしい。

 

 ちなみに。

 手記を読まれるのを嫌がる私に、『一体どんなことが書かれてるのか』と、好奇心と怖いもの見たさを滲ませながら、ウィズが尋ねてきた。

 一拍置いて、わざとらしく考える素振りをしてから、私は答えた。

 日頃の生活の中で見聞きした、些細でありふれた出来事についてですけど。

 

 嘘ではない。他人に読まれたら即座に暗殺を検討するレベルのヤバい記述もポンポン飛び出すが、それも私にとっては日常の一部というだけだ。

 そして、ロクでもないことが書かれているのはウィズも薄々勘付いている。だからこそまるで納得していない顔をしながらも、渋々引き下がった。

 

 もう彼女とも、かれこれ数年来の付き合いになる。

 『人畜無害な一市民』として猫を被っている私に騙されている他の住民たちとは異なり、ウィズは私の本性を知っている。

 というより、まず私自身にそれほど隠す気がない。

 それ故に、彼女の反応も至極当然のことだった。

 

 なお、ウィズがこっそり手記を読むのでは、と疑ったことはない。

 その程度のデリカシーは彼女にもあるし、そもそも隠し事に向いていない。仮に読んだとしても、態度に出てすぐバレるだろう。

 

 


 

 

【今日までの軌跡】

 ふと思い立って、部屋の整理の傍ら過去の手記を読み返した。

 もっとも、魔王城で使っていた一冊目は除外する。あれは今も厳重封印中だ。

 中身が一際洒落にならないため、もはや軽々しく表に出せる代物ではない。

 

 記録は大切だ。

 そのときには見落としていても、後から振り返れば新たな発見があったりする。

 私は記憶力には秀でているが、さして注意を払っていなかった細部まで容易に思い出せるわけではない。

 ウィズには趣味と誤解されているが、私はあくまで要否で判断し、この手記の執筆を今日まで継続している。

 

 ウィズ魔道具店に就職して、まもなく丸五年になる。

 アクセルに住み、世間に触れ、常識や価値観を学んだ。

 無知だったかつての自分の立ち回りを思い返すと、致し方なかったとはいえ、思わず目眩がする。もっと上手くやれただろうに、と。

 

 また、身長が伸び、年齢的にも立派に大人の仲間入りを果たした。子供扱いされることも、もう無い。

 正直なところ、これは少々残念だ。

 アクセルに来た当時の私は、ある意味、全盛期のど真ん中にいた。女で、子供で、肉体的なハンデあり。社会的弱者の三拍子が揃っていた。

 つまり、それだけ周囲の警戒心も緩むということだ。

 

 これで人当たりが良く、善良そうで、さらにコミュ力まで装備していたら完璧だ。

 少し押すだけで、油断した相手は何でもペラペラと喋ってくれる。あるいは便宜を図ってくれる。

 実にやりやすかった。

 

 今の私も、子供という一点が消えただけで、他は据え置きだ。

 むしろ心理的な駆け引きや洞察、分析、推理といった特有の技能は、今のほうが遥かに磨かれている。

 一時期は、魔王城よ(・)り(・)も(・)以(・)前(・)の頃の勘を取り戻すかのように急成長した。

 それが落ち着いた今になって、ようやくその頃の水準に並んだ程度なのだ。そのくらい、かつての子供ブーストは強力だった。

 

 さて、次は職場について。

 これは、私ひとりの手には負えない。いずれ合流するバニルと対策を練る必要がある。

 当魔道具店の店主が持つ商才は眩いばかり。ドブに詰まったヘドロを彷彿とさせる輝きがある。

 ……いや。つまらない皮肉を飛ばしても仕方ないので、率直に言おう。

 彼女の商売センスは、ゼロどころかマイナス方向に振り切れている。

 

 極めて仕事熱心で、そして酷い浪費癖がある。

 これで才能が伴えば、プラスに作用していただろうに。現実には、少し目を離せば大枚を叩いてガラクタを仕入れ、赤字を量産する始末。

 うちは魔道具の専門店であって、お金を払って廃品を回収するボランティアではない。

 

 しかもタチが悪いことに、当の本人にはその自覚がない。

 なぜか売れると信じて疑わず、売れない現実を前にしても、不思議そうに首を傾げているだけだ。

 

 経営も、私があの手この手で黒字に立て直せば、すかさずウィズが使い込んで再び赤字に転落するというシーソーゲーム状態。不毛にも程がある。

 働き者の無能が店の実権を握っているとか、最悪のパターンだ。

 もし雇用主でなければ、事故に見せかけて始末していたかもしれない。

 

 なおこれは、バニルにとって完全に慮外だったらしい。

 店のピンチを幾度も救った私の貢献は、一介の雇われ店員の領分を明らかに逸脱している。

 

 ある日、様子を見にこっそり来店した仮面の悪魔に、帳簿と作成済みの資料を押し付けてネチネチ嫌味を言ったところ──

 世にも珍しい、大悪魔によるガチ謝罪と感謝の言葉が飛び出した。

 深々と頭を下げる悪魔を目にして、さしもの私もポカンとした。他の悪魔なら、目を剥くほどの衝撃光景だったのではなかろうか。

 

 どうやらバニルの異能は、力が拮抗するウィズには通じず、実態を見通せなかったらしい。

 地獄の公爵にここまでさせるということ自体、ウィズの商人としての異次元ぶりを如実に物語っており、かえって空恐ろしい。

 

 ……ともあれ、職場環境は劣悪だが、退職する気はない。

 ここで働いているのは、リッチーと大悪魔を後ろ盾にするためだ。繁盛しようがしまいが、困るのは私ではない。

 

 それはそうと、私の給料が未払いになることがあるのはどうかと思う。

 もし副収入がなければ、食費にも困って元より乏しい体力を削り、風邪をこじらせてそのままポックリお亡くなりになっていたやもしれない。

 私はウィズではないのだ。彼女のように、カブトムシ並みの食生活で健康を維持できる体質ではない。

 

 


 

 

【王都へ出稼ぎ(日帰り)】

 店の商品を売り捌くため、王都へと遠出した。

 ……とは言うものの、実際はウィズのテレポートでアクセルと王都を往復するだけだ。日暮れ前には帰宅できる。

 

 我が店主が仕入れのセンスに多大な懸念を抱えているのは、アクセルでは今や周知の事実。

 もっとも、その傾向にはおおよそ二通りある。

 性能はまともなのに、やたらと高価な高級品。もしくは、用途不明のガラクタ。

 時折、王都で旅商人まがいの行為に及ぶときは、前者──高級品のほうを持ち出す。

 

 彼女はセンスこそ壊滅的だが、目利きは確かだ。品質を見極める眼力は本物である。

 食うや食わずのアクセルの駆け出し冒険者には到底手が出ない代物でも、一流ばかりの王都のベテラン冒険者たちなら、買い手はつく。

 

 そもそもアクセルは、ビギナーが冒険者を志す出発点の街。

 その昔、そこからキャリアを始め、今や王都で活躍する冒険者の中には、駆け出し時代にウィズの極貧ぶりを見知っていた者も多い。

 そんな彼らの中には、彼女を哀れみ、あるいは義理立てして、積極的に商品を買っていってくれる人もいる。

 

 ウィズ魔道具店は、少なくともアクセルにおいて、知名度だけは不動の地位を築いている。

 売上には一切寄与していないだけで。

 拠点を王都に移せばそれなりの収益は見込めそうなものの、ウィズ自身にアクセルへ店を構える事情がある以上、この辺りはどうにもならない。

 

 ともあれ。この日はそこそこ売れた。

 殊にポーション類のストックを多く捌けたのは朗報だった。

 あれは売れ残って消費期限が切れたら、名実ともにただのゴミになるので。

 

 売れ行きにご満悦のウィズはホクホク顔で、『久々にパンの耳じゃない、ちゃんとしたご飯が食べられる』と浮かれ切っていた。

 そしてその様子を偶然目にした客の、涙と哀愁を誘っていた。

 

 ちなみに彼女は、王都の商人たちからもそこそこ好意的に見られている。

 それとなく手助けをしてくれる者すらいる。

 うちが個人商店で、儲けもたかが知れている──つまり商売敵になり得ない、というのもあるだろう。

 それに加え、かつて冒険者として王都のトップパーティーを率いていたという過去がある。

 自分たちを守ってくれた英雄への、ささやかな恩返しのつもりなのかもしれない。

 

 もっとも突き詰めれば、これも彼女の人となりの為せる業だ。

 私のように計算ずくで演じるのではなく、ただ自然体でいるだけで好意と善意を引き出してしまう。

 これに関しては、彼女の明確な強みなのだが……。

 

 


 

 

【魔剣の勇者候補】

 冒険者ギルドを覗いてみたところ、奇遇にも登録したての新人冒険者、それも前途有望そうな人物と出会えた。

 言い換えるなら、未来のお得意様候補である。

 名はミツルギキョウヤ。尋常ならざる気配をまとった魔剣を、大事そうに携えた少年だ。

 

 アクセルには時折、この手の大型ルーキーがふらりと現れる。彼もその一人と断定して間違いない。

 いわゆる『勇者候補』だろう。

 

 彼らには共通点がある。

 黒髪に黒目。独特な名前。神器級のアイテムやスキルを所持している。

 『バナナが川で捕れる』と聞いて本気で仰天するほど世間知らずな一方、言動の端々に教養が垣間見えるなど、印象がとにかくチグハグだ。

 

 加えて、いくら調べてもアクセルに来る以前の足取りがさっぱり掴めない。

 ひょっとして遠い異国で、民間人をテレポートでアクセルに直送する移民事業でも行っていたりします?

 

 その異常な精強さも相まって、一説には『魔王の脅威を憂いた幸運の女神エリスが遣わした使徒』などと囁かれることもある。

 まあ、与太話の類いだが。

 見通す悪魔なら真実を知っていそうだが、私に関係のある話でもないし、そこまで関心もない。

 

 彼ら勇者候補はすぐに頭角を現し、早々にアクセルを発ってしまう。そのため、うちの店に直接訪ねてくることは滅多にない。

 だが、律儀というか純朴というか。事前に顔を売っておくと、後に有力冒険者となってから王都への遠征時に、かつての縁でどっさり買い込んでくれることもある。

 

 ミツルギと少し言葉を交わした限りでは──どうにも私とは相性が悪そうだ。

 彼は殊の外善良で、正義感が強く、人の善性を信じている。

 そして一度思い込むと一直線で、他者の言葉に耳を貸さなくなる。

 私に善悪のこだわりはないので、彼の信条に思うところはない。

 ただ、自分さえ良ければ他者がどれだけ不幸を被ろうと気にも留めない私の在り方とは、相容れないだろう。

 

 一応補足しておくと、私はウィズがマジギレしない範囲を基準に行動している。

 だから、完全に弁解の余地がない悪事を働いたことはない。

 法のやや黒寄りに足を踏み入れる場合でも、事前に根回しして白に落ち着くよう手は打っている。

 

 もっとも、私の実像を知っているのはウィズとバニルくらいだ。ミツルギが知る由もない。

 表向きの私は、敵を極力作らないことをコンセプトとした善人を装っている。

 参考にしたのが、恐らくこの街で最も誠実かつ優しいウィズだからか、完成度は無駄に高い。

 このときの会遇も、彼とは何事もなく円満に別れた。

 

 ところであの男、少々ナルシストの気がある。

 例えるなら、日に三度は鏡に語りかけていそうな感じの。

 自分に自信があるのは良いことだが、どうにも見識の幅が狭い。油断と慢心が重なると、あっさり足元を掬われそうだ。

 

 まあ、あの年頃は良くも悪くも感化されやすく、精神的に不安定だ。

 三日会わなければ目を見張るほど成長していることもある。その逆も、然りではあるが。

 

 


 

 

【借金イベントの到来(今月二回目)】

 夕飯の仕度のため、商店街をぶらついていたときのこと。

 偶然にも、今日は午前で仕事を上がったという冒険者ギルド職員の知人と出くわした。

 その折に、ミツルギの動向をさりげなく聞き出してみたところ──どうやら以下の通りらしい。

 

 昨日、私がギルドを後にした直後。

 彼は盗賊と槍使いの少女二人の仲間を得て、三人パーティーを結成。早速クエストに挑み、あっさり達成。

 さらにギルドで、魔王軍との最大の激戦区が王都だと聞き出すや、日付が変わって今朝には、早くも王都へ旅立ったとのことだ。

 

 いやいや、いくらなんでもせっかち過ぎるだろう。

 ……と、言いたいところだが、実は勇者候補としてはスタンダードな立ち回りだったりする。

 なぜだか知らないが、この時期の勇者候補たちは皆、異様な熱意と自信に満ちているのだ。

 地に足がついていないというか、どこか夢心地というか……。

 

 さて、話を変えよう。

 買い出しを終えて帰宅したら、店に借金ができていた。

 

 私がほんの少し目を離した隙に、来店した行商人とウィズが契約を交わし、魔道具をひと山仕入れていたのだ。

 ある分を全部買い占めた上で、大量の追加発注までしていた。

 ……どうしてこう、フットワークだけは軽いのか。たまに首輪とリードをつけて管理したくなる。

 

 この度仕入れたのは、包丁の魔道具。

 もちろん、ただの包丁ではない。

 『肌を切らない安全設計、小さな子供でも安心して使える!』というのが売り文句だ。

 欠点は、肌どころか食材すらまったく切れないこと。さらに、庶民だと尻込みするくらいには高額品。

 ……それって、アホみたいに高いただのナマクラでは?

 

 『今晩はこれで夕飯を作る』と息巻く放蕩女の戯言を聞き流しつつ、私は製品サンプルを手に取った。

 ものは試しと、自分の手の甲めがけて思い切り刃を振り下ろしてみる。

 ……なるほど、ちっとも切れない。

 

 突然の凶行に悲鳴を上げる一名がいたが、無視して回復魔法を唱える。

 切れてはいないが、物が当たったことには変わりないので普通に痛かった。

 

 その後、大急ぎで契約相手の商人を探し出し、返品を申し出たところ──意外にも、すんなり受け入れられた。

 相手は温厚篤実な人柄で、商談も至って誠実。

 本来なら落ち度があるのはこちら側で、頭を下げるべき立場なのだから、なんともやりづらい。

 契約の解除と引き換えに多額の違約金を科されたが、それもこれも、ウィズがそういう内容で契約していたせいである。

 正直、相手が悪徳商人だったほうが、ルール無用の盤外戦術を解禁できて楽だった。

 

 王都でいくらか財政に余裕ができたかと思いきや、早くも吹き飛んだ。

 とりわけ、店の家賃が危ない。これだけは、一刻も早く用立てなければならない。

 

 『良い物だったのに』と、帰宅してなお未練たらたらなウィズを眺めながら、私はひとつ決断を下した。

 今夜の夕飯、ウィズの分は砂糖をまぶしたパンの耳だけにしよう。

 

 


 

 

【冒険者カードの四方山話】

 ヘイストのスキルレベルがカンストしていた。

 冒険者カードを見直していて、偶々気がついた。

 逆算するに、先日王都を訪れたタイミングで到達したものと思われる。

 

 ヘイストはプリーストの魔法で、速度上昇のバフ効果がある。

 私のステータスは、筋力と生命力が低空飛行ギリギリのラインを滑っているが、敏捷性も負けず劣らず地面スレスレを滑空している。

 歩くのがとても遅いのだ。しかも運動音痴で、走ろうものなら確定で転倒する。

 そんなわけで、歩行速度を上げるヘイストは日常使いしている。王都を訪問した日も、こまめにかけ直していた。

 

 スキルレベルがカンストした魔法は、これで二つ目になる。

 一つ目はパワード。

 筋力を強化する支援魔法で、使用頻度はヘイストよりも多い。というか、このバフは基本切らさない。

 非力極まりない私にとっては、一日を支える生命線だ。これがなければ、冗談抜きで日常生活が立ち行かなくなる。

 

 そういえばずっと昔、アクセルに来て間もなかった頃。

 あまりに壊滅的な身体能力を改善しようと、レベルアップでのステータス底上げを目論んだことがある。

 そのため、まずは冒険者カードの発行を目指してギルドへと足を運んだのだが……当時私を担当した受付嬢は、カードを一瞥するなり絶句して固まった。

 

 その原因となった『極端なステータス』は、主に二点。

 ひとつは、筋力や体力の数値の異常な低さ。

 もしや重病か悪魔の呪いかと大真面目に囁かれたレベルで、私の身体能力は要介護の重症患者と比較されるようなステージに達しているらしい。

 残念ながら健康である。

 

 もうひとつは、知力の異常値。

 魔力もアークウィザード並ではあったが、それが霞むほどの数値だった。

 後に発覚したことだが、ギルド史上歴代最高値の知力レコードをぶっちぎりで更新していた。現役はおろか、過去まで含めて。

 

 とはいえプリーストに就いた私にとって、そんな高い知力も宝の持ち腐れとなっている。

 ……いや、語弊がある。カードを作成した時点で、私は既にプリーストだった。

 スキルも取得済みで、パワードに至ってはその時点で既にスキルレベルがカンストしていた。

 タイムスリップ以前の私は、どうやらその頃から支援魔法を駆使していたらしい。

 記憶の有無に関係なく、考えることは変わらないようだ。

 

 ちなみにスキルポイントが余っていたため、受付嬢からはアークウィザードへの転職も提案された。丁重にお断りしたけど。

 バニルの忠言によれば、私の身体では高位魔法の出力に耐えられないとのことだったし、そもそも魔法使い職のスキルは戦闘偏重に見えて、イマイチ魅力を感じなかったのだ。

 

 先に挙げたもの以外にも、いくつか魔法を保有している。

 例えば、ターンアンデッド。

 アクセルに移住してから新たに覚えた魔法で、街外れの共同墓地でウィズと一緒にアンデッド狩りをする際に役立っている。

 それから、店主への折檻及び嫌がらせ用途にも便利。

 レベル差があるのでダメージこそ入らないが、耳元で蚊の羽音が延々と鳴り続けるような不快感を与えることができる。

 

 その他、ヒールやキュアポイズンのスキルレベルも地味に高い。

 今の私には不要だが、過去の私がよく使っていたのだろう。

 一体、どんな暮らしをしていたのやら。もしかすると教会勤めで、負傷した冒険者を治療していたのかもしれない。

 

 私は無宗教者だが、やろうと思えば聖職者の真似事もできるだろう。

 もっとも、表向きは外面よく善人を演じつつ、裏では宗教的権威や特権を笠に着て好き放題やる。そんなフィクサーとして君臨することになるだろうけど。

 

 


 

 

【モンスターの大移動?】

 中々に興味深い話が舞い込んできた。

 アクセルではないが、ある街にモンスターの大群が押し寄せつつあり、一刻を争う状況だという。

 伝達のタイムラグまで考慮すれば、既に現地では防衛する冒険者たちによる決戦が始まっていても不思議ではない。

 

 発端は災害。

 先月の豪雨で付近の山が土砂崩れを起こし、それが地域のモンスターの生態系に深刻な影響を及ぼした……らしい。

 結果として、モンスターの大規模な一斉移動に繋がったのでは、というのが有力な説だ。

 もっとも、真相はまだ分かっていない。本格的な調査は、騒動が片付いてからになるだろう。

 そもそもこの話自体、辺境のアクセルではほとんど知られていない。

 

 情報源は、件(くだん)の街からアクセルに避難してきた貴族。

 曰く、親戚を頼って来たらしいが、実態はまあ、怖気づいて逃げてきただけだ。

 本来なら民を守る立場のはずが、何もかも投げ捨てて一目散に逃走。

 そのあまりに鮮やかな逃げっぷりに、関係者は怒るより呆れ果てているそうな。

 大うつけか、はたまた紙一重で大物なのか。

 

 さて。私はこの話を、とある貴族家──正確には、当主を権力基盤から切り離して、私の傀儡と化した一族のいくつかから……もとい、訂正しよう。

 貴族界隈に多少のツテがある。そのツテ経由で偶然耳にした。

 

 話を進める。

 私はウィズに頼んでテレポートを行い、国中の情報が集まる王都へと向かった。目的は、件の騒動の詳細を探ること。

 状況次第では、これを借金返済の糸口に転化できるかもしれない。

 店の存続がかかっている。家賃という差し迫った問題を抱えている今、私は必死だった。

 そして、結論から言えば──使えそうだと判じた。

 

 現地ではとうに前哨戦が始まっており、明日にはモンスターの群れが本格的に接近する見込みだという。

 あえて街の手前で迎撃し、モンスターを分散させずに撃滅する。これにより被害の拡大を防ぐという算段だ。

 なお、王都の騎士団は動いていない。その代わり、王都の冒険者パーティー複数が現地に派遣されているとのこと。

 

 街へは、王都の転送屋から今でも向かえるらしい。

 ウィズと相談の末、明日二人で現地入りすることに決まった。

 今日ではないのは、転送屋の魔法使いが魔力切れで店仕舞いしていたからだ。

 転送費は高額だが、私が貯金を切り崩して捻出する。ウィズに支払い能力はないので、他に選択肢がない。

 

 騒動を奇貨に金策を目論み、必死に計画を立てる私に対し、ウィズは人助けしか頭にない。

 だが今回、そのすれ違いは障害にはならない。

 やる気を削ぐ必要もない。彼女のことは、そのまま放っておくことにした。

 

 


 

 

【防衛戦お疲れ様でした】

 防衛戦はひとまず終結した。

 とはいえ、私たちが現地入りした時点で戦況は既に佳境。以降は、単なる残敵掃討に過ぎなかった。

 

 街に着いた当初は、不足しているであろう物資を売り込めないかと皮算用していたものの。

 先んじて動いていた同じ思惑の連中に、需要はきっちり押さえ込まれていた。夢見た利益は、水泡に帰した。

 完全に出遅れた。不慣れな企みはするものではない。

 

 そういうわけで、商売は一旦脇に置いて、素直に街の手伝いに回ることにした。

 もっとも、この時点でウィズの意識は完全に冒険者モードへと切り替わっており、別の提案をしても聞き入れなかっただろうが。

 なお、店はその間休業となるが、悲しいことに収益への影響は皆無である。

 

 さて。当のウィズは前線へと単騎で躍り出て、鬼神もかくやな暴威を振り撒いたらしい。

 その活躍ぶりは街のあちこちで語り草となっており、遠目に目撃した冒険者の中には、『魔王の幹部が現れたかと錯覚した』などという証言まであったそうな。

 ……いや、さすがに暴れすぎでは?

 

 他方で私は、冒険者ギルド──今回の防衛戦では指揮所として機能していたそこで、臨時職員として飛び入り参加した。

 アクセルのギルドでも時折バイトに入るので、勝手は理解している。要領を掴むのも早く、気づけば主戦力の一角を担っていた。

 

 防衛戦に従事した冒険者たちには、後日報酬が支払われる。

 ウィズもまた、半ば引退してはいるが冒険者資格そのものは有しているため、その対象に含まれる。受け取りは、アクセルのギルドにて行う予定だ。

 

 もちろん、彼女の種族的な事情や、魔王軍での立ち位置もあって難しいのは重々承知している。

 だが、やはり。ウィズは今からでも現役復帰したほうが、余程稼げるような……。

 

 


 

 

【近年稀に見る大当たりの日】

 防衛戦の参戦者に報酬が支給されたとのことで、ウィズのテレポートで再びあの街へと飛んだ。

 お金が入れば財布の紐も緩む。そこを狙って物を売りつけるのが目当てだ。

 

 こうした事態に備え、ウィズの転送枠には常にひとつ、空きを確保してある。

 今回もその枠を活用し、事前にこの街を登録済みだった。

 

 街の内情は、前回の滞在時に一通りリサーチ済みだ。顔と名前を売って、最低限の友好関係も築いてある。

 万全とはいかないまでも、突貫工事としては及第点以上の手応えだった。

 そもそも、外様の私たちが防衛戦に首を突っ込んだのも、そうした下地づくりの一環に他ならない。

 

 そんな目論見は思いの外、図にに当たった。

 販売する私ですら使い道が定かではない、店主オススメの謎アイテムにまで需要が生まれ、在庫がいくつか捌けたのは望外の成果だ。

 買い取った者たちは、それをジョークグッズの一種として面白がっていたようだった。

 

 ともあれ、これで負債は帳消しにできる。家賃の支払いにも目処が立った。

 ただ、私自身どうにも体調に微(かす)かな違和感を覚えている。ここしばらくの過労を思えば、さもありなん。

 店のほうは一息ついたし、明日はじっくり静養に充てるとする。

 

 


 

 

【赤字の黄色信号が点灯】

 やってくれた。

 

 近頃の出張続きで無理が祟ったのだろう。疲労が積み重なった私は、数日寝込んだ。

 ようやく快復したその矢先。まったく身に覚えのない宅配が届いた。

 次々と運び込まれ、店内に山と積まれていく謎の荷物群。

 その光景を前に、全身を戦慄にも似た悪寒が駆け抜ける。

 

 一体何が起きたのか。私はすぐに察した。

 視線を向ければ、目が合ったウィズがビクリと震え、明後日の方向に目を逸らす。

 分かりやすいにも程がある。問い詰めると案の定、白状した。

 

 件の防衛戦で訪れた街で、二人で商売に繰り出したあの日。

 各地から集まった商人たちで賑わう、お祭りのような空気が漂っていたあの場で、彼女の眼鏡に適う選りすぐりのガラクタを大量に買い付けていたらしい。

 犯行は、私と別行動を取ったその隙に行われた。密かに配達依頼まで出していたのだという。

 

 犯人は、『自分の有能なところを見せつけて、私をビックリさせたかった』などと意味不明な供述をしている。

 確かに、別の意味で度肝を抜かれた。心臓に悪過ぎる。

 

 ウィズが何か隠していることには、実のところ薄々勘付いていた。

 けれど体調を崩していたせいで、追及を後回しにしてしまった。それが致命的だった。

 

 覚悟を決めて現物をチェックする。

 ――が、そこに希望はない。目を覆いたくなる暗澹たる惨状が広がっていた。

 売れそうなものなど、ひとつとして無い。

 

 報連相を怠った末に、ようやく貯めた資金を丸ごとドブ川へとポイしてくれたのだ。

 その献(・)身(・)には、私も報いねばなるまい。

 というわけでウィズを労うべく、今日の食事当番は私が引き受けた。

 

 彼女の献立は、朝昼晩すべて砂糖水オンリー。カブトムシが総立ちで喝采する極上のごちそうだ。

 一方私はというと、奥ゆかしい性格故、上司の慰労メニューと同じものを口にするような恥知らずな真似はしない。

 慎み深く、どこの家庭の食卓に並んでもおかしくない、ごく平凡な固形食を食した。

 砂糖水を啜りつつ涙目なウィズの眼前で。

 

 


 

 

【このポンコツが手放しで絶賛する時点で、もう嫌な予感しかしない】

 『紅魔の里に行きたい』とウィズが言い出した。

 街中を散策していた折、偶然手に入れた魔道具の掘り出し物。その製作者が、紅魔の里にいるらしい。

 ぜひ直に会って取引がしたい。彼女はそう気炎を吐いている。

 紅魔の里というと、確かアクシズ教徒に匹敵すると評判の、変人一族の巣窟だったか。

 

 ウィズが即決で購入したその職人の作品を、試しに見せてもらった。

 

 盗(・)賊(・)職(・)の各種スキルを強化する、魔(・)法(・)使(・)い(・)専用装備の指貫グローブ。

 もうひとつ。身につけて魔力を込めると、一番近くの相手を魔法で自動迎撃してくれる指輪。

 なお例外設定はないため、実際に使えば、持ち主が真っ先に狙われる仕様となっている。

 

 他にも、うちの店頭に並ぶ魔道具の中には、同じ作者の作品が多数紛れ込んでいるのだとか。

 ウィズが、ドヤ顔でそう明かしてくれた。

 

 却下。論外。

 世の中には、これほどまでに悍ましいタッグが存在するのか。

 無論、対面などさせない。手を組むなど以ての外だ。

 ほら、お小遣いをあげるから、寝言をほざいていないで営業にでも行ってきなさい。




・現役時代のウィズ
原作十二巻書き下ろし短編『伝説の魔女』にて、『最強の冒険者グループと称されていたパーティーのリーダー』と紹介されている。

・日に三度は鏡に語りかけていそう
バニルによるキョウヤの寸評。Web版より。
ちなみに同じタイミングでゆんゆんに下した人物評は『友達居なさそうな娘』なので、かなり的を射ているのかもしれない。

・ヘイスト
原作十七巻より。
本編では具体的な効果の記述はないが、名称的にWeb版の『スピードゲイン』に相当する魔法だと思われる。
逆にスピードゲインという名称は書籍版では登場しない。

・スキルレベル
Web版にのみ登場する、熟練度的なシステム。リストラされたのか、書籍版では未登場。
テレポート関連で少し使いたかったために、本作では採用した。
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