とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【新作ダイエット食の試食会】
この頃バニルが注力していた商品開発に、ダイエット食がある。
安楽少女という人型の植物モンスターがいる。
庇護欲を抱かせるか弱い見た目と、言動が特徴的な生き物だ。それで通りがかる旅人や冒険者を魅了し、衰弱死するまでその場に囲い続けて養分とする。
私自身は実物と遭遇したことはない。ただ。今年の春になって、このモンスターの愛らしい所作は演技だと発覚した。
本性は腹黒く、人間のことは餌としか思っていないとか。
そのような報告が、冒険者ギルドに上がってきたのだ。
バニルは、かねてより安楽少女を私の下位互換だと称していた。長らく不可解だったが、あれでやっと合点がいった。
ちなみに、上位種に安楽王女がいる。基本的な生態は安楽少女と変わりなく、悪魔はこの生物も私の進化前呼ばわりしている。
暴かれた安楽少女の実体を鑑みるに、こちらも同じ本性を秘めていると思われる。
話が脱線しすぎた。
植物だけあって、安楽少女は果実をつける。これは食べると美味で、お腹も膨れる。
ただし、栄養価はまったく無い。なおかつ中毒性がある。
しかしながら、これは必ずしも悪いことではない。この特性を上手く活用することで、いくら食べても太らない上に美味しい、体重に優しいダイエット食へと変貌するのだ。
ただし。注意点として、実には神経に異常をきたす成分が含まれている。それも、命に関わるほどのものが。
危なすぎて、そのままでは売り物にならない。
バニルが主に取り組んでいたのが、この毒を除去するための作業だった。
それがようやく一段落した。加工した品が完成したので、ひとまず私たちで食してみようという話になった。
試作品は饅頭だった。販売の折には、仮面の焼き印も入れるとか。
私がじっくりと観察している合間に、ウィズが自分の分を完食する。
そこで、私がまだ手を付けていないのを彼女は目敏く発見した。次いで、いらないならそちらも貰うと一方的に告げると、私が返事するより早くヒョイと饅頭を奪い取る。
ご満悦の笑みで次から次へとパクパクと饅頭を頬張るウィズは、このお菓子が余程お気に召したらしい。
それを目にした私は眉根が寄る。饅頭への不信感がいや増した。
ウィズは欠食児童の如く、いつもお腹を空かせている。そのために少々、食い意地の張った面があるのは否めない。
とはいえ、他者の分を半ば強引に取り上げない程度の分別は持ち合わせていた。
そんなウィズが、どうしたことかいきなり食いしん坊キャラになっている。
原因は、饅頭の原料を振り返るとすぐに目星がつく。ちょっと中毒性が強すぎませんかね?
バニルに確かめるも、人体に無害なのは実証できているとにべもない。ウィズの反応くらいなら想定内のようだ。
多少の依存性こそあるが、ただ病みつきになり欲しくて堪らなくなるだけ。その症状も、一週間ほど摂食を断てば抜けるという。
そんなやり取りをしている間に、ウィズが私の分の饅頭をも食べ切った。
だが。彼女はそれに飽き足らず、追加のお代わりを催促してくる。
この女、試食の趣旨を理解しているのか?
私が饅頭を口にするのを拒否したため、試食会はそこでお開きになった。
こんな様でも、バニルにとって首尾は上々らしい。予定通りに商品化を推進するとか。
翻って、饅頭のお代わりにストップをかけられたウィズ。
彼女は無言でじっと、バニルの抱える饅頭入りの容器を見つめていた。虎視眈々と、飢えた肉食獣が機を窺うような熱の籠もった視線で。
【レベルを初期化するということ】
昔ウィズが、どこからともなく仕入れてきた産廃。通称、禁断のポーションシリーズ。
異性を引き寄せるが体臭がゴブリンの臭いになるポーションのように、そのほとんどは使い道すら定かでないガラクタだ。
ただ、ひょっとすると使えるかもしれない。そう私が再評価した一品がある。
名を、レベルリセットポーションと言う。
さて。
現在は、私とダスティネス家を軸とする二人三脚にて、対セレスディナ包囲網を着々と形成している最中にある。
けれど、今なお解決済みとは言い切れない課題も残されている。
例えば、セレスディナの処遇をどうするのかとか。
これは、レジーナ教徒が保有する復讐の呪いに起因する問題だ。彼らには、死亡時に一帯へと数多の呪いを振り撒く傍迷惑な体質がある。その中には、致死的な呪いすらある。
一人当たりの加護が弱まったために、呪いの出力は大幅に下がったと予想される。だが、あくまで予想だ。
というのも。条件が条件なので、検証ができていない。
他の加護由来の力は、有志の一般レジーナ教徒の助力を受けて、日々弱体化の一途を辿っていると確認できているのだけど。
私としては、アクアという蘇生魔法の保険があるのだから、エリス紙幣で頬を叩いてでも協力者を募ればいいと思う。
権力と札束ビンタのコンボほど、最強で王道の組み合わせもあるまい。
ところが。人道からあまりにも外れすぎているとかで、パートナーのダスティネス家が頑として頷いてくれない。
共同歩調を取ると、こういうときに煩わしい。それを加味しても、お釣りが出るほどの恩恵は受けているが。
ともかく。そういった背景により、復讐の呪いの脅威度がハッキリしていない。
セレスディナの活動域の都合上、彼女とは市街戦となる公算が高い。
だが。このままだと、仕留めたは良いが復讐の呪いが発動して街ごと滅びました、という笑えない結末となる懸念を拭えない。
今となっては杞憂だとは思う。だが、だからといって不明瞭な要素を希望的観測に委ねる、博打同然の策を打つのは御免被る。
よって、街中でセレスディナとのバトルが発生した際には、殺害を極力避けて捕縛する手筈となっている。
魔王軍の幹部を生け捕りとは、また随分と強気だ。ただ、推定される彼女のスペック的に、これが案外無茶とも言えなかったりする。
加護を除いた彼女個人の純粋な戦力予測は、最大見積もりでも人類最高峰のプリーストとおおよそ同程度なのだ。
アクシズ教団で言うと、教主ゼスタくらいか。アクアは女神だから、比較対象としては適切ではない。
弱くはないし、強い。だが、一個人としての範疇に留まっている。
そういった腕利きをまとめて蹴散らせる、他幹部のような戦術級の理不尽さは無い。
幹部には結界維持の役目があるから、一定以上の力量はあるのだろうが。
これは、セレスディナが人間であること。プリースト職はサポートが専門で、純前衛としては本職よりも格が落ちること。
加えて幹部待遇は、諜報に謀略担当という重責込みで任じられた役職ではないか。との査定により下された評価だ。
とはいえ。彼女のちゃんとした実戦データはない。これもまた、憶測による部分が大きい。
ただ。他の幹部に比肩する戦闘力を備えていると仮定するなら、もはや私の小細工ではどうにもならなくなる。
戦力分析や戦法の策定に関しては、私は門外漢だ。そっちはイグニスに任せる。
前振りが長くなったが、レベルリセットポーションの話に移ろう。
これは名前通り、飲むとレベルがリセットされる代物だ。言い換えると、ステータスが初期化される。
引っ捕らえたセレスディナにこのポーションを与えることで、より確実に無力化が達成できるのではないか。
レベル一相当の、加護の力も衰えた実質一般人ともなると、もう恐るるに足りない。結界の維持とて覚束なくなるだろう。
単なる思いつきだが、いざ検討してみるとこれが意外と冴えた発想に思える。
そこで、近頃はすっかり快調して公務へと復帰したイグニスの許を意気揚々と訪ね、この話を持ちかけた。
だが、先方からは物凄く渋い顔が返ってきた。
難点は、私の提唱したポーションの運用法にあるという。
このポーション、現物が一本しかない。その上再発注も見込めない。結構な貴重品なのだ。失くすと予備がない。
本当に使うのなら、万全を期す必要がある。具体的には、抵抗されないよう拘束なりを施した上で、他の誰かが彼女に飲ませることになる。
そして、この『誰かが』というのがネックだ。復讐の加護で、飲ませた側もレベルがリセットされる危険がある。
いやいや。
そんなもの、レベル上げのリハビリを全力で支援するとダスティネス家が請け負った上で、多額の特別報奨を別途用意すれば済む話では? 私は首を傾げた。
魔王軍幹部を金銭の負担だけで対処できるのなら、安いものだろう。
あとは、打診するなら低レベルな人が良い。高レベルよりかは、レベルリセットでのステータス変動の落差は相対的に小さくなる。
よって、以降の差し響きもその分だけ軽減できる。レベル上げも手早く片がつくし。
私はそう判じたのだけど、イグニスの見解は異なった。彼にしてみると、事はそんな単純な話ではないという。
一時とは言えど、レベルが低下するかもしれない。特別手当を支給しようと、それが恐ろしい体験であることに相違ない。
実行する者には図抜けた――それこそ、死を覚悟するほどの胆力を求められるとか。
……え? そこまで?
私としては、レベルダウンのリスクと引き換えに、大金が貰えるアルバイトを創出したくらいの緩い心持ちでいたのだけど。
そのはずが思ったよりも深刻な話に発展して、軽く困惑する。
報奨金の設定をどうするかが焦点となるつもりでいたのに、悩み方のベクトルが思ってたのと違う。心做しか、私と周囲とで受け止め方に温度差がある気が。
私の感性が、世間とはかけ離れている自覚はあったが。ここにきて、認知していなかった点が浮き彫りになってしまった。
なお、ポーションを飲ませる役には私が立候補してさっさとケリをつけた。
みすみす放置すると、選出に難渋して無駄に悲壮感が漂う面倒臭いムードになるという確信があったので。
報酬金が殊の外充実していたため、私からすると特段戸惑う理由がなかった。
とはいえ、腑に落ちないものがある。
そこで店に帰ってから、山よりも高く海よりも深そうなこの認識のズレについてバニルへと相談した。
この悪魔は、私が裏で推し進めている策謀を承知している。なので、私としては開けっ広げにはしないにしても、何がなんでも秘匿しようとの心構えは端から無い。
悪魔の談によると、以下の通りらしい。
この過酷な世界を生き抜くため、一時的にでも弱くなることは、生き物の本能として普通は受け入れ難いそうだ。
したがって、これまで積み上げてきたものを喪失するレベルリセットポーションは論外。恐怖そのもの、狂気の沙汰だ。
これは本能に根ざしている。よってレベル上げを担保したりと、理を説いたところで簡単に打ち消せる情動ではない。
流れ弾で、これを買い入れた店主のセンスが如何にブッ飛んでいるのかが、改めて鮮明になってしまった。
それはさておき。
そのロジックには矛盾がある。それだと、私の状態に説明がつかないだろう。
そうツッコむも、悪魔はこれをせせら笑う。
私の場合、利害で納得した段階で、理性が無意識下で本能を捻じ伏せにかかるという、人間離れした奇っ怪な挙動を始める。
理性が常に感情よりも優先される、私特有の現象だとか。
此度で言うと、ダスティネス家がレベル上げをバックアップする保証と報酬金額、これを私が呑み込んだ。だから、結果的に何も感じずに終わっているという。
……これって、私の頭がおかしいと、理屈を捏ねて馬鹿にされているだけでは?
【生まれ落ちし悲しき食いしん坊モンスター】
先日のダイエット食だが、保管場所を移転することになった。
店内に留め置いていると、ウィズに在庫を食べ尽くされる危惧が顕在化したためだ。
この間の試食会を境に、ウィズが毎食前に饅頭を強請るようになった。どころか、こちらの隙を突いて盗み食いまでする始末。
安楽少女の実が含有する中毒性が悪さをしているのは、状況的に明らか。
しばらく摂取せずにいれば元に戻る。だがそれ以前に、強硬策に打って出た彼女を、私ではとても止められない。
私に出来ることなど、ウィズの頭上にピンポイントで隕石が降ってくる奇跡に、すべてを賭するくらいだ。
すなわち、餓えた獣の檻に肉の塊を放り込んでいるのと大差ない。これには悪魔も我慢ならず、別の場所へ移送することを決意した。
どこに隠したかは私も聞き及んでない。街中ではない、とだけ耳にしているが。
饅頭が自分の手の届かないどこかへ消え去り、ウィズは茫然自失となった。
おかげさまで、店の戦力として使いものにならなくなる。この日の彼女は、案山子よりはマシという体たらくだった。
反面バニルは、終始ご機嫌の絶好調。というのも、店長からバニル好みの悪感情が放出されていたようだ。
店の総合戦力的には差し引きゼロ。総評としては、いつも通りだったりする。
あと、この一事でダイエット食を用いたバニルの狙いが透けて見えた。
まずは顧客を大勢ダイエット食浸けにする。そして喉から手が出るほど欲しくなったところに、事故を演出。わざと品物を紛失させる。
品切れの現実を目の当たりにした人々は、良質な悪感情を垂れ流す。それをたらふく味わおう、と目論んでいるようだ。
食べ物の恨みは怖い。この悪魔は、そこのところキチンと汲み取れているのだろうか。
あまつさえ、これはダイエット食品だ。美の願望に取り憑かれた女性の執念は、いつだって凄まじいものがある。
私が見るに、どうもバニルはそういった機微を解さぬまま、逆鱗を無造作に踏み抜こうとしている。大惨事の予感しかしない。
【なお、魔道具の全貌を知る店長は、未だに何も察してないポンコツっぷりを披露中】
本日、サトウカズマの一党がアクセルへと帰還した。
速報が流れたので知ってはいたが、邪神ウォルバクを討滅したとか。
うちで預かっていたゼル帝を回収しに来店したアクアは、勝手に神を名乗る不埒者に痛い目を見せてやれたと、どこか晴れやかな表情だった。
これに私は、内心震えた。
私が今最も危ぶんでいるのは、アクアがアルカンレティアへと乗り込むこと。
現地でのレジーナ教の躍進を、縄張りを荒らされたと捉えた彼女に場を引っ掻き回されると、先の見通しが完全に立たなくなる。
本来の構想通りならこんな悪目立ちは無かったから、心配せずにいられたのに。
ところで。これはかつてウィズが語っていた話だが。
魔王の城を覆う結界は、幹部が二、三人で維持するものならアクアは破れるらしい。
討たれた幹部はこれで五人目。増員等が無ければ、残存する幹部はウィズ、セレスディナ、魔王の娘の三人となる。
要はこの勝利で、とうとう人類は魔王への挑戦権の切符を手にしたのだ。
お祝いパーティーが云々と浮かれていたアクアの様子を探るに、当人はこれっぽっちも思い至ってなさそうだけど。
同様の話はカズマも耳に入れているが、あの男は魔王討伐に興味が無いから、もっと覚えてなさそうという。下手すると、結界の存在すら忘れてそうだ。
ときに、彼らが出発する直前に私は交信魔法の魔道具の試作品を渡していた。
だが、使っても何の効果も無かったと返品された。
起動すれば、私の手元にある同一アイテムと連絡が取り合える。それが何も起きないから、何となくそうだろうという気はしていた。
カズマ一行の四人に、同道していたゆんゆんが試したとか。
もしや、範囲を絞りすぎたか?
アクアらには、魔力の波長の相性が合わないと起動しない欠陥があると解説しているが、これは的確な表現ではない。
正しくは、直系血族であることが魔道具の起動トリガーだ。
ただし、その血縁にしても限度がある。
私から見て上は母、祖母辺りまで。曽祖母以上まで遠ざかると対象外だ。
これ以上ターゲットの幅を拡大すると、魔道具の性能が露骨に悪化するのが明白だったので、こうなっている。
そこまでゆとりを持たせれば大丈夫かと――いや、これは私の見立てが甘かった。素直に認めよう。
正直、私は自身がめぐみんの子孫ではないかと強く疑っている。
血統を使用条件に定めるのは、神器にそういった物品があるとの話から閃いた。
この手の話では、代々ベルゼルグ王家に伝わる伝説の勇者の聖剣が有名だろう。
推測が的外れなだけかもしれない。だが、直感に従うのなら、現行の方針で間違いない。
めぐみんではなく、こめっこ直系の線もあるけど、この前里で本人と会っても特に何も感じなかった。何か違う感がある。
差し当たり、対象の範囲を広げる向きで魔道具を一旦再調整する。
【何事かと調査したら、心底下らない真相に横っ面を張り飛ばされた話】
昨日の段では書いてなかったのだけど。
実は昨日から今朝にかけて、勇者候補が大挙してアクセルに押し寄せていた。
彼らには、ウォルバクとの戦いに参加していたとの共通項がある。その戦線が片付いたから、時間に余裕ができた。
これはまあ、道理だろう。
普段は王都を拠点として、アクセルには寄り付きもしないのに。わざわざ歓楽街でもない辺境の街へ、こぞって遊びに来ている。
そっちは全然分からない。不自然すぎる。サトウカズマの影を強く感じる。
そんな彼らはアクセルで何をするでもなく、示し合わせたように高級宿へ宿泊すると、一晩引き籠もっている。一見して、意図を掴みかねる振る舞いだ。
翌朝には確定したが、連中揃いも揃って、サキュバス喫茶店の夢サービスを目当てにアクセルへと立ち寄っていた。
勇者候補は、すぐに頭角を現してアクセルを巣立つ。
それがかえって仇となり、この街にそういったサービスがあることを、今の今まで知る機会が無かったらしい。
どうやら、カズマ経由で話が浸透したようだ。昨日は彼が勇者候補の取りまとめ役というか、喫茶店を利用するに当たってのホスト役を務めていたっぽい。
ちなみに。どうでもいいが、昨晩はそのカズマ自身も外泊している。
サキュバスでピンと来てからようやっと気づいたが。思い返してみると、今回訪問している勇者候補は全員男だった。
【限界を超えた向こう側へ】
月が変わった。
季節の移り変わりとは何とも早いもので、来月には納税のシーズンへ突入する。
そのようなタイミングでダクネスからの呼び出しを受けて、私はダスティネス邸を訪った。これは偶然ではない。
実を言えば、本年のウィズには高額の納税を課される可能性があった。
商人ではなく、冒険者として。
昨年冬に勃発した、機動要塞デストロイヤーとの防衛戦。これにウィズは参戦し、多大な貢献をした。
功労ある冒険者の一人として、彼女も懸賞金の一部を受納している。
さらに、春には賞金首のデュークを討ち取って賞金を丸々受け取った。
この二つを合算すると、収入は優に一千万エリスを超える。
そしてこの国の法では、年収が一千万オーバーの冒険者は、そのうち何と半額を税金として納めねばらない。
もっとも、抜け道はある。
納税日を過ぎると、以後その年の税を支払う義務は無くなるのだ。
ルールを決定する立場にある貴族が、自分たちが合法的に脱税するため、このような規則の穴を作為的に設けている。
それらを知悉している私としては、脱税するに決まってる。
大体、ウィズはこの稼ぎをとうに使い果たしている。税を納めろと言われても困る。
彼女自身が何と言おうと、私にこの取り立てを許容する腹積りは無かった。
この点バニルも同調しているから、不安視はしていない。
ただ。暇があれば、徴税への措置として布石を打っておくくらいはする。
そして、ウィズの税金事情を察知した人物がもう一人いた。ダクネスだ。
彼女は領主の娘で、一時期は領主代行も勤めている。当然、ガチガチの体制派だ。
彼女はギルドと結託し、完膚なきまでにニートと化した小金持ち冒険者より税を絞り取る作戦を、水面下で進めている。
だが。納税のリストに、ウィズが並んでいると彼女は知ってしまった。
ダクネスは震え上がった。注目すべきは、ウィズ自身ではない。
その側にいる某店員がこれに勘付けば、黙っているはずがない。いや。もしかすると、既に動き出しているやもしれない。
彼女は先頃、私がダスティネス家と結んでいる密約の委細を、父親を通して知らされた。
それに際して、私がここ数年陰でどれだけ暴れ回っていたかも隈なく伝えられている。
領主の結婚騒動における出来事など、私の所業の中ではほんの一端に過ぎなかった。という真実を知り得たのだ。
現状のカズマ一行で、私の人となりの核心に一番迫っているのはダクネスだろう。
あるいは謎に勘の鋭い、めぐみんというダークホースもいるけども。
ダクネスの脳裏で警笛が鳴り響いた。これを無視してのうのうと納税日を迎えると、恐らく致命的なまでに手遅れとなる。
私が本気で邪魔立てを始めると、一体どれほどの被害が生じるやら。ある意味、バニルよりも読めない。
話はウィズ個人に収まらず、国全体の税金徴収にまで悪影響をもたらしかねない。そんな強い恐れがあった。
この女、私を何だと思っているのか。
彼女は、情報が漏れるのを百も承知で私を呼び出す。そうして、税金免除を材料に私の暗躍を食い止めようとした。
ただし。私は提案にあれこれと難癖を付け、ダクネスから搾れるだけ搾り取って利益を最大化する方向で動く。そのため、交渉は瞬く間にヒートアップした。
ダクネスは頑張った。それはもう大健闘した。近年でも一際輝いていただろう。
事前対策を徹底し。領主代行だった頃に築いた経験を総動員して。
見破られると承知の上で、ハッタリや泣き落としのようや不得手な手管をも駆使した。
泥水を啜るがむしゃらさで、必死に食らいついてきた。後先考えない、精根使い果たす勢いがあった。
ウィズからは新手の異能扱いすらされる私の駆け引き技能と対抗するには、ここまでしないと無理と彼女は判断したのだ。
その甲斐あり、今年度の納税を妨害する行動を今後一切行わない確約を、遂には私から引き出すことに成功する。
これで私は、税金絡みでの能動的な邪魔が出来なくなった。
まあ。私の本心としては、ウィズの納税さえ免除できれば十分ではあったので、元よりやる気は程々だったが。
とはいえ。それを考慮しても大金星だろう。私の得意な心理戦で渡り合い、判定勝ちにまで持ち込んだダクネスのファイトを称えるべきだ。
ただ。惜しむらくは、彼女は情熱の注ぎ込み方を初手で誤っている。
何が悪いって、不利と把握しておきながら、私の得意フィールドにノコノコと出向いてしまう態度がもう話にならない。
私を抑えたいのなら、まずはウィズを頼るべきだった。
せめて一人で抱え込まず父親を伺っておけば、その後の一幕も回避できただろうに。
嵐のような交渉劇に一区切りつくと。
この一瞬に気力を振り絞ったがために、緊張の糸が切れて燃え尽きたダクネス。その活躍を私は労う。それからにっこりと微笑むと、ひとつ雑談を振った。
先程の交渉では、関係がなかったのであえて触れなかったが。
実を言うと私は、冒険者ギルドの徴税の企みを白日の下に晒す仕込みを、とうの昔に完了させている。放っておけば、近日中に冒険者へ話が広まるだろう。
アクセルの冒険者は税金に無知で、故にこそ無警戒。
そしてギルドの計画は、そんな有り様の冒険者に先手が取れるという前提があるからこそ成り立っている。
だが、入れ知恵されると、この絶対的なイニシアチブを失う。脱税のため、冒険者は街からの逃亡を図るだろう。
ギルドとて挽回するための善後策は講じるだろうが、所詮は後手に回っての窮余の策。徴税にしくじった失点は免れ得ない。
とりわけ街随一の高額所得者のカズマなんて、真っ先に国外へ逃げ出すに違いない。あの男を捕らえるのは、さぞや苦労するだろう。
もちろん先の契約に則って、以後私に納税の邪魔をする意思はない。
だが。先述の仕込みは、今日の交渉よりも前に済んでいたこと。そして契約の縛りは、これからの行動に対してのみ適用される。つまり、契約の範囲外だ。
税金の噂がばら撒かれるまでに、私自身がやるべきことはもう無い。あとは成果が出るのをのんびりと待つのみ。
いやはや、私は契約を守って大人しくしているのに。契約前の負の遺産のせいで、アクセルは大変な混乱に包まれてしまいそうだ。
私が親切心からアクセルに迫るピンチを教えてあげると、なぜだかダクネスは泣きそうな顔になった。
私が何を切り出そうとしているのか、悟ってしまったらしい。
私とて鬼ではない。タイムリミットが間近とはいえ、今からでも防ぐ手立てはある。
ダクネスとはいい加減、付き合いも長い。その誼みから、無償で手を貸しても良い。
とはいえ。個人的友誼を持ち出してお互いの利害関係をなあなあで済ませてしまうのは、私は悪しき風習だと思う。
親しき中にも礼儀あり。世の中は持ちつ持たれつ。
相手の厚意に甘えて一方的に寄りかかるようでは、人間関係として不健全だろう。
つまり、何が言いたいのかというと。
次の交渉を始めようか。
片や、全精力と手札のことごとくを使い切ってとっくにバーンアウト済み。片や、程良い準備運動を終えていよいよ本調子に。
そんな両名による、アクセルの危機回避を賭けた、あまりに無慈悲で光明の見えない第二ラウンドのゴングが鳴った。