とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【誰かを頼れることはとても大切】
先日。人知れずひっそりと、アクセルは納税の秩序崩壊の窮地を脱した。
この命知らずな蛮勇を偉業へと変えた孤独な英雄の名を、ダクネスと言う。
ただし、その代償は高くついた。
死力を尽くして青息吐息なダクネスを、私は第二形態へ変じたラスボスよろしく本腰を入れ、限界までいじめ倒した。
するとどうしたことか、彼女は幼児退行を起こしたのだ。実に嘆かわしい。
幸い一時的なものだった。また、彼女も当時の記憶は飛んでいるらしい。今では、何事もなかったように元気に過ごしている。
ちなみに。
ダクネスが使い物にならなくなって以後の代役は、執事にお願いした。
それからは応対を一転、互いが満足できる妥当な落とし所を私から提示した。そのため、話は揉めることなく穏やかに終結している。
ダスティネス家との関係悪化を望まない私としては、遺恨が残る結末にする気は最初から更々なかったのだ。
ダクネスに関しては、愚行を嗜めようと高めの授業料を払ってもらっただけ。
つまり、私にしては稀なことに、さして裏のない彼女を思いやっての善意だった。
ダクネスは責任感が強すぎる。故に、窮すると問題を自分一人で抱え込む悪癖がある。
近頃は改善が見られるも、焦りで視野の狭まった今回はその癖が出た。
また、不運が重なった側面もある。
背景的にカズマらには頼れないし、父も王都へと出向いて入れ違いとなる。よって、身近に相談相手を欠いた。
そうして許容ラインを超過した末が、まさかの幼児退行だ。
私にとっては対人分析の貴重なサンプルが得られたため、これはこれで万々歳だが。この一事だけでも、訪ねた価値はあった。きっと、日頃の行いの賜物だろう。
そうして著しく精神年齢の下がった十九歳児を相手に甲斐甲斐しくおままごとに付き合ったり、絵本の読み聞かせをしたりして、その一挙手一投足の観察に勤しんだ。
その最中、昨今における自身の動向を回顧してふと思う。
あれ、そういえば私もダクネスを批判できる立場ではないな、と。
彼女ほどの無茶はしないにしても、他者を頼らず、物事を自分一人で収めようとする傾向があるのは同様だ。
この点は、私のほうが重症ですらある。
よしんば誰かを巻き込むにしても、私はその者もまた、意のままに操ろうとする。それが事態を収拾する最適な手立てだという、傲慢めいた自負がある。
私が認めた相手ならば、やや異なる。ただそれも、要求するとしたら利害での結び付きだ。今のイグニスとの繋がりもそうであるように。
私の世界は私単独で完結し、閉ざされている。誰かへの依存を前提としていない。
だから意識しないと、一切他人に寄りかからない。これは良くない。
私がタイムスリップした遠因は、そうした自らの在り方にあるのだろうから。
ということで、唐突ながらサトウカズマのお宅を訪問した。
人を頼って、家主に相談に乗って貰おうと思い立ったのだ。
私が現れるや、カズマは不吉な前兆を目撃したかの如く目を細めた。改まって相談があると切り出すと、警戒が一瞬でマックスになる。
厄介事に散々引きずり込まれた豊富な経験の成せる業か、相談が不穏なものを内包していると本能的に嗅ぎ取っていた。
別段、彼を渦中へと放り込む心算は無いのだけど。
危害を加えられると同一のものを相手に移し、貸しを作った相手を操り、殺されると凶悪な呪いを振り撒く。戦闘能力は高め。
そんな相手を安全に打倒するには、どうしたらいいか?
ぶっちゃけセレスディナのことだが、そこは伏せて意見を求めた。
今となっては助言など不要。だけど、誰かを頼る一環として、余人の見解を参考に聞いてみてもいいのではと案じた。
一人ではどうしてもアイデアが偏るから、実際大事なことではある。
話を聞いてもいいと思える候補はバニル、ダスト、カズマの三人いた。
そのうちバニルは古巣の魔王軍とは中立でありたい姿勢から憚られ、ダストは只今檻の中。よって、カズマと相成った。
話を聞いた彼は暫し思索に耽ると、もしかしてレジーナ教かと反問する。
割りかし世間知らずなこの男にしては珍しく、反響を巻き起こしているレジーナ教を既に承知していた。
彼は新聞を取っていたはずだし、そこが情報源だろうか。
知りたいのかと意味深に私が問うと、カズマは思いっきり首を横に振る。
遮るように手のひらを前方にかざすと、知りたくないから余計なことを喋るなと、強く念押ししてきた。聞いたのはそちらなのに。
ともあれ。
彼より得られた初見は、良い意味で私の期待を裏切った。
個室に閉じ込めてトイレへ行けなくするだの、トラップでバケツの水を頭から被せるだの。
身体的な傷ではなく、心を折るというか、嫌がらせ方面に特化していた。
私では、こういう発意は出ない。
咄嗟の思いつきのはずなのに、よくもまあそう次から次へと閃く。途中からは、思わずメモまで引っ張り出してしまった。
一方のカズマは、自身のゲスい発案の数々に尻込みするどころか興味深げにメモ書きまでする熱心な私の様相に、逆に少し引いていた。
とりわけ瞠目したのは、アクシズ教徒に押し付けようと言い出したこと。
この男は、私が言及した話の人物をレジーナ教徒と当たりをつけている。それで、宗教関係者は他の宗教関係者にぶつければいい、くらいの軽いノリで口にしたのだろう。
アクシズ教徒――アクシズ教徒か。その発想は無かった。
考えてみれば、存外有りかもしれない。
アクアにしか感謝を捧げない彼らを、傀儡にはできない。それを差し引いても、傀儡化は信仰心にてレジストできる。
復讐の加護や呪いも、死を恐れない狂信者は歯牙にもかけない。
加護の究明のため、生物実験や人体改造の大好きな紅魔族にセレスディナを任せる案は検討したことがあったけど。
魔法的なものでなく、宗教由来だから紅魔族とは相性がイマイチと取り止めたのだ。
紅魔族よりかは、アクシズ教徒のほうが向いているか。
ただ。連中、まとまりさえすれば結束力には目を見張るものがあるが。普段はちゃらんぽらんな上、烏合の衆でしかない。
教団トップが逮捕されようと、団結するどころか、次期代表の座を巡って選挙で争い出すくらいにはバラバラだ。
アクアを連れ出せばそこは突破できるが、当の彼女自身が最たるトラブルの種との難点が。
今からアクシズ教団と協力するのは、取り巻く状況的にもう無い。
好き放題して意図通りに動いてくれないアクシズ教徒が、私とは相性最悪なのもある。
だが。それはそれとして、中々に実りある有意義な話が聞けた。
なるほど。こうして誰かに寄りかかるのも、たまには悪くない。
なお。カズマは終始何か言いたそうにしていたが、その内心を吐露することは終ぞ無かった。藪蛇と解していたために。
彼の観点だと、またぞろ厄ネタが舞い込んだと神経を尖らせていたら、怪しげな話題で話し込むも、結局何もなく私が辞して盛大な肩透かしを食らっただけという。
【嵐の大精霊の来襲】
天候予測占い師の予報通り、アクセルの街に台風が上陸した。
台風一過との言葉があるように、台風は大変な大災害だ。通過されると、おびただしいまでの損害がもたらされる。
川の氾濫。家屋や外壁への深刻なダメージ。農作物の全滅。モンスター活発化。
ところで。世の常識とはいえ、念のために補足すると。台風とは、嵐の大精霊の暴走によって生じる現象である。
もちろん一介の市民に過ぎない私は、ギルドのアナウンスに従い、しっかり戸締まりをして台風をやり過ごした。
他方バニルは、そんなものは知ったことかと平常運転――でもない。やけにテンションが高かった。
台風が来るとやたらはしゃぐ人がいるけど、さてはその口なのか。
そして我らが店主は、冒険者ギルドから請われて、多数の冒険者と共に嵐の大精霊を鎮めに向かった。……黒ビキニ姿で。
歳を考えろと言いたいが、これは嵐の大精霊との一戦に当たってのれっきとした正装だ。彼女だけでなく、他の冒険者も漏れなく水着を装着している。
私がアクセルに移住した頃は、まだここまでではなかった。
男らが有用性を実戦で示したのを契機に、年々水着の着用者が増加した。そして今では、常識としてすっかり定着してしまった。
バトルフィールドは水場。敵方の攻撃手段も水と風。なので、重い鎧は外して水着になるのが合理的、という論拠らしい。
だが、本音は別にある。
女冒険者に水着を着せたい男どもが結託した。ただ、それだけだ。
嵐の大精霊には実体がない。よって、通常の武器ではダメージが通らない。
そのため、攻撃魔法が主なダメージソースとなる。
そして、一定のダメージを与えて大精霊が正気を取り戻すに際して、それまでのダメージ量に応じて強烈な突風のお返しがある。
結論を言うと、このとき水着だとポロリが発生する。
こんなもののため、毎年涙ぐましい努力を続けた男冒険者一同の執念には頭が下がるというか。呆れてものが言えない。
私への被害はないから、どうでもいいけど。
ちなみに。
敬意を込めて『嵐の大精霊さん』と、彼らは陰で敬称を付けて呼んでいる。
類例には、春の精霊こと春一番がいる。
こちらも、そよ風を吹かすスカートめくりの常習犯として男性から絶大な支持を集めており、さん付けされている。一部では、神と崇められてすらいるそうな。
さておき、今年は豪華な顔触れが並んだ。
ゆんゆんの、全魔力を込めた渾身のライトニング・ストライク。なおかつ、ウィズとめぐみんの爆裂魔法が二発。
それに応えて、突風の返礼も過去最大級の規模が予想された。
……アクアがセイクリッド・ブレイクスペルで割り込みをかけて、突風を打ち消してしまうオチで落着したが。
呆然と佇む男冒険者らの有り様が目に浮かぶ。バニルが好みそうなエピソードだ。
いや。バニルが上機嫌だったのって、もしやそういうことか?
それとサラッと流されたが、耐え切った嵐の大精霊も大概だ。
さすがは魔力の固まりで、冗談のような魔法防御力を誇る精霊、その上位種といったところか。
【デュラハンのお手軽製造方法?】
ウィズ魔道具店にカズマが襲来した。
店長を見遣るや、リッチーの伝手でデュラハンの知人はいないかと尋ねてくる。
一見いつも通りに映るが、いつになくやる気と使命感に満ち溢れている。ウィズへと伺う調子にも、心做しかかぶりつく勢いがある。端的に言って、圧が強い。
カズマ曰くギルドにも立ち寄ったが、野良デュラハン発見の報が無かったので、うちまで足を延ばしたとか。
なお。ウィズの知り合いデュラハンは去年討たれたベルディアくらいなので、彼の行為は空振りに終わった。
話を聞くと、特段信心に目覚めてアンデッド狩りがしたくなったわけではなく、デュラハンが有する死の宣告スキルの取得が狙いらしい。
これは、呪った相手を一定時間後に死亡させる凄まじく物騒なスキルだ。
このところ彼が修得したのは、料理とか読唇術とか、そんなスキルだった。何とも冒険者らしくないラインナップだが、今日はそれとも趣を異にしている。
というか、彼の態度に既視感がある。
はて、何だったかと記憶を掘り起こすと、感謝祭が始まる間際に、王都へ行きたいとうちへ顔を出した件が脳裏を過る。あのときは、王女を祭りに誘おうとしていた。
よもやこのシスコン、拗らせ過ぎていよいよ王女の婚約者でも呪う気になったか?
まあ、それはともかく。この間カズマには相談に乗ってもらったばかり。
そのお返しとして、今度は私がカズマの悩み解決に力添えした。
婚約者を呪うのは何から何まで憶測の当てずっぽうだし、間接的にテロに加担させられるなんて有り得ないだろう。多分。きっと。
ただし。そんなものを習得して彼が何をしたいのかは、無関係の第三者でありたい私は追及しないでおいた。
生憎と、野生のデュラハンに関して私は何も知らない。よって、着眼点を変えよう。
そのためにまずは、デュラハンの発生メカニズムから振り返る。
デュラハンとはざっくり言うと、首を刎ねられた元騎士だ。理不尽な形で殺され、その怨念でモンスター化している。
デュラハンがいないなら、作ればいい。
誕生工程を再現することで、ひょっとしたら人為的に生み出せるやもしれない。
少なくとも、闇雲に野良デュラハンを捜し回るよりかは光明があると思われる。
そこまで述べるとカズマがハッとした顔つきになり、話が見えたと言を引き継ぐ。
牢にいる処刑待ちの悪徳騎士を使うのかと、ポンと手を打った。恨まれる悲惨な目に遭わせてから首を落とせばワンチャン、デュラハン化するかもしれない。
そこまで思考が及んだ段で彼は冷や水を浴びせられたように興奮が冷め、たちまち消沈する。
相手が極悪人とはいえ、人を人とも思わない悪辣な策を即興で出した私の倫理観の壊れっぷりに引いて、非難してきた。
いや、私の話そうとしていた内容と違うのですけど?
誤った先読みを根拠に、人の良識にケチをつけるのは止めてもらいたい。さしもの私も、遺憾の意を表明せざるを得ない。
この場合、倫理観が欠如しているのはカズマの側だろう。
あと殺してもいいほどの重罪を犯した騎士なんて、デュラハン本体ほどではないにしろ、そうそう見つからないと思う。
それにしてもこの男、死の宣告を覚えるのにどうしてそうまで意欲的なのやら。
何も人間にこだわる必要はない。
ドラゴンゾンビが、ゾンビ化したドラゴンであるように。
あるいは堕天使デュークが、儀式を経てリッチーへと至ったように。
アンデッド化とは、人間種族に限定された現象ではない。条件さえ揃えば、モンスターにも平等に降りかかる。
すなわちデュラハン化も、ベースが人間でなくとも成立するはず。
要は騎士っぽいモンスターを捜索して、死後まで怨みを引きずる惨い死に際を与えてやれば、デュラハンに化けるのではなかろうか。
とはいえ。私が知るデュラハンの知識は、あくまで一般の伝承だ。正確性には乏しい。どこかに間違いや抜けがあるだろう。
試すよりも前に、より細かな条件を探っておくべきだ。
運良くここには、ちょうどアンデッドの専門家がいることだし。
ここまで、恐るべき陰謀を偶々立ち聞きしてしまった無辜の通行人のように息を潜めてやり取りを見守っていたウィズが、急に会話のバトンを渡されたのに動揺してビクリと震えた。
それを私はスルーして、デュラハンの発生条件を再度質す。
なお。ウィズが回答を断固拒否したため、話はそこで終了した。
【え、そっちも?】
ウォルバクをしばき倒して日が浅いにもかかわらず、カズマ一行はまたまたどこか遠くへ旅立つという。
その絡みでアクアが来店し、ちょむすけとゼル帝をしばらく世話してほしいと頼まれた。
そういう話は当日じゃなく、事前に教えておいてほしい。生き物を預かるとなると、こちらも準備が要るし。
まあ、ウィズが万年暇してるので、支障は然程無いが。
此度の出立は、依頼によるものだとか。
外国らしいが、詳しい行き先は秘密。……秘密のはずなのだけど、どうやらエルロード王国だと思われる。カジノがどうとか言って、アクアが浮かれてたので。
何やら、お忍びという不穏な単語も聞こえた。聞かなかったことにしたい。
さらに私の頭脳と直感は、数日前の死の宣告の一件と、この出来事の関連を訴える。
というより、朧気ながら答えは出てしまっている。婚約破棄、外交問題というワードが頭をチラつく。
カズマが最近、魔物退治で街の外へと繰り出したとの話は耳にしない。だから、多分大丈夫だろう。多分。
また。アクアには、再調整を施した交信魔法の魔道具を再び預けた。
タイミングがまたもや遠出直前となったのは偶然だ。他意はない。
調整により、使用条件が私の直系血族なのは変わりないものの、適用範囲が若干拡大した。引き換えに、魔道具としての性能がガクッと下がって制限が様々増えたが。
今となっては、素直に交信魔法を使うよりかはまだマシ程度の代物だ。
その上で使用対象を絞ってくるのだから、もう紛うことなきゴミでしかない。
魔道具を受け取ったアクアが去って、幾ばくかの時が過ぎると。
連絡受け取り用にと私が携行していた同じ効果の魔道具に、着信が入った。……カズマから。
え、めぐみんじゃなくてそっち?
その後、改めてめぐみんから連絡が来たので、そちらの血縁関係も無事立証されたものの。思わぬサプライズだった。
めぐみんだけでなく、サトウカズマも私のご先祖らしい。
想定になかったわけではない。ただ、そういった線も考え得ると頭の片隅にあった程度で、注視はしてなかった。
そこにメインのめぐみんをすっ飛ばしてカズマの声が届いたものだから、意表を突かれてたまげた。
なお、アクアとダクネスは起動できなかったそうで安心だ。これ以上の衝撃展開はいらない。
それとあと一人。途中で言葉を濁して有耶無耶にされたが、『アイなんとか』なる人も使えなかったとか。
それ、アイリス王女だろう。
恐らくは王女の婚約を包含した、エルロードとの何らかの外交案件を抱えている。その会合への護衛役として、カズマらが随行していると。お忍びで。
頼むから、もっとキチンと秘匿してほしい。私が、無駄に高い洞察力でうっかり見抜いてしまわないように。
なお。魔道具で連絡を取り合った段階で、居合わせたウィズが遅ればせながら色々と察して、プチパニックとなった。
私がカズマとめぐみんの血筋だと、ここにきてようやく気づいたのだ。
だが、それだけではない。二人が結婚するのかと、まるで結婚報告でも受けたかのように彼女は狼狽え出した。
早とちりにも程がある。そもそも、まだ恋人関係ですらない。
前回の結果も踏まえると、私視点での二人は、一番近い関係でも曽祖父母だ。
これには男女が四人ずつ、四組の組み合わせがある。うち男女各一人が発覚しただけで、私の産まれた未来にて、二人が夫婦だったと確定したわけではない。
その公算が大きいのは否定できないが。
これはまた、ややこしいことになった。私はこれまで、自らの出生を秘するのに大して頓着していなかった。
紅魔族の血を引いていると周囲に打ち明けなかったのに、殊に重大なワケは無い。
黙ったままでも不都合が無かったというか、何となく隠せそうだからそうしただけというか。
開示するにしても、まずは情報の価値を吊り上げてからにしたいという、情報を重視する謀略家的な気分もあった。
自発的に明かす気がなかっただけで、バレても構わないスタンスだったのだ。
ところが。私という物証により、将来あの二人がくっつく可能性が明示された。
事実だとして、この時代の二人も同じ道筋を辿る保証は無い。が、そんな道理は知ったこっちゃないと大混乱に陥るのは、ウィズの狼狽振りを鑑みるに必定。
カズマ、めぐみん、ダクネスの三者は現在、恋愛的な意味でジレジレとした面倒臭い関係を築いている。
そこにこんな劇物を投げ込むと大惨事だ。当店で扱っている、水に触れると爆発するポーションを雨天で投入するくらいには、劇的な効き目を発揮する。
ダクネスに至っては、お前は負けヒロインだと暗に予言されたようなものだ。カズマが二股等していないなら。
やはり伏せよう。ウィズにも説明して口止めはしたが、不安が拭えない。この大根女、ビックリするほど隠し事が下手だし。
仮にそこをクリアできても、早晩バニルが悪感情目的でバラしそうという。
なお、そのバニルは無反応だった。
大騒ぎするウィズを迷惑げに睨んで、手に負えないと見取ると、騒音から避難するようにスタスタとどこかへ出かけた。それだけだ。
この悪魔は、魔道具を作製していた時分から傍観を貫いていた。材料費は私が負担しろ、と口出ししたくらいか。
あの時点で、この答え合わせはとっくにお見通しだったのだろう。一体いつから把握していたのやら。
【節目と漆黒の魔獣】
気がつけば、あれから一年が過ぎている。
何の話かと言うと、カズマが冒険者登録してからの経過日数だ。
日付で言えば、昨日がそうだった。
わざわざ記憶しているのは、現状彼が最後の勇者候補だからだ。
どういう理由か、あれから新たな勇者候補が出現していない。
元来アクセルでは、どこからともなく常識外れの強者が湧いて出る怪奇現象が起きていた。原因は判然としない。
それがピタリと止んだ。
つまるところ、ここ一年は勇者候補の増員が無い。
今だけでなく、今後もこの状態が永続するのなら少々マズい。
魔王軍との戦線は、勇者候補の戦力込みで辛うじて持ち堪えている。彼らが脱落すると、戦況は危うい。
魔王軍幹部が激減して盛り返している今はいいが、長期的には人間側が不利だ。
増援の無い勇者候補は、徐々に数を減らす。生き残っても、いずれ老いて引退する。遠からず彼らは戦場からいなくなる。
まあこれは長い目で見た話で、短期的には人類が大いに押し込んでいるのも確か。
この話はここまでにしておこう。
次にちょむすけの話をしよう。
アクア経由でちょむすけをうちで預かると決まった折、正直ちょっと困った。
野生の勘なのか、この黒毛玉は私のことをえらく怖がる。こちらから近寄ると、死んだフリで乗り切ろうとする始末だ。
引き受けている間、店に住み込んでいる私とはずっと顔を合わせることになる。
ともすると、私だけ一旦宿に引っ越すことも考慮していた。
ところがいざ蓋を開けると、これは杞憂で済んだ。
怯えられるのは相変わらずだが、久々に会ったちょむすけの反応はかなり控えめだった。
これなら個性として、臆病な性格と称しても十分に通用する。
街中の猫は私を目視すると魔王と遭遇したかのようなリアクションで遠ざかるから、これでも相当に特異だけど。
というか、ちょむすけの様子がおかしい。
言語化するのは難しいが、何というか内面が激変している。
これは精神の解析に長け、個人を判別することすら容易な私だからこそ読み取れる異常だ。私以外では無理だし、一から説いても共感は得られまい。
男子三日会わざれば刮目して見よというが、言ってみればそんな風か? ちょむすけはメスだけども。
ただ、この表現も正しくないというか。ピントが外れている感がある。
前例の無いケースなので、どう評したものか。適切な比喩が思いつかない。
いっそ猫違いか、猫の悪霊でも取り憑いているのではと訝しんだが。
変は変でも、中身は確かにちょむすけで合っている。なまじ眼の精度が高いせいで、そこまで看破できてしまう。
ちなみに。同じくちょむすけの変化を感じ取ったウィズは、『雰囲気がちょっぴり変わった』の一言で片付けていた。
私が鋭すぎるだけで、傍目にはそんなものなのだろう。
あとウィズと一緒に風呂に入っていたのは、猫としてはだいぶ変だと思う。一日だけならまだしも、連日だ。
どうも、大のお風呂好きらしい。
ちょむすけが来た当初、仮面悪魔はこの黒猫を指して随分と面白がっていた。私の感知していない何かがあるのだろう。
まあ、害が無いならそれでいい。端からこれを猫とは信じていないし、今さらだ。
【決戦の舞台はアルカンレティア】
あの女、なぜよりにもよってアルカンレティアを選んだ。
セレスディナとの決着をつけるにおいて、候補地をあらかじめ選定していた。
こちらの策動に、彼女は勘付いていない。そのアドバンテージを徹底的に活かして、一度で確実に仕留める。
安易に仕掛けて取り逃がせば警戒される。だからこそ、初回が肝要となる。
そのため彼女が他の地域に出没しようと、泳がせるだけであえて手出ししなかった。
候補だった都市は三つある。
まず、本命の王都。
この国の首都にして、人間と魔王軍双方の陣営にとっての最重要都市だ。何せここが敵手に落ちると、実質詰んでしまう。
それだけに、彼女が足を運ぶ見込みが最も高いと踏んでいた。
ここが決戦地となった際の対応は単純明快だ。逃げられないよう注意して、王都に集う質、量共に国内屈指の戦力を正面からぶつけてすり潰す。それだけでいい。
戦力で圧倒しており、相手は袋の鼠。だから正攻法こそが適している。
幸運にも、ベルゼルグはそういった王道の戦を大得意とする。むしろ半端に奇策を組み込むと、それが不確定要素になりかねない。
次点はアクセル。
レジーナ教の発展にはダスティネス家が寄与しているが、これは特に隠していない。
どころか、アクセル近隣で彷徨っていたレジーナ教徒のゴーストが発端だと公表しているし、広めている。
絵図を描いた私の存在はトップシークレットにしても、ダスティネス家らしくない振る舞いなのは、多少なりとも事情に通じている者には一目瞭然だ。
かの家に入れ知恵しているブレインがいると推察するのは容易い。セレスディナとて、そこまではすぐに思い至るだろう。
そのダスティネス家が居を構える本丸が、アクセルだ。
先述のゴーストといい、すべての基点はあの街のように見える。レジーナを崇拝する信徒としては、何かと気になる土地だ。
翻って、近年のアクセルでは多くの賞金首が討ち取られている。
先頃ウォルバクを討伐する戦功を挙げて一躍勇名を馳せた、カズマらのパーティーが拠点とする街でもある。
アクセルに魔王の間者が入り込んだ例は、私が居住して以降はデュークくらいだ。とはいえ、この機に手を伸ばしてくるやもしれない。
何より、アクセルは私とダスティネス家の本拠地。必勝の自信があるからこそ、ここを候補地に含めた。
最後の大穴はアルカンレティア。
魔王軍はこの街を、というかアクシズ教団との関わりを全力で避けている。なので、当てにはしていなかった。
それを押して来訪するなら、目当ては急速に知名度を上げているレジーナ教団一択だ。
行動が非常に読みやすい。だから一応候補に入れていた。
そして、本当に来てしまった。
どこに現れようと本来関係ない。というより、昨日までは私も気にしていなかった。
ところが。セレスディナ出現の知らせを受けるや、アルカンレティアという場所自体に対して何か胸騒ぎがした。
先方がこちらの計算を超えてきそうとか、そういった危機的な類ではない。そっちは平気だ。
ただ、アクシズ教徒が酷く気にかかる。想定しているのとはまったくの別ベクトルで、物凄く苦労させられそうというか。
まあ、今日明日にケリがつくわけではない。普通に続報を待とう。
・紅魔族は肉体改造系の実験が好き
Web版より。
生物同士の合成、分離もお手の物。他の生物を取り込んで強化するシルビアの特性とは、ある意味で相性抜群だった。
・春一番
Web版、よりみち二巻にて言及がある春を告げる精霊。
世の女性から目の敵にされており、弱いのに莫大な賞金を懸けられている。
女性冒険者達が何度追い詰めても、その都度春一番に協力的な