とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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3-8 レジーナ教団②

【新作ダイエット食の試食会】

 この頃バニルが注力していた商品開発のひとつに、ダイエット食がある。

 

 安楽少女という、人型の植物モンスターがいる。

 か弱い外見と、庇護欲をそそる言動が特徴の生き物だ。

 その振る舞いで旅人や冒険者を魅了し、衰弱死するまで傍らに繋ぎ止め、その身体を養分とする。

 

 私自身は実物と遭遇したことがない。

 ただ、今年の春になって、このモンスターの愛らしさがすべて演技に過ぎないと判明した。

 本性は腹黒く、人間を餌としか見ていない。

 そのような報告が、冒険者ギルドに上がってきたのだ。

 

 バニルはかねてより安楽少女を『私の下位互換』と称していた。長らく不可解だったが、あれでようやく合点がいった。

 ちなみに、上位種に安楽王女がいる。

 基本的な生態は安楽少女と変わらず、悪魔はこちらも『私の進化前』呼ばわりしている。

 暴かれた安楽少女の実態を鑑みるに、同様の本性を秘めていると見て間違いあるまい。

 

 閑話休題。

 植物だけあって、安楽少女は果実をつける。食べると美味で、満腹感も得られる。

 ただし栄養価はまったくない。その上、中毒性まである。

 

 もっとも、これは必ずしも欠点ではない。

 上手く利用すれば、いくら食べても太らず、それでいて美味しい。体重に優しいダイエット食へと化けるのだ。

 

 ただし、注意点がある。

 果実には神経系へ異常をもたらす成分が含まれている。それも命に関わるレベルのものが。

 そのままでは到底、売り物にならない。

 

 バニルが主に取り組んでいたのが、この毒素の除去工程だった。

 それがようやく一段落し、加工品が完成した。まずは私たちで試食してみようという運びになった。

 

 試作品は饅頭だった。正式販売の折には、仮面の焼き印も入れる予定とか。

 私がじっくり観察している間に、ウィズが自分の分を完食する。

 そして私がまだ手を付けていないことに気付くや、『いらないなら貰う』と一方的に告げ、返答するより早く饅頭をひょいと奪い取った。

 ご満悦の笑みで次々と頬張るウィズ。このお菓子が余程お気に召したらしい。

 

 その光景に、私の眉根が寄る。饅頭への不信感が急速に高まった。

 ウィズは欠食児童のごとく常にお腹を空かせており、多少食い意地の張った面があるのは否めない。

 だが、他者の分を強奪しない程度の分別は持ち合わせている。

 そのウィズが、突然食いしん坊キャラと化している。

 原因は、饅頭の原料を振り返れば容易に見当がつく。……ちょっと中毒性が強すぎませんかね?

 

 バニルへ確認したものの、人体に無害なのは実証済みだとにべもない。ウィズ程度の反応は想定内らしい。

 多少の依存性こそあるが、ただ病みつきになり欲しくて堪らなくなるだけ。

 その症状も、一週間ほど摂食を断てば自然に抜けるという。

 

 そんなやり取りをしている間に、ウィズは私の分の饅頭を平らげていた。

 それでも飽き足らず、追加のお代わりを催促してくる。

 ……この女、試食の趣旨を理解しているのか?

 

 私が実食を拒否したため、試食会はそこでお開きとなった。

 こんな有り様でも、バニルにとっては上々の成果らしい。予定通り商品化を進めるとのこと。

 

 一方、お代わりにストップをかけられたウィズ。

 彼女は無言でじっと、バニルの抱える饅頭入りの容器を見つめていた。

 虎視眈々と――飢えた肉食獣が機を窺うような、熱の籠もった視線で。

 

 


 

 

【レベルを初期化するということ】

 昔、ウィズがどこからともなく仕入れてきた産廃。通称、禁断のポーションシリーズ。

 異性を引き寄せるが体臭がゴブリン臭になるポーションのように、そのほとんどは用途すら定かでないガラクタだ。

 ただ、ひょっとすると使えるかもしれない――そう再評価した一品がある。

 名を、レベルリセットポーションと言う。

 

 さて。

 現在、私とダスティネス家は二人三脚で、対セレスディナ包囲網を着々と構築している最中にある。

 けれど、未解決の課題も残されていないわけではない。

 

 例えば、セレスディナの処遇について。

 これは、レジーナ教徒が保有する復讐の呪いに起因する問題だ。

 彼らには、死亡時に一帯へ数多の呪いを撒き散らす傍迷惑な体質がある。その中には、致死的なものすら含まれる。

 一人当たりの加護が弱まった今、呪いの出力は大幅に低下していると予想される。

 

 だが、あくまで予想だ。

 条件が条件なので、検証ができていない。

 他の加護由来の力については、有志の一般レジーナ教徒の助力を得て、日々弱体化の一途を辿っていると確認できているのだが。

 

 私としては、アクアという蘇生魔法の保険があるのだから、エリス紙幣で頬を叩いてでも協力者を募ればいいと思う。

 権力と札束ビンタ。

 このコンボほど、最強で王道の組み合わせもあるまい。

 

 ところが、あまりにも人道に反するとして、ダスティネス家が頑として首を縦に振らない。

 共同歩調とは、こういうときに煩わしい。それを加味しても、お釣りが出るほどの恩恵は受けているが。

 ともかくそうした背景により、復讐の呪いの脅威度は、依然として不透明なままだ。

 

 セレスディナの活動域の都合上、彼女との決戦は市街戦となる公算が高い。

 このままでは、仕留めたは良いが復讐の呪いが発動して街ごと滅びました、という笑えない結末も十分に有り得る。

 今となっては杞憂だとは思う。だが、不明瞭な要素を希望的観測に委ねた博打同然の策など御免被る。

 

 よって、市街地でセレスディナとの交戦が発生した際には、殺害を極力避けて捕縛する手筈となっている。

 魔王軍の幹部を生け捕りとは、また随分と強気な話だ。

 ただ、推定される彼女のスペックを踏まえると、これが案外無茶とも言い切れない。

 加護を除いた彼女個人の純粋な戦力予測は、最大限に見積もっても人類最高峰のプリーストと同程度。

 アクシズ教団で言えば、教主ゼスタ並。アクアは女神だから、比較対象としては適切でない。

 

 弱くはない。むしろ強い。

 だが、一個人としての範疇に留まっている。

 そういった腕利きをまとめて蹴散らせる、他幹部のような戦術級の理不尽さはない。

 それでも幹部である以上、結界維持を担う相応の力量はあるのだろうが。

 

 これらはすべて、セレスディナが人間であること。

 プリースト職はサポートが専門で、純前衛としては本職より格が落ちること。

 加えて、幹部待遇は諜報、謀略担当という重責込みで任じられた地位ではないか。

 ――そうした分析の積み重ねから導き出した査定だ。

 

 とはいえ、ちゃんとした実戦データはない。結局のところ、これもまた憶測による部分が大きい。

 もし他の幹部に比肩する戦闘力を秘めているのなら、その時点で私の小細工ではどうにもならなくなる。

 戦力分析と戦法の策定は、生憎と門外漢だ。そちらはイグニスに任せる。

 

 前振りが長くなったが、レベルリセットポーションの話に移ろう。

 

 これは文字通り、飲むとレベルがリセットされる代物だ。言い換えると、ステータスが初期化される。

 引っ捕らえたセレスディナにこのポーションを投与すれば、より確実な無力化が図れるのではないか。

 レベル一相当、加護の力も衰えた実質一般人となれば、もはや恐るるに足りない。結界の維持すら覚束なくなるだろう。

 

 単なる思いつきだが、いざ検討してみると案外悪くない。

 そこで、近頃はすっかり快調し公務へと復帰したイグニスの許を意気揚々と訪ね、この案を持ちかけた。

 だが、先方からは物凄く渋い顔が返ってきた。

 

 難点は、私の提唱したポーションの運用法にあるという。

 このポーション、現物が一本しかない。再発注の見込みもなく、失えば予備がない。結構な貴重品だ。

 本当に使うのなら、万全を期す必要がある。

 具体的には、拘束などで抵抗を封じた上で、他の誰かが彼女に飲ませることになる。

 この『誰かが』というのがネックだった。復讐の加護により、飲ませた側もレベルがリセットされる危険があるのだ。

 

 いやいや。

 そんなもの、レベル上げのリハビリを全力で支援するとダスティネス家が約束した上で、多額の特別報奨を別途用意すれば済む話では? 私は首を傾げた。

 魔王軍幹部を金銭の負担だけで対処できるのなら、安いものだろう。

 また、打診するなら低レベルな人間が望ましい。高レベルと比べてステータス変動の落差が相対的に小さくなる分、以降の差し響きも軽減できる。レベル上げもすぐに終わる。

 

 私はそう判じた。だが、イグニスの見解は異なった。

 彼にしてみれば、事はそんな単純な話ではないという。

 例え一時的でも、レベルを失うかもしれない。その恐怖は、金銭で贖えるものではない。

 実行する者には図抜けた――それこそ、死を覚悟するほどの胆力を求められるとか。

 

 ……え? そこまで?

 私としては、レベルダウンのリスクと引き換えに大金が貰えるアルバイトを創出した程度の、緩い認識でいたのだけど。

 予想外に深刻な空気になり、軽く困惑する。

 話を詰めるとしたら報奨金の設定だろうと踏んでいたのに、悩み方のベクトルが思ってたのと違う。

 私と周囲とで、受け止め方に著しい温度差がある。

 

 自分の感性が世間とかけ離れている自覚はあった。だが、ここにきて認知していなかったズレが浮き彫りになってしまった。

 

 なお、ポーションを飲ませる役には私が立候補し、さっさとケリをつけた。

 あのままでは選出に難渋し、無駄に悲壮感の漂う面倒臭いムードに発展する。そんな確信があったので。

 報奨金が殊の外充実していたこともあり、私からすると躊躇う理由は特段なかった。

 

 とはいえ、腑に落ちないものは残る。

 そこで店に帰った後、この山よりも高く海よりも深そうな認識のズレについて、バニルに相談してみた。

 この悪魔は、私が裏で推し進めている策謀を承知している。だから開けっ広げにはしないにしても、何がなんでも秘匿しようという心構えは端(はな)からない。

 

 悪魔の見解は、以下の通りだった。

 この過酷な世界を生き抜くため、一時的にでも弱くなることは、生物の本能として受け入れ難い。

 したがって、それまで積み上げてきたものを失うレベルリセットポーションなど論外。恐怖そのもの、狂気の沙汰ですらある。

 これは本能に根ざした情動だ。レベル上げを担保するなど理を説いたところで、そう簡単に打ち消せるものではない。

 

 ……流れ弾として、これを買い入れた店主のセンスがいかに常軌を逸しているかが、改めて鮮明になってしまった。

 

 それはさておき。

 そのロジックには矛盾がある。それだと、私の状態に説明がつかないだろう。

 そうツッコむも、悪魔はせせら笑って言い放つ。

 私の場合、利害で納得した時点で、理性が無意識下において本能を捻じ伏せにかかるという、人間離れした奇っ怪な挙動を始めるらしい。

 理性が常に感情よりも優先される、私特有の現象だとか。

 

 此度で言えば、ダスティネス家によるレベル上げのバックアップ保証と報奨金額。それを私が呑み込んだ。

 だから結果的に、何も感じずに終わっているというわけだ。

 

 ……これって要するに、私の頭がおかしいと、理屈を捏ねて馬鹿にされているだけでは?

 

 


 

 

【生まれ落ちし悲しき食いしん坊モンスター】

 先日のダイエット食だが、保管場所を移転することになった。

 店内に置いておくと、ウィズに在庫を食い尽くされる危険が現実味を帯びてきたためである。

 

 先の試食会を境に、ウィズが毎食前に饅頭をねだるようになった。どころか、隙を突いて盗み食いまでする始末。

 安楽少女の実が持つ中毒性が悪さをしているのは、状況から見て明らか。

 

 しばらく摂取を断てば、症状は収まる。

 だがそれ以前に、強硬策に打って出た彼女を私には止める術がない。

 出来ることなど精々、ウィズの頭上にピンポイントで隕石が降ってくる奇跡に、すべてを賭けるくらいのものだ。

 つまるところ、餓えた獣の檻に肉塊を放り込んでいるのと大差ない。

 

 これには悪魔も匙を投げ、別の場所への移送を決意した。

 どこへ隠したかは私も知らない。街中ではない、とだけ耳にしている。

 

 饅頭が手の届かぬどこかへ消え失せ、ウィズは茫然自失。

 おかげで店の戦力として使いものにならなくなる。この日の彼女は、案山子よりマシという程度の体たらくだった。

 反面、バニルは終始上機嫌の絶好調。店長からバニル好みの悪感情が放出されていたようだ。

 店の総合戦力としては差し引きゼロ。総評するなら、いつも通りである。

 

 それと、この一件でダイエット食を巡るバニルの狙いも透けて見えた。

 

 まず顧客をダイエット食漬けにする。

 次に、喉から手が出るほど欲しくなった段階で事故を演出し、商品を故意に紛失させる。

 品切れという現実を突きつけられた人々は、上質な悪感情を垂れ流す。それをたらふく味わおうという算段らしい。

 

 食べ物の恨みは怖い。この悪魔は、そこのところきちんと汲み取れているのだろうか。

 しかもこれは、ダイエット食品だ。美への執着に取り憑かれた女性の怨念は、往々にして凄まじい。

 私が見るに、バニルはそういった機微を解さぬまま、逆鱗を無造作に踏み抜こうとしている。

 ……大惨事の予感しかしない。

 

 


 

 

【なお、魔道具の全貌を知る店長は、未だに何も察していないポンコツっぷりを披露中】

 本日、サトウカズマの一党がアクセルへと帰還した。

 速報で耳にはしていたが、邪神ウォルバクを討滅したとか。

 うちで預かっていたゼル帝を引き取りに来たアクアは、『勝手に神を名乗る不埒者に痛い目を見せてやった』と、どこか晴れやかな顔をしていた。

 

 ――それを見て、私は内心震えた。

 

 私が今一番警戒しているのは、アクアがアルカンレティアへ乗り込むこと。

 現地でのレジーナ教の躍進を『縄張りを荒らされた』と受け取った彼女に掻き回されれば、先の見通しが完全に立たなくなる。

 本来の構想通りに進んでいれば、ここまで悪目立ちすることもなかった。余計な心配をせず済んだのに。

 

 ときに、かつてウィズはこう語っていた。

 魔王の城を覆う結界は幹部が二、三人で維持するものなら、アクアならば破れる、と。

 

 そして討伐された幹部は、これで五人目。

 増員がなければ残存するのはウィズ、セレスディナ、魔王の娘の三名となる。

 すなわちこの勝利によって、人類はとうとう魔王への挑戦の切符を手にしたわけだ。

 

 ……お祝いパーティーの話で浮かれていたアクアの様子を見るに、当人はこれっぽっちも思い至っていなさそうだけど。

 同じ話はカズマも聞いているが、あの男は魔王討伐に興味がない。尚更覚えていまい。

 下手をすると、結界の存在すら忘却の彼方かもしれない。

 

 さて。

 彼らが出発する直前、私は交信魔法の魔道具の試作品を渡していた。

 だが結果は失敗。使っても何の反応もなかったと、返品された。

 

 起動すれば、私の手元にある対となる魔道具と通信できる仕様だ。

 だから何も起きなかった時点で、何となく予想はついていた。

 カズマ一行の四人に加え、同道していたゆんゆんが試みたとか。

 ……もしや、範囲を絞りすぎたか?

 

 アクアらには『魔力の波長の相性が合わなければ起動しない欠陥がある』と説明している。だが、これは正確な表現ではない。

 真の起動トリガーは、私の直系血族であることだ。

 

 ただし、血縁にも有効範囲がある。

 私を基点とするなら、上は母、祖母辺りまで。曽祖母まで遡ると対象外となる。

 ターゲットを広げれば魔道具の性能が露骨に低下するため、この仕様に落ち着いた経緯がある。

 そこまで余裕を持たせれば十分と踏んでいたが――いや、私の見立てが甘かった。素直に認めよう。

 

 正直なところ、私は自分がめぐみんの子孫ではないかと強く疑っている。

 血統を使用条件に定めたのは、神器の中にそうした特性を持つ物があるという話から着想を得た。

 代表例としては、ベルゼルグ王家に代々伝わる伝説の勇者の聖剣が有名だろう。

 

 無論、推測そのものが的外れという可能性はある。

 それでも直感に従うなら、現行の方針で間違いない。

 あるいは、めぐみんではなくこめっこ直系という線もある。

 けれど先日、里で本人と顔を合わせた際には特に何も感じなかった。何か違う気がする。

 

 差し当たり、対象範囲を拡張する方向で魔道具を再調整する。

 

 


 

 

【何事かと調査したら、心底下らない真相に横っ面を張り飛ばされた話】

 昨日の段では書かなかったが。

 実は昨日から今朝にかけて、勇者候補が大挙してアクセルへ押し寄せていた。

 

 彼らにはひとつの共通項がある。ウォルバクとの戦いに参加していたことだ。

 その戦線が片付き、時間的な余裕ができた。――そこまではまあ、理解できる。至って道理だろう。

 

 ……だが普段は王都を拠点とし、アクセルには寄り付きもしない連中が、わざわざ歓楽街でもない辺境の街へこぞって足を運ぶ。

 そっちはまるで理解できない。不自然すぎる。そして、その背後にサトウカズマの影がチラつく。

 

 そんな彼らはアクセルで何をするでもなく、示し合わせたように高級宿へチェックインすると、一晩そのまま引きこもった。

 一見して、意図を掴みかねる振る舞いだった。

 

 翌朝、全容が確定した。

 連中は揃いも揃って、サキュバス喫茶店の夢サービスを目当てにアクセルへ立ち寄っていたのだ。

 

 勇者候補は得てして早々に頭角を現し、この街を巣立っていく。

 それがかえって仇となり、アクセルにそういったサービスがあることを知る機会に恵まれなかったのだろう。

 

 どうやらカズマ経由で話が広まったようだ。

 昨日の彼は勇者候補たちの取りまとめ役というか、喫茶店利用に際してのホスト役を務めていた形跡がある。

 ちなみに、どうでもいいことだが。昨晩はそのカズマ自身も外泊している。

 

 サキュバスのことに思い至って、ようやく気がついた。

 思い返してみれば、今回アクセルを訪れた勇者候補は、全員男だった。

 

 


 

 

【限界を超えた向こう側へ】

 月が変わった。

 季節の移ろいとは早いもので、来月には納税のシーズンへ突入する。

 そのタイミングでダクネスからの呼び出しを受け、私はダスティネス邸を訪れた。――これは偶然ではない。

 

 実を言えば、本年のウィズには高額の課税が下される可能性があった。

 商人としてではなく、冒険者として。

 

 昨年冬、機動要塞デストロイヤーとの防衛戦が勃発した。ウィズはこれに参戦し、多大な功績を挙げている。功労者の一人として、懸賞金の一部を受領した。

 さらに春にはデュークを討ち取り、その賞金を丸ごと手中に収めた。

 両者を合算すると、収入は優に一千万エリスを超える。

 そしてこの国の法では、年収一千万オーバーの冒険者は――何とその半額を税として納めねばならない。

 

 もっとも、抜け道はある。

 納税期日を過ぎれば、以後その年の税を支払う義務は消滅する。

 ルールを制定する立場の貴族が、自らの合法的な脱税のために設けた作為的な制度の穴だ。

 それを知悉(ちしつ)している私の取る選択肢など、分かりきっている。

 

 そもそもウィズは、その稼ぎをとうに使い果たしている。税を納めろと言われても困るのだ。

 彼女自身が何と言おうと、この取り立てを黙認するつもりは毛頭なかった。

 

 この点はバニルも同調しているため、不安はない。

 ただ、余裕があれば先手として布石を打っておくくらいのことはする。

 

 そして、ウィズの税金事情に気づいた人物がもう一人いた。ダクネスだ。

 領主の娘にして、一時期は領主代行も務めた。当然ながら、ガチガチの体制派である。

 彼女はギルドと結託し、完膚なきまでにニートと化した小金持ち冒険者どもから税を搾り取る企みを、水面下で進めている。

 

 ――だが。その納税リストに、ウィズの名が並んでいると知ってしまった。

 

 ダクネスは震え上がった。

 問題は、ウィズ本人ではない。

 その傍らにいる某店員がこれに勘付けば、黙っているはずがない。

 いや……あるいは既に、動き出しているやもしれない。

 

 彼女は先頃、私がダスティネス家と結んでいる密約の詳細を、父親経由で知らされた。

 その際、私がここ数年、陰でどれだけ暴れ回っていたかも隈なく伝えられている。

 領主の結婚騒動における私の所業など、ほんの一端に過ぎなかった――という真実を、彼女は知り得たのだ。

 

 現状のカズマ一行で、私の人となりの核心に最も迫っているのはダクネスだろう。

 あるいは、謎に勘の鋭いめぐみんというダークホースもいるけども。

 

 ダクネスの脳裏で警笛が鳴り響いた。

 これを無視してのうのうと納税日を迎えれば、恐らく致命的なまでに手遅れとなる。

 私が本腰を入れて邪魔立てを始めた場合、どれほどの被害が生じるやら。ある意味、バニルより読めない。

 話はウィズ個人に留まらず、国全体の徴税にまで波及しかねない。彼女は本気でそう危惧していた。

 

 ……この女、私を何だと思っているのか。

 

 彼女は、情報が漏れると百も承知の上で私を呼び出す。そうして税金免除を材料に、私の暗躍を封じようとした。

 ただし。私は提案にあれこれ難癖を付け、ダクネスから搾れるだけ搾り取り、利益を最大化する方向で動く。

 交渉は瞬く間にヒートアップした。

 

 ダクネスは頑張った。それはもう、大健闘と言っていい。近年でも一際輝いていただろう。

 事前対策を徹底し、領主代行時代に培った経験を総動員。

 見破られると承知の上で、ハッタリや泣き落としといった不得手な手管さえ駆使した。

 泥水を啜るがむしゃらさで食らいついてくる。後先を顧みない、精根を使い果たす勢いがあった。

 ウィズから新手の異能扱いすらされる私の交渉術に対抗するには、そこまでしなければ土俵にも立てないと判断したのだろう。

 

 その甲斐あり、今年度の納税を妨害する行動を今(・)後(・)一切行わないという確約を、彼女は遂に私から引き出すことに成功した。

 これで私は、税金絡みでの能動的な干渉ができなくなった。

 

 まあ。本心を言えば、ウィズの納税さえ免除できれば十分ではあったので、元より本気度は程々だったが。

 とはいえ、それを差し引いても大金星だろう。

 私の十八番である心理戦で渡り合い、なお判定勝ちにまで持ち込んだ。そのファイトをこそ、称えるべきだ。

 

 ――ただ、惜しむらくは。

 彼女は情熱の注ぎ込み先を、初手から誤っている。

 

 何が悪いかって、不利だと知りながら私の得意フィールドへノコノコと出向いてしまうその判断が、まず話にならない。

 私を抑えたいのであれば、先にウィズを頼るべきだった。

 せめて一人で抱え込まず父親に相談しておけば、その後の一幕も回避できただろうに。

 

 嵐のような交渉劇が、ひとまず一区切りを迎える。

 

 全霊を一点に注ぎ込んだ反動で緊張の糸が断ち切られ、ダクネスはすっかり燃え尽きていた。

 私はその奮闘を労い、にっこりと微笑みながら、雑談めいた話題を切り出す。

 

 先程の交渉とは直接関係がなかったので、あえて触れなかったことがある。

 実のところ私は、冒険者ギルドによる徴税計画を白日の下に晒す仕込みを、とっくの昔に終えていた。

 放っておけば近日中に、冒険者たちへ話が広まるだろう。

 

 アクセルの冒険者は税に疎く、だからこそ無警戒。

 ギルドの計画は、そんな彼らから先手が取れるという前提の元に成り立っている。

 だが入れ知恵されれば、この絶対的なイニシアチブは瓦解する。脱税のため、冒険者たちは街からの逃亡を図るだろう。

 

 無論、ギルドも挽回策は講じるはずだ。

 だが所詮は、後手に回ってからの窮余の一策。徴税に失敗した失点は覆せない。

 とりわけ街随一の高額所得者であるカズマなど、真っ先に国外へ逃げ出すに違いない。あの男を捕らえるのは、さぞや骨が折れるだろう。

 

 もちろん先の契約に則り、以後、私に納税を妨害する意思はない。

 だが先述の仕込みは、今日の交渉よりも前(・)に済んでいたこと。

 契約の縛りは、こ(・)れ(・)か(・)ら(・)の行動にのみ適用される――つまり、契約の範囲外だ。

 

 噂が広まるまでに、私がやるべきことはもう何もない。あとは成果が出るのを、のんびりと待つのみ。

 いやはや。私は契約を守って大人しくしているというのに。契約前の負の遺産のせいで、アクセルは大変な混乱に包まれてしまいそうだ。

 

 親切心からアクセルに迫るピンチを教えてあげると、なぜだかダクネスは泣きそうな顔になった。

 私が何を切り出そうとしているのか、悟ってしまったらしい。

 

 私とて鬼ではない。タイムリミットは迫っているが、今からでも防ぐ手立てはある。

 ダクネスとはいい加減、付き合いも長い。その誼(よし)みから、無償で手を貸しても良い。

 

 ……とはいえ。

 個人的友誼を持ち出して互いの利害関係をなあなあで済ませてしまうのは、私は悪しき風習だと思う。

 親しき中にも礼儀あり。世の中は持ちつ持たれつ。

 相手の厚意に甘え、一方的に寄りかかるばかりでは、健全な関係とは言えないだろう。

 

 つまり、何が言いたいのかというと。

 

 ――次の交渉を始めようか。

 

 片や、全精力と手札のことごとくを使い切り、とっくにバーンアウト済み。

 片や、程良い準備運動を終えていよいよ本調子。

 そんな両名による、アクセルの命運を賭けた第二ラウンド。

 あまりにも無慈悲で、光明すら見えない交渉戦のゴングが、静かに鳴り響いた。

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